月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


灯篭流しと生音

矢継ぎ早に続く出張に相も変わらず振り回されている昨今。
先の週末も三連休こそ死守したものの、週明け即夜勤で日記を書く間もありませんでした……。

そんな中でも守りきった貴重な休日ですが、土日は親の実家に向かって祖母の新盆対応です。
静岡の一帯は7月にお盆を行うため、この週末がちょうど種々の慣習のピークとなりました。
送り火・迎え火や盆飾り、灯篭流しや花火の打ち上げを行って、酒を飲んで過ごすいつもどおりの平和な週末です。

今年は新盆のため、特別に予定を調整して静岡に行きましたが、聞くところによると平年も送り火と迎え火は実施しているとのこと。
身近だと思っていた土地でも、普段目にしないタイミングで脈々と慣習が受け継がれていたことに驚きです。
迎え火については玄関先に素焼きの皿を起き、お盆中は“毎朝”火を焚いているのだとか。迎え火という語義に対して、あってないのでは思わなくもないですが……そういうものなのはそういうことなのでしょう。
一方の送り火はお盆の最終日の朝に地区でまとめて実施するのだとか何と。残念ながら朝寝している間に終わってしまったのですが、こちらも夜の灯篭流しまで祖霊はどこで何をしているのかと、不思議に思う所もありますが、致し方ないことでしょう。
いつもどおりの平和な――とは言うものの、普段は縁のなかった夏の催しの一端を掴んだようで、興味深い日ではありました。


一転して、祝日だった月曜日は分島花音さんのライブです。
以前から多々述べていますが、分島さんのライブは毎回本当に楽しいイベントです。
特に今回はストリングス隊を揃えての公演。毎回、少しずつアレンジを加えてくる分島さんですが、本領発揮といった様子で「さんすくみ」や、ストリングス・アレンジで原曲以上に聴かせてくる「君はソレイユ」など、本当に満たされる内容です。
サックスの演奏をスキャットで再現する対決など、ジャズ調の幕間でも魅せてきて、行って正解だったと掛け値無しで言えるライブでありました。

またライブ後は渋谷で飲んでいた大学の友人連中と合流して軽く1杯。
時間もなく長い時間飲めたわけではないですが……楽しいひと時を送って帰ることができました。


そんなこんなで過ごしながら、出張もこなして気付けば水曜日。
いい加減にガタがきていた携帯を機種変してみたのですが、思いの外に月額の使用料が上がってしまい、頭を抱えてしまいました。

南の島で山歩きの話

出張続きですっかり家が物置と化している昨今。
この度の週末も例に漏れず、出張から帰宅したら自宅に一泊だけ挟んでまたお出かけ。

今週は月曜日に有給を取って、土曜の夜から八丈島に行ってきました。


行き掛けに色々な事情が重なって広角レンズと偏光フィルターを買ったりしましたが、それ以外は恙無く準備完了。
小笠原や大島と同じく、八丈島も竹芝桟橋から貨客船に乗り込みます。
22時半出港の橘丸でいざ向かいましょう。
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月明かりに照らされた東京湾のコンテナ埠頭を横目に、しばらく潮風を浴びたら、羽田空港を過ぎたあたりで艦内に戻り就寝といたしました。

橘丸は八丈島に至る前に御蔵島、三宅島も経由します。
明け方から着岸と出港を繰り返して微妙に眠りを醒まされましたが、起き上がるまでには至らずうつらうつらとしてれば、船は八丈島に到着です。
天気は良好、八丈富士がお出迎えしてくれました。
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上陸後、最初に向かったのはレンタカー屋さん。八丈島ではお義理程度の路線バスしかないため、実質的な交通手段は自前で用意する必要があります。
自転車でも良かったのですが、距離を稼いで色々と回りたかったので原付を調達。ちょうど、通勤でも使っているTodayがあったので、これに決めて島内巡りに出発です。

原付確保後、最初に向かったのは八丈島歴史民俗資料館。名前の通り、八丈島の歴史と民俗資料を展示した施設です。
八丈島は東西2つの山に挟まれた比較的低い一帯に主たる集落が広がる構造。低いと言っても峠があり、南北それぞれに港とあ町並みが広がります。
資料館は南側の港から坂を上がった高台に位置し、ちょうど西側の八丈富士の山を見据えるように立っていました。
入り口から何やら趣ある建物だと思っていたら、案内の方曰く元は東京都の八丈支庁が入っていた建物だったのだとか。よく見ると、入り口ちに重要文化財の銘板も打ってあります。
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また、昭和初期に建てられた頃は島内随一の建物でもあり、サンゴの競りなどもこの建屋内で行われたのだとかなんとか。
庁舎時代の正面玄関には廃サンゴが埋められているそうで、言われてよく見るとコンクリートがところどころ明るい色しています。
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この他にも私の地元からきた流人がいる話や、目の前に聳える八丈富士の頂上が見える日は珍しいのだとか、色々と教えていただきながら、しばらく見学です。
三宅島と八丈島の間は黒潮が流れている影響で、航行が三宅島以北より大変なのだとか。また、その潮流の影響で植生や文化において、他の伊豆諸島よりも八丈島の方が南方系の影響が色濃いのだとか。
外にはこれまた南洋由来という高床式の倉庫の移築品もあります。これも以北の島々では見られないモノなのだそうですが……天気のいい日には遥か向こうに見える島々より、水平線の向こう側にある南西の島々との共通点が生じるほどの見えない障壁、潮流の威力を思い知らされます。
他にも流刑地としての歴史を踏まえ、宇喜多秀家はじめ多様な流人の来歴などなど、興味深い展示が盛りだくさんの資料館でありました。

資料館に続いては、そのすぐ近く、島の優婆夷宝明神社を参拝。「うばいほうめいじんじゃ」と読むそうですが……まぁ読めませんね。
由緒書き曰く式内社なのだとか。創建は不明ながら、それ自体はよくあること。オオクニヌシ(?)の后とその子が祀られており、伝承によってはその后と子の間にできた子(!)が八丈島の始祖なのだとかなんとか……なんか聞いたことのありそうな始祖伝承ですが、これも南方の影響なのでしょうか。
何はさておき平安時代初期には既に鎮座していたことになるのですから、日本の一部としての歴史の長さを教えられる気分です。
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本殿が珍しい石造りなことで有名なのだそうですが、拝殿の方はごく普通の木造建築。
普段は人がいないそうなのですが、夏祭りの準備中だったのか偶然にも神職さんが居合わせたので、御朱印をもらうことができました。

続いて坂を下って八重根港地区を経由し、南原の千畳敷海岸に到ります。
千畳敷と呼ばれる地は色々なところにありますが、八丈島のそれも大概の例に近くだだっ広い岩場。
向こうにお椀をひっくり返したような八丈小島が浮かび、丘側に目を向ければ八丈富士が聳える雄大な光景です。
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地形の由来自体は噴火の際に流れ出た溶岩が固まってできたものなのだとか。
もっとも島全体が火山でできたとも言えてしまうのですが……。
溶岩地形らしいダイナミックな凹凸も然ることながら、その隙間から覗く海の透明さも強烈な光景でありました。

海岸線を確認したら、次は満を持して八丈富士の山頂を目指す番です。
中腹、5合目程度の高さまでは車道が整備され、さらにぐるりと山腹を周回する道路も開通しています。
その一角に牛を放牧したふれあい牧場なる場所があり、ここが事実上最も山頂に近い補給ポイントになります。
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そんな訳で牛とふれあいつつ水分の補給やトイレを済ませたら、原付きで数分の距離の登山道入り口まで向かい、徒歩行の始まりです。

八丈富士はその名の示す通り、富士山と似た山容を誇る八丈島の最高峰。
標高は約850mですが、富士山同様に山の中央部は巨大なカルデラとなっており、その外縁部はお鉢巡りと称して一周散策することができます。
このことを想定してちゃんとトレッキング装備も完備、意気揚々と登山道に乗り込んだのですが……遠目からも容易に想像できるように、その道程はひたすら単調な上り坂。ちょっと行けばもう十分な気持ちになってきます。
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登れど登れど、代わり映えのしない道のりに目が回りだした頃合いで、ようやくのことカルデラ外縁部に到達。お鉢巡りの道との交差点で一息つく事ができました。

息を整えてお鉢巡りの道に目をやれば、それはまさにカルデラの外縁部。草しか生えぬ険しい岩場に続く一本の道を辿れば、軽い冒険気分が味わえます。
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山の内側に目をやれば、図鑑に載ってそうなカルデラ地形。真ん中には鬱蒼とした森が広がり、何やら異世界でも広がっていそうな凄みがあります。

右を見れば絶壁とカルデラ、左を見れば休憩者の向こうに町並みと海、文句のつけようのない絶景です。
さらに歩めば徐々に雲が出てきて、気付けば町並みは白く覆われ、緑と白と茶色だけが支配する幻想的な尾根道に変化。山の天気は変わりやすいといいますが、海洋島ではなおさらにそうなのでしょう。
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霧に巻かれるかと心配しながらも、どうにかそれは杞憂に済んで無事に頂上へ。
さらに少し進んだあたりで、断崖を眺めながら昼食がてらの小休止をとりました。
お鉢巡りの道は登山道よりも足場は悪く急斜面も多くて歩きにくいものの、全体的な傾斜は緩く足場や景色も変化に富んでいるため、精神的にはむしろ楽なくらい。
神秘的な雲の渦巻くカルデラを見下ろしつつ、尾根筋の岩道を満喫して一周楽しみました。

ちなみにこの断崖下のカルデラ内も散策路が設けられています。
尾根道とは打って変わった鬱蒼として歩きにくい森の中の道のりなのですが、内部に浅間神社が祀られているときいては見に行かざるを得ません。
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恐竜でも出てきそうな森に、言い知れぬ重圧を感じながらも傾斜を下って10分ほどの道のり。
密林の中に不意に現れる雰囲気満点の祠が、目指していた浅間神社でありました。
何かの風習でしょうか、丸い石に願いが描き込まれたものが多数奉納されていたのが興味深いです。
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また鎮座地の周囲をよく確認すると、背後は巨大な陥没地帯。おそらくはこの大穴に神性を見出して祀ったのかと思いますが、詳しいことはよくわからないなりに、お参りだけ済ませて撤収としました。

下山は選択肢もないので来た道を戻るように再び単調な坂道を往きます。
足にだいぶキましたが、どうにか原付きのもとにたどり着いたら、軽く汗を拭って原付ツーリングの再開です。
山腹を周回する道を抜けて八丈富士のある島の西側を一周し、北側から中央の市街地で島を横断。続いて島の東側、通称三原山を最高峰とした一帯にアプローチします。
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八重根港地区から先程は進路を西に向けた辺りで、今度は東側へ。
途中、流刑されたと伝承に遺る源為朝を祀った神社に参拝し、遥か壮大な橋を登ります。
登った先から振り返れば、雄大なる緑の急傾斜に寄り添うように、一本の白亜のスロープが引かれているのがよく見えます。
文明の偉大さと言うべきか、人類の強引さというべきか……なんとも稀有壮大な自然征服事業に感嘆の息が漏れそうでありました。
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こんな坂道を抜けて目指した先は、八丈島のもう一つの名物、温泉です。
島内には幾つかの町営温泉が設置されているのですが、その中でも見晴らしが良いとされる“やすらぎの湯”までやってきた次第です。
お風呂は露天風呂でこそ無いものの、大窓から海が一望できる絶好のロケーション。シンプルな設備ながら、タオルの販売もあるので、手ぶらでも困らない仕様です。
山登りの汗を流して、休憩室で一息つけば今日一日の目的がほとんど達成された気分になりました。

――が、ここで終わらないのが私の悪癖。
温泉へ向かう途中「黒砂入口」なる気になる看板が印象に残ってしまい、風呂上がりの宿へ向かう行程でついつい寄り道してしまいました。
最初は大した道のりでも無かろうと高を括って挑んだのですが……これが思いの外、本格的な散策路。
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やっとの思いで森を抜けて海岸に出たと思ったら、その先に待っていたのは崩落している前途です。
その気になれば行けなくもない程度ですが、傾斜の向こうは断崖を経ての海。見るからに崩れそうな砂地で無茶をするような無謀さは、流石に持ち合わせがありませんでした。
よくよく見やれば崩れ落ちたガードレールや道標の残骸が砂の傾斜に取り残されています。
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諸行無常を感じる光景にしばし呆然とした後、ここでも来た道を引き返して夕陽の見える拓けた海岸線で一息。
沈みゆく太陽を眺めながら、ひとまずは宿へ向かうことにいたしました。


この日の宿は船が到着した底土港から歩いてすぐのところ。個室もあるそうですが、ドミトリー形式の部屋を選んで宿泊です。
宿のすぐ外の木にハンモックが吊るしてあるのもイチオシのポイント。
宿の方に教わった郷土料理屋さんで、島焼酎を舐めながら島寿司や地魚料理、明日葉料理を堪能して、戻ったらビール片手に月明かりのもとでハンモックです。
ようやく“南の島でバカンス”らしいことをしながら、良い加減な時間で眠りにつきました。


月曜の朝はいつもの癖か7時過ぎに起床して行動開始。
この日も素晴らしい好天ですが、八丈富士の山頂は生憎と雲の中。どうも富士山頂が見えるのは本当に条件が良いときだけなようです。

前日は島の西半分を巡ったので、この日は東半分の観光に向かいます。
流石に東側の最高峰を目指す時間と体力はありませんでしたが、代わりに「ポットホール」と呼ばれる水流によって岩場が丸く削られた地形を見に行くことにしました。

宿のある北側の港から東側へ向かう道に原付の進路を定めれば、程なくして道は集落を離れて濃厚な緑へ向かって登り始めます。
つづら折りの坂道を20分ほど進めば、最初の眺望ポイント、登龍峠の展望台へ到着です。
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深い海の青と濃厚な緑、白い綿雲とグラデーションを描く蒼穹、まさしく南の島な光景には思わず息を飲んでしまいました。
このとき、広角レンズで覗いた世界には少々自信があります。島に来てよかったと心底思うことが出来ました。
また、しばらくすると黄色い船が港へ入ってくるのにも気付きます。日曜は私が乗っていた橘丸が、この日もほぼ定刻で底土港に入港です。
南の島の朝を告げるイベントですね。

登龍峠はその名の通り、峠です。ココを抜けると上り坂は一転して下り坂に。安全運転に注意しながらズルズルと下っていけば、しばらくして「ポットホール」を指し示す分岐の表示が目に入ります。
舗装状況の一気に悪化した林道を進んで、さらに10分弱行くと唐突に“車両進入禁止”の表示に直面! ここからは荷物を整理して、歩きの体勢で進入します。
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ほんの少しだけ歩けば文句のつけようのない行き止まりに直面しました。
あとで別のツアーの自然ガイドさんに聞いたところ、老朽化による橋の付替え工事中なのだとか。都市部では考えられないような呑気なスケジューリングですが……それもまた島時間でしょう。
どうにも処置なしかと思ったのですが、ここから沢筋を辿るように朽ちかけた散策路が残っている様子。手ぶらで帰る気は毛頭ないので行くだけ行ってみることにしました。
どこまで進んでいいのかと、おっかなびっくり森の獣道を踏み分けて行くこと5分ほど。
対岸にも道があるなと気付き始めた頃合いで、沢に落ち込むように道が消失し、対岸の道も同じように沢の前で消失している地点がありました。
十中八九、そこが渡河点であり、越えていけば工事中の橋のたもと辺りに戻るのだろうと予想がつきます。
そのまま最後まで行きたいのが本音でしたが……渡ったが最後、来た道を戻って原付を回収しないといけないので、今回は我慢です。
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おっかなびっくり進んだ道も、戻りは勝手が知れているので速いもの。サクサクと進みがてら、川の様子を観察です。
見やればなるほど、岩に刻まれた沢筋がところどころ深く抉れています。
これがポットホール、Wikipediaでは“甌穴”で項目が立っている地形なのでしょう。
川から流された砂礫と渦巻く水の作用によって、少しずつ岩が丸く削られるのだとか。場所によっては岩とともに削られてしまったまん丸の石が底部で観察されることもあるそうです。
ここのポットホールはそこまでの奇物は無いにしても、沢と緑が美しい光景でありました。

ポットホールを離れて島の一周道路に戻ったら、さらに島を周回し東端の八丈島灯台を経由して南側の海岸線に到ります。
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近場まで来たので、少し一周道路を外れて最果ての集落にも立ち寄りましたが、ここはサーフィン向けの海岸と温泉があるだけの風光明媚の地。
ぐるりと巡るほどの路地すら無いので、行って戻ってくる頃には、そろそろ帰りの飛行機の時間が気になる頃合いです。

気になるとはいいましたが、急ぐとは言いません。
原付で走りつつ、眺望が良ければ足を止めてパシャリ。これの繰り返しです。
名古の展望台と呼ばれる眺望ポイントでは、青い海に突き出た緑の岸壁の向こうに遥か薄青く島影が映ります。
方角的には青ヶ島でしょう。連絡船の欠航率が高く、恐らく日本でも屈指の到達難易度の秘境でしょう。
小笠原並の日数を織り込んで、船かヘリの空席を待たねば辿り着かぬのは、曲がりなりにも日数さえ確保すれば到達可能な小笠原より困難な気がします、いずれ行きたいです。
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また前日も訪れた稀有壮大な橋の辺りは、この日も眺望良好。昨日は夕暮れでしたが、今日は順光で目眩がするほど緑が眩しいです。
ふと、昔に従軍記で読んだ“前途に広がる南洋の島の森の深さに暗澹とする”状況というのが思い出されます。
当時は想像力が及ばなかったのですが、こういう光景を前に「両の足だけで向こう側まで行け」と命ぜられたときには、美しい緑も絶望の色を持っているのかも知れない……と。
何とはなしにカメラを構えた楽園のような光景の向こうに、不意に根拠なき怖さを感じるほど、緑の密度が持つ圧倒的な力がありました。
加えて、余談ですが写真右上の八丈小島の雲。暖かく湿った海面を吹く風が島にぶつかって上昇気流となり、雲が生じて尾を引く――と、海洋島で雲ができやすい理由を説明した図解そのままの状態となっています。
写真ではわかりにくいですが、目を凝らすと風上側の山頂付近で雲が生成されて、風下側で渦巻きながら綿雲になる様子も見て取れました。自然が一番の教材とは、よく言ったものです。
閑話休題。

市街地に戻りついたら、飛行機の時間まで植物公園で時間調整。
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小高くなった展望台から八丈小島と飛行場に目を向ければ、先程までアレほど雲に覆われていた山頂が今や丸裸です。
南洋の天気は本当に変わりやすいですね。

斯様な次第で概ね島を一周回ったら、原付を返却して、レンタカー屋さんの送迎で八丈島空港へ。
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お土産品を調達したら、定刻通り出発予定のANA便で羽田にひとっ飛びです。
往路には波に乗って11時間かけた船の旅も、帰りは風に乗って1時間ほどの空の旅に。飛行機の便利さが身にしみます。


羽田に戻ったのはまだ日の高い15時過ぎ。
折角なので帰りがけの駄賃に、以前から気になっていた羽田近辺の鎮守、穴守稲荷神社に参拝。
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下町界隈の雰囲気を味わって、南の島とのギャップにビビりながら内房へと戻ってきました。


今年も7月から夏運用。空梅雨に肩透かしを食らっていますが、楽しく暑く色々と行きたいものですね。

旧職同期会と急転直下

7月に入りました。今年も半分が過ぎ去ってしまいました。
早いようで……と言いたいところですが、あんまり早くないのが正直なところ。人間、変化に富んだ生活を送ると振り返って長く感じるのは本当なんですね。


この週末は金曜に出張から帰還して、“自宅に一泊”してから土曜より埼玉へ。

目的は前の職場の同期と合流すること。同期会(?)ということで、会津猪苗代湖畔にてバーベキューをするそうなので、参加させてもらう事になった次第です。
元同期の車に連れられて、東北道から磐越道を抜けて4時間ほど。途中、パークゴルフ大会などの余興も経ながら、猪苗代の貸別荘に至ります。

貸別荘に泊まるなど初めての経験でしたが、林間の小洒落た家に知り合いと合宿というのも面白い風情です。
貴族の遊びかと思いきや、一棟単位の貸賃なので頭数が揃えば意外とお手頃なのも良いところ。そのうち、友人連中を誘ってもいいかもしれません。
種々の事情から写真は上げにくいのですあ、大体はお決まりの流れでしょう。
バルコニーのバーベキューコンロで火を起こし、ビールを飲みながら肉を焼き、風が冷たくなってきたら室内に戻って宴会する。
他にやることがないといえるほどの定番です。いかなる集団で集まっても、大体こうなるのですから、むしろ不思議なくらいかもしれません。

そうこうするうちに夜も更ける前に酔いつぶれて就寝。
翌朝は朝食と撤収に労力を注ぎ、帰りがけに五色沼見物をしてしまえば、昼過ぎの撤収時間の到来です。
来た道を戻るにように進んで内房に帰れば、昼過ぎにでたのに21時前後になっていたのですから、日本は実に広い。


そういう訳で備忘録的に大まかな流れだけの日記です。
なぜなら、再び今日から出張生活。息つく間も無き外泊生活。
唯一最大の問題は、ネットがない宿でモバイルWi-fiの通信容量がどんどん減っていくことでしょうか。アニメを見るのもままならないのだけは、どうにもつらいです。
出張と外泊の連続に、携帯屋さんで回線拡充を図る間もないのが困りどころな日々が続いています。

越後日本酒鉄道紀行

長丁場の出張でホテル暮らしが板についてきた2017年上半期終盤。
もうすぐ6月も終わりです、1年の半分が過ぎ去ろうとしていますが、冗談ではなく外泊した日の方が多くなってしまいそうです。

そんな外泊年間の一環、先週も延々と出張先で過ごしてどうにか金曜日に一時帰宅。
日曜の夜から再び出張先とあって、ねじ込んだのが土日の新潟旅行です。
土曜の朝に出立して一泊二日、そのまま都内で飲み会をはさみつつ帰宅を省いて出張先に直行する、我ながら大概にアクロバットな行程です。

そういう次第で行って来たるは新潟の企画列車「越乃shu*kura」への乗車案件。友人えめろん氏の熱望に押されるまま、初めてのジョイフルトレイン体験となってきました。


しかして、旅の始まりは北陸新幹線の上越妙高駅から。
名前に惹かれるものはありましたが、まさか降り立つ日が来ようとは思いもよりませんでした。

越乃shukuraはここからえちごトキめき鉄道を直江津へと向かい、信越本線経由で長岡にいたり上越線と飯山線を経て十日町まで向かおう旅程となります。
ただ、少しばかり早く着いてしまったので、駅前の観光から旅はスタート。
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開業して少し経つとは言え、駅前はまだまだ開発途上といった風景が広がります。

注目すべきは駅降りてロータリー挟んですぐにある釜蓋遺跡。弥生時代の比較的大きな遺跡群の一角だそうです。
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「日本一新幹線の駅に近い遺跡」のウリ文句は、なんとも言い難いセンスですが……資料館の展示は日本海沿いから到来する北陸系と関川沿いに下り来る信州系の文化の交差点としての、上越地域一帯を紹介しており興味深いものでした。
米どころ新潟というともう少し北の方、新潟市や魚沼市をイメージしますが、弥生時代には当時の土木技術的な都合からこの妙高一帯の扇状地こそが稲作の適地だったのだとかなんとか。

閑話休題、束の間の歴史のお勉強から舞い戻って、えめろん氏と合流したら「越乃shu*kura」に乗車です。
汎用性お化けのごとく全国で魔改造される国鉄急行型気動車キハ48系を素体にした特別列車。
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1号車と3号車は指定席ですが、真ん中2号車は小洒落た立ち飲み屋さんのような風情。酒類の販売もあるので、車窓を眺めながら立ち飲みが楽しめます。
何を思ったのかえめろん氏、手配した切符は食事も振る舞われる少しグレードの高い方の代物。
場違い感に恐縮しきりなまま上越妙高駅を出発した10時過ぎから、食事とお酒を振る舞われて、朝から貴族な気分です。
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出された食事もお酒ももちろん美味しかったのですが、一息ついたら立ち飲みコーナーの方へ。
ジャズの生演奏や酒蔵による試飲イベントも催され、こちらの方も軽い感じで楽しめます。

日本海や新潟の田園風景を眺めながらのひととき。
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終点の十日町駅に着いたのは12時半頃、都合2時間半の鉄道旅を終えた頃には、すっかり酔っ払ってしまったのも仕方のないことですね。
お出迎えの横断幕に少し気恥ずかしさを感じながら、下車したらほくほく線に乗り換え。
ここから信越本線、弥彦線を経由して弥彦神社に足を向けました。

彌彦神社も旅程を手配したえめろん氏の要望。
私は何年か前に参拝しているのですが、大きな神社ですし何度も行ってみるのも悪くないですよね。
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参道の復路にて昼飯がてらに立ち寄った蕎麦屋さんの庭園が、なかなか見事だったことが一番印象的な事柄でした。

この後は新潟の街に向かい、かの有名なぽんしゅ館に寄ったりしつつ一泊。
翌日は、図らずも新潟駅からSLばんえつ物語号を追いかける形で新津に向かいつつ1日が始まりました。
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新津においてはSLと最新鋭の電気機関車のご対面にも遭遇。なかなか面白い……不思議な光景です。

新津にきた目的は新潟市新津鉄道資料館を見学すること。
越後地域の鉄道の結節点であり、今も国内有数の車両工場を擁する鉄道の街、新津の往年の繁栄を伝える資料館です。
鉄道の資料館なのに駅から少し距離があるのはご愛嬌。新津駅前の資料館サテライトにて自転車を借りることができるので安心です。
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展示内容は上越線、信越線、磐越線を中心とした新津・新潟にまつわるものが主。
またかつて所在した国鉄の職員養成校で用いられた教材や、機関車の水位計などのようななぜ単体で置いてしまったのか解しかねるようなピンポイントの鉄道部品も見受けられました。
また、屋外には新潟に関わった鉄道車両の静態展示もあります。
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この日は偶然にも新潟色の115系の搬入を行っていたようで、クレーンで宙を舞う鉄道車両を拝むことができました。
こういうのを見るのもまた運がいいと言えるのでしょうか。作業だけでも意外と見飽きないものです。

資料館のあとは新潟駅に舞い戻り、昼食を取りつつ駅から歩いて10分程の蒲原神社へ御朱印を頂戴に。
下調べをしていなかったので、現地の由緒書きで知ったのですが式内社“青海社”の流れを汲む由緒ある神社なのだとかなんとか。
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別段に大きな神社ではないのですが、お祭りの規模は新潟県内でも有数のものなのだそうです。
参道を跨ぐように渡り廊下が配置された独特な形態の神楽殿が印象的です。
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何か謂れがあるのかと気になるところですが、この様式の由緒能書きは特に見当たりませんでした。


そんなこんなで御朱印も確保したら、あとは関東に帰るのみ。
引退が噂される二階建て新幹線E4系を選んで乗車し、初上越新幹線で都内へ舞い戻りました。

――で、終わらないのが根無し草の性。
えめろん氏と別れた後、田村ゆかりさんのFCイベント関連で上京していたアリソン氏と合流。
関係するフォロワーのアッシーさん、ヘク猫、さらには元寮生も合流して飲み会の運びとなりました。

当夜中には出張先に出向かなければならない都合上、遅くまでいることは出来ませんでしたが、ギリギリいっぱいまで飲みながら粘って楽しいひと時を過ごし……多少の二日酔いは気合で乗り切る羽目となった月曜日でありました。


そんな次第でまだまだ続く出張生活。終わりは見えないので、仮宿と旅先の往復が続くかもしれません。
自宅なんていらなかったのでは……?

惰性恒例の伐採行事

梅雨時恒例、親の実家の枇杷の木の収穫と剪定を実施した週末。
然るに特段の記載事項もなく、隙を見てはお出かけを繰り返す昨今にしては比較的移動距離の少ない部類となった週末です。
小さな日常から変化を見出したいARIA精神ですが、庭木に咲いた紫陽花と美味しく頂いた枇杷の実程度でありましょう。
そういえば、ここ数年は紫陽花の名所にいけてないので、そろそろ何処かで紫陽花鑑賞とでもいきたいものです。

言い訳しておけば、出張案件が続きで慌ただしいままに駆け抜けてしまったのが主な理由。
出張先から金曜に内房に帰って、土曜の午前中に所用を済ませたら静岡へ。夕方から日暮れとの競争のごとく庭木の剪定を行い、夜は酒を飲んで就寝です。
日曜も飛んで帰るかのごとく昼前には静岡を発って、内房を経由し出張先へと向かってしまいました。
気の休まる間もないとは、このことでしょうか。まぁ、最大の問題点はアニメを消化する暇もないことですが。

愚痴と埃はいくらでも出てくるので、処置なしですね。

もっとも、出張続きで自分で言うのも何ですが……少々羽振りがよい今年の上半期。
思えば半分以上の日数を外泊で過ごし、もともと旅行好きの身としては割と楽しい状況です。
種々の機材に対する設備投資も捗り、次は何を導入しようかと夢が広がる日々が続きます。

寝袋の更新か、折りたたみ自転車か、はたまたレンズか鉄道模型か……欲求は膨らみますが、宿ぐらしでは買い出しに行く間もないので、吟味の甘いまま衝動で買ってしまうのだけはいただけない状態。
節制精神を思い出したいところですが、外泊するとついテンションが上がってしまうのは如何ともしがたいことです。

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社会的圧力に負けて働き始めた巫女好き提督。2年かけて回復したSAN値を瞬く間に失い、工場街のおんぼろアパートでサバイバルなう。

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