月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


霊峰富士登拝のこと

相も変わらず慌ただしいなかで、寸暇を惜しんで旅行に出る日々。
先だって友人の“えめろん”氏が「富士山頂の御朱印が欲しい気がする」と、ざっくりとした誘いをかけてきたので、渡りに船と話を具体化していたのが8月下旬のこと。
諸々の準備が整い、登山期間の終わりも迫っていたので、ついに決行したのがこの週末のことでした。


そのような次第で土曜日は新富士駅にて、えめろん氏及び元寮生と待ち合わせをして、えめろん氏の車で富士山方面へ出発です。
途中、富士宮の浅間大社にて登山の無事を祈願し、昼食と登山物資の補充を行って、富士宮口の五合目を目指します。
2合目に相当する水ヶ塚の駐車場に車を置いて、シャトルバスに乗り換えて、九十九折の山道をしばらく揺られていれば五合目に到着です。

五合目から先は登山道、両の足だけが交通手段となります。
慎重に装備を整えて、ゆっくりと無理のないペースで登りましょう。
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もっとも、土曜日の到達目標は歩いて20分内外の六合目まで。ここの山小屋に宿泊予約をして、明朝から山頂を目指す段取りです。
かなり悠長に15時頃から登り始めても、夕食まではだいぶ余裕のある時間に到着してしまいます。
仕方ないので腹ごなしがてらに、歩いてすぐの宝永火口見物に往復です。
宝永火口は江戸時代、宝永年間に起こった記録上最後の大噴火で出来た火口。富士山の脇腹に巨大な穴を穿ち、関東一円に火山灰を降らせたと当時の書物に記録されているそうです。
静岡側から観る富士山にはアクセントのごとく付きものの宝永山ですが、間近で見るとその雄大さに度肝を抜かれます。
そのすり鉢状の窪みは澄んだ空気のもと手に取るように全容が見渡せるのですが、火口底にいる人間は豆粒の如き大きさに過ぎません。雲もまた時々刻々と姿を変えつつ、添え物のように火口内で渦巻き、あるいは山裾を這うのですから、いつまで見ても飽きない不思議な光景でした。
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しばらく火口を見学したら、山小屋に戻って翌日に備えます。
目の前に広がる青空と雲海、夜の星空と日曜の登山に期待で胸が膨らむ思いで夕飯を食べ、のんびりと夜の帳が降りるのを待ち構えました。

夜は晴れたり曇ったりの中で、月の出が迫った20時頃が一番の好条件。南の空に天の川が流れ、眼下には裾野から富士、富士宮を経て、清水辺りまでの夜景が広がります。
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一瞬の好条件を突いて空を見上げて星を撮ったり、さもなくば流れる雲を追ってボンヤリと夜景を眺めたり。風の強い富士山らしい、一時も休むことなく変化する雲の様子はどれほど見ても見飽きませんでした。

星撮りに寒さの限界を感じ、消灯時刻も迫った21時前でこの日は諸事を終えて就寝へ。
翌朝は午前5時には起きて、日の出の前には出発です。
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払暁の空もまた雲が下から照らされて、独特の陰影を描き出し美しい限りです。
目指す先は富士山頂、見飽きぬ雲の表情とは反対に登山道は本当に一様の上り坂で、先々が思いやられるほど気の遠くなる道のりでした。
だんだん薄くなる空気と険しくなる坂道。加えてこの日は登山期間の最終日とあって、山小屋も宿泊客を送り出したら店じまいの準備を初めています。
物品の販売はまだしも、トイレも閉鎖されてしまうのですから少々焦りを感じてしまうのはご愛嬌ですよね。
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余談ながら富士山の八合目より上側は、登山道や諸施設を除いて浅間大社の境内地の扱い。八合目の山小屋近くには雲海を見下ろすように境内地を示す鳥居が立ち、神域に入ったことを教えてくれます。

ちなみに危機感の方は、九合目の山小屋も閉鎖済みなことを確認して、いよいよもって具体性を帯び始めていたのですが、幸いなことに九合五勺の山小屋は未だ営業中だったので事なきを得ます。
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九合五勺、英語表記では“9.5th Station”となるそうで、なんとも直球ですが……ここに山小屋があるのはやはりこの辺に需要があるということなのでしょう。
ここを過ぎたら、いよいよ頂上に至るのみ。麓からは笠雲に見えるだろう層状の雲の向こうに、ゴールを示す鳥居が見えていました。

最後の一息を登りきり、頂上に鎮座する浅間大社奥宮に辿り着いたのは10時を少し回ったくらい。社務所もこの日で閉鎖とのことであり、見れば御朱印受付も10時までと掲示されています。
ダメ元ながら大慌てで社務所に駆け込めば、幸いにも締め切り直前、最後の呼びかけの真っ最中。どうにか無理を言わずにお願いできるギリギリのタイミングだったようです。
図らずも、今シーズン最後に御朱印を受け取った男になってしまいました。
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そういう次第で奥宮に参拝して御朱印を頂戴したら、真の最高点、剣ヶ峰へ。カルデラ一周のお鉢めぐりコースを時計回りに辿って、目指します。
歩くと言っても、お鉢めぐりは稜線歩きのようなもの。高低差も少なく、いつの間にやら笠雲も晴れて晴天下の気持ち良い高原散歩気分です。
剣ヶ峰の頂上部までは奥宮から歩いて20分弱。旧富士山測候所の目前に二等水準点と「日本最高峰」の記念碑があります。
当然ながら記念撮影に大人気のスポットです。寄ってたかって写真を撮っているので、もちろん我々も撮影します。
折角なので、普段はやらない自らも写った記念撮影までしてしまうくらい、達成感がありました。
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お鉢めぐりコースは剣ヶ峰からカルデラ沿いにさらに1時間ほど掛けて一周し、奥宮の前に戻ってきます。
途中には山梨側からの登山道のゴール、吉田口の久須志神社と山小屋群や御殿場口の登山道への分岐路があります。
久須志神社の方は案の定、着いた頃には閉鎖済み。奥宮の御朱印がもらえただけでも御の字だったと思いながら参拝し、下りの安全を祈願して富士宮口に至りました。


下山は富士宮口ではなく、お鉢めぐりを少し戻って御殿場口から。途中で宝永山経由の分岐から富士宮口の六合目に至るコースを辿る予定で進みます。
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御殿場口の道のりは雲に覆われがちな天候もあってか、富士宮口よりも荒涼とした印象を受けます。
実際、交通量も少ないのかもしれませんが、道々の山小屋も一時閉鎖ではなく廃業(休業?)している箇所が見受けられます。
なかには建物すら崩れ去り、自然の厳しさの前に文明を維持する難しさを見せつけてくるような光景もあるくらいです。

そんな御殿場口の下りの醍醐味は、六合目付近から始まる下山専用の砂地「砂走り」です。
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砂場のような足元に下り坂も相まって、名前の通り砂の上を走るように降りることができます。
このため、下りだけ御殿場口を使うなんてパターンも多いほどだとか。確かに下りやすく、砂走りに入ってしまえば今まで歩いたのが馬鹿らしくなるほど呆気なく宝永山方面の分岐まで着いてしまいました。

宝永山は宝永火口の脇、噴火で吹き飛ばされたときに残された出っ張りのような形をしている富士山の側火山です。
山と言えど、あくまで添え物のような存在。御殿場口の分岐からはほとんど高低差もなく宝永火口の縁を辿っていけば行くことが出来ます。
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しかしながら、その光景は雄大以外の何物でもない素晴らしい鷹揚さ満ちています。
砂山のようになだらかな宝永山の道もさることながら、振り返ったときに目に映る富士山と宝永火口のスケール感こそ、語彙が足りなくなるような力強さがあります。
恐らく、富士山を登っているときよりも、頂上から四方を見渡したときよりも、何より富士山の雄大さを感じるような光景な気がします。
途方もないほど巨大な砂山が、途方もないスケールで“少しだけ”削られている様を観るためだけに、もう一度ここに来てもいいと思える光景でした。
また、一応は山としての体裁もあって頂上には石柱も設置されています。天気のいい日には、またここも山中湖から御殿場にかけてを見渡すことができるそうなので、そんな機会もあればいいことでしょう。
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宝永山から富士宮口の六合目は下り側では30分ほど。降り来たって振り返れば、にわか雨が虹を伴いながらこちらに向かっている様子が見て取れます。
タッチの差で逃げ切ったと言うべきでしょうか、追いつかれてはたまらないので、急ぎ目で五合目に戻り無事に富士山頂上制覇からの下山を達成です。

降り着いたのは16時前後のこと。都合11時間ほどになる計算ですから、ほとんど半日は山を歩いてたということです。
人間って随分とタフな生き物だと、我ながら感心してしまいます。


五合目からは来た道を戻るようにバスと車を乗り継いで新富士駅近くの銭湯へ。
お風呂で一息入れてから夕飯を食べて、新富士駅にて解散。各自家路に就くことになりました。
例のごとく、私はそのまま出張先へ直行ですが……それはまた、それ。

日光家族旅行の話

恙無くも延々と続く出張の日々。もはやどこが地元かもあやふやになる長月序盤です。
9月最初の週末も例によって出張から帰れば、内房の自宅にはタッチ・アンド・ゴーでお出かけです。

一旦、実家に帰り家族を車に乗せたら、北東方向に針路を取って一路、群馬県へ。
最近就職により群馬県某市に引っ越した下の妹をピックアップしたら、向かった先は栃木県の日光です。

日光へは去年の冬頃にも行った気もするのですが、今回は家族旅行。父親の希望もあったので、特に異論を挟むこともないでしょう。
土曜日はおなじみの東照宮や輪王寺がある一帯に車を停めて観光です。

輪王寺は未だに修復中で外側を工事用の屋根で覆われています。
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前回はパスした大猷院は江戸幕府三代将軍徳川家光の墓所。拝殿は金閣寺や中尊寺金色堂に匹敵する金箔を多用した建築なのだとか。
内部まで入ることが可能なのは大猷院のみであるそうで……主たる観光ルートからは外れてますが、意外と面白い施設でありました。

またおなじみの二荒山神社と東照宮にも当然参拝。
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東照宮は閉門ギリギリの参拝となってしまい、少々慌ただしい拝観でしたが薬師堂内の鳴竜も観ることができて前回以上に修学旅行感がありました。

東照宮参拝後は、この日のお宿へ。
お宿は奥日光湯元温泉なる日光の更なる奥地にあるので、かの有名なるいろは坂から中禅寺湖畔を経由して向かいます。
道中、中禅寺湖では霧に包まれた幻想的な夕暮れにも遭遇。真正面から撮れる場所まで探してる余裕はありませんでしたが、それでも、何だか不思議な光景を観ることができました。
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中禅寺湖から戦場ヶ原を経て、湯ノ湖の湖畔にある温泉宿に着いた頃にはすっかり日も暮れて、夜の帳が下りきる頃合い。
折角なので夕飯前に湖畔まで出れば、晴れ上がった空に月が煌々と輝き、鑑のような水面に山並みの影を落とす見事な景色を演出していました。

斯様な次第で、この日の夕飯後は「親の金で高いお酒を飲む」回に。栃木の種々の地酒を呑み比べて、気持ちよく寝てしまいました。


翌朝は若干の二日酔いを気合で押し流しながらの出発。来た道を戻るようにしながら、逐次寄り道をする計画です。

一つ目の寄り道先は湯ノ湖から下ってすぐにある日光三名瀑の一つ、湯の滝です。
湯ノ湖から流れ落ちる故に湯の滝だそうで、実際に温泉も流入しているそうですが別段温かい訳ではないのだとかなんとか。
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滝沿いに遊歩道も整備され、下からの偉容も上からの迫力も拝むことができます。
急峻な崖から落ちるというよりは、急な坂を下る急流と言った印象の滝。随所で上がる水しぶきが綺麗な光景でありました。

続いて訪れたるは湯の滝直下の戦場ヶ原。小学校の修学旅行でバスの車内から眺めて以来の見学ですが、当時ココを見た記憶はあんまりないので、実質初めてでしょう。
「戦場ヶ原です」と妙に所在を強調した駐車場の看板に案内されて、展望台から湿原を一望します。
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トレッキングコースもあるので、歩いて巡ることもできるのですが、今回はあくまで家族旅行。足腰に優しくあるため眺めるだけでおしまいです。

続く竜頭の滝も同じ川の流れからの景観です。
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滝の最下部にある大岩を竜の頭に見立てたとも、あるいは別の見方があったとも……名称の由来が諸説ある竜頭の滝ですが、なかなかどうしてキレイな光景です。
滝壺に煌めく虹が映えますが、紅葉の季節になればなおきれいなことなのでしょう。

竜頭の滝を経れば川は中禅寺湖に注ぎ込み、車道も川沿いから湖畔沿いの道に変わります。
北に男体山を観ながらしばらく走れば男体山の登山口、二荒山神社中宮祠に至ります。
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背後に男体山を配し、正面に中禅寺湖の水面を見据えた景勝地に鎮座する中宮祠は、通常の神社としての機能だけでなく男体山山頂に鎮座する奥宮への登拝者管理も担っています。
社務所では登拝者の記名や登山道に関する情報提供、登拝記録が行われております。さらに併設する宝物館では山頂で発掘された千余年に及ぶ山岳信仰の遺物も展示されていて、一種古風なビジターセンターといった雰囲気を醸し出していました。

中宮祠から湖畔沿いに更に進んで行くと、日光方面への分岐を過ぎて大使館別荘の並ぶ景勝地の一角、立木観音に至ります。
その名の通り、日光開山の祖にして男体山に初登頂したと伝わる僧侶、勝道上人が“一本の立木から彫り上げたとされる観音像”を本尊とするお寺です。
実際のところはもう少し後の時代の仏像と考えられるそうですが、細かいことは無粋なのでしょう。拝観料を払えば、本尊を直接拝見することができますが、素朴な作りで随分と大きな仏像です。
仏像の技巧はよくわかりませんが、これほど大きな立木があり、それを削って仏像にしたのか……とその労力を想像すれば恐れ入るより他にありませんでした。
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立木観音の見学を終えたら、最後は華厳の滝と隣接する栃木県自然博物館を巡って、帰路へ。

日足トンネルを経由して、渡良瀬川沿いに群馬県にて妹を降ろして終わりとなりました。
私の方もまた例によって出張があるので、そのまま別れて東京駅方面へ。旅行から出張先に直行ですから忙しないですね。


そういう次第で帰らないままの宿暮らし。コインランドリーの活用が捗ってしまいます。

立山再拝の話

相も変わらぬ根無し草の今年2017年。気付いたら職場に新人が配属されていたそうですが、つい先日まで顔も知らなかったのですから重症です。
知らぬ間に馴染まれてしまっては先輩としての立場がありませんね、存在感が薄くては仕方のないことですが……。

さて、天候に今一つ恵まれなかった今夏ですが、珍しく快晴の週末となった8月最後の週末、26日と27日。
出張案件のスケジュールが久しぶりに遠出に好都合な配置となったので、気合を入れて遠出することにしました。
目的地は6月にも訪れて、息を呑むような雪景を目の当たりにした立山黒部アルペンルートです。
雪が溶けたら登りに行こうと思っていた立山、2ヶ月越しに手の届くところまで機会が巡ってきたのですから逃す手はない次第です。


今回の出発地は神奈川の実家でしたが、経路は基本的に前回と同じ。中央線のあずさ3号に乗って11時過ぎに信濃大町駅に。
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お盆休みを外しているとは言え、雪が溶けきったハイシーズンのアルペンルートです。トロリーバスのある扇沢駅行きのバスもほぼ満席となる混雑ぶり。
つい先日も乗った関電トンネルトロリーバスに乗り込んだら、あっという間に黒部ダムに到着してしまいます。
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前回と打って変わった晴天ぶり! 夏の観光放水も行われていて、まさしく観光地として知ってる黒部ダムの風情です。

特に観光放水は前回見損ねただけに、目の当たりにすると現実感のない規模に圧倒されてしまいます。
ダム直下の自然環境に配慮して噴霧状に放水するという特殊な放水口、パッと見ただけではそういう物かと思うばかりですが、直近の作業通路に人が立てば目を疑う巨大さをより実感することができます。
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遠目にはホースのお化け程度に見えた放水口の水の筋一つ一つが、実は人の背丈ほどもある事実。
巨大構造物の偉力をまざまざと感じさせられます。可能なことなら近くに寄って見てみたいですが、どうすれば良いのでしょうか。

荒々しい観光放水の一方で、黒部ダムの上面は晴天下の穏やかな休日そのもの。凪いだ湖面が深緑の水を湛えて黒い山並み、青い空との対比を彩ります。
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ダム上にはゆるキャラのきぐるみも現れて……なんか記念撮影もしていました。

黒部ダムをひとしきり観光したら、次はケーブルカーで黒部平駅。前回は雪と雨に閉ざされていましたが、季節が巡れば蝶と高山植物の宝庫です。
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黒部平駅一帯は駅施設と高山植物園から構成されています。
高山植物園はその名の通り、様々な花や蝶を観察することができるのですが、特に薄い水色と茶色に彩られた大きな蝶がよく目について気になります。
案内板曰くアサギマダラという種類なのだとか。上高地に行ったときも見かけた気がしますが、Wikipedia曰く「標高の高い山地に多く生息する」とのこと。なるほど、然りです。
他にも「写真のほか何もとらない、足跡のほか何ものこさない」と標語が書かれた看板も、文言の簡潔さが印象的です。重箱の隅なことを言えば、足跡も残さない方が良いのですが……自然観察では大事にしたい心がけですね。
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黒部平から次の大観峰駅はロープウェイで一飛び。大観峰駅、何度見ても何故そこに駅を作ろうと思ったのか不思議なほど、絶壁に張り付くその立地に驚かされます。

大観峰駅は軽く見物して通り抜けて立山トンネルトロリーバスを室堂まで行けば、この日の目的地は着いたも同然です。
夏日快晴の室堂平は絶景の一言、他に何の説明も要りません。
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みくりが池に立山の山並みが映り込む様は、パンフレットで憧れた高山の景色そのままの息を呑むばかり素晴らしさです。
このまま永遠に眺めていられそうな絶景のなかを、何者にも煩わされず歩けるのですから幸せそのものと言っても過言ではないでしょうか。
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室堂平から遊歩道を経由して、東側に雷鳥沢という広い谷へ向かいます。その谷の陰の辺り、圏谷の絶景を正面に見据えた立地に、この日泊まった雷鳥沢ヒュッテがありました。
お宿は嬉し恥ずかしの山小屋初体験。大部屋に布団を敷いて寝る雑魚寝スタイルや、充電用のコンセントがないこと、電波もあんまり入らないこと……などなどと山の宿の洗礼に最初は面食らいましたが、慣れれば面白いものですね。
立山を真正面に望める温泉があり、絶景を眺めながら一日の疲れを癒やせたときは、これだけでこの週末は報われたと言い切れるほどの贅沢を感じました。

山小屋での夕食後は茜色に染まる立山を望んでいるうちに夜に。欲を言えば少し足を伸ばして、夕陽の映える景色を撮りたかった行きたかったのですが、刻一刻と変化していく絶景を前に、部屋に戻って装備を整える時間すら惜しく感じてしまいました。
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ひとまず部屋に戻り、夜半に再び外へ出たのは星を観るため。予期してなかったのですが、右側に仄かに光る雲のようにそれは、恐らく天の川。
写してから気付いたので、驚きと興奮でテンションは高まるばかりです。肉眼では残念ながらよく見えなかったのですが、写真で知ってる光景と同じものを、自分でも撮れたことの喜びは一塩でありました。


斯様な次第で早寝早起き、21時には寝付いて5時過ぎには起床し、6時の朝食を摂ったら日曜日はいよいよもって立山目指し出発です。
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日の出後も山の陰にあたる雷鳥沢は薄暗い日陰の様相ですが、気にせず出発してキャンプ場の真ん中を経由し浄土沢の筋を目指します。

この日の登山経路はガイドマップにもあまり載っていない通称「神の道」と称される浄土沢沿いに一ノ越まで上がっていく登山道です。
地図に道筋こそ載っているものの、あまりにも案内がないので不安に思っていたのですが、現地で聞いてみると余裕をもって歩ける道になっているとの情報。
「キャンプ場を過ぎて、浄土沢の橋を渡ったら右側へ」と経路の入り口に関する説明こそ、少し心もとないですが大丈夫。この日は見通しの効く天気だったことも幸いして、迷わずに目的の道を見つけることができました。
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案内板が壊れていたことだけは……少し不安になりましたが。

立山登山の主要ルートは、室堂のバス停付近から真っ直ぐに一ノ越と呼ばれる立山と浄土山の鞍部に至り、そこから稜線沿いに頂上を目指すもの。もう一つに、雷鳥沢から別山や剣岳のある方面へ斜面を登り、稜線沿いに立山に至る経路です。
浄土沢の登山道はちょうどその中間、雷鳥沢から一ノ越方面へ谷を遡り、途中で室堂からの経路に合流するものです。雷鳥沢まで来たものの、圏谷を大回りするような稜線巡りに付き合うほどの自信がない人にうってつけな短絡ルートになります。
谷筋なので雪解けが遅いのと沢越えがあるのが難点でしょうが、この季節なら高山植物が美しく傾斜も穏やかな、まさに浄土のごとき道のりとなります。
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日陰ながらも気持ちのよい道程。何も言うことはありません。ただ、淡々とせせらぎに耳を傾けながら登るのみです。

一ノ越まで至れば日陰を脱して、高山らしい透き通った強烈な日差しが急激に差し込みます。
ここで一休みして、水分補給やトイレを済ませたら、いよいよもって立山の頂へがれ場を一直線に上がるだけです。
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見るからに急傾斜、簡単に崩れて小石が降ってくる物騒な道程ですが、ここまで来たらワクワクが止まりません。標準的には1時間ほどの道程を、標準通りに1時間ほどかけて登れば、ついに目的地の立山は雄山の山頂に鎮座する雄山神社です。
頂上付近には休憩小屋も兼ねた社務所があり、神職さんや巫女さんも駐在してお守りや御朱印から豚汁にビールまで売っています。
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真の頂上へは登拝料を払うと入ることができますが、合わせてちょっとしたお祓いもしてもらえます。
お祓いの際には神職の方から簡単な山の解説もいただけるのですが、曰く立山は日本三霊山で唯一、他の二つの山が見えるところなのだとか。
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そうは言っても、特に富士山は条件が良くないと見えず、曇り続きの今シーズンではこれほど綺麗に見えるのは珍しいとのことでした。
掛け値なしに運が良かったと言えそうです。

ちなみに立山は正確には神社のある雄山の他に、大汝山、富士ノ折立と合わせて3つの峰の総称なのだとか。
一つ目の頂には至りましたが、残り2つも稜線沿いに40分ほど辿れば行けてしまうそうです。
この絶好の日和のもと、ここで登らずに引き返す手はないですよね。慌てず無理せず、でも積極果敢に進んでいきましょう。
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立山の最高峰にあたる大汝山は標高3015m、雄山も3003mあるそうですから、これで3000m越の大台突破ですね。
大汝山の頂からは眼下に黒部ダムのダム湖、黒部湖の全容を眺めることが出来ます。
視界の左端にチマっと置かれた板のようなものが、前日に魅入ったあの偉大なる黒部ダムです。あの現実感のなかった巨大構造物が、大自然の作りだす大きさの前には豆粒にも等しい対比になってしまうのですから、声になりません。
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信じがたいものを見た思いで頂上を後にすれば、こちらの峰の直下にも休憩小屋があります。
案内板曰く物資はヘリ輸送しているのだとか。どうやって荷物を運び上げるのかと不思議に思っていましたが、答えは存外に力技なんですね。文明万歳です。

最後の峰は最も低いのに妙に険しい富士ノ折立。皆さん揃って稜線の少し広くなった場所で荷物を降ろし、手ぶらで頂上に挑んでいたので、見習ってカメラ片手に登って撮って降りてきます。
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これにて3つの峰を登り終えたので、胸を張って立山登山したと言えることでしょう。

富士ノ折立から向こうにも稜線沿いの道は当然ながら続き、雷鳥沢に戻る経路や、はたまた立山三山の別山やかの有名な剱岳へと通じる道も用意されています。
魅惑的な天気と道程ではありますが、時間も装備も体力も流石に不足気味。調子に乗って山に呑まれては元も子もないので、後ろ髪を引かれる思いながらに引き返すことにしました。
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稜線を辿って雄山神社に帰れば、いつの間にやら登山客でごった返しています。
朝食を食べてから来たのか、はたまた麓からの初バスで来たのか、これ程の人が集まるとは流石に想像していませんでした。
お盆など立錐の余地もない状況に陥ってしまうのではと心配してしまいます。

雄山神社の売店で豚汁を食べて昼食としたら、今度は登りより危ないという下り行程の始まりです。
列をなして登る登山客を尻目に、崩れやすい足場を慎重に一ノ越へと戻りました。
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一ノ越からは道が二手に別れ、一つは真っ直ぐにバス停のある室堂へ戻る主要なルート。もう一つは隣の浄土山を経由して大きく巡りながら室堂へと降りるルートです。
大回りコースこそ断念しましたが、天気も時間もまだまだ余裕のあるタイミング。休憩がてらに一ノ越で経路を再検討し、少し遠回りしてみることにしました。
浄土山は立山と異なり、上までなだらかで今ひとつ頂きのわからない形をしています。頂上と思われる場所も広々とした空間が広がり、富山大の観測施設(?)なんかも立てられているほど。先程まで居た峰々とはだいぶ印象の異なる山並みでした。
それでも振り返れば、眼前には先程まで居た立山の偉容が聳え立っています。
さっきまであそこに居たのかと思うと、不思議な感慨が湧く光景。澄んだ空気のせいか、それともその巨大さのせいなのか、妙に遠近感が狂い、つい先程に2時間掛けて歩いた道程のはずが、一っ走りすれば行けてしまいそうな気がしてしまいます。
「目の前に山があったから登った」といえば、登山好きの狂った感覚を端的に表す小話のようですが……こうやって手の届きそうな明瞭さで頂上を示されれば、その気持もわかってしまいそうな光景でした。

そんなこんなで浄土山を越えて、眼下に室堂平が見えてきたら山歩きも終りが近いです。
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整備された遊歩道に戻ってきたら、気分は下山したも同然の一安心感。改めて周囲を見渡せば、数時間前まであの峰々に居たのかと、近いような遠いような不思議な気分になります。

無事に平野にたどり着いたら、最後の仕上げに前回は雪の下に隠れていた立山室堂を見学。この立山室堂は室堂平の名前の由来ともなった現存最古の山小屋として重要文化財指定されているのだとか。
中は簡単な資料館として見学可能な施設となっており、往古の山小屋の構造や立山信仰について学ぶことができます。
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隣の室堂山荘の食堂でカレーを食べたら、下山客でごった返すバスに乗り込んで富山駅を目指すのが最後の難所でしょうか。
継ぎ目なくやってくる高速バスよりも、その乗り継ぎ先、美女平から立山駅へと下るケーブルカーが大変だったことだけを特筆しておきましょう。

無事に富山駅まで戻ったら、駅前の飲み屋さんで新幹線の時間まで富山の幸を堪能して、関東へと戻ることになりました。


月曜は幸いにも夕方からの勤務だったので、午前中はぐったりと体力回復に充てて午後に出勤。
出張先での肉体労働、頭を使わないので次の目的地探しで頭はいっぱいです。

晩夏の閑日

世間の一部では今日までがお盆休みだそうですが、6連休からの木金出勤となった私には普通の週末に過ぎなかったこの週末。
先週までの活動から一転して、土曜日に飲み会の予定が入った以外は特段の行き先もなし。久しぶりの「完全に暇な週末」となりました。

そんな訳で昼まで寝太郎を決め込んで11時頃起きた土曜日は、そのまま都内に買い出しへ。
カメラ用の種々の用品やアウトドアグッズの調達を行いつつ、フラフラと隣街に向かい飲み会をして実家へと帰りました。

日曜日もはたまた特に予定がないため昼前まで布団に潜り込んで惰眠を貪り、起動したのは昼食時のこと。
2日連続でこういう過ごし方をするのも大概久しぶりです。
流石にこのまま何もしないというのも気が済まないので、昼過ぎからのっそりと外に出て目指したるは小田急江ノ島線の大和駅。
駅から東方に10分少々歩いていくと、とある神社に行き当たります。
この大和の鎮守、深見神社は延喜式の式内社にも列せられる由緒正しき古社。新興住宅が並び、小田急と相鉄が交差する郊外都市然とした町に似合わず、かなりの歴史を備えています。
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由緒書曰く、深見の地名は和名類聚抄にも記載がある古い地名であり、当時は神社の周囲のみならず境川の下流域一帯を指した広域地名だったのだとか。
往古にはこの近辺まで相模湾の入江が繋がり、深見の地から船出したという伝承もあるそうですが……その辺の逸話は眉に唾して読んでおきましょう。
いずれにしろ、神奈川県内では屈指の古さを誇る町と社。相模国の式内社リストにも名前が上がっていたのですが、実家から近すぎるために機会はいつでもあると先延ばしになっていた参拝を、ようやく達成しました。
残る式内社は松田の寒田神社だけですが……これはいつになることやら。

深見神社の参拝後は大和駅に戻ろうとしたのですが、その道すがら、駅前の文化施設の看板に気になるものがあったので、少し寄り道です。
“エントランス”や“店舗”の文字と並んで、シレッと書かれた「大和天満宮」の文字。例大祭を告知する立て看板も近くにあったので、遠くないところに鎮座するのだろうと暫く探したところ、なんと文化施設の2階の一角、屋上庭園とも言える箇所にありました。
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周囲を新造のコンクリートに囲まれた灰色の社。風情の欠片もないと言えばそれまでですが、ここまで灰色に囲まれると一周回って総石造りに似た荘厳な印象を受けてしまうから不思議なものです。
奈良や平安の頃、社寺の権威が歴史の重みや大自然の威厳ではなく、贅と技術の粋を尽くした建造物の偉容によって担保されていた時代を思わせる力強さがある……とまで言ってしまうと過言かもしれませんが、これもまた悪くない気がしました。
ちなみに天満宮でも御朱印を頂戴。あまり期待してなかったのですが、見かけ以上に手入れされ地域で大切にされているようです。


大和から実家に帰ったあとは、荷物を整えて、この日もまた出張があるので早めに内房に帰還して、さらに出張先へと移動。
あわただしきこと、この上なしです。

内臓過負荷のお盆休み

相も変わらずの出張続きから、11日の早朝に発って自宅にタッチ・アンド・ゴーしつつ始まったお盆休み。

3日間のコミケと、その後の長野観光。なかなかに類を見ない弾丸行程に、すっかり疲労が溜まってしまいましたが、どうにか生きているので覚書を残しましょう。


出張先から渋滞をすり抜けて自宅に帰り、小一時間ほどの準備を経て出立したコミケ初日。
出足が遅れてしまいましたが、11時半頃には毎度お馴染みの有明に到着です。
国際展示場の駅前ロータリーに、ビックサイト方面へ向かう想定外の待機列が形成されていましたが、少し進んでロータリーを抜ければ列は解消。
なおさらに不思議を感じる待機列でしたが、何はさておき想定通りに待ち時間皆無で入場です。

今年の夏はビックサイトの工事の影響で、薄い本は東ホールに集中。
下調べの時間もなかったので、大雑把な巡回となってしまいましたが艦これ島や東方島の類を巡ってお買い物です。
合わせて、天野しきさんはじめフォロワーのサークル主諸兄も巡回、先日の河口湖で購入したご当地キャラメルをばら撒いて過ごします。
午後からは、友人の“えめろん”氏が来たので彼を案内したのち、近場の飲み屋さんで一息。
閉会の時間も近付いたので、ビックサイトを離脱してエメロンとも別れ、高校の友人らと合流し小振りな同窓会をして夜を過ごしました。


鉄道・ミリタリーがやってくる2日目も、前日の影響で少し遅めに実家にて起床。
11時頃に会場に到着し、前日に引き続きキャラメルをばら撒きつつお買い物。鉄道島やメカ島は見るものが多くて良いものです。
半月クラスタの和泉冴さんのところで暫く管を巻いてから、フォロワーのつぼっちさんと合流しカフェでお茶の時間に。
買い物しに来たのだか、交流しに来たのだか、酒を飲みに来たのだか……ここ数年来の葛藤ですが、楽しいことが一番ですから仕方ないですね。
夜は夜で大学の友人・先輩連中の誘いに乗って、秋葉原で飲み会となり、再び実家へと帰りました。


そんなこんなで瞬く間にエロ本が飛び交う最終日。
前2日間はお盆としては珍しく涼しい日々が続いたのですが、最終日は流石に晴れ間が見えてしまい気温も高めで過酷な環境に。
創作島初め、買いたい場所も多くありましたが、会場入りしたのはやっぱり11時頃です。
このくらいが待機列も捌けて、飲み会混じりの連日参加でも耐えられる夏のボーダーラインといった感覚。
買い物が一段落したら、フォロワーの優月さんと合流して昼食を取ってもうひと踏ん張り。最後の落ち穂拾いにと創作島を巡ってから、大学院時代の友人と合流して大崎にてビールを飲み実家に帰りました。


そんなこんなで押し切ったコミケ3日間から一転して、月曜の朝は少し早起きして中央線の特急に乗車。
満員の自由席に立って耐えて塩尻まで。ここで大学時代の友人連中と合流し、長野人の車に乗ってさらに北西方向へ向かいます。
安房峠方面へ向かう道から、途中で分岐して沢渡温泉一帯の駐車場に車を置いたら、さらに少しだけタクシーで先へ。
行って来たるは穂高岳の袂、景勝地と名高き上高地です。
最も下流側の大正池付近で下車して、ここからは上流方向へトレッキングの時間です。
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山頂の露頭した活火山の焼岳、鏡のような水を湛えた沢や池の数々。噂に違わぬ美しい景色です。
加えて自然豊かな高原地帯、周囲の森に目を向ければ様々な昆虫達も。
羽を喰われながらも、華麗に飛び回るキレイな模様の蝶もいました。
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一方で、川筋に戻れば枯れ木が川面から立ち上がる不思議な光景も。大正期に焼岳が噴火したとき、川を堰き止めて池を作り木々を枯死させてできた光景なのだとか。
斯様な次第で森林散策を続けたまま、何度か写真で観たことのある河童橋へ。
ここで写真を撮ったり、昼食を補給してしばらく過ごしたら、さらに上流の明神池の方向へ行きました。
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河童橋から明神池までは小一時間ほど。着いてから知ったのですが、明神池は穂高神社奥宮の御神域。池に臨むには拝観料が必要です。
社務所にて御朱印授与と併せて払い、社殿の裏手へと回れば、すぐに池の畔です。
明神池からは透き通った浅く鏡のような水面越しに雄大な明神岳の山容が望まれ、曇り空でも十分に神々しい光景です。
快晴の日など、如何程の絶景になることでしょうか。深山を分け入った先とは言え、最奥でもない土地に穂高神社の奥社を建てた理由もわかるような光景でありました。
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――が、そんな感動もつかの間。河童橋近くのバスのりばまで戻ってみれば、驚くほど長いバス待ち行列……。
タクシーの列も同様に長く、正直お盆時期の混雑を侮っていたと言わざるを得ません。
とは言え、他に足もないので、友人連中と雑談でもしながら待つより他なし。小一時間ほどと、思ったよりは待たされずに乗れたので、良しとしましょう。

車に辿り着いたら、中央道を下って長野人の実家のある飯田まで向かい、彼の実家で夜の宴会。
翌日の15日にかけて、素晴らしい歓待を受けて神奈川に帰ることになりました。


そんな次第で、見事に反動を喰らったお盆休みの最終日16日。
コミケ3連チャン(+飲み会)からのトレッキングと大量の酒ですから、効かない訳がないですね。
何とはなしに体調不良のまま、実家でゴロゴロしているうちに一日が過ぎてしまい、日が暮れてからは内房を経由して再び出張先へ。
未だ半分はお盆気分の町で、大過なく2日間の出張をこなし、どさくさ紛れには宿近くの飲み屋さんとすっかり顔なじみになれたのが、良い息抜きと言ったところでしょう。
ようやく平穏な週末に戻ってきたところで、今となります。
幸か不幸か、今週末は目立った用事もなし。積み上がった荷物とタスクとコミケの戦利品を片付ける頃合いかなと感じるところです。

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