月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


大きな出張の小さな旅・おかわり

またしても、少々日記の間が空いてしまいました。
長丁場の出張が重なり、もはや外泊している日の方が圧倒的に多くなってしまった今年の第1四半期。
幸いに前回ほど汲々の日程ではなかったので、土日には少しばかり遠くまでお出かけすることができたのが救いでしょうか。


最初の週末、遡って3月の11日は朝から早起きをして博多港の国際旅客ターミナルに行きました。
何故か準備良く持ってきていたパスポート片手に乗り込んだのは釜山港行きの高速船。
先日、就職で本国に帰ってしまったフォロワーのみかん氏を訪ねて、初めての韓国入りをしてきました。

釜山港の国際旅客ターミナルでみかん氏と早々に合流してしまえば、もはや状況は「日本語が得意な現地民」という最強のお気楽モードです。
至れり尽くせりのエスコートには感謝の念が絶えません。
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主な目的が彼と飲むことでもあったため、釜山ではざっくりと下調べもなくぶっつけの観光。
チャガルチ市場なる伝統市場の見学や、臨時首都記念館を見てまわります。
臨時首都記念館は朝鮮戦争時代、韓国政府がソウルを追われて釜山に首都を置いていた時代の大統領官邸だった場所なのだとか。
官邸内の様子や戦時下の生活、往時の街の様子が展示してあります。異国の戦時中に関する博物館、言及される悲劇や英雄譚の視点に共通するところ、或いは感性の違いを感じさせられるところ、色々と視点が違って勉強になりました。
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記念館のあとは中華街などを巡りつつ釜山駅から高速鉄道に乗り込みます。
大陸らしい両端に動力車を備えた列車に揺られて小一時間ほど、ソウルと釜山の中間点あたりにある街、大田(デジョン)にて下車しました。
大田駅からはタクシーで韓国の町並みを通り過ぎて、みかん邸へ到ります。案内のみならず、宿の提供までしてもらって頭が上がらないですね。
そんなこんなで、みかん邸に着いたのが20時頃のこと。ようやく、この日の夕飯にありつく訳ですが、韓国といえばクッパか焼肉か……と思っていたところ、提案されたのはまさかのフライドチキンです。
曰く「こっちではチキンにビールでサッカー見たり宴会したりする」そうな。宅配ピザに近い感覚なのでしょうか……? 後で知ったところでは、韓国はやたらとフライドチキン屋の多い国だったのだとか。やはり現地民の提案には唯々諾々と従うべきですね。
“二人前”で頼んだら山盛りのチキンと、付け合せ大根の酢漬けが出てきたときは少々面食らいましたが、なかなかどうしてカリッと揚がった美味しいチキンを食べることができ、良い経験になりました。

翌日は昼下がりの船で帰国の予定だったので、午前中から高速鉄道で釜山に戻り、そのまま特に寄り道せずフェリーターミナルへ。
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ときどき、クジラにぶつかる高速船。帰れなくなったらどうしようかと、少しハラハラものでしたが無事定刻に出港して到着。
最初の週末は無事に終わりました。


次の週すなわち先の週末3/18は出張も終了し、後は関東に帰るのみの状況。
3連休を有効活用して少しばかり遠出と思っていたのですが、よくよく予定を確認すると20日は分島花音のライブがあるので東京に帰らなければ行けません。
程々の距離でと考えていれば、これまた諸般の事情が重なって日曜の夕方には静岡の親の実家に顔を出す必要が出てしまいました。

諸々の縛りが生じてしまっては致し方なしです。小倉基準で日帰り程度の距離を巡って引き返すことに決めて、目についた行き先が佐賀県です。
実は佐賀県、吉野ヶ里遺跡などを少しは観光しているものの、ほとんど通り過ぎたことしか無く街場に降りた経験もありません。
佐賀市街は幕末の雄藩「薩長土肥」の“肥”こと鍋島藩の所在地にして、郊外には一宮の與止日女神社も控える歴史スポット。そこから列車で1時間ほどの唐津も海城唐津城や石炭の積出港の歴史を擁する古い街。
魅力は十分ながら、絶妙な距離感で放ったらかしになっていましたが、この機を逃さない手はないでしょう。

そういった思考の果てに、朝から特急を乗り継いで鹿児島本線から長崎本線を一気に進んだ土曜の朝。九州の特急は本当に便利ですね、値段もたかが知れているので、ついつい活用してしまいます。
佐賀駅からはレンタサイクルを調達したら、まずは駅の北側へまっすぐ30分ほどのとこ、肥前一宮の與止日女神社を参拝です。

與止日女神社は佐賀市の西を流れ有明海へ注ぐ嘉瀬川の畔に位置し、近隣には肥前国庁跡も立地する古代の中心地に鎮座する歴史ある社。
名前の通り、水の女神を祀るそうです。
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訪れたこの日は偶々、“ひゃあらんさん祭り”なる水難除けのお祭りの日。境内の下の川辺では、仮設の神棚を立てて神職さんが何やら神事の準備をしていました。
また境内では子供太鼓の奉納が行われていたのですが、迫力のある見事な演奏は足を止めて魅入る見事さ。後で神社の方に教えていただいたところでは、指導者が全国的に有名な方のチームだったそうで……田舎神事と侮るべからずですね。
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川の上には、少し気の早いする鯉のぼりも吊るされ春の気配を感じるサイクリングとなりました。


佐賀の城下に戻ってきたら、余勢をかって與賀神社や佐嘉神社など市街地の神社を巡って、歴史探訪と御朱印集めをこなしながら、列車の時間を待ちます。
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およそ1時間に1本の唐津線を捕まえたら、一時間ほどかけてこの日の二つ目の目的地唐津へ。
車窓から見える唐津炭田の遺構にテンションを上げつつ、駅に着いたらここでもまずはレンタサイクルを確保です。

余談ながら、どうも「ユーリonICE」というアニメの聖地だったようで、この日はアニメファンと思われる人を多数見かけることになりました。
私はこのアニメを見てなかったので頓着してなかったのですが、妹やフォロワーさんがやたらと反応していたのが、印象的でありました。
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それはそれとして、私がしたいのは御朱印集めと歴史ある町並み探索。
まずは城下市街に鎮座する唐津神社と、郊外に鎮座する松浦郡の古社鏡神社を参拝したら最初期の目的は達成です。
後は日没までにどれだけ回れるかの勝負でしょう。唐津城は残念ながら改装中でしたが、玄界灘はいつもと変わらぬ風景を提供してくれます。
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もう少し天気が良ければ文句なしだったのですが……こればかりは詮無きことですね。

他には石炭の積出港時代の名残、旧唐津銀行本店も見学です。
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古い貿易港らしい立派な銀行の建屋は東京駅なども設計した辰野金吾の作品です。全く知らなかったのですが、辰野金吾は唐津出身の人だったのだとか。
意外なところで意外なことを学ぶ機会がありますから、やはり旅は面白いですね。

最後に自転車を返して、この日の宿泊地へ。
筑肥線に揺られて松浦川に差し掛かったとき、思わず予定をひっくり返して列車を降り、川辺に走るような光景に出くわしました。
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流れの穏やかな川が黄昏空を映して見せる幻想的な光景。田んぼや干潟で見る水鏡は知っていましたが……川でも見ることができるとは知りませんでした。

夜の帳が下りるまで川辺に佇んでしまいましたが、この日の夜は気を取り直して日帰り温泉で一服してから唐津郊外のネカフェで一泊。


翌朝は早朝の列車に揺られて北九州市はスペースワールド駅まで舞い戻って途中下車。
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制限時間いっぱいまで、この界隈にある旧官営八幡製鉄所の高炉や北九州市立いのちのたび博物館を見学して、静岡へと向かいました。


斯様な次第でだいぶ慌ただしい三連休、最終日は午後から東海道線に揺られて都内に赴き、分島花音のライブ参加です。
分島花音のパフォーマンス、曲の良さも然ることながら、ライブごとに加わるアレンジや独特な歌い方、チェロの生演奏と魅力満載で毎回、幸せな気持ちにさせてもらえます。
今回のライブでは趣向を変えてMCも多めでしたが、これもまた絶妙なグダグダ感が楽しいこと。
毎度のごとく、セトリは割愛ですが……気づけば予定もわからないまま7月の東京公演のチケットを買ってしまうほど、悩みも憂いも溶け出す楽しいライブでありました。


ちなみにライブ後の平日はまたしても泊りがけの出張。
今日ようやく帰ってきたのですが、今度は資格試験が間近に迫っています。もうしばらく気が休まらなさそうで参ってしまいますね。

洛南周遊の話

長丁場の出張から帰還し、腑抜けのような一週間を過ごした3月。
気付けばもう年度末月、今の会社も満2年になってしまいます。
そろそろ防塵マスクがなくても息ができる職場に行きたいものですが……そうはままならぬのがこの世の厳しさ。
またしても出張の司令が出たので、飛んで帰るがごとく今週末も西へ移動です。


いい加減に関西方面も“軽く寄り道”と思い浮かぶ場所が少なくなってきたのですが、地図を見れば行くところはいくらでも見つかります。
京都駅から奈良線に乗り換えて南へ暫く。伏見区を抜けて宇治川を越え、降り立ったのはJRの宇治駅です。

なぜに失念してたのでしょうか、宇治の一帯は中学校の修学旅行で平等院を訪れて以来、一度も来たことがありませんでした。
奈良からなら目と鼻の先だと言うのに、実に不思議です。
距離も手頃ですし、思い立ったが吉日。今回寄らないでいつ寄るというのでしょうか! ――と、1人で勝手に盛り上がったら残りの算段はトントン拍子です。
気付いたら宇治駅から商店街の裏側を抜けて、一つ目の神社、宇治の県神社に至ります。

県神社はコノハナサクヤヒメを祀る創建不詳の古社、平等院のすぐ裏手に位置することから、平等院の鎮守神として今も相応の規模を誇っています。
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平安期以来の由緒を誇る神社が、町中に何の事はないように鎮座する様は鬱蒼とした古社とは違った古い街らしい趣です。
境内の脇に、大型の梵天と隣には石造り(?)の梵天が奉納されていたのですが、何の由縁をもって置かれているのかわからなかったのが、気になるところです。

県神社で御朱印を頂いたら、宇治橋の本道に戻る方向へ歩みを進めます。
道中、塀に囲まれた小さな社があったのですが、周囲に立つ幟を見て驚きの橋姫神社です。
橋姫伝説といえば、そこそこ有名な逸話。
神社の知名度も決して低くはないと思っていたのですが、危うく見落とす程に小じんまりとして境内に驚かされます。加えて、玉垣ではなく塀で閉じた様子には、一種独特の雰囲気も感じます。
別段、おどろおどろしい訳でもなく、おそらくは車道が近いからとか何か大したことのない理由なのでしょうが……規模の割し印象に残る光景でした。
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そんな橋の姫様に挨拶をして少し行けば、平等院の参道と合流して宇治橋に至ります。
宇治橋は続日本紀に曰く、飛鳥時代に高名な僧侶がここに橋を架けたという、日本屈指の由緒を誇る交通の要衝です。
淀川に架かっていたという山崎橋、琵琶湖の南に架かる瀬田の唐橋と並び称される古い古い橋だったのだとか。
もちろう、現在では自動車に対応した橋に更新されていますが、往時には水運や防衛の要衝だったであろうこの地は、河が流路を変え交通の重心が他所に遷った今も、なかなかの交通量を誇ります。

そんな宇治橋を渡って、対岸の一帯をしばしぶらくり。
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さほど広い界隈ではないのですが、川辺にそって土産物店やカフェが並ぶ観光地の雰囲気が、私はけっこう好きです。
それでも人通りは京都市街ほどではなく、少し頃合いを見計らえば閑静な路地にだって出会えます。

路地を抜けた先にあるのは、式内社の宇治神社。
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後背の宇治上神社と2社1対でもって宇治の地に記紀の時代より鎮座します。
祭神は「菟道稚郎子命」。仁徳天皇との皇位の互譲し、最後には自死するエピソードが、日本書紀に記載される皇族です。
名前の“菟道”は宇治の古名でもあり、この地に宮を営んでいたために祀られているとも伝わります。

宇治神社のあとは、すぐ後ろに鎮座する宇治上神社へ。
今では別立ての2社に分かれていますが、本来は本宮と若宮の関係だったとかなんとか。
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宇治上神社の拝殿、本殿は木造神社建築としては現存最古の代物なのだとか。
建築にはあまり詳しくないのですが、平安から鎌倉にかけての建造だそうで、江戸時代の壮麗な社殿とはちがった簡素な印象を受ける建物です。

宇治上神社から背後の大吉山を経由して、宇治橋より少し上流の橋で川を渡って平等院へ。
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中学以来の平等院ですが、当時の記憶が全くなかったことを思い知らされた気分です。
良いものを見れましたが、できればもう少し人が少ないときに来たいですね……。

この後は少しばかり歩いて上流の天ヶ瀬の吊橋まで散歩して伏見へ。
大学院時代の友人らと合流し、伏見の町ではしご酒を決め込みました。


そのまま友人宅に泊めてもらって、翌朝は伏見観光へ。
酒と幕末と水運の町、伏見。酒造が並び立ち、お酒に関する企業博物館も沢山あります。
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特に展示が充実しているのは月桂冠の資料館。一般的な酒造りのあれこれに始まり、江戸期の貴重な資料から戦前のラベルやポスターまで。
商業的な日本酒の量産に関する資料もあり、地酒蔵とはまた一味違った視点で日本酒を学ぶことができました。

他には幕末、寺田屋事件で有名な寺田屋の資料館や、伏見が河港として栄えた時代の遺構、三栖閘門を見物。
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なんやかやで伏見の見所を巡り歩いて、昼過ぎ頃に京都駅方面へと移動することになりました。


京都駅では友人イチオシの立ち飲み屋で昼酒を決め込んでから、新幹線に乗り込み出張先へ。
心なしか……風邪気味なのはご愛嬌です。

大きな出張の小さな旅

少々間が空いてしまいましたが、一応は元気です。
出張案件が想定以上に多忙なまま、気付けば九州の宿暮らしで3週間が経過してしまいました。

案件そのものには色々と思うところもありますが、それはそれとして素晴らしいのはホテル暮らしの快適さ。
毎朝、荷物を簡単にまとめたまま部屋を後にすれば、夜には綺麗になっているのですから感激です。
自炊ができないので食費こそ嵩んでしまいますが、最低限の荷物整理と選択以外は丸投げして暮らせるのですから、ズボラな人間には夢のような時間でした。
出張終盤には宿の方にも顔を覚えられて、殆ど顔パスに近い扱いでしたし、富豪が晩年にホテルで暮らすと言う話もなんとなく共感できるように感じました。

ちなみに夕飯は毎晩のごとく小倉の繁華巡り。アレなお店には行きませんが、飲み屋から定食屋にラーメン屋まで、色々とまわりました。
海鮮から鶏肉まで美味しいものが多くて巡り甲斐のある町でありました。夜の観光だけとは言え、なかなかどうして楽しめた出張だった気はします。


そんな訳で忙しい中でも、寸暇があれば出掛けたくなるのが人の性。ホテルで寝てるなんてもったいないとばかりに、とりあえず外に向かいます。
色々溜め気味、アニメも見なくてはいけないので掻い摘んで備忘録的に。


12日は天気も良かったので関門海峡を巡る散歩。
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10年ぶりくらいに下関駅から唐津方面に向かい、関門トンネル人道を抜けて門司港側へ向かいます。
道中で関門橋を眺めたり、海峡周辺の古社と港湾史跡を巡る小旅行です。
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最後は門司港レトロ地区の夕暮れと夜景を眺めて、ホテルに帰りました。

翌週の19日は小倉から福岡へ回り道へ抜ける旅。
小倉から数駅西へ行った戸畑駅より、洞海湾を渡し船で跨いで若松地区へ。
往時には筑豊炭田の積出港として栄華を極め、戦後早い段階で八幡製鉄所を抱える戸畑地区との間に“東洋一の大橋”が架けられた程の要衝だったそうです。
“バンド”と呼ばれる海岸通りを巡り、立ち並ぶ古い建屋を見物しながら筑豊本線の若松駅まで向かいます。
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車窓にボタ山が見える(らしい)筑豊本線を桂川駅まで。ここで篠栗線に乗り換えて福岡市内へ。
さらに香椎線に乗り換えて海の中道にある終点西戸崎駅まで向かいました。
ここからさらにこの日2回目の渡船で志賀島に至りました。
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志賀島は良くも悪くも何もない島。かの名高き金印が発見された島だそうですが、対岸に博多が見えるとは思えないほど離島然とした風情がありました。
数時間ほど海沿いの道を歩いて、冬の海水浴場からバスで引き返してこの日の小旅行を終えました。


斯様な次第で出張が一段落し、帰還指令が出たのが今週末。

直帰しては面白くないので、少しばかり“寄り道”して帰りました。
小倉より日豊本線を南下して宮崎へ。宮崎から日南線に乗り換えて大隅半島中部にある終点、志布志駅まで。
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志布志からは大隅半島をバスで横断して、鹿屋を経由し錦江湾側のフェリーターミナル、垂水まで。
垂水から鹿児島市郊外の鴨池埠頭までフェリーで渡り、この日は鹿児島市街で夕飯を摂りました。
宿泊は鹿児島駅から小一時間ほど東へ行った隼人駅近くの宿にて。翌日に駅近くの鹿児島神宮に参拝してから、鹿児島市に戻りレンタカーを確保しました。
レンタカーでは薩摩半島を錦江湾沿いに指宿方面までドライブ。
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道中の神社を巡りながら、半島最南端の長崎鼻に至ります。
開聞岳を北側から回り込みつつ、さらに神社を巡り復路に知覧を経由して鹿児島市街へ戻りました。

この晩は鹿児島市内のゲストハウスに宿泊し、天文館近くの飲み屋で焼酎と鹿児島料理を堪能。
翌朝に鹿児島市街を少しだけ巡ってから、肥薩おれんじ鉄道線に乗車です。
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海際を抜けるかつての鹿児島本線に揺られながら数時間、八代で乗り換えて熊本まで。
熊本で少しだけ城下を寄り道し、昨年の地震で被災した石垣などを見学です。
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これで熊本も少しばかり巡ったので、県都を彷徨いたことがない土地も残すところ佐賀だけになりました。
思えば、旅行を初めて10年はかかりましたね……まだまだ行きたいところは沢山です。

そんなこんなで熊本から九州新幹線に乗り込み、博多で一旦下車してお土産などを購入し、一路千葉へと帰路につきました。


3週間ぶりの関東。
特段、変わることもないと思ったのですが……やはり自炊ができることと、自宅のデスクPCの快適さは偉大でした。
ひとまずは生活パターンの復調と、荷物の解体が課題ですが、ついつい溜まったアニメを見てたら捗りませんね。

西へ流れる話

流れ流されるままに、外泊の多い昨今。今日も今日とて出張案件によりお宿にお泊りです。
ついには、スマホでやる類のゲームにも手を出してしまうほど、家にいる時間が短くなっていますが、旅行は好きなので今のところは性に合ってます。


そんな訳で先週の末から、都内で研修があったために内房を抜け出して都会の方へ。
高校時代の友人の家に泊めてもらいながら過ごして、節分だった2月3日の金曜日から徐々に行動が始まります。

夕刻、研修帰りに代々木八幡宮での節分祭に遭遇したりしながら、神奈川の実家へ移動。一旦、車を拝借して荷物を回収に内房へ向かいます。
所定の荷物を回収したら、帰りがけに木更津の海上電柱群に寄り道。いざ夜景撮影! と思ったものの、残念ながら強風と寒さに散々な結果に終わってしまい、ほうほうの体で再び実家に戻りました。

一夜明けて、若干寝坊気味に目覚めた土曜日は、寝起きの勢いのまま新幹線に乗り込み、京都へ。
京都から東海道線を東に折り返し、石山駅からバスに乗り継ぎます。
南へ向かうバスに終点まで30分程揺られて、辿り着いたのは佐久奈度神社という式内社です。
琵琶湖から瀬田川を南へ下り、大きく屈曲した土地に、遙か飛鳥時代から鎮座するという古いお社です。主祭神は瀬織津姫神、川や水の女神です。
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由緒はあまり語られてないのですが、きっと川舟にとって要衝か難所か、何か神を祀るべき理由があったのでしょう。
目と鼻の先が宇治や琵琶湖とは思えない山奥感を醸し出した土地に、ひっそりと佇む社でありました。

さて、ひとまずの目的は達したのですが、気付いてみれば寝坊もあってこの時点での時刻は15時過ぎとどこに行くにも中途半端。
宇治方面など行きたい気もしていたのですが、流石に今から行っては夕暮れです。
そんな折に地図を見て目に入ったのが、神社から川を挟んで10分程の立木観音堂でありました。
往路にもバスから参拝客が沢山居たのが目に入っていたのですが、その頃はまだ関心の外側。ところが、次の行き先に悩む段になってみれば、俄然興味が湧いてくるというものです。

フラッと入り口まで歩いてみれば、急な階段がお出迎えしてくれます。
軽い気持ちで登らざるを得ませんね!
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正直、登っている途中に何度後悔したことかわかりませんが……後から800段以上もある石段だったことを知って、道のりの長さにようやく納得するほどの過酷さでした。
とは言え、登ってみれば風情あるお寺とお茶による歓待。縁日だったのか、通常通りなのかはわかりませんが、ひっきりなしに訪れる参拝客と祈祷の鐘の音に、山間の大寺の雰囲気を味わって疲れも癒えるようでした。
本堂の裏には奥の院もあり、そちらもまた小さな祠のような建物が佇んで、わびさびを感じる光景。関西圏は少々詳しくなっていた気がしていましたが、まだまだ知らないところが沢山あるのだと実感させられる良い寄り道になりました。

立木観音から下山して、石山駅へ戻るバスと京阪電車を乗り継いで、この日最後に寄り道したのは膳所本町駅。
大津市街の東の外れくらいに位置するこの界隈で、夕暮れの街を散歩しつつダメ元の御朱印集めに勤しみました。
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最初に寄った膳所神社は神職の方も見当たらず、取り付く島のない空振りでしたが、次に訪れた和田神社は小さいながらもよく手入れされたお社。
鳥居の奥に木造の立派な門が続き、その奥には神楽殿を経て本殿が並ぶ配置で、脇にはイチョウの巨木がそびえ立ちます。
境内の敷地こそ広くはないものの侮るなかれ、その本殿は国の重文に指定されています。
御朱印を貰いがてら、神社の方に聞いたところでは目の前の道が旧東海道なのだとか何とか。この何でもない風景の中に歴史の深さが詰まっている光景こそ、関東ではなかなか無い畿内の奥深さでしょうか。
参拝を終えて改めて神社の前の道に出れば、確かに古い建物が多い気がします。
折角ですから地図を見ながら当たりをつけて、旧東海道を辿るように西へ歩きます。何件かのお寺と石坐神社を経由して、17時過ぎにJRで石山の隣駅、膳所駅に到着し、電車移動に戻りました。

この日の晩は、大学以来の友人と彼の会社の同僚と大阪で飲み会。そのまま友人の家に泊まって、飲み直しながらアニメを見て寝落ちしました。

翌日曜日は昼前まで前日の宿酔との戦い。久しぶりに日本酒を散々飲んだ後に、焼酎まで入れたのは重かったのでしょうか。
12時過ぎにようやく体が再起動し、何とか新大阪駅まで到着します。友人と昼食を摂ったら、彼と別れて再び西へ向かう新幹線に乗り込みます。
行って来たるは九州の玄関口、北九州市の小倉です。なんか、去年も来た気がしますが、仕方ないですね。
用件は月曜からなので、この日曜日は九州でフリータイム。神社巡りに精を出したいところでしたが、またしても着いたのは15時過ぎと絶妙な頃合い。行けても一つか二つだろうと考え、モノレール沿いのお社に的を絞ります。
一つ目は小倉市街から少し南に下ったところにある菅原神社。町中の小さな社でしたが、梅を神紋とする天神様だけに、既に梅の花が綻びかけていたのが目に入りました。
春はもう近いのかもしれませんね。

さらにそこからモノレールで南に下り、片野駅で降りて西へ15分ほど歩くと2社目の神社、篠崎八幡宮に至ります。
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随神門のお多福がインパクト絶大ですが、古くは奈良時代にも祈祷の記録が残ると言う古い神社です。
現在の鎮座地に遷ったのは平安末期とされていますが、北九州の八幡宮らしく神功皇后に関わる伝説があったり、鎮座地に古墳群が遺っていたりと、古くからこの界隈を人々が行き交っていたことを偲ばせる社でありました。

篠崎八幡宮に参拝し、駅に戻れば時刻は17時過ぎ。神社巡りとしては時間切れと行って間違いない頃合いでしょう。
有り余った元気をどこに投げつけるかと、思案しながら駅の広告に目をやれば「新日本三大夜景」なる不穏なワードが目に飛び込んできました。
曰く八幡駅から少し行った皿倉山から望む北九州市街の夜景は逸品なのだとか。残りの2つが奈良の若草山から望む奈良市街の夜景と、山梨は笛吹市の丘から望む甲府盆地の夜景だとかで、あまり期待できない気もしてしまったのですが……他に行くアテもないですし、足を向けてしまいます。
駅からは無料のシャトルバスとケーブルカーで楽々山頂へ。
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眼前に広がるのは期待よりはずっとキレイな北九州の夜景でした。
信じ難いほどの強風が吹付け、眼下は微妙に霞がかっている悪条件下ですが、それでも眩く輝く市街地には息を呑む美しさがありました。
条件が良ければ、八幡の製鉄所や関門海峡もくっきり見えたことでしょうが、そこまで望まずとも霞にボンヤリと光り輝く街並みも、それはそれで幻想的で悪くないと思わせる雰囲気があります。
あまりの寒さに長居こそできませんでしたが、期待していた以上の光景にすっかり良い気分になることができました。

この後、下山して小倉駅界隈に戻ったら駅近くの“一銭洋食”屋さんで夕飯を食べて宿に。月曜以降のあれこれに備える体制を整えていたら、日付が変わってしまいました。


斯様な次第で今日から出張案件。休みはあるのか、観光はできるのか、甚だ不透明ですが、強く生きましょう。

茨城県北紀行

先週の日曜出勤に続いて、土曜も動員を掛けられてしまった今週末。
幸いにも昼過ぎには退勤できたので、午後からは中学時代の友人と飲みに行くことができましたが……いよいよもって忙しさが増してきた今日この頃です。

土曜を封殺されて機動性が落ちた週末ですが、遠出は出来ずとも関東圏の日曜日帰りくらいはしないと済みませんね。
大学時代の友人と会うために茨城県の北部まで行って帰ることになりました。


日曜の朝は北千住駅で元寮生と合流してから、常磐線をひたすら北東へ進み、降り立ったのは茨城県の友部駅。
ここで件の大学の友人と合流し、彼の車にピックアップされたら、この日の行程の始まりです。

最初に向かったのは駅から車で20分ほどの場所にある笠間稲荷神社です。
参道には商店に入り混じって有料の駐車場と誘導員が群れをなしています。車社会の観光地らしい光景、あまり車で繁華なところに行かないので、久しぶりに見る光景です。
適当な駐車場を選んで停めたら、ほんの少しだけ歩いて目的地に到着です。
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笠間稲荷は日本三大稲荷の一つに数える“場合もある”比較的規模の大きな稲荷神社です。
もっとも、三大稲荷は伏見稲荷大社以外の2つについて、様々な組み合わせがあります。どれが一般的かも言い難いのが難しいところです。
それはさておいて、訪れたときはちょうど節分式の準備中。参道右手に木製の台をせっせと作っていたのが印象的です。
広大な境内がある訳ではありませんが、参道の賑わいも含め古くからの文化を感じる神社でありました。


歴史深い笠間の稲荷を巡ったら、国道50号を西へ更に20分ほど向かうと、今度は常陸国出雲大社が鎮座しています。
こちらは一転して平成年間に創建された極めて新しい神社。平成の世になってからも神社ができるのかと驚きますが、いかなる社も創建された当時は新品ですから……仕方ないですね。
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地形的にも特段何かあるようには見えませんが、立派なしめ縄と拝殿は圧巻です。
伝統的な神社建築に囚われてない気もしますが、気にしたら負けでしょう。折角なので御朱印ももらって、この地を後にしました。

小一時間ほど東へ車を走らせて那珂川水系の谷筋から久慈川の谷筋へ。
3社目に訪れたのは、常陸国二之宮にも列せられる式内社、静神社です。
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祭神は綾織の神タケハヅチ。「しず」の音には“倭文”という漢字を当てる場合もあり、織物を指す古語でもあります。
近隣には古墳群も残り古くから人が住んでいたことを物語ります。かつてここで日々を営んでいたであろう機織り集団の痕跡を伝える由緒ある神社でありました。
ただ、残念ながら社務所は不用心に開け放たれたまま、もぬけの殻。声を掛けても反応がなく、御朱印を頂くことは出来ませんでした。

静神社からは、昼食に名物“常陸秋そば”を食べれるお店を経由しつつ、久慈川沿いに北上します。
奥久慈の狭い谷筋を抜けると、不意に盆地が広がり茨城県最北の町、大子町の中心街に至ります。水郡線の駅の前を通り抜けて、少しだけ町域から離れた場所まで行ったら4つ目の目的地、旧上岡小学校に到着です。

2001年に閉校となってしまった上岡小学校ですが、その校舎は明治昭和に建てられた木造校舎が移築もされずに現存した貴重な代物。
国の登録有形文化財にも指定され、週末や祝日には無料で一般見学も可能です。
貴重な木造校舎を大手を振って見学できると言うだけでも十分に興味深いのですが、更に加えればこの校舎、劇場版ガルパンの劇中にも登場しています。
つまり端的に言えば聖地巡礼です。一昨年の映画であり、大洗には何度か訪れていたものの、こちらの小学校に関しては場所が場所だけになかなか行くことが出来ず後回しになっていた次第。ようやく念願の探訪ができました!
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そんな訳で車から降りて校舎を見やれば、即座に「アニメと一緒だ!!」と身も蓋も知性もない感想が飛び出してしまいます。
アニメ効果か、別のドラマか、はたまた純粋に有名なのか……理由はわかりませんが、訪れたタイミングでは、常に数組の見学者がいる賑わいぶり。
校舎内も古いなりによく手入れされ、大事にされていることが伝わってくるようです。
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往時に使われていたであろう教材や機材も残っており、中には昭和30年代のラジオやら地図なども残っており、それらを眺めているだけでも飽きない程でありました。
また、当然ながらそこかしこにアニメで見た光景があります……が、挙げていってはキリがないので、そこは「アニメと一緒だった」の一言で十分でしょうか。
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劇中に登場した黒板(本来は学園艦?)や出演者の色紙に、聖地のらしさを感じました。

訪れる前は正直なところ、さほど期待してなかったのですが、気づけば1時間以上居座ってしまった旧小学校。
なかなか見飽きない風情があったのですが、時間の都合もあるので日が傾きだした頃合いで出発し、最後に袋田の滝も見物に行きました。
袋田の滝は以前にも一度訪れたことがあるのですが、そのときは温暖な季節。寒い時期に来たのは初めての経験です。
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着いてから知ったのですが、この季節の袋田の滝は凍ることで名高いそうです。
残念なことに、この日は暖かったこともあり控えめな凍り方でしたが、それでも滝の一部が白く氷に覆われている光景は、なかなかに迫力があり興味深いものがありました。

更に今回は滝の裏手の遊歩道を登って一段上流にある月居の滝も見てきます。
切り立った崖に掛けられた階段を昇り、さらに岩壁に設えられた桟道を抜けた先に遠くその小さな滝は姿を現します。
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迫力でこそ袋田の滝に一歩譲るものの、規模が小さい分凍り方は少しだけ充実しています。
紅葉の頃など、さぞ綺麗だろうと思わせますが、枯れ木の向こうの凍った滝も侘び寂びなのかもしれません。


斯様な次第で滝の見物を終えたら、友人オススメの飯屋で夕飯を食べて、帰路へ。
常磐線名物の電車飲酒でホッとしながら、どうにか日付が変わる前には内房に帰り短くも充実した週末を終えることとなりました。

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