月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


北海道の鉄路横断の話

強烈な寒波に襲われたという今週末。
零下20℃に及ぶ凍てつく寒さが北海道を襲い、豪雪地帯新潟でもすら雪で電車が止まる有様だったとか何とか。
幸か不幸か別件の軛により遠出をせずに済ましてしまったので、平穏な関東で他人事のように眺めることしかありませんでした。

そういう次第なので、今週の日記事項はないのですが、話は遡って先週の3連休周辺の回想録に。
正月休みの後半戦、都合よく飛行機のチケットも取れたので北海道へ雪見に行ってきました。


1/4は朝から羽田空港に向かい、釧路便で北海道へひとっ飛び。あっという間に北の大地です。

釧路たんちょう空港からバスに揺られて釧路駅前へ。駅近くのホテルにチェックインして、荷物を預け終えたら既に15時過ぎです。
北の大地の日没は16時過ぎと少し早め、暗くなるまで1時間と少々しかないですが、何はともあれ観光に繰り出しましょう。
2018_01@北海道旅行003 2018_01@北海道旅行013
釧路は道東南部、太平洋に面した河口に港を構える町です。
かつては後背に釧路炭鉱を構えていたそうで、今も化学系の工場などが立地しているそうですが、どちらかと言うと観光と漁業の町でしょう。

何はさておき、まずは駅前で拾った観光地図に神社を見つけたので、御朱印を頂戴に参拝することに。
向かったのは釧路国一宮、厳島神社です。
駅から釧路川を挟んだ川向こう、明治以来の市街地が広がる元町界隈の町外れに聳える小高い丘に鎮座しています。
“釧路国”とは明治初期に律令国に倣って北海道に設置された令制国の一つ。各国に一宮を称する神社が設定されたのもこの頃のことでしょう。
江戸期の創建だそうですが、名に違わぬ賑わいのある神社です。
2018_01@北海道旅行022 2018_01@北海道旅行030
神社の脇の斜面は公園となり、港を一望する展望台もあります。
薄雪の積もり、凍てつくように澄んだ空気と、どことなく背の低くのっぺりとした建物群。北国に来たなと実感する光景です。

また釧路は夕日の町としても観光を推しているのだとか何とか。澄んだ空気と南西側に海を臨んだ地形が夕日鑑賞向きなのでしょう。
日没は16時過ぎのこと、御朱印を貰ったら大急ぎで夕日スポットの幣舞橋へ向かいます。
幣舞橋は市街中心の釧路川を越える一番海側の橋。町の開闢以来、掛け替えられながらもずっとそこにある橋だそうで、夕日がよく見えるオススメスポットとして観光ガイドにも紹介されています。
2018_01@北海道旅行069 2018_01@北海道旅行073
実際には季節が冬至に近すぎたせいか、日没は海ではなく陸地の方になってしまいます。
それでも、その夕暮れ空の美しさは夕日の街を標榜するに十分なほど。更には不完全ながらも“太陽柱”と呼ばれる夕日から光の柱が昇る気象現象にも遭遇することができました。
Wikipedia曰く、風の少ない冬の日に空気中の氷が一方向に配向して太陽光を反射することで観測されるのだとか。
まさに条件としては悪くなかったようです。非常に良いものを見れました。

この後はまだお酒を飲むには時期尚早に感じたので石川啄木の記念館となっている旧釧路新聞社へ。
石川啄木は2ヶ月と少しだけ、この地で仕事をしていたそうで、その当時の足取りと釧路新聞社の活動が紹介されています。
2ヶ月ちょっと働いただけで記念館になるのですから……文豪は凄いと、少し複雑な気分にもなりますね。
2018_01@北海道旅行083 2018_01@北海道旅行119
その後は飲み屋さんで地酒と海の幸、地元料理を堪能し、翌朝は8時過ぎの電車で釧路を後にすることになりました。
ここからは「釧路→網走→旭川→新函館北斗→東京」の通しの乗車券を購入し、途中下車がてらの寄り道観光となります。

この日は釧網本線をひたすら北上して終点の網走へ。
2018_01@北海道旅行126 2018_01@北海道旅行157
車窓は釧路湿原から原生林を抜ける山越えへと変化し、斜里町の付近からは右手にオホーツク海を臨むことができます。

数時間の列車旅で辿り着いた真っ白い町並みが網走です。
網走と言えば名高き網走監獄! 本来の網走刑務所は市街地に立地するのですが、観光地としての監獄博物館は明治期の建屋を郊外の山の上に移設してあります。
丁度よいバス便が無かったので是非もなくタクシーを利用して向かうことにしました。
タクシーの運ちゃん曰く、この日の外気温は氷点下2℃。この季節にしては“暖かい”そうです。実際、日記を書いてる今週は氷点下10℃を下回っているのだとか……見てみたかったような、命拾いしたような……どちらでしょうか。
2018_01@北海道旅行174 2018_01@北海道旅行179
監獄博物館に到着したら、見学の前にまずは併設の食堂で腹ごしらえ。
折角なので現代の刑務所飯を再現したメニューを頂きます。思った以上に質素な見た目ですが、曲がりなりにも公的機関の食事、健康的な味付けというべきでしょうか。不味くはなかったです。

腹ごしらえが済んだら、この旅一番の目的地と言っても過言ではない監獄博物館の見学です。
威風堂々とした往年の門から入館します。
2018_01@北海道旅行183 2018_01@北海道旅行185
館内には戦前の貴重な刑務所関連建屋が立ち並び、幾つかは資料館として、またいくつかは蝋人形による展示となっています。
自給自足のための農機具小屋の展示や、道路開拓に繰り出された時代のタコ部屋の原型となる簡易宿舎、あるいは看守の長屋に監視塔まで移設されています。
2018_01@北海道旅行225 2018_01@北海道旅行266
監獄の暖房は熱が効率よく均等に巡るよう、煙突の形に気を遣っていることなど、なかなか興味深い展示の数々も。
北方まで来た甲斐のある充実の展示内容でありました。

監獄の後は再びタクシーをお願いして、更に山の高いところにある北方民族博物館を見学。その名の通り、北緯45度程度より上に分布する諸民族の民俗資料を集めた博物館です。
トナカイやアザラシなど似たような獣を狩猟の対象とし、脂を食材として珍重したり毛皮を交易の輸出品としたりといった共通点。あるいは各民族独特の楽器や信仰、住宅の様子を紹介しています。
無料で学芸員の方に案内してもらうこともでき、こちらも非常に見応えのある展示を堪能することができました。
2018_01@北海道旅行284 2018_01@北海道旅行291
そんなこんなでこの日も日没を過ぎたら撤収の頃合い。無謀にも帰りは徒歩を選択してしまい、凍てついた夜道を小一時間掛けて下山する羽目に。
たまには……そういう経験も悪くないのかもしれませんが、あまり何度もやることではないと自覚するものです。
下山後、ホテルを目指している途中で遭遇したのが、写真の旧網走刑務所正門。今はお寺の山門となっているのですが、受付の遺構やどことなくいかつい門構えが独特な雰囲気を出していますよね。

この日もチェックイン後は、夜の街に飲みへ飛び出して過ごしました。


翌朝は凍てつくオホーツク海を遠望する河口港を眺めながら、後背の丘に鎮座する網走神社に参拝。
2018_01@北海道旅行311 2018_01@北海道旅行321
網走が漁港として拓かれた時代に勧進された弁財天の祠に端を発する網走一番の神社です。
雪と氷に閉ざされたモノクロ気味の神社ですが、巫女さんも居られて御朱印もいただくことができました。

神社のあとは再び市街に下って網走川を渡り、対岸のモヨロ貝塚を目指します。
橋の上から岸辺を見やれば、休眠状態の捕鯨船も確認できます。往年はこれで北洋に繰り出し、商業捕鯨に精を出していたことなのでしょう。
他にも知床半島などの山並みや、防波堤の向こうの荒れるオホーツク海も望むことができましたが、流石に写真にするには遠すぎる光景でありました。
2018_01@北海道旅行337 2018_01@北海道旅行347
そんな訳で訪れたモヨロ貝塚は、しかしながら雪の下。この雪の下にオホーツク文化を世に知らしめ、弥生時代の代表格とされた登呂遺跡と並んで、戦後真っ先に発掘調査の対象となった遺跡があると思うと、それはそれでロマンかもしれません。
ちなみに石碑のすぐ背後には、貝塚に関する資料館もあり発掘された遺品や発掘の経緯の展示もあり、ちゃんと勉強になるので安心です。

モヨロ貝塚に続いて網走郷土博物館も見学。こちらはより広汎に郷土史や自然についての展示が見られます。
特に網走開拓の経緯は、このような寒冷な土地になぜ和人が住み着いたのかがわかりやすく展示されていて、興味深かったです。
2018_01@北海道旅行349 2018_01@北海道旅行364
そして博物館巡りを終えたら、ラーメンで腹ごしらえして網走駅へ向かい特急に乗って次の町へと向かうことにします。
網走の町、季節と交通手段の都合もあって絶景と噂の能取岬や流氷博物館には寄れませんでしたし、次は夏に訪れたいなと思いつつ、列車は旭川へ向かって走り始めました。

特急は石北線を快調に駆け抜けて、気付けば北見山地も越えた旭川側へ。
到着が見えてくると、ふと寄り道したくなるのが人の性でしょうか。特急では旭川の一つ前、上川駅への到着を告げる車内放送にて、後続の鈍行旭川行きの存在が告げられます。
大急ぎでその列車の旭川到着時刻を調べると17時過ぎと、十分に問題のない時間帯。上川駅に到着し、雪に埋もれた単行のディーゼルカーを見たら即決です。
2018_01@北海道旅行386 2018_01@北海道旅行391
荷物をまとめて特急を飛び降り、雪煙あげて走り去る特急を見送ったら、鈍行列車に乗り換えてガタリゴトリとゆったり旭川駅まで久しぶりの寒い旅を味わいました。

宿の都合で次に下車したのは旭川の一つ手前、旭川四条駅。町外れに位置する駅ですが、旭川駅までも歩いて20分ほどの距離であり、宿はちょうどその中間くらいになります。
都会的な高架駅が雪にまみれながら、国鉄型のディーゼルカーを受け入れる様は、少し不思議な光景に感じますが、こちらではきっと日常なのでしょう。
2018_01@北海道旅行430 2018_01@北海道旅行443
町に繰り出せば、海岸沿いの釧路や網走よりも余程厳しい寒さと深い雪が出迎えてきます。
宿の人に紹介された飲み屋で地元料理を堪能し、その後はもう一つ教えられた日本酒バーで隣席の客と盛り上がりながら日付が変わるまで酒盃を重ねて夜を過ごしました。
記憶も曖昧なまま宿に戻ったら、翌日はひどい肩こりに悩まされたのも、致し方ないことでしょう。


北海道4日目の1/7は体調不良を抱えながらも、函館を目指さなければならない日。
是非もないので、ひたすら鈍行列車に揺られていることにします。
旭川から函館本線を乗り継いで、まずは札幌のすぐ南の白石駅を目指します。
2018_01@北海道旅行476 2018_01@北海道旅行480
道中は雪も多く、雪煙を巻き上げる列車や除雪風景を眺めることができ、雪国感が旅情を掻き立てます。
白石からは千歳線に乗り換えて室蘭本線方面へ下り、そのまま長万部方面に列車を乗り継ぎ。
苫小牧の辺りから太平洋岸に出て、雪が急に少なくなったことが印象的でした。
2018_01@北海道旅行503 2018_01@北海道旅行539
列車は定刻通りに乗り継ぎが進み、長万部で最後の乗り換えをする頃にはすっかり夕暮れ空です。
乗り継ぎに時間があったので、海まで向かって雄大な噴火湾と白い砂浜をぼんやりと眺めて、最後に深呼吸。日没後ももう2時間以上は列車に揺られて、函館に着いたのは19時半くらいのことです。
都合10時間弱、久しぶりに「たくさん、列車に乗れた」と自認できる乗り鉄ができました。

斯様な次第で函館についた頃には周囲は真っ暗。ずっと列車に乗っていたので、肩こりと頭痛も酷いまま。
このまま宿で寝ても良いテンションではあったのですが、しかし本能は函館山に登らない道理も無いとまた、訴えてきます。
2018_01@北海道旅行564 2018_01@北海道旅行573
宿に荷物を投げたら、夕飯で体力回復を図ってから急ぎ足で函館山ロープウェイへ。
終発ギリギリに駆け込んで、展望台に上がれば……無理を押して来た甲斐はある光景です。冬の澄んだ空気に、百万ドルの夜景が煌めき、言葉を失います。
寒さに震えながらも下りの終発まで写真を撮り夜景を眺めて過ごし、感激して宿に戻ります。この日は流石にお酒は飲まずに宿ではそのまま就寝としました。


北海道最終日は函館から新幹線で帰るのみ。時間と都合もあったので、函館朝市と青函連絡船摩周丸の見学くらいで撤収となります。
2018_01@北海道旅行609 2018_01@北海道旅行611
摩周丸は青森の八甲田丸と対をなす青函連絡航路の記念船です。船内は往時の青函航路の賑わいや、連絡船のアレコレを紹介した展示が並びます。
特に歴代の青函航路のポスターは今見ても旅情を誘う逸品ぞろい。これを眺めるだけでも十分に価値があるものでありました。


そんなこんなで帰路は11時前の新幹線で東京へ。
終電にはかなり余裕をもたせた日程なのは、この後最後にもう一イベントあるからです。

向かったのはZeppダイバーシティ東京。年末にも行った分島花音さんのライブに再び参加です。
多くを語ることはないですが、なんとも言えない寸劇にどう反応すべきか悩みながらも、いつもの最高の歌声と演奏に心は幸せで満ちてしまいます。
連休の最後、出勤に備えて心を強くするには最高のイベントになり、なんとかお家へ帰る勇気を掴んで内房へと帰っていきました。


バタバタと慌ただしく過ごした年末年始、その後も新年会に出張と休まる暇のないままここに至っています。
ようやく平常活動かと思いきや、今度は社内試験が待ち受けて今月中は遠出ができなそうな予感。
ままならぬときは本当にどうにもならないものですね……。

年末年始の回想録

少し遅くなってしまいましたが、新年初投稿です。
喪中のため、おめでとうとは言えませんが本年もどうぞよろしくお願いいたします。

年明けから旅行に新年会、出張と夜の忙しいコンボが続き、ようやくパソコンの前に落ち着いて座れる状況になった次第です。


そういう次第で話は昨年に遡って、冬休み前日の28日の夜にあった大学の友人連中の忘年会から。
定時ダッシュも敢え無く二次会からの合流となった飲み会では、後追いのペースでガバガバと酒を投げ込みます。終電の時間帯にはすっかり出来上がっている有様です。最終的には元寮生の家に転がり込んで「三者三葉」を見ながら寝る始末と、とんだ幕開けの冬休みになりました。

明けて29日は色々起こるコミケ初日。
元寮生の家で8時過ぎに目覚めても、慌てず騒がず優雅に朝食を摂ってからの有明行きです。
着いた頃には12時を過ぎている出遅れ感ですが、この日はフォロワーさんのサークル巡りが主目的。差し入れ代わりのベトナム土産をばら撒きながら、ついでに東方と艦これの島を巡って、目的は達成です。

事が済んだらフォロワーの和泉冴氏と昼食に繰り出し、その足のまま企業ブースを巡って有明から撤収。
大学院時代の友人と会うため場所を新宿に移して、この日もまた終電近くまで飲み会となりました。


流石に一回は実家に帰ってから顔を出したコミケ2日目。
習慣と化して来てしまいましたが、実際のところは前日も会った和泉冴氏のサークル以外には特段に用事もない日程です。
行き掛けの駄賃にとガルパン島を巡ったりしつつも、残りは先日にキャンプをした半月クラスタの面々と雑談でもして過ごすうちに、いい時間になってしまいました。

そしてこの日もまた夜は忘年会。高校時代の友人連中との恒例行事です。
都内の友人の家に集まって、酒を飲みながら一年の反省をスライド発表し夜は更けていきました。


大晦日のコミケ最終日は一転して忙しい日。創作に鉄道・ミリタリー、評論のサークルまで配置されて、行きたいところは山盛りです。
計画的に巡って……というほどの気迫と若さは足りないですが、適当に各島を巡ってお買い物を進めます。
段々、写真関連の本を買うことが多くなり、本格的に趣味が写真にシフトしたのかなと自己分析しつつ巡り終えたら、つぼっちーず氏と合流の算段に。
彼の大学の友人も集まるということで、割り込むような形になってしまいましたが、これもまた何かの縁でしょう。
久しぶりに15時前には有明を離れて、山手線の西側に向かい焼肉となりました。
ちなみにこの焼肉、驚くべきことにノンアルコールでひたすら肉を食べる会。酒のない焼肉など何年ぶりでしょうか……一周回って新鮮な経験になってしまいましたが、たまにはいいものですね。

お酒もないので、お腹いっぱいに食べたら、そこそこの時間で良い感じになります。
私の方はこの後に分島花音さんのライブが控えていたので、ここでつぼっちーず氏一行とはお別れ。彼らは銭湯で一服してから、大洗へ初日の出を観に行ったそうです。そういうドライブもまた面白そうですが、今回は分島花音さん優先です。
焼肉屋さんから吉祥寺のライブ会場へと向かい、茅原実里以来の大晦日ライブに参加となりました。
会場はこじんまりとしてカフェのような雰囲気。立って騒ぐような雰囲気ではなく、落ち着いてお茶でも飲みながら楽曲に耳を傾ける様子でした。もちろん、お酒を飲みましたが……静かに分島さんの楽曲に心躍らせながら酒坏を傾けることができました。
セトリこそ割愛しますが、新曲や既存曲のアレンジ、カバー曲(?)にも触れて楽しい時間を過ごしました。

ちなみにカウントダウンイベントもあったのですが、こちらは残念ながらチケットの確保に失敗。心残りではありますが、処置なしです。
代わりに電車のあるうちに実家に戻って、地元の神社に二年参りして新年を迎えました。


古来より「1年の計は元旦にあり」と言われるほど重要な新年の朝。
2018年の元旦は朝イチで静岡へ向かう計画からスタートです。順調に行けば初日の出を電車内で拝みながら、親の実家に至る計画でした。
実際は見事に寝坊して、優雅に昼前到着の無理のない日程に計画変更です。
すっかり明るくなってから新幹線に飛び乗ったら、自由席は満席のため静岡まで立ち席で移動と相成りました。
非常に示唆的ですね……今年一年、無理しない感じで行こうとして、思わぬところで苦労しそうな……既にそうなっているような……。
頑張って生きようと思います。

元旦の静岡では親の実家で親戚のちびっ子に付き合って、ボール遊びに早駆けにとめったにやらない全身運動を全力全開です。
カメラも勝手に玩具にされて慌てるばかりですが、なんだかんだで楽しいですから子供は好きですね。
翌日見事に筋肉痛になったことを除けば、でしょうが。
ちなみに筋肉痛を抱えた2日は、無理を押して浜北の方まで足を伸ばし、昨年の大河で注目された井伊谷周辺の寺社巡り。もともと地域では有名な寺社だけに、タイミングによっては駐車場も満杯になるほどの盛況ぶりです。
こんなに賑わう寺社でも、いままで知らなかったのですから己の知識の狭さを思い知らされる思いでした。

なんやかんやと動いてはいましたが総じて見ればのんびりな三が日を静岡で過ごしたら、3日には再び神奈川へ。
年末年始の諸行事はこれにて一段落でありました。


所謂正月休み、会社カレンダーの公休日は3日終了。しかし、今年は曜日の配置が絶好だったので4,5日にも有休を確保済みです。
冬休みの後半戦は北海道へと旅行に行ったのですが、これはまた別のページの日記とします。

朝霧高原の緩い野営

年の瀬も押し迫って、気づけばクリスマスです。
もう一声で年末、2017年も数えるほどしか残ってないですね!
諸々のイベント事が重なってしまい、全く年末の準備が進んでないのですが、それもまた致し方ないことでしょう。

日曜日がクリスマスイブとなったこの週末。
去年に続いて冬キャンプをしたいとの話になり、折角ならばと来期にアニメをやる“ゆるキャン”に先手を打って聖地巡礼をすることになりました。
近年、アウトドアに関心の高い半月クラスタの面々を誘って、行ってきたのは朝霧高原の富士山YMCAグローバルエコヴィレッジというキャンプ場です。
去年もそう言えば朝霧高原でしたね。富士山が雄大な高原地帯、凍てつく空の下で凍えながら飲む紅茶が格別です。

親の車を拝借して、ヘク猫氏と朔氏をピックアップしたら246から東名を抜ける経路で富士宮へ。
去年のキャンプや先の富士登山でも利用した富士宮駅近くのイオンモールで買い出しをして、現地に到着。
IMGP2958.jpg IMGP2978_201712252208381f1.jpg
チェックインを済ませて設営場所を決定したら、後続のキャプたん氏、冴氏、あんこう氏とも順次合流の流れとなりました。

今回のキャンプ場は朝霧高原らしい広大な原っぱの、下草を刈り取ったような空間。
起伏が多いのが玉に傷ですが、特大の富士山がどこからでも見える開放感抜群の立地は、まさに冬キャンプに求められるシチュエーションと言っても過言ではないでしょう。

人数が揃ったら、日が暮れて寒くなる前に早々に宴の準備に取り掛かりましょう。
火を起こして、おやつを食べながらベーコンを厚切りに。ビールを飲みながら炭火で焼いて、その間にメインディッシュのすき焼きも準備します。
ベーコンもすき焼きもどちらも“ゆるキャン”準拠のメニュー。今回のこだわりです。
IMGP3006.jpg IMGP3015.jpg
美味しく焼けたベーコンに言葉を失いながらも作業を進めて、おいおいとすき焼きに移行です。
すき焼きが始まって、辺りが暗くなり始めれば、あとは持参の防寒具に任せて夜の屋外宴会が続くばかり。
鍋で熱燗したりワインも温めたり、ウィスキーが飛び出したり、直火で賞味期限切れのオイルサーディンを調理したり……焚き火があるのでワイルドになっていますが、本質的にはいつもどおりの宴会です。
途中でキャンプ場併設のお風呂に入ったりしつつも、寒さに音を上げて早い時間に終わるものかと思えば、0時少し前まで飲み明かしていた始末。
IMGP3045.jpg IMGP3050.jpg
ふとあたりを見渡せば、透き通った冬空に満天の星々が散らばり、町灯りが薄っすらと富士山の影を描く絶景を演出していたのも特筆に値する光景でしょう。
最高に楽しい気分のまま、テントでの夜を迎えました。

翌朝は幸か不幸か微妙な曇天。
富士山が雲に隠れてしまったのは残念ですが、放射冷却が抑えられ朝の冷え込みがマイルドだったのは幸運といえるかもしれません。
IMGP3054_201712252221558bc.jpg IMGP3066.jpg
キャンプでの朝食はカップ麺と相場が決まっていたのですが、今回は料理が得意なメンバーも居るので朝も優雅にカルボナ―あらなどを頂きます。
朝から外で食べる手の込んだ料理の味は格別です。

朝食後はお酒が抜け切らないテンションのまま悪ふざけをしつつ片付け工程へ。
宴のあとの車座は、なんとも言えず……汚いですね。撤収完了時にはちゃんと綺麗にしたので安心です。
IMGP3075.jpg IMGP3087.jpg
朔氏が見事なブリッジを披露したり、一人用テントを使った威嚇モーションがあったり、撤収用に乗り入れた車でガルパンごっこをしたりと、個々に挙げれば頭痛が痛くなりそうな有様でしたが、概ね楽しかったので良しとしましょう。

昼前にようやく撤収したら、続いてこれも“ゆるキャン”に登場したまかいの牧場へ、ジェラートと昼食を摂りに向かいます。
IMGP3096_20171225225258877.jpg IMGP3100.jpg
作中では「“じゅ”かいの牧場」でしたが、建物も立地もほぼ同じです。
牧場内の同じお店で、適当にアイスを食べながら一息。特段に何をするでもないですが、キャンプの反省でも語りながら小一時間滞在してしまいました。


まかいの牧場を出たら、滋賀に帰るというあんこう氏と別れて、残りの面子は本栖湖から国道300号を経由し身延方面へ。
何でも作中に登場した美味しいまんじゅう屋さんがあるので行ってみたいのだとか。
経路的にも作中の時系列的にも脈絡のない、とんだ山越え寄り道ですが仕方ありません。
ここまで来たら面白いので一緒に行く以外の選択肢はありませんでした。
小一時間ほどヘアピンカーブを駆け抜けて身延駅前にいたり、商店街で目的のおまんじゅう屋さんへ。
作中と同じく試食にお茶まで付いてくるホスピタリティを味わって、感激しながらお土産用に購入します。
みんなで買ったらお店近くのベンチに移り、マンガを広げて「絵と一緒だ!!」とすっとぼけたことを言うのまでがお約束です。
ここでおやつを食べながら再び雑談タイムがはじまるのですが、時計を見れば既に15時を過ぎてしまった頃合い。
そうろそる帰路に就かないと、渋滞に巻き込まれて終電を逃す恐れが出てきてしまったので、泣く泣く撤収することになりました。

愛知へ向かうキャプたん氏と道中で別れ、東名に乗ってからSAで冴氏、朔氏ともお別れ。
最後にヘク猫氏を通りがかりの駅で降ろして実家に向かい、真冬のキャンプは終わりを迎えました。


これで今年の遠出の予定は全て終了。あとはコミケに行って、年の瀬を迎えるだけです。
残り数日の出勤日を、頑張って乗り切らないと行けないですね。

週末酒精はまだ続く

先週に引き続き、首都圏に大人しく篭って忘年会が続く今週末。
驚くべきほどの寒さで、遠出する気概も挫かれる……なんて説もありますが、両方正解です。

土曜日は日中に資格の試験があったため、最初から遠出する選択肢などありません。
そのまま試験終わりの足で都下のある街へ向かい、1年強ぶりに中学の同級生連中と合流しての忘年会となりました。
忘年会と言っても、アラサーの悲哀は仕事による遅刻や体調不良による禁酒に集積され、実際に酒を飲んでいるのは私くらいなものですから、また世話ない話です。
半月クラスタや大学の友人連中は健康でタフな生き物だったのだと、妙に関心してしまいます。
そうは言っても久しぶりの再会とあれば、積もる話もあるもの。ぐだぐだと終電に近い時間までお茶でもしながら過ごして土曜の夜を流していきました。


翌日は昼過ぎまで実家で過ごしてから活動を開始し、例に漏れず新宿方面へ向かいます。
小学校時代の友人の“えめろん”、“番長”と合流して、まだまだ陽も高い14時過ぎから忘年会となりました。
新宿といえどこの時間帯では驚くほどに選択肢の少ないのが悩みモノ。なんとか見つけた場末の焼き鳥屋さんで、しばらくビールを舐めていましたが、結局は新宿から遠くない番長邸に河岸を変えて、続きの飲み会といたしました。

久しぶりにテレビでも眺めながら、のんびりと宅飲み。この間も宅飲みしたような気がしますが、やはり気楽ですね。
仕事の都合等もあるので夕方にはお開きにする予定だったのですが、気付けば終電を気にする時間になっていたのも仕方のないことでしょう。


帰路についてみれば、日付が変わる前に家に戻れただけでも御の字なタイミング。
だいぶ肝臓に過酷な週末でしたし、平日は大人しくしたい所存ですね。

高濃度の忘年行脚

強烈な寒波が襲い来たった12月半ばの週末。
空は突き抜けるほどの快晴で、正しく文句なしの冬晴れでした。
2017年も残すところ2週間と少しです。
「あっと言う間の――」と言いたいところですが、1年の半分以上を外泊で過ごしてしまった今年は、年明けの会津旅行も遥か昔の出来事かのように錯覚してしまう充実ぶりです。

年末までに更にもう一声、何かお出かけを仕込みたいところですが……当座の週末は忘年会に勤しむのが年の瀬の有り様ですね。

そういう次第もあって、土曜は夕方からの約束に備えて昼前から都内方面へ進出。時間調整代わりに山手線の北側の辺りを探索です。
decphoto(7).jpg decphoto(17).jpg
初めて訪れる巣鴨駅から、とげぬき地蔵尊の前を抜けて都電に乗り込み大塚駅へ。
天祖神社で御朱印を頂戴したら、雑司ヶ谷方面に南下して大鳥神社でも御朱印を頂きます。
折角の好天ですし――と、最近入手した単焦点レンズをカメラに付けて持ってきたのですが、案外に出番が無かったのはご愛嬌でしょう。
巣鴨の商店街くらいならいざ知らず、流石に普通の住宅街で大きなカメラを振り回すのは気が引けてしまいました。
都会の中をふらつくときには、手軽なポケットサイズのカメラが欲しくなりますね。
decphoto(22).jpg decphoto(25).jpg
閑話休題。
神社巡りに満足したら、新宿から小田急に乗ってフォロワーの朔さんの邸宅がある駅へ。
駅前で半月クラスタの面々と合流したら、鍋の買い出しをして毎冬恒例の“朔邸鍋”で忘年会です。

この日の鍋は奮発してすき焼きに。良いお酒もちゃんと買い込んで「三者三葉」や「ふらいんぐうぃっち」を上映しながら、ぐだぐだと往年のノリのままに過ごします。
学生時代はいつでもやっていた誰かの家での宅飲みも、気付けばこの朔邸鍋くらいしか機会がない状況。
気楽で割安で好きなのですが、家主の負担やら、そもそもの交通の便やらを考える年齢になってしまうと、ままならないものです。
もっとも、最終的にはアニメを見ながら奇声を上げているうちに寝落ちしてしまったので、これもまた年に何度もやるような話ではないのかもしれません。

翌朝は若干お酒が残っているものの、何とか朝ごはんが食べれる程度の体調で起床。朔邸でニチアサを見てから、駅前のカフェでモーニングコーヒーを嗜みます。
昨日の惨状の反省に、不毛なアニメ談義に、今後の飲み会や旅行の予定――などなど、普段からツイッターで話してる気もしますが、顔を合わせればまた積もる話があるものですから、面白いものです。
結局、2時間くらい雑談をして過ごしてから、次の約束に向けて半月クラスタに別れを告げて都内に戻ることになりました。


次の約束とは言っても、内容は何の事はない映画鑑賞。
「ガルパン最終章」が公開になったので、高校の友人と無理くり予定を擦り合わせて観に行ってきました。
非常に良いアニメ、まだネタバレは憚られるタイミングですが、もう一度観に行きたい迫力を久しぶりに味わいました。

映画を見たら早々に高校の友人と別れて、今度は大学の友人連中と合流です。
大阪で働いていた元下宿生がつい先日に関東へ戻ってきたということで、関東復帰祝(?)も兼ねて久々のアル中4人揃いで飲み会の流れです。
元寮生の最寄り駅ということで東中野の駅周辺に集合したら、16時頃からお店を探し始め、昼飲みができるラーメン屋を皮切りに都合3件のハシゴ酒。
益体のない話しのまま終電近くまで飲み散らかして、ちゃんと内房まで帰宅できただけでも褒められるべき長丁場です。
日曜日の自制心がなければ、そのまま電信柱毎にジャンケンをしながらお酒を飲んで、記憶をなくして誰かの家で目覚めるパターンだったことでしょう。
また4人揃って関東になりましたし、そのうちやらかしかねない気もしますが……。


斯様な次第で、飲んだり肝臓をいじめたりしてるうちに終わってしまった土日。
懐古の目で物事を捉えてしまう辺りに年齢を感じて辛くなりますが、昔と変わらない頭の悪さを楽しんでしまっては仕方のないことですよね。
こういう機会は大事にしていきたいとこですが、あまり頻繁でも身が持たないと感じるのが、これまた辛いです。

それはそれとして、平日は気楽な週末と打って変わって職場関連の忘年会が続く日々。無事に週末を迎えることができるのか……肝臓に良さそうなものを食べて備えなくてはいけません。
ご安全に、です。

««  | ホーム |  »»

カレンダー

« | 2018-02 | »
S M T W T F S
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 - - -

中の人について

molmol

Author:molmol
連絡先:aria_freak@ホットメール、mixi


社会的圧力に負けて働き始めた巫女好き提督。2年かけて回復したSAN値を瞬く間に失い、工場街のおんぼろアパートでサバイバルなう。

何かにつけて神頼みする近所のお稲荷様に感謝

個人的リンク

私が勝手に(無断で)貼ったリンクもあります……。 どうか、ご配慮願います。

分類……してないなぁ?

"兵站"内の探し物はこちらへ

月別ログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2Ad