月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


洛南周遊の話

長丁場の出張から帰還し、腑抜けのような一週間を過ごした3月。
気付けばもう年度末月、今の会社も満2年になってしまいます。
そろそろ防塵マスクがなくても息ができる職場に行きたいものですが……そうはままならぬのがこの世の厳しさ。
またしても出張の司令が出たので、飛んで帰るがごとく今週末も西へ移動です。


いい加減に関西方面も“軽く寄り道”と思い浮かぶ場所が少なくなってきたのですが、地図を見れば行くところはいくらでも見つかります。
京都駅から奈良線に乗り換えて南へ暫く。伏見区を抜けて宇治川を越え、降り立ったのはJRの宇治駅です。

なぜに失念してたのでしょうか、宇治の一帯は中学校の修学旅行で平等院を訪れて以来、一度も来たことがありませんでした。
奈良からなら目と鼻の先だと言うのに、実に不思議です。
距離も手頃ですし、思い立ったが吉日。今回寄らないでいつ寄るというのでしょうか! ――と、1人で勝手に盛り上がったら残りの算段はトントン拍子です。
気付いたら宇治駅から商店街の裏側を抜けて、一つ目の神社、宇治の県神社に至ります。

県神社はコノハナサクヤヒメを祀る創建不詳の古社、平等院のすぐ裏手に位置することから、平等院の鎮守神として今も相応の規模を誇っています。
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平安期以来の由緒を誇る神社が、町中に何の事はないように鎮座する様は鬱蒼とした古社とは違った古い街らしい趣です。
境内の脇に、大型の梵天と隣には石造り(?)の梵天が奉納されていたのですが、何の由縁をもって置かれているのかわからなかったのが、気になるところです。

県神社で御朱印を頂いたら、宇治橋の本道に戻る方向へ歩みを進めます。
道中、塀に囲まれた小さな社があったのですが、周囲に立つ幟を見て驚きの橋姫神社です。
橋姫伝説といえば、そこそこ有名な逸話。
神社の知名度も決して低くはないと思っていたのですが、危うく見落とす程に小じんまりとして境内に驚かされます。加えて、玉垣ではなく塀で閉じた様子には、一種独特の雰囲気も感じます。
別段、おどろおどろしい訳でもなく、おそらくは車道が近いからとか何か大したことのない理由なのでしょうが……規模の割し印象に残る光景でした。
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そんな橋の姫様に挨拶をして少し行けば、平等院の参道と合流して宇治橋に至ります。
宇治橋は続日本紀に曰く、飛鳥時代に高名な僧侶がここに橋を架けたという、日本屈指の由緒を誇る交通の要衝です。
淀川に架かっていたという山崎橋、琵琶湖の南に架かる瀬田の唐橋と並び称される古い古い橋だったのだとか。
もちろう、現在では自動車に対応した橋に更新されていますが、往時には水運や防衛の要衝だったであろうこの地は、河が流路を変え交通の重心が他所に遷った今も、なかなかの交通量を誇ります。

そんな宇治橋を渡って、対岸の一帯をしばしぶらくり。
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さほど広い界隈ではないのですが、川辺にそって土産物店やカフェが並ぶ観光地の雰囲気が、私はけっこう好きです。
それでも人通りは京都市街ほどではなく、少し頃合いを見計らえば閑静な路地にだって出会えます。

路地を抜けた先にあるのは、式内社の宇治神社。
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後背の宇治上神社と2社1対でもって宇治の地に記紀の時代より鎮座します。
祭神は「菟道稚郎子命」。仁徳天皇との皇位の互譲し、最後には自死するエピソードが、日本書紀に記載される皇族です。
名前の“菟道”は宇治の古名でもあり、この地に宮を営んでいたために祀られているとも伝わります。

宇治神社のあとは、すぐ後ろに鎮座する宇治上神社へ。
今では別立ての2社に分かれていますが、本来は本宮と若宮の関係だったとかなんとか。
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宇治上神社の拝殿、本殿は木造神社建築としては現存最古の代物なのだとか。
建築にはあまり詳しくないのですが、平安から鎌倉にかけての建造だそうで、江戸時代の壮麗な社殿とはちがった簡素な印象を受ける建物です。

宇治上神社から背後の大吉山を経由して、宇治橋より少し上流の橋で川を渡って平等院へ。
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中学以来の平等院ですが、当時の記憶が全くなかったことを思い知らされた気分です。
良いものを見れましたが、できればもう少し人が少ないときに来たいですね……。

この後は少しばかり歩いて上流の天ヶ瀬の吊橋まで散歩して伏見へ。
大学院時代の友人らと合流し、伏見の町ではしご酒を決め込みました。


そのまま友人宅に泊めてもらって、翌朝は伏見観光へ。
酒と幕末と水運の町、伏見。酒造が並び立ち、お酒に関する企業博物館も沢山あります。
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特に展示が充実しているのは月桂冠の資料館。一般的な酒造りのあれこれに始まり、江戸期の貴重な資料から戦前のラベルやポスターまで。
商業的な日本酒の量産に関する資料もあり、地酒蔵とはまた一味違った視点で日本酒を学ぶことができました。

他には幕末、寺田屋事件で有名な寺田屋の資料館や、伏見が河港として栄えた時代の遺構、三栖閘門を見物。
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なんやかやで伏見の見所を巡り歩いて、昼過ぎ頃に京都駅方面へと移動することになりました。


京都駅では友人イチオシの立ち飲み屋で昼酒を決め込んでから、新幹線に乗り込み出張先へ。
心なしか……風邪気味なのはご愛嬌です。

大きな出張の小さな旅

少々間が空いてしまいましたが、一応は元気です。
出張案件が想定以上に多忙なまま、気付けば九州の宿暮らしで3週間が経過してしまいました。

案件そのものには色々と思うところもありますが、それはそれとして素晴らしいのはホテル暮らしの快適さ。
毎朝、荷物を簡単にまとめたまま部屋を後にすれば、夜には綺麗になっているのですから感激です。
自炊ができないので食費こそ嵩んでしまいますが、最低限の荷物整理と選択以外は丸投げして暮らせるのですから、ズボラな人間には夢のような時間でした。
出張終盤には宿の方にも顔を覚えられて、殆ど顔パスに近い扱いでしたし、富豪が晩年にホテルで暮らすと言う話もなんとなく共感できるように感じました。

ちなみに夕飯は毎晩のごとく小倉の繁華巡り。アレなお店には行きませんが、飲み屋から定食屋にラーメン屋まで、色々とまわりました。
海鮮から鶏肉まで美味しいものが多くて巡り甲斐のある町でありました。夜の観光だけとは言え、なかなかどうして楽しめた出張だった気はします。


そんな訳で忙しい中でも、寸暇があれば出掛けたくなるのが人の性。ホテルで寝てるなんてもったいないとばかりに、とりあえず外に向かいます。
色々溜め気味、アニメも見なくてはいけないので掻い摘んで備忘録的に。


12日は天気も良かったので関門海峡を巡る散歩。
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10年ぶりくらいに下関駅から唐津方面に向かい、関門トンネル人道を抜けて門司港側へ向かいます。
道中で関門橋を眺めたり、海峡周辺の古社と港湾史跡を巡る小旅行です。
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最後は門司港レトロ地区の夕暮れと夜景を眺めて、ホテルに帰りました。

翌週の19日は小倉から福岡へ回り道へ抜ける旅。
小倉から数駅西へ行った戸畑駅より、洞海湾を渡し船で跨いで若松地区へ。
往時には筑豊炭田の積出港として栄華を極め、戦後早い段階で八幡製鉄所を抱える戸畑地区との間に“東洋一の大橋”が架けられた程の要衝だったそうです。
“バンド”と呼ばれる海岸通りを巡り、立ち並ぶ古い建屋を見物しながら筑豊本線の若松駅まで向かいます。
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車窓にボタ山が見える(らしい)筑豊本線を桂川駅まで。ここで篠栗線に乗り換えて福岡市内へ。
さらに香椎線に乗り換えて海の中道にある終点西戸崎駅まで向かいました。
ここからさらにこの日2回目の渡船で志賀島に至りました。
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志賀島は良くも悪くも何もない島。かの名高き金印が発見された島だそうですが、対岸に博多が見えるとは思えないほど離島然とした風情がありました。
数時間ほど海沿いの道を歩いて、冬の海水浴場からバスで引き返してこの日の小旅行を終えました。


斯様な次第で出張が一段落し、帰還指令が出たのが今週末。

直帰しては面白くないので、少しばかり“寄り道”して帰りました。
小倉より日豊本線を南下して宮崎へ。宮崎から日南線に乗り換えて大隅半島中部にある終点、志布志駅まで。
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志布志からは大隅半島をバスで横断して、鹿屋を経由し錦江湾側のフェリーターミナル、垂水まで。
垂水から鹿児島市郊外の鴨池埠頭までフェリーで渡り、この日は鹿児島市街で夕飯を摂りました。
宿泊は鹿児島駅から小一時間ほど東へ行った隼人駅近くの宿にて。翌日に駅近くの鹿児島神宮に参拝してから、鹿児島市に戻りレンタカーを確保しました。
レンタカーでは薩摩半島を錦江湾沿いに指宿方面までドライブ。
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道中の神社を巡りながら、半島最南端の長崎鼻に至ります。
開聞岳を北側から回り込みつつ、さらに神社を巡り復路に知覧を経由して鹿児島市街へ戻りました。

この晩は鹿児島市内のゲストハウスに宿泊し、天文館近くの飲み屋で焼酎と鹿児島料理を堪能。
翌朝に鹿児島市街を少しだけ巡ってから、肥薩おれんじ鉄道線に乗車です。
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海際を抜けるかつての鹿児島本線に揺られながら数時間、八代で乗り換えて熊本まで。
熊本で少しだけ城下を寄り道し、昨年の地震で被災した石垣などを見学です。
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これで熊本も少しばかり巡ったので、県都を彷徨いたことがない土地も残すところ佐賀だけになりました。
思えば、旅行を初めて10年はかかりましたね……まだまだ行きたいところは沢山です。

そんなこんなで熊本から九州新幹線に乗り込み、博多で一旦下車してお土産などを購入し、一路千葉へと帰路につきました。


3週間ぶりの関東。
特段、変わることもないと思ったのですが……やはり自炊ができることと、自宅のデスクPCの快適さは偉大でした。
ひとまずは生活パターンの復調と、荷物の解体が課題ですが、ついつい溜まったアニメを見てたら捗りませんね。

山陰旅行の覚え書き

新年なので、忘れないうちに年末年始の所業を記録しておきましょう。


キャンプからのクリスマス飲み会を経て迎えたクリスマスの25日。

この日はまた一転して、朝は始発に近い時間から移動を開始し、新幹線と特急いずもを乗り継いで13時頃には島根県の宍道駅に至りました。
宍道駅からは友人のしろかえる氏に来るまで迎えに来ていただき、彼の車で奥出雲観光へ向かう流れ。
式内社の斐伊神社などを経由しつつ、雲南市吉田町の山内地区に所在する高殿へ連れて行ってもらいました。
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高殿とは日本古来の製鉄技術である、たたら製鉄における製鉄の心臓部、砂鉄と木炭を反応させて鋼を得る窯の部分になります。
現役のものは奥出雲に“日刀保たたら”として存在するのですが、これは近代になってから復元された代物。
江戸期以来の高殿や製鉄遺構が現存するのは、この山内地区のみとのことで少し見てみたく思った次第です。
かつての長屋を改装したという受付で、簡単なレクチャーを受けながら高殿に案内してもらうと、中にあったのは神事にでも使うのかという厳かな空間です。
かつては村下と呼ばれる技師長のような人だけが、砂鉄を投入可能だったりと、その工程は半ば神事のようだったというのですから、その雰囲気もある種納得できるものなのかも知れません。
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山間の小集落といった風情と合わせて、ここがかつては鋼の一大産地として隆盛を誇ったとは俄には信じがたいほど、神聖で趣のある空間に感じられました。

この日は、この後に稲田神社によって御朱印を頂戴してから、しろかえる氏の家に泊めてもらい夜を過ごしました。


翌朝は7時代の木次線に乗車して、宍道駅から山陰本線に乗り継ぎ大田市駅へ。
大田市駅は名前通り大田市の中心駅であり、世界遺産にもなった石見銀山への玄関口でもあります。
観光客らしき人間が駅に降り立てば、迷うこと無く石見銀山へと案内されるほどの流れ作業ぶり。
しかしながら、私は旅行ついでに御朱印を集めるタイプの人。銀山に直行する前に石見一宮にも参拝しなくてはなりません。
石見の一宮、物部神社も大田市駅からバスで20分ほどの距離。2時間に1本しか無いバスを待って小一時間ほど朝食を兼ねた時間調整をして向かいました。
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物部神社は市街を少し離れた郊外の一社と言った風情。山間と言うには拓けた土地に堂々と鎮座する一宮の風格を持ち合わせた社でありました。

問題はここから石見銀山へ向かう方法。バスを使って大田市経由となると再び2時間ほど神社で待機しなくてはなりません。
流石にそれはないと思いいたり、一人旅では始めてとなるブルジョワジーな荒業、タクシー乗車を使ってしまいました。
大田市駅経由では少々距離のある物部神社と石見銀山ですが、地図上ではほんの隣の谷筋と言った距離感しかありません。
ちょうど山越えの道もあるということで、突っ切ってしまえば法外な値段とは言わない程度の金額で向かう事ができる次第です。
背に腹は代えられないとはよく言ったもの。先立つものには悩まされても、ここで銀山を黙殺しては、それはそれで悔いが残りますよね。

そんな訳でタクシーで降り立った石見銀山は小雨降りしきり、濡れそぼった情緒豊かな街並みで迎えてくれました。
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詳細まで書きたいのですが……お年始進行で時間もないので、割愛です。
ただ、銀山も去ることながら付随する古い町並みが非常に良かったことだけは自信を持って言えるでしょう。

銀山からの帰路は大田市駅より少し西側の仁万駅へ向かうバスで山陰本線に復帰。
この日の宿は江津市は波子町という海際の小さな町にあるゲストハウスに宿泊です。
先の春に開業したばかりという「ゲストハウス波の音」は波子の町の中心部、駅から坂を下って少し歩いたところ。
海と海岸沿いの国道を目の前にした、文字通り波の音……と、車の音がよく聞こえそうな立地にある民家を改装したものでした。
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この日は何の因果か、私以外の宿泊客も居らず、管理人も夜は居なくなるシステムということで、ほとんど1人で民家を占拠していたようなもの。
立地に関しては少々不便でしたが、古民家でぐったりと過ごすのは実に快適な夜でありました。


山陰3日目の27日は朝は真っ暗な5時半頃に波子を出立し、江津駅から廃線の決定している三江線に乗車。
あまり、葬式鉄的な趣味はないのですが……目についてしまっては気になってしょうがないのです。
半分眠りながらも、電車に揺られて終点の三次を目指していると18きっぷで旅行していた頃の記憶が蘇ります。
ディーゼルカーの振動と、ときどき停車して吹き込む寒風。目が醒める度に違う車窓と、最高に無為で幸せな時間を感じます。
やっぱり私は列車に揺られるのが大好きなんだと、妙なことを再確認しているうちに、終点の三次駅へ。

ここで乗り換えまで2時間ほどの間があるので三次の市街を軽く観光です。
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三次というと中国地方山間部の要衝。アニメ化もされたマンガ「朝霧の巫女」の舞台になった町であり、物怪の逸話が残っていたり、うだつが似合う街並みを売りとしていたりと、比較的歴史のある街です。
残念ながら、朝霧の巫女のモデルとなった大歳神社では御朱印をいただけませんでしたが……2時間ほどの観光としてはちょうどいい程度に散歩もできたので、上機嫌で福塩線にのり、福山を目指すことができました。


ちなみに福山から先は、この日の夜に大学院時代の研究室の忘年会があるため、一直線に大阪を目指すことに。
気持ちよく飲んで、翌日は東海道線を東進しながら吹田・茨木界隈の神社で御朱印集めをして、神奈川に帰る流れとなりました。

神奈川に帰った翌日の29日からは、毎年恒例の冬コミですが、これはまた別の記事で。

晩秋畿内散歩

あれよあれよと、今年もあと1ヶ月強。
秋も深まるどころか少し早めの雪が関東を襲い、冬の装いも準備しないといけない頃合いです。
そんな、11月の月末は、様々な(主に仕事関連の)都合により、関西方面へ出突っ張り。交錯する予定が絡まり合い、気づけば勤労感謝の日は、朝から京都観光することになりました。


実は前日から京都入りして、久しぶりに河原町のネットカフェで一泊して、翌朝は8時過ぎから行動開始です。
最初に向かったのは東山の奥、蹴上駅から歩いて10分内外にある日向大神宮です。
南禅寺の裏からインクラインの斜面を登った辺りとも言えましょう、早朝から観光客が押し寄せる南禅寺界隈から一変して、静かな谷あいの社と言った風情……と思ったら、トレッキングコースの入口に位置してるようで、出発の準備に勤しむ親子連れとインストラクターの集団が休日の賑わいを醸し出していました。
彼らが去ってしまうと、かえって寂しく感じるほどです。
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この季節といえば、当然期待するのは紅葉。
少しだけ山陰にあるせいか、この社の紅葉は既に散り気味でしたが、それもまた趣深いもの。静まった雰囲気は良い穴場をみつけた気分です。
余談ながら、御朱印をいただこうと社務所のインターホンを押したところ、朝イチだったせいか「今から向かいます」との返答があった後、しばらく待たされてしまう羽目に。急ぐ旅でなし時間は問題はないものの、本当にここで待ってれば良いのかと少々不安になっていたところ、二本杖のお爺さんが坂道の参道を登り、こちらに声を掛けてくるではありませんか。
この人は誰? と思いながら挨拶を返すと、その翁こそがこの神社の宮司さんでありました。
世間話がてらに伺ったところでは、今年に米寿を迎えて今も神社の管理をしているのだとか。この神社の参道は、トレッキングコースの入り口なだけあり、あまり緩いとは言えない坂道が私の足でも5分近く掛かる程度に続きます。
そんな道程を御年88の方を朝から呼びつけて、遅いと思うほうが無茶であったと内心恥じ入る思いであり、日々登っては社務をこなす宮司さんには畏敬の念を抱かざるを得ませんでした。

閑話休題、そんな日向大神宮ではフォロワーのぼややん氏とも合流です。
ここからは2人で京都の紅葉観光兼撮影会となりました。

まず向かったのはインクラインを下ってすぐの定番、南禅寺。
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大学時代に一度訪れて以来ですが、変わらず綺麗で人が多いです。

続いて平安神宮の裏手側にある岡崎神社に参拝。こちらは紅葉ではなく御朱印収集が主眼。
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この一帯は平安時代、ウサギが多かったとかで今も兎が神使を務めます。縁結びや子授かりをご利益に謳っているのですが、やはり関係があるのでしょうか、考えないほうが良いでしょうか。

続いて、針路を哲学の道方面へ転じて、熊野若王子神社と大豊神社を参拝。
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大豊神社では神職の方から「この先の霊鑑寺が期間限定参観をしていて綺麗だ」との助言を頂きます。
地元民の助言、まして神職がお寺を勧めるとあれば行かない理由はないでしょう。
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かつては谷の御所とも別称された門跡尼寺院であり、今も春と秋しか公開しない霊鑑寺。
哲学の道から一本山側に入り込んだ道の先にひっそりと佇むそのお堂は確かに風情を感じさせます。
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庭園もよく手入れされ、なるほど確かに美しい紅葉です。
観光客など想定していない庭園通路の制約と、私の写真の腕前では、その美しさをどうにも切り取れないのが少しばかり悔しいところでした。

順調に哲学の道を北上し、行き着く先は東山文化の頂点、銀閣寺ですね。
大学時代、哲学の道を歩こうと訪れた際には夕方過ぎて拝観時間が過ぎていた日以来、近くを通ることはあれど6年以上訪れる機会が巡ってこなかった因縁の寺院です。
寺前の参道は目が回るほどの混雑ぶり。これが観光地京都の本気かと呆れながら、ついに機会が巡ってきたと喜びながら往来をかき分けて拝観します。
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美しい庭園と沢山の観光客、まさに京都って感じで私はそういう雰囲気が大好きです。
あとは池越しの銀閣寺の構図。思わず「写真で見たことある」と言いたくなるほど、新鮮味がないのに興奮する不思議な心持ちで眺めることができました。

加えて、これは訪れるまで知らなかったのですが、銀閣寺の参道脇には銀閣寺一帯の鎮守を祀った八神社なる社が鎮座しています。
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人波から不思議と取り残されたようなひっそりとした雰囲気を湛え、鬱蒼とした鎮守の森とあいまって良く言えば神秘的、或いは仄暗い様子を纏った神社でありました。

銀閣寺界隈から西へ足を伸ばせば、京大が跋扈する吉田界隈へ。
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何はなくとも吉田山の吉田神社には参拝すべきでしょう。江戸時代に神道教義の形成に大きな力を持った吉田神道の本拠地です。
近代では一転して「京大受験前に祈願すると落ちる」というアレなジンクスも聞いたことがあるのですが……実際に訪ねて吉田山の立地を見れば、確かにこんな遊び場にもってこいの山が大学のすぐ近くにあっては、荒ぶる日本の神々など恨み骨髄に徹すること已む無しではと納得してしまいます。
合わせて、吉田山の南斜面に鎮座する宗忠神社にも合わせて参拝。
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こちらは江戸後期に生じた神道系の新宗教黒住教の開祖を祀った神社。明治時代には国家公認の神道十三派に列せられた“古参の新興宗教(?)”の施設です。
この場合も御朱印収集の対象に含まれるのだろうかとの疑念も頭を過りましたが、既に藩祖を祀ったり古代天皇を祀ったりと色んな事情で明治期以降に創建された神社も散々巡ってる状況。むしろ神社の体をなして、江戸時代から祭祀されてるなら十分ってことで頂いてきました。

ちなみに宗忠神社の真向かいは、これも紅葉で名高い真如堂。折角近くまで来たので、もちろん漏れなく参観しましょう。
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名高き紅葉も素晴らしいですが、境内の茶屋で甘酒を呑みながら眺められるシチュエーションが最高だと思います。
「好天に恵まれた晩秋の祝日に、茶屋の腰掛けから境内の紅葉」――文句のつけようのない一時を堪能して、京都巡りの締めといたしました。


真如堂を後にしたら、この後の要件も残っているので京都駅方面へ。
ぼややん氏と別れたら、別のフォロワーの大鳥さんと合流して駅近くの居酒屋で一献傾けて夜を過ごしました。


京都で秋を過ごした後も、継続して関西で活動中。
土曜日には大津市内で豊郷繋がりで知り合った方々と宴席をしました。

鉱山と野営とお酒な日々

先の週末は上手いこと休日をちょろまかして4連休に。
真ん中の土日は、かねてよりフォロワーの朔さんとキャンプに行くことが決まっていたのですが、前日の金曜日も降って湧いておやすみです。
どこに行こうかと行き先を選定していると、なんとはなしに9月から心を囚えたままの「君の名は。」が、また私を北アルプスの山裾へと呼び立てて来た気がしました。


そんな訳で朝一番の下りのあずさで塩尻まで向かい、駅前のレンタカーで車を調達したら安房峠方面へ車を転がしていきます。
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塩尻から安房峠の岐阜側に位置する平湯温泉までは車で1時間半と行ったところ。
氏神の平湯神社に参拝したら、ここでお昼の休憩です。
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境内脇の古民家風の茶店で一服。シチュエーション芸としては最高の状況ですが、惜しむらくはビールが飲めないことだけが残念。
お昼ごはんを食べたら、進路をアルプス沿いに北上する経路へ移し、更に1時間ほど行くとこの日の目的地、飛騨市神岡の市街地に到着です。
神岡はかつて銀山や亜鉛鉱山で栄えた山間の鉱山都市。
鉱山街の昭和で密な町並みを今に留め、山間の狭い平野に寄り添う地形的制約と相まって、独特な景観をひっそりと保存する飛騨の不思議な街です。
もっとも、今では鉱山そのものよりも廃坑を流用したニュートリノ観測施設群の方が有名でしょうか。神岡は知らなくても、カミオカンデは知っているというパターンもあるかも知れません。
とは言え、町の起源はやはり鉱山でしょう。まずは町の高台にある鉱山資料館の見学で基礎のお勉強からです。
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正直なところ、金属屋さんなので資料館レベルの抽象的な展示では見慣れた物が多かった……なんて話は忘れることにしましょう。
資料館の裏からは神岡の町並みが一望できます。高原川沿いの狭い平地に街が寄り集まっている様子がよく見て取れます。
この風景を見れたことで、目的の3割は達したと言っても過言ではないかもしれません。
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余談ながら資料館の隣には“神岡城”なるお城があります。神岡城自体は実際に戦国期に実在した城なのだそうですが、ここに立つのは三井金属による模擬天守。
町を見下ろす位置に企業による城が建つ、まさに文字通りの企業城下町と言えるのかもしれません。

さて、お城や展示品は当然じっくり見たいのですが、この日の私は少し急ぎ目。何しろ次の予定が既に決まっているからです。
その予定とは、廃線となった神岡鉄道の軌道上を自転車で走るアトラクションに参加すること。
予約制なので当然、予定は動かせず定刻までに市街の南の外れにある旧奥飛騨温泉口駅に出頭します。

この回の参加者一同で路線の概要や車間距離などの注意点を聞いたら、いざヘルメットを被って車両に乗り込みます。
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このアトラクションの乗り物は自転車2台を横につなげて、後輪でレールを走るような構造。
本来は二人乗りなのですが、私は1人参加なのでサイドカー式の特別車が割り当てられます。
カウンターウェイトのさるぼぼが大変可愛いらしい……。
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ちなみに乗り心地は自転車と侮るなかれ、意外と速度も出るので迫力があります。古い鉄道設備を間近で見れるのも大変良いと思います。
往復6km程の片勾配を1時間弱かけてのんびりと走り、この日のメインアトラクションは終了となりました。

アトラクションのあとはこの日の宿に車を預けて市街散策です。
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まずは神岡の氏神、市街の北西の斜面上に鎮座する大津神社に参拝します。式内社の一つに数えられる古社であり、平安以前から人々がこの地に住んでいたことを示す貴重な証拠です。
社務所がお留守だったので、残念ながら御朱印はもらえませんでしたが、雰囲気は静謐でよく清掃され格式の高さを感じさせます。
境内からは神岡城の対角線ぐらいの位置から市街を望むことができ、古い町並をまた違った角度から眺める事もできました。

神社の他には川沿いの町並みやもう一つの八幡さんへの参拝などで市街散策を満喫。
一見すると不安になるような岸壁沿いの構造物はなかなかインパクトがありますし、街角の祠などでもいちいち金属製の“賽銭筒”なるものが置かれているのも少し興味深い文化です。
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あとは北アルプスの豊富な湧水を利用した共同の水場である「水屋」の風景に、“三夜待ち”なる「かつては日本中で行われていたが今ではごく一部にしか残っていない」風習に用いるお堂があったりと、山間の町らしい古い独特の風習の片鱗を垣間見れるのも面白いところです。
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町並み自体も全体的に家と家の隙間が狭く、坂とあいまって路地が入り組んだ構造。写真を撮ったりスケッチしたり、気ままに歩き回るには非常に楽しい街並みでした。
反面、路地が狭いので車での移動は極めて困難。地元民ならいざしらず、観光客がレンタカーでは……危うく立ち往生するかと思う羽目にあってしまいました。

この夜は酒ではなく飯屋で“とんちゃん定食”なる街のソウルフードで夕飯。
何かと思ったら何の事はないとっても美味しいモツ鍋なのですが、一人前と言うには尋常じゃない量がでてきたのには往生しました。
鍋自体も普通の飲み屋なら2~3人前と思える分量。それにご飯と味噌汁(!)と、さらに〆のうどんまで付いてくるのですから、お酒なんて言ってる場合ではなく、軽くフードファイト状態です。
鉱山労働者のための炭水化物と塩分が多い料理、体力仕事の後には堪らなく美味しいと、体感的にも知っているのですが……この日の体調ではなかなかどうしてヘビーな内容でありました。
なので、食後はお風呂に入って一息入れてから宿の窓辺で1人でちびちびと地酒を傾けて、早々に寝てしまいます。
21時に寝るなんて、何年ぶりのことでしょうか……川風が気持ちよく、悪くはない夜でありました。


前夜に早寝した土曜日は、斯様な次第で6時過ぎには目覚めてしまったので早朝の散歩をしてから、優雅に二度寝して9時過ぎの行動開始です。
すこしばかり寄り道代わりに安房峠を旧道で越えて、塩尻に戻ったら車を返して大糸線に乗り換えます。
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言って来たるは塩尻から北へ1時間ほどの信濃大町駅。
ここでフォロワーのわため氏、朔さんと合流しわため氏の車に乗り込みスーパーを経由して、「おねがい☆ティーチャー」の聖地として有名な木崎湖へ。
目的はもちろん聖地巡礼……と言いたいのですが、私はおねティーを見てないので、純粋なキャンプです。
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まさに目の前の桟橋が聖地であり、湖の向こうに見える駅もすぐ近くにある温泉やコンビニも、みんな聖地。
おねティーファンに留まらず聖地巡礼好きの人間には有名な土地ですが、ロケーション的には長野の高原の湖畔と、キャンプ場としても極上の場所であります。
この日は生憎の曇天でしたが……晴天のときにはまさに宇宙に思いを馳せたくなるような星空も拝めるのだそうです。
この日はこのキャンプ上で肉を焼きながら、酒を舐めつつ夜明かし。夜半には雨、翌朝には強風に見舞われたものの、楽しい野営となりました。
2016_10@神岡と木崎湖キャンプ544 2016_10@神岡と木崎湖キャンプ576
日曜の午後のほうが天気が良かったのは少し悔しいですが、天気にだけは勝てませんからね。
翌朝はわためかーで山に登り、湖畔を一望する高台で絶景を満喫してから、件の聖地の温泉で体を温めて帰路へと着きました。


もちろん、ただで帰るわけもなく、話の流れから朔さんと途中駅で別れたあとに新宿へ向かい、大学の友人連中と飲み会の流れに。
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先に飲み始めていた友人たちに後から合流して飲み、そのまま「君の名は。」の新宿界隈の聖地巡礼をしつつ、近くにあるという元寮生の家で一泊してから、月曜の朝によくやく実家へと戻りました。


飲み会あけの連休最終日たる月曜日、どうせ千葉まで戻らなくてはならないのですからあんまり大人しくしているメリットもなし。
帰り道がてらに四谷の消防署に併設の消防博物館などに行ってみることにしました。

消防博物館は名前のごとく消防に関する博物館。江戸時代の火消しに始まり、明治大正昭和平成と各時代の消防士の装備や機材を展示しています。
充実の展示内容にして、なんと入館無料! 旅行明けの寄り道にはうってつけですね。
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グーグルマップ等のレビューでは子供向けとの評価が目についたのですが、行ってみれば大人でも十分に楽しめる展示内容です。
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特に各時代の機材や、そのミニチュアによる稼動時の再現は興味深いもののオンパレード。馬車による蒸気式ポンプなんて、始めて聞いた装備もあって驚くばかりです。
ちょっと寄り道程度の気分だったのですが、気付けば閉館までガッツリと見学してしまいました。

16時過ぎには引き上げる予定が、見事に予定がずれ込み気付けば17時過ぎ。ようやく総武線に乗って千葉方面へ――と言いつつ、最後まで予定は狂うもの。
ヘク猫氏が秋葉原にいると聞きつけて“軽く一杯”飲んでからの帰宅となりました。軽く……そう、軽く飲んだだけですけどね。


何はともあれ、鉱山からキャンプに博物館と、その合間に酒を差し込んだ充実の連休を過ごして週明けです。
4日行けば休みだと言い聞かせながら、耐え凌ぎましょう。

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