月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


週末の西国迷走帰路

お馴染み、連休を塗りつぶす出張案件も無事に終わりを告げた土曜の朝。
見事に寝坊して、起きたら宿のチェックアウトぎりぎりな時間。慌てて荷物をまとめたら、来た列車に乗り込んで山口県とおさらばです。

もちろん、そのまま関東に帰る気など毛頭ないので途中下車先を適当に選定して山陽新幹線のきっぷを確保したら、いよいよ初夏らしい週末が始まります。
今回、目に止まったのは岡山県の倉敷。かの美観地区で名高い街ですが、実は今まで行ったことが無かったことに気付いてしまいました。
この機会です、寄り道先としては持って来いですよね。

新倉敷から山陽本線で少しばかり行けば、美観地区のある倉敷駅に到着です。
駅から10分ほど、街中を歩けば建物に歴史的な古めかしさが漂い始めて、目的の界隈に着いたことを教えてくれました。
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白い漆喰の壁と黒ずんだ木造部の引き締まったモノトーンが美しい光景です。これで晴れていれば文句はなかったのですが……。
天気ばかりは詮無きもの、ひとまず案内地図を確認し、街のすぐ脇にある阿智神社へと向かうことにしました。
曰く、古来この一帯は内海であり神社のある小高い丘こそが、当時は島として航路の目印となり入植民にも神聖視されたのだとかなんとか。
“阿智”の地名の方が由緒は古く、倉敷の地名は町が形作られ、蔵が立ち並ぶようになってからの呼称なのだそうです。
爾来、隆起と堆積により倉敷の町が規模を増す中、この一帯を見守る鎮護として、また参道から町並みを一望できる景勝地として今も参拝客が絶えない神社となっています。
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丘をまわり込むように裏参道から入り込んで、阿智神社に参拝。久しぶりに御朱印も頂きました。
境内地は立派の一言。本殿の裏からは丘一帯に連なる鎮守の森や、そこかしこに紛れる岩座群があり、本殿の前側は文明的な木造の大灯籠に能舞台。多様な文物の配置に信仰の篤さと歴史の深さが伺えます。
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特に絵馬殿は町を見下ろす絶好のロケーション。休憩用の椅子もあり、歩き疲れた観光客や寛ぎに来た地元民もいて程よい賑わいを感じさせます。
観光地らしい明るさと歴史の奥深さを兼ね備えた神社でありました。

神社の参拝を満喫したら、町並みを見下ろす石段を伝って美観地区へ戻りましょう。
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かの有名な水路からは少し距離がありますが、神社の下の界隈も古い門前町の風情があり趣深いです。
ここからは町並みを適当に散策。酒屋さんで試飲したり、地ビールを飲んだりしながらふらりふらりと水路方面を目指します。
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道中、倉敷紡績の記念館や倉敷考古館を見学。
倉敷紡績の方は名前の通り、クラボウの歴史と町の発展を絡めて紹介する企業博物館。工場や付随する設備の発展や、往年の書類などを見ることができ興味深かったです。
一方の考古館は水路際にある建物自体が古風で魅惑的な考古博物館。岡山県下で発掘された縄文から平安期の遺物が展示されていました。
小さく古風な博物館であり解説などは控えめでしたが、なかなか見ることのない発掘ままの銅矛なども置かれていて、こちらも面白い資料館でありました。

そうこうしているうちに、観光写真などでもよく見かける水路に到着。
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この日はGWの終盤ということもあり、何やら催し物が行われていたようで、花嫁姿の方が船で周囲をぐるりと巡っていました。
周囲には観光客が鈴なり、風情と言うには賑やかすぎますが、それでも新緑の並木と水路の取り合わせは実に良い景色です。
新幹線の時間の都合もあったので、花嫁船見物も途中で切り上げざるを得ませんでしたが……後ろ髪引かれる思い。
狭いからすぐ見終わるなどと噂に聞いていたのですが、とんでもない。とても半日では見て回りきれず、もう一度来なければと心に誓って、倉敷の町を後にすることになりました。


斯様な次第で岡山から再び新幹線に乗り、次に降りたのは新大阪駅。地下鉄に乗り換えて新世界に向かい、友人の元下宿生やその友人連中と合流です。
特に何がある訳でもないですが、串カツ屋で飲み会などしながら過ごして大阪の夜を更けさせました。

明けて日曜日は連休最終日ですが、私にとっては普通の日曜日。
朝食を食べたら、そのまま帰るのはまだ足りないので奈良へ向かいます。
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天気が良かったので、そのまま若草山に登頂。実は表側から若草山に登ったのは初めて。
以前に裏側のドライブウェイから山頂に回ったことはあるのですが、一重目の芝生にきたことはありませんでした。
こんなに景色が良いと知っていれば、もう少し早く来ても良かったかもしれません。

若草山でこの日もビールを飲んだりして過ごしたら、下山して昼から日本酒バーでちょい飲みし、いよいよもって関東へ。
京都から新幹線に乗ったものの、考えるまでもなく席は満席。しかたなしに東京駅まで立ち続けて、内房へと到りました。


そういう次第で、連休明けのダメージが少ないこの週明け。
振替休日のストックがたくさんあるので、使わないといけません。遠くに行きたいですよね。

清らかなる水辺の週末

今年も初夏の陽気とともに月が変わって大型連休の華やぐ4月末と5月頭が到来です。
去年に続いて、出張案件やら諸々の事情が重なり見事に消し飛ぶ予定ではありますが……それでもどうにか間隙をついて引き寄せた休日くらいはフル活用したいところ。
土曜日こそ、社用で流れましたが日曜と月曜は頑張って楽しみます。


手始めに4月最終日の30日(日)は10年来の念願叶ってARIAのイベントに参加です。
学生時代のコンサートイベから始まり、先年の10周年コンサートや劇場版の舞台挨拶まで……種々の用事から抽選漏れまで、多種多様な理由が重なって参加できなかったARIA関連のイベント群、ついにようやく参加できる日がやってきた次第です。
チケットを配分してくれた朔・ヘク猫コンビにはいくら感謝しても足りないことでしょう。

そんな訳で、この日曜日は昼から新橋に件の2人と合流し、竹芝の会場にてイベント参加です。
初めて聞くショーロ・クラブの生演奏は言葉にならない感激だったという他ないです。
ARIAの声優陣による朗読劇もARIAの世界そのまま。無いはずの映像が自然と頭に思い浮かぶような一時は、声優の技量と待ち望んだ世界の再来に深く感じ入る事ができる時間となりました。
余韻に浸ったまま、夜の部にも出席する2人を待って、初めての東京タワーで時間つぶしをしつつ再合流して一杯。
幸せな一時の情報交換をしながら過ごす最高に楽しい一夜を味わって、終電まで粘りながら実家へと帰りました。


斯様な素晴らしきイベントを味わった翌日の月曜日は、会社カレンダーではメーデーとなる月曜日。
実際には出張異動日に指定され、中国地方は山口県まで出張らなければ行けないのですが、ただ行くだけでは面白くないというもの。
少しくらいの寄り道は約得ですよね?

新幹線を新岩国駅で降りて、乗り換え連絡通路少し歩けば、錦川鉄道の清流新岩国駅に至ります。
特に他意はないですが、初夏の陽気と清流沿いに走るローカル線、最高の組み合わせだと思ったら居てもたっても居られなくなってしまいました。
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清流新岩国駅からして、新幹線停車駅に隣接するとは思えない風格ながら、そこから列車に乗り込めば期待通りの光景が広がります。
陽光が新緑を照らし出す渓谷、川底が透けて見えるほど澄んだ水、どうやって開削したのかも不思議なほどの急斜面に貼り付く鉄路――思い描く清流のローカル線です。

夢に観るが如き光景を目の当たりにしながら小一時間ほど揺られれば、終点の錦町駅に到着。
この錦川鉄道清流線はかつて、国鉄の岩日線と呼ばれたそうで、全線開通することもないままに廃止の憂き目にあって今に至るのだとか。
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今も錦町駅から線路の終わりを見やれば、いつでも引き伸ばせるかのように道が続いており、未成線のままにあるトンネルも遺っているのだとWikipediaには載っています。
そんな線路の果ての田舎町、一足早い夏の訪れを感じさせる雰囲気を味わいながら、折り返しの電車が動き出すまでしばしの散策です。

曲になりにもローカル線の最果て。お世辞にも活気があるとは言えずとも、かつて街があったことは確信できる風情がそこにはあります。
少しばかり歩けば地酒の酒蔵にも遭遇。おみやげに一本とも思ったのですが、直売所があるのか確信が持てなかったのが難点でしょうか。
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さらに少し行けば、八幡宮もあります。
初夏の神社というシチュエーション、なにがどうと前提があるわけではないのですが……不思議と何か物語が始まりそうなワクワク感がありますよね。
巫女さんはおろか、神職さんも見当たらなかったのですが、誰もいない境内もそれはそれで趣あるというもの。
寂れた遊具や、戦前の絵馬も見受けられ、古くは歴史と活気に満ちた神社であったことを感じさせます。
願わくば、また再びの賑わいを――とも思いますが、やはり、こう……エロゲとかラノベのプロローグを感じさせてしまうので、もう少し年相応の健全な精神を取り戻したいです。
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斯様な次第で30分強ほどほっつき歩いて、折り返しの列車に乗るため駅へと戻ります。
チェーン店のない古典的な商店街、意外と「時代に取り残された」と形容されるような昭和の街並みも、今の“ファスト風土”的風景と五十歩百歩な全国変わらぬ光景な気がする今日この頃ですが、それで「もかつての日本ではありふれた光景」というやつでしょうか。
平成の都市郊外育ちの私としては、新鮮で特殊な風景に変わりなく興味深くあることが出来ました。

この後は折り返しの列車で岩国に至り、山陽本線で出張先へ。


短い連休は終わりを告げて、休出週間の始まりです……がんばるぞい。

近江桜巡航

諸々の仕事が立て込んでしまい記載が遅れてしまいましたが、私は元気です。
先の週末、4/15-16の土日は幼馴染の“えめろん”氏、“番長”氏と誘い合わせて、数年来の豊郷小学校旧校舎群を探訪してきました。


事の発端はえめろん氏が「豊郷小に行きたい!!」と言い出したこと。諸人の予定をすり合わせた結果、この週末しか無いとわかり、多少の無理を押しても強行軍してしまった次第です。

具体的には徹夜ドライブが効く歳でもないので、朝は早めに家を出て静岡で友人を拾いつつ半日かけて豊郷へ向かいます。
途中、愛知県内での雨模様に先行きを案じさせられましたが、滋賀県に着いてみれば思いの外の晴れ模様。暖かい春の陽気にすっかり気分も緩んで観光です。
勝手知ったると思い込んでいる豊郷小も何やかやで3年ぶりでしょうか、前回はおそらく原付を回送して訪れたときのはずなのでだいぶ期間が空いてしまったと言えましょう。
細々と雰囲気の変わっているところもありますが、大枠は昔のまま。新鮮なイベント場所というよりも、変わらない安心感を感じるべき場所になってきていますから、時の移ろいには恐れ入る限りです。
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そんな訳で、折角ですから時のうつろいを超越した悠久の古社、近隣の阿自岐神社にも参拝しましょう。
折よく春祭りの準備もしていたので、大太鼓や臨時の木橋なども見学です。
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拝殿に張られた幕は白と黒が基調の落ち着いた代物。
お葬式などでよく使われる鯨幕、本質的には清浄なものなので慶事でも利用されるとは聞いていましたが、実際の例を見るのは初めての経験。本当に使われる文化圏もあるのだと、感心してしまいました。

豊郷小近隣の観光後は、豊郷探訪時の定番らしく酒蔵方面へ。
友人連中がお酒選びに勤しむ合間に、少しだけ抜け出してこれまた春まつりの準備中であった愛知神社に参拝です。
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多く語ることはありませんが、こちらも大太鼓を準備中。この界隈では春祭りに大太鼓が必須なのでしょうか……?
文化の細かいことは存じ上げませんが興味深い傾向です。
だからといって深掘りする気もありませんが……何か機会があったら詳しそうな人に聞いてみたいところです。

酒蔵を後にしたらこの日の宿がある彦根口の方へ。宿にチェックインして車を置いたら、ココからは徒歩で彦根城を目指しましょう。
概ね4km程、歩いても十分たどり着く距離なので桜並木など満喫しながら向かいました。
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道中のざっくりとした交通案内などに笑いつつも、行って来たるは彦根城のお濠の桜です。
話は少しだけ遡って豊郷小にて。観光中に偶然にも観光案内所で勤務中だった友人のぼややん氏に遭遇して、彦根城の桜の綺麗さをレクチャーされた次第です。
オススメの夜桜スポットも教わったので、これは行かない理由がないと、有飯代わりの飲み会を経て向かった先で目にしたのは、お濠の水鏡に浮かび上がる満開の桜でありました。
これはもう文句のつけようのない絶景と言えましょう。これを教えてくれたぼややん氏には感謝の念が絶えません。
あまりの良さに宿への帰路はその話で持ちきりだったのは言うまでもないことでしょう。
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あまりの良さに日曜の日中に再訪してしまう程です。
夜桜ほどのインパクトはないまでも、なかなかどうして昼の満開の桜も良いものです。
ぐるりとお城の周囲を巡って昼の彦根も軽く観光。
座敷船の試運転にも遭遇し、その船と橋の絶妙なサイズ感に舌を巻いたのが、特筆に値することでしょうか。
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本来であれば午後までのんびりしたいところでしたが、あいにくとこの日は車での観光。加えて、この日は夜までに出張先に前乗りしなくてはいけないこともあり、正午前には撤収する必要がありました。
後ろ髪を惹かれる思いながらも、、仕事が相手ではどうにもならず城下で軽食を取って東へと戻っていくことになりました。


そういう次第で帰路はその足のままに北関東の某所へ。水曜日まで出張案件に対応して帰ってきたのが先程になります。
慌ただしい限りである……。

大きな出張の小さな旅・おかわり

またしても、少々日記の間が空いてしまいました。
長丁場の出張が重なり、もはや外泊している日の方が圧倒的に多くなってしまった今年の第1四半期。
幸いに前回ほど汲々の日程ではなかったので、土日には少しばかり遠くまでお出かけすることができたのが救いでしょうか。


最初の週末、遡って3月の11日は朝から早起きをして博多港の国際旅客ターミナルに行きました。
何故か準備良く持ってきていたパスポート片手に乗り込んだのは釜山港行きの高速船。
先日、就職で本国に帰ってしまったフォロワーのみかん氏を訪ねて、初めての韓国入りをしてきました。

釜山港の国際旅客ターミナルでみかん氏と早々に合流してしまえば、もはや状況は「日本語が得意な現地民」という最強のお気楽モードです。
至れり尽くせりのエスコートには感謝の念が絶えません。
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主な目的が彼と飲むことでもあったため、釜山ではざっくりと下調べもなくぶっつけの観光。
チャガルチ市場なる伝統市場の見学や、臨時首都記念館を見てまわります。
臨時首都記念館は朝鮮戦争時代、韓国政府がソウルを追われて釜山に首都を置いていた時代の大統領官邸だった場所なのだとか。
官邸内の様子や戦時下の生活、往時の街の様子が展示してあります。異国の戦時中に関する博物館、言及される悲劇や英雄譚の視点に共通するところ、或いは感性の違いを感じさせられるところ、色々と視点が違って勉強になりました。
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記念館のあとは中華街などを巡りつつ釜山駅から高速鉄道に乗り込みます。
大陸らしい両端に動力車を備えた列車に揺られて小一時間ほど、ソウルと釜山の中間点あたりにある街、大田(デジョン)にて下車しました。
大田駅からはタクシーで韓国の町並みを通り過ぎて、みかん邸へ到ります。案内のみならず、宿の提供までしてもらって頭が上がらないですね。
そんなこんなで、みかん邸に着いたのが20時頃のこと。ようやく、この日の夕飯にありつく訳ですが、韓国といえばクッパか焼肉か……と思っていたところ、提案されたのはまさかのフライドチキンです。
曰く「こっちではチキンにビールでサッカー見たり宴会したりする」そうな。宅配ピザに近い感覚なのでしょうか……? 後で知ったところでは、韓国はやたらとフライドチキン屋の多い国だったのだとか。やはり現地民の提案には唯々諾々と従うべきですね。
“二人前”で頼んだら山盛りのチキンと、付け合せ大根の酢漬けが出てきたときは少々面食らいましたが、なかなかどうしてカリッと揚がった美味しいチキンを食べることができ、良い経験になりました。

翌日は昼下がりの船で帰国の予定だったので、午前中から高速鉄道で釜山に戻り、そのまま特に寄り道せずフェリーターミナルへ。
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ときどき、クジラにぶつかる高速船。帰れなくなったらどうしようかと、少しハラハラものでしたが無事定刻に出港して到着。
最初の週末は無事に終わりました。


次の週すなわち先の週末3/18は出張も終了し、後は関東に帰るのみの状況。
3連休を有効活用して少しばかり遠出と思っていたのですが、よくよく予定を確認すると20日は分島花音のライブがあるので東京に帰らなければ行けません。
程々の距離でと考えていれば、これまた諸般の事情が重なって日曜の夕方には静岡の親の実家に顔を出す必要が出てしまいました。

諸々の縛りが生じてしまっては致し方なしです。小倉基準で日帰り程度の距離を巡って引き返すことに決めて、目についた行き先が佐賀県です。
実は佐賀県、吉野ヶ里遺跡などを少しは観光しているものの、ほとんど通り過ぎたことしか無く街場に降りた経験もありません。
佐賀市街は幕末の雄藩「薩長土肥」の“肥”こと鍋島藩の所在地にして、郊外には一宮の與止日女神社も控える歴史スポット。そこから列車で1時間ほどの唐津も海城唐津城や石炭の積出港の歴史を擁する古い街。
魅力は十分ながら、絶妙な距離感で放ったらかしになっていましたが、この機を逃さない手はないでしょう。

そういった思考の果てに、朝から特急を乗り継いで鹿児島本線から長崎本線を一気に進んだ土曜の朝。九州の特急は本当に便利ですね、値段もたかが知れているので、ついつい活用してしまいます。
佐賀駅からはレンタサイクルを調達したら、まずは駅の北側へまっすぐ30分ほどのとこ、肥前一宮の與止日女神社を参拝です。

與止日女神社は佐賀市の西を流れ有明海へ注ぐ嘉瀬川の畔に位置し、近隣には肥前国庁跡も立地する古代の中心地に鎮座する歴史ある社。
名前の通り、水の女神を祀るそうです。
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訪れたこの日は偶々、“ひゃあらんさん祭り”なる水難除けのお祭りの日。境内の下の川辺では、仮設の神棚を立てて神職さんが何やら神事の準備をしていました。
また境内では子供太鼓の奉納が行われていたのですが、迫力のある見事な演奏は足を止めて魅入る見事さ。後で神社の方に教えていただいたところでは、指導者が全国的に有名な方のチームだったそうで……田舎神事と侮るべからずですね。
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川の上には、少し気の早いする鯉のぼりも吊るされ春の気配を感じるサイクリングとなりました。


佐賀の城下に戻ってきたら、余勢をかって與賀神社や佐嘉神社など市街地の神社を巡って、歴史探訪と御朱印集めをこなしながら、列車の時間を待ちます。
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およそ1時間に1本の唐津線を捕まえたら、一時間ほどかけてこの日の二つ目の目的地唐津へ。
車窓から見える唐津炭田の遺構にテンションを上げつつ、駅に着いたらここでもまずはレンタサイクルを確保です。

余談ながら、どうも「ユーリonICE」というアニメの聖地だったようで、この日はアニメファンと思われる人を多数見かけることになりました。
私はこのアニメを見てなかったので頓着してなかったのですが、妹やフォロワーさんがやたらと反応していたのが、印象的でありました。
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それはそれとして、私がしたいのは御朱印集めと歴史ある町並み探索。
まずは城下市街に鎮座する唐津神社と、郊外に鎮座する松浦郡の古社鏡神社を参拝したら最初期の目的は達成です。
後は日没までにどれだけ回れるかの勝負でしょう。唐津城は残念ながら改装中でしたが、玄界灘はいつもと変わらぬ風景を提供してくれます。
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もう少し天気が良ければ文句なしだったのですが……こればかりは詮無きことですね。

他には石炭の積出港時代の名残、旧唐津銀行本店も見学です。
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古い貿易港らしい立派な銀行の建屋は東京駅なども設計した辰野金吾の作品です。全く知らなかったのですが、辰野金吾は唐津出身の人だったのだとか。
意外なところで意外なことを学ぶ機会がありますから、やはり旅は面白いですね。

最後に自転車を返して、この日の宿泊地へ。
筑肥線に揺られて松浦川に差し掛かったとき、思わず予定をひっくり返して列車を降り、川辺に走るような光景に出くわしました。
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流れの穏やかな川が黄昏空を映して見せる幻想的な光景。田んぼや干潟で見る水鏡は知っていましたが……川でも見ることができるとは知りませんでした。

夜の帳が下りるまで川辺に佇んでしまいましたが、この日の夜は気を取り直して日帰り温泉で一服してから唐津郊外のネカフェで一泊。


翌朝は早朝の列車に揺られて北九州市はスペースワールド駅まで舞い戻って途中下車。
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制限時間いっぱいまで、この界隈にある旧官営八幡製鉄所の高炉や北九州市立いのちのたび博物館を見学して、静岡へと向かいました。


斯様な次第でだいぶ慌ただしい三連休、最終日は午後から東海道線に揺られて都内に赴き、分島花音のライブ参加です。
分島花音のパフォーマンス、曲の良さも然ることながら、ライブごとに加わるアレンジや独特な歌い方、チェロの生演奏と魅力満載で毎回、幸せな気持ちにさせてもらえます。
今回のライブでは趣向を変えてMCも多めでしたが、これもまた絶妙なグダグダ感が楽しいこと。
毎度のごとく、セトリは割愛ですが……気づけば予定もわからないまま7月の東京公演のチケットを買ってしまうほど、悩みも憂いも溶け出す楽しいライブでありました。


ちなみにライブ後の平日はまたしても泊りがけの出張。
今日ようやく帰ってきたのですが、今度は資格試験が間近に迫っています。もうしばらく気が休まらなさそうで参ってしまいますね。

洛南周遊の話

長丁場の出張から帰還し、腑抜けのような一週間を過ごした3月。
気付けばもう年度末月、今の会社も満2年になってしまいます。
そろそろ防塵マスクがなくても息ができる職場に行きたいものですが……そうはままならぬのがこの世の厳しさ。
またしても出張の司令が出たので、飛んで帰るがごとく今週末も西へ移動です。


いい加減に関西方面も“軽く寄り道”と思い浮かぶ場所が少なくなってきたのですが、地図を見れば行くところはいくらでも見つかります。
京都駅から奈良線に乗り換えて南へ暫く。伏見区を抜けて宇治川を越え、降り立ったのはJRの宇治駅です。

なぜに失念してたのでしょうか、宇治の一帯は中学校の修学旅行で平等院を訪れて以来、一度も来たことがありませんでした。
奈良からなら目と鼻の先だと言うのに、実に不思議です。
距離も手頃ですし、思い立ったが吉日。今回寄らないでいつ寄るというのでしょうか! ――と、1人で勝手に盛り上がったら残りの算段はトントン拍子です。
気付いたら宇治駅から商店街の裏側を抜けて、一つ目の神社、宇治の県神社に至ります。

県神社はコノハナサクヤヒメを祀る創建不詳の古社、平等院のすぐ裏手に位置することから、平等院の鎮守神として今も相応の規模を誇っています。
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平安期以来の由緒を誇る神社が、町中に何の事はないように鎮座する様は鬱蒼とした古社とは違った古い街らしい趣です。
境内の脇に、大型の梵天と隣には石造り(?)の梵天が奉納されていたのですが、何の由縁をもって置かれているのかわからなかったのが、気になるところです。

県神社で御朱印を頂いたら、宇治橋の本道に戻る方向へ歩みを進めます。
道中、塀に囲まれた小さな社があったのですが、周囲に立つ幟を見て驚きの橋姫神社です。
橋姫伝説といえば、そこそこ有名な逸話。
神社の知名度も決して低くはないと思っていたのですが、危うく見落とす程に小じんまりとして境内に驚かされます。加えて、玉垣ではなく塀で閉じた様子には、一種独特の雰囲気も感じます。
別段、おどろおどろしい訳でもなく、おそらくは車道が近いからとか何か大したことのない理由なのでしょうが……規模の割し印象に残る光景でした。
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そんな橋の姫様に挨拶をして少し行けば、平等院の参道と合流して宇治橋に至ります。
宇治橋は続日本紀に曰く、飛鳥時代に高名な僧侶がここに橋を架けたという、日本屈指の由緒を誇る交通の要衝です。
淀川に架かっていたという山崎橋、琵琶湖の南に架かる瀬田の唐橋と並び称される古い古い橋だったのだとか。
もちろう、現在では自動車に対応した橋に更新されていますが、往時には水運や防衛の要衝だったであろうこの地は、河が流路を変え交通の重心が他所に遷った今も、なかなかの交通量を誇ります。

そんな宇治橋を渡って、対岸の一帯をしばしぶらくり。
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さほど広い界隈ではないのですが、川辺にそって土産物店やカフェが並ぶ観光地の雰囲気が、私はけっこう好きです。
それでも人通りは京都市街ほどではなく、少し頃合いを見計らえば閑静な路地にだって出会えます。

路地を抜けた先にあるのは、式内社の宇治神社。
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後背の宇治上神社と2社1対でもって宇治の地に記紀の時代より鎮座します。
祭神は「菟道稚郎子命」。仁徳天皇との皇位の互譲し、最後には自死するエピソードが、日本書紀に記載される皇族です。
名前の“菟道”は宇治の古名でもあり、この地に宮を営んでいたために祀られているとも伝わります。

宇治神社のあとは、すぐ後ろに鎮座する宇治上神社へ。
今では別立ての2社に分かれていますが、本来は本宮と若宮の関係だったとかなんとか。
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宇治上神社の拝殿、本殿は木造神社建築としては現存最古の代物なのだとか。
建築にはあまり詳しくないのですが、平安から鎌倉にかけての建造だそうで、江戸時代の壮麗な社殿とはちがった簡素な印象を受ける建物です。

宇治上神社から背後の大吉山を経由して、宇治橋より少し上流の橋で川を渡って平等院へ。
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中学以来の平等院ですが、当時の記憶が全くなかったことを思い知らされた気分です。
良いものを見れましたが、できればもう少し人が少ないときに来たいですね……。

この後は少しばかり歩いて上流の天ヶ瀬の吊橋まで散歩して伏見へ。
大学院時代の友人らと合流し、伏見の町ではしご酒を決め込みました。


そのまま友人宅に泊めてもらって、翌朝は伏見観光へ。
酒と幕末と水運の町、伏見。酒造が並び立ち、お酒に関する企業博物館も沢山あります。
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特に展示が充実しているのは月桂冠の資料館。一般的な酒造りのあれこれに始まり、江戸期の貴重な資料から戦前のラベルやポスターまで。
商業的な日本酒の量産に関する資料もあり、地酒蔵とはまた一味違った視点で日本酒を学ぶことができました。

他には幕末、寺田屋事件で有名な寺田屋の資料館や、伏見が河港として栄えた時代の遺構、三栖閘門を見物。
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なんやかやで伏見の見所を巡り歩いて、昼過ぎ頃に京都駅方面へと移動することになりました。


京都駅では友人イチオシの立ち飲み屋で昼酒を決め込んでから、新幹線に乗り込み出張先へ。
心なしか……風邪気味なのはご愛嬌です。

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社会的圧力に負けて働き始めた巫女好き提督。2年かけて回復したSAN値を瞬く間に失い、工場街のおんぼろアパートでサバイバルなう。

何かにつけて神頼みする近所のお稲荷様に感謝

個人的リンク

私が勝手に(無断で)貼ったリンクもあります……。 どうか、ご配慮願います。

分類……してないなぁ?

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