月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


晩秋畿内散歩

あれよあれよと、今年もあと1ヶ月強。
秋も深まるどころか少し早めの雪が関東を襲い、冬の装いも準備しないといけない頃合いです。
そんな、11月の月末は、様々な(主に仕事関連の)都合により、関西方面へ出突っ張り。交錯する予定が絡まり合い、気づけば勤労感謝の日は、朝から京都観光することになりました。


実は前日から京都入りして、久しぶりに河原町のネットカフェで一泊して、翌朝は8時過ぎから行動開始です。
最初に向かったのは東山の奥、蹴上駅から歩いて10分内外にある日向大神宮です。
南禅寺の裏からインクラインの斜面を登った辺りとも言えましょう、早朝から観光客が押し寄せる南禅寺界隈から一変して、静かな谷あいの社と言った風情……と思ったら、トレッキングコースの入口に位置してるようで、出発の準備に勤しむ親子連れとインストラクターの集団が休日の賑わいを醸し出していました。
彼らが去ってしまうと、かえって寂しく感じるほどです。
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この季節といえば、当然期待するのは紅葉。
少しだけ山陰にあるせいか、この社の紅葉は既に散り気味でしたが、それもまた趣深いもの。静まった雰囲気は良い穴場をみつけた気分です。
余談ながら、御朱印をいただこうと社務所のインターホンを押したところ、朝イチだったせいか「今から向かいます」との返答があった後、しばらく待たされてしまう羽目に。急ぐ旅でなし時間は問題はないものの、本当にここで待ってれば良いのかと少々不安になっていたところ、二本杖のお爺さんが坂道の参道を登り、こちらに声を掛けてくるではありませんか。
この人は誰? と思いながら挨拶を返すと、その翁こそがこの神社の宮司さんでありました。
世間話がてらに伺ったところでは、今年に米寿を迎えて今も神社の管理をしているのだとか。この神社の参道は、トレッキングコースの入り口なだけあり、あまり緩いとは言えない坂道が私の足でも5分近く掛かる程度に続きます。
そんな道程を御年88の方を朝から呼びつけて、遅いと思うほうが無茶であったと内心恥じ入る思いであり、日々登っては社務をこなす宮司さんには畏敬の念を抱かざるを得ませんでした。

閑話休題、そんな日向大神宮ではフォロワーのぼややん氏とも合流です。
ここからは2人で京都の紅葉観光兼撮影会となりました。

まず向かったのはインクラインを下ってすぐの定番、南禅寺。
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大学時代に一度訪れて以来ですが、変わらず綺麗で人が多いです。

続いて平安神宮の裏手側にある岡崎神社に参拝。こちらは紅葉ではなく御朱印収集が主眼。
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この一帯は平安時代、ウサギが多かったとかで今も兎が神使を務めます。縁結びや子授かりをご利益に謳っているのですが、やはり関係があるのでしょうか、考えないほうが良いでしょうか。

続いて、針路を哲学の道方面へ転じて、熊野若王子神社と大豊神社を参拝。
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大豊神社では神職の方から「この先の霊鑑寺が期間限定参観をしていて綺麗だ」との助言を頂きます。
地元民の助言、まして神職がお寺を勧めるとあれば行かない理由はないでしょう。
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かつては谷の御所とも別称された門跡尼寺院であり、今も春と秋しか公開しない霊鑑寺。
哲学の道から一本山側に入り込んだ道の先にひっそりと佇むそのお堂は確かに風情を感じさせます。
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庭園もよく手入れされ、なるほど確かに美しい紅葉です。
観光客など想定していない庭園通路の制約と、私の写真の腕前では、その美しさをどうにも切り取れないのが少しばかり悔しいところでした。

順調に哲学の道を北上し、行き着く先は東山文化の頂点、銀閣寺ですね。
大学時代、哲学の道を歩こうと訪れた際には夕方過ぎて拝観時間が過ぎていた日以来、近くを通ることはあれど6年以上訪れる機会が巡ってこなかった因縁の寺院です。
寺前の参道は目が回るほどの混雑ぶり。これが観光地京都の本気かと呆れながら、ついに機会が巡ってきたと喜びながら往来をかき分けて拝観します。
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美しい庭園と沢山の観光客、まさに京都って感じで私はそういう雰囲気が大好きです。
あとは池越しの銀閣寺の構図。思わず「写真で見たことある」と言いたくなるほど、新鮮味がないのに興奮する不思議な心持ちで眺めることができました。

加えて、これは訪れるまで知らなかったのですが、銀閣寺の参道脇には銀閣寺一帯の鎮守を祀った八神社なる社が鎮座しています。
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人波から不思議と取り残されたようなひっそりとした雰囲気を湛え、鬱蒼とした鎮守の森とあいまって良く言えば神秘的、或いは仄暗い様子を纏った神社でありました。

銀閣寺界隈から西へ足を伸ばせば、京大が跋扈する吉田界隈へ。
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何はなくとも吉田山の吉田神社には参拝すべきでしょう。江戸時代に神道教義の形成に大きな力を持った吉田神道の本拠地です。
近代では一転して「京大受験前に祈願すると落ちる」というアレなジンクスも聞いたことがあるのですが……実際に訪ねて吉田山の立地を見れば、確かにこんな遊び場にもってこいの山が大学のすぐ近くにあっては、荒ぶる日本の神々など恨み骨髄に徹すること已む無しではと納得してしまいます。
合わせて、吉田山の南斜面に鎮座する宗忠神社にも合わせて参拝。
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こちらは江戸後期に生じた神道系の新宗教黒住教の開祖を祀った神社。明治時代には国家公認の神道十三派に列せられた“古参の新興宗教(?)”の施設です。
この場合も御朱印収集の対象に含まれるのだろうかとの疑念も頭を過りましたが、既に藩祖を祀ったり古代天皇を祀ったりと色んな事情で明治期以降に創建された神社も散々巡ってる状況。むしろ神社の体をなして、江戸時代から祭祀されてるなら十分ってことで頂いてきました。

ちなみに宗忠神社の真向かいは、これも紅葉で名高い真如堂。折角近くまで来たので、もちろん漏れなく参観しましょう。
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名高き紅葉も素晴らしいですが、境内の茶屋で甘酒を呑みながら眺められるシチュエーションが最高だと思います。
「好天に恵まれた晩秋の祝日に、茶屋の腰掛けから境内の紅葉」――文句のつけようのない一時を堪能して、京都巡りの締めといたしました。


真如堂を後にしたら、この後の要件も残っているので京都駅方面へ。
ぼややん氏と別れたら、別のフォロワーの大鳥さんと合流して駅近くの居酒屋で一献傾けて夜を過ごしました。


京都で秋を過ごした後も、継続して関西で活動中。
土曜日には大津市内で豊郷繋がりで知り合った方々と宴席をしました。

鉱山と野営とお酒な日々

先の週末は上手いこと休日をちょろまかして4連休に。
真ん中の土日は、かねてよりフォロワーの朔さんとキャンプに行くことが決まっていたのですが、前日の金曜日も降って湧いておやすみです。
どこに行こうかと行き先を選定していると、なんとはなしに9月から心を囚えたままの「君の名は。」が、また私を北アルプスの山裾へと呼び立てて来た気がしました。


そんな訳で朝一番の下りのあずさで塩尻まで向かい、駅前のレンタカーで車を調達したら安房峠方面へ車を転がしていきます。
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塩尻から安房峠の岐阜側に位置する平湯温泉までは車で1時間半と行ったところ。
氏神の平湯神社に参拝したら、ここでお昼の休憩です。
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境内脇の古民家風の茶店で一服。シチュエーション芸としては最高の状況ですが、惜しむらくはビールが飲めないことだけが残念。
お昼ごはんを食べたら、進路をアルプス沿いに北上する経路へ移し、更に1時間ほど行くとこの日の目的地、飛騨市神岡の市街地に到着です。
神岡はかつて銀山や亜鉛鉱山で栄えた山間の鉱山都市。
鉱山街の昭和で密な町並みを今に留め、山間の狭い平野に寄り添う地形的制約と相まって、独特な景観をひっそりと保存する飛騨の不思議な街です。
もっとも、今では鉱山そのものよりも廃坑を流用したニュートリノ観測施設群の方が有名でしょうか。神岡は知らなくても、カミオカンデは知っているというパターンもあるかも知れません。
とは言え、町の起源はやはり鉱山でしょう。まずは町の高台にある鉱山資料館の見学で基礎のお勉強からです。
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正直なところ、金属屋さんなので資料館レベルの抽象的な展示では見慣れた物が多かった……なんて話は忘れることにしましょう。
資料館の裏からは神岡の町並みが一望できます。高原川沿いの狭い平地に街が寄り集まっている様子がよく見て取れます。
この風景を見れたことで、目的の3割は達したと言っても過言ではないかもしれません。
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余談ながら資料館の隣には“神岡城”なるお城があります。神岡城自体は実際に戦国期に実在した城なのだそうですが、ここに立つのは三井金属による模擬天守。
町を見下ろす位置に企業による城が建つ、まさに文字通りの企業城下町と言えるのかもしれません。

さて、お城や展示品は当然じっくり見たいのですが、この日の私は少し急ぎ目。何しろ次の予定が既に決まっているからです。
その予定とは、廃線となった神岡鉄道の軌道上を自転車で走るアトラクションに参加すること。
予約制なので当然、予定は動かせず定刻までに市街の南の外れにある旧奥飛騨温泉口駅に出頭します。

この回の参加者一同で路線の概要や車間距離などの注意点を聞いたら、いざヘルメットを被って車両に乗り込みます。
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このアトラクションの乗り物は自転車2台を横につなげて、後輪でレールを走るような構造。
本来は二人乗りなのですが、私は1人参加なのでサイドカー式の特別車が割り当てられます。
カウンターウェイトのさるぼぼが大変可愛いらしい……。
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ちなみに乗り心地は自転車と侮るなかれ、意外と速度も出るので迫力があります。古い鉄道設備を間近で見れるのも大変良いと思います。
往復6km程の片勾配を1時間弱かけてのんびりと走り、この日のメインアトラクションは終了となりました。

アトラクションのあとはこの日の宿に車を預けて市街散策です。
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まずは神岡の氏神、市街の北西の斜面上に鎮座する大津神社に参拝します。式内社の一つに数えられる古社であり、平安以前から人々がこの地に住んでいたことを示す貴重な証拠です。
社務所がお留守だったので、残念ながら御朱印はもらえませんでしたが、雰囲気は静謐でよく清掃され格式の高さを感じさせます。
境内からは神岡城の対角線ぐらいの位置から市街を望むことができ、古い町並をまた違った角度から眺める事もできました。

神社の他には川沿いの町並みやもう一つの八幡さんへの参拝などで市街散策を満喫。
一見すると不安になるような岸壁沿いの構造物はなかなかインパクトがありますし、街角の祠などでもいちいち金属製の“賽銭筒”なるものが置かれているのも少し興味深い文化です。
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あとは北アルプスの豊富な湧水を利用した共同の水場である「水屋」の風景に、“三夜待ち”なる「かつては日本中で行われていたが今ではごく一部にしか残っていない」風習に用いるお堂があったりと、山間の町らしい古い独特の風習の片鱗を垣間見れるのも面白いところです。
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町並み自体も全体的に家と家の隙間が狭く、坂とあいまって路地が入り組んだ構造。写真を撮ったりスケッチしたり、気ままに歩き回るには非常に楽しい街並みでした。
反面、路地が狭いので車での移動は極めて困難。地元民ならいざしらず、観光客がレンタカーでは……危うく立ち往生するかと思う羽目にあってしまいました。

この夜は酒ではなく飯屋で“とんちゃん定食”なる街のソウルフードで夕飯。
何かと思ったら何の事はないとっても美味しいモツ鍋なのですが、一人前と言うには尋常じゃない量がでてきたのには往生しました。
鍋自体も普通の飲み屋なら2~3人前と思える分量。それにご飯と味噌汁(!)と、さらに〆のうどんまで付いてくるのですから、お酒なんて言ってる場合ではなく、軽くフードファイト状態です。
鉱山労働者のための炭水化物と塩分が多い料理、体力仕事の後には堪らなく美味しいと、体感的にも知っているのですが……この日の体調ではなかなかどうしてヘビーな内容でありました。
なので、食後はお風呂に入って一息入れてから宿の窓辺で1人でちびちびと地酒を傾けて、早々に寝てしまいます。
21時に寝るなんて、何年ぶりのことでしょうか……川風が気持ちよく、悪くはない夜でありました。


前夜に早寝した土曜日は、斯様な次第で6時過ぎには目覚めてしまったので早朝の散歩をしてから、優雅に二度寝して9時過ぎの行動開始です。
すこしばかり寄り道代わりに安房峠を旧道で越えて、塩尻に戻ったら車を返して大糸線に乗り換えます。
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言って来たるは塩尻から北へ1時間ほどの信濃大町駅。
ここでフォロワーのわため氏、朔さんと合流しわため氏の車に乗り込みスーパーを経由して、「おねがい☆ティーチャー」の聖地として有名な木崎湖へ。
目的はもちろん聖地巡礼……と言いたいのですが、私はおねティーを見てないので、純粋なキャンプです。
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まさに目の前の桟橋が聖地であり、湖の向こうに見える駅もすぐ近くにある温泉やコンビニも、みんな聖地。
おねティーファンに留まらず聖地巡礼好きの人間には有名な土地ですが、ロケーション的には長野の高原の湖畔と、キャンプ場としても極上の場所であります。
この日は生憎の曇天でしたが……晴天のときにはまさに宇宙に思いを馳せたくなるような星空も拝めるのだそうです。
この日はこのキャンプ上で肉を焼きながら、酒を舐めつつ夜明かし。夜半には雨、翌朝には強風に見舞われたものの、楽しい野営となりました。
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日曜の午後のほうが天気が良かったのは少し悔しいですが、天気にだけは勝てませんからね。
翌朝はわためかーで山に登り、湖畔を一望する高台で絶景を満喫してから、件の聖地の温泉で体を温めて帰路へと着きました。


もちろん、ただで帰るわけもなく、話の流れから朔さんと途中駅で別れたあとに新宿へ向かい、大学の友人連中と飲み会の流れに。
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先に飲み始めていた友人たちに後から合流して飲み、そのまま「君の名は。」の新宿界隈の聖地巡礼をしつつ、近くにあるという元寮生の家で一泊してから、月曜の朝によくやく実家へと戻りました。


飲み会あけの連休最終日たる月曜日、どうせ千葉まで戻らなくてはならないのですからあんまり大人しくしているメリットもなし。
帰り道がてらに四谷の消防署に併設の消防博物館などに行ってみることにしました。

消防博物館は名前のごとく消防に関する博物館。江戸時代の火消しに始まり、明治大正昭和平成と各時代の消防士の装備や機材を展示しています。
充実の展示内容にして、なんと入館無料! 旅行明けの寄り道にはうってつけですね。
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グーグルマップ等のレビューでは子供向けとの評価が目についたのですが、行ってみれば大人でも十分に楽しめる展示内容です。
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特に各時代の機材や、そのミニチュアによる稼動時の再現は興味深いもののオンパレード。馬車による蒸気式ポンプなんて、始めて聞いた装備もあって驚くばかりです。
ちょっと寄り道程度の気分だったのですが、気付けば閉館までガッツリと見学してしまいました。

16時過ぎには引き上げる予定が、見事に予定がずれ込み気付けば17時過ぎ。ようやく総武線に乗って千葉方面へ――と言いつつ、最後まで予定は狂うもの。
ヘク猫氏が秋葉原にいると聞きつけて“軽く一杯”飲んでからの帰宅となりました。軽く……そう、軽く飲んだだけですけどね。


何はともあれ、鉱山からキャンプに博物館と、その合間に酒を差し込んだ充実の連休を過ごして週明けです。
4日行けば休みだと言い聞かせながら、耐え凌ぎましょう。

秋雨前線からの逃避行・河口湖編

じれったい動きの台風が南の海から緩慢な動きで接近し、あっけなく静岡に跳ね返されていた秋分の頃。
3連休と木曜祝日が組み合って、有休を投げつければ9連休も夢ではない9月の4週目ですが、幸か不幸か夢がかなって見事に9連休を確保して、盛大に謳歌をしている真っ最中です。

本来であれば、週末になってから日記を書く流れなのですが、今回はギリギリまで休暇を読めなかったこともあり、ふわりと予定に隙間があります。
天気が良ければ何処かに行っても良かったのですが、生憎の天気に阻まれてる状況ですし、呑気に少し前半のおさらいを書き連ねておくことにしました


遡って土曜は諸用に続き、夕方からはフォロワーのしろかえる氏、憂月氏と飲み会をして気持ちよく実家に帰還です。
そんな訳で実質的に連休はじまりは日月でしょう。この日のアクティビティは、河口湖でのキャンプです。
茅原実里さん関連以外で河口湖を訪れるのは何年ぶりでしょう。おおよその地形は知り尽くしているとは言え、盛夏を外した頃合いでの河口湖は何だか新鮮です。
実家から車を失敬して、道中の駅で大学時代の友人の元寮生をピックアップしたら、中央道を伝って一気に西進しました。

出発時は少し心配な雨降り模様でしたが、河口湖一帯についた頃には雨も止み始めて、騙し騙しで乗り切れるかなといった様子。
少し早めに着きすぎたので、近場にあった河口浅間神社に参拝して、雨除け祈願と時間調整をしました。
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ちなみに河口浅間神社は河口湖の北岸、湖を挟んで富士山と相対す位置に鎮座しています。
この場所は、甲府盆地から富士吉田に抜ける御坂みちの出入り口を抑える交通の要衝にもあたり、古くからの集落もある重要な場所。
富士山信仰に関わる世界遺産にも指定された主要な浅間神社の一つなのですが、駅から微妙に距離があったため参拝が先延ばしになっている状況でした。
雨上がりの森のしっとりとした雰囲気も相まって、荘厳な様相をまとった社を拝むことが出来ました。

参拝後は湖畔をぐるりと回って昼食を取ったら、スーパーで買い出しを実施して、いよいよ目当てのキャンプ場に行き設営です。
今回のキャンプ場は大橋の袂の“いつもの場所”。毎回、ライブ帰りに真っ暗になってから訪れていたので、明るいうちからアレコレするのは初めてです、勝手知ったるのに初物づくしという実に変な感覚。
テントを広げて、焚き火台を展開し、クーラーボックスにお酒を冷やしたら、あとは椅子に沈んでまったりと炎を眺める時間です。
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今回に備えてアウトドアグッズも色々揃えたのですが、思った以上に快適で楽しいですね。
台風も近いために心配された雨も、この日は寝るまで降らずに済み、己の幸運をありがたがりながら夜半まで酒を舐めて過ごしました。
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翌朝は若干、お酒の残った頭ながらも8時過ぎには起き上がり、お湯を沸かして沈着冷静に朝ごはん。
夜中に一雨来たような雰囲気こそありましたが、この頃合いでは青空も垣間見える程度には心地よい天候でしたから、ありがたい限りです。

適当にゆるゆると清々しい朝をコーヒーと共に過ごしながら順次片付けを進め、チェックアウトギリギリの10時頃まで粘ってから、キャンプ場を後にしました。
とは言え、このまま帰ってはせっかくここまで来た甲斐が無いというもの。
富士五湖らしい光景をと思い、車を転がして精進湖の方まで。
精進湖の北側の湖畔にも古くからの街道筋が残っているそうで、湖畔から峠に挑む道沿いに古民家や社寺が並ぶ往古の光景の残った集落があったりします。
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丁度良い機会なので、しっとりと湿った秋口のそういう光景を堪能しようかとなった次第です。
現役の民家が並ぶ集落なので、あまり無作法に写真も取れませんが、それでもふらりと周囲を歩くだけでも観光地化されてない趣を感じる古民家や社が残っており、なかなか趣深い土地がそこにはありました。
結構いいものですね。

精進湖探検の次は西湖まで戻って樹海探検へ。今は崩落により閉鎖されてしまった竜宮洞穴の見物です。
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中まで入れないので外観だけですが……観光ルートから外れ、半ば打ち捨てられた案内板と祠が存在感を放つ、涼し気な樹海の土地です。
雰囲気はあって嫌いではないのですが、なかなか長居をする場所ではなかったのが少し残念ですね。

最後は富士吉田の市街方向に戻って、小室浅間神社に参拝して関東に帰ることにしました。
当初はサッと寄って、御朱印を頂戴したら十分かと思っていたのですが、近寄ってみると妙に人が多いの違和感を抱きました。
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どう見ても、何やらお祭りの催されている様相です。
何が始まるのやらと参拝して社務所に行ってみると、どうやら流鏑馬神事が始まる様子です。
曰く後30分ほどで最後の奉納があるとかないとか。この機会を逃す手はないと、少し肌寒い中でしたが待機することに決定です。
露店を眺めるもお酒が飲めないのが恨めしく、雨まで降り出して、奉納用の馬道前で他愛もないことを喋りながら凍えて待つこと30分強。
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恙無く……とはならず、何やかやで15分ほど多めに待たされてしまいましたが、馬2頭による流鏑馬神事が始まりました。
1頭目は露払いなのかゆったりとした歩みで2往復ほど。1度目が確認で、2度目が本番でしょうか。弓を放つ場所は人だかりで観ることが出来ませんでしたが、伝統衣装で馬駆けする様子を観るだけでも、なかなか面白い光景でした。
2頭目は本番なのか、馬上の方も幾分慣れた様子で馬を最初から駆けさせます。
1頭目同様に2往復しましたが、2度目はちゃんとギャロップして駆け抜けていきました。間近でちゃんと走る馬を見たのは実は初めてかもしれません。
迫力あって良いものでありました。


そんなこんなで、この後はいよいよもって雨も本降りになってしまったので、雨天の道志みちを強行して神奈川へ。
着いた頃にはすっかり日が暮れてしまいましたが、夕飯には間に合う頃合いだったので良しと言える範囲内。
荷物を整理し翌日からの予定に備える必要があったので、大急ぎで実家に帰り、この日の旅程は終りとなりました。

琵琶湖と北陸道

6月、各地で梅雨入りが告げられ、いよいよ初夏から夏へと季節が転がりだした季節ですね。
羽虫の活動も活発となり、今年も少し早めながら蚊取り線香が絶やせない時期となってきました。

梅雨入りを裏付けるように不安定な空模様だったこの週末、5月初頭より続いた遠出案件の最後となる用件があり、関西の方へと赴くことになりました。

出発は土曜日。
実家を起点に安心の東海道新幹線で西へと急ぎ、降り来たるは京都の一つ手前、米原駅。ここで東海道本線に乗り換えて少し行けば、近江湖東地方の商業の要衝、近江八幡駅に到着です。
フォロワーでこの近隣の民のぼややん氏と合流し、近江八幡駅から歩いて1kmほどの旧市街へ観光に向かいます。
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近江八幡は文字通り、近江の日牟禮八幡宮の門前にある街です。琵琶湖交通により古くから人々が行き交っていた当地ですが、商人街となったのは八幡宮の創建からずっと後のこと。桃山期に八幡城が築城され、城下町が整備されてからのことだそうです。
城自体は江戸時代を迎える前に廃城されたものの、商業地として息長く残り、近代に至っても近江商人の中心地の一つとして栄えていたのだそうです。
そんな訳でお堀に端を発する運河と古い町並みが残る風情ある旧市街をぶらりと巡りました。

古い町家を改装した売店や豊小でも名高いヴォーリズ建築の洋館などなど、天気が良ければなおよしでしたが……楽しい散策です。
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当然、日牟禮八幡宮にも参拝。楼門をくぐり入れば開けた空間の向こうに格天井と勇壮な屋根の立派な拝殿が迎えてくれます。その向こうの本殿や、雑多な大絵馬が所狭しと掲げられた絵馬殿合わせて、歴史を感じさせる神社でありました。
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もっとも、今回は観光はあくまでオマケ、体面上カメラを持っていく訳にはいかないので荷物に忍ばせるコンパクトカメラしかない状況。
運河の街の記憶を小さいカメラでボチボチと残して、引き上げとなりました。

この日の晩は、ぼややん氏と別れて奈良に向かい別口の友人、ぜな氏と(愛媛)みかん氏との飲み会に。
奈良町の北側、少し入り込んだ路地裏で見つけた奈良の地酒“春鹿”を出すお店で一献です。奈良の町家を改装したらしい隠れ家的な美味しいお店、ふらりと当てどなく入ったため上品な雰囲気に少し気圧されましたが……良いお店でありました。
その後はもう1軒、奈良のお店で飲み継いでから、みかん氏の家に泊めていただきさらにもう一飲み。大学時代を思い返すようなヒドイ(肯定表現)宅飲みの果てに寝落ちして日曜日を迎えました。


翌日は復帰したら、ようよう列車に乗り込み京都から湖西線を抜けて北陸の敦賀方面へ。
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道中、山科から大津に抜ける峠を越えた辺りで梅雨らしからぬ気持ちのよい晴れ間が覗いたのは印象深い光景でしょうか。
西を向けば田園の向こうに棚引く雲が比叡山の山並みにかかり、東を向けば琵琶湖が煌めく様……好天時の湖西線の車窓は何度見ても飽きることのない光景です。
実際のところ湖西線も比叡山坂本以北、高島市などに分類される地域は乗り換え時くらいしか下車したことがない未知の領域。いずれ自転車か車か、適当な乗り物を調達してじっくり観光してみたくはあるところです。
ただし、この日は最終目的地が決まってるので、ここで降りてしまうと後始末が大変なのがネックな次第。
予定に従って今回は敦賀で途中下車といたしました。

敦賀といえば北陸道の入り口に坐ます式内大社の気比神宮。
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何年も昔に一度参拝しているのですが、みんな大好きな御朱印を授かってなかったのでまた来た次第です。
町の真ん中にあるとは思えない広々とした社を散策したら、前回はこれで引き返したのですが今回は敦賀のさらに北方、日本海の際を目指します。
道中、今は廃止となった敦賀港線の後を抜けて向かったのは金ヶ崎城跡の一角に立つ、金崎宮。
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建武中興十五社の一つに数えられる明治期創建の比較的新しい社です。
祭神はこの地で散ったという後醍醐天皇の親王2名。金ヶ崎の城は日本海沿いの道筋や航路と琵琶湖へ抜ける経路交差点。その要港を見下ろす山の上に位置し、三方を水に囲まれた要衝にして堅城と言われていました。
もちろん、幾度も落城の憂き目にあっているそうですが……それはそれ。
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敦賀港を見下ろす眺望は条件が良ければさぞ絶景なことでしょう。

金ケ崎界隈を見学した跡は、下山して敦賀港の歴史的建造物をいくらか観光して、この日の最終目的地へ。
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明治から昭和にかけて、国際旅行の手段が空路に移る前の敦賀港は、ロシア方面への玄関口として国際便に合わせた列車が東京から運行する程の隆盛を極めたとか何とか。
今も貨物航路に重要港湾としての面影を残しますが、全盛期の凄みを感じさせる重厚な建物や貴重な遺物を見学して、駅へ戻り北陸線に乗り込みました。


そんなこんなで月曜と火曜は北陸某所で案件をこなして、関東に返って来たのが今日のこと。
資格試験も待ち受けてますし、当分は関東圏で大人しくなる日々が続くハズですね……きっと。

筑豊探訪の話

最近遠出ばかりが続きますが、色々と事情があったりなかったり。
財布が即物的な意味で大破したので、新しいのを購入した結果金銭的に大破したりもしてますが、後ろを振り向いては行けません。
そんな訳で先週も元気に九州旅行でした。諸々の都合で一眼レフはお留守番ですが、仕方ないですね。


行って来たるは鉄冷えの町、北九州は小倉地区。製鉄所はお隣さんに吸収合併され、都市間競争は博多に苦戦を強いられ――と辛い噂を耳にする街ですが、行ってみれば流石は何と言っても城下町。
繁華と文化と何かを孕んだ町がちゃんとそこにはありました。
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最初に訪れたのは当然ながら、小倉城。
本来の城は幕末、長州征伐の折に焼失してしまい現在の小倉城は昭和期に再建されたもの。
大阪城と同様、コンクリート製の見かけだけな代物で、内部は立派な博物館となっています。
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もっとも、見掛け倒しと侮る無かれ。展示内容はそれだけで十分価値ある資料館レベル。城下を眺め回す展望も楽しめて、行った価値は十二分にありました。

また城の敷地内にはレンガ製のモダンな門柱も見られます。
なんでも陸軍第2師団司令部の門柱だったとか。後年、主力は久留里に移転するのですが、師団数も少ない草創期の陸軍が拠点を置いたことは小倉の重要性を暗に物語っているようです。
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傍らには記念品という4式15センチ榴弾砲も置いてありました。旧式化していたとはいえWW2まで活躍した貴重な重砲です。

お城の傍らには城下鎮護の八坂神社が鎮座しています。
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一般的に城下鎮護というと武神である八幡宮や東照宮が多い印象なのですが、こちらはスサノオ系統というパターン。珍しいのかなと思ったら、どうやら城が出来る前から祀られていたそうです。
由緒としては曖昧なところもあるようですが、城内の一角、密に詰まった建造物群が立派な印象を与える神社でした。

小倉城を巡ったら、町を後にして鹿児島本線に乗り込み博多方面へ。
車中で地図を眺めていると、ふと面白そうな神社を見つけたので直行の予定を変更し、途中の福間駅で下車してしまいました。
駅からタイミングよく乗り継げたバスに乗り込んで、行ってきたのは宮地嶽神社。
後背の宮地岳にて神功皇后が三韓征伐の戦勝を祈願したことに端を発すると、由緒に語られる古社です。
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もっとも、式内社では無いようなので実際の由緒は些か不明なところもありそうです。それでも神体山を擁し、境内地に古墳もあるのですから、古くから祭祀されていた地だったのだと思います。
もう一つ有名なのが、海へと続く一直線の参道。条件が良いと正面に夕日を見据えた大層神秘的な光景を拝むことができるのだそうです。
この日は生憎とかすみ気味な空でしたが、それでも一直線に連なる道は一瞬目を奪われる迫力がありました。

またこの神社の特徴として“日本一の大注連縄”も挙げられます。巨大しめ縄というと、出雲大社や諏訪大社のような国津神系の神社を思い浮かべるのですが……そうでないところもやるものなのですね。
日本一を自称するだけある立派なしめ縄です。
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また先述の古墳は江戸時代に石室が発見されて以来、修験道の修行場にされていたとかで……現在は不動神社の本殿として際しされています。
古墳なのに、不動明王で、神社……もうちょっと色んな信仰が混淆していてわかりませんが、実に日本らしいです。ちなみに出土品は九州国立博物館に寄託されています。

ぐるりと宮地嶽神社を巡ったら、帰路もちょうど良くやってきたコミュニティバスに乗って福間駅へ戻り、列車に乗り込んで無事に博多駅へ。
幸運なことにフォロワーさんと合流できる話となったので、博多からさらに地下鉄で移動して福岡城のお膝元たる大濠公園駅へ向かいました。
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少し早めに着いたので、駅近くの銭湯で汗を流してから福岡城見物で時間調整して、この日は“かめいとみお”さんと合流して福岡の魚で一杯。
さらには彼の家に泊めていただいて、夜を越すことができました。


翌日は8時半頃に起床して、起き抜けから真っ直ぐに太宰府へ。
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7年ぶりくらいの参拝でしょうか……前回訪れた時はまだ御朱印集めも写真撮影もあんまりしてない頃でしたね。
久しぶりと言っても、神社ですから特段に変わることがないのが実際のところ。懐かしく思いながら前回は行き損ねた宝物館などを見学です。

あとは裏手の天開稲荷にも当然参拝です。
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お稲荷さん、こんなに天満宮本殿から距離があっただろうか……などと記憶との齟齬を感じながらもさらりと参拝して、気付いたのがさらに山奥の神社の存在でした。

見つけてしまったのは稲荷さんの裏手の車道を20分ほど歩いた先にある宝満山竈門神社。
太宰府の鬼門を守るため、イザナギを祀った神社なのだとか。
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割りと政治的な由緒だけに創建年代は明確ですが、式内社にも列する古社には違いありません。
今では縁結びの神としても高名だそうで、折角ですから切実な祈りを捧げておきました。

竈門神社から太宰府天満宮界隈に戻ってきたら、念願の九州国立博物館を見学です。
前回訪れた際に、偶然にも月曜休館日に被ってしまって以来、念願だった博物館。これで東京・京都・奈良に続き全ての国立博物館を見学したことになります。
京都は……中学の修学旅行だったので、記憶も曖昧ですからまた行きたいところですが……それはまた別の話。
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残念ながら内部は撮影禁止だったのですが、大陸との玄関口という大宰府の特徴を反映してか、大陸との繋がりや九州にまつわる展示が多かった印象です。
歴史的な遺物や展示が中心で、非常に興味深い内容揃いでとても良い博物館でありました。

博物館の見学の後は、福岡市街に取って返し、市街地の神社巡りへ。
最初に向かったのは筑前一宮の住吉神社。住吉神社というと大阪のものが最も名高いですが、博多の住吉社も最古級――あるいは最古の住吉神社なのだとか。
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元来はこの近隣が博多の海岸線に位置し、大陸との航海の安全を祈願する社だったとか何とか。一説には博多、下関、住之江と大陸航路の要衝で住吉三神を祭祀したのが住吉信仰の始まりだったとか。
真偽の程を調べるほど専門家でもなければ、特段に歴史を感じさせる神社でも無かったのですが……想像が膨らむ社でありました。

住吉神社の次は北へ歩いて10分ほど、祇園界隈の櫛田神社に行きました。
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神社の格としては住吉神社に一歩譲るところでしょうが、博多山笠の要地として名高く賑わう社です。
ギュッと詰まった雰囲気が結構いいものでありました。

また櫛田神社の門前には、博多の町家を遺した公共施設もあります。
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博多の町の歴史や山笠、博多にわかを紹介する展示をした資料館と、伝統工芸の体験施設を兼ねた公開町家に、お土産物屋さんがくっついた一角。どの建物も興味深かったのですが、一番の驚きはパンチカード式の手動織機の実物でしょうか。
京都の西陣織の資料館などで写真を見ることはありましたが、実物を見るのは初めての経験です。
思ったよりも大きな装置に、木製のパンチカードが連なるさまは何とも言えぬ和風SFを思わせる雰囲気があり魅力的でした。

天神界隈から再び地下鉄で移動して最後に参ったのは日本三大八幡宮と称される筥崎宮です。
こちらもかつては博多から続く海岸線にあったと言われている海を見やる立地の社。元寇の折に賜ったという「敵国降伏」のパワフルな扁額が印象的な楼門を擁する神社です。
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社名こそ“宮”ですが、祭神は神功皇后と応神天皇という八幡宮の系譜。扁額からもわかるように戦勝祈願の神様です。
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境内には地元スポーツチームの絵馬が大々的に展示されていました。


筥崎宮を参拝し終えたら、この日は夕方の新幹線に乗り込んで大阪へワープ。友人の元下宿生と彼の友人でフォロワーの影巫さんと合流して、軽く飲んだ後に下宿生邸でガルパンの劇場版のBDを観る会に。
久しぶりに寝落ちするまで動画見ながら酒を飲むやつをやらかし、気持よく寝て日曜日を迎えました。

そしてそんな日曜日は朝から銭湯で一息入れて京都の鉄道博物館を見学。
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つい先月に開館したばかりの真新しい鉄道展示群を満喫して関東へと帰ることになりました。
時間の都合もあって、全体隈なく見学することこそ出来ませんでしたが……それでも大宮の鉄道博物館に勝るとも劣らない展示密度と、梅小路機関区以来の蒸気機関車の充実ぶりには眼を見張るものがありました。
時間と機会があれば、願わくばもう少し空いた頃合いにじっくり時間を取って見学したいものです。


余談ながら、東京に戻った後も直行では帰らず、大学院時代の後輩と軽く飲んでから帰る流れ。
自分より余程いい賞与が出そうな後輩相手に、先輩面して多めに払ってしまう流れは……ようやく奢ってくれていた諸先輩方の苦労を自分も味わう側になったかと感慨深いものがありました。

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