月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


春霞の琉球散策

先日の休日出勤の代価に振替休日を獲得した今週の月曜日。
降って湧いた3連休を有効活用するべく、久しぶりに遠くへ出掛けることにしました。

当初は一昨年に行き損ねた香港のあんこう邸を考えていたのですが、春節とシーズンが被ってしまい予算内では航空券が取れないことが判明してしまいます。
みかん氏を訪ねてソウル、あるいは中国沿岸か、国内か……と代替の目的地を検討した結果、手持ちのANAマイルで飛べる最遠方として沖縄那覇が候補に急浮上です。
この時期の沖縄は観光の閑散期とあってマイルが割安。気候も穏やかで人も少なく、海遊びをしないなら十二分に楽しめる穴場シーズンなのだとか。
これはうってつけの目的地を見つけたと、航空券と宿の手配を済ませたら、あとは当日を待つばかりです。


そういう次第で土曜日は朝から羽田空港に移動し、10時半頃の便で那覇へ向けて飛び立ちます。
少々の遅延と着陸後の諸々で、空港を出て日本最西端の駅、ゆいレールの那覇空港駅に辿り着いたのは14時過ぎくらいになりました。
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ここから那覇市街までは、初めて乗るゆいレールで移動です。
乗る直前まで全く知らなかったのですが、ゆいレールでは通常の乗車券も券面に印字されたQRコードを改札機に読ませるシステムになっています。
磁気式でもICカードでもない初めて見るシステムですが、切符自体は一見すると普通の磁気式と変わりありません。
恥ずかしながら最初の改札では仕組みに気付くまで少し時間がかかってしまい……初っ端からちょっと躓きですね。

閑話休題。
無事にモノレールに乗り込み市中心部の県庁前駅で下車したら、駅から海の方を目指して歩くこと15分ほど。
この日の最初の目的地は琉球八社の一つにして琉球国新一宮である波上宮という神社です。
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琉球八社とは、その起源は判然としないながらも、明治期に国家神道が定められる以前から琉球王国内に存在した、主な神社八社を総称した呼び名だそうです。
いずれも本来はその主体となるお寺があるそうですが、現状に到る経緯は複雑で今一つよくわからないのが正直なところ。
ただ少なくとも相応の由緒のある神社だそうで、特に波上宮はその規模や連続性から沖縄で唯一の官社として扱われた格式を誇ります。
社殿は海に面した低い丘の上に建つ沖縄風の立派なもの。今でこそ周囲も埋め立てられていますが、昔はより海に突き出したような地形だったそうです。名前の通り波の上のお宮と言った風情だったのでしょう。
沖縄の神社などマニアックな場所かと思っていたのですが、那覇市街に最も近いビーチも近くにあってか、ひっきりなしに観光客が参拝していく賑わいぶり。落ち着いて写真が取れないのは少し残念でしたが、無事に御朱印を頂戴することもできました。

波上宮の参拝後は昼食を摂りに寄り道などしつつ再び県庁前駅に戻り、駅前の商業ビル内にある那覇市歴史博物館へ。
この歴史博物館、ごく普通のテナントビルの4階に立地しており、同じフロアには普通のお店もテナントとして入っています。
観光客然とした格好で一般のエリアを通り抜けるのは多少気恥ずかしいところもありました。
それでも、展示面積的にも内容にもあまり期待してなかったはずが、侮るなかれです。
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戦前の那覇市街を復元したミニチュア以外全て撮影禁止でしたが、数多の伝統的な織物の図案やその技法、代表的な衣服が展示されており、来た甲斐のある興味深い内容でした。


博物館の見学を終えたら、既にお酒を飲み始めてもいい頃合い。気温も関東基準では4月の下旬頃といった暑くもなく寒くもない程よいぬるさ。
外で飲めるお店を求めて国際通りに繰り出せば、少し入った路地ですぐに立呑屋さんを発見です。
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オリオンビールを飲み始めたら、もう何も言うことはありません。
1000円でおつまみ1品と任意のアルコール3杯のセット。ビールと泡盛2杯で気持ちよく出来上がるのに、時間はほとんどかかりませんでした。


斯様な次第でほろ酔い気分にながらも、このまま夜を終えるにはまだ早い気分な18時過ぎ。
少しネットで調べると、波上宮へ向かう道中にあった福州園なる中国庭園で二胡の演奏会があるのだとか。庭園自体は歴史的な背景があるものでもなく、さほど興味も無かったのですが二胡の生演奏はちょっと聴いてみたい気分です。
さらに言えば庭園もライトアップされているとかで、写真を撮るにはいいかも知れないと思い立ち、行ってみることにしました。
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何事も思い立ったが吉日ですね。ライトアップされた庭園はなかなか乙な雰囲気があります。
肝心要の二胡の演奏については……巧拙こそよくわかりませんが、酔い醒ましに夜風を浴びながら聴く音楽の気持ち良さだけで十分でしょう。
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演奏を聴いて、その後にふらりと庭園を一周。あまり綺麗に撮れなかったのが心残りではありますが、面倒だと思わずに来た価値はありました。

酔いも醒めて気持ちよくなったところで、再び国際通りの裏通りまで舞い戻り、もう一軒。
地図で見れば無駄に数km歩いているのですが、そこはご愛嬌です。
次に見つけたお店も1000円で3杯飲めるお店ですが、面白店主に絡まれて盛り上がり調子に乗って3杯以上飲んでしまいました。
何故か他のお客さんのお土産という"千葉県産"落花生を貰ったりしながら、今度こそいい時間まで飲み語り、気持ちよくこの日の宿へと辿り着きました


日曜日は朝早めに起床してレンタカーを調達し、ドライブに向かう日。

本島を南北に繋ぐいくつかの国道を北上し、手始めに本島中部、宜野湾市の普天満宮へ向かいます。
普天満宮も前日の波上宮と同じく琉球八社の一つ。往古、後背の洞窟に神々を祀ったのが始まりと伝わる古社だそうです。
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Wikipediaによれば、波上宮と並んで琉球処分後にあっても信仰と勢力を維持した数少ない神社なのだとかなんとか。
朝早すぎたために洞窟の見学はできませんでしたが、御朱印は無事に頂戴できました。
素朴な雰囲気の社は日本と変わらないように感じます。


普天満宮の次は車で15分ほどの距離にある中村家住宅を見学。こちらは国の重要文化財に指定されています。
王国時代の家屋の形態を今に残す貴重な建物なのだとか。
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受付から風避けの石垣を抜ければ、赤瓦の上にシーサーを頂いたまさに沖縄といった古民家が出迎えてくれます。
内部も見学することができるのですが、夏を考慮した風通しの良い造りは爽快そのものです。
前日に続く初夏の陽気と程よく通り抜ける温い風、観光客の少ない静けさも合わさって、いつまでも寛いでいられそうな穏やかな時間を満喫できました。
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ちなみに案内板曰く、このような赤瓦作りは王国時代には士族だけのものだったのだとか。そのため、庶民にも普及したのは明治以降のことだそうです。
この建物も建造は王国時代ですが、瓦葺きについては明治以降の造作だとか。沖縄といえば赤瓦に白漆喰のイメージでしたが……意外と知らないものですね。
また、帰路には売店でお茶と茶菓子のサービスもあります。運転と見学の後にホッと一息できますね。


中村家住宅の主"中村家"は案内書に曰く、遡るとかつて中城城に護佐丸という武将(官人)が入城した際に、付き従って移り住んだ家柄なのだとか。
その中城城の城址は中村家住宅から車で5分ほどの距離。今やグスク群の一つとして世界遺産にも登録されています。
本来、行き先候補には挙がってなかったのですが、それほど近くにあるのなら寄らない手はないでしょう。
世界遺産だけあって、駐車場も広く行けばすぐに分かるのがありがたいところです。広大な城内は発掘調査と並行して遺構が修復され、公園として整備されつつある印象です。
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このお城は幕末期、黒船来航のペリー提督も訪問して、その石積みの流麗さを賞賛したのだとか。海を見下ろす丘の上、尾根に沿って広がる見るからに堅牢な城壁は、確かに見事でありました。
一方で南国らしく植物の方もその成長の勢いは盛んです。整備の間に合ってない場所では城壁を歪めて木の根が張り巡らされる様も見受けられ、これはまたこれでロマンあふれる光景でありました。


中城城跡の見学を終えたら、ここからは一気に国道を北上して本島北部の本部半島を目指します。
道中、不意の集中豪雨に見舞われてヒヤリとする場面もありましたが、どうにか辿り着いたのは本部半島の海洋博公園にある水族館、かの有名な美ら海水族館です。
以前から、沖縄に行くなら外せないと考えていましたが、ようやく念願かなって機会が巡ってきた次第です。
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道草のし過ぎで水族館着は昼過ぎの一番混雑しそうな時間帯。加えて日曜ということもあり、まともに見て回れない水槽もある程の混雑具合です。
それでも、一番肝心な巨大水槽とジンベイザメの遊泳は遠目に見ても圧巻の迫力です。
この他、琉球海溝近隣を題材にした深海コーナーではカイロウドウケツやコトクラゲなど初めて見る生き物も見ることができました。
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特にカイロウドウケツは、その精緻な構造を話には聞いていたものの、実物を見るのは初めてのこと。ライトに照らされた白磁の網目は見事というより他にありませんでした。

またこの海洋博公園、名前の通りかつて開催された"海洋博覧会"の名残として整備された公園です。
そのため水族館以外にも植物園や古民家園など、園内には文化施設が点在しています。
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特に古民家園は琉球諸島の様々な階層や地域の民家を復元しており、先に訪れた中村家住宅と同じように興味をそそります。
赤瓦の普及前の茅葺屋根と竹壁の家などは、沖縄というよりもっと南の異国の島を思わせる風情があり、沖縄の文化の奥深さを
感じることができました。

また海洋文化館は太平洋地域のカヌーを中心に、種々の文物が展示されていて、こちらも面白い。
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テーマが地味なせいか人も少なく穴場といった風情でしたが、スターナビゲーションに用いる木製の海図や、カヌーの実物に、建造する道具類まで置いてあります。
他ではそうそうお目にかかれない代物が目白押しであり、思った以上に長時間滞在してしまう程でした。


文化館の見学を終えて、時間を確認すれば既に16時をゆうに過ぎている状況。海洋博公園でだいぶ長居をしてしまいました。
レンタカーの返却の都合もあるので、帰路は寄り道せずに高速道路を使って一気に那覇市街へ帰還です。
車を返したら、この日も国際通りの裏通りへ繰り出して泡盛を堪能しつつ、残りの夜を過ごすことにしましょう。
前日が安居酒屋巡りだったのに対して、この日は観光客然とした名物料理の多い居酒屋へ。
一軒目ではラフテーやチャンプルーなど「沖縄っぽい」ものを食べて過ごし、二軒目には島唄の生演奏があるお店でのんびりしながら寝る時間を迎えることとなりました。


振休で休みとなった月曜日、沖縄最終日はゆいレールに乗って朝一番に首里城へ向かいます。
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首里城は言わずと知れた琉球王国の首府。復元された各施設は世界遺産にも指定されています。
高校の修学旅行で訪れた頃には、既に復元を終えていたはずなのですが、当時は都合もあって訪れないまま帰ってしまい、ここを見学するのは初めてです。
朱塗りの派手な正殿を朝一番の空いているタイミングで眺めることができたのは、何よりの幸運でしょう。

首里城を見学したら、そのすぐ裏手にある瑞泉酒造も見学。戦前から泡盛の醸造を手がける歴史あるメーカーです。
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一通りの行程を映像で視聴し、実際の機材を拝見して……朝から試飲コーナー! 出来立ての新酒から、熟成された古酒、加水する前の原酒まで味見することができます。
特に泡盛の原酒はアルコール53度となかなかに強烈なお酒。法律上「泡盛」とは表記できないため、品名が「原料用アルコール」となっているのもまた強烈でありました。

また首里城の南側の斜面には、金城町の石畳と呼ばれる古風な街路が伸びています。王国時代の地割の面影を残す趣深い区画です。
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折角なので朝食もそんな路地の喫茶店でいただきます。
那覇市街を一望する木陰のテラスで飲むコーヒーは、優雅というより他にないシチュエーション。普段の柄ではない、陽気にやられてたまには洒落込んでみたくなってしまいました。

朝食後は坂を下るようにふらりふらりと街路をお散歩。
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ノスタルジックな光景に誘われるまま巡っているうち、首里城まで戻るのも億劫なところまで彷徨い込んでしまいます。
仕方ないので、Google地図を頼りにゆいレールのおもろまち駅まで二駅分ほど歩いてしまいました。


おもろまち駅からは再びゆいレールで県庁前駅まで戻り、今度はここからバスに揺られて少し南の郊外、小禄地区へ。
飛行機の時間もあるので、最後に訪れることにしたのは那覇市街を見渡せる丘にある旧海軍司令部壕と呼ばれる施設です。
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沖縄戦の際、沖縄に残置された海軍の陸上兵力は、陸軍と連携しこの小禄一帯に陣地を構えて立て篭りました。
司令部壕はその名の通り、司令部が設置され、そして最後には玉砕を迎えた地下壕です。
遺構は現在も公園として整備保存され、地下壕としては珍しく内部を見学することが可能です。
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通路や通信室、司令官室など……広大な地下壕は全てではないものの、かなりの範囲を見学可能です。
生存者の証言に基づいたイラスト付きの解説板も置かれ、狭く暗い壕の中では過ごした苦難の日々に思いを馳せることができるようになっています。
沖縄戦の戦争遺構としては比較的マイナーな部類な気もしますが、実物を見て初めてわかる距離感や雰囲気もあり、歴史を学ぶ良い機会となりました。

見学後は売店の方の案内のお陰でタイミングよくバスに乗ることができ、そのままゆいレールに乗り継いで空港方面へ。
2泊3日の沖縄旅もお終いです。
最後にお土産を買い込んで、羽田行きの便で関東へと帰ることになりました。


全体的に天気に恵まれなかった沖縄旅行。去年の晴男ぶりの反動でしょうか。
それでも致命的な悪天候には遭遇せず、むしろのんびりと歩き回ることができたのは良かったといえるかもしれません。

しかし、これで去年貯め込んだANAのマイルはほぼ全放出の状態。安易に飛行機に乗るのはもう難しいので、しばらくは遠出はできないかもしれません。
暖かくなってきましたし、ハイキングとかキャンプとか、そちら方面に注力したいですね。

大井川の連泊野営

衰えを見せぬ寒波の猛威が北陸を蹂躙する2月半ば。
比較的穏当な天候が続く太平洋岸でも、気温の低さだけは如何ともし難く、日々の通勤が辛い限りです。

そんな寒さに翻弄される今冬にも関わらず、「ゆるキャン」の人気のせいか、冬キャンプがツイッター上で流行っている印象。
元来、アウトドア適性の高い半月クラスタにいたっては、目を離せば誰かがキャンプしているくらいです。

そういう次第で今週の3連休は、フォロワーの朔氏の誘いに乗っかる形で大井川沿いでキャンプをすることになりました。
主催曰く「5人でソロキャンプする」とのこと。一言で矛盾している気もしますが……気にしてはいけません。


出発の土曜日は朝から実家で車を借りて、朔氏を拾ったら東名高速を一気に西へ。

大井川を越えた島田金谷ICで高速を降りたら、一旦は下流側の島田市街へ向かいスーパーにて食材の買い出します。

ついでなので近場の大井神社にも参拝。大井神社はその名の如く、大井川を神格として祀る国史見在社。島田駅から大井川へ向かう旧道沿いに鎮座しています。
歴史は古く、貞観年間の記録にも名が残るそうですが、資料の欠落があったのか延喜式神名帳には記載がないのだとか。
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暴れ川を祀る神社として流域に同名の神社や、旧社地との伝承が残る土地も多いそうです。
現在の境内地は江戸時代になってから宿場町の発展に合わせて遷座したそうで、立地としては町中の社と行った印象。
それでも江戸時代の常夜灯や立派な社務所など、古くから発展していた町らしい趣がありました。

買い出しと寄り道を終えたら、県道を大井川沿いに一気に北上して、今回の宿営地であるくのわき親水公園キャンプ場に向かいます。
先行して来ていたキャプたん氏とも現地で合流し、しばらく待てばわため氏も到着して、この日の参加者は全員集合。
天気が不穏になってきたので、早々に設営してキャンプの始まりです。
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何はともあれ、火を点けるところから始まります。今回はキャンプ場の薪を利用したのですが、非常に燃えが良いので着火が捗りました。
よく燃えすぎて熾火にならないのが難点ですが、そこは適当に大きな木を拾って何とかしよう――そう思い始めた頃合いで、降り出したるは生憎の雨。

じわじわ強くなる雨のために、陽が傾き始めた頃には焚火をしているどころの状態ではなくなってしまいます。
仕方ないので、キャプたん氏のタープに居候することに。
また同じ頃に、近場に住んでいるというフォロワーの十五夜さんの来訪もありました。数年前のコミケ以来の対面でしたが、元気そうで嬉しい限り。雨の中ですがしばらく雑談をしたりと楽しいひとときを過ごし、お土産を頂戴しました。
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夕方から夜へ時計の針が進んだら、いよいよもってタープキャンプの本番です。
キャプたん自慢の薪ストーブとの組み合わせは、程よく熱を溜めこんで雨の下でも快適そのもの。
スープを拵えたり熱燗を作ったりしながら夜を過ごし、雨にも関わらずハイテンションではしゃいで雪がちらつきはじめる頃に就寝と致しました。


翌朝は多少冷え込みながらも気持ちのよい快晴。猛烈な風が吹いて叩き起こされます。この風が後で惨事をもたらすのですが、このときはまだ知る由もなく、うるさいと思うくらい。
空気も澄んで山の上のハングライダーの離陸場までくっきり見えるほどの気持ちのよい朝です。
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強風を掻い潜ってお湯を沸かし、即席ご飯で朝ごはんをしたら行動開始です。

行動開始と行っても、このキャンプ場にもう一泊する前提での話。少し下流の川根温泉に行き、ついでにさらに下流のホームセンターとコンビニで追加物資の買い出しをするだけです。
前日の夜中に関東を発っていた和泉冴氏がキャンプ場に到着するのを待って、温泉へ向けて出発です。
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私の車に5人を詰め込んで、ゆらり揺られて10分少々で道の駅の温泉へ。この道の駅の温泉、真正面に大井川鉄道の鉄橋を見据える位置に立地し、露天風呂や休憩室から川を渡る列車を眺めることができます。
ドライブにも程よい距離であり、奥大井の寸又峡と合わせて人気のドライブコースとして有名な場所なのだそうです。
我々も露天風呂と鉄橋を渡るSLを堪能して、小一時間ほど滞在。売店で川根茶のTバックまで買って、すっかり観光客です。

温泉後には買い出しを経由して昼過ぎにはキャンプ場に帰還。
しかし、何も知らずに帰ってみるとテント周辺の様子が少しおかしいです。
タープが消えていたり、ものが散らばった様子があり、何よりも尋常ではなく風が強いです。
車から降りてみると、そこには言葉を失う程の惨状が広がっているじゃありませんか……。
タープは吹き飛び、薪ストーブや各人の机は飛び散らかり、テントもペグが抜けてズレ動いてます!
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風が強いとは認識していたのですが、多少強めにペグを打てば大丈夫――その油断がまさに命取りな結果です。
何というべきか、また一つ……経験を積んでしまいました。
結局、散らばった品々を片付けていたら、殆ど一から再設営する有様です。
復興まで数時間を費やす羽目になり、幾つか備品が行方不明になってしまいましたが、致命的な喪失がなかったのが不幸中の幸いと言えましょう。

復興が一段落したら、気を取り直してキャンプ場から歩いて10分弱の吊橋を見物しに行くことに。今度は風にやられないよう大事なものは車に避難させてから、お出かけします。
キャンプ場から河岸段丘を上がってすぐに掛かる久野脇橋は、対岸の塩郷駅を結ぶ大井川で一番長い吊橋です。
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ひと1人が歩くにちょうど良い幅の木の板しか無い、なかなかスリルに満ちた吊橋。風が強いのでおっかなさも増量中ですが、開放感あふれる空中散歩気分は大好きです。
タイミングよく折り返しの蒸気機関車も来たので、橋の上から川辺を走る列車を見物します。
最近は方々でSLの勇姿を見ることができますが、年季の入った国鉄型の客車はやっぱり絵になりますね。
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キャンプ場に戻ったら、強風に怯えつつ火を起こして夕飯の作製へ移行です。

まずは以前からやってみたかったアヒージョ作りに挑戦。スキレットにオリーブ油を注ぎ、ニンニクと唐辛子で味付けして、適当に食材を油に浸します。
火力が調整できず、素揚げに近い状態になってしまいましたが誤差の範囲でしょう。美味しくできて、幸先よく夜が始まりました。

この日の晩は風があるものの雨は降らなかったので、各自が自前の熱源で料理するソロキャンスタイル。
鍋を作ったり、熱燗したり、みかんを焼いたりして夜を過ごします。
途中、わため氏の知り合いのすまふりーさんの訪問などがありつつ、絶妙な距離感の宴は日付が変わる時間帯まで。
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途中、風に煽られた椅子が焚火に突っ込んでしまい、穴を空けてしまう事故もありましたが……満天の星空の下、赤々と燃える炎が綺麗な夜になりました。


星空を見送って寝たはずの夜が明けて、放射冷却による極寒を覚悟して迎えた月曜の朝。
存外に暖かいことに不審感を抱きながら外を見ると、なんとそこには想像もしなかった白い世界が待っていました。
静岡県で雪が降るなど、それだけでも大事なのに……いわんや積雪など予想できるはずもありません。
唖然としながらも、何はさておき朝食で温まるより他にナシ。
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まずはお湯を沸かして紅茶を淹れ、カップ麺を啜りながら余った食材を食べてしまう準備です。
想定外の事態に、道はどうなっているかと心配していましたが、目玉焼きとベーコンを始末したくらいで雪も溶けはじめて、撤収作業に取り掛かる頃にはすっかり溶けてしまいました。
予想外の雪といえど、所詮は静岡の雪。尾根筋から太陽が顔を出す頃にはすっかり普段通りに戻ってしまい、何の問題もありませんでした。


この撤収の段階できゃぷタン氏は予定も合って先に離脱。
残りの4人は片付けが終わり次第、各自の車を連ねてこの日も温泉です。
前日の川根温泉より下流まで行ってから脇道に入り、島田市の田代の郷温泉で一服。川根温泉も露天風呂が開放的でしたが、こちらも天井がない文字通りの露天風呂。やはりこういう開放的なお風呂は気持ちが良いです。
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お風呂の後は、近くまで来てるということで「ゆるキャン」の聖地巡礼をすることに。
一つは作中で志摩りんが静岡遠征をした際に立ち寄った“茶菓きみくら”なる掛川の製茶業者さんの直営店。1階は少しオシャレな直営売店ですが、2階は高級な喫茶店となっています。
本来であれば喫茶店で一服したい機運だったのですが、三連休の昼下がりはふらりと入るにはタイミングが悪すぎました。
順番待ちだけでも両の手を超えるほどの人数が居り、到底少し待って入れるとは思えない状況のため、諦めて下のお店でどら焼きだけ買ってお終いです。
次の目的地へ向かうことにします。

最後の目的地は御前崎。随分と昔にも一度来たことはありますが、これまた作中で志摩りんの静岡遠征時に海を見るために訪れた聖地です。
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到着した頃には既に夕暮れ近く。灯台の開放時間は終わっていましたが、それでも高台から見る斜陽の海は本当にきれいで訪れた甲斐のある光景でした。


斯様な次第で、御前崎にて残りの面々ともお別れ。
最後は朔氏を乗せて、週末恒例の東名渋滞に難渋しつつ神奈川経由で内房へと帰りました。

降雨、風害、積雪とついでに厄介まで、あらゆる冬の災厄に見舞われた今回の連泊キャンプ。散々な目にあったとも言えますが、それでも間違いなく楽しかったです。
これからは暖かくなってアウトドアが捗る季節。タープの効能も実感したので、キャンプ装備の充実もしたいですし……あるいはそろそろハイキングにも行きたい気分。
行きたい先は増えるばかりです。

お伊豆と雪山の話

気付けば2月。記録的な寒波に見舞われ、外へ出る足も竦んでしまう今日この頃。
首都圏でも今年2度目の雪が降り、北陸では記録的な豪雪になったとか。

そろそろ寒いところを彷徨くのも飽きてきたので、この週末は温泉で温まろうと画策してみました。
向かったのは近場の未乗車区間たる伊豆箱根鉄道の修善寺方面です。


東海道本線を下りに揺られて、最初に降り立ったのは伊豆箱根鉄道駿豆線の始発駅、三島……ではなく、伊豆半島から西へ少し行き過ぎた沼津駅。
駅で大学の友人“元下宿生”と合流したら、駅から海沿いに南下するバスに乗りこみます。

海辺をのんびり走るバスで30分ほど。降り立ったのは、あわしまマリンパークの最寄りのバス停。
こんもりと綺麗な形をした目前の島へ、不穏なデザインの渡し船で向かえば、目的地に到着です。
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あわしまマリンパークは駿河湾上の小島、淡島全体を観光地として整備した珍しい形態のテーマパークです。
水族館やカエル館が目玉の施設ですが、他にも海軍遺構や神社にホテルと盛り沢山な色々があるそうです。
「ラブライブ! サンシャイン」の舞台になったとかで、随分とコラボしていたりファンらしき人が見受けられたりしましたが、私はラブライブ! 自体を見ていないので何とも…………。

メインの水族館は地形の制約や歴史の古さもあってか、展示は比較的控えめな規模感です。
しかしながら、水族館のアレコレにも言及した手書きの解説や、タカアシガニやヌタウナギに触れるふれあいコーナーは、大規模な水族館では却ってお目にかかれない奇抜な内容で興味深いです。
またイルカのプールもこれまた湾の一部を網で仕切っただけの随分と開放的な構造。
折角なのでイルカショーも見物しましたが、アットホームなノリであっさり始まりあっさり終わる不思議な面白さがありました。
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ところで、このマリンパーク。オリジナルのキャラクターもいるのですが、これが何を思ったか“雌雄同体”なのだとか。
ウミウシの擬人化だからだそうですが……そう言われて見ると、どちらにも見える絶妙なラインのキャラデザなのが、何とも小憎い可愛らしさです。

閑話休題。
水族館のあとはその裏手。淡島の頂上へ向かう階段を登って淡嶋神社に参拝です。
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祭神は弁財天。由緒書を確認し損ねてしまったのですが、海に縁のある神様ですから湾内の小島に祀られても何も不思議ではないでしょう。
時期によっては参拝客で賑わうそうですが、今回は人気の殆ど無い静かな雰囲気。社の裏手から富士山が良く見えるとのことでしたが、残念なことに立入禁止となっていたので見ることは叶いませんでした。

淡島神社から下山したら、島の最後にカエル館も見学。名前の通り多種多様なカエルが展示されています。
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展示とは言え、飼育のために土もあれば草も岩場もある環境。数ある水槽の中には擬態上手なカエルが姿を隠してしまい、容易に姿を確認できない水槽も1つや2つではありません。
ほとんどの時間をカエル探しに費やし、葉っぱの裏や木の陰にどうにか見つけ出すこともあれば、真正面に堂々としているのを何故か見落としてしまうことまで。
最後まで見つけられなかった水槽も幾つかありましたが、自然の生み出した隠れ上手の見事さを体感し、かなり楽しむことができました。
散々擬態に悩まされたあとですと、最後に見るアルビノのカエルの存在感もまた格別。自然界では長生きできない理由も納得してしまいます。

淡島から本土に戻ったら、今度はタクシーに乗って10分ほどの移動。一山越えた伊豆長岡にて一泊です。
素泊まりの温泉宿と、珍しいビールを多数揃えたオシャレ飲み屋で夜を過ごして日曜を迎えました。


日曜日は昼前に友人たちと合流する予定ですが、朝は10時前に宿をチェックアウトして少し寄り道から。
伊豆の国パノラマパークのロープウェイに乗って、朝の絶景を見物しましょう。
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ロープウェイで登るのは標高452mの伊豆葛城山。数字で言えばさほど高くはないのですが、海まで遮る山がほとんど無いので眺望は抜群です。
山頂では朝から怠惰なビールを決め込みつつ、その大パノラマを鑑賞します。
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駿河湾から富士山、丹那一帯の山並みまでを望むことができました。

葛城山からはロープウェイと徒歩で伊豆長岡駅ヘ向かい、伊豆箱根鉄道駿豆線で終点の修善寺駅へ。
ここで大学の友人をさらに2人追加して、だるま山高原レストハウスへ向かうバスに乗車です。
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予定通りのバス停に着いたら、レストハウスで軽く昼食をとってから今回の一番の目的、金冠山へのハイキングに出発です。

だるま山高原レストハウスから金冠山へのハイキングコースは、尾根沿いの防火帯を歩く比較的平坦な初心者向きのコース。富士山のよく見える頂上目指して、歩きやすい道を1時間と少しで往復する中高年にも人気なお手軽コース……のはずでした。
が、踏み込んで早々のこの雪景色です!
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温暖な伊豆だから大丈夫だろうと油断していましたが、先日の積雪は侮りがたいものがあったようです。
木のない防火帯だけが白い帯と化してますが、森の中も当然真っ白です。
幸いにして深い雪という訳ではなく、先人の踏みしめた跡もあるので危険な状況ではなかったですが……低山と言えど冬山に油断は禁物ですね。
予期せぬ雪中行軍の練習となってしまいましたが、これもいい経験。青空と白い雪の対比が美しい光景です。
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なんだかんだと言いつつも、若さに任せて標準的なコースタイムで頂上に至れば、そこから見えるのは圧巻のパノラマです。
南東に連なる伊豆の山並から、西の戸田漁港、北西の富士山やその向こうの南アルプスまで見渡せます。
猛烈に風が強く、落ち着いて写真も取れなかったことだけが残念なところ。
景色は良くとも、遮るもののない頂上の暴風を受けて、立っているのもやっとの状態に陥ってしまったのでは、早々に下山するより他になしです。
帰路は流石に雪中行軍を避けて、並行する一般道を経由してレストハウスに戻り、バスにて修善寺温泉へと下りました。

修善寺温泉では温泉街の日枝神社にて御朱印を頂戴してから、日帰り湯にて一服します。
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冷え切った体が温まり、山中では無自覚だった疲れが出てくるような心地よい疲労感を満喫してから、近くの飲み屋さんで旅の締めと致しました。


もちろん、「帰るまでが遠足」との標語もあるくらい帰路も大切な行程。
二次会を三島から東海道本線のグリーン車で開催し、飲んだくれるままに東京で乗り継いで帰ります。
帰り着いたときには、とうの昔に日付が変わっていたのも仕方のないことでしょう。翌日ちゃんと出勤しただけでも御の字です。

茅ヶ崎野営

週明けに関東を見舞った大雪以来、寒波が居座って凍てつくような日々を送る羽目になった1月の4週目。
社内試験のノイローゼになりそうな運用に心身を削られながらも、どうにか生き残ってやり過ごし……この週末は満を持しての今冬2回目となる冬キャンプを実施しました。


行ってきたのは茅ヶ崎市にある柳島キャンプ場。海辺の松林にある町場のキャンプ場です。
実家の近くで高校の友人“総統代行”とフォロワーの朔氏と合流し、荷物を整えたら圏央道を南下してすぐ。
早々に荷物を降ろしたら、買い出しも済ませて昼過ぎからまったりと野営が始まります。
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今回も何故か1人1火種活動が捗ります。1人、七輪を投入する猛者がいたのはご愛嬌でしょうか。
嵩張りますし、着火までの手間も大概なのですが、一旦安定してしまえばその炭火による火力の安定感は焚き火の比ではありません。
図らずも文明の利器の偉大さを思い知る気分でしょうか。

ビールと焼肉に始まって、ゆるキャンを見習った坦々餃子鍋と日本酒の組み合わせへ。
さらにはオイルサーディンを炭火で炙って、醤油とニンニクでいただいて22時の消灯時間まで淡々と杯を傾けて夜を過ごします。
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余録として、当然いつもの高温活動も行います。周囲に転がる松の枯れ枝を使えば、面白いほど簡単に燃え上がって昇温も捗ってしまいます。
スチール缶と組み合わせた簡易的な炉を拵えれば、念願のガラスの軟化点までもあっさりと到達してしまいました。
未だかつてない程の温度に容易に到達してしまいますから、松の燃えやすさには驚くばかりでしょうか。「松明」として用いられるだけのことはあるんですね、今後も活用していきたいところです。

スローペースなお酒のせいか、量を飲んだ割には悪影響も少ないままに就寝して、翌朝はキャンプ場の裏の海岸から日の出を眺めて朝を迎えます。
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南東の空から昇る朝日は洋上ではなく三浦半島か房総半島の上から姿を表します。
驚いたのは遥か東方に聳えるはずの筑波山のシルエットまで確認できることこんなに遠くまで見通せるとは思いもよらないことです。(※2/8:方角を調べ直したら房総半島の山らしいです。見た目がそっくりで驚くばかりです……。)
加えて、房総半島の南端部は水平線上に浮かび上がって、いわゆる蜃気楼というべき状態に。蜃気楼なんて話には聞いていても、本物を拝むのは初めての経験です。
いいものを観てしまいました。たまには早起きもするものです。

蜃気楼と朝日を眺めた後は、夜明けを過ぎても下がり続ける気温に難儀しながら朝食を摂って、チェックアウトの時間となります。

帰りがけに近くに鎮座する鶴嶺八幡宮に参拝です。
源氏が関東地方に進出した当初に勧請したと伝わる由緒正しき八幡宮です。
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境内はそこかしこにラミネートされたお守りやおみくじの案内が掲示された、少し俗っぽい町の小さな社と行った風情。
しかしながら、旧東海道から境内まで約1kmほどの距離を真っ直ぐに伸びる参道と、一部で保存された松並木に、その歴史の深さと過去の隆盛ぶりを偲ばせる凄みがありました。
ちゃんと御朱印も頂戴して、無事に帰路へ。


今回の冬キャンプ、火勢をつけすぎて備品のいくつかに穴を開けてしまったのだけが痛恨事でしょうか。
そんな日もありますよね……。
今週は社内試験でナーバスさが続く日々。早く終わってほしいものですが、ままならない。

北海道の鉄路横断の話

強烈な寒波に襲われたという今週末。
零下20℃に及ぶ凍てつく寒さが北海道を襲い、豪雪地帯新潟でもすら雪で電車が止まる有様だったとか何とか。
幸か不幸か別件の軛により遠出をせずに済ましてしまったので、平穏な関東で他人事のように眺めることしかありませんでした。

そういう次第なので、今週の日記事項はないのですが、話は遡って先週の3連休周辺の回想録に。
正月休みの後半戦、都合よく飛行機のチケットも取れたので北海道へ雪見に行ってきました。


1/4は朝から羽田空港に向かい、釧路便で北海道へひとっ飛び。あっという間に北の大地です。

釧路たんちょう空港からバスに揺られて釧路駅前へ。駅近くのホテルにチェックインして、荷物を預け終えたら既に15時過ぎです。
北の大地の日没は16時過ぎと少し早め、暗くなるまで1時間と少々しかないですが、何はともあれ観光に繰り出しましょう。
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釧路は道東南部、太平洋に面した河口に港を構える町です。
かつては後背に釧路炭鉱を構えていたそうで、今も化学系の工場などが立地しているそうですが、どちらかと言うと観光と漁業の町でしょう。

何はさておき、まずは駅前で拾った観光地図に神社を見つけたので、御朱印を頂戴に参拝することに。
向かったのは釧路国一宮、厳島神社です。
駅から釧路川を挟んだ川向こう、明治以来の市街地が広がる元町界隈の町外れに聳える小高い丘に鎮座しています。
“釧路国”とは明治初期に律令国に倣って北海道に設置された令制国の一つ。各国に一宮を称する神社が設定されたのもこの頃のことでしょう。
江戸期の創建だそうですが、名に違わぬ賑わいのある神社です。
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神社の脇の斜面は公園となり、港を一望する展望台もあります。
薄雪の積もり、凍てつくように澄んだ空気と、どことなく背の低くのっぺりとした建物群。北国に来たなと実感する光景です。

また釧路は夕日の町としても観光を推しているのだとか何とか。澄んだ空気と南西側に海を臨んだ地形が夕日鑑賞向きなのでしょう。
日没は16時過ぎのこと、御朱印を貰ったら大急ぎで夕日スポットの幣舞橋へ向かいます。
幣舞橋は市街中心の釧路川を越える一番海側の橋。町の開闢以来、掛け替えられながらもずっとそこにある橋だそうで、夕日がよく見えるオススメスポットとして観光ガイドにも紹介されています。
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実際には季節が冬至に近すぎたせいか、日没は海ではなく陸地の方になってしまいます。
それでも、その夕暮れ空の美しさは夕日の街を標榜するに十分なほど。更には不完全ながらも“太陽柱”と呼ばれる夕日から光の柱が昇る気象現象にも遭遇することができました。
Wikipedia曰く、風の少ない冬の日に空気中の氷が一方向に配向して太陽光を反射することで観測されるのだとか。
まさに条件としては悪くなかったようです。非常に良いものを見れました。

この後はまだお酒を飲むには時期尚早に感じたので石川啄木の記念館となっている旧釧路新聞社へ。
石川啄木は2ヶ月と少しだけ、この地で仕事をしていたそうで、その当時の足取りと釧路新聞社の活動が紹介されています。
2ヶ月ちょっと働いただけで記念館になるのですから……文豪は凄いと、少し複雑な気分にもなりますね。
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その後は飲み屋さんで地酒と海の幸、地元料理を堪能し、翌朝は8時過ぎの電車で釧路を後にすることになりました。
ここからは「釧路→網走→旭川→新函館北斗→東京」の通しの乗車券を購入し、途中下車がてらの寄り道観光となります。

この日は釧網本線をひたすら北上して終点の網走へ。
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車窓は釧路湿原から原生林を抜ける山越えへと変化し、斜里町の付近からは右手にオホーツク海を臨むことができます。

数時間の列車旅で辿り着いた真っ白い町並みが網走です。
網走と言えば名高き網走監獄! 本来の網走刑務所は市街地に立地するのですが、観光地としての監獄博物館は明治期の建屋を郊外の山の上に移設してあります。
丁度よいバス便が無かったので是非もなくタクシーを利用して向かうことにしました。
タクシーの運ちゃん曰く、この日の外気温は氷点下2℃。この季節にしては“暖かい”そうです。実際、日記を書いてる今週は氷点下10℃を下回っているのだとか……見てみたかったような、命拾いしたような……どちらでしょうか。
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監獄博物館に到着したら、見学の前にまずは併設の食堂で腹ごしらえ。
折角なので現代の刑務所飯を再現したメニューを頂きます。思った以上に質素な見た目ですが、曲がりなりにも公的機関の食事、健康的な味付けというべきでしょうか。不味くはなかったです。

腹ごしらえが済んだら、この旅一番の目的地と言っても過言ではない監獄博物館の見学です。
威風堂々とした往年の門から入館します。
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館内には戦前の貴重な刑務所関連建屋が立ち並び、幾つかは資料館として、またいくつかは蝋人形による展示となっています。
自給自足のための農機具小屋の展示や、道路開拓に繰り出された時代のタコ部屋の原型となる簡易宿舎、あるいは看守の長屋に監視塔まで移設されています。
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監獄の暖房は熱が効率よく均等に巡るよう、煙突の形に気を遣っていることなど、なかなか興味深い展示の数々も。
北方まで来た甲斐のある充実の展示内容でありました。

監獄の後は再びタクシーをお願いして、更に山の高いところにある北方民族博物館を見学。その名の通り、北緯45度程度より上に分布する諸民族の民俗資料を集めた博物館です。
トナカイやアザラシなど似たような獣を狩猟の対象とし、脂を食材として珍重したり毛皮を交易の輸出品としたりといった共通点。あるいは各民族独特の楽器や信仰、住宅の様子を紹介しています。
無料で学芸員の方に案内してもらうこともでき、こちらも非常に見応えのある展示を堪能することができました。
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そんなこんなでこの日も日没を過ぎたら撤収の頃合い。無謀にも帰りは徒歩を選択してしまい、凍てついた夜道を小一時間掛けて下山する羽目に。
たまには……そういう経験も悪くないのかもしれませんが、あまり何度もやることではないと自覚するものです。
下山後、ホテルを目指している途中で遭遇したのが、写真の旧網走刑務所正門。今はお寺の山門となっているのですが、受付の遺構やどことなくいかつい門構えが独特な雰囲気を出していますよね。

この日もチェックイン後は、夜の街に飲みへ飛び出して過ごしました。


翌朝は凍てつくオホーツク海を遠望する河口港を眺めながら、後背の丘に鎮座する網走神社に参拝。
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網走が漁港として拓かれた時代に勧進された弁財天の祠に端を発する網走一番の神社です。
雪と氷に閉ざされたモノクロ気味の神社ですが、巫女さんも居られて御朱印もいただくことができました。

神社のあとは再び市街に下って網走川を渡り、対岸のモヨロ貝塚を目指します。
橋の上から岸辺を見やれば、休眠状態の捕鯨船も確認できます。往年はこれで北洋に繰り出し、商業捕鯨に精を出していたことなのでしょう。
他にも知床半島などの山並みや、防波堤の向こうの荒れるオホーツク海も望むことができましたが、流石に写真にするには遠すぎる光景でありました。
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そんな訳で訪れたモヨロ貝塚は、しかしながら雪の下。この雪の下にオホーツク文化を世に知らしめ、弥生時代の代表格とされた登呂遺跡と並んで、戦後真っ先に発掘調査の対象となった遺跡があると思うと、それはそれでロマンかもしれません。
ちなみに石碑のすぐ背後には、貝塚に関する資料館もあり発掘された遺品や発掘の経緯の展示もあり、ちゃんと勉強になるので安心です。

モヨロ貝塚に続いて網走郷土博物館も見学。こちらはより広汎に郷土史や自然についての展示が見られます。
特に網走開拓の経緯は、このような寒冷な土地になぜ和人が住み着いたのかがわかりやすく展示されていて、興味深かったです。
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そして博物館巡りを終えたら、ラーメンで腹ごしらえして網走駅へ向かい特急に乗って次の町へと向かうことにします。
網走の町、季節と交通手段の都合もあって絶景と噂の能取岬や流氷博物館には寄れませんでしたし、次は夏に訪れたいなと思いつつ、列車は旭川へ向かって走り始めました。

特急は石北線を快調に駆け抜けて、気付けば北見山地も越えた旭川側へ。
到着が見えてくると、ふと寄り道したくなるのが人の性でしょうか。特急では旭川の一つ前、上川駅への到着を告げる車内放送にて、後続の鈍行旭川行きの存在が告げられます。
大急ぎでその列車の旭川到着時刻を調べると17時過ぎと、十分に問題のない時間帯。上川駅に到着し、雪に埋もれた単行のディーゼルカーを見たら即決です。
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荷物をまとめて特急を飛び降り、雪煙あげて走り去る特急を見送ったら、鈍行列車に乗り換えてガタリゴトリとゆったり旭川駅まで久しぶりの寒い旅を味わいました。

宿の都合で次に下車したのは旭川の一つ手前、旭川四条駅。町外れに位置する駅ですが、旭川駅までも歩いて20分ほどの距離であり、宿はちょうどその中間くらいになります。
都会的な高架駅が雪にまみれながら、国鉄型のディーゼルカーを受け入れる様は、少し不思議な光景に感じますが、こちらではきっと日常なのでしょう。
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町に繰り出せば、海岸沿いの釧路や網走よりも余程厳しい寒さと深い雪が出迎えてきます。
宿の人に紹介された飲み屋で地元料理を堪能し、その後はもう一つ教えられた日本酒バーで隣席の客と盛り上がりながら日付が変わるまで酒盃を重ねて夜を過ごしました。
記憶も曖昧なまま宿に戻ったら、翌日はひどい肩こりに悩まされたのも、致し方ないことでしょう。


北海道4日目の1/7は体調不良を抱えながらも、函館を目指さなければならない日。
是非もないので、ひたすら鈍行列車に揺られていることにします。
旭川から函館本線を乗り継いで、まずは札幌のすぐ南の白石駅を目指します。
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道中は雪も多く、雪煙を巻き上げる列車や除雪風景を眺めることができ、雪国感が旅情を掻き立てます。
白石からは千歳線に乗り換えて室蘭本線方面へ下り、そのまま長万部方面に列車を乗り継ぎ。
苫小牧の辺りから太平洋岸に出て、雪が急に少なくなったことが印象的でした。
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列車は定刻通りに乗り継ぎが進み、長万部で最後の乗り換えをする頃にはすっかり夕暮れ空です。
乗り継ぎに時間があったので、海まで向かって雄大な噴火湾と白い砂浜をぼんやりと眺めて、最後に深呼吸。日没後ももう2時間以上は列車に揺られて、函館に着いたのは19時半くらいのことです。
都合10時間弱、久しぶりに「たくさん、列車に乗れた」と自認できる乗り鉄ができました。

斯様な次第で函館についた頃には周囲は真っ暗。ずっと列車に乗っていたので、肩こりと頭痛も酷いまま。
このまま宿で寝ても良いテンションではあったのですが、しかし本能は函館山に登らない道理も無いとまた、訴えてきます。
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宿に荷物を投げたら、夕飯で体力回復を図ってから急ぎ足で函館山ロープウェイへ。
終発ギリギリに駆け込んで、展望台に上がれば……無理を押して来た甲斐はある光景です。冬の澄んだ空気に、百万ドルの夜景が煌めき、言葉を失います。
寒さに震えながらも下りの終発まで写真を撮り夜景を眺めて過ごし、感激して宿に戻ります。この日は流石にお酒は飲まずに宿ではそのまま就寝としました。


北海道最終日は函館から新幹線で帰るのみ。時間と都合もあったので、函館朝市と青函連絡船摩周丸の見学くらいで撤収となります。
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摩周丸は青森の八甲田丸と対をなす青函連絡航路の記念船です。船内は往時の青函航路の賑わいや、連絡船のアレコレを紹介した展示が並びます。
特に歴代の青函航路のポスターは今見ても旅情を誘う逸品ぞろい。これを眺めるだけでも十分に価値があるものでありました。


そんなこんなで帰路は11時前の新幹線で東京へ。
終電にはかなり余裕をもたせた日程なのは、この後最後にもう一イベントあるからです。

向かったのはZeppダイバーシティ東京。年末にも行った分島花音さんのライブに再び参加です。
多くを語ることはないですが、なんとも言えない寸劇にどう反応すべきか悩みながらも、いつもの最高の歌声と演奏に心は幸せで満ちてしまいます。
連休の最後、出勤に備えて心を強くするには最高のイベントになり、なんとかお家へ帰る勇気を掴んで内房へと帰っていきました。


バタバタと慌ただしく過ごした年末年始、その後も新年会に出張と休まる暇のないままここに至っています。
ようやく平常活動かと思いきや、今度は社内試験が待ち受けて今月中は遠出ができなそうな予感。
ままならぬときは本当にどうにもならないものですね……。

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