月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


清らかなる水辺の週末

今年も初夏の陽気とともに月が変わって大型連休の華やぐ4月末と5月頭が到来です。
去年に続いて、出張案件やら諸々の事情が重なり見事に消し飛ぶ予定ではありますが……それでもどうにか間隙をついて引き寄せた休日くらいはフル活用したいところ。
土曜日こそ、社用で流れましたが日曜と月曜は頑張って楽しみます。


手始めに4月最終日の30日(日)は10年来の念願叶ってARIAのイベントに参加です。
学生時代のコンサートイベから始まり、先年の10周年コンサートや劇場版の舞台挨拶まで……種々の用事から抽選漏れまで、多種多様な理由が重なって参加できなかったARIA関連のイベント群、ついにようやく参加できる日がやってきた次第です。
チケットを配分してくれた朔・ヘク猫コンビにはいくら感謝しても足りないことでしょう。

そんな訳で、この日曜日は昼から新橋に件の2人と合流し、竹芝の会場にてイベント参加です。
初めて聞くショーロ・クラブの生演奏は言葉にならない感激だったという他ないです。
ARIAの声優陣による朗読劇もARIAの世界そのまま。無いはずの映像が自然と頭に思い浮かぶような一時は、声優の技量と待ち望んだ世界の再来に深く感じ入る事ができる時間となりました。
余韻に浸ったまま、夜の部にも出席する2人を待って、初めての東京タワーで時間つぶしをしつつ再合流して一杯。
幸せな一時の情報交換をしながら過ごす最高に楽しい一夜を味わって、終電まで粘りながら実家へと帰りました。


斯様な素晴らしきイベントを味わった翌日の月曜日は、会社カレンダーではメーデーとなる月曜日。
実際には出張異動日に指定され、中国地方は山口県まで出張らなければ行けないのですが、ただ行くだけでは面白くないというもの。
少しくらいの寄り道は約得ですよね?

新幹線を新岩国駅で降りて、乗り換え連絡通路少し歩けば、錦川鉄道の清流新岩国駅に至ります。
特に他意はないですが、初夏の陽気と清流沿いに走るローカル線、最高の組み合わせだと思ったら居てもたっても居られなくなってしまいました。
IMGP4558[1] IMGP4573[1]
清流新岩国駅からして、新幹線停車駅に隣接するとは思えない風格ながら、そこから列車に乗り込めば期待通りの光景が広がります。
陽光が新緑を照らし出す渓谷、川底が透けて見えるほど澄んだ水、どうやって開削したのかも不思議なほどの急斜面に貼り付く鉄路――思い描く清流のローカル線です。

夢に観るが如き光景を目の当たりにしながら小一時間ほど揺られれば、終点の錦町駅に到着。
この錦川鉄道清流線はかつて、国鉄の岩日線と呼ばれたそうで、全線開通することもないままに廃止の憂き目にあって今に至るのだとか。
IMGP4588[1] IMGP4597[1]
今も錦町駅から線路の終わりを見やれば、いつでも引き伸ばせるかのように道が続いており、未成線のままにあるトンネルも遺っているのだとWikipediaには載っています。
そんな線路の果ての田舎町、一足早い夏の訪れを感じさせる雰囲気を味わいながら、折り返しの電車が動き出すまでしばしの散策です。

曲になりにもローカル線の最果て。お世辞にも活気があるとは言えずとも、かつて街があったことは確信できる風情がそこにはあります。
少しばかり歩けば地酒の酒蔵にも遭遇。おみやげに一本とも思ったのですが、直売所があるのか確信が持てなかったのが難点でしょうか。
IMGP4610[1] IMGP4613[1]
さらに少し行けば、八幡宮もあります。
初夏の神社というシチュエーション、なにがどうと前提があるわけではないのですが……不思議と何か物語が始まりそうなワクワク感がありますよね。
巫女さんはおろか、神職さんも見当たらなかったのですが、誰もいない境内もそれはそれで趣あるというもの。
寂れた遊具や、戦前の絵馬も見受けられ、古くは歴史と活気に満ちた神社であったことを感じさせます。
願わくば、また再びの賑わいを――とも思いますが、やはり、こう……エロゲとかラノベのプロローグを感じさせてしまうので、もう少し年相応の健全な精神を取り戻したいです。
IMGP4619[1] IMGP4637[1]
斯様な次第で30分強ほどほっつき歩いて、折り返しの列車に乗るため駅へと戻ります。
チェーン店のない古典的な商店街、意外と「時代に取り残された」と形容されるような昭和の街並みも、今の“ファスト風土”的風景と五十歩百歩な全国変わらぬ光景な気がする今日この頃ですが、それで「もかつての日本ではありふれた光景」というやつでしょうか。
平成の都市郊外育ちの私としては、新鮮で特殊な風景に変わりなく興味深くあることが出来ました。

この後は折り返しの列車で岩国に至り、山陽本線で出張先へ。


短い連休は終わりを告げて、休出週間の始まりです……がんばるぞい。

西伊豆野営と金鉱の話

4月も転がるように過ぎ去って、大型連休が目前な頃合い。
もっともその連休は残念なことに、またしても出張案件。目も当てられないので、別件の算段をしなければならないでしょう。

そんな訳で貴重な休日は徹底的に有効活用したかったこの週末。
海辺でキャンプをしたい――などと思い立ったが吉日です。西伊豆に目的地を定めて、海辺のキャンプ場を選定。元寮生とフォロワーの朔さんを誘ったら、車を転がして即座に実行です。


東名高速から伊豆縦貫道を経て、西伊豆の海沿いを走り抜けること1時間超。道中、土肥の市街地で食材を買い出しなどしながら車は南へと向かい、西伊豆町の黄金崎に泊地を求めてたどり着きました。
このキャンプ黄金崎、文字通り目の前に海が広がる絶好のロケーションです。隣のテントサイトと間仕切りになる木々がないのが唯一の難点と言ったところでしょうか。
3張りのテントで焚き火を囲んでやれば、それも然程気ならなくなってしまいました。
IMGP4143.jpg IMGP4145.jpg
加えて今回はとっておきの新兵器、自立式ハンモックも投入です。
春先のそこそこの天気で海際ハンモック、シチュエーション芸としてコレほど楽しいことがあるでしょうか。
もはや準備の段階でテンションが上ってしまいました。

そんな訳で、日も高いうちから飲み始めて、日も傾いた頃には鉄鍋でチーズフォンデュなどにも挑戦です。
挑戦したと言うだけ、多くは語りませんが面白かったです。
IMGP4198.jpg IMGP4222.jpg
翌朝も焚き火でベーコンを焼きながら優雅に起動。前日の曇天から一変した初夏のような快晴に、眼下に広がる海岸線を探索しない理由がなくなります。
IMGP4261.jpg IMGP4264.jpg
西伊豆の海の綺麗さは折り紙付きでしょう。水底まで透き通る磯浜に、岩がちながらもゴミの少ない海岸線。夏になれば海水浴には持って来いの地域です。

少し足を伸ばして黄金崎の突端の方に向かえば、スキューバダイビングに興じている人影も遠くに見受けられました。
伊豆の海と言えばダイビングの名所、「あまんちゅ!」の舞台にもなっているくらいですし、不思議な事ではないですよね。
いずれは……機会を見つけてやってみたいものです。
IMGP4296.jpg IMGP4317.jpg
春爛漫と言うべきか、初夏の絶景と言うべきか、過ごしやすい陽気と青空に恵まれた黄金崎は本当に小さな楽園でありました。


斯様な次第でのんびりと時計の針が正午を回る手前くらいまで、小さな楽園を散策していたのですが、流石にそのままでは伊豆まで来て勿体無いというもの。


西伊豆の道を引き返して戻り来たるは土居の市街地の少し手前。かつて有数の金山として名を馳せた土肥金山。その中でも市街地に近い南側の坑道跡は大々的な整備が成されて観光地と化しているのですが……先に向かったのは、その少し南側。
通りからは看板と駐車場しか見えない“龕附天正金鉱”なるスポットに立ち寄りました。

車を停めた段階ではチョロっと覗く程度の坑道跡かと思っていたのですが、行ってみると入場料が掛かるそうで案内人も付くのだとか。
乗りかかった船だと、そのまま参加することにしてみると、現れたのは陽気なオーラを放ったお爺さん。
「それじゃ行きましょうか」と軽いノリで唐突にガイドツアーが始まったかと思うと、そこからは止めどないマシンガントークの洗礼が始まります。
曰く、この金鉱手前一帯の地名“釜屋敷”と、その由来になったと推定される昭和期に発掘された精錬所跡の紹介。釜屋敷から革を挟んだ対岸には“火振”なる地名が残り、火の粉が飛んできたのだろうと行った推定や、精錬所の釜が登り窯形式でありながら、山の斜面に対して並行で珍しいこと。江戸期だけでも3回に及ぶ津波の襲来で昭和期の発掘まで、坑道も精錬所もすっかり存在が忘れ去られていたこと――云々。
坑道どころか紹介板に辿り着く前から興味深い解説の目白押しです。
IMGP4330.jpg IMGP4341.jpg
その後に続く紹介ジオラマもなかなかにパワフル。採掘選鉱から江戸での金座にて大判小判に加工される工程までを、箱庭のような模型で紹介しています。
ジオラマによる展示の概念自体はごくありふれた物なのですが、何しろ絶妙に手作り感のある構成に昭和を感じます。
併せて続くマシンガントークも、選鉱婦の苦労とネコババの由来話に始まって、静岡にも金座が置かれていたことやら、伊豆の方々に金鉱脈があり土肥の“後藤役所”なる場所で統括されていたことなど……初めて聞く話を実物(?)付で説明され、勉強になりました。

そういう次第で、金鉱見学と言いつつも肝心要の坑道に到達したのはもう後半戦です。
ここ龕附天正金鉱は名前の通り、天正期、すなわち戦国時代に北条氏によって掘られた坑道なのだとか。小田原の役の後、徳川氏の支配下で他の坑道が掘られる中、偶然にも忘れ去られたままになっていたこの坑道は、戦国時代の金山の構造を現代に留める貴重な資料になっているそうです。
入り口からして既に、地表に露頭した金鉱脈に沿って掘り進んでいったために細長くなっており、坑口をちゃんと構築する江戸基以降の坑道とは違うのだそうです。
IMGP4343_20170425222626f31.jpg IMGP4349.jpg
内部も中世の原始的な手法で掘られており、あとで見学した江戸期の坑道と比べると技術革新を思い知らされます。
もちろん、原始的とは言っても当時の技術と知恵の粋が投じられた坑道。曰く天井を逆さ階段状にしたり立坑を掘って松明による煤の排気に気を使ったり、フイゴの原理を応用したような気流システムを構築していたりするのだとか。また、ノミとハンマーによる採掘時の騒音を低減するため、天井や壁面に現代のコンサートホールにも類似するような突起をつけて壁面による反響を抑えていたりだとか。
IMGP4354.jpg IMGP4361.jpg
恐らくは経験則なのでしょうが、現代にも通じる技術に既に到達していたというのですから、驚かされます。

そんな坑道の終着点には、山の神を祀った石造りの祭壇があります。当時の技術では主に換気能力による距離上の制約があったのだとか。その限界点に当たる部分では天井が敢えてアーチ状に加工されています。これが龕附天正金鉱の「龕」と呼ばれるもの。本来の龕は仏像などを収める厨子や窪みを指すそうですが、ここでも山の神を祀るためにそのように加工されているのだそうです。
限界まで採掘されていたが故に、その後は手付かずのまま忘れされるてしまったのでしょう。
もしかしたら他の土地にもそのような未知の坑道が残っているのかもしれません。
IMGP4366.jpgIMGP4372.jpg
ちなみに帰路は発掘時に発破で開けられた近代の側道を通り抜けます。この帰路にも別の金鉱脈を横断するため、ここでは鉱脈の地中での様子を直接見学することができます。周囲の岩に対して色が異なる面が垂直に立っているため、指摘されれば素人目にも一目瞭然です。
往時には山師と呼ばれる人々がこのような鉱脈の露頭部分を見出して掘り進んでいったそうですが、今では文化財の一部と化してしまった上、仮に採掘しても採算に乗らないとのことで放置されているのだとか。

そんなこんなで大変興味深いマシンガントークに、面白い穴場を見出した満足感に浸りながらも、折角ですから目立つ方の土肥金山も見学です。

まず入り口から風格が違いますね。三菱マテリアル資本だそうで……コレが財閥力でしょうか。
IMGP4376.jpg IMGP4397.jpg
内部の展示も流石といったところ……。坑道の広さ、深さに時代の進歩を感じさせますね。
基本的には人力頼りで変わらないとは言え、送風機や水車など道具の使い方が進歩し、より深く広く掘る事が可能になっているのがわかります。坑内温泉などもあったそうで、意外な限りでした。
IMGP4409.jpg IMGP4413.jpg
坑口もしっかりと木で覆って防護されていたりと、明治以後も稼働していたので詳細な記録が残っている故かもしれませんが、具体的な小物や動作の記録も残っており、こちらも十分に興味深い展示でありました。


金山見学後の締めは、そのまま土肥漁港での昼食と温泉。
昼食はお値段が少々張りましたが、想像を絶する量の魚とご飯で言葉もないほどの満足感。鴨川でも感じましたが……漁港の料理屋さんは出て来る量が多いのが仕様なのでしょうか?
IMGP4422.jpg IMGP4425.jpg
お風呂の方は海際の公衆浴場にて。海水浴シーズンにはさぞ賑わいそうな立地ですが、オフシーズンに立ち寄ったので店番のお爺さんより他に人の居ない静かな空間です。
換気のために開け放たれた窓が、異様な開放感を醸し出していましたが、こういう風呂も趣あって良いものでした。


帰路は渋滞に巻き込まれて難儀しましたが……どうにか無事に内房まで帰還。
来週からまた予定が立て込み始めてしまいますが、久しぶりの野営は現実感無く最高でした。
5月も頑張りましょう。

近江桜巡航

諸々の仕事が立て込んでしまい記載が遅れてしまいましたが、私は元気です。
先の週末、4/15-16の土日は幼馴染の“えめろん”氏、“番長”氏と誘い合わせて、数年来の豊郷小学校旧校舎群を探訪してきました。


事の発端はえめろん氏が「豊郷小に行きたい!!」と言い出したこと。諸人の予定をすり合わせた結果、この週末しか無いとわかり、多少の無理を押しても強行軍してしまった次第です。

具体的には徹夜ドライブが効く歳でもないので、朝は早めに家を出て静岡で友人を拾いつつ半日かけて豊郷へ向かいます。
途中、愛知県内での雨模様に先行きを案じさせられましたが、滋賀県に着いてみれば思いの外の晴れ模様。暖かい春の陽気にすっかり気分も緩んで観光です。
勝手知ったると思い込んでいる豊郷小も何やかやで3年ぶりでしょうか、前回はおそらく原付を回送して訪れたときのはずなのでだいぶ期間が空いてしまったと言えましょう。
細々と雰囲気の変わっているところもありますが、大枠は昔のまま。新鮮なイベント場所というよりも、変わらない安心感を感じるべき場所になってきていますから、時の移ろいには恐れ入る限りです。
IMGP3911.jpg IMGP3932.jpg
そんな訳で、折角ですから時のうつろいを超越した悠久の古社、近隣の阿自岐神社にも参拝しましょう。
折よく春祭りの準備もしていたので、大太鼓や臨時の木橋なども見学です。
IMGP3934.jpg IMGP3938.jpg
拝殿に張られた幕は白と黒が基調の落ち着いた代物。
お葬式などでよく使われる鯨幕、本質的には清浄なものなので慶事でも利用されるとは聞いていましたが、実際の例を見るのは初めての経験。本当に使われる文化圏もあるのだと、感心してしまいました。

豊郷小近隣の観光後は、豊郷探訪時の定番らしく酒蔵方面へ。
友人連中がお酒選びに勤しむ合間に、少しだけ抜け出してこれまた春まつりの準備中であった愛知神社に参拝です。
IMGP3973.jpg IMGP3974.jpg
多く語ることはありませんが、こちらも大太鼓を準備中。この界隈では春祭りに大太鼓が必須なのでしょうか……?
文化の細かいことは存じ上げませんが興味深い傾向です。
だからといって深掘りする気もありませんが……何か機会があったら詳しそうな人に聞いてみたいところです。

酒蔵を後にしたらこの日の宿がある彦根口の方へ。宿にチェックインして車を置いたら、ココからは徒歩で彦根城を目指しましょう。
概ね4km程、歩いても十分たどり着く距離なので桜並木など満喫しながら向かいました。
IMGP4017.jpg IMGP4024_2017041923243063a.jpg
道中のざっくりとした交通案内などに笑いつつも、行って来たるは彦根城のお濠の桜です。
話は少しだけ遡って豊郷小にて。観光中に偶然にも観光案内所で勤務中だった友人のぼややん氏に遭遇して、彦根城の桜の綺麗さをレクチャーされた次第です。
オススメの夜桜スポットも教わったので、これは行かない理由がないと、有飯代わりの飲み会を経て向かった先で目にしたのは、お濠の水鏡に浮かび上がる満開の桜でありました。
これはもう文句のつけようのない絶景と言えましょう。これを教えてくれたぼややん氏には感謝の念が絶えません。
あまりの良さに宿への帰路はその話で持ちきりだったのは言うまでもないことでしょう。
IMGP4069_stitch.jpg IMGP4090.jpg
あまりの良さに日曜の日中に再訪してしまう程です。
夜桜ほどのインパクトはないまでも、なかなかどうして昼の満開の桜も良いものです。
ぐるりとお城の周囲を巡って昼の彦根も軽く観光。
座敷船の試運転にも遭遇し、その船と橋の絶妙なサイズ感に舌を巻いたのが、特筆に値することでしょうか。
IMGP4102.jpg IMGP4129.jpg
本来であれば午後までのんびりしたいところでしたが、あいにくとこの日は車での観光。加えて、この日は夜までに出張先に前乗りしなくてはいけないこともあり、正午前には撤収する必要がありました。
後ろ髪を惹かれる思いながらも、、仕事が相手ではどうにもならず城下で軽食を取って東へと戻っていくことになりました。


そういう次第で帰路はその足のままに北関東の某所へ。水曜日まで出張案件に対応して帰ってきたのが先程になります。
慌ただしい限りである……。

大きな出張の小さな旅・おかわり

またしても、少々日記の間が空いてしまいました。
長丁場の出張が重なり、もはや外泊している日の方が圧倒的に多くなってしまった今年の第1四半期。
幸いに前回ほど汲々の日程ではなかったので、土日には少しばかり遠くまでお出かけすることができたのが救いでしょうか。


最初の週末、遡って3月の11日は朝から早起きをして博多港の国際旅客ターミナルに行きました。
何故か準備良く持ってきていたパスポート片手に乗り込んだのは釜山港行きの高速船。
先日、就職で本国に帰ってしまったフォロワーのみかん氏を訪ねて、初めての韓国入りをしてきました。

釜山港の国際旅客ターミナルでみかん氏と早々に合流してしまえば、もはや状況は「日本語が得意な現地民」という最強のお気楽モードです。
至れり尽くせりのエスコートには感謝の念が絶えません。
2017_03@韓国行程014 2017_03@韓国行程029
主な目的が彼と飲むことでもあったため、釜山ではざっくりと下調べもなくぶっつけの観光。
チャガルチ市場なる伝統市場の見学や、臨時首都記念館を見てまわります。
臨時首都記念館は朝鮮戦争時代、韓国政府がソウルを追われて釜山に首都を置いていた時代の大統領官邸だった場所なのだとか。
官邸内の様子や戦時下の生活、往時の街の様子が展示してあります。異国の戦時中に関する博物館、言及される悲劇や英雄譚の視点に共通するところ、或いは感性の違いを感じさせられるところ、色々と視点が違って勉強になりました。
2017_03@韓国行程111 2017_03@韓国行程208
記念館のあとは中華街などを巡りつつ釜山駅から高速鉄道に乗り込みます。
大陸らしい両端に動力車を備えた列車に揺られて小一時間ほど、ソウルと釜山の中間点あたりにある街、大田(デジョン)にて下車しました。
大田駅からはタクシーで韓国の町並みを通り過ぎて、みかん邸へ到ります。案内のみならず、宿の提供までしてもらって頭が上がらないですね。
そんなこんなで、みかん邸に着いたのが20時頃のこと。ようやく、この日の夕飯にありつく訳ですが、韓国といえばクッパか焼肉か……と思っていたところ、提案されたのはまさかのフライドチキンです。
曰く「こっちではチキンにビールでサッカー見たり宴会したりする」そうな。宅配ピザに近い感覚なのでしょうか……? 後で知ったところでは、韓国はやたらとフライドチキン屋の多い国だったのだとか。やはり現地民の提案には唯々諾々と従うべきですね。
“二人前”で頼んだら山盛りのチキンと、付け合せ大根の酢漬けが出てきたときは少々面食らいましたが、なかなかどうしてカリッと揚がった美味しいチキンを食べることができ、良い経験になりました。

翌日は昼下がりの船で帰国の予定だったので、午前中から高速鉄道で釜山に戻り、そのまま特に寄り道せずフェリーターミナルへ。
2017_03@韓国行程260 2017_03@韓国行程280
ときどき、クジラにぶつかる高速船。帰れなくなったらどうしようかと、少しハラハラものでしたが無事定刻に出港して到着。
最初の週末は無事に終わりました。


次の週すなわち先の週末3/18は出張も終了し、後は関東に帰るのみの状況。
3連休を有効活用して少しばかり遠出と思っていたのですが、よくよく予定を確認すると20日は分島花音のライブがあるので東京に帰らなければ行けません。
程々の距離でと考えていれば、これまた諸般の事情が重なって日曜の夕方には静岡の親の実家に顔を出す必要が出てしまいました。

諸々の縛りが生じてしまっては致し方なしです。小倉基準で日帰り程度の距離を巡って引き返すことに決めて、目についた行き先が佐賀県です。
実は佐賀県、吉野ヶ里遺跡などを少しは観光しているものの、ほとんど通り過ぎたことしか無く街場に降りた経験もありません。
佐賀市街は幕末の雄藩「薩長土肥」の“肥”こと鍋島藩の所在地にして、郊外には一宮の與止日女神社も控える歴史スポット。そこから列車で1時間ほどの唐津も海城唐津城や石炭の積出港の歴史を擁する古い街。
魅力は十分ながら、絶妙な距離感で放ったらかしになっていましたが、この機を逃さない手はないでしょう。

そういった思考の果てに、朝から特急を乗り継いで鹿児島本線から長崎本線を一気に進んだ土曜の朝。九州の特急は本当に便利ですね、値段もたかが知れているので、ついつい活用してしまいます。
佐賀駅からはレンタサイクルを調達したら、まずは駅の北側へまっすぐ30分ほどのとこ、肥前一宮の與止日女神社を参拝です。

與止日女神社は佐賀市の西を流れ有明海へ注ぐ嘉瀬川の畔に位置し、近隣には肥前国庁跡も立地する古代の中心地に鎮座する歴史ある社。
名前の通り、水の女神を祀るそうです。
2017_03@佐賀と北九州021 2017_03@佐賀と北九州029
訪れたこの日は偶々、“ひゃあらんさん祭り”なる水難除けのお祭りの日。境内の下の川辺では、仮設の神棚を立てて神職さんが何やら神事の準備をしていました。
また境内では子供太鼓の奉納が行われていたのですが、迫力のある見事な演奏は足を止めて魅入る見事さ。後で神社の方に教えていただいたところでは、指導者が全国的に有名な方のチームだったそうで……田舎神事と侮るべからずですね。
2017_03@佐賀と北九州035 2017_03@佐賀と北九州045
川の上には、少し気の早いする鯉のぼりも吊るされ春の気配を感じるサイクリングとなりました。


佐賀の城下に戻ってきたら、余勢をかって與賀神社や佐嘉神社など市街地の神社を巡って、歴史探訪と御朱印集めをこなしながら、列車の時間を待ちます。
2017_03@佐賀と北九州078 2017_03@佐賀と北九州103
およそ1時間に1本の唐津線を捕まえたら、一時間ほどかけてこの日の二つ目の目的地唐津へ。
車窓から見える唐津炭田の遺構にテンションを上げつつ、駅に着いたらここでもまずはレンタサイクルを確保です。

余談ながら、どうも「ユーリonICE」というアニメの聖地だったようで、この日はアニメファンと思われる人を多数見かけることになりました。
私はこのアニメを見てなかったので頓着してなかったのですが、妹やフォロワーさんがやたらと反応していたのが、印象的でありました。
2017_03@佐賀と北九州114 2017_03@佐賀と北九州124
それはそれとして、私がしたいのは御朱印集めと歴史ある町並み探索。
まずは城下市街に鎮座する唐津神社と、郊外に鎮座する松浦郡の古社鏡神社を参拝したら最初期の目的は達成です。
後は日没までにどれだけ回れるかの勝負でしょう。唐津城は残念ながら改装中でしたが、玄界灘はいつもと変わらぬ風景を提供してくれます。
2017_03@佐賀と北九州153 2017_03@佐賀と北九州165
もう少し天気が良ければ文句なしだったのですが……こればかりは詮無きことですね。

他には石炭の積出港時代の名残、旧唐津銀行本店も見学です。
2017_03@佐賀と北九州186 2017_03@佐賀と北九州185
古い貿易港らしい立派な銀行の建屋は東京駅なども設計した辰野金吾の作品です。全く知らなかったのですが、辰野金吾は唐津出身の人だったのだとか。
意外なところで意外なことを学ぶ機会がありますから、やはり旅は面白いですね。

最後に自転車を返して、この日の宿泊地へ。
筑肥線に揺られて松浦川に差し掛かったとき、思わず予定をひっくり返して列車を降り、川辺に走るような光景に出くわしました。
2017_03@佐賀と北九州248 2017_03@佐賀と北九州288
流れの穏やかな川が黄昏空を映して見せる幻想的な光景。田んぼや干潟で見る水鏡は知っていましたが……川でも見ることができるとは知りませんでした。

夜の帳が下りるまで川辺に佇んでしまいましたが、この日の夜は気を取り直して日帰り温泉で一服してから唐津郊外のネカフェで一泊。


翌朝は早朝の列車に揺られて北九州市はスペースワールド駅まで舞い戻って途中下車。
2017_03@佐賀と北九州312 2017_03@佐賀と北九州342
制限時間いっぱいまで、この界隈にある旧官営八幡製鉄所の高炉や北九州市立いのちのたび博物館を見学して、静岡へと向かいました。


斯様な次第でだいぶ慌ただしい三連休、最終日は午後から東海道線に揺られて都内に赴き、分島花音のライブ参加です。
分島花音のパフォーマンス、曲の良さも然ることながら、ライブごとに加わるアレンジや独特な歌い方、チェロの生演奏と魅力満載で毎回、幸せな気持ちにさせてもらえます。
今回のライブでは趣向を変えてMCも多めでしたが、これもまた絶妙なグダグダ感が楽しいこと。
毎度のごとく、セトリは割愛ですが……気づけば予定もわからないまま7月の東京公演のチケットを買ってしまうほど、悩みも憂いも溶け出す楽しいライブでありました。


ちなみにライブ後の平日はまたしても泊りがけの出張。
今日ようやく帰ってきたのですが、今度は資格試験が間近に迫っています。もうしばらく気が休まらなさそうで参ってしまいますね。

洛南周遊の話

長丁場の出張から帰還し、腑抜けのような一週間を過ごした3月。
気付けばもう年度末月、今の会社も満2年になってしまいます。
そろそろ防塵マスクがなくても息ができる職場に行きたいものですが……そうはままならぬのがこの世の厳しさ。
またしても出張の司令が出たので、飛んで帰るがごとく今週末も西へ移動です。


いい加減に関西方面も“軽く寄り道”と思い浮かぶ場所が少なくなってきたのですが、地図を見れば行くところはいくらでも見つかります。
京都駅から奈良線に乗り換えて南へ暫く。伏見区を抜けて宇治川を越え、降り立ったのはJRの宇治駅です。

なぜに失念してたのでしょうか、宇治の一帯は中学校の修学旅行で平等院を訪れて以来、一度も来たことがありませんでした。
奈良からなら目と鼻の先だと言うのに、実に不思議です。
距離も手頃ですし、思い立ったが吉日。今回寄らないでいつ寄るというのでしょうか! ――と、1人で勝手に盛り上がったら残りの算段はトントン拍子です。
気付いたら宇治駅から商店街の裏側を抜けて、一つ目の神社、宇治の県神社に至ります。

県神社はコノハナサクヤヒメを祀る創建不詳の古社、平等院のすぐ裏手に位置することから、平等院の鎮守神として今も相応の規模を誇っています。
IMGP2708.jpg IMGP2710_20170306210434f58.jpg
平安期以来の由緒を誇る神社が、町中に何の事はないように鎮座する様は鬱蒼とした古社とは違った古い街らしい趣です。
境内の脇に、大型の梵天と隣には石造り(?)の梵天が奉納されていたのですが、何の由縁をもって置かれているのかわからなかったのが、気になるところです。

県神社で御朱印を頂いたら、宇治橋の本道に戻る方向へ歩みを進めます。
道中、塀に囲まれた小さな社があったのですが、周囲に立つ幟を見て驚きの橋姫神社です。
橋姫伝説といえば、そこそこ有名な逸話。
神社の知名度も決して低くはないと思っていたのですが、危うく見落とす程に小じんまりとして境内に驚かされます。加えて、玉垣ではなく塀で閉じた様子には、一種独特の雰囲気も感じます。
別段、おどろおどろしい訳でもなく、おそらくは車道が近いからとか何か大したことのない理由なのでしょうが……規模の割し印象に残る光景でした。
IMGP2725.jpg IMGP2729.jpg
そんな橋の姫様に挨拶をして少し行けば、平等院の参道と合流して宇治橋に至ります。
宇治橋は続日本紀に曰く、飛鳥時代に高名な僧侶がここに橋を架けたという、日本屈指の由緒を誇る交通の要衝です。
淀川に架かっていたという山崎橋、琵琶湖の南に架かる瀬田の唐橋と並び称される古い古い橋だったのだとか。
もちろう、現在では自動車に対応した橋に更新されていますが、往時には水運や防衛の要衝だったであろうこの地は、河が流路を変え交通の重心が他所に遷った今も、なかなかの交通量を誇ります。

そんな宇治橋を渡って、対岸の一帯をしばしぶらくり。
IMGP2749_20170306212429a14.jpg IMGP2753.jpg
さほど広い界隈ではないのですが、川辺にそって土産物店やカフェが並ぶ観光地の雰囲気が、私はけっこう好きです。
それでも人通りは京都市街ほどではなく、少し頃合いを見計らえば閑静な路地にだって出会えます。

路地を抜けた先にあるのは、式内社の宇治神社。
IMGP2756_20170306212432523.jpg IMGP2757_201703062124339c5.jpg
後背の宇治上神社と2社1対でもって宇治の地に記紀の時代より鎮座します。
祭神は「菟道稚郎子命」。仁徳天皇との皇位の互譲し、最後には自死するエピソードが、日本書紀に記載される皇族です。
名前の“菟道”は宇治の古名でもあり、この地に宮を営んでいたために祀られているとも伝わります。

宇治神社のあとは、すぐ後ろに鎮座する宇治上神社へ。
今では別立ての2社に分かれていますが、本来は本宮と若宮の関係だったとかなんとか。
IMGP2769.jpg IMGP2781.jpg
宇治上神社の拝殿、本殿は木造神社建築としては現存最古の代物なのだとか。
建築にはあまり詳しくないのですが、平安から鎌倉にかけての建造だそうで、江戸時代の壮麗な社殿とはちがった簡素な印象を受ける建物です。

宇治上神社から背後の大吉山を経由して、宇治橋より少し上流の橋で川を渡って平等院へ。
IMGP2841.jpg IMGP2852_20170306213336562.jpg
中学以来の平等院ですが、当時の記憶が全くなかったことを思い知らされた気分です。
良いものを見れましたが、できればもう少し人が少ないときに来たいですね……。

この後は少しばかり歩いて上流の天ヶ瀬の吊橋まで散歩して伏見へ。
大学院時代の友人らと合流し、伏見の町ではしご酒を決め込みました。


そのまま友人宅に泊めてもらって、翌朝は伏見観光へ。
酒と幕末と水運の町、伏見。酒造が並び立ち、お酒に関する企業博物館も沢山あります。
IMGP2924.jpg IMGP2927.jpg
特に展示が充実しているのは月桂冠の資料館。一般的な酒造りのあれこれに始まり、江戸期の貴重な資料から戦前のラベルやポスターまで。
商業的な日本酒の量産に関する資料もあり、地酒蔵とはまた一味違った視点で日本酒を学ぶことができました。

他には幕末、寺田屋事件で有名な寺田屋の資料館や、伏見が河港として栄えた時代の遺構、三栖閘門を見物。
IMGP2950_20170306214147e8b.jpg IMGP3026_20170306214149849.jpg
なんやかやで伏見の見所を巡り歩いて、昼過ぎ頃に京都駅方面へと移動することになりました。


京都駅では友人イチオシの立ち飲み屋で昼酒を決め込んでから、新幹線に乗り込み出張先へ。
心なしか……風邪気味なのはご愛嬌です。

««  | ホーム |  »»

カレンダー

« | 2017-06 | »
S M T W T F S
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

中の人について

molmol

Author:molmol
連絡先:aria_freak@ホットメール、mixi


社会的圧力に負けて働き始めた巫女好き提督。2年かけて回復したSAN値を瞬く間に失い、工場街のおんぼろアパートでサバイバルなう。

何かにつけて神頼みする近所のお稲荷様に感謝

個人的リンク

私が勝手に(無断で)貼ったリンクもあります……。 どうか、ご配慮願います。

分類……してないなぁ?

"兵站"内の探し物はこちらへ

月別ログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2Ad