月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


西へ流れる話

流れ流されるままに、外泊の多い昨今。今日も今日とて出張案件によりお宿にお泊りです。
ついには、スマホでやる類のゲームにも手を出してしまうほど、家にいる時間が短くなっていますが、旅行は好きなので今のところは性に合ってます。


そんな訳で先週の末から、都内で研修があったために内房を抜け出して都会の方へ。
高校時代の友人の家に泊めてもらいながら過ごして、節分だった2月3日の金曜日から徐々に行動が始まります。

夕刻、研修帰りに代々木八幡宮での節分祭に遭遇したりしながら、神奈川の実家へ移動。一旦、車を拝借して荷物を回収に内房へ向かいます。
所定の荷物を回収したら、帰りがけに木更津の海上電柱群に寄り道。いざ夜景撮影! と思ったものの、残念ながら強風と寒さに散々な結果に終わってしまい、ほうほうの体で再び実家に戻りました。

一夜明けて、若干寝坊気味に目覚めた土曜日は、寝起きの勢いのまま新幹線に乗り込み、京都へ。
京都から東海道線を東に折り返し、石山駅からバスに乗り継ぎます。
南へ向かうバスに終点まで30分程揺られて、辿り着いたのは佐久奈度神社という式内社です。
琵琶湖から瀬田川を南へ下り、大きく屈曲した土地に、遙か飛鳥時代から鎮座するという古いお社です。主祭神は瀬織津姫神、川や水の女神です。
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由緒はあまり語られてないのですが、きっと川舟にとって要衝か難所か、何か神を祀るべき理由があったのでしょう。
目と鼻の先が宇治や琵琶湖とは思えない山奥感を醸し出した土地に、ひっそりと佇む社でありました。

さて、ひとまずの目的は達したのですが、気付いてみれば寝坊もあってこの時点での時刻は15時過ぎとどこに行くにも中途半端。
宇治方面など行きたい気もしていたのですが、流石に今から行っては夕暮れです。
そんな折に地図を見て目に入ったのが、神社から川を挟んで10分程の立木観音堂でありました。
往路にもバスから参拝客が沢山居たのが目に入っていたのですが、その頃はまだ関心の外側。ところが、次の行き先に悩む段になってみれば、俄然興味が湧いてくるというものです。

フラッと入り口まで歩いてみれば、急な階段がお出迎えしてくれます。
軽い気持ちで登らざるを得ませんね!
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正直、登っている途中に何度後悔したことかわかりませんが……後から800段以上もある石段だったことを知って、道のりの長さにようやく納得するほどの過酷さでした。
とは言え、登ってみれば風情あるお寺とお茶による歓待。縁日だったのか、通常通りなのかはわかりませんが、ひっきりなしに訪れる参拝客と祈祷の鐘の音に、山間の大寺の雰囲気を味わって疲れも癒えるようでした。
本堂の裏には奥の院もあり、そちらもまた小さな祠のような建物が佇んで、わびさびを感じる光景。関西圏は少々詳しくなっていた気がしていましたが、まだまだ知らないところが沢山あるのだと実感させられる良い寄り道になりました。

立木観音から下山して、石山駅へ戻るバスと京阪電車を乗り継いで、この日最後に寄り道したのは膳所本町駅。
大津市街の東の外れくらいに位置するこの界隈で、夕暮れの街を散歩しつつダメ元の御朱印集めに勤しみました。
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最初に寄った膳所神社は神職の方も見当たらず、取り付く島のない空振りでしたが、次に訪れた和田神社は小さいながらもよく手入れされたお社。
鳥居の奥に木造の立派な門が続き、その奥には神楽殿を経て本殿が並ぶ配置で、脇にはイチョウの巨木がそびえ立ちます。
境内の敷地こそ広くはないものの侮るなかれ、その本殿は国の重文に指定されています。
御朱印を貰いがてら、神社の方に聞いたところでは目の前の道が旧東海道なのだとか何とか。この何でもない風景の中に歴史の深さが詰まっている光景こそ、関東ではなかなか無い畿内の奥深さでしょうか。
参拝を終えて改めて神社の前の道に出れば、確かに古い建物が多い気がします。
折角ですから地図を見ながら当たりをつけて、旧東海道を辿るように西へ歩きます。何件かのお寺と石坐神社を経由して、17時過ぎにJRで石山の隣駅、膳所駅に到着し、電車移動に戻りました。

この日の晩は、大学以来の友人と彼の会社の同僚と大阪で飲み会。そのまま友人の家に泊まって、飲み直しながらアニメを見て寝落ちしました。

翌日曜日は昼前まで前日の宿酔との戦い。久しぶりに日本酒を散々飲んだ後に、焼酎まで入れたのは重かったのでしょうか。
12時過ぎにようやく体が再起動し、何とか新大阪駅まで到着します。友人と昼食を摂ったら、彼と別れて再び西へ向かう新幹線に乗り込みます。
行って来たるは九州の玄関口、北九州市の小倉です。なんか、去年も来た気がしますが、仕方ないですね。
用件は月曜からなので、この日曜日は九州でフリータイム。神社巡りに精を出したいところでしたが、またしても着いたのは15時過ぎと絶妙な頃合い。行けても一つか二つだろうと考え、モノレール沿いのお社に的を絞ります。
一つ目は小倉市街から少し南に下ったところにある菅原神社。町中の小さな社でしたが、梅を神紋とする天神様だけに、既に梅の花が綻びかけていたのが目に入りました。
春はもう近いのかもしれませんね。

さらにそこからモノレールで南に下り、片野駅で降りて西へ15分ほど歩くと2社目の神社、篠崎八幡宮に至ります。
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随神門のお多福がインパクト絶大ですが、古くは奈良時代にも祈祷の記録が残ると言う古い神社です。
現在の鎮座地に遷ったのは平安末期とされていますが、北九州の八幡宮らしく神功皇后に関わる伝説があったり、鎮座地に古墳群が遺っていたりと、古くからこの界隈を人々が行き交っていたことを偲ばせる社でありました。

篠崎八幡宮に参拝し、駅に戻れば時刻は17時過ぎ。神社巡りとしては時間切れと行って間違いない頃合いでしょう。
有り余った元気をどこに投げつけるかと、思案しながら駅の広告に目をやれば「新日本三大夜景」なる不穏なワードが目に飛び込んできました。
曰く八幡駅から少し行った皿倉山から望む北九州市街の夜景は逸品なのだとか。残りの2つが奈良の若草山から望む奈良市街の夜景と、山梨は笛吹市の丘から望む甲府盆地の夜景だとかで、あまり期待できない気もしてしまったのですが……他に行くアテもないですし、足を向けてしまいます。
駅からは無料のシャトルバスとケーブルカーで楽々山頂へ。
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眼前に広がるのは期待よりはずっとキレイな北九州の夜景でした。
信じ難いほどの強風が吹付け、眼下は微妙に霞がかっている悪条件下ですが、それでも眩く輝く市街地には息を呑む美しさがありました。
条件が良ければ、八幡の製鉄所や関門海峡もくっきり見えたことでしょうが、そこまで望まずとも霞にボンヤリと光り輝く街並みも、それはそれで幻想的で悪くないと思わせる雰囲気があります。
あまりの寒さに長居こそできませんでしたが、期待していた以上の光景にすっかり良い気分になることができました。

この後、下山して小倉駅界隈に戻ったら駅近くの“一銭洋食”屋さんで夕飯を食べて宿に。月曜以降のあれこれに備える体制を整えていたら、日付が変わってしまいました。


斯様な次第で今日から出張案件。休みはあるのか、観光はできるのか、甚だ不透明ですが、強く生きましょう。

茨城県北紀行

先週の日曜出勤に続いて、土曜も動員を掛けられてしまった今週末。
幸いにも昼過ぎには退勤できたので、午後からは中学時代の友人と飲みに行くことができましたが……いよいよもって忙しさが増してきた今日この頃です。

土曜を封殺されて機動性が落ちた週末ですが、遠出は出来ずとも関東圏の日曜日帰りくらいはしないと済みませんね。
大学時代の友人と会うために茨城県の北部まで行って帰ることになりました。


日曜の朝は北千住駅で元寮生と合流してから、常磐線をひたすら北東へ進み、降り立ったのは茨城県の友部駅。
ここで件の大学の友人と合流し、彼の車にピックアップされたら、この日の行程の始まりです。

最初に向かったのは駅から車で20分ほどの場所にある笠間稲荷神社です。
参道には商店に入り混じって有料の駐車場と誘導員が群れをなしています。車社会の観光地らしい光景、あまり車で繁華なところに行かないので、久しぶりに見る光景です。
適当な駐車場を選んで停めたら、ほんの少しだけ歩いて目的地に到着です。
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笠間稲荷は日本三大稲荷の一つに数える“場合もある”比較的規模の大きな稲荷神社です。
もっとも、三大稲荷は伏見稲荷大社以外の2つについて、様々な組み合わせがあります。どれが一般的かも言い難いのが難しいところです。
それはさておいて、訪れたときはちょうど節分式の準備中。参道右手に木製の台をせっせと作っていたのが印象的です。
広大な境内がある訳ではありませんが、参道の賑わいも含め古くからの文化を感じる神社でありました。


歴史深い笠間の稲荷を巡ったら、国道50号を西へ更に20分ほど向かうと、今度は常陸国出雲大社が鎮座しています。
こちらは一転して平成年間に創建された極めて新しい神社。平成の世になってからも神社ができるのかと驚きますが、いかなる社も創建された当時は新品ですから……仕方ないですね。
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地形的にも特段何かあるようには見えませんが、立派なしめ縄と拝殿は圧巻です。
伝統的な神社建築に囚われてない気もしますが、気にしたら負けでしょう。折角なので御朱印ももらって、この地を後にしました。

小一時間ほど東へ車を走らせて那珂川水系の谷筋から久慈川の谷筋へ。
3社目に訪れたのは、常陸国二之宮にも列せられる式内社、静神社です。
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祭神は綾織の神タケハヅチ。「しず」の音には“倭文”という漢字を当てる場合もあり、織物を指す古語でもあります。
近隣には古墳群も残り古くから人が住んでいたことを物語ります。かつてここで日々を営んでいたであろう機織り集団の痕跡を伝える由緒ある神社でありました。
ただ、残念ながら社務所は不用心に開け放たれたまま、もぬけの殻。声を掛けても反応がなく、御朱印を頂くことは出来ませんでした。

静神社からは、昼食に名物“常陸秋そば”を食べれるお店を経由しつつ、久慈川沿いに北上します。
奥久慈の狭い谷筋を抜けると、不意に盆地が広がり茨城県最北の町、大子町の中心街に至ります。水郡線の駅の前を通り抜けて、少しだけ町域から離れた場所まで行ったら4つ目の目的地、旧上岡小学校に到着です。

2001年に閉校となってしまった上岡小学校ですが、その校舎は明治昭和に建てられた木造校舎が移築もされずに現存した貴重な代物。
国の登録有形文化財にも指定され、週末や祝日には無料で一般見学も可能です。
貴重な木造校舎を大手を振って見学できると言うだけでも十分に興味深いのですが、更に加えればこの校舎、劇場版ガルパンの劇中にも登場しています。
つまり端的に言えば聖地巡礼です。一昨年の映画であり、大洗には何度か訪れていたものの、こちらの小学校に関しては場所が場所だけになかなか行くことが出来ず後回しになっていた次第。ようやく念願の探訪ができました!
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そんな訳で車から降りて校舎を見やれば、即座に「アニメと一緒だ!!」と身も蓋も知性もない感想が飛び出してしまいます。
アニメ効果か、別のドラマか、はたまた純粋に有名なのか……理由はわかりませんが、訪れたタイミングでは、常に数組の見学者がいる賑わいぶり。
校舎内も古いなりによく手入れされ、大事にされていることが伝わってくるようです。
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往時に使われていたであろう教材や機材も残っており、中には昭和30年代のラジオやら地図なども残っており、それらを眺めているだけでも飽きない程でありました。
また、当然ながらそこかしこにアニメで見た光景があります……が、挙げていってはキリがないので、そこは「アニメと一緒だった」の一言で十分でしょうか。
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劇中に登場した黒板(本来は学園艦?)や出演者の色紙に、聖地のらしさを感じました。

訪れる前は正直なところ、さほど期待してなかったのですが、気づけば1時間以上居座ってしまった旧小学校。
なかなか見飽きない風情があったのですが、時間の都合もあるので日が傾きだした頃合いで出発し、最後に袋田の滝も見物に行きました。
袋田の滝は以前にも一度訪れたことがあるのですが、そのときは温暖な季節。寒い時期に来たのは初めての経験です。
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着いてから知ったのですが、この季節の袋田の滝は凍ることで名高いそうです。
残念なことに、この日は暖かったこともあり控えめな凍り方でしたが、それでも滝の一部が白く氷に覆われている光景は、なかなかに迫力があり興味深いものがありました。

更に今回は滝の裏手の遊歩道を登って一段上流にある月居の滝も見てきます。
切り立った崖に掛けられた階段を昇り、さらに岩壁に設えられた桟道を抜けた先に遠くその小さな滝は姿を現します。
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迫力でこそ袋田の滝に一歩譲るものの、規模が小さい分凍り方は少しだけ充実しています。
紅葉の頃など、さぞ綺麗だろうと思わせますが、枯れ木の向こうの凍った滝も侘び寂びなのかもしれません。


斯様な次第で滝の見物を終えたら、友人オススメの飯屋で夕飯を食べて、帰路へ。
常磐線名物の電車飲酒でホッとしながら、どうにか日付が変わる前には内房に帰り短くも充実した週末を終えることとなりました。

ひとりぼっち温泉の話

週末が近づくと狙いすましたかのごとく寒波が襲来する1月半ば。
このところは業務過少で手持ち無沙汰な日々の連続でしたので、金曜日には開き直って有休を掠め取ってしまいました。
目的は寒波に挑むため草津温泉に行ってしまうこと。
久しぶりの完全な1人旅行、気兼ねがないのは良いことですね。


出立は冷え込みの厳しい金曜の朝方から。出勤時間より少しだけ遅いタイミングの電車に乗り、総武本線から高崎線を経由して、吾妻線に乗り継ぎます。
オーソドックスな鈍行旅の経路。高崎辺りまでは雪の気配もなく、アテが外れたのかしらと心配になってしまいましたが、吾妻線で榛名山を回り込んだくらいから、じわじわと周囲に雪が増えてきます。
最寄りの長野原草津口駅に辿り着いた頃には、雪が舞い散り期待通りの冬景色。これで目的は達せると一安心です。
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駅からは連絡バスに揺られて20分と少し。山を越えて集落を抜け、暫く行けばバスターミナルに至ります。そこから更に歩いて5分で草津温泉の象徴、湯畑の前に到着です。
白く積もった雪と、少しだけクリーム色になった湯畑、温泉街に来たんだなと感慨深くなります。
金曜に来たおかげで、人影もまばらなのがまた実に快適でした。

これで目的の半分は達成したようなものですから、残りは極論すれば消化試合。ふらりふらりと観光して過ごしましょう。
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最初に向かったのは湯畑に相対するように鎮座する草津山光泉寺。行基が開基した薬師堂に端を発すると伝わる由緒あるお寺です。
草津温泉自体、相当古い時代からあるそうですから、恐らくは温泉街をずっと見守り続けていたことでしょう。
朱塗りの本堂が雪の白さによく映えていました。

草津の温泉街自体は湯畑を底とした盆地状の土地一帯に、広がるような形をしています。
新興のホテルや温泉ほど外縁にあるような構造。温泉街として散策するような、売店や居酒屋、主だった源泉のある範囲は端から端まで歩いても15分程度の範囲に過ぎません。
そんな訳で慌てることない日程でふんわりと過ごし、同じようなところを何度も通過します。
西の外れにある西の河原公園だって、すぐに着いてしまいます。
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この西の河原は上流部に温泉の源泉を抱え、川自体が温水と言う温泉の町らしい光景が広がる公園です。
雪に埋もれたお稲荷さんもアクセントですが、何よりも河原全体が湯気を放つ光景が印象的。
ほんのりと硫化水素の匂いが漂い、ほんのり温い足元を意識しながら河原を散策すれば、雪景色の中でもあんまり体が冷える気がしないのですから不思議なものですね。
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さらにこの公園、奥に向かえば露天風呂もあったりします。
少し早い時間帯ではありましたが、特に予定もないですし、早速入ってみることにしました。
念願の雪見露天風呂ですよ、テンション上がりますよね。
当然、内部の撮影はできませんが……脱衣所を抜けたら洗い場もへったくれもなく広がる、広大で天井のないお風呂が目の前に広がります。
囲いこそありますが、むしろあるのはそれだけでしょうか。広々とした露天風呂から、雪に覆われた山並みが見渡せ開放感は抜群の環境です。
雨や雪が降り出した日にはひとたまりもなさそうですが、それはそれで一興なのかもしれません。
後で気付いたのですが、この辺で洗い場がないのはそもそもが酸性泉なために、石鹸自体があまり役に立たないからなのかもしれません。
真水で洗わせろとも思わなくはないですが、殺菌作用の強い泉質ですし、あまり不都合はないのでしょう。
雪を眺めながら風呂上がりのコーヒー牛乳を飲めば、もうやることはやり尽くした感が出てしまいます。
「平日の日の高いうちから露天風呂の温泉で雪見」――ここにもう欠けたものはないのではないでしょうか、悪徳の限りですね。

いよいよもってやるべき事を見失ってきたので、一旦宿にチェックインして荷物を預けたら、後は温泉街をあてど無く彷徨いながら夕飯の場所を探します。
草津は温泉街としては素泊まり客に優しい外食の充実した界隈です。
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ライトアップされた湯畑や雪景に映える町並みを眺めながらお店を物色し、最終的にはこじんまりとした居酒屋に入って落ち着きました。
高校生くらいのバイトや、お店の家族と思しき子供に応対されながら、のんびりと名物の舞茸にこんにゃくやら何やらを食べ、地ビールに地酒で2時間半ほど。
観光地価格にはあまりコメントしませんが、久しぶりに一人酒で豪遊してしまったかなと思うとこ。満足のひとときを過ごして、宿に戻りました。

ちなみにこの日の晩はゲストハウスだったのですが、またしても相部屋に同宿人がいない状況に遭遇です。
最近、こういう機会が多いのですが……なんででしょうね。不思議です。

疑問はさておいて、翌日の土曜日21日。関東平野でも朝方に雪が降ったとか降らないとかと聞く寒波の本番です。
朝起きて外を見たら唖然呆然の白化粧。吹雪いてますから、流石にビックリしますよね。
念願叶った雪中行軍体験をしながら、湯畑まで行けば、もはや舞い踊る雪と湯気が混ざり合って向こう側の建物すら見えない見通しの悪さに。
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住民には難儀な話でしょうが、観光客的な視点で言えばウキウキしかない状況です。雪落としの重機まで出動していて、雪国に来たことを改めて実感しちゃいます。
ただ難儀したのは意外と朝食を食べる場所がないこと。観光客は昼頃来ますし、朝飯くらいは宿で摂ってしまうのが道理だからなのでしょう。
暫く探し歩いて、ようやく見つけた喫茶店でホッと一息です。

一息ついたら、この日は前日に時間切れと温泉のせいで後回しにしてしまった神社へ、参拝に向かいます。
温泉街の北西の高台に鎮座する白根神社は、この周辺の神社を明治期に習合したという町の氏神様。
行かない理由がないでしょう、それが例え、雪に覆われた参道を掻き分ける必要があったとしても、です。
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巫女さんがいるかなとか、御朱印貰えるかなといった仄かな期待は初っ端から圧し折られてしまいましたが、それでも引き返す訳にはいきません。
こんな雪を掻き分けた参拝はいつ以来でしょうか、随分ぶりに神社で遭難しかけた気がします。
一応は無事に参拝して、下山まで済ませましたが……靴の中まで雪が入ってしまったのには、流石に参ってしまいますね。

もっとも、吹雪いてテンションが上がっていたこの時の私にしてみれば、それも然程問題ではないこと。
昨日からどれほど積もったかと、西の河原公園だって行っちゃいます。
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流石に河原の雪率がだいぶ増していたのには感心しましたが、そこまで大きな変化はなさそうですね。
急な風が吹いて、木々からの落雪に襲われたくらいがイベントでしょうか。

しばらく雪の公園で雪中行軍ごっこを満喫したら、湯畑に戻り、さらに少し離れた路地裏にある共同湯に足を向けました。
ここ、草津温泉にはいくつも源泉があり、泉質や温度の異なる共同湯が何軒も点在しています。幾つかは整備された有料のお風呂や、宿の管理する日帰り湯ですが、古くからあるものには無料で使用できる伝統的な形式の箇所も残っています。
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土曜日はそんな無料開放されている温泉の一つ、地蔵の湯に入ってみることにしました。
路地の一角にある源泉の前には、地蔵の湯の名前の通りお地蔵様が鎮座しています。雪に巻かれながらも、ちゃんと参拝してから建屋の中へ。
ここもやはり、洗い場といえるようなスペースはなく、それどころか脱衣所すら別段の仕切り無く湯船と同じ部屋にある形式です。
酸性蒸気にカメラや電子機器を晒したくは無かったのですが、仕方なし。意を決して全部リュックに押し込み、あとは“機械はそんなにやわじゃない”と自分に言い聞かせて雪中行軍に冷えた体を温めて過ごしました。

熱めのお湯に暫く浸かっていれば、機材が痛む前に自分が湯当たりします。20分程も過ごせば、満足してしまったので、風呂からあがって昼食探しに移行します。
湯畑近くまで戻って見つけた舞茸蕎麦と舞茸ご飯のお店で、お酒もつけて昼から風呂上がりの堕落のひととき。これを満喫し終えたら、いよいよ後ろ髪を引かれながらも撤収の時間になります。

土壇場になって晴れてきたのだけが、少しばかり恨みがましい気持ちでしたが、この日の晩は別の約束があったのでどうにもなりません。
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長野原草津口駅まで戻ったら、気持ちが良いほどの快晴になってしまいましたが……ローカル線で1本見送るのは死活問題に直結しますから、如何ともし難いです。


そんなこんなで、来た道を戻るように東京に向かい、この土曜の夜は友人の“えめろん”氏と合流。
神田で飲んでから、さらに秋葉原で共通の友人とも合流し、日本酒で新年会など催しながら、終電を捕まえて内房へと帰りました。

しかして、予定が皆無だったはずの日曜日。
南関東は風が強いものの小春日和、多少の二日酔いは押してでも出掛けたい陽気だったのですが……豈図らんや、急な仕事の依頼がかかってしまいました。
渋々ながらも断る理由もないのでOKした直後、今度は大学の友人から誘いがあったのですから、誰が悪いでもなくただため息が出てしまいます。
そういう次第で気力も削がれたので、今日は半日引き篭もり。日中からアニメを見る過ごし方を久しぶりに実施中です。

寒波の秩父散策の話

今冬一番の大寒波が日本を襲ったこの週末。日本中そこかしこで雪が降ったとか、電車が止まったとか、そんなニュースで持ちきりでした。
先週は雪見が半分空振りとなってしまった会津若松も、今週は真っ白になったと言うのですから……因果な話です。

ところが、これまた何の因果か、どこで雪が降ってもなぜか降らなかったのが南関東。
多少の小雪は舞ったようですが、積もる積もらないの次元にはおよそ程遠いまま終わってしまい、ただただ寒いだけ。
如何に気持ちのよい冬晴れと言えども、そんな寒さでは出掛ける気も削がれるというものです。
今週末はお家で大人しくしてましょうか――なんて、問屋はもちろん卸しません。


土曜日の午前中こそ、どうにか寝不足を取り戻すため惰眠を貪って引き篭もりを堅持しましたが、午後には気も変わって千葉方面へふらりとお出かけ。
“総統代行”と幕張のイオンモールで買い出しなどして過ごし、夜には実家に戻り日曜に備えます。
そんな日曜日は、暇を持て余した元寮生の要望が土曜の午前中に入ったせいで、適当な出先を選定して北西に足を伸ばすことになりました。

西武線を乗り継いで、行ってきたのは埼玉の小独立国、秩父盆地です。
西武秩父駅から秩父鉄道に乗り換えて、さらに数駅。荒川沿いに列車に揺られれば、夏には舟下りや渓谷散策で名高い長瀞駅に到着です。

長瀞駅は秩父三社の一つに数えられる宝登山神社の門前駅でもあります。
駅舎もどことなく神社を意識した和風の趣あるデザイン。ここから神社までは真っ直ぐな参道で10分ほどの距離です。
ほんの少しだけ雪の残る凍りついた歩道を歩いて、初詣シーズンの終りを迎えた神社に参拝しました。
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宝登山神社は名前の通り、宝登山を神名備とする古社。大山祇神を祭神とし、秩父神社、三峯神社と並び称される秩父を代表する神社です。
またヤマトタケルノミコトの東征にも縁があり、神使が炎を鎮めたとかで火伏せの神威も持ち合わせているとかなんとか。
社殿も立派に彩られ、風格を強く感じる神社でありました。
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そして、この手の山を祀った神社のお約束、山頂の奥宮も当然あります。
神社のすぐ裏手に位置する宝登山は、程よい標高と眺望から南関東では比較的すぐに名の挙がるハイキングスポットでもあります。
ここまで来たら、登らない手はないでしょう。
登山道は半ば車道と化した非舗装道を2kmちょっとの距離。麓の地図によれば標準的な時間では、片道1時間ほどです。
若干の雪や路面凍結は見られましたが、危険を感じるほどではないので、サクサクと登ってしまいましょう。
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道中にはさほど見るべきものありませんでしたが……雑談しながら、自然の中を歩いていれば相応に楽しいですよね。
頂上には奥宮と社務所を兼ねた売店、茶店があります。
この茶店の前では焚き火が焚かれ、辿り着いた人たちに暖を提供してくれます。
併せて、甘酒やコーヒー、熱燗なんかも販売しているので、つい手が出てしまうのは仕方のないことでしょう。

寒い山頂で焚き火に当たりながら飲んだ熱燗、最高に美味しい一杯でありました。
また、一緒に食べたの“焼きみかん”なるあまり馴染みのない代物です。焚き火の横の七輪で、こんがりと皮を黒く焼かれていたのが、つい気になってしまいました。
茶店のおばちゃん曰く、皮まで食べれるということで、言われるままに丸ごと食べてしまいましたが、思った以上に甘くて美味しく驚きました。
焼くだけの簡単レシピなので、今度は家で試してみても良いかもしれません。

ちなみに本題の奥社は、山を祀った神社の例に漏れず小さな祠と行った風情。安心感がありますね。
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他方、鎮守の森かのような山頂の林を抜けて西側斜面。秩父盆地を見渡す展望台に出れば、正面に武甲山を見据える抜群の眺望が姿を表します。
新緑の春、空の濃い夏、紅葉の秋、きっといつ来ても綺麗なのでしょうが、空気が澄んだ冬も殺風景ながら悪くないものです。

また山頂近傍には蝋梅園も併設されています。名前こそ知っているものの、あまりイメージの湧かない花でしたが、何でも強い芳香を放つ黄色い小さな花だとか。
道中に幟まで立てて開花を宣伝していましたが、実際に登ってみると花開いてる木もあるものの、見頃はもう少し先といった様子。
無いよりマシ程度ではありましたが、それでも年明け一番の花見になりました。
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暫く山頂界隈を散策したら、帰路は凍結路面を恐れてロープウェイで。

下山後は麓の食堂で“おっきりこみうどん”なる上州から秩父にかけての名物料理を食べて一息。
その後、参道途中にあった重要文化財の旧家を見学です。
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秩父の豪農の家だそうですが、厩が一体化してるのが特徴なのだとか。
南部の曲家にも通じる寒い地域の特色なのでしょうか。間仕切りが少なく、寒い割に風通しが良さそうなのが印象的な建物でした。

文化財の見学後は長瀞駅に戻り、秩父鉄道を引き返して西武秩父駅の最寄りお花畑駅まで。
ここで下車して、秩父三社の3つ目、秩父神社を目指します。本当は一駅手前、秩父駅の方が近かったのですが……降りてから気付いたので処置なしですね。
駅から神社までは参道のような真っ直ぐな道が続き、周囲には風格ある建物が続きます。
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古い街なので、町並みに趣があるのは期待通りなのですが……何よりここで驚きなのは、圧倒的な重要文化財指定の建物の多さ。
ある辻など、4つ角のうち3つまで重文なのですから驚かされます。
明治大正から昭和初期のレトロで剛健な都市建築が残り、明治以前の古い町並みともまた一味違った時代の重みを感じさせます。
今回は時間の都合もあったので、神社メインに通り過ぎただけですが、いずれは建築のわかる人と行ってみたくも思います。

そんなこんなで15分ほど街を巡って着いたのが、知恵の神様、八意思兼命を祀る秩父国造の祖神、秩父神社です。
秩父一帯は律令制でこそ武蔵国ですが、古く独立した地域として発展していた土地。その土着の豪族が祭祀し、今も崇敬を集めるのがこの古社です。
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今も街の中心部に鎮座し、12月の夜祭はそれはそれは盛大で華やかなものなのだと言います。
祭りの季節が過ぎ初詣も一段落した今週末でも、流石に終始参拝客がおり、観光地の強さと崇敬の厚さを感じさせました。

秩父神社での参拝も済ませたら、ここから30分ほど南の方、秩父盆地の玄関口の町、横瀬まで歩いて移動。
お出かけの最後は、この横瀬の日帰り温泉、武甲温泉で締めといたしました。
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武甲温泉、初めてきたところでしたが、広々とした露天風呂と庶民的な休憩スペースが居心地の良い穴場。
ビールも飲めますし、駅からも近いと至れり尽くせりです。
入湯料も手頃で、実にいいところを見つけたとご満悦ながらも、帰路の都合もあったので19時過ぎには撤収となったのが惜しいところでありました。


斯様な次第で、存外楽しかった寒波の外出から一転して、じわりじわりと現実に引き戻されて、今に至ります。
来週は何をしましょうか。

奥会津雪見紀行

年明け最初の3連休。年初の肩慣らし気分から、そのまま間を置かずに休みに突入してしまい、久々に気が抜けるような日程です。
普段からこのくらいのペースで働けていれば、楽なのですが……人生、ままなりませぬね。

世間では成人の日だったり何だったりするようですが、同世代ははるか昔に済ませてしまい、次の世代にはまだ遠い未来な私の周囲には暫く縁もないイベント事。
一方で、経験的に多くの人が年末年始の疲れや出費を引きずって、出足の鈍ると言われるこの連休は、ちょっとしたお出かけ日和だとも言われています。
大概、雪が降ったり寒波が来たりして、大変なことになるのですが、それもまた一興というもの。


そういう訳で、どうせなら「寒い時期には寒いところに行こう」の発想に基づき、土曜日はフォロワーの朔氏と東武伊勢崎線を北へ向けて進発しました。
北千住から乗り込んだ会津田島行きの快速列車は、下今市から鬼怒川方面に進み、さらに野岩鉄道に直通してひたすらに北を目指します。
目的地は終点の少しだけ手前、野岩鉄道と会津鉄道の接続駅たる会津高原尾瀬口駅です。
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ここから1日4本しかない路線バスに乗り換えて、さらに揺られること1時間半ほど。
積雪斜面にアイスバーン、単純な山間隘路と、到底バスが通るとは信じがたいような道を抜けて行き着いた先に、目指す目的地がありました。
四方を深山に囲まれ、南には名高き尾瀬高原が控える日本有数の豪雪地帯。地図を見れば山間僻地を絵に描いたような立地、人口密度の最も低いと言われる村、檜枝岐村です。
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夏場になれば尾瀬観光に賑わい、立地からは信じられないほど宿泊施設が充実したこの村ですが、冬場は超が付くほどのオフシーズン。
冬季休業中の施設ばかりで、宿泊場所を見つけるのも一苦労な有様です。
都合5軒近くも宿に問い合わせてまで来たのですから、望むは絶望するほどの深雪だったのですが……幸か不幸か、今年は雪が少ない年だそうで家々が埋もれる事も無く程よい雪国感を演出した積雪具合。
肩透かし感を抱かなかったと言えば嘘になりますが、気象現象が相手では嘆いても仕方がありません。

町外れの公園から、集落中心部の神社まで、ぶらりと街を巡って観光しましょう。
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檜枝岐村は尾瀬への福島県側の玄関口である他に、独特の田舎神楽や蕎麦文化、木工技術に温泉を観光資源とする小さな村です。
殆どが冬季休業中と言えど、その動物の足跡しかない無人の公園や、田舎神楽では客席になるという大きな神社の石段まで、この時期ならではの景観も当然ありました。
何よりオフシーズンの観光地の閑散ぶりは独特な面白さがあるというもの。道行く人にも不思議な目で見られてしまいますが、凍てつき閑散とした街路は非常に風情がありました。
もっとも、これは少し意外だったのですが、村の家並みや看板類は驚くほどよく手入れされています。“鄙びた観光地”として想起されるような、放棄された看板や機能不全の案内板、廃屋等々と言ったものは殆ど見受けられませんでした。
コンビニもなければ交通機関もろくにないというのに、“時代に取り残された田舎”とはまた一味違った田舎の形を見ることができた気分です。

講釈垂れは脇において、観光後は当然ながら温泉です。予約した民宿にチェックインして受け取ったカードを、歩いて5分ほどの公衆浴場に提示すると入浴することができます。
檜枝岐村はまた、檜材がとれたのが村名の由来になったと伝わる土地。当然、お風呂は檜造りです。
もちろん、露天風呂もありますので、これでようやく去年来のテーマとなっていた「雪見温泉」を履行することができました。

大満足で風呂から宿に帰れば、夕飯は岩魚の塩焼きや刺し身、猪肉の煮物に始まる山の幸。
名物の裁ち蕎麦や、蕎麦のすいとんまで、正直に言えば、途中から食べるのが苦しくなるほどでしたが……残すのはもったいないほど、いずれも美味しい料理ばかりです。
この日の宿の宿泊は私達だけだったこともあってか、宿の方の対応もざっくばらんながら親切そのもの。食後の散歩がてらに二度目の風呂に入り、部屋に戻って軽く晩酌をしていると、りんごの差し入れがあるのですから、感激でありました。
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そして翌朝は文字通り凍てつくような冷え込みよう。窓のサッシが凍って開かず、日が昇ったくらいになってようやくこじ開けたら目の前にはこの氷柱です。
初めて見る大きさに、部屋が冷え込むのもそっちのけで写真を撮ってしまうのは、物好きの性として致し方ないことでしょう。

この朝は宿の提供する盛りだくさんの朝食を頂いて、駅行きの朝のバスで檜枝岐を離脱です。
もう少し観光したい気もしたのですが、次のバスの時間を考えれば選択肢はありません。

会津高原尾瀬口駅から会津鉄道に乗り込み、JRへの直通を経て終点の会津若松駅で下車。
例年であれば雪景色のはずですが、こちらも今シーズンは雪が少ないのだとか。会津若松市街は何度か訪れたことがあるのですが、朔氏が初めて観光するということで、オーソドックスに“珍しく足元に不安のない”冬の会津若松市街を散策することになりました。
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最初に向かったのは式内社の蚕養国神社。何の因果か今まで御朱印収集の流れから漏れていたので、ようやくの回収も兼ねた参拝です。
名前の通り、養蚕を司る神を祀った神社。Wikipediaによれば、養蚕技術の定着を祈願して朝廷が勧進したと考えられるとかなんとか。
規模こそ決して大きくはないのですが、社殿にも絵馬に混ざって繭玉が奉納されていたりと雰囲気を感じる社でありました。

この後も街をぶらりとめぐりましたが、特筆すべきは鶴ヶ城に登ったことくらいでしょうか。
駅前の日帰り温泉で一服したら、早々に地酒の飲み屋で気持ちよくやり、この日の宿へと向かいました。
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宿は会津若松から数駅行った会津高田の駅の近くにあるユースホステルです。
ユースホステルなる形態の宿に泊まるのは初めての経験でしたが……部屋が個室でない以外は普通の宿といった風情。唯一の違いは、ゲストハウス同様に同宿者との交流があることでしょうか。
談話室で日付が変わるくらいまで、旅慣れていると思しき方と話をして過ごし、眠りにつきました。

一夜明けて3日目、月曜の成人の日も宿の食事で起動します。
この日、最初に向かったのは宿と同じく会津高田駅を最寄りとする伊佐須美神社です。
初夏のあやめ苑が名高く、また1月14日には奇祭俵引きが行われるというこの神社も、会津では蚕養国神社と並んで有数の歴史を誇る古社だそうです。
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祭神はイザナミ・イザナギの二柱に加えて、大毘古命と建沼河別命という、畿内からそれぞれ北陸道と東海道を経由して、会津の地で行き会ったと伝わる2柱の古代の将軍です。
考古学的にもこの神社のある会津盆地南部にはヤマト王朝系の古墳等があるそうで、東北への勢力伸長の足掛かりになってい他可能性があるのだとか。
悠久の歴史に思いを馳せたくなるような立地に、鬱蒼とした鎮守の森を抱え豪壮な山門を擁する様は、本当に由緒の深さを感じさせるものでありました。

しかしながら、実際の状況はそこまで悠長な気分に浸っているものでもなかったのが、この日の現実。
前の日の晩から降り始めた雨は、朝方にぼた雪へと変わり、神社にいる頃には一層その勢いを増している状況です。
周囲はみるみる白くなり始め、自分の肩にも積もっていく状況で、おちおち風情を感じる間もなく撤退したのが実情です。

神社の最寄りのバス停から、会津若松市街へ向かうバスに乗り、市の中心部にある末廣酒造嘉永蔵の近くで下車して酒蔵見学。
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その後はもう帰るばかりと、郡山方面へ向かう磐越西線に乗り込みました。
途中、猪苗代で途中下車して磐梯山見物などをはさみながらも、郡山からは東北新幹線に乗車。
偉大なる新幹線、乗ってしまえば、あっという間に東京です。


数年ぶりの冬の東北、やっぱり雪景色はいいものです。
今週からは社会も日常も比較的通常営業。死なない程度に頑張りましょう。

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