月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


西伊豆野営と金鉱の話

4月も転がるように過ぎ去って、大型連休が目前な頃合い。
もっともその連休は残念なことに、またしても出張案件。目も当てられないので、別件の算段をしなければならないでしょう。

そんな訳で貴重な休日は徹底的に有効活用したかったこの週末。
海辺でキャンプをしたい――などと思い立ったが吉日です。西伊豆に目的地を定めて、海辺のキャンプ場を選定。元寮生とフォロワーの朔さんを誘ったら、車を転がして即座に実行です。


東名高速から伊豆縦貫道を経て、西伊豆の海沿いを走り抜けること1時間超。道中、土肥の市街地で食材を買い出しなどしながら車は南へと向かい、西伊豆町の黄金崎に泊地を求めてたどり着きました。
このキャンプ黄金崎、文字通り目の前に海が広がる絶好のロケーションです。隣のテントサイトと間仕切りになる木々がないのが唯一の難点と言ったところでしょうか。
3張りのテントで焚き火を囲んでやれば、それも然程気ならなくなってしまいました。
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加えて今回はとっておきの新兵器、自立式ハンモックも投入です。
春先のそこそこの天気で海際ハンモック、シチュエーション芸としてコレほど楽しいことがあるでしょうか。
もはや準備の段階でテンションが上ってしまいました。

そんな訳で、日も高いうちから飲み始めて、日も傾いた頃には鉄鍋でチーズフォンデュなどにも挑戦です。
挑戦したと言うだけ、多くは語りませんが面白かったです。
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翌朝も焚き火でベーコンを焼きながら優雅に起動。前日の曇天から一変した初夏のような快晴に、眼下に広がる海岸線を探索しない理由がなくなります。
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西伊豆の海の綺麗さは折り紙付きでしょう。水底まで透き通る磯浜に、岩がちながらもゴミの少ない海岸線。夏になれば海水浴には持って来いの地域です。

少し足を伸ばして黄金崎の突端の方に向かえば、スキューバダイビングに興じている人影も遠くに見受けられました。
伊豆の海と言えばダイビングの名所、「あまんちゅ!」の舞台にもなっているくらいですし、不思議な事ではないですよね。
いずれは……機会を見つけてやってみたいものです。
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春爛漫と言うべきか、初夏の絶景と言うべきか、過ごしやすい陽気と青空に恵まれた黄金崎は本当に小さな楽園でありました。


斯様な次第でのんびりと時計の針が正午を回る手前くらいまで、小さな楽園を散策していたのですが、流石にそのままでは伊豆まで来て勿体無いというもの。


西伊豆の道を引き返して戻り来たるは土居の市街地の少し手前。かつて有数の金山として名を馳せた土肥金山。その中でも市街地に近い南側の坑道跡は大々的な整備が成されて観光地と化しているのですが……先に向かったのは、その少し南側。
通りからは看板と駐車場しか見えない“龕附天正金鉱”なるスポットに立ち寄りました。

車を停めた段階ではチョロっと覗く程度の坑道跡かと思っていたのですが、行ってみると入場料が掛かるそうで案内人も付くのだとか。
乗りかかった船だと、そのまま参加することにしてみると、現れたのは陽気なオーラを放ったお爺さん。
「それじゃ行きましょうか」と軽いノリで唐突にガイドツアーが始まったかと思うと、そこからは止めどないマシンガントークの洗礼が始まります。
曰く、この金鉱手前一帯の地名“釜屋敷”と、その由来になったと推定される昭和期に発掘された精錬所跡の紹介。釜屋敷から革を挟んだ対岸には“火振”なる地名が残り、火の粉が飛んできたのだろうと行った推定や、精錬所の釜が登り窯形式でありながら、山の斜面に対して並行で珍しいこと。江戸期だけでも3回に及ぶ津波の襲来で昭和期の発掘まで、坑道も精錬所もすっかり存在が忘れ去られていたこと――云々。
坑道どころか紹介板に辿り着く前から興味深い解説の目白押しです。
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その後に続く紹介ジオラマもなかなかにパワフル。採掘選鉱から江戸での金座にて大判小判に加工される工程までを、箱庭のような模型で紹介しています。
ジオラマによる展示の概念自体はごくありふれた物なのですが、何しろ絶妙に手作り感のある構成に昭和を感じます。
併せて続くマシンガントークも、選鉱婦の苦労とネコババの由来話に始まって、静岡にも金座が置かれていたことやら、伊豆の方々に金鉱脈があり土肥の“後藤役所”なる場所で統括されていたことなど……初めて聞く話を実物(?)付で説明され、勉強になりました。

そういう次第で、金鉱見学と言いつつも肝心要の坑道に到達したのはもう後半戦です。
ここ龕附天正金鉱は名前の通り、天正期、すなわち戦国時代に北条氏によって掘られた坑道なのだとか。小田原の役の後、徳川氏の支配下で他の坑道が掘られる中、偶然にも忘れ去られたままになっていたこの坑道は、戦国時代の金山の構造を現代に留める貴重な資料になっているそうです。
入り口からして既に、地表に露頭した金鉱脈に沿って掘り進んでいったために細長くなっており、坑口をちゃんと構築する江戸基以降の坑道とは違うのだそうです。
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内部も中世の原始的な手法で掘られており、あとで見学した江戸期の坑道と比べると技術革新を思い知らされます。
もちろん、原始的とは言っても当時の技術と知恵の粋が投じられた坑道。曰く天井を逆さ階段状にしたり立坑を掘って松明による煤の排気に気を使ったり、フイゴの原理を応用したような気流システムを構築していたりするのだとか。また、ノミとハンマーによる採掘時の騒音を低減するため、天井や壁面に現代のコンサートホールにも類似するような突起をつけて壁面による反響を抑えていたりだとか。
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恐らくは経験則なのでしょうが、現代にも通じる技術に既に到達していたというのですから、驚かされます。

そんな坑道の終着点には、山の神を祀った石造りの祭壇があります。当時の技術では主に換気能力による距離上の制約があったのだとか。その限界点に当たる部分では天井が敢えてアーチ状に加工されています。これが龕附天正金鉱の「龕」と呼ばれるもの。本来の龕は仏像などを収める厨子や窪みを指すそうですが、ここでも山の神を祀るためにそのように加工されているのだそうです。
限界まで採掘されていたが故に、その後は手付かずのまま忘れされるてしまったのでしょう。
もしかしたら他の土地にもそのような未知の坑道が残っているのかもしれません。
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ちなみに帰路は発掘時に発破で開けられた近代の側道を通り抜けます。この帰路にも別の金鉱脈を横断するため、ここでは鉱脈の地中での様子を直接見学することができます。周囲の岩に対して色が異なる面が垂直に立っているため、指摘されれば素人目にも一目瞭然です。
往時には山師と呼ばれる人々がこのような鉱脈の露頭部分を見出して掘り進んでいったそうですが、今では文化財の一部と化してしまった上、仮に採掘しても採算に乗らないとのことで放置されているのだとか。

そんなこんなで大変興味深いマシンガントークに、面白い穴場を見出した満足感に浸りながらも、折角ですから目立つ方の土肥金山も見学です。

まず入り口から風格が違いますね。三菱マテリアル資本だそうで……コレが財閥力でしょうか。
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内部の展示も流石といったところ……。坑道の広さ、深さに時代の進歩を感じさせますね。
基本的には人力頼りで変わらないとは言え、送風機や水車など道具の使い方が進歩し、より深く広く掘る事が可能になっているのがわかります。坑内温泉などもあったそうで、意外な限りでした。
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坑口もしっかりと木で覆って防護されていたりと、明治以後も稼働していたので詳細な記録が残っている故かもしれませんが、具体的な小物や動作の記録も残っており、こちらも十分に興味深い展示でありました。


金山見学後の締めは、そのまま土肥漁港での昼食と温泉。
昼食はお値段が少々張りましたが、想像を絶する量の魚とご飯で言葉もないほどの満足感。鴨川でも感じましたが……漁港の料理屋さんは出て来る量が多いのが仕様なのでしょうか?
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お風呂の方は海際の公衆浴場にて。海水浴シーズンにはさぞ賑わいそうな立地ですが、オフシーズンに立ち寄ったので店番のお爺さんより他に人の居ない静かな空間です。
換気のために開け放たれた窓が、異様な開放感を醸し出していましたが、こういう風呂も趣あって良いものでした。


帰路は渋滞に巻き込まれて難儀しましたが……どうにか無事に内房まで帰還。
来週からまた予定が立て込み始めてしまいますが、久しぶりの野営は現実感無く最高でした。
5月も頑張りましょう。

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