月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


奥会津雪見紀行

年明け最初の3連休。年初の肩慣らし気分から、そのまま間を置かずに休みに突入してしまい、久々に気が抜けるような日程です。
普段からこのくらいのペースで働けていれば、楽なのですが……人生、ままなりませぬね。

世間では成人の日だったり何だったりするようですが、同世代ははるか昔に済ませてしまい、次の世代にはまだ遠い未来な私の周囲には暫く縁もないイベント事。
一方で、経験的に多くの人が年末年始の疲れや出費を引きずって、出足の鈍ると言われるこの連休は、ちょっとしたお出かけ日和だとも言われています。
大概、雪が降ったり寒波が来たりして、大変なことになるのですが、それもまた一興というもの。


そういう訳で、どうせなら「寒い時期には寒いところに行こう」の発想に基づき、土曜日はフォロワーの朔氏と東武伊勢崎線を北へ向けて進発しました。
北千住から乗り込んだ会津田島行きの快速列車は、下今市から鬼怒川方面に進み、さらに野岩鉄道に直通してひたすらに北を目指します。
目的地は終点の少しだけ手前、野岩鉄道と会津鉄道の接続駅たる会津高原尾瀬口駅です。
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ここから1日4本しかない路線バスに乗り換えて、さらに揺られること1時間半ほど。
積雪斜面にアイスバーン、単純な山間隘路と、到底バスが通るとは信じがたいような道を抜けて行き着いた先に、目指す目的地がありました。
四方を深山に囲まれ、南には名高き尾瀬高原が控える日本有数の豪雪地帯。地図を見れば山間僻地を絵に描いたような立地、人口密度の最も低いと言われる村、檜枝岐村です。
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夏場になれば尾瀬観光に賑わい、立地からは信じられないほど宿泊施設が充実したこの村ですが、冬場は超が付くほどのオフシーズン。
冬季休業中の施設ばかりで、宿泊場所を見つけるのも一苦労な有様です。
都合5軒近くも宿に問い合わせてまで来たのですから、望むは絶望するほどの深雪だったのですが……幸か不幸か、今年は雪が少ない年だそうで家々が埋もれる事も無く程よい雪国感を演出した積雪具合。
肩透かし感を抱かなかったと言えば嘘になりますが、気象現象が相手では嘆いても仕方がありません。

町外れの公園から、集落中心部の神社まで、ぶらりと街を巡って観光しましょう。
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檜枝岐村は尾瀬への福島県側の玄関口である他に、独特の田舎神楽や蕎麦文化、木工技術に温泉を観光資源とする小さな村です。
殆どが冬季休業中と言えど、その動物の足跡しかない無人の公園や、田舎神楽では客席になるという大きな神社の石段まで、この時期ならではの景観も当然ありました。
何よりオフシーズンの観光地の閑散ぶりは独特な面白さがあるというもの。道行く人にも不思議な目で見られてしまいますが、凍てつき閑散とした街路は非常に風情がありました。
もっとも、これは少し意外だったのですが、村の家並みや看板類は驚くほどよく手入れされています。“鄙びた観光地”として想起されるような、放棄された看板や機能不全の案内板、廃屋等々と言ったものは殆ど見受けられませんでした。
コンビニもなければ交通機関もろくにないというのに、“時代に取り残された田舎”とはまた一味違った田舎の形を見ることができた気分です。

講釈垂れは脇において、観光後は当然ながら温泉です。予約した民宿にチェックインして受け取ったカードを、歩いて5分ほどの公衆浴場に提示すると入浴することができます。
檜枝岐村はまた、檜材がとれたのが村名の由来になったと伝わる土地。当然、お風呂は檜造りです。
もちろん、露天風呂もありますので、これでようやく去年来のテーマとなっていた「雪見温泉」を履行することができました。

大満足で風呂から宿に帰れば、夕飯は岩魚の塩焼きや刺し身、猪肉の煮物に始まる山の幸。
名物の裁ち蕎麦や、蕎麦のすいとんまで、正直に言えば、途中から食べるのが苦しくなるほどでしたが……残すのはもったいないほど、いずれも美味しい料理ばかりです。
この日の宿の宿泊は私達だけだったこともあってか、宿の方の対応もざっくばらんながら親切そのもの。食後の散歩がてらに二度目の風呂に入り、部屋に戻って軽く晩酌をしていると、りんごの差し入れがあるのですから、感激でありました。
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そして翌朝は文字通り凍てつくような冷え込みよう。窓のサッシが凍って開かず、日が昇ったくらいになってようやくこじ開けたら目の前にはこの氷柱です。
初めて見る大きさに、部屋が冷え込むのもそっちのけで写真を撮ってしまうのは、物好きの性として致し方ないことでしょう。

この朝は宿の提供する盛りだくさんの朝食を頂いて、駅行きの朝のバスで檜枝岐を離脱です。
もう少し観光したい気もしたのですが、次のバスの時間を考えれば選択肢はありません。

会津高原尾瀬口駅から会津鉄道に乗り込み、JRへの直通を経て終点の会津若松駅で下車。
例年であれば雪景色のはずですが、こちらも今シーズンは雪が少ないのだとか。会津若松市街は何度か訪れたことがあるのですが、朔氏が初めて観光するということで、オーソドックスに“珍しく足元に不安のない”冬の会津若松市街を散策することになりました。
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最初に向かったのは式内社の蚕養国神社。何の因果か今まで御朱印収集の流れから漏れていたので、ようやくの回収も兼ねた参拝です。
名前の通り、養蚕を司る神を祀った神社。Wikipediaによれば、養蚕技術の定着を祈願して朝廷が勧進したと考えられるとかなんとか。
規模こそ決して大きくはないのですが、社殿にも絵馬に混ざって繭玉が奉納されていたりと雰囲気を感じる社でありました。

この後も街をぶらりとめぐりましたが、特筆すべきは鶴ヶ城に登ったことくらいでしょうか。
駅前の日帰り温泉で一服したら、早々に地酒の飲み屋で気持ちよくやり、この日の宿へと向かいました。
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宿は会津若松から数駅行った会津高田の駅の近くにあるユースホステルです。
ユースホステルなる形態の宿に泊まるのは初めての経験でしたが……部屋が個室でない以外は普通の宿といった風情。唯一の違いは、ゲストハウス同様に同宿者との交流があることでしょうか。
談話室で日付が変わるくらいまで、旅慣れていると思しき方と話をして過ごし、眠りにつきました。

一夜明けて3日目、月曜の成人の日も宿の食事で起動します。
この日、最初に向かったのは宿と同じく会津高田駅を最寄りとする伊佐須美神社です。
初夏のあやめ苑が名高く、また1月14日には奇祭俵引きが行われるというこの神社も、会津では蚕養国神社と並んで有数の歴史を誇る古社だそうです。
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祭神はイザナミ・イザナギの二柱に加えて、大毘古命と建沼河別命という、畿内からそれぞれ北陸道と東海道を経由して、会津の地で行き会ったと伝わる2柱の古代の将軍です。
考古学的にもこの神社のある会津盆地南部にはヤマト王朝系の古墳等があるそうで、東北への勢力伸長の足掛かりになってい他可能性があるのだとか。
悠久の歴史に思いを馳せたくなるような立地に、鬱蒼とした鎮守の森を抱え豪壮な山門を擁する様は、本当に由緒の深さを感じさせるものでありました。

しかしながら、実際の状況はそこまで悠長な気分に浸っているものでもなかったのが、この日の現実。
前の日の晩から降り始めた雨は、朝方にぼた雪へと変わり、神社にいる頃には一層その勢いを増している状況です。
周囲はみるみる白くなり始め、自分の肩にも積もっていく状況で、おちおち風情を感じる間もなく撤退したのが実情です。

神社の最寄りのバス停から、会津若松市街へ向かうバスに乗り、市の中心部にある末廣酒造嘉永蔵の近くで下車して酒蔵見学。
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その後はもう帰るばかりと、郡山方面へ向かう磐越西線に乗り込みました。
途中、猪苗代で途中下車して磐梯山見物などをはさみながらも、郡山からは東北新幹線に乗車。
偉大なる新幹線、乗ってしまえば、あっという間に東京です。


数年ぶりの冬の東北、やっぱり雪景色はいいものです。
今週からは社会も日常も比較的通常営業。死なない程度に頑張りましょう。

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