月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


山陰旅行の覚え書き

新年なので、忘れないうちに年末年始の所業を記録しておきましょう。


キャンプからのクリスマス飲み会を経て迎えたクリスマスの25日。

この日はまた一転して、朝は始発に近い時間から移動を開始し、新幹線と特急いずもを乗り継いで13時頃には島根県の宍道駅に至りました。
宍道駅からは友人のしろかえる氏に来るまで迎えに来ていただき、彼の車で奥出雲観光へ向かう流れ。
式内社の斐伊神社などを経由しつつ、雲南市吉田町の山内地区に所在する高殿へ連れて行ってもらいました。
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高殿とは日本古来の製鉄技術である、たたら製鉄における製鉄の心臓部、砂鉄と木炭を反応させて鋼を得る窯の部分になります。
現役のものは奥出雲に“日刀保たたら”として存在するのですが、これは近代になってから復元された代物。
江戸期以来の高殿や製鉄遺構が現存するのは、この山内地区のみとのことで少し見てみたく思った次第です。
かつての長屋を改装したという受付で、簡単なレクチャーを受けながら高殿に案内してもらうと、中にあったのは神事にでも使うのかという厳かな空間です。
かつては村下と呼ばれる技師長のような人だけが、砂鉄を投入可能だったりと、その工程は半ば神事のようだったというのですから、その雰囲気もある種納得できるものなのかも知れません。
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山間の小集落といった風情と合わせて、ここがかつては鋼の一大産地として隆盛を誇ったとは俄には信じがたいほど、神聖で趣のある空間に感じられました。

この日は、この後に稲田神社によって御朱印を頂戴してから、しろかえる氏の家に泊めてもらい夜を過ごしました。


翌朝は7時代の木次線に乗車して、宍道駅から山陰本線に乗り継ぎ大田市駅へ。
大田市駅は名前通り大田市の中心駅であり、世界遺産にもなった石見銀山への玄関口でもあります。
観光客らしき人間が駅に降り立てば、迷うこと無く石見銀山へと案内されるほどの流れ作業ぶり。
しかしながら、私は旅行ついでに御朱印を集めるタイプの人。銀山に直行する前に石見一宮にも参拝しなくてはなりません。
石見の一宮、物部神社も大田市駅からバスで20分ほどの距離。2時間に1本しか無いバスを待って小一時間ほど朝食を兼ねた時間調整をして向かいました。
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物部神社は市街を少し離れた郊外の一社と言った風情。山間と言うには拓けた土地に堂々と鎮座する一宮の風格を持ち合わせた社でありました。

問題はここから石見銀山へ向かう方法。バスを使って大田市経由となると再び2時間ほど神社で待機しなくてはなりません。
流石にそれはないと思いいたり、一人旅では始めてとなるブルジョワジーな荒業、タクシー乗車を使ってしまいました。
大田市駅経由では少々距離のある物部神社と石見銀山ですが、地図上ではほんの隣の谷筋と言った距離感しかありません。
ちょうど山越えの道もあるということで、突っ切ってしまえば法外な値段とは言わない程度の金額で向かう事ができる次第です。
背に腹は代えられないとはよく言ったもの。先立つものには悩まされても、ここで銀山を黙殺しては、それはそれで悔いが残りますよね。

そんな訳でタクシーで降り立った石見銀山は小雨降りしきり、濡れそぼった情緒豊かな街並みで迎えてくれました。
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詳細まで書きたいのですが……お年始進行で時間もないので、割愛です。
ただ、銀山も去ることながら付随する古い町並みが非常に良かったことだけは自信を持って言えるでしょう。

銀山からの帰路は大田市駅より少し西側の仁万駅へ向かうバスで山陰本線に復帰。
この日の宿は江津市は波子町という海際の小さな町にあるゲストハウスに宿泊です。
先の春に開業したばかりという「ゲストハウス波の音」は波子の町の中心部、駅から坂を下って少し歩いたところ。
海と海岸沿いの国道を目の前にした、文字通り波の音……と、車の音がよく聞こえそうな立地にある民家を改装したものでした。
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この日は何の因果か、私以外の宿泊客も居らず、管理人も夜は居なくなるシステムということで、ほとんど1人で民家を占拠していたようなもの。
立地に関しては少々不便でしたが、古民家でぐったりと過ごすのは実に快適な夜でありました。


山陰3日目の27日は朝は真っ暗な5時半頃に波子を出立し、江津駅から廃線の決定している三江線に乗車。
あまり、葬式鉄的な趣味はないのですが……目についてしまっては気になってしょうがないのです。
半分眠りながらも、電車に揺られて終点の三次を目指していると18きっぷで旅行していた頃の記憶が蘇ります。
ディーゼルカーの振動と、ときどき停車して吹き込む寒風。目が醒める度に違う車窓と、最高に無為で幸せな時間を感じます。
やっぱり私は列車に揺られるのが大好きなんだと、妙なことを再確認しているうちに、終点の三次駅へ。

ここで乗り換えまで2時間ほどの間があるので三次の市街を軽く観光です。
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三次というと中国地方山間部の要衝。アニメ化もされたマンガ「朝霧の巫女」の舞台になった町であり、物怪の逸話が残っていたり、うだつが似合う街並みを売りとしていたりと、比較的歴史のある街です。
残念ながら、朝霧の巫女のモデルとなった大歳神社では御朱印をいただけませんでしたが……2時間ほどの観光としてはちょうどいい程度に散歩もできたので、上機嫌で福塩線にのり、福山を目指すことができました。


ちなみに福山から先は、この日の夜に大学院時代の研究室の忘年会があるため、一直線に大阪を目指すことに。
気持ちよく飲んで、翌日は東海道線を東進しながら吹田・茨木界隈の神社で御朱印集めをして、神奈川に帰る流れとなりました。

神奈川に帰った翌日の29日からは、毎年恒例の冬コミですが、これはまた別の記事で。

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