月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


文化の日の文化的房総

諸事諸用と大人の事情が複雑に絡み合って、出勤の予定だった11月3日が前日になって唐突に放免となった2016年。
まさに文化の日の朝方に、内房で解放されたと言えど、毎年恒例の入間の航空ショーを観に行くには少しばかり遅い有様……。

仕方ないので、素直に開き直り房総界隈をドライブすることにしました。
七五三の季節も近いので、御朱印集めも捗ることと期待します。


下道限定で房総の丘陵を縫って、初めに向かったのは小湊鉄道沿線にあるダム湖、高滝湖の湖畔にある高瀧神社です。
高瀧神社は由緒書きに曰く、平安時代の歴史書「日本三代実録」にも記載がある古い社なのだとか。
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湖畔の丘に鎮座する開放感のある神社ですが、高滝湖自体は近代にできたもの。ダム湖以前はいかなる地形だったことか……。
なだらかな斜面の続く丘陵地帯にあって、一際小高い丘の上に鎮座して周囲を睥睨していた――と言ったところでしょうか。
古地図を見ても、現在湖となった一帯が元から湿地だったことくらいしか、わかりません。
もう少し地理の勉強をしないとですね。

続いて向かったのは内陸を一気に南下して外房の海べりまで。鴨川市の天津地区にある天津神明宮に参拝です。
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神明宮の名の通りお伊勢様を勧進した社ですが、歴史ははるか平安時代まで遡ることができるのだとか。
さらには由緒によると(外房一帯の古い神社の由緒の定形として)創始を“神代に出雲から新天地を求めた事代主が上陸し鎮座した土地”としています。
四国や紀伊半島から遙か黒潮に乗って来訪した開拓者たちの遠い記憶があるのでしょう。
外房の抜けるような青空とあいまって、こちらも非常に開放的な空気を感じる神社でありました。
また余談ながら、裏手の山にも奥宮に当たる小さな社があったりします。
非常に滑りやすい石段を登った先の小さな社殿。風情はあるのですが……木々が生い茂り、眺望が限られていたのが唯一の難点だったかもしれません。

天津神明宮からは外房を海沿いに北進して数十分、勝浦の漁港で車を停めて、3社目の参拝に遠見岬神社です。
こちらも例によって開拓のため海をわたってきたという忌部氏の祖神を祀る古い社。この一帯を指す勝浦の地名自体が「勝占」という占いに関する言葉に由来すると程、往古から人々が移住していた土地だそうです。
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鎮座地自体は本来の社殿を津波により喪失した後、少し内陸側の丘に移転したものだそうですが……。
勝浦の漁港を守るように聳える丘の斜面に、貼り付くように参道を拵えた様は、なるほど神の鎮座地として相応しいエキセントリックさがありました。
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エキセントリックと言えば、その斜面の参道はこの時絶賛工事中で、外側半分が工事柵などで覆われ、下側に法面工事用の足場が張り巡らしてありました。
そして、それだけなら珍しくもないのですが……社務所で応対していただいた神職さんも、格好良くツナギでキメていたのは特筆に値するかと思います。
失礼ながら、最初は工事関係者かと勘違いしたほどの馴染みぶり。妙に親切に対応していただき、御朱印欲しいかと聞かれたので欲しいと答えたところ、そのまま朱印帳を持って社務所に入っていったのは、一瞬呆気にとられてしまう経験でありました。
閑話休題。
勝浦の市街地は古くからの漁港らしく路地の細い趣ある町並み。つまり車では長居がしづらい場所でもあります。

そんな訳で次の目的地は一転して、来た道を少しばかり戻り勝浦の隣の漁港、鵜原地区にある勝浦海中公園に行ってみました。
ここ、海中公園の一帯には千葉県立中央博物館の分館海の博物館など、海に関した文化的な施設が幾つか集中しています。
以前から気にはなっていたのですが、なかなか足が向かず先延ばしになっていたのですが、折角の好天に近くまで来たのですから、行かない手はまさにないでしょう。
まずは件の分館や、海中公園の海の資料館を見学して、外房の海を予習します。
そして満を持してから「海中公園」の名の如く、海中見学ができる展望塔へ行きました。
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この岩礁から海に伸びた歩道橋と屹立する展望塔だけでテンションが上ってしまいます。
既に十分な絶景、千円近くする入場料のこともさくっと忘れてしまいます。
そして中に入れば更なる独特な空間です。海面下8m程度の海中に小窓が並び、房総の海底の様子を丸腰で間近に観察できます。
天然の水族館と言った風情。魚を寄せるために餌を入れた籠が設置してあったりと、完全に自然のままとは言いませんが、その本物の海流に揺蕩う魚の有様は水槽では拝めない光景でありました。
彼ら、意外と明後日な体勢で泳いでるんですね……お行儀よく重力方向を守って泳いでない無いのは衝撃的でした。
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こういう光景を見ると、いずれはダイビングなども体験してみたいと思いました。

しかして、海中公園を満喫したら、来た道を更に南下して、時間的に最後の目的地へ。
行川アイランド駅前の空き地に車を置き、モーテル脇の入って良いのか不安になるような小道から切通を抜けると、既に傾きかけた陽に照らされた石碑に行き当たります。
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鴨川と勝浦の市境近く、かつて苛政を敷いた豪族の1人娘がこの辺りから投げ落とされたという伝承の残る“おせんころがし”です。
行き当たったのはその娘お仙を供養したもの。もっとも、本来の“おせんころがし”と呼ばれる地帯は、この石碑がある地点から鴨川方面へとかつて続いていた急斜面一帯のことだとか。
海に沈み込むような急角度の崖が数kmに渡って続き、その崖面に貼り付けたような車一台分程度の細い道が明治以後の一時期、国道として開通し交通の難所として名を馳せていたのだそうです。
昭和期にはトンネルを抜ける新道が開削され、旧道はすっかり忘れ去られてバリケードの向こう側。ただ件の伝承と昭和に起きた殺人事件に尾鰭がついてオカルトスポットと化しているとか何とか。
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この日もすっかり逆行で道程自体は目視では確認できませんでした。
しかしながら、冬であればぎりぎり海面に日が沈むであろう景勝地。お化けも魑魅魍魎が跋扈しても何するものぞと思える素晴らしい眺望を拝むことができました。
特に雲一つない快晴の黄昏時は最高の一言、根室で見て以来と思えるほど手放しで透き通った夕焼けを、今度は落ち着いてシャッターに収めることができました。



そんなこんなで、すっかり冷え込んできたので帰りがけに勝浦式タンタンメンを食べて、この日は内房へ帰還することに。
ときに散々なことを言う房総半島ですが……南から外にかけての光景は絶景揃いで本当に良いものです。
また折を見て、探索に出かけたい次第です。

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