月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


阪神地域の神社巡りの話

あっという間に1年も半分近くが過ぎ去り、夏を感じさせる空が日常になり始めた6月頭。
新人研修も終盤を迎え、思うところは色々ですが……よしなに生きていきましょう。

そんな訳で、都会暮らしも慣れてきたこの週末は、折角の関西生活延長戦。
夏を思わせる陽光に誘われて、思いつくがままに奈良にいた頃に取りこぼした神社や水族館に行ってみることにしました。

土曜日に最初に向かったのは、神戸は中心街の三宮から西へ数駅行った長田区の辺り。日本書紀にも名を残す神功皇后以来の古社、長田神社です。
長田の駅を降りてから、商店街を抜けた先にその社はあります。
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特段に大きい訳でも無い神社ですが、門前町の雰囲気から連なる街場の神社らしい雰囲気がなかなかいい感じです。
コンデジしか持ってなかったのが、痛恨事でしょうか……天気も相まって陽気な印象を受けました。

長田神社の次は、山陽電車に揺られてさらに西の方へ。
明石海峡大橋の袂の町、垂水の駅にて下車です。
行ってきたのは海神社。“海”と書いて「わたつみ」と読むそうです。こちらも長田神社と同様の創建神話を持つ古い社です。
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垂水の一帯は山が海に突き出た地形をしており、駅の周辺も歩いて数分で海に至る距離です。
海神社はその垂水駅と漁港の間の、ほとんど海を望むような所に鎮座しており、まさに海神のための社といった風情。
周囲は開発され、鎮守の森もほとんどありませんが、海を望む大鳥居に崇敬の篤さと歴史を感じました。

海神社を後にしたら、思うところもあって海沿いに塩屋駅まで歩いてみることに。
海沿いの道だけに景色もいいかと期待していたのですが、結論としては柵が高くそれほどでもなかったのが正直なところ。
垂水の一帯は、古くから風光明媚な交通の要衝として、万葉集にも名を残しているのですが、もう余り面影はないようです。
ただ、JRと山陽電車と国道が、海際の狭い平地を寄り添うように走っているさまは、今も昔も変わらぬ人通りの多さを思わせました。

そんなこんなで塩屋駅まで歩いてきたら、そのまま余勢をかって須磨海浜公園駅へと向かい須磨海浜水族園に行ってみることに。
神戸市立の水族館ということで、兵庫に越してきたときから一度行ってみたかった次第です。
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姫路市立以来の水族館、触れるプールはありませんでしたが、深海コーナーもあり見応え充分です。
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特にイワシだかアジだかの群れを展示した水槽は、常に群れが水槽の窓いっぱいに広がり圧巻の一言でありました。

水族館に閉園時間まで滞在したあとは、目の前の須磨海岸を少しだけ散策して大阪は難波へ。
夜からはフォロワーのAliceさんとお酒を飲みに行きました。
彼の教えてくれた美味しい中華料理屋さんで、近況の話など諸々と深夜まで話して仮宿へと戻る流れでありました。


そんなこんなで、あくる日曜日の朝はとりあえず“這いよれニャル子さん”の劇場版を観るために、再び大阪は梅田へ。
この気軽に大阪へ出る感じ、都会万歳です。
元下宿生と合流して見たニャル子さんについては……「ファンディスクだった」といったところが感想でしょうか。
嫌いではないですが、劇場で見るほどでは……? といったところです。

その後は元下宿生が、大阪へ来て何年も経つのに“太陽の塔”を見たことがないというので、万博公園へ行くことに。
私はバイトやら国立民族学博物館やらと、何度もみてるのですが、天気も良いので公園散歩は望むところです。
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念願の巨大構造部を拝み、ついでなので私もまだ行ったことなかった日本庭園を鑑賞して、日曜の昼下がりを満喫です。
本当ならこのままお酒と行きたいとこですが……この日は夕方から元下宿生の推しのアイドルのイベントが有るのだとか。

頃合いを見計らって次の予定のある元下宿生と別れたら、私はそのままふらりと大阪の都心へ戻り大阪城の南東、森ノ宮へ。
森之宮神社の御朱印を貰ったら、ここから帰路がてらに御朱印を集めつつ城東・城南の踏破です。
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玉造稲荷神社は、森之宮神社から南西に行った辺りかつての大阪城の三の丸に位置に鎮座する神社です。
豊臣氏から江戸時代まで大阪城の守護として重視された神社なのだとか。
玉造の地名は往古の勾玉作りに由来するそうですが、神社自体はそこまで古くなく逸話も織豊期以降のものばかり。
それでも、豊臣秀頼ゆかりの文物があったりと、歴史のロマンを感じます。

玉造稲荷神社から、さらに南へ下ると今度は三光神社に行き当たります。
こちらは宰相山と呼ばれる小高い丘に鎮座し、大阪の陣では真田丸があったのだとか。
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中風除けをご利益とし、大阪城より遥かに古くから鎮座していたそうですが、今ではすっかり真田幸村ゆかりの神社といった様子。
真偽の程は定かではありませんが、大阪城からの抜け穴なんてものまで遺されていたりします。
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抜け道云々はとにかくも、歩いてみると往時の大阪城の大きさが実感できるようで、その呆れるような広さに驚きを感じます。
それは何万人もの兵士が立て籠もって争える訳だと感心するばかりです。

三光神社のあとは、進路を西に取り小一時間ほど歩き続けて心斎橋筋まで。
身近ではなかった職住混在した下町らしい雰囲気を感じながら歩き至り、見慣れた繁華街を経て仮宿に戻りました。


かような次第で立地をフル活用な今日このごろ。
余談ですが、唯一最大の悩みは仮宿から線路が近すぎて、朝の寝覚めが悪いことでしょうか。

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社会的圧力に負けて働き始めた巫女好き提督。2年かけて回復したSAN値を瞬く間に失い、工場街のおんぼろアパートでサバイバルなう。

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