月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


野分と飛騨路のこと

内定式を経て、正式に社壊人へのカウントダウンが始まってしまった10月頭。
内定式後早々に、飲み会をして終電を逃す程度にやらかしてしまってますが、それはご愛嬌。

すっかり秋めいた周囲の空気に、ふと思い出したのが去年の広島旅行のこと。今年もどこかに出掛けたい季節です。
例年通り、鉄道の日記念の“秋の乗り放題”が発売されることを確認したら、もうどこにも行かない訳には行きません。
本来であれば、体育の日の三連休が理想的なのですが、生憎と他の予定が既に入っている状況。致し方無いので、先の週末に切符を握りしめ独り小旅行してきました。


そんな訳で去る10月4日のこと、天気予報が接近を告げる台風に一抹の不安を抱えつつも、朝は7時前に出立して岐阜県を目指します。
岐阜駅から高山本線に乗り換え、飛騨路の玄関口、美濃太田駅へ。
ここで旅情を感じる国鉄型のディーゼルカーに乗車したら、後はゆらり揺られて飛騨路を北上するだけです。
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乗車からおよそ2時間半、最初に下車したのは飛騨高山の一駅手前、飛騨一ノ宮駅です。
目的は駅名の通りここから徒歩圏内にある飛騨の一の宮、水無神社に参拝するため……ですが、余録としてもう一つ。もう放送は数年前になるであろう京アニのアニメ“氷菓”の聖地巡礼です。
この氷菓の終盤にて、雛祭りの格好をしてパレードをする祭りが登場するのですが、この祭りのモデルとなったのが水無神社で春頃に行われる生き雛祭りです。
例えば駅から歩いて少し行ったとこにある川辺の道など、初めて見るのに見覚えがあったりなかったり……。
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それはそれとして、水無神社自体は非常に由緒ある立派な神社です。
後から高山の飯屋で教わった話なのですが、この神社の一帯は宮川の源流域に当たるのだとか。
さらにこの宮川は下って神通川となり日本海側へ注いでおり、水無神社から少し南に行った峠辺りが、太平洋側と日本海側を隔てる分水嶺になっているとのこと。
祭神は大歳神とされていますが、名前の通りきっと水にまつわる神を祀ったのが最初なのでしょう。
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参拝後は駅に戻り、駅裏手の臥龍桜のある公園で列車待ち。
この臥龍桜も氷菓作中に登場し、実際季節になると非常に美しいと名高いのですが、秋にあっても存分に見事な枝ぶりが楽しめる風格のある木でありました。

後続の列車を小一時間ほど、件の公園で缶コーヒー片手に待ったら、ようやっとこの日の最終目的地、飛騨高山に到着です。
移動と列車待ちでほぼ半日を費やし、到着したのは既に店じまいが始まりだしていた16時半頃のこと。
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この日の宿は駅から歩いて数分のゲストハウス。古風で風情ある見た目に反して、中は思ったより近代的でなかなか快適な宿です。

しかしながら、宿より先に欲するのは何よりもお風呂と観光。
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閉店済みと開店中が半々程度の古い町並みを抜けながら、観光案内所で仕入れた情報に従い銭湯を目指します。

道中、気になる博物館があったので予定をねじ曲げてちょっと寄り道も。
飛騨高山まちの博物館、内部は撮影禁止ながら高山にまつわることが網羅的に展示してあり、観光の予習としてはとても参考になるところでありました。
内庭も美しく、次はもっと時間に余裕のあるときに行ってもいいかと思えるものです。
しかし悲しいかな、この日はお風呂と夕食を残しているので少し急がないといけない状況でありました。
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そんな訳で外に出れば、空は夕日も大変美しく台風が迫っているとは到底思えない空模様。
赤紫に染まる黄昏時の町並みを満喫しながら、今度こそ銭湯へと歩みを進めました。

案内所で紹介された銭湯は、市街を流れる宮川にかかる朱色の中橋のほぼ根本。高山陣屋のちょうど対岸という、思った以上に観光地に近い立地ながら、店構えは昭和の町場の銭湯といった風情です。
扉を開ければ、すぐに番台があり店員のおばちゃんが料金を受け取り、そのまま奥がすぐに脱衣所という古典的銭湯スタイル。お客さんも私以外は地元の常連さんといった様子で、今でもこんな銭湯が残っているのかと、その古めかしい有り様に感嘆してしまいました。
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そして、お風呂の後はお夕飯。ふらりと見つけた飯屋兼飲み屋が、良心的な値段で美味しい料理と地酒を堪能できるお店となかなかに幸運。
加えて飯屋で隣の席になった地元のおじさんから、高山の歴史やら文化やらを教わることもでき、この日は非常にツイていると感じる一日でありました。

食後はゲストハウスに戻り、ここでも同宿の方々と再度飲み直して、よくわからなくなってきた感じで就寝。
翌日朝、若干お酒が残っていたのだけが瑕疵でしょう。


一夜明けて、台風の手先が伸び一日中、降ったり止んだりの続いた日曜日。

朝方は高山名物の宮川朝市まで、同宿人と連れ立って観光へ。
油断ならない空模様でも、観光朝市は活気のある様子で漬物やら木工やらを売り出し、楽しげな日常を演出していました。
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一旦宿に戻り荷物を整理したら、それぞれの今日の目的地へと向かう同宿人と別れて、一人旅再開。
この日も午前中は古い町並みの観光地区を散策し、寺社仏閣や古い建物を巡りました。
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初めに行ったのは観光地区の北辺に位置する日下部民藝館と吉島家住宅。
江戸期には天領として栄え、その後も飛騨の中心地として重要な地位にあった高山市街には、今も立派な木造建築が多く残ります。
飛騨の匠の技術が惜しみなく活かされた町家や商家は、味わい深い風情と不思議な安心感があり、気を抜くといつまでも寛いでしまいそうな良さがあります。
また都市部の富裕層の建物なせいか、農村の家とは重厚さも緻密さも違うのが興味深いところ。往時の一帯の豊かさを思い知らされるようでした。

古民家に続いては、北辺を東に辿って櫻山八幡宮に行き着きます。
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この八幡宮、寺社仏閣が多数並ぶ高山市内でも、屈指の規模と由緒を誇ります。規模にふさわしく手入れされた境内は、なかなか風情がありました。
ところで、興味深いのはこの辺りの神社、社殿が東西を向いた構造をしている点。南北に流れる川に沿った細い街の都合なのか……南面が常識だと思っていたばかりに、不意に自分の方向感覚に違和感を覚える時があり、不思議な気持ちになりました。
何か由緒があるのかもしれませんが……調べるのは又の機会でしょう。
また、この神社は山車が練り歩く高山の花形のお祭り、秋の高山祭の中心でもあります。
惜しいことにお祭りは次の週末だったのですが、そうなれば逆に混み合ってしまい思うように散策出来なかっただろうと考えておくことにします。
お祭りで練り歩く山車の数々は、この櫻山八幡宮境内の資料館で見学可能。大きく迫力があり、是非ともお祭りの中で見てみたいのではありますが、悩ましいところです。
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参拝からの資料館見学を終えての去り際、神式の結婚式が行われているのを目にしました。結婚、いいなぁ。

神社を後にしたら、観光地区を南下して古い町並みの特に集積している地区を目指します。
道中、町中の山車の倉庫で来週のお祭りに向けた準備をしている様子に出くわしたり……こういう舞台裏は、お祭前に行かないと見れない、ならではの光景でしょう。
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ちなみにこの日の昼食は飛騨蕎麦。信州そばと似た田舎そばの味わいで大変美味でした。特に濃厚なそば湯は特筆に値するかと思います。

お昼をはさみつつも古い町並みを南下する散策は続き、平田記念館という古民家や、山桜神社という町の隙間のような神社も訪問。
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山桜神社は前日に飯屋で仕入れた知識では、江戸初期の大名金森氏の愛馬の頭骨をご神体とした神社なのだとか。“山桜”とはそのまま馬の名前から来たものであり、今でも社殿の奥には頭骨があるとかないとか。
歴史を知って訪れると、市街の小さな社にも深い意味を感じるようで、面白いです。

市街を南へ進む歩みは最終的には南の果て、日枝神社に行き着いて終わりを告げます。
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こちらの日枝神社は北辺の八幡宮と並んで由緒があり、氏子を高山市街で二分する神社。春の高山祭の中心となるところだそうです。
市街に飲み込まれつつある八幡宮に対して、こちらは町外れの静謐な立地と言った印象。参拝して御朱印を貰うまでが一連の流れです。

日枝神社を詣でた後は、流石に針路を北へと戻し再び観光地区へ。
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かつての市の役場を流用した高山市政記念館で、高山市の歴史や役場の誇る立派な庭を見学したら、少し急ぎ足で駅へと戻ることにいたしました。


高山駅へ戻った理由は、次の目的地へ向かうため。日に数えるほどしか無い北へ向かう列車に乗り込み、向ったのは隣町、飛騨古川です。
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こちらも古い町並みで少し名の知れたかつての天領。もう随分昔のはなしになりますが、朝の連ドラで舞台となり一躍有名になったりした町です。

もっとも、ここでも最初に向かうのは神社の方。古い町並みとは線路を挟んで反対側。
盆地の東縁、西側斜面に建つ気多若宮神社に参拝です。
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由緒書きによれば、気多神社といえば能登の一の宮。こちらの“気多”もそれに通じるものがあり、出雲から越国へ派生した祭祀の系譜に連なるのだろうとか。
真相は知る由もありませんが、とてもロマンのある話で大好きです。

余談ながら高山・古川はもう何年も前に家族旅行で訪れたことがあったのですが、年が経てば記憶も曖昧になるもの。
高山の風景と古川の風景がごっちゃになり、どの神社が古川でどの建物が高山だったかと曖昧だったのですが、今回の旅行でだいぶ記憶の整理ができました。
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閑話休題。
秋の日曜日でありながら、雨模様のせいか人影もまばら古川市街をぐるりと散策したら、喫茶店でバスを待ってこの日の宿に移動することにいたしました。
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この日の宿は古民家の離れを改装したという飛騨古川のゲストハウスioriというところ。
母屋は資料館、蔵はカフェや美術館に改装されており、同じ敷地内の少し奥まった場所に宿は立地しています。
まだオープンしたばかりだそうで、なんとも言えない未完成感は否めないものの、木の温もりを感じる古民家独特の雰囲気は非常に落ち着くものがありました。
この日は日曜の晩ということもあってか、ゲストハウス泊まりでは初めての同宿人無し。
管理人さんと雑談したり(宣伝まで手が回ってないので知り合いに広めといて的なこと言われたり)、ひとり酒を決め込んだりして、のんびりと過ごす夜でありました。

聞くところによると、同敷地内の古民家にある囲炉裏や竈を使うことも出来たのだとか。特に竈で炊いたご飯は絶品とのこと。朝食に頂戴したおにぎりも、冷凍されていたはずなのに確かに美味でありました。
これは機会があれば、是非とも竈飯を食べるためにもまた来たいところです。あとウィンタースポーツも、でしょうか。


ところで、日曜の日中は傘の扱いに悩む程度の雨模様で済んでいた台風の影響でしたが、本番はこの日曜の夜半から月曜の朝方でありました。
寝ている間に本体が過ぎ去ったのは幸運でしたが、それでも山間部の多い高山本線は見事に運休です。
ド平日でありながら身動きの取れなくなった月曜の午前中は、宿の好意に甘えてのんびりとお茶でも飲んだり、隣の古民家を見学したりしながら天候の回復を待ちました。

そんな事情なので、昼食も敷地内のカフェを改装したカフェレストランで。
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ランチとしては少々値段が張り量も多めな印象でしたが……とっても美味しいパスタとパンを、風情ある空間で味わうことが出来ました。

昼過ぎ頃には天候も回復してきたので、運行情報の収集も兼ねて路線バスに乗り再び高山へ。
駅にて列車の時刻を確認したところ、北へ向かう列車まではまだ2時間ほどある様子。折角なので、エクストラステージとばかりに、もう一度高山観光に繰り出しました。
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初めに向かったのは前日行きそびれた観光地区から少し外れた市街北西に位置する飛騨総社。
総社とは、奈良平安の時代、朝廷より国を任された国司が祭祀の手間を省くために地域の有力な神々を国府近くに合祀した神社のこと。
飛騨総社も例に漏れず飛騨国各地の有力な神々を合資した神社です。
由緒に違わず、こちらもよく整備された趣ある神社でありました。

その後はさほど距離も離れてなかったので、なんとなく櫻山八幡宮に再び。
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平日なのか高山祭が真近になったのか、普段は閉じられている社の扉をあけて掃除したり、境内の石灯籠に囲いを設けたりといった、神社の裏方に巡りあうことが出来ました。

その後、当て所無くぐるりと観光地区を巡り、なんとなく白山神社に立ち寄ったり。
ここでは、奥の方から雅楽の音色が聞こえるので、なんとはなしに様子を伺っていたところ掃除をしていた管理人の方に「氷菓のファンの方ですか?」なんて声をかけられてしまいました。
聖地巡礼の意識は全くなく立ち寄っていたのですから、偶然とは恐ろしいものです。
イエスともノーとも言いがたい状況に、曖昧に返答しつつ聞いてみると、ここには御朱印はないとのこと。
少し残念に思いながら、雅楽の音色についても聞いてみると、これもセンサーで自動で流してるのだとか……奇妙にハイテク、面白いものです。
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そんなこんなでようやく列車の時間になったので北へ向かう猪谷行き普通列車に乗車し、ようやく飛騨高山を離脱です。

予定より約半日遅れています。ここからは一路、奈良への帰還を目指すだけなのですが、こうなってくると不安なのは無事に終電までに帰り着くかどうかですが、幸いに西側の路線の遅延はあらかた解消された様子。
最悪、特急を捕まえれば、なんとかなるだろうと軽い見通しで、神通川沿いの渓谷地帯の車窓を楽しみます。
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富山と岐阜の県境であり、JR東海と西日本の境界駅である猪谷など、周囲をぐるりと霧をまとった山々に囲まれ、まさに深山幽谷の風情。
雨に濡れ夕暮れの薄暗くなり始めた様子が、日本の奥深くまで来たのだと満足感を与えてくれました。


猪谷から富山へ抜け、北陸線を西へ向ったところまでは順調だったのですが、金沢辺りまで来たところで特急列車の遅延が発覚。
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全く念頭になかった事象でしたが、どうやら強風のために本来の湖西線経由から北陸線の米原経由に切り替えての運行中なのだとか。
そのため、北陸圏内では定刻でも京都・大阪に着く頃には30分ほど遅れてしまう見込みとの説明。
土壇場に来て、特急ですら京都で打ち止めが発覚したことから、諦めて大人しく鈍行の行き止まり敦賀まで行くことにし、運良く休みであったフォロワーの“りゅーせい”さんと合流して、彼の家に泊めていただくこととなりました。


そのため、帰宅は翌火曜日の午前中と相成ってしまいました。
ちょっとしんどい状況ながら、流石に月曜をまるまるサボってしまったので、これはマズイなぁと頑張って研究室に行ったところボスが出張だったのが最後のオチでしょうか。

予定外の3泊4日でしたが、結果的には久しぶりの少し無理した一人旅。
なかなか楽しく満喫できる小旅行でありました。

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