月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


亜熱帯の島の話

梅雨時のはずが一向、雨の少ない今年の6月の奈良。
梅雨前線がどこに居るかと思えば、はるか南洋の方に未だ停滞しているのだとか。
半袖で過ごしやすい気候の日々が続き、快適ではあるのですがそろそろ渇水が怖くなってくる頃合いですね。

ところで、就活も無事に終わり修士論文作業に移行し始めた今日このごろですが、社会人に逆戻りする前にどうしてもやっておきたいことが一つ。
日本の領地でありながら、飛行機も無く片道2日、船便の都合で往復は6日を費やす南洋の島があります。
就職したら、どう転んでも海外より行きにくいと思い(主に財政面での)万難を排して、小笠原諸島に行ってくることにしました。

今回の同行者はフォロワーのぼややんさん。
東京港の竹芝桟橋で待ち合わせして、諸手続きを経たら、小笠原へ向かう唯一の定期船“おがさわら丸”乗船です。
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素晴らしい天気にワクワクしながら、いざ目指す南洋の離島に向けて出港したの先週の木曜日、6月13日のことでした。

この日は西側で発生した台風の出来損ないのような低気圧に翻弄され、やたらめったらと揺れる船旅。
天気には恵まれ、生まれて初めての海面に沈む夕日を眺めたりしながらも、その実情は波に翻弄されてほとんどグロッキーな有り様。
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外甲板で宴会に興じる強者もいましたが、ほとんどが船内でおとなしくしている状況です。
せっかくの夕日もギャラリーは数えるばかり。かく言う私も、歯を食いしばって夕日を拝んだはいいものの、そのままほぼダウンしてしまいました。

そして起きて外を見遣れば、この天候! どんより曇り空どころか、海霧で視界不良という容赦の無さ。
小笠原諸島は最大の島、父島の二見港が目の前なのですが今ひとつ見えないくらいです。
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余談ながら、この日は港内に輸送艦“しもきた”が停泊中。硫黄島関連なのでしょうか、甲板上には陸自の車両などが満載でした。
おがさわら丸の入港の時に目前ですれ違ったのですが、舷側にいた乗組員さんに手を降ったところ、振り返してくれたのは嬉しかったですね。
この日は天気こそ悪かったものの、海況は穏やかで前日の二日酔いもすっかり治り、無事に二見港に接舷して到着とあいなります。
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ここで昼食を摂ったら、予め予約していた隣接する南島のガイドツアーのために当該の漁船へ移動です。

南島は父島から狭い水路を挟んで1kmもない至近の小島。無人で全島が天然記念物に指定されています。
美しい光景と特異な沈水カルスト地形がイチオシの観光地ながら、専任のガイドの同行なしには上陸が許されない様な厳格に自然が守られた土地です。

そんな訳で小舟で二見港から海を渡り、沈水カルストの入江に停泊です。
ここから上陸なのですが、その手法はまさかの岩場にアンカーを打って引き寄せた挙句、飛び移る荒業。
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平地は少し内陸にあるので、上陸したら立ち止まる暇もなくひたすらよじ登ります。実にワイルド。
しかも石灰性の岩場は、雨の侵食により切り立った剣先のように鋭く尖っています。
幸いに手が切れる程の鋭利さはないものの、間違えて踏まれたりした日にはちょっと考えたくない事になりそうです。

しかしながら、流石は南洋の島。曇天でも海の綺麗さはピカイチです。
水底のエイまでよく見通せる透明度には、思わず息を呑んでしまいました。
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または内陸部のヒラベソカタマイマイの半化石群なども。
この半化石のカタツムリたちは有史時代にはまだ生存していたのだとか、この島にしかいなかった固有種だったのだとか。はたまた別の島には未だカタツムリの固有種が遺るのだとか……ガイドさんには逐次、歴史から生態系まで種々の解説までしていただき、興味深いの一言に尽きる次第。
波打ち際のカニの話と、モグラのごとく穴を掘りウミガメの卵まで食べてしまう強いカニの話まで。
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この島での活動の制限や、天気のことなどなど……折よくツアーも私と連れの二人だけの参加だったため、無人島情緒を味わいながらオーダーメイドな解説を伺うことが出来て非常に良い探訪となりました。
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また父島への帰路には、爆撃により航行不能になって挫傷した大戦期の輸送船も見学。
錆朽ちて機関部を露出するほど哀れな姿となっていますが、それでも台風の多いこの島で70年以上形を保っているのは驚くべきことでしょう。
遠くに現代の輸送艦が居るのも、なんだか因果なようでとても気に入ります。

父島に帰還したら、この日は他に予定もないのでこのまま宿にチェックイン。
荷物を整理したら、近隣を散歩です。私達が宿泊したのは父島の中心街である大村地区から歩いて小1時間ほどの扇浦地区。
数軒の宿屋とビーチがあるだけの本当に小さな集落です。
しかしながら歴史を紐解くと、どうも大村よりも古くからある地域な模様。小笠原諸島を発見したとの伝説が残る小笠原貞頼を祀った神社などがあったりします。
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そんなこんなで周囲を散歩し、夜の海で遊んでいるうちに夜は更けていきました。
対岸の灯りが大村地区、その左に浮かぶしもきたの舷灯の明るさには度肝を抜かれました。


W杯日本代表の初戦と重なった小笠原二日目の朝は、天気の好転に期待をかけたものの、生憎の曇天2日目。
むしろ海霧が濃密になって、よりやばい感じです。
海に繰り出すのも今ひとつだったので、レンタル原付きを借りてこの日は島内一周に割り当てることに。
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雲中にそそり立つJAXAの電波望遠鏡など、無用に迫力があって怪獣と対決も辞さない存在感が有りますよね。
しかしながら、世の中そうそううまくいくものでもない様子。
父島南部の小港海岸まで至ったところで、ついに雨が降り出す憂き目にあいます。
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哀愁ただよう無人の海岸も、これはこれで個人的には風情があっていいのですが、碧い空と蒼い海を待ち望んでいた人には辛い光景なのであります。

致し方無いので、このまま雨天の間隙をついて大村地区に戻り、ビジターセンターの資料展示を見学したりして過ごす次第。
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もっとも、島が島だけに資料館等の雨を避けて楽しめる施設の数などたかが知れているのが現実。
余った時間は喫茶店に入って、雨止みに一縷の望みを託してのんびりと午後の時間を送るしか無いのです。
南の島の喫茶店で雨宿り。字面だけ見れば、大変にオシャレでバカンス感あふれる、非常にハイソな時間の使い方。
事実、パッションフルーツのパウンドケーキと小笠原産の珈琲は実に美味で、言い知れぬ焦燥感も押し流される快適な時間の使い方だと思えました。

そうこうしているうちに、いい加減に夕飯を意識する時間になって要約雨も小康状態に。
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折角なので目についた大村地区の裏手にある大神山神社に参拝して、宿に戻ることとなりました。
明治以降に日本領となった小笠原に古風な神社などある道理はなく、この神社も明治以降の勧進。
しかしながら、集落から最も目につく山の中腹にある立地は、まさに神の居ます場所にふさわしいもの。雨の雰囲気もあってなかなかに神聖な境内の空気を醸し出しておりました。

余談ながらこの雨季の小笠原の余録として、シロアリの大発生が有りました。
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ちょうど繁殖期に重なってしまったようで、日没後の数時間だけピンポイントで羽アリの大量発生。
街灯や玄関の灯りに群がって雲霞のごとくです。さらにはシロアリを狙って、カエルまで灯りのもとに大発生。
油断すると室内に入ってくるので、屋内の明かりを消して人間様は隠れるように様子を伺う有り様です。
のんびりとお酒でも飲みながら災禍が去るの待とうかと思えど、途中で飽きてしまい外に飛び出してカメラを構えて、大自然を満喫してしまった次第。なかなかに刺激的で面白い夜を過ごす事が出来ました。


さて、悲しきかな翌日もやはり霧は濃く、青空は遥か遠く……過ごしやすい気温であったので、この日の午前は戦跡ツアーに参加です。
南島ツアーの経験から、少人数制のツアーを探して目をつけたのは最大4名という極めて小規模なガイドツアー。
事実上の個人的にガイドを依頼するような体ですね。夜明山の父島要塞遺構を見学です。
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ガイドさんから長靴を貸していただいたら、あろうことかこの天候のまま亜熱帯の森へ。
藪漕いで云々どころではない、とんだジャングルクルーズの始まりです。
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手始めに海軍の食料庫だったという掩体壕へ。
入り口こそ、何の事はないちょっと大きめの防空壕なのですが、なかに踏み入れば車も走れるのではないかという極めて広い空間がそこにはありました。
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鉄の格子扉や大型の碍子も現存し、ここが軍事的に意味を持った人工の構造物だったことがありありと伝わるような、そんな雰囲気です。
他にも原形をとどめた遺構物が数多この亜熱帯の林の中に。四一式山砲など、当時から博物館クラスの骨董品だと思っていたのですが、どうやら現役だったようです。
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他にもガイドさんイチオシの、野ざらしのまま放置されて袋の形のまま固まってしまったセメントの山なんてものも。
何らかの事情で集積されたまま、工事が中断してしまったのだろうとか……今も昔も麻袋の形や積み方は変わらないんだと、ちょっと感心してしまいます。
海軍式の高角砲は、未だに十全な形を留めトーチカの中から海を睨んでいるのが、また歴史の凄みを感じさせます。
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またここで教わった話ですが、どうもこの亜熱帯林は父島が要塞だった時代には存在しなかったものなのだとか。
ちゃんと地盤は整備され、今の様子から想像されるようなジャングルのなかに隠された秘匿陣地ではなく、整備された道と整備された足場のもとに広がる近代的な要塞だったとのこと。
その関係もあってか、父島には手付かずの自然のような太い木もなく、今の林も大半がその後の放置で自然に還ったために生じたものだとか。
全くそうは思わせない鬱蒼とした木々の密度に、また亜熱帯の自然の強さを思い知らされる思いです。

ちなみに海軍式もあれば陸軍式の高射砲も当然有ります。
こちらもトーチカから海を睨んだ姿のまま現存。俯仰を調整する歯車の歯が残っている程の保存度には驚愕するばかり。
砲自体は博物館や写真で見ることがあっても、この様に実働状態を遺すのは小笠原ならでわでしょう。
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放置されたレール資材も含めて、なかなか知ることの出来ない陣地や装備の距離感や規模感を体で感じることが出来たような気がします。

斯様な次第で戦跡ツアーを終えたものの、天気は生憎なままだったことから、この後はウミガメの保護に取り組む「海洋センター」なる施設と、水族館のある水産センターを続けて見物することに。
ウミガメは保護にも力を入れている反面、今でも食材として活用されているのがこの小笠原の特徴。
昼食で寄った島寿司屋さんの大将の言では、もともとはハワイ方面から全身残らず使って煮込んだものを食べる方法が伝えられたのだとか。
しかしながらいつの間にか、日本らしく刺し身にして喰らう文化が出来てしまったりなんなりと。
味は鶏肉に似ているのですが、独特の臭みがあるのが爬虫類らしいところ。処理の仕方や食べる部位によっては臭みがなくなるそうですが、通の人に言わせればそれではカメを食べた気がしないとかなんとか。
もはや保護の為に、本場ハワイや同じくカメ食の文化があったフランスでは、もう食べることが出来ないのだとか。一方、日本では未だに食べるのは、もう「美味しいのだから仕方ない」とのお言葉、実に日本人らしく頼もしい限りです。
そんな話を念頭に見る子ガメの入った水槽は残念ながら「養殖中の生け簀」としか言い様がないですね。
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一方の水族館、規模は小さいながらも無料で入ることが出来、小笠原の固有種を真近に見れるとなかなかにお得感のある施設でありました。

そんなこんなで、色々と巡って終えたこの晩は、夜の森を探索するガイドツアーにも参加です。
目的はオガサワラオオコウモリと夜光きのこのグリーンペペ探し。残念ながらカメラでは移すことが出来ませんでしたが、リュウゼツランにぶら下がる巨大なコウモリや、真っ暗闇に淡く緑が光るグリーンペペ。いずれも見ることが叶い、非常に興味深くありました。
また、この夜の探索は曇天も相まって、本当に掛け値なしの真っ暗闇。何かの歌詞に「この手のひらも見えないくらい」の暗闇という表現がありましたが、まさにそういう状況です。
勘の鈍い私では、背後どころか目の前に立たれても、全く気付き様がない程です。度胸試しに夜の森と思っていましたが、ガイドさん無しで挑むのはとても無理だと思い知らされてしまいました。


さて、小笠原もついに最終日となってしまった水曜日ですが……天候はまぁお察しでしょう。
大村地区の北側にある三日月山に登り、西の海上を遠望しても遥か遠くにようやく青空の様なそうでないようなものが見れる程度。
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余談ながら、大村地区にも要塞跡が残っています。全島が要塞化されていた証左でしょう。

この日も演習後の休憩なのか、二見港内に自衛艦が停泊しているのが見えました。
掃海艇や掃海艦の類な用で、大型の船に小型の船が接舷している様子や、概要にも順番待ちの船が遊弋している様子が見て取れました。
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そんなこんなの日なので、この日は特にどこに行くでもなく風光明媚な場所を求めて、原付きを借り北へ南へうろつきまわり、ついに帰りの時刻が来てしまった次第。

後ろ髪を(主に青空を見逃したことによって)引かれながら、船へと乗り込みます。
合言葉は「島の子に生まれたい人生だった」でしょうか……。
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船室に荷物をおいて外甲板に上がってみると、なんとお見送りの太鼓が出ているではありませんか。
「航海の安全と、島での再会を祈って」の太鼓なのだとか……そんなことをされては、もう一度来てみたいと思わざるを得ません。
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出港後も二見港内のうちは漁船やクルーザーが並走してくる盛大なお見送り芸を披露。
本当に素晴らしいですね……これほどの待遇は全く予期してないものでありました。

太鼓のご利益があってかどうか、帰路の航海はベタ凪の中を平穏無事に竹芝桟橋へ。
東京着後は町田にてフォロワーのヘク猫や朔さんと一献捧げてから、奈良へと帰ることとなりました。


斯様な次第で非常に楽しい日々を送ることが出来たのですが……「万難を排して」しまった代償は如何とも大き過ぎた次第。
具体的には、日々の出費のバッファとしていた預貯金が殆どそっくり無くなってしまった次第。
今までの金欠とは深刻度の違う状況です。
バイトは当然再開したいですし、節制は今まで以上に。
何かしらの臨時収入でもない限りはライブはおろか、コミケでの身の振り方まで視野に入れて行動しないとならないでしょう……。
致し方ないことですが、ちょっと調子に乗りすぎてしまったかもしれませんね。

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