月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


夏を北陸

晴天に恵まれた3連休。ジリジリとした日差しに、青い空と白い雲。
梅雨もあけて各地で真夏日を記録し、夏本番を実感させるお出かけ日和の休日でした。


連休最終日の月曜は従姉の引越し補助のため千葉方面へ。
従兄に娘ができたり、従姉が結婚したりと、慶事が続いて大騒ぎの親戚一家をお祝いと手伝いを兼ねつつ、主に騒いでる様子を話の種にと見に行った次第。
従姉の実家で荷物を車に積み、荷降ろしがてらに新居を見学をするだけの簡単なお仕事です。
ついでなのでと従兄の家も訪問し一服。帰りがけに前日生まれたばかりの娘さんをガラス越しに眺めて撤収。

人の家見て回って好き放題言って回るのですから、千葉まで出張った甲斐はある程度に面白かったです。
特に赤ちゃん。記憶がしっかりしてくる頃には、妹も大きくなっていたので生まれたての赤ちゃんを見るのはほとんど初めてです。
小さい小さいとよく聞いたので、どんなものかと思ってましたが思っていたより大きく感じた次第。
既に1日経過してるからでしょうが、よく言うよりは全然人間の形してるんだなと思ったのが素直な感想です。


斯様な次第で、殊勝に汗水流した最終日ですが、前日は別の意味で頑張りました。
親父さんと二人で少々気合の入ったドライブを敢行です。

出発はさらに前日、17日土曜日の23時頃。
中央道を抜けて長野道に入り姨捨のパーキングで仮眠を取るところからスタートです。
IMG_4562.jpg IMG_4569.jpg
姨捨のPAは盆地を見下ろすような立地なので、眺望は抜群。
到着時も綺麗な夜景が見えましたが、翌朝起きてみると雲が盆地を覆った幻想的な光景に。
もう少し早く起きれば、雲海が見れたかもしれません。

幸先良く、綺麗な光景を眺めることができたらいざ出発。
長野道から上越道に入り、進路をひたすら北方へ。上越JCTで北陸道に入り、進路を西へ向けます。
かの有名な親知らずの絶壁を過ぎて、能登半島の付け根にある小矢部砺波JCTを経由して能越道の福岡ICで下道へ降ります。
国道8号線から国道471号線を辿り、行き着いた先は能登半島の西側、石川県羽咋市の千里浜です。

はるばる本州を横断してまで、何をしに来たかといえば目的地はこちら。
IMG_4604.jpg IMG_4616.jpg
なぎさドライブウェイ。
百聞は一見にしかずと、実際こんな感じです。
IMG_4613.jpg IMG_4635.jpg
"普通の乗用車"でも砂浜を走ったり、波打ち際に車を寄せて海水浴ができたりできるのが売りという浜です。
なんでもこの様に走れる砂浜は世界的に見ても数えるほどしかないのだとか。
潮風と砂をもろに受けるので、新車を配備する前に行ってしまおうと思い付き、そのままの勢いで来てしまった次第です。

実際に行ってみると、砂は想像以上に踏み固められており、舗装道路と違わない程。
砂浜を走るだけだ、と言われてしまえばそれだけですが波打ち際ギリギリを走れるので、それだけでもなかなか新鮮な経験でした。
また今回は泳ぐことを考えてなかったのですが、ギリギリまで車で来れるので荷物運びの手間が省け、海水浴には非常に楽です。


そんな訳で、なぎさドライブウェイを走り抜ければ目的の7割は達してしまった状態です。
しかし、折角ここまで来てこのまま帰っては流石にバカ過ぎるというもの。
本来なら輪島方面がたまらない魅力を放っていたのですが、この時点で既に翌日の千葉行きは決まってたので無理はできないので、進路をさらに西に向けてみることにしました。
能登有料道路を南へ向かい、国道159号線経由で金沢森本ICより北陸道へ復帰。
進路を福井へと向かい、福井ICで降りて福井市街を一回りした後、一乗谷へ向かいました。

一乗谷はかつて戦国大名朝倉氏の本拠地を置いた土地。
城下町の遺構が比較的良好な状態で残されていることで有名で、復元した家屋なんかもあり一度見てみたいと思っていたところです。
越美北線の駅から歩いていけない距離ではないので、いずれ列車で来ても良かったのですが越美北線そのものの本数が少ないので、この機会に車で来てしまいました。

まずは遺跡の駐車場に併設された食事処で昼食。
ソースカツ丼って実在したんですね……しかも美味しかったです。ごめんなさい、侮ってました。
IMG_4647.jpg IMG_4650.jpg
そして昼食後にお外へ。それにしても天気がいい。
緑豊かな谷間の小道。青い空と白い雲。蝉の鳴き声と日差しの照りつける感覚。
絵に描いた様な夏がそこにはありました。親の実家と言っても地方都市となってしまう私には、憧れそのもの。
天候面まで条件がそろった光景を見るのは初めての経験かもしれず、それだけでもう大満足です。
あとは遺跡の代わりに田んぼが広がってれば完璧なのにと、適当なことを言いながら遺跡見学開始です。

この一乗谷の遺跡は、谷一帯にかつての城下町が広がっていたそうで、一度灰燼に帰してしまったもののうち、後世発掘されたその一部が今の遺跡公園となっています。
私たちは下流側の遺跡の外れにある駐車場に車を停め、上流へ遺跡を踏み越えながら見学する感じです。
上流側の外れにも駐車場はあったのですが、どっちに留めても歩く距離は大差ないでしょう。

上流の数区画は有料ですが、復元家屋が何件か見学できる領域。
IMG_4679_20100720030542.jpg IMG_4665.jpg
数は決して多くはありませんでしたが、しっかりと遺構そのものの上に敷石は柱跡に従って復元した代物で興味深い限り。
便所や厩も付いてるし、工法や間取りまで復元されていて、細部まで興味深く見れる代物でした。

南側の斜面には朝倉氏の山城遺構もあるそうですが、流石に山登りしてる暇はないので登り始めてすぐの庭園より一望だけ。
麓のやたら広いのは朝倉氏館跡だそうです。
IMG_4691.jpg IMG_4702.jpg
山城は通常、立て篭もるために使用するもの。領主といえども平時には麓の館に住むのが普通です。
なので城とは別に館をもちますが、やはり堀と土塁があって家臣や庶民とは一線を画す佇まいです。
正面の復元された門もいい味出してました。

こうやって見てまわると、個々の建築や城の復元や図解を見る機会があっても、実際に空間としてみるとやっぱり違う気がします。
道の幅や建物の距離感、地形の影響のようなものはやっぱり足を使って見ると実感が湧き、面白いです。
これだから、知識だけならネットや本の方が圧倒的に情報量が多くても、やっぱり見てまわるのが大好きです。


そんな訳で夏と歴史ロマンに満足したらもうあとは帰るのみです。そう……再び縦断して帰るのです。
行きと同じ道では面白みにかけるので、県道18号線で峠を越えて鯖江ICから北陸道へ。
進路をさらにさらに西へ向けて敦賀を経由し、琵琶湖が意外と見えない長浜を通りすぎて米原JCTへ。
ようやく豊郷行きなどで慣れた名神へと入り、進路も帰路に正しい東へ向けます。

小牧JCTから中央道に入り、もう見覚えのある道を順調に行くのみと思ったのですが、そうは問屋が卸さない。
岐阜県、長野県と通過し山梨県に入ったところで、運悪く渋滞の情報。まともに突っ込むと何時間かかるかわからないという非常に頼もしいお話。
仕方ないので、一宮御坂ICで降りて下道を経由することに決め、河口湖や山中湖を横目に見ながら帰りつきました。


そんなこんなで親子そろって何を頑張ったのか、23時間で1150kmを走破する謎のドライブ。
北陸は初めての土地だったので、多くの知らない地名に触れたのですが、一番印象に残った町名はこれ。
IMG_4639.jpg
「美川 県一の町」……こんな下らないネタが頭に焼き付いて、高速で素通りしただけの町名を覚えてしまったことが、悔しくてたまらない。
これを考え実行してしまった誰かに脱帽です。

コメント

そーうん殿>
流石、一乗谷をご存知でしたか。
相当どころか北の京と称されるほどの繁栄ぶりだったようです。
そこまで広い街が出来たのか少々疑問ですけど、なかなか凄かったようですよ。
西ですか~、ありきたりですが姫路城とかみたいですね

おお!一乗谷w
朝倉家の最後は悲惨なものがありますけど、城下町なんかは結構栄えていたようなことを聞いたことがあります。
あー西のほうの城見に行きたい・・・

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