FC2ブログ

月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


伊勢と台風の半月会

異例の西進する台風が、本州を通り抜けていった7月最後の週末。
各地でイベントが中止され、交通機関が止まり、前例のあまりないという事象の推移に固唾を飲んでいた頃……ツイッターの旧友とも言うべき半月クラスタ達は、あろう事か台風の進路の真下でオフ会を開いていました。
伊勢で半月オフを開催すると、天候が荒れると誰ともなしに以前から言われてましたが、いよいよもって極まってきたようですね。

伊勢での半月オフ自体は去年も開催していたのですが、私は所用により参加できなかったため、今年が久しぶりの伊勢訪問
です。
前回の訪問は2013年、まだ大学院に居た頃のこと……思えば遠くへ来てしまったものです。


そんな訳で、会社の飲み会でしこたま飲まされた金曜日。
当初の予定では、終電で東京まで出て土曜日に備えたかったのですが、うっかり横になったが最後、目が覚めたのは終電が遥か過去になった時間でした。

仕方なしに始発で出立して、東京から新幹線と近鉄特急を乗り継ぎ、約5年ぶりの宇治山田駅に降り立ちました。
移動中に朔さんと合流した後は、駅近くの喫茶店にて和泉冴氏、わため氏、雫氏、さわさわ氏と、今回の半月オフ参加者の過半数と無事に合流です。
oise(30).jpg oise(35).jpg
とりあえず、特に理由もないですが外宮に参拝しておきましょう。
ちなみに今回は冴氏と雫氏が車を出してくれたので、2台に分乗して移動しました。
もうママチャリでロードバイクを追いかけたりなんてしません!

大いに行程の無駄感はありますが、外宮に参拝した後は再び宇治山田駅へ戻ります。
昼飯代わりに、駅の裏手にある「半分の月がのぼる空」の聖地、まんぷく食堂でからあげ丼をいただきましょう。
oise(38).jpg oise(40).jpg
からあげ丼も5年ぶりですが、店構えから味わいまで、変わらない良さを体現しているようで本当に安心します。
一方で食べる側は……傍らにビール瓶が置いてあるようになってしまい、あまり褒められない変化ですね。
節制を思い出さなければいけません。

からあげ丼の後は、もう一つの重大な聖地、砲台山こと虎尾山の山頂へ向かいます。
oise(50).jpg oise(53).jpg
心なしか、以前よりも鬱蒼とした藪の中を抜ければ、見慣れた光景。
懐かしい思い出が蘇るようですが、実際問題としては虫の脅威の方が重大な問題です。
それも含めて、大事な思い出とも言えますが……今回もバッチリ、蚊に刺されてしまいました。

砲台山からは続いて、伊勢神宮の内宮を参拝します。
oise(65).jpg oise(71).jpg
こちらも既に幾度となく参拝した光景。多くを語ることはないでしょう。

天照大御神に旅の安全を祈ったら、門前のおはらい町へ赤福氷を食べに向かいます。
台風が近いといえど、流石は土曜日。おはらい町はなかなかの人出で賑わっていました。
oise(75).jpg oise(87).jpg
そういう訳で幾年ぶりの赤福氷。前回食べたときは、タイムアタックをする羽目になってしまいましたが、今回はゆっくり落ち着いて食べれました。
同行者曰く「ゆっくり食べる赤福氷はこんなに美味しいなんて……」と。

斯様な次第で赤福氷を味わい、夜のための地酒も購入したら、いよいよこの日のお宿へ向かって移動開始です。
伊勢道路を抜けて、小一時間ほどのドライブ。目指すは志摩市の海辺の方です。
案内板に従って小道に入り、駐車場に車を停めて100mほど歩いた先の渡し船乗り場へ。
宿の手配した渡船に乗り込み、既に対岸に見えている目的の島まで、5分ほどの小航海です。
oise(98).jpg oise(108).jpg
辿り着いたのは渡鹿野島という志摩の的矢湾に浮かぶ小さな島です。
この日の宿は、海辺に位置する島唯一の温泉がある旅館です。

海の見える大きな畳の部屋に風を感じられる露天風呂、宴会場での夕食と、なかなか泊まることのない高級な宿の雰囲気にテンションも鰻登りです。
oise(112).jpg oise(115).jpg
気になるところといえば、宴会場の案内板に記された名前が、どれを見ても一筋縄ではいかなそうなことだけでしょうか。
特に「お誕生日お祝いミステリー」はなかなかに名前だけでもミステリアスですよね。

それはそれとして、部屋に荷物を置いたら、少しばかり時間もあるので島を散策です。
oise(126).jpg oise(139).jpg
渡鹿野島はかつては“売春島”とも呼ばれた曰く付きの島。離島であることも相まって、あからさまな売買が行われていたのだそうです。
元来が熊野灘の風待ち湊だった歴史もあるそうで、古い港に付きものな花街の名残があるのは然るべきなのでしょうが、それにしても極端な事例と言えましょう。

しかしながらも幸か不幸か、今となってはすっかり寂れて――もとい、浄化されてしまい、かつての置き屋や飲み屋が並ぶ町並みもすっかり静まり返っています。
聞くところによれば、多少はまだ往時の商売の残滓が残っているそうですが、敢えて見つけ出すことでもないでしょう。
ただ、離島独特の細く入り組んだ路地と、花街の残骸の組み合わさった独特の凄みは、言い知れぬ雰囲気を醸し出しています。
oise(161).jpg oise(163).jpg
大手を振った観光地ではないものの、物好きな人にはウケそうなシチュエーション……と言ってしまうと、怒られてしまいますね。

そんなこんなで、島の市街をぐるりと回ったら、宿に戻ってひとっ風呂。
台風が近付いて風が強くなるなか、露天風呂で海風と開放的な湯船で温泉を満喫したら、いよいよ夕飯の時間です。
滑り込みで後から合流したヘク猫も交えて、宴会場で豪華な料理をいただきましょう。
面白い中居さんの語る島の昔話など聞きながら、熊野灘の海鮮や手の混んだ料理を味わっていれば、時間はあっという間に経ってしまいました。
oise(184).jpg oise(195).jpg
部屋に戻って、トランプで遊びながら飲み直していれば、さらに夜は更けていきます。
テレビをつければ、昼間でうろうろしていた宇治山田駅に台風中継が入り、嵐の様子を実況しています。
それほどまでかと、外を見やれば目の前の街灯が揺れ動くほどの大嵐ぶりでしたから、絶句してしまいますね。
雨は真横に叩きつけるように降り、波が防波堤を舐めたまま風に煽られて霧吹きのように霧散していきます。
この写真を撮った少し後に、台風が伊勢に上陸と発表されたので、まさに中心近くの暴風雨を目撃したことになるでしょう。最近は台風が直撃するタイミングで他所に居る機会も多かったので、これほどの嵐を目のあたりにするのは久しぶりの経験でした。

ちなみに、この暴風雨では渡し船も欠航です。
我々も島に閉じ込められる形になっていますが、一番の被害者は遅れてくる予定だった最後の参加者、キャプたん氏です。
今回の半月オフの主催者でありながら、やむを得ない事情で出遅れてしまい、大急ぎで宿に向かっていたはずなのですが……敢え無くタイムオーバーとなってしまった次第です。
彼はこの後、何を思ったのか一人でラブホに泊まって大はしゃぎして、ツイッターでバズるのですが……。

閑話休題。
島に辿り着いたメンツは、離島に閉じ込められたシチュエーションにはしゃぎながら、日付が変わる頃まで飲み明かし、一人また一人と寝落ちして朝を迎えました。


日曜の朝は“台風一過”と言うには今一つすっきりしないながらも、なんとか船は出る程度には回復した状況で起床です。
滅多にないようなちゃんとした朝食で、前日の酔いを覚ましたら、荷物をまとめて宿を撤収です。

にわか雨に曝されながらも渡し船で本土に戻ります。
oise(201).jpg oise(211).jpg
駐車場に辿り着いた頃には青空が広がるのですから、本当に不安定な空模様です。
しばらく、荷物の積み込みなどをして待っていれば、キャプたんも24時間遅れで合流し、ようやく全員集合です。

この日のアクティビティは雫氏の伝手で借りた海辺の土地で、バーベキューをやること。
渡鹿野島対岸の駐車場から車で15分ほど走り、台風の余波に荒れる海が見える浜の近くで、肉を焼きました。
oise(217).jpg oise(246).jpg
余録として、浜まで降りてのお酒も少々。半月クラスタお約束の文字列も浜に書き込んで、楽しく昼を過ごしました。

終いはおはらい町へ戻って、再び赤福氷を食べる会。2日目は再びタイムアタックです。
2名ほど1分を切る速度で吸い込んでしまうのですから、唖然とするばかりでした。
oise(252).jpg oise(261).jpg
赤福氷を食べ終えた頃には、時計の表示は17時を過ぎる頃合いに。名残惜しいですが、帰りの時間が気になる頃合いになってしまいました。

帰路も近鉄特急と新幹線を連携する最速ルートで、家路を急ぎます。
それでも東京駅を出たのは22時過ぎ、自宅に帰える頃には日付が変わってしまいましたが、これは全部内房が遠いのが悪いのです……。


そんなこんなで、久しぶりの伊勢にて楽しい週末を過ごすことができました。
月曜日は午前半休をとって、精神と体調を整えてから出勤です。
なんとか気合を入れて、会社に行くことができた自分を褒め称えたい気分ですね。

繁忙過多の備忘録

殺人的な暑さに日々を振り回される7月半ば。
研修課題に一般業務に出張に……と、平日はなかなかまとまった時間が取れないのが悩みどころです。

既に先週末のこととなってしまいましたが、先の海の日の3連休は高岡に寄り道しつつ加賀白山へ登ってきました。
同行者はフォロワーの朔さん。いずれ余裕を見て日記にしたいと思いますが、ここでは非常に天気が良かったとだけ書き残して置きましょう。


そうした次第で、多忙を極めた今週のこと。
稼働日が1日少ない分が、見事に跳ね返ってしまい目の回るような日々を過ごした火曜日から木曜日に対して、金曜日は東京出張の用事があったので、午後からは少しだけ余裕がありました。
仕事上がりには東大の総合研究博物館に寄り道して、久々に文化的な時間を過ごしました。

その後は飲み屋探しを兼ねて秋葉原を彷徨いていると、不意に大学院時代の後輩から飲みの誘いが掛かってきました。
絶好の機会とはまさにこういう時のことを言うのでしょうか。大学院の後輩2人が当時博士研究員だった方も交えて、東京で飲むのだとのこと。誘われていかない理由はないですね。
東京駅で合流して、八重洲口界隈でぶらりと終電間際まで飲んで過ごして、華の金曜日を過ごしました。


一転して、土曜日は大変遺憾なことに出勤日。20時近くまで働いてしまい、甚だしい人権の喪失です。
全くもって辛く悲しいことですが……如何ともし難いのが社畜のしがらみです。辛い以外の言葉は特になしです。
あまりに辛いので、そのまま終電近い列車を乗り継いで、内房を離れて実家へ帰ってしまいました。


どうにか人権喪失の土曜日を乗り切ったら、ようやく迎えた念願の日曜日。フォロワーのヘク猫氏と香港から来たあんこう氏を交えて、この日は上野界隈で昼酒です。
殺人的な暑さの中でも、半屋外の昼飲み屋でビールや日本酒を仰ぎます。
香港へ帰るあんこう氏が離脱した後も、東京国立博物館の縄文展見物などを挟みつつ、数件を飲み歩いて夜を迎えました。
流石に19時を過ぎた頃には飲み飽きてきた面もあったので、適当な頃合で撤収することに。
日付が変わらない程度の時間で帰宅し、今に至る次第です。


本来であれば、先週の日記も書きたいところですが……来週も存分に忙しい予定です。
状況を打開したいのはやまやまですが、世の中ままならない事も多いのが悲しい現実ですね。

ひとまずは死なない程度になんとか乗り切るしか無いと、自分に言い聞かせて日々をやり過ごしましょう。

赤城山麓巡航の話

梅雨もあけてすっかり夏の風情……と思いきや、猛烈な雨が西日本を襲った七夕の週末。
関東も災害級の豪雨にはならなかったものの、どことなくどんよりとした空模様でした。


そんな天気の不安定な週末ですが、土曜は朝から両親と実家の車を転がして群馬県の赤城山方面へ。
昨年、妹が就職によりこの方面に引っ越した都合もあり、妹宅を足掛かりに群馬観光しようとなった次第です。

そんな訳で内房から外環道と東北道を経由して館林側から群馬の領域へ。
途中で妹をピックアップしたら、最初に向かったのは前橋市内の二宮赤城神社です。
akagi(1).jpg akagi(15).jpg
この赤城神社は二宮の名を冠する通り、上野国の二宮と推定される神社です。
赤城山を山岳信仰の対象とした赤城神社は延喜式にも名が載る古社。その後裔を名乗るのは赤城山中の大沼畔にある大洞赤城神社と、中腹にある三夜沢赤城神社、そして山麓を下った平野にあるこの二宮赤城神社と、三社鼎立して真相は歴史の闇の中です。
一説には二宮赤城神社が里宮、三夜沢赤城神社が本宮だとする解釈もあるのだとか。
真相の程はさておいても、訪れた境内は静かな雰囲気と木造の社務所が印象的な神社でありました。
天気が良ければ、赤城山がよく見えたことなのでしょうが、この日は雲の間に隠れてよく姿が見えませんでした。

二宮に参拝したら、ここからは赤城山へ向けて一気に北上します。
大胡の市街地を過ぎて、県道16号線を駆け上れば、行き着いた先が三夜沢赤城神社です。
akagi(21).jpg akagi(30).jpg
平野に鎮座した二宮赤城神社から一転して、山腹の鬱蒼とした緑に囲まれた起伏の多い境内が特徴のこの神社。
曇天の湿った雰囲気と相まって、より神聖な雰囲気を醸し出していました。
最近、こんな光景ばかりな気もしますが……気のせいでしょう。


2つの社を巡ったら3社目を目指して、県道16号をさらに駆け上って赤城山の外輪山を越えてカルデラ内へ。
上毛三山にも数えられる赤城山は、日本でも有数の規模を誇るカルデラを備えた火山なのだとか。
その山頂部は覚満淵や赤城大沼など、いくつかのカルデラ湖が点在しており、高原リゾートといった風情を醸し出しています。
大洞赤城神社は、そんなカルデラ湖のなかでも最大の赤城大沼の畔に鎮座する社です。
序列として奥宮なのか、はたまた後世に鎮座したのかは定かではないものの、今では赤城神社の中でも最も繁栄している社と言えるでしょう。
akagi(55).jpg akagi(60).jpg
丹塗りの拝殿が目麗しい神社でありました。

ちなみにカルデラ一帯を指して赤城山の山頂と認識されますが、本来の最高峰はこの赤城神社の裏手に位置する黒檜山と呼ばれる峰なのだとか。
外輪山をぐるりと巡るハイキングコースは地図を見るだけでも気持ちよさそうです。
天候が良ければ、少しくらいハイキングに……と言いたい距離感なのですが、今回は曇天に家族連れ。無理はできませんね。
周辺の観光施設をぶらりと散策する程度に収めておきましょう。
akagi(74).jpg akagi(85).jpg
他にも大沼でのボート遊びや、バンガロー村に、冬場はスキーと高原リゾートらしい観光施設は一式揃っています。
少し年季の入った雰囲気なのはご愛嬌でしょうか。これはこれで趣があるのですが……営業しているのか不安になる建屋も結構見かけたのは秘密です。

この日の一番の光景は大沼から歩いて10分ほどの一回り小さい覚満淵という沼地でしょう。
akagi(92).jpg akagi(96).jpg
霧に覆われた木道と水面、その向こうにうっすらと見える湿原の緑は、まさに山間の高原といった神秘的で心地よい雰囲気に満ちていました。

この日は赤城山観光を終えたら、西側の県道4号線の方から下山して、そのまま妹の家へ。
近くの日本料理店で夕飯を食べ、家族で妹宅にてチビチビと飲みながら夜を迎えました。


実家にいるのと大差ないグダグダ感で朝を迎えた日曜日は、そのままのんびりと過ごしてしまい、家を出たのは11時頃という怠惰ぶり。
旅先と言うには何か違う不思議な感覚を抱えながらも、この日もドライブの続きを始めます。

最初に向かったのは太田市の冠稲荷神社。Google先生の口コミいわく「厳かなテーマパーク」との紹介に惹かれて、興味本位で訪れた次第です。
akagi(107).jpg akagi(108).jpg
参拝した感想としては、然りまさに「厳かなテーマパーク」といった雰囲気です。
お守り授与所のファンシーな雰囲気など、なんとも言い難いものがありました。
しかしながら、文化財指定された摂社があったりと、歴史と由緒は相応にありそうな印象です。
古墳時代の毛野国以来、なんだかんだで重層的な歴史のある地域ですからね、侮りがたしです。

そんな太田市から再び北上を開始して、この日は桐生から銅街道を北上し栃木県の足尾銅山へ。
足尾銅山は小学校の修学旅行で訪れているハズですが、ほとんど記憶に無いので実質初めての観光です。
足尾の町は渓谷沿いの僅かな平地に、所狭しと住宅や工場を押し込んだような、まさに鉱山の町といった様子です。
一昨年くらいに行った神岡を思い出すような町並み、建物の密度の割にどこかひっそりと静まり返っている印象を受けるところまで同じでありました。
天気が良ければ写真を取りたかったのですが……生憎と雨が降ってきてしまったのは日頃の行いでしょうか。

そんな訳で町並み散策はすっ飛ばして、早々に足尾銅山観光へ。
足尾銅山観光はそのものズバリ、足尾銅山の坑道を見学することができる観光地です。
akagi(118).jpg akagi(137).jpg
内部では蝋人形による鉱山作業の紹介も行われています。
最盛期には当時の最新技術がふんだんに投入され、国内屈指の生産量を誇った銅山の繁栄を窺い知ることができました。
akagi(155).jpg akagi(143).jpg
反面、銅山の施設だけあって教科書にも載る鉱害事件については少々触れるといった程度の言及具合です。
当然といえば当然ですが……その関連の紹介は、銅山観光から街の目抜き通りを挟んで反対側にある足尾歴史館で見学することができます。
こちらは規模こそ小さいものの係員の方が解説をしてくれましたので、情報量は銅山観光にも負けていません。
往年の生活から鉱山の正負の影響まで、多様な資料が少々雑多に展示されていて非常に興味深い内容でした。


足尾銅山の観光を一通り巡ったら、いよいよ帰りを考える頃合いです。
両親は再び妹の家に寄ってから帰るということなので、私の方は家族と別れて一人わたらせ渓谷鉄道で帰宅することにいたします。
akagi(193).jpg akagi(194).jpg
足尾から一駅北側、始発駅の間藤駅まで車で送ってもらい、ここからはガタゴトと単行列車に揺られて桐生駅まで全線完乗です。
車窓に渓谷美を眺めながら1時間半ほどのローカル線の旅を経て、関東平野へと戻ることになりました。

桐生からは再びわたらせ渓谷鐵道に乗って折り返し、相老駅から東武特急に乗って押上まで一気に戻ることにいたしました。
特急料金込みでも、両毛線から東北線経由で帰るのと大差ない運賃です。東武線の運賃の安さに驚かされてしまいますね。
akagi(209).jpg
最後はスカイツリーの麓で、月曜を迎え撃つため夕飯代わりの一杯を引っ掛けてから、千葉へと戻りました。


そんなこんなで月曜日……色んなことの締切や悩みのタネに囲まれてしまい、今週も厳しそうです。

養老渓谷宿営

気付いたら瞬く間に梅雨が明けてしまい、夏が訪れた2018年。
観測以来最も早い梅雨明けなのだとかなんとか……雨の滴るコテージで、のんびりと過ごす算段が、気付いたら真夏のコテージでビールとBBQの企画にすり替わっていました。

そういう次第で、元寮生とフォロワーの朔さんを誘って、房総半島は養老渓谷にある奥養老バンガロー村に泊まりに行ってきました。
先週もこの界隈に居た気がしますが……そんなタイミングもありますよね。


バンガローと言えば河口湖では何回か宿泊していますが、それ以外のところは実は始めてです。
どこも大体、同じ感じなのかと感心したのが正直なところです。
バンガローは養老渓谷の川からほど近い台地の上にあります。
bang(5).jpg bang(17).jpg
駐車場は川を挟んだ反対側にあるため、荷物はリフトで運びます。この間も似たようなものを使った気がしますね……。

テントの設営もないので、荷物を運び込んだら準備完了です。
早速、ビールを開封して駐車場とバンガロー群の間にある河原へと下りました。
bang(25).jpg bang(31).jpg
夏を迎えた養老渓谷の川面が美しい限り。前回は雨模様のためわかりませんでしたが、浅く平たい水底のため水面があまり波立たないのが特徴的です。
川でありながら水鏡のように緑を写し込んでる様が非常に綺麗でした。

ビールを程よく空けた頃合いで、河原から撤収しバンガロー前に拠点を移して第二ラウンドへ。
bang(45).jpg bang(48).jpg
肉や肉以外のものを焼きながら、お酒を舐めて夜が更けていくのに任せながら過ごしていきました。


一夜明けて日曜日も晴天佳日。青空が気持ち良いのですが、バンガローの中は寝苦しいほど暑くなってしまいました。
bang(65).jpg bang(72).jpg
そういう次第で、朝ごはんを食べたらだらだらと撤収の準備を整えてチェックアウトの時間を迎えます。
チェックアウトを無事に済ませたら、続きは房総の田舎を満喫するためドライブです。

房総の細い小路を抜けて養老渓谷を粟又の滝方面へ走り、近くの温泉でまずは一服です。
煙臭くなった服と体を処理し、晴天下の露天風呂でこんがりと焼き上がりながら、しばらく惚けるように過ごします。
温泉を満喫して一息ついたら、さらに車を転がして15分ほどのところへ。
Google地図に教えられた“廃校舎を流用した土日のみ営業の蕎麦屋さん”でお昼ご飯です。

校舎を流用していながら、入り口は昇降口ではなく倉庫か給食室かがあったと思われる脇道に設けられた不思議な構造。暖簾をくぐるとすぐにお店の方が居て、その場で注文とお会計をするシステムです。
bang(76).jpg bang(77).jpg
注文後に席を選ぶシステムはなかなか興味深い仕様です。
席も校舎内外に何箇所も設けられており、畳の座敷から普通のテーブル席、パラソル下の屋外席まで好きなシチュエーションを選べます。
校舎内は2000年代初頭と思われる地図や備品が並び、廃校となった頃の雰囲気を忍ばせるようになっています。
なかなかどうして、小学校時代の作品を衆人環視の下に置くのも罰ゲームな気もしますが……他人事として見るには面白い限りですね。
そんな訳で、今回は座敷席でぐったりごろごろしながら蕎麦を楽しみました。

蕎麦の後は、気付けば長居しすぎてしまったこともあり、外房側へ抜けて鴨川から有料道路で帰る経路を選択です。
日が沈む前には解散の運びとなり、良い夏の始まりを味わったまま、月曜と向き合う夜を迎えることになりました。


明日からはまた平日の日々……なんとか生き残りたいですが……また険しく辛い日々が始まってしまいますね。

 | ホーム | 

カレンダー

« | 2018-07 | »
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

中の人について

molmol

Author:molmol
連絡先:aria_freak@ホットメール、mixi


社会的圧力に負けて働き始めた巫女好き提督。2年かけて回復したSAN値を瞬く間に失い、工場街のおんぼろアパートでサバイバルなう。

何かにつけて神頼みする近所のお稲荷様に感謝

個人的リンク

私が勝手に(無断で)貼ったリンクもあります……。 どうか、ご配慮願います。

分類……してないなぁ?

"兵站"内の探し物はこちらへ

月別ログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2Ad