月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


茅ヶ崎野営

週明けに関東を見舞った大雪以来、寒波が居座って凍てつくような日々を送る羽目になった1月の4週目。
社内試験のノイローゼになりそうな運用に心身を削られながらも、どうにか生き残ってやり過ごし……この週末は満を持しての今冬2回目となる冬キャンプを実施しました。


行ってきたのは茅ヶ崎市にある柳島キャンプ場。海辺の松林にある町場のキャンプ場です。
実家の近くで高校の友人“総統代行”とフォロワーの朔氏と合流し、荷物を整えたら圏央道を南下してすぐ。
早々に荷物を降ろしたら、買い出しも済ませて昼過ぎからまったりと野営が始まります。
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今回も何故か1人1火種活動が捗ります。1人、七輪を投入する猛者がいたのはご愛嬌でしょうか。
嵩張りますし、着火までの手間も大概なのですが、一旦安定してしまえばその炭火による火力の安定感は焚き火の比ではありません。
図らずも文明の利器の偉大さを思い知る気分でしょうか。

ビールと焼肉に始まって、ゆるキャンを見習った坦々餃子鍋と日本酒の組み合わせへ。
さらにはオイルサーディンを炭火で炙って、醤油とニンニクでいただいて22時の消灯時間まで淡々と杯を傾けて夜を過ごします。
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余録として、当然いつもの高温活動も行います。周囲に転がる松の枯れ枝を使えば、面白いほど簡単に燃え上がって昇温も捗ってしまいます。
スチール缶と組み合わせた簡易的な炉を拵えれば、念願のガラスの軟化点までもあっさりと到達してしまいました。
未だかつてない程の温度に容易に到達してしまいますから、松の燃えやすさには驚くばかりでしょうか。「松明」として用いられるだけのことはあるんですね、今後も活用していきたいところです。

スローペースなお酒のせいか、量を飲んだ割には悪影響も少ないままに就寝して、翌朝はキャンプ場の裏の海岸から日の出を眺めて朝を迎えます。
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南東の空から昇る朝日は洋上ではなく三浦半島か房総半島の上から姿を表します。
驚いたのは遥か東方に聳えるはずの筑波山のシルエットまで確認できることこんなに遠くまで見通せるとは思いもよらないことです。(※2/8:方角を調べ直したら房総半島の山らしいです。見た目がそっくりで驚くばかりです……。)
加えて、房総半島の南端部は水平線上に浮かび上がって、いわゆる蜃気楼というべき状態に。蜃気楼なんて話には聞いていても、本物を拝むのは初めての経験です。
いいものを観てしまいました。たまには早起きもするものです。

蜃気楼と朝日を眺めた後は、夜明けを過ぎても下がり続ける気温に難儀しながら朝食を摂って、チェックアウトの時間となります。

帰りがけに近くに鎮座する鶴嶺八幡宮に参拝です。
源氏が関東地方に進出した当初に勧請したと伝わる由緒正しき八幡宮です。
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境内はそこかしこにラミネートされたお守りやおみくじの案内が掲示された、少し俗っぽい町の小さな社と行った風情。
しかしながら、旧東海道から境内まで約1kmほどの距離を真っ直ぐに伸びる参道と、一部で保存された松並木に、その歴史の深さと過去の隆盛ぶりを偲ばせる凄みがありました。
ちゃんと御朱印も頂戴して、無事に帰路へ。


今回の冬キャンプ、火勢をつけすぎて備品のいくつかに穴を開けてしまったのだけが痛恨事でしょうか。
そんな日もありますよね……。
今週は社内試験でナーバスさが続く日々。早く終わってほしいものですが、ままならない。

「賭博師は祈らない」を読んだこと

類まれなる晴天から一転、月曜には首都圏が豪雪に見舞われた1月下旬。
先は二十四節気で大寒だったとか。次の立春は本義的には陽気の始まり、即ちこれから暖かくなる季節であり、言い換えれば最も寒い頃合いのこと。
季節通りの振る舞いに見舞われて、二の句も告げられずに大混乱する首都圏を尻目に、月曜日の内房地域はみぞれ混じりでも平常運転です。
諸々の事情が重なって社内試験に釘付けとなり、週末が無為に溶け出したとしても、月曜日は容赦なく予定通りに過ぎ去って行きました。


週末は土日とも引き篭もりで、社内試験に備えて勉強モード。実際には半分は豚の角煮の製作に費やしていたとしても、“外出しなかった”事実には代わりはないでしょう。
こんな週末の過ごし方もいつぶりのことでしょうか。
2日も続けて自室にこもっていると、その性に合わなさにほとほと嫌気が差してしまいます。

そんな週末の日記のネタにふと思い至ったのが、最近久々に躊躇いなく“お気に入りのラノベ”と言える個人的ヒット作「賭博師は祈らない」の話でしょうか。作者は周藤蓮先生、電撃文庫の刊行です。
個人的に印象深いラノベといえば、ARIAと並んでこの10年を方向付けた原点とも言え、今でも度々ネタに上がる“10年前のラノベに囚われたヤバいオタクが一杯いる作品”こと「半分の月がのぼる空」や、10年以上前に日記で言及した「麗しのシャーロットに捧ぐ」と「楽園 戦略拠点32098」が挙げられるでしょう。
他に記憶を探ってすぐに出てくるタイトルと言えば妙に個人的な感性に刺さった「ポストガール」や「カレイドスコープのむこうがわ」がありますし、より近年ではアニメが(一部で)不朽の名作と化した「GJ部」も捨てがたいところ。
昨今の“ダンまち”や“このすば”も好きで買い集めているのは事実ですが、微妙に大ヒットとはズレたラインで心に刺さってしまうのは、世間に馴染めない一派の如何ともしがたい性でしょう。


そういった感性の持ち主に刺さっても、不吉な予感しかしない気もするのですが……それはそうとしても近年稀に見る個人的ヒットとなったのが、件の「賭博師は祈らない」シリーズです。
2018年1月の時点で3巻まで発刊。雰囲気としては4巻目も続く見込みですし、できることならもっと先まで続いて貰いたいところ。
1巻のあらすじは、そのまま電撃文庫から引用して――

 十八世紀末、ロンドン。
 賭場での失敗から、手に余る大金を得てしまった若き賭博師ラザルスが、仕方なく購入させられた商品。
 ――それは、奴隷の少女だった。
 喉を焼かれ声を失い、感情を失い、どんな扱いを受けようが決して逆らうことなく、主人の性的な欲求を満たすためだけに調教された少女リーラ。
 そんなリーラを放り出すわけにもいかず、ラザルスは教育を施しながら彼女をメイドとして雇うことに。慣れない触れ合いに戸惑いながらも、二人は次第に想いを通わせていくが……。
 やがて訪れるのは、二人を引き裂く悲劇。そして男は奴隷の少女を護るため、一世一代のギャンブルに挑む。


――と言うもの。
既に去年の発刊時点で読んで、この日記上においても言及しているのですが、改めてあらすじを確認しても大体好みです。
薄幸少女と絆される男というシチュエーションだけでも、概ねクラクラするほど好みです。
徐々に表情と感情を取り戻し、章を、巻を重ねるごとに見せるリーラのコミカルな挙動や、要所要所で効果的に示される葛藤。あるいは主人公ラザルス側の不器用な愛情と、賭博師の本分としての無情さが鈍る描写は、謳い文句にある“痛ましくも愛おしい”交流を強く感じさせます。

しかしながら、この作品の魅力はそれに留まりません。
一つ目には徹底した合理主義と、王道ラノベ的ながらも無理を感じさせない論理展開でしょう。いずれの巻においても、登場人物の大半は非合法な世界に片足を突っ込んだカタギではない面々。そうであるが故に、己の身と立場を守るためには、カタギ以上に建前や体面を守らざるを得ない存在として描かれています。
このしがらみを効果的に描くことで、大体のことを賭け事(を経由した駆け引き)で解決しようとする“賭博の世紀”の物語を、現代の読者でも腑に落ちる行動原理へと自然に落とし込んでいるように感じます。
己の利益も大事だが、度を越した横紙破りはいずれ立場を失う。非情な敵役からロクデナシの主人公まで、シンプルですが社会に生きていれば自然と共感できる社会の縛りに基づいて、動機付けが成されて動いていく様は読んでて明快です。
さらに、だからこそ情に絆されて、純粋な利益から外れた行動を示したときの主人公の姿に、よりカタルシスを感じることができるようにも思われます。

もう一点は魅力的な登場人物の数々。2巻で重要な役割を演じ、3巻にも登場した“田舎の地主の娘”エディス一味をはじめ、複数巻に跨って登場する人物も少しは登場しますが、基本的には1冊きりの登場なのがポイントです。
1巻で重要な役割を演じた主人公の友人や関係者、3巻で物語の鍵を握った謎の少女ジュリアナ、2巻で物語の進展に貢献した田舎の子供。また、いずれも舞台を変えてしまった続巻では影も形も現れないのですが、それでいて十全に魅力的に描かれているのは驚くべきことです。
あるいは逆に、前巻では端役のような存在だったキャラが続巻では意味を成すのも、伏線の妙を読むようで感心するばかりです。
敵役となる存在も3巻とも入れ替わっていますし、多様な登場人物が惜しげもなく投入されながら、容赦なく順次退場することで物語としては煩雑になりすぎないのが絶妙です。

最後に本題の賭博についても、毎回違うゲームを題材にしており興味深いです。
違うゲームと言っても、道具はダイスかトランプと相場が決まっていますが、それでも時代背景を踏まえて“それっぽい”ゲームと“ありそうな”イカサマで物語のクライマックスに賭博勝負が演じられます。
登場人物同士の掛け合いや腹の探り合いにイカサマ、ハラハラするような熱い駆け引きも賭博を題材にしたラノベとして、当然の魅力です。
が、それ以上に個人的に魅力的なのは、主人公の段取り八分と言わんばかりに仕込まれる先手を打った仕掛けや予防線による勝負の幕引きでしょう。
読書メーター等の感想を見ていると、拍子抜けすると言った否定的な反応も見かけますが、劣勢側が大勝負を仕掛けるならむしろ当然で自然なことだと思うのが私の感想です。
どんな一手で勝負を片付けるのか、それも含めてワクワクしてハラハラさせるのだと思いますが、この辺は勝負事に対する姿勢の好みかも知れません。

何はさておいて、久しぶりにぐっと語りたくなるようなラノベに出会ってしまった印象。ここ半年以上、手が空くと読み直してしまいます。
同じ本を週一の頻度で開くなど、教科書以外では初めての経験かも知れない事象です。
今だからこそ“頻繁に読む”で済んでいますが、10年前に出会っていたらトランプにハマってイギリスに飛んでいったか……あるいは逆に、まだ感性に刺さらず流し読みで終わっていたか……。
詮無きタラレバですが、気になってしまうシリーズを書き残さずには居られませんでした。


それはそれとして、あまり外出がはかどらない昨今。
行きたいとこリストは積もるばかりですが、このシリーズの舞台となっているイギリスもいずれは訪れたい土地にノミネートです。
特に3巻の舞台、バースは旧市街の鉱泉地区が世界遺産にも指定されているそうでこれは機会を見て行かなければならない土地の筆頭と言っても過言ではないでしょう。

北海道の鉄路横断の話

強烈な寒波に襲われたという今週末。
零下20℃に及ぶ凍てつく寒さが北海道を襲い、豪雪地帯新潟でもすら雪で電車が止まる有様だったとか何とか。
幸か不幸か別件の軛により遠出をせずに済ましてしまったので、平穏な関東で他人事のように眺めることしかありませんでした。

そういう次第なので、今週の日記事項はないのですが、話は遡って先週の3連休周辺の回想録に。
正月休みの後半戦、都合よく飛行機のチケットも取れたので北海道へ雪見に行ってきました。


1/4は朝から羽田空港に向かい、釧路便で北海道へひとっ飛び。あっという間に北の大地です。

釧路たんちょう空港からバスに揺られて釧路駅前へ。駅近くのホテルにチェックインして、荷物を預け終えたら既に15時過ぎです。
北の大地の日没は16時過ぎと少し早め、暗くなるまで1時間と少々しかないですが、何はともあれ観光に繰り出しましょう。
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釧路は道東南部、太平洋に面した河口に港を構える町です。
かつては後背に釧路炭鉱を構えていたそうで、今も化学系の工場などが立地しているそうですが、どちらかと言うと観光と漁業の町でしょう。

何はさておき、まずは駅前で拾った観光地図に神社を見つけたので、御朱印を頂戴に参拝することに。
向かったのは釧路国一宮、厳島神社です。
駅から釧路川を挟んだ川向こう、明治以来の市街地が広がる元町界隈の町外れに聳える小高い丘に鎮座しています。
“釧路国”とは明治初期に律令国に倣って北海道に設置された令制国の一つ。各国に一宮を称する神社が設定されたのもこの頃のことでしょう。
江戸期の創建だそうですが、名に違わぬ賑わいのある神社です。
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神社の脇の斜面は公園となり、港を一望する展望台もあります。
薄雪の積もり、凍てつくように澄んだ空気と、どことなく背の低くのっぺりとした建物群。北国に来たなと実感する光景です。

また釧路は夕日の町としても観光を推しているのだとか何とか。澄んだ空気と南西側に海を臨んだ地形が夕日鑑賞向きなのでしょう。
日没は16時過ぎのこと、御朱印を貰ったら大急ぎで夕日スポットの幣舞橋へ向かいます。
幣舞橋は市街中心の釧路川を越える一番海側の橋。町の開闢以来、掛け替えられながらもずっとそこにある橋だそうで、夕日がよく見えるオススメスポットとして観光ガイドにも紹介されています。
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実際には季節が冬至に近すぎたせいか、日没は海ではなく陸地の方になってしまいます。
それでも、その夕暮れ空の美しさは夕日の街を標榜するに十分なほど。更には不完全ながらも“太陽柱”と呼ばれる夕日から光の柱が昇る気象現象にも遭遇することができました。
Wikipedia曰く、風の少ない冬の日に空気中の氷が一方向に配向して太陽光を反射することで観測されるのだとか。
まさに条件としては悪くなかったようです。非常に良いものを見れました。

この後はまだお酒を飲むには時期尚早に感じたので石川啄木の記念館となっている旧釧路新聞社へ。
石川啄木は2ヶ月と少しだけ、この地で仕事をしていたそうで、その当時の足取りと釧路新聞社の活動が紹介されています。
2ヶ月ちょっと働いただけで記念館になるのですから……文豪は凄いと、少し複雑な気分にもなりますね。
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その後は飲み屋さんで地酒と海の幸、地元料理を堪能し、翌朝は8時過ぎの電車で釧路を後にすることになりました。
ここからは「釧路→網走→旭川→新函館北斗→東京」の通しの乗車券を購入し、途中下車がてらの寄り道観光となります。

この日は釧網本線をひたすら北上して終点の網走へ。
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車窓は釧路湿原から原生林を抜ける山越えへと変化し、斜里町の付近からは右手にオホーツク海を臨むことができます。

数時間の列車旅で辿り着いた真っ白い町並みが網走です。
網走と言えば名高き網走監獄! 本来の網走刑務所は市街地に立地するのですが、観光地としての監獄博物館は明治期の建屋を郊外の山の上に移設してあります。
丁度よいバス便が無かったので是非もなくタクシーを利用して向かうことにしました。
タクシーの運ちゃん曰く、この日の外気温は氷点下2℃。この季節にしては“暖かい”そうです。実際、日記を書いてる今週は氷点下10℃を下回っているのだとか……見てみたかったような、命拾いしたような……どちらでしょうか。
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監獄博物館に到着したら、見学の前にまずは併設の食堂で腹ごしらえ。
折角なので現代の刑務所飯を再現したメニューを頂きます。思った以上に質素な見た目ですが、曲がりなりにも公的機関の食事、健康的な味付けというべきでしょうか。不味くはなかったです。

腹ごしらえが済んだら、この旅一番の目的地と言っても過言ではない監獄博物館の見学です。
威風堂々とした往年の門から入館します。
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館内には戦前の貴重な刑務所関連建屋が立ち並び、幾つかは資料館として、またいくつかは蝋人形による展示となっています。
自給自足のための農機具小屋の展示や、道路開拓に繰り出された時代のタコ部屋の原型となる簡易宿舎、あるいは看守の長屋に監視塔まで移設されています。
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監獄の暖房は熱が効率よく均等に巡るよう、煙突の形に気を遣っていることなど、なかなか興味深い展示の数々も。
北方まで来た甲斐のある充実の展示内容でありました。

監獄の後は再びタクシーをお願いして、更に山の高いところにある北方民族博物館を見学。その名の通り、北緯45度程度より上に分布する諸民族の民俗資料を集めた博物館です。
トナカイやアザラシなど似たような獣を狩猟の対象とし、脂を食材として珍重したり毛皮を交易の輸出品としたりといった共通点。あるいは各民族独特の楽器や信仰、住宅の様子を紹介しています。
無料で学芸員の方に案内してもらうこともでき、こちらも非常に見応えのある展示を堪能することができました。
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そんなこんなでこの日も日没を過ぎたら撤収の頃合い。無謀にも帰りは徒歩を選択してしまい、凍てついた夜道を小一時間掛けて下山する羽目に。
たまには……そういう経験も悪くないのかもしれませんが、あまり何度もやることではないと自覚するものです。
下山後、ホテルを目指している途中で遭遇したのが、写真の旧網走刑務所正門。今はお寺の山門となっているのですが、受付の遺構やどことなくいかつい門構えが独特な雰囲気を出していますよね。

この日もチェックイン後は、夜の街に飲みへ飛び出して過ごしました。


翌朝は凍てつくオホーツク海を遠望する河口港を眺めながら、後背の丘に鎮座する網走神社に参拝。
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網走が漁港として拓かれた時代に勧進された弁財天の祠に端を発する網走一番の神社です。
雪と氷に閉ざされたモノクロ気味の神社ですが、巫女さんも居られて御朱印もいただくことができました。

神社のあとは再び市街に下って網走川を渡り、対岸のモヨロ貝塚を目指します。
橋の上から岸辺を見やれば、休眠状態の捕鯨船も確認できます。往年はこれで北洋に繰り出し、商業捕鯨に精を出していたことなのでしょう。
他にも知床半島などの山並みや、防波堤の向こうの荒れるオホーツク海も望むことができましたが、流石に写真にするには遠すぎる光景でありました。
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そんな訳で訪れたモヨロ貝塚は、しかしながら雪の下。この雪の下にオホーツク文化を世に知らしめ、弥生時代の代表格とされた登呂遺跡と並んで、戦後真っ先に発掘調査の対象となった遺跡があると思うと、それはそれでロマンかもしれません。
ちなみに石碑のすぐ背後には、貝塚に関する資料館もあり発掘された遺品や発掘の経緯の展示もあり、ちゃんと勉強になるので安心です。

モヨロ貝塚に続いて網走郷土博物館も見学。こちらはより広汎に郷土史や自然についての展示が見られます。
特に網走開拓の経緯は、このような寒冷な土地になぜ和人が住み着いたのかがわかりやすく展示されていて、興味深かったです。
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そして博物館巡りを終えたら、ラーメンで腹ごしらえして網走駅へ向かい特急に乗って次の町へと向かうことにします。
網走の町、季節と交通手段の都合もあって絶景と噂の能取岬や流氷博物館には寄れませんでしたし、次は夏に訪れたいなと思いつつ、列車は旭川へ向かって走り始めました。

特急は石北線を快調に駆け抜けて、気付けば北見山地も越えた旭川側へ。
到着が見えてくると、ふと寄り道したくなるのが人の性でしょうか。特急では旭川の一つ前、上川駅への到着を告げる車内放送にて、後続の鈍行旭川行きの存在が告げられます。
大急ぎでその列車の旭川到着時刻を調べると17時過ぎと、十分に問題のない時間帯。上川駅に到着し、雪に埋もれた単行のディーゼルカーを見たら即決です。
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荷物をまとめて特急を飛び降り、雪煙あげて走り去る特急を見送ったら、鈍行列車に乗り換えてガタリゴトリとゆったり旭川駅まで久しぶりの寒い旅を味わいました。

宿の都合で次に下車したのは旭川の一つ手前、旭川四条駅。町外れに位置する駅ですが、旭川駅までも歩いて20分ほどの距離であり、宿はちょうどその中間くらいになります。
都会的な高架駅が雪にまみれながら、国鉄型のディーゼルカーを受け入れる様は、少し不思議な光景に感じますが、こちらではきっと日常なのでしょう。
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町に繰り出せば、海岸沿いの釧路や網走よりも余程厳しい寒さと深い雪が出迎えてきます。
宿の人に紹介された飲み屋で地元料理を堪能し、その後はもう一つ教えられた日本酒バーで隣席の客と盛り上がりながら日付が変わるまで酒盃を重ねて夜を過ごしました。
記憶も曖昧なまま宿に戻ったら、翌日はひどい肩こりに悩まされたのも、致し方ないことでしょう。


北海道4日目の1/7は体調不良を抱えながらも、函館を目指さなければならない日。
是非もないので、ひたすら鈍行列車に揺られていることにします。
旭川から函館本線を乗り継いで、まずは札幌のすぐ南の白石駅を目指します。
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道中は雪も多く、雪煙を巻き上げる列車や除雪風景を眺めることができ、雪国感が旅情を掻き立てます。
白石からは千歳線に乗り換えて室蘭本線方面へ下り、そのまま長万部方面に列車を乗り継ぎ。
苫小牧の辺りから太平洋岸に出て、雪が急に少なくなったことが印象的でした。
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列車は定刻通りに乗り継ぎが進み、長万部で最後の乗り換えをする頃にはすっかり夕暮れ空です。
乗り継ぎに時間があったので、海まで向かって雄大な噴火湾と白い砂浜をぼんやりと眺めて、最後に深呼吸。日没後ももう2時間以上は列車に揺られて、函館に着いたのは19時半くらいのことです。
都合10時間弱、久しぶりに「たくさん、列車に乗れた」と自認できる乗り鉄ができました。

斯様な次第で函館についた頃には周囲は真っ暗。ずっと列車に乗っていたので、肩こりと頭痛も酷いまま。
このまま宿で寝ても良いテンションではあったのですが、しかし本能は函館山に登らない道理も無いとまた、訴えてきます。
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宿に荷物を投げたら、夕飯で体力回復を図ってから急ぎ足で函館山ロープウェイへ。
終発ギリギリに駆け込んで、展望台に上がれば……無理を押して来た甲斐はある光景です。冬の澄んだ空気に、百万ドルの夜景が煌めき、言葉を失います。
寒さに震えながらも下りの終発まで写真を撮り夜景を眺めて過ごし、感激して宿に戻ります。この日は流石にお酒は飲まずに宿ではそのまま就寝としました。


北海道最終日は函館から新幹線で帰るのみ。時間と都合もあったので、函館朝市と青函連絡船摩周丸の見学くらいで撤収となります。
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摩周丸は青森の八甲田丸と対をなす青函連絡航路の記念船です。船内は往時の青函航路の賑わいや、連絡船のアレコレを紹介した展示が並びます。
特に歴代の青函航路のポスターは今見ても旅情を誘う逸品ぞろい。これを眺めるだけでも十分に価値があるものでありました。


そんなこんなで帰路は11時前の新幹線で東京へ。
終電にはかなり余裕をもたせた日程なのは、この後最後にもう一イベントあるからです。

向かったのはZeppダイバーシティ東京。年末にも行った分島花音さんのライブに再び参加です。
多くを語ることはないですが、なんとも言えない寸劇にどう反応すべきか悩みながらも、いつもの最高の歌声と演奏に心は幸せで満ちてしまいます。
連休の最後、出勤に備えて心を強くするには最高のイベントになり、なんとかお家へ帰る勇気を掴んで内房へと帰っていきました。


バタバタと慌ただしく過ごした年末年始、その後も新年会に出張と休まる暇のないままここに至っています。
ようやく平常活動かと思いきや、今度は社内試験が待ち受けて今月中は遠出ができなそうな予感。
ままならぬときは本当にどうにもならないものですね……。

年末年始の回想録

少し遅くなってしまいましたが、新年初投稿です。
喪中のため、おめでとうとは言えませんが本年もどうぞよろしくお願いいたします。

年明けから旅行に新年会、出張と夜の忙しいコンボが続き、ようやくパソコンの前に落ち着いて座れる状況になった次第です。


そういう次第で話は昨年に遡って、冬休み前日の28日の夜にあった大学の友人連中の忘年会から。
定時ダッシュも敢え無く二次会からの合流となった飲み会では、後追いのペースでガバガバと酒を投げ込みます。終電の時間帯にはすっかり出来上がっている有様です。最終的には元寮生の家に転がり込んで「三者三葉」を見ながら寝る始末と、とんだ幕開けの冬休みになりました。

明けて29日は色々起こるコミケ初日。
元寮生の家で8時過ぎに目覚めても、慌てず騒がず優雅に朝食を摂ってからの有明行きです。
着いた頃には12時を過ぎている出遅れ感ですが、この日はフォロワーさんのサークル巡りが主目的。差し入れ代わりのベトナム土産をばら撒きながら、ついでに東方と艦これの島を巡って、目的は達成です。

事が済んだらフォロワーの和泉冴氏と昼食に繰り出し、その足のまま企業ブースを巡って有明から撤収。
大学院時代の友人と会うため場所を新宿に移して、この日もまた終電近くまで飲み会となりました。


流石に一回は実家に帰ってから顔を出したコミケ2日目。
習慣と化して来てしまいましたが、実際のところは前日も会った和泉冴氏のサークル以外には特段に用事もない日程です。
行き掛けの駄賃にとガルパン島を巡ったりしつつも、残りは先日にキャンプをした半月クラスタの面々と雑談でもして過ごすうちに、いい時間になってしまいました。

そしてこの日もまた夜は忘年会。高校時代の友人連中との恒例行事です。
都内の友人の家に集まって、酒を飲みながら一年の反省をスライド発表し夜は更けていきました。


大晦日のコミケ最終日は一転して忙しい日。創作に鉄道・ミリタリー、評論のサークルまで配置されて、行きたいところは山盛りです。
計画的に巡って……というほどの気迫と若さは足りないですが、適当に各島を巡ってお買い物を進めます。
段々、写真関連の本を買うことが多くなり、本格的に趣味が写真にシフトしたのかなと自己分析しつつ巡り終えたら、つぼっちーず氏と合流の算段に。
彼の大学の友人も集まるということで、割り込むような形になってしまいましたが、これもまた何かの縁でしょう。
久しぶりに15時前には有明を離れて、山手線の西側に向かい焼肉となりました。
ちなみにこの焼肉、驚くべきことにノンアルコールでひたすら肉を食べる会。酒のない焼肉など何年ぶりでしょうか……一周回って新鮮な経験になってしまいましたが、たまにはいいものですね。

お酒もないので、お腹いっぱいに食べたら、そこそこの時間で良い感じになります。
私の方はこの後に分島花音さんのライブが控えていたので、ここでつぼっちーず氏一行とはお別れ。彼らは銭湯で一服してから、大洗へ初日の出を観に行ったそうです。そういうドライブもまた面白そうですが、今回は分島花音さん優先です。
焼肉屋さんから吉祥寺のライブ会場へと向かい、茅原実里以来の大晦日ライブに参加となりました。
会場はこじんまりとしてカフェのような雰囲気。立って騒ぐような雰囲気ではなく、落ち着いてお茶でも飲みながら楽曲に耳を傾ける様子でした。もちろん、お酒を飲みましたが……静かに分島さんの楽曲に心躍らせながら酒坏を傾けることができました。
セトリこそ割愛しますが、新曲や既存曲のアレンジ、カバー曲(?)にも触れて楽しい時間を過ごしました。

ちなみにカウントダウンイベントもあったのですが、こちらは残念ながらチケットの確保に失敗。心残りではありますが、処置なしです。
代わりに電車のあるうちに実家に戻って、地元の神社に二年参りして新年を迎えました。


古来より「1年の計は元旦にあり」と言われるほど重要な新年の朝。
2018年の元旦は朝イチで静岡へ向かう計画からスタートです。順調に行けば初日の出を電車内で拝みながら、親の実家に至る計画でした。
実際は見事に寝坊して、優雅に昼前到着の無理のない日程に計画変更です。
すっかり明るくなってから新幹線に飛び乗ったら、自由席は満席のため静岡まで立ち席で移動と相成りました。
非常に示唆的ですね……今年一年、無理しない感じで行こうとして、思わぬところで苦労しそうな……既にそうなっているような……。
頑張って生きようと思います。

元旦の静岡では親の実家で親戚のちびっ子に付き合って、ボール遊びに早駆けにとめったにやらない全身運動を全力全開です。
カメラも勝手に玩具にされて慌てるばかりですが、なんだかんだで楽しいですから子供は好きですね。
翌日見事に筋肉痛になったことを除けば、でしょうが。
ちなみに筋肉痛を抱えた2日は、無理を押して浜北の方まで足を伸ばし、昨年の大河で注目された井伊谷周辺の寺社巡り。もともと地域では有名な寺社だけに、タイミングによっては駐車場も満杯になるほどの盛況ぶりです。
こんなに賑わう寺社でも、いままで知らなかったのですから己の知識の狭さを思い知らされる思いでした。

なんやかんやと動いてはいましたが総じて見ればのんびりな三が日を静岡で過ごしたら、3日には再び神奈川へ。
年末年始の諸行事はこれにて一段落でありました。


所謂正月休み、会社カレンダーの公休日は3日終了。しかし、今年は曜日の配置が絶好だったので4,5日にも有休を確保済みです。
冬休みの後半戦は北海道へと旅行に行ったのですが、これはまた別のページの日記とします。

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中の人について

molmol

Author:molmol
連絡先:aria_freak@ホットメール、mixi


社会的圧力に負けて働き始めた巫女好き提督。2年かけて回復したSAN値を瞬く間に失い、工場街のおんぼろアパートでサバイバルなう。

何かにつけて神頼みする近所のお稲荷様に感謝

個人的リンク

私が勝手に(無断で)貼ったリンクもあります……。 どうか、ご配慮願います。

分類……してないなぁ?

"兵站"内の探し物はこちらへ

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