月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


秋の関西巡り

週末の北日本ではついに市街で雪が降り積もったといい、気付けばカレンダーも後数日で12月に。
いよいよもって実感を伴った冬が迫る今日このごろ。

先の週末は勤労感謝の日から有休を繋いで4連休の生成に成功。
折よく大津で飲み会をする誘いもあったので、秋の残り香を追い求めるため、関西まで紅葉見物に行きました。


もっとも、勤労感謝の日の西進は静岡の親の実家まで。
例年の如く、庭木を伐採して薪の製造に勤しみながら過ごし、夜はタダ酒を嗜んで終わりです。

本格的に西へ向かったのは明けて金曜日のこと。
米原乗り換えで能登川駅からフォロワーのぼややん氏と合流。先立って約束してたカメラのレンズの受け渡しを行い、そのまま彼の車でふらりと湖東ドライブへ出発です。

はじめに向かったのは八日市の近くに鎮座する太郎坊宮こと阿賀神社です。
社殿のある赤神山は琵琶湖周辺でいくつも見かける平野から唐突に盛り上がった山。その山が山岳信仰の霊地として栄えたのが始まりだそうで、名前のごとく本来は仏教系の寺院だったのだとか。
由緒書きには、いつから神社になったのか書かれていませんが、想像は難しくない気がします。
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紅葉の名所としても名高いそうで、斜面をひたすら登るような参道は確かに見事に色づいていました。
また紅葉もさることながら、本殿の立地もなかなかに趣ある代物。
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屹立する2つの大岩の隙間を抜けるように参道を進むと、斜面に張り付くように本殿が建てられています。
頂上でもなければ、特段に何かを遥拝するでもない……身も蓋もない言い方をすれば、中途半端な印象を受ける少し不思議な立地です。
何かの由緒があるのかも知れませんが、むしろ印象深く趣のある神社でありました。

太郎坊宮に続いて向かったのは、車で10分ほどの教林坊なるお寺。
安土桃山時代の庭園が遺り、近江近隣では紅葉の名所として名高い古刹なのだとか。
曰く10年ほど前に無住で廃寺同然となっていたお寺を若いお坊さんが再興し、名園として参観できるようになったのだとか。
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ちょうど見頃を迎えて、見事に色づいた木々と緑の苔の対比、加えて落ち葉の絨毯が古風な建物を彩り、風情ある雰囲気を醸し出していました。
見事な庭園だけに、湖東の観光地としては観光客も多めの印象でしたが、それでも京都の社寺に比べれば遥かに閑静でゆったり回れる空間でもあります。
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写真を撮りながらゆったりと庭園を一巡して、今年の紅葉を心ゆくまで満喫することができました。

教林坊の帰路には奥石神社にも参拝です。奥石と書いて“おいそ”と読み、周辺の地名も老蘇と書いて同じく“おいそ”と読むそうです。
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由緒書に曰く式内社であり本殿は国の重文でもあるのだとか。
間が悪く神職さんがいなかったため、御朱印こそ貰い損ねてしまいましたが、平野を広々と使った落ち着いた雰囲気の境内を満喫です。
いずれ機会を見て再来しようと心に決めつつ、この日はお社を後にすることにしました。


この日は奥石神社の参拝後にぼややん氏と別れて、京都に向かい別のフォロワーさんの大鳥氏と合流して夜の先斗町界隈で一杯。
レモンサワーが名物のお店で一杯キメてから、ふらりと夜の京都を巡って1日の終りを迎えました。


翌朝、京都は河原町のネカフェで目覚めた土曜日は一転して、ひたすら京都の御朱印を集めながら、約束の飲み会へと向かう予定で行動開始です。

1社目は河原町からほど近い京都大神宮なる“京のお伊勢さん”です。
東京大神宮と並んで明治期に伊勢神宮を分祀して創建された比較的新しい神社。神前結婚式の儀式次第を取り決めたりと、一時は隆盛を誇ったようですが、今では街角の小さな神社と言うのが正直な印象です。
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しかしながらこの神社、可愛い巫女さんグッズが一部で非常に有名だったりそうでもなかったりします。
今回の参拝も不純ながら目的の半分は、そこにあったりなかったり……御朱印と一緒にキーホルダーも購入して、京都散歩のはじめとしました。

続いて行ったのは京都大神宮から南へしばらく歩いた京都市学校歴史博物館。
京都は全国に先駆けて学区制の小学校制度を整備した歴史を誇ります。
現在、博物館となっている建物も、その伝統を引き継いで平成初期まで存続した小学校の建屋を流用しているのだそうです。
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内部は残念ながら撮影禁止でしたが、全国的な学制以前の学校システムについての解説や、往時の教科書のレプリカなど、興味深い展示が数多く並びおもしろい博物館でありました。

学校博物館からさらに南下すれば、続いては市比売神社に行き当たります。
こちらは京都の市場の守護、及び何故か転じて女人守護のご利益で知られる平安遷都時に創建された神社です。
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こちらも境内がビルに覆われ、街角の小さな神社を通り越して街角のビルの中の神社といった風情。近代的な印象で、シレッと1000年以上の歴史を誇るのですから、古都は本当に凄いです。

市比売神社からは進路を東に転じて、豊臣秀吉を祀った豊国神社へ。
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伏見桃山時代の名建築や宝物が遺る壮麗な神社ですが、歴史的には大阪の陣の後、参道を閉鎖され重要な神物は近隣の寺社に分割されてしまっていたのを、明治期に再興した苦難の社なのだとか。
宝物はともかくも、積極的な破却はされなかったと言え数百年に渡って放置された建築が原型をとどめていたのか些か疑問ですが……そこを素人考えで勘ぐるのは野暮というものでしょう。
立派な唐門が特に目麗しい神社でありました。

ちなみに豊国神社のすぐ裏手には京都国立博物館があります。
目の前を通り掛かったところ特別展を開催中であり、ちょうど良いとばかりに入館してみたのが運の尽きでしょうか。
秋の連休の特別展、入館までの待ち時間が30分という時点で気付くべきでした……。
館内も信じ難いほどの混雑ぶり。落ち着いて鑑賞するしない以前に、展示品に近づくのも一苦労の有様です。
混んでる博物館なぞ、好き好んで行くべき場所ではないと、以前から知っている教訓を再確認する羽目になってしまいました。

閑話休題。とんだ目にあった京都国立博物館を抜けたら、さらに進路を東にとって京女大に隣接する新日吉神宮に続いて参拝です。
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御所の鎮護として、後白河法皇の時代に山向こうの近江から勧請されたため、“いま”日吉神宮という名になったとのこと。
神使が猿であったり“吉”の字が通じたりすることから、江戸期には内密に豊国神社の神を祀っていたとも伝えられています。
今も新日吉神宮の先へ進めば秀吉の霊廟がある山へと通じているそうです。

御朱印と神社巡りが主題ですので、流石に山頂の霊廟まで行っている余裕はありません。荷物も重いですしね。
再び進路を南へと転じて、東山の南部から今熊野と呼ばれる界隈を縦断します。
平安期には京都の外れに位置し葬送の地であったと伝わる一帯。1000年以上の時を経てすっかり住宅街となり、人々が息づく細い路地が入り組んだ今でも、京都中心部や東山の華やかさとは違った雰囲気を湛えています。
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そんな界隈では劔神社と新熊野神社の2社に参拝し、御朱印を頂きます。
劔神社は地中より得た神剣を祀ったのが始まりとされる神社なのだとか。一説には古に葬られたまま忘れ去られた墳墓の副葬品ではないかとも言うそうですが、真相は掘り返された土と一緒に散り散りでしょう。
曲がりくねった路地の一画にある“地方都市の住宅街の神社”といった雰囲気でありました。
新熊野神社の方はかつて熊野方面へ向かうための街道脇にあったと伝えられ、新日吉神宮と同じく後白河法皇の時代に創建されたと伝わっています。
紀伊の熊野神社から土や神木を京都の近くに遷し、“新”しい熊野神社としたのが始まりだそうで、今も本殿の裏手には熊野古道を模した祠やオブジェの並ぶ小道が整備されていました。

最後に立ち寄ったのは新熊野神社から南に下り、東福寺駅のすぐ北側というべき位置に鎮座する瀧尾神社です。
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創建以来、歴史に翻弄されて所在を転々とし、鎮守の森も失われ、拝殿に彫られた立派な木製の龍が神威を誇示する町中の神社です。
江戸時代、百貨店の大丸の創始者が深く信仰していたとかで、社殿も創業一族の寄進した江戸後期の逸品が現存しています。
絵馬殿にも大丸の寄贈した絵馬が多数遺されており、大丸ビルの写真から今にも消えそうながら江戸期の大丸の様子を偲ぶ絵画まで、何でもない街角に歴史の深みを垣間見ることができました。


瀧尾神社に続いて、折角近場まで来たのですから東福寺にも行ってみようかと足を向けたところ、途中の東福寺駅前から信じ難いほどの人波が姿を露わにしてきました。
冷静に考えれば紅葉シーズンに京都の庭園のあるお寺など、無謀以外の何物でもないでしょう。
圧倒的な人の流れを見た瞬間に考えを翻し、そのまま京都駅方面の列車に乗り込み、京都タワーでお風呂に入って約束の地へと向かうことにしました。

約束の地とは、大津市に所在するフォロワーさんの自宅のこと。ここ数年の恒例行事となっているイカを食す会に参加してきた次第です。
例年のごとく、様々な……普段はしないような話をしながら、しこたまお酒を飲んで気付いたら寝落ちする夜を過ごすことになりました。


連休最終日の日曜日は、午前中をフォロワーの家で過ごして、午後からゆるりと行動開始。
大津駅に荷物を預けて、市街地をぐるりと散策です。

手始めは駅からほど近い位置に所在する近江の四ノ宮、天孫神社に参拝です。
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天孫神社は滋賀県内では規模の大きい大津祭の中心となる神社なのだとか。御朱印を貰った際にも、来年(!)の大津祭のチラシを一緒に頂戴したのは、少し印象的でした。

天孫神社から旧東海道を辿るように西へ歩いていくと、途中では路面を普通(に見える)電車が走ることで有名な京阪電車と遭遇します。
何度か乗ってはいるのですが、見る側に回るとなかなかインパクトのある光景です。
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さらにしばらく歩けば東海道は山越えの峠に挑むために、北国街道と合流して進路を南に転じます。
街道筋を無視して、もう少しだけ西へ行けば長等神社に到着です。
大津に都が置かれた頃に創建されたとされる古社であり、紅葉が映える静かで落ち着いた神社です。
手入れも行き届いて境内の規模も大きく、疑いなく神職さんの居そうな様子だったのですが、この日は残念ながら不在な模様。どこかで別の祭祀をしているのかもしれないと諦めて、次へと向かいました。

三尾神社は長等神社のすぐ北側、琵琶湖疏水の入り口近くに鎮座する兎に縁のある神社です。
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なぜ兎に縁があるのかは、話が煩雑に過ぎて今ひとつわからないのですが、広々とした境内を参拝できれば十分でしょう。

最後に寄ったのは三井寺なる古刹。天台宗の有力寺院であったそうですが、主に比叡山延暦寺との対立により、由緒書きをして“幾度も焼かれた”と自ら書くほど度重なる戦火で堂宇を消失しているお寺です。
一周回って、何度でも炎の中から蘇るためか「不死鳥の寺」と称しているのですから、流石と言わざるをえないでしょう。
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琵琶湖を見下ろす斜面に位置し、少し高台にあるためか紅葉の盛期は過ぎていましたが、壮麗な境内は一見の価値のある代物です。
比叡山側の弁慶が強奪して捨てたと伝わるボロボロの鐘や、置き土産の鉄鍋、おみやげ店では1/150スケールの本堂ペーパークラフトを売っていたりと、面白いところもそこかしこに転がっていて良いお寺です。
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名物は弁慶の力餅なるきな粉団子。甘みが強く美味しかったのですが、狼藉を働いた方の名前を冠して良いのだろうか……そんな疑念も頭を過る逸品でした。

三井寺を満喫したら、時間もいい頃合いだったので関東へ帰ることになります。
京都駅に戻ってみればそこにあったのは予想を超える大混雑。新幹線も自由席は積み残しが発生するほどの満員ぶりで、己の読みの甘さに呆然とするしかありません。
結局、京都から新横浜まで立ったまま乗車して、随分と疲れて部屋へと帰ることになってしまいました。


そんなこんなの4連休を終えて、再びフル出勤の平日が始まります。
今週はもしかしたら1月以来の出張も旅行もない平日の予定です。久しぶりにちゃんと自炊ができると喜び勇んで、野菜や肉を買い込んでしまいました。
しばらくは遠出の予定もないので、落ち着いて過ごすことができるはずですね、多分。

寺社と映画と焚き火の日

秋の満喫もままならぬうちに、急激な寒波が真冬並みの空気を連れてきたこの週末。
この季節には、秋の味覚を焼いたり、紅葉を狩ったり、御朱印集めに温泉――とやりたいことが盛り沢山のはずですが、圧倒的に休日の数が足りません。
少しでも楽しむため、優先順位をつけて寒波に抗ってでも実施したい所存です。


そういう次第で気合を入れたいのですが、寒波に冷たい雨も重なってしまい、遠出をするにはモチベーションの上がらない土曜日は、ぼつぼつと都内を巡って過ごします。

最初に向かったのは浜松町駅から内陸側に少し歩いた芝の増上寺界隈。
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芝大神宮と芝東照宮に参拝し、御朱印を頂戴します。
芝大神宮は大都会の真ん中に鎮座した都市的な境内ながら、その歴史は平安期に伊勢神宮の領地“御厨”に所在した社が起源と言われるほど、古い神社です。
かつては勅願の対象にもされた由緒と規模を誇る神社、お世辞にも広いとは言い難い境内ですが、神職さん、巫女さんもいらっしゃります。
御朱印を頂戴した際には、一緒に生姜の飴とお守りもいただくことができました。

芝東照宮の方は増上寺の境内社に端を発する東照宮の一社。日光、久能山の2大東照宮に次いで、上野の東照宮と並ぶ徳川家に近しい東照宮なのだとか。
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本当のところは難しい話でしょうが、都会の真中だけあって社務所も開いており、中では日光東照宮の案内が掲示されている充実ぶり。
こちらもちゃんと御朱印をいただくことができました。

神社巡りの後は増上寺に寄りたかったのですが、時間の都合で軽く境内を眺めて回るだけで、次のアクティビティへ。
新宿に移動して、高校時代の友人と合流したら、映画鑑賞のターンです。
この日見たのは「ご注文はうさぎですか??」と「Godzilla 怪獣惑星」の2本です。

“ごちうさ”の方は見るまでもなく確信できるきららアニメの一つの完成形。可愛いに可愛いを重ねて、可愛いと述べることしかできない代物が期待されましたが、見た後の感想もまさしく期待通りで予想通りです。
先日見た“きんモザ”でも感じてはいましたが、この手のアニメは劇場でマジマジと見るには少々辛いものが……平日に夕飯でも食べながら見て癒やされるのが正しい用法用量だと思うのですが、それでもやはり観といて良かったとは断言できましょう。
一つ、一緒に見に行った友人が述べた「ケーキバイキングでひたすらケーキを食べ続けてる気分」と言う印象は言い得て妙だと思いました。

一方の“ゴジラ”の方はこれまた反対方向に極端な終始緊張を強いられるタイプの映画。息を呑む展開の連続に目が離せないまま、一気に終わってしまった印象です。
伏線も多く続編も出るそうなので、あまりまだ何かを書くという気分ではない内容でありました。

映画の後は友人と飲んで、この日は解散。予報に反してあまり雨が降らなかったため、今ひとつ煮え切らない心持ちではありましたが、存分に楽しめる一日でありました。


どんより土曜日から一転して、カラッとした快晴が放射冷却を連れてきて、さらなる冷え込みに晒された日曜日。
この日は満を持して、紅葉と焚き火を実施するため、フォロワーの朔さん、総統代行氏と合流し山梨県の道志村に向かいました。

デイキャンプ地に選んだのは道志の森キャンプ場、道志みちから少しだけ山側に入った森と川に恵まれたオートキャンプ場です。
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ここは直火も可能なのですが、焼き網の都合もあるので焚き火台も同時並行で活用します。
直焚き火と、焚き火台と、なぜかガスコンロも用意して、3台の熱源で同時並行で温まるものを作りながら、何をするでもなく過ごすだけの昼下がり。
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チーズフォンデュのリベンジや、真っ白に焼けた炭でのマシュマロ焼きなどしながら、日が陰って寒くなるまで巻を焚べて過ごし、帰路に着きました。

秋めく森の中での焚き火、文句のないシチュエーションでのひとときを過ごして、秋を満喫したい衝動が少し緩和された週末となりました。


そんなこんなで11月も下旬、もうすぐ12月です。
今年も終りが近いなんて、驚くばかりです。

成田山の少紅葉

秋もすっかり深まり、初冬の如き冷え込みを見せる11月上旬。
10月中を出張先で過ごしてしまい、キャンプに紅葉に温泉に……と、未だ秋を満喫しきれず、やりたい事が多々あるままに、選択肢の多さに目標が定まらないまま週末を迎えてしまいます。


夜からの飲み会しか予定がなく、寝不足も溜まってきていたので、昼まで寝太郎を決め込むはずだった土曜日。
案に相違して、気付けば10時過ぎに叩き起こされるハメになります。
原因は両親の自宅訪問。そういえばそんなメール来ていたな――と、思いっきり無視していたことを思い出しながら、室内に迎え入れて部屋でゴロゴロしながら、両親が荷物の整理清掃を始めるのを眺めます。
両親に働かせながら自分は動かないとは、我ながらクズ感のある所業だとも思いますが、成り行きに任せるままにして過ごしていれば、あっという間に昼下がり。約束のために出発する時間になってしまいました。

この日に向かったのは門前仲町駅周辺。フォロワーの優月さんと合流して、門仲界隈で下町飲み歩きです。
牛煮込み一本の老舗で軽く飲んでから、昭和の空気を閉じ込めたかのような古風な大衆酒場で安酒を舐めて、最後は少し洒落たバーでウィスキーを嗜み安全に22時くらいまで。
近況報告やらお酒の薀蓄、本の話などをだらだらとしながら、楽しい夜を過ごして帰ることができました。


一転して、日曜日は秋晴れのもとに朝からしっかりとお出掛けしたい心持ち。生憎と行き先のアテはなかったのですが、紅葉情報を見ていると、成田山の辺りが見頃との情報が。

そうと決まれば選択肢は多くありません。電車に乗り込んで成田駅へ一直線でありました。
もっとも、成田駅で下車しても真っ先に向かったのはかの名高き新勝寺ではなく、参道の裏手に鎮座する埴生神社の方へ。
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利根川交易路の要所を見守るように西向きの社殿を構えた、成田一帯の鎮守様です。
規模こそ新勝寺に押されて小じんまりとしていますが、古い道沿いに堂々と鎮座する歴史を湛えた神社で、御朱印を貰うことができました。

無事に御朱印を回収したら、今度こそ押しも押されぬ関東有数の名刹に参拝です。
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古風な土産物屋や旅館の並ぶ参道を抜けたら、どっしりとした勇壮な山門に出くわします。
成田山新勝寺は平将門の乱調伏の功によって建立されたという平安期以来の古刹。一時は衰微しますが、佐倉藩の庇護の元に江戸から手頃な距離の巡礼先として活気を取り戻し、以来今に至る繁栄を続ける神社です。
その由緒から平将門を祭神とする神田明神の氏子は参拝してはいけないとかなんとか……なんて話もありますが、少なくとも平将門系統の神社は参拝したくらいで縁はないので、きっとセーフでしょう。
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立派な絵馬殿や大仏舎利塔など、歴史になった古社寺ではなく、現役の仏教施設であることをひしひし感じさせる雰囲気を味わいながらの見物となりました。
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ちなみに肝心の紅葉の方は、正直なところ時期外れと言った印象。キレイに色づいている木もあるのですが、全体的にはまだ青い状態です。
もう少し待ってからの方が鮮やかな色付きを拝めるかもしれません。

本当であれば、このまま参道の飲み屋さんで一杯と行きたかったのですが、残念ながらこの日はまたしても出張案件が待ち受けている状況。
車の運転が待っていては飲む訳にも行きませんので、大人しく夕暮れに合わせての帰宅となりました。


そういう次第で、ひとまず不完全ながらも紅葉狩りはクリア。
次は秋キャンプか、晩秋の温泉かと洒落込みたいところですが……どうなることでしょうか。

越南遊興の話

出張やら何やらが重なって、日記にや何やらも後回しになる今日このごろ。
話は遡って、色んなことが一段落し、しばらく自宅に滞在していた11月初めの話。文化の日の3連休が好都合を積み重ねて4連休にしてしまったので、少し遠くまで行ってきました。

以前よりフォロワーの朔さんと「アオザイが見てみたいね」って話をしていたところに、降って湧いたこの4連休チャンス。
あっという間に飛行機の手配も済んで、あれよあれよと話がまとまり11月3日文化の日に飛んで行ったるは首都ハノイです。

今回は友人同行の都合もあって、宿泊先も少し安全に中級のホテル。
ハノイ、ノイバイ空港から市街地への移動もホテル手配の送迎車で楽々と済ませてしまいます。
そんな訳で、チェックインを終えたら、ウェルカムドリンクと簡単なハノイ市街の過ごし方レクチャーでベトナム旅行の始まりです。
レクチャー内容は端的に言えば「迂闊にタクシーに乗るな。無思慮にツアー会社を選ぶな」といった海外旅行のイロハみたいな内容が大半だったのですが、興味深かったのが“車道の渡り方”。
そもそも、そんな内容がある時点で新しい概念なのですが、大雑把に言えば「バイクは途切れないから、少ないと思ったタイミングでゆっくり堂々と歩け。焦って立ち止まったり駆けたりするとかえって危ないぞ」と言ったとこ。
開き直っていると言えば、そうとも取れますが、郷に入っては郷に従え。うっかり駆け出さないよう心に誓って、夕飯を探しに飛び出しました。
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ホテルが所在するのはバックパッカー向けの宿なども点在するハノイ旧市街の路地の一角。周囲には外国人向けの安飯屋や宿、旅行店が点在し雑然としながらも安心感のある空気を醸し出してます。
この旧市街は近場に仏領インドシナ時代に建てられた教会なども所在する歴史深い地域。曰く1000年以上、ベトナムの各王朝が首都を置いた街の街区を引き継ぐのだとか何とか。
立ち並ぶ建物こそ後世のものですが、入り組んだ街区などは古から大きく変わってないのかもしれません。
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ところで、到着したのは13時過ぎですが空港からの移動やらチェックインの手続きやらを済ませていたら外に飛び出したのは16時近くのこと。
あまりのんびり観光もできないのですが、夕飯を食べ始めるには少しばかり早い時間。折角なので歩いて10分ほどの距離にある「ベトナム女性博物館」を見学することにしました。
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女性博物館はその名の通り、女性の博物館。ベトナムを構成する各民族の婚姻から出産育児に関する習俗、紛争時代の女性の活躍や、平穏な時代の民族衣装とか祭祀の文物が展示されています。
水の女神を祀るお酒の祭壇や、ベトナム戦後を代表する衣装、アオザイの時代とによる変遷などは色んな意味で見応えのある展示でありました。

女性博物館をぐるりと巡って外に出れば17時を過ぎた頃合い。夕飯を探しに巡るにはいい時間帯ですね。
活気のある市街を気ままに歩きながら、ひとまずはホテルのフロントのお姉さんに教わったお店を目指します。
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そのお店とは、夕飯が出る類ではなく“Cafe Ginag”なる喫茶店。カフェオレのミルクの代わりにコンデンスミルクと卵白をつかった「エッグコーヒー」なるベトナムコーヒーを最初に出したお店なのだとか。
出てきたのはコーヒーの上にドンと白いものが乗ったとっても甘い食べ物。ティラミスを食べてるような不思議な味わいでしたが、美味しかったので良いものを知った気分でした。

デザートのようなコーヒーを飲んで一息ついたら、夜の市街地で今度こそ夕食の時間。
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バックパッカー向けの店が立ち並ぶ一角で、フォーを食べながらビールを傾けて、ようやく東南アジアらしい一息がつけました。

また、宿への帰路では各所の祠や寺院の前での路上演芸にも遭遇します。
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何やら祭壇のようなものを設えて、歌ったり演奏したり踊ったり……ちょうど秋ですし、何か秋祭りのような祭祀があるのか、はたまた年がら年中やっているパフォーマンスの一環なのか……その辺の事情まではわかりませんが、通りがかりに聞く現地歌謡や民族楽器の音色は旅情を掻き立てるすばらしさがありました。


明けて土曜日は、予約しておいた日帰りハロン湾ツアーに参加するため、朝からホテル前に迎えに来たバスに乗り込んで一路東方のハロン湾方面へ。
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「Tuan chau国際マリーナ」まで着いたら、ここで他のバスの乗客とも合流し、クルーズ船に乗り換えです。
比較的整備の行き届いたキレイな船で一安心。これで風光明媚というハロン湾に漕ぎ出し……ふらいんぐうぃっちの聖地巡礼ができます!
ハロン湾はふらいんぐうぃっちの作中、“お姉ちゃん”が不穏な薬で世界中を白黒にしたり何やら無茶な交渉で現地民から船を借り受けたりと、自由人ぶりを存分に発揮した舞台。
我々はそこまで自由人ではないですが、曇天の空のもとでも存分に楽しませてもらいます。
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基本的にはあくまでクルーズ、食事でもしながら湾内を巡るのですが、アトラクションとして水上居民のバンブーボートによる洞窟探検も。
竹編みの籠を漆喰のようなもので水密処理し、木組みで座席を付けた底浅の船に乗り、現地民の手漕ぎで漁村周辺の洞窟を巡りました。
船が揺れるわ、同乗する別グループもあるわで、おちおちカメラを外に出すことも憚れる状況でしたが、景色としては絶景そのもの。非常に楽しい時間。乗降に利用した何もない水上に唐突に現れる桟橋も含めて、非常に面白いものを見ることができました。
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その後は再びクルーズ船にて、別の島に向かい鍾乳洞を見学。種々の生き物や人間に見える鍾乳石などを眺めながら洞窟を通り抜けて、船に戻りアフタヌーンティーを味わいながら国際マリーナへと舞い戻ってきました。
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本土に再上陸した頃にはすっかり日も傾き気味。バスに揺られてハノイに帰還した頃には21時半を過ぎており、もはや近場の飯屋で夕飯を食べて寝ることしかできない有様でしたが……充実した土曜日に感じました。


ベトナム3日目の日曜日は、一転してハノイ市街を観光する日です。
ひとまずは官庁街にして博物館類も集積するディエン・ビエン・フー通りの方面へ進みます。
幸先よく踏切でベトナム国鉄とも遭遇です。
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列車が過ぎ去ってから線路を見れば、驚くべきことにそこには路地が広がります。
「世界の車窓から」などで見たことはある線路が生活の場となっている光景、実在するのは知っていても、まさかこれほど不意に目の前に現れるとは思ってもみませんでした。
エキゾチックな光景、テンション上がりますよね。

踏切の先をしばらく歩けば、建国の祖ホーチミンの廟に行き当たります。
この日は工事中のため、側面には青い足場が設置中。滅多に見れない珍しい光景と認識しましょう。
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裏手では廟を守護する儀仗兵の交代風景にも遭遇です。白い軍服で颯爽と行進していますが、待機中は楽しげにふざけているのも見てしまいました。

ホーチミン廟の裏手からは文化財として名高き一柱寺に至ります。
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そう言えばベトナムも仏教徒がいる国なんだっけ……なんて、マヌケなことを思いながらも、お寺に参拝したら、その足のままさらに隣接するホーチミン博物館へ。
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建国の祖にして革命の闘士、ホーおじさんの来歴とベトナムの活動を表現する博物館。入ってすぐの後光を背負い、雲を棚引かせる仏像的ホーチミン像が印象的です。
展示内容的には少々抽象的ながらも、仏印時代の地下活動から始まる革命運動の資料が年代を追って展示され、ベトナム政府的な世界の見方を知る良い勉強になりました。

ホーチミン廟界隈から少し街を歩いて昼食を食べたら、続いては軍事博物館へ。
ベトナムと言えば歴史時代の中華帝国の脅威に始まり、近代以降もフランス、日本、アメリカ、中国と並居る強国の侵攻を経験し常に頑強に抵抗してきた武闘派の地域です。
軍事博物館もその凄みを遺憾なく発揮し、古代中国風の武装から始まって、各国の鹵獲兵器や手作りの罠に蛮刀、火器(!)、そしてソ連から支援された正規軍兵器と、バリエーション豊かな装備品を展示してありました。
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見たものを伝えようとすると、それだけで何十枚もの写真が必要そうな充実の展示ぶり。
ランドマークとなる阮朝時代以来の旗塔や、外に展示されたソ連製軍用機とアメリカのA-1スカイレーダーさんだけでも資料館が成り立ちそうな程ですが、これが前座にすぎない充実ぶりに感嘆しながら、長々と居座ってしまいました。

ちなみに軍事博物館の隣は世界遺産のタンロン遺跡です。かつては歴代王朝が首都を置き、現政権下でも長く国防拠点が置かれていた土地なのだとか。
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床下には過去の王朝の遺構が眠っているとも言われるそうですが、今回訪れた印象は一言「アオザイ!」といったところでしょう。
何故か大学生~大学院生と思われる着飾った男女が大量に跋扈し、そこここで記念撮影をしています。
角帽姿の人や学位記らしきものを掲げてる人も居たので、恐らくは学位授与式やそれに類するイベントの後だと思うのですが……卒業には時期が合わず、本当のところはわからないです。
ただ一つだけ言えるのは、日本で言う晴れ着感覚でアオザイを着た女性陣が遺跡中で記念撮影している状況、到底落ち着いて遺跡見学などできる訳がありませんでした。
これはこれで非常に良い光景ではあるのですが……叶うなら時期を改めて見学に来たいところでありました。

タンロン遺跡の見学を終えた頃にはこの日も17時を過ぎた良い時間に。訪れた箇所こそ少ないですが、いずれも半日は見ていられる充実の展示内容で、満足感の高い日中を過ごして夜を迎えます。
日の暮れた旧市街に舞い戻ったら、この日も道端では屋外演劇やら、路上演奏やらに遭遇できます。
京劇に似た衣装の伝統演劇は、言葉こそわからないもののド派手な装束が既に面白いうえに、大仰な動作で悲喜のニュアンスもなんとなく伝わってきて見ごたえがあります。
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また、さらに歩けば見事なバンド演奏に行き当たりました。
ボンゴのようなドラムとギターに、サックスかバイオリンの演奏のパフォーマンスは、軽快な音楽が都会の喧騒やぬるい空気と混じり合って最高に居心地の良い空間を演出します。
いつまでも居たいような空間。気付けば近くの露店に腰掛けて、瓶ビールを注文。クラッシュアイスを入れたグラスに注ぐスタイルで、エビせんをアテに、文字通り“腰を据えて”演奏見物の体勢です。
結局この夜は23時過ぎの夜市解散の時間まで、この路傍の飲み屋で演奏見物。途中、他のお店のお客がボーカルで乗り込み、カラオケ大会を初めたりと、雑で面白い展開も挟みながら、心いくまで「東南アジアの夜」を満喫することができました。
恐らく、お酒を飲むシチュエーションとしては人生屈指の美味しい状況だったと言えるでしょう……また、いつの日か、やりたいものです。


悲しいことに帰国しなければいけない月曜日は、最後の締めにとホテルのフロントのお姉さんイチオシの“ココナッツコーヒー”を飲みに行くことに。
ココナッツコーヒーはその名の通り、ココナッツをコーヒーフロートのようにコーヒーに乗せた代物。
よく冷えたココナッツは甘いアイスのような味わいで、コーヒーの苦味とよく合い、非常に美味しい逸品です。
街場のカフェで美味しいコーヒーを飲む(食べる?)午前、これもまた贅沢です。
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その後はお土産物屋を求めて、ふらりと街を歩いてからホテルに戻り、車を手配してもらって空港へと帰国の途に就きました。

余談ながら、この後がちょっとした運試し。結論から言えば何も問題なかったのですが、カメラの持ち出しにだいぶ緊張する羽目になってしまいました。
と、言うのも、実はベトナムでは入国時に税関検査に“高額な電子機器の持ち込み”を申告する必要があります。
デジタルカメラとかノートパソコンは代表的な申請対象であり……つまりバッチリ持ち込んでいるのに、うっかり申告せずに入国していた次第です。
ベトナムでは出国時の手荷物検査が持ち出し側の税関検査も兼ねており、万が一にも指摘されると罰金や没収の可能性まである状況。
個人使用の場合には申告不要とする解説もありますし、厳密に言えば今や世界中の人間が所有する携帯電話も申告対象。
観光政策的にも、現実的な検査量から言っても、余程不穏なことがない限りは一々チェックしない訳ですが、目立つ代物だけに少々気がかりな出国検査を味わう羽目になってしまいました。
次回からはもう少し安全側に振って挑みたいと思いつつも、出国さえしてしまえばこちらのもの。後は堂々と北へ飛び立ち、羽田に帰還することができました。


そんなこんなで久しぶりのちゃんとした旅行。ブラブラと街をめぐり、カメラを振り回すのは本当に楽しいです。
……が、気付いたら忘年会や冬の行軍を考慮に入れないといけない時期。また、あまり遠出ができない季節が来る前に、次は紅葉とか観に行きたいところです。

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