月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


空軍博物館の話

引き続き海外出張中。車社会の郊外宿泊、車のない身としては身動き一つとれず、いつ以来かと思うような引き籠りが捗ってしまいます。
歩いていけば、全く出先がない訳ではないのですが……幹線道路の路肩をすり抜けて遠出するのは、流石に面白くない意味で度胸試しになってしまいそうで気乗りしません。

そんな状況では、過ごす当てもないと困ってしまうのが週末の身の振り方。
どうしたものかと案じていたのですが、降ってきたのが魅惑的なアメリカ空軍の空軍博物館ツアーでした。
宿のある町から車で2時間半ほどの距離と“アメリカ基準では”遠くない場所にあるそうなので、折角の機会ですから行くことにしました。


国立空軍博物館はライト兄弟が活動の拠点を置いていた町、デイトンの郊外に位置するライト・パターソン空軍基地に隣接しています。
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館内はライト兄弟の初飛行からアメリカ陸軍航空隊の草創とWW1、2での活躍、朝鮮戦争、ベトナム戦争、冷戦、湾岸戦争、宇宙開発と米空軍が関わった活動とそれにまつわる数多の飛行機を年代順に展示しています。
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ライトフライヤーの復元品からWW1や戦間期に活躍した複葉機の数々は、なかなかお目にかかる機会のない貴重な代物。
100年近く前のものまで、状態よく保存されているのには驚くばかりです。
WW2の飛行機も西部戦線のものから、日本人も縁の深い太平洋戦線の機体まで幅広く展示されています。

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東京奇襲を敢行したドーリットルのB-25爆撃機や日本軍機の紫電。
先日観た映画で大活躍していた英国のハリケーン戦闘機に、長崎に原爆を落としたB-29“ボックスカー”も展示されています。
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ただし、あくまで陸軍航空隊の系譜をひく空軍の博物館のため、太平洋戦線の展示でありながら空母艦載機には言及がないのがポイント。言い知れぬ微妙な縦割りを感じさせます。

WW2を過ぎて朝鮮戦争前後のジェット機黎明の展示を過ぎれば、見慣れたシルエットの近代的な航空機群の展示になります。
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目玉の巨大爆撃機B-52や一部で大人気のタンクキラーことA-10。写真は撮り忘れてしまいましたが「積めないのはトイレだけだ」と言われたA-1攻撃機もいました。
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一度、実物を見てみたかったAC-130も展示中。ネットなどで「機体の片側に火砲を集中配備し、旋回しながら滅多撃ちにする」と空恐ろしいながらも、今一つ分かりにくいことが書いてあり気になっていたのですが……実物を見たら思った以上に文字通りでビビってしまいます。
F-117の独特のシルエットに関しては言うこともないでしょう。

宇宙や研究開発の建屋では宇宙開発にまつわるロケットやミサイルの展示の数々も。アポロ15号の着陸船の実物は、下部の焦げ跡まで見学できて見ごたえ抜群です。
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また研究開発としては、過去の失敗作の数々も展示されています。研究開発が決して単純な一本道ではないことを端的に教えてくれるいい展示ですが、なかでも空飛ぶ円盤は……こんな博物館の中でも異彩を放っています。
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他にも過去の大統領機なども展示されていて、写真だけでは納めきれないほど見ごたえに溢れた博物館でした。流石はアメリカの国立博物館です。
ちなみに館の外は見事な快晴、星条旗が映える一面の芝生でした。


帰路にはなぜか韓国料理屋で夕飯を食べて宿に戻ります。ちなみに日本料理屋、中華料理屋にも既に行ってます。
どこの飯でも喰えるつもりでいましたが、流石に2週間もアメリカにいると、東洋の味付けには妙に安心します。
ただ、これは個人的な感覚なのですが、生半可な日本料理では言い知れぬ違和感に気付いてしまい妙に気になってしまいます。
かえって、中華料理とか韓国料理くらいの距離感の方が“なんか知ってる味”程度の雑な認識のため、違和感少なく落ち着く気がしました。

ところで、いつ帰れるのかまだわかってないです。頑張りましょう。

米国の窓辺

特段に何があった訳でもないのですが、アメリカ出張開始から既に5日が経過しました。

もっとも、あくまで出張であるため平日は宿と工場の往復ばかり。外に出るのは飯時くらいなものでしょう。
さらに付け加えれば、指定の宿が町の郊外にあるため、車がなくては食事にも事欠く環境です。
平日は同行の同僚達と出張コーディネーターの車で移動するため困ることはありませんが、休日になると途端に車社会の不便さが牙を向いてきます。
どこに行こうと思い立っても、歩道のない幹線道路をしばらく歩かないと何もない状況では、安全面からも安易な外出は推奨されません。
そんな状況では片言の英語でハンバーガーやステーキを食べて回る日々。休日もまだ遠出がままならないので観光には手が回ってないのが正直なところです。

とは言え、食事にも行けば買い出しもあるので、多少は出掛ける機会もあるというもの。観光地ではないため、まさにテレビや映画で見るようなアメリカの田舎町の風景を目の当たりにします。
宿の周囲の幅広で真っ直ぐな道に郊外型のチェーン店が連なる光景を起点に、ある方向へ向かえば碁盤の目のような街並みのダウンタウンに、あるいは町の外に向かえば広がる森かコーン畑がどこまでも続く空間に。
平野部でありながら人家も商店も禄にない空間がズラッと続くなど、日本では北海道くらいでしか見ない光景です。知識としては知っていても、実際に目の当たりにすると、そのスケール感に改めて驚かされます。
自動車が普及する以前ともなれば、隣町まで行くだけでも大仕事だったことでしょう。往年の駅馬車や鉄道の重要性、自動車の登場によるインパクトを考えさせられます。

広い国だけあって大きな車で旅行している連中を見かけることもちらほら。
来週くらいには、もう少しどこか観光らしいことをしてみたいものです。

同人登山部と行く甲斐駒ケ岳

詳細は省きますが、気付いたら出張先がアメリカになっていました。
人生、本当に何が起こるかわかりません。


話は遡って、次の出張が海外と判明する少し前のこと。フォロワーの天野しきさんから「山に登ろう」とのお誘いを受けました。
二つ返事で了解したところ、提示された日程はまさかのテント泊登山。
少人数でのキャンプこそ近年たまに実施しますが……登山テントや秋冬寝袋、携行調理器具のような山でキャンプするほどの装備などありません。
大慌てで必要な装備を調べ、足りないものと食材は買い揃えます。流石に登山テントだけは財布の都合もつかず、レンタルの手配で済ませましたが……。
合間合間も出張が入るので、隙きを突くような準備状況、どうにか様になる状態に整ったのは出発直前という慌ただしさのまま、本番の日を迎えました。

当日は先の週末の土曜と日曜。土曜日は朝から中央線で甲府に向かい、ここで南アルプス林道へ向かうバスに乗り換えます。
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広河原という北岳などへの登山口となる拠点で、さらにバスを乗り換えて深山幽谷へ。
一杯の登山客を抱えて、峻険な南アルプスの渓谷を縫うように走る細い林道を、バスはゆっくりと進んで行きます。
広河原からは目的地の北沢峠までは30分ほど、甲府駅から乗り継ぎを含めると3時間程度。久々の随分な長旅で行き着いたのは甲信国境に近い南アルプスの登山拠点、北沢峠。
甲斐駒ケ岳や仙丈ヶ岳、さらには南アルプスへの縦走路の入り口にあたり、山小屋やバス乗り場、テント場が点在する「南アルプスの玄関口」とも言える場所です。

この日の移動はここまで。金曜からこの北沢峠に宿営し、土曜日は仙丈ヶ岳に登っていたという天野しきさん、薫製ハムさん、kumeさんと合流し、後追いでテントを設営して早めの夕飯の準備に取り掛かりました。
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合流した3名はいずれも同人作家さんで、かつ登山経験値も高い山男。すなわち“同人登山部”です。
創作派でもなければ、登山も初心者な私が何故この場にいるのかも、だいぶ不思議ですが……世は奇縁と不思議に満ち溢れているものです。

初めての山自炊も、手慣れた先達に教わって何とか実施。山で食べるご飯は何故こんなに美味しいのかと、いつも不思議に思います。
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就寝は脅威の18時過ぎにして、起床もまた早朝とすら言えない3時半。テントに霜が降りる寒さに難儀しながら夜を明かしましたが、何とか起きあがれば既に周囲のテントも活動を始めています。
長時間露光で撮影すれば、行き交うヘッドライトが美しい光景になるのですが……気温も時間も余裕がないのが辛いところです。

寒さに打ち震えながら調理して朝食を摂ったら、装備を整えて本日の登山の始まりです。不要な荷物はテントに残して、身軽な状態で上へと登ります。
薄暮の木立を慎重に進み、空が明るんで来た頃には谷筋のがれ場を通過。夜が明けても谷間に日が差すのは暫く先と行った薄暗がりから、仙水峠に上がれば日差しと眺望が一気に目に飛び込んできます。
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出会った眺望は、薄靄のかかった甲府盆地と呆れるほど澄んだ青空の対比が美しい光景。青と黒ばかりが目に痛い世界ですが、道のりとしてはまだまだ半ばです。
見上げた先に白く尖った頂こそが、目指す甲斐駒ケ岳。がれ場から木立に戻って視界が狭くなりますが、へこたれずに頑張りましょう。
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淡々と木の根道を辿って小一位時間ほど行くと、甲斐駒ケ岳の隣の山頂、駒津峰に至ります。
ここからは稜線を伝うように甲斐駒ケ岳の斜面に取り付き、難度の高い切り立った岩場を迂回して砂地の斜面を這い登ります。
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この山の山頂部は花崗岩質の白い岩肌が夏場でも雪を被ったように白く映えるため、その鋭い峰の雄大さや南アルプス北端の平野から目立つ立地と相まって、麓の信仰を集める霊山と崇められていたのだとか。
一目でわかる白い峰は、登ってみてもまばゆい白さを放ち、真っ青な空と挟まれると、ある種異世界に迷い込んだかのような非現実感がありました。

そんなこんなで登り始めて5時間ほどで甲斐駒ケ岳の頂上に到着です。頂きには駒ケ岳神社の奥宮の祠が鎮座しています。
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山頂にて昼食も兼ねた休憩。お湯を沸かしてカップ麺です。「頂上で食べるインスタント食品は美味しい」ので必須科目だそうです。
もちろん、周囲の眺望も良好。八ヶ岳連峰や甲府盆地、伊那谷から、辿ってきた駒津峰への稜線とその向こうに聳える仙丈ヶ岳まで・
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天気は良好、四方を見渡す気持ち良い登山となりました。

ちなみに登りより危ないという下山も、同程度の時間を掛けて双児山の峰を抜ける経路で北沢峠へ帰還。
テントを撤収して長野方面のバスに乗車。バスの終点にある駐車場から、しきさんの車で高遠方面へ向かい、温泉で一息いれて無事を祝うことができました。

ただし、この後にひと波乱。温泉で油断して電車の時間を甘く見積もってしまい、乗るつもりだった列車を逃してしまいます。
一本後の列車でも帰宅は間に合うため、事なきを得ましたが……少し焦ってしまいますね。


斯様な次第で自宅に帰ってきたのが日曜の日付が変わる頃合い。そこから、準備して海外出張ですから、我ながら忙しなさがエスカレートしている気がします。

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