月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


南の島で山歩きの話

出張続きですっかり家が物置と化している昨今。
この度の週末も例に漏れず、出張から帰宅したら自宅に一泊だけ挟んでまたお出かけ。

今週は月曜日に有給を取って、土曜の夜から八丈島に行ってきました。


行き掛けに色々な事情が重なって広角レンズと偏光フィルターを買ったりしましたが、それ以外は恙無く準備完了。
小笠原や大島と同じく、八丈島も竹芝桟橋から貨客船に乗り込みます。
22時半出港の橘丸でいざ向かいましょう。
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月明かりに照らされた東京湾のコンテナ埠頭を横目に、しばらく潮風を浴びたら、羽田空港を過ぎたあたりで艦内に戻り就寝といたしました。

橘丸は八丈島に至る前に御蔵島、三宅島も経由します。
明け方から着岸と出港を繰り返して微妙に眠りを醒まされましたが、起き上がるまでには至らずうつらうつらとしてれば、船は八丈島に到着です。
天気は良好、八丈富士がお出迎えしてくれました。
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上陸後、最初に向かったのはレンタカー屋さん。八丈島ではお義理程度の路線バスしかないため、実質的な交通手段は自前で用意する必要があります。
自転車でも良かったのですが、距離を稼いで色々と回りたかったので原付を調達。ちょうど、通勤でも使っているTodayがあったので、これに決めて島内巡りに出発です。

原付確保後、最初に向かったのは八丈島歴史民俗資料館。名前の通り、八丈島の歴史と民俗資料を展示した施設です。
八丈島は東西2つの山に挟まれた比較的低い一帯に主たる集落が広がる構造。低いと言っても峠があり、南北それぞれに港とあ町並みが広がります。
資料館は南側の港から坂を上がった高台に位置し、ちょうど西側の八丈富士の山を見据えるように立っていました。
入り口から何やら趣ある建物だと思っていたら、案内の方曰く元は東京都の八丈支庁が入っていた建物だったのだとか。よく見ると、入り口ちに重要文化財の銘板も打ってあります。
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また、昭和初期に建てられた頃は島内随一の建物でもあり、サンゴの競りなどもこの建屋内で行われたのだとかなんとか。
庁舎時代の正面玄関には廃サンゴが埋められているそうで、言われてよく見るとコンクリートがところどころ明るい色しています。
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この他にも私の地元からきた流人がいる話や、目の前に聳える八丈富士の頂上が見える日は珍しいのだとか、色々と教えていただきながら、しばらく見学です。
三宅島と八丈島の間は黒潮が流れている影響で、航行が三宅島以北より大変なのだとか。また、その潮流の影響で植生や文化において、他の伊豆諸島よりも八丈島の方が南方系の影響が色濃いのだとか。
外にはこれまた南洋由来という高床式の倉庫の移築品もあります。これも以北の島々では見られないモノなのだそうですが……天気のいい日には遥か向こうに見える島々より、水平線の向こう側にある南西の島々との共通点が生じるほどの見えない障壁、潮流の威力を思い知らされます。
他にも流刑地としての歴史を踏まえ、宇喜多秀家はじめ多様な流人の来歴などなど、興味深い展示が盛りだくさんの資料館でありました。

資料館に続いては、そのすぐ近く、島の優婆夷宝明神社を参拝。「うばいほうめいじんじゃ」と読むそうですが……まぁ読めませんね。
由緒書き曰く式内社なのだとか。創建は不明ながら、それ自体はよくあること。オオクニヌシ(?)の后とその子が祀られており、伝承によってはその后と子の間にできた子(!)が八丈島の始祖なのだとかなんとか……なんか聞いたことのありそうな始祖伝承ですが、これも南方の影響なのでしょうか。
何はさておき平安時代初期には既に鎮座していたことになるのですから、日本の一部としての歴史の長さを教えられる気分です。
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本殿が珍しい石造りなことで有名なのだそうですが、拝殿の方はごく普通の木造建築。
普段は人がいないそうなのですが、夏祭りの準備中だったのか偶然にも神職さんが居合わせたので、御朱印をもらうことができました。

続いて坂を下って八重根港地区を経由し、南原の千畳敷海岸に到ります。
千畳敷と呼ばれる地は色々なところにありますが、八丈島のそれも大概の例に近くだだっ広い岩場。
向こうにお椀をひっくり返したような八丈小島が浮かび、丘側に目を向ければ八丈富士が聳える雄大な光景です。
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地形の由来自体は噴火の際に流れ出た溶岩が固まってできたものなのだとか。
もっとも島全体が火山でできたとも言えてしまうのですが……。
溶岩地形らしいダイナミックな凹凸も然ることながら、その隙間から覗く海の透明さも強烈な光景でありました。

海岸線を確認したら、次は満を持して八丈富士の山頂を目指す番です。
中腹、5合目程度の高さまでは車道が整備され、さらにぐるりと山腹を周回する道路も開通しています。
その一角に牛を放牧したふれあい牧場なる場所があり、ここが事実上最も山頂に近い補給ポイントになります。
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そんな訳で牛とふれあいつつ水分の補給やトイレを済ませたら、原付きで数分の距離の登山道入り口まで向かい、徒歩行の始まりです。

八丈富士はその名の示す通り、富士山と似た山容を誇る八丈島の最高峰。
標高は約850mですが、富士山同様に山の中央部は巨大なカルデラとなっており、その外縁部はお鉢巡りと称して一周散策することができます。
このことを想定してちゃんとトレッキング装備も完備、意気揚々と登山道に乗り込んだのですが……遠目からも容易に想像できるように、その道程はひたすら単調な上り坂。ちょっと行けばもう十分な気持ちになってきます。
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登れど登れど、代わり映えのしない道のりに目が回りだした頃合いで、ようやくのことカルデラ外縁部に到達。お鉢巡りの道との交差点で一息つく事ができました。

息を整えてお鉢巡りの道に目をやれば、それはまさにカルデラの外縁部。草しか生えぬ険しい岩場に続く一本の道を辿れば、軽い冒険気分が味わえます。
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山の内側に目をやれば、図鑑に載ってそうなカルデラ地形。真ん中には鬱蒼とした森が広がり、何やら異世界でも広がっていそうな凄みがあります。

右を見れば絶壁とカルデラ、左を見れば休憩者の向こうに町並みと海、文句のつけようのない絶景です。
さらに歩めば徐々に雲が出てきて、気付けば町並みは白く覆われ、緑と白と茶色だけが支配する幻想的な尾根道に変化。山の天気は変わりやすいといいますが、海洋島ではなおさらにそうなのでしょう。
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霧に巻かれるかと心配しながらも、どうにかそれは杞憂に済んで無事に頂上へ。
さらに少し進んだあたりで、断崖を眺めながら昼食がてらの小休止をとりました。
お鉢巡りの道は登山道よりも足場は悪く急斜面も多くて歩きにくいものの、全体的な傾斜は緩く足場や景色も変化に富んでいるため、精神的にはむしろ楽なくらい。
神秘的な雲の渦巻くカルデラを見下ろしつつ、尾根筋の岩道を満喫して一周楽しみました。

ちなみにこの断崖下のカルデラ内も散策路が設けられています。
尾根道とは打って変わった鬱蒼として歩きにくい森の中の道のりなのですが、内部に浅間神社が祀られているときいては見に行かざるを得ません。
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恐竜でも出てきそうな森に、言い知れぬ重圧を感じながらも傾斜を下って10分ほどの道のり。
密林の中に不意に現れる雰囲気満点の祠が、目指していた浅間神社でありました。
何かの風習でしょうか、丸い石に願いが描き込まれたものが多数奉納されていたのが興味深いです。
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また鎮座地の周囲をよく確認すると、背後は巨大な陥没地帯。おそらくはこの大穴に神性を見出して祀ったのかと思いますが、詳しいことはよくわからないなりに、お参りだけ済ませて撤収としました。

下山は選択肢もないので来た道を戻るように再び単調な坂道を往きます。
足にだいぶキましたが、どうにか原付きのもとにたどり着いたら、軽く汗を拭って原付ツーリングの再開です。
山腹を周回する道を抜けて八丈富士のある島の西側を一周し、北側から中央の市街地で島を横断。続いて島の東側、通称三原山を最高峰とした一帯にアプローチします。
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八重根港地区から先程は進路を西に向けた辺りで、今度は東側へ。
途中、流刑されたと伝承に遺る源為朝を祀った神社に参拝し、遥か壮大な橋を登ります。
登った先から振り返れば、雄大なる緑の急傾斜に寄り添うように、一本の白亜のスロープが引かれているのがよく見えます。
文明の偉大さと言うべきか、人類の強引さというべきか……なんとも稀有壮大な自然征服事業に感嘆の息が漏れそうでありました。
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こんな坂道を抜けて目指した先は、八丈島のもう一つの名物、温泉です。
島内には幾つかの町営温泉が設置されているのですが、その中でも見晴らしが良いとされる“やすらぎの湯”までやってきた次第です。
お風呂は露天風呂でこそ無いものの、大窓から海が一望できる絶好のロケーション。シンプルな設備ながら、タオルの販売もあるので、手ぶらでも困らない仕様です。
山登りの汗を流して、休憩室で一息つけば今日一日の目的がほとんど達成された気分になりました。

――が、ここで終わらないのが私の悪癖。
温泉へ向かう途中「黒砂入口」なる気になる看板が印象に残ってしまい、風呂上がりの宿へ向かう行程でついつい寄り道してしまいました。
最初は大した道のりでも無かろうと高を括って挑んだのですが……これが思いの外、本格的な散策路。
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やっとの思いで森を抜けて海岸に出たと思ったら、その先に待っていたのは崩落している前途です。
その気になれば行けなくもない程度ですが、傾斜の向こうは断崖を経ての海。見るからに崩れそうな砂地で無茶をするような無謀さは、流石に持ち合わせがありませんでした。
よくよく見やれば崩れ落ちたガードレールや道標の残骸が砂の傾斜に取り残されています。
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諸行無常を感じる光景にしばし呆然とした後、ここでも来た道を引き返して夕陽の見える拓けた海岸線で一息。
沈みゆく太陽を眺めながら、ひとまずは宿へ向かうことにいたしました。


この日の宿は船が到着した底土港から歩いてすぐのところ。個室もあるそうですが、ドミトリー形式の部屋を選んで宿泊です。
宿のすぐ外の木にハンモックが吊るしてあるのもイチオシのポイント。
宿の方に教わった郷土料理屋さんで、島焼酎を舐めながら島寿司や地魚料理、明日葉料理を堪能して、戻ったらビール片手に月明かりのもとでハンモックです。
ようやく“南の島でバカンス”らしいことをしながら、良い加減な時間で眠りにつきました。


月曜の朝はいつもの癖か7時過ぎに起床して行動開始。
この日も素晴らしい好天ですが、八丈富士の山頂は生憎と雲の中。どうも富士山頂が見えるのは本当に条件が良いときだけなようです。

前日は島の西半分を巡ったので、この日は東半分の観光に向かいます。
流石に東側の最高峰を目指す時間と体力はありませんでしたが、代わりに「ポットホール」と呼ばれる水流によって岩場が丸く削られた地形を見に行くことにしました。

宿のある北側の港から東側へ向かう道に原付の進路を定めれば、程なくして道は集落を離れて濃厚な緑へ向かって登り始めます。
つづら折りの坂道を20分ほど進めば、最初の眺望ポイント、登龍峠の展望台へ到着です。
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深い海の青と濃厚な緑、白い綿雲とグラデーションを描く蒼穹、まさしく南の島な光景には思わず息を飲んでしまいました。
このとき、広角レンズで覗いた世界には少々自信があります。島に来てよかったと心底思うことが出来ました。
また、しばらくすると黄色い船が港へ入ってくるのにも気付きます。日曜は私が乗っていた橘丸が、この日もほぼ定刻で底土港に入港です。
南の島の朝を告げるイベントですね。

登龍峠はその名の通り、峠です。ココを抜けると上り坂は一転して下り坂に。安全運転に注意しながらズルズルと下っていけば、しばらくして「ポットホール」を指し示す分岐の表示が目に入ります。
舗装状況の一気に悪化した林道を進んで、さらに10分弱行くと唐突に“車両進入禁止”の表示に直面! ここからは荷物を整理して、歩きの体勢で進入します。
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ほんの少しだけ歩けば文句のつけようのない行き止まりに直面しました。
あとで別のツアーの自然ガイドさんに聞いたところ、老朽化による橋の付替え工事中なのだとか。都市部では考えられないような呑気なスケジューリングですが……それもまた島時間でしょう。
どうにも処置なしかと思ったのですが、ここから沢筋を辿るように朽ちかけた散策路が残っている様子。手ぶらで帰る気は毛頭ないので行くだけ行ってみることにしました。
どこまで進んでいいのかと、おっかなびっくり森の獣道を踏み分けて行くこと5分ほど。
対岸にも道があるなと気付き始めた頃合いで、沢に落ち込むように道が消失し、対岸の道も同じように沢の前で消失している地点がありました。
十中八九、そこが渡河点であり、越えていけば工事中の橋のたもと辺りに戻るのだろうと予想がつきます。
そのまま最後まで行きたいのが本音でしたが……渡ったが最後、来た道を戻って原付を回収しないといけないので、今回は我慢です。
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おっかなびっくり進んだ道も、戻りは勝手が知れているので速いもの。サクサクと進みがてら、川の様子を観察です。
見やればなるほど、岩に刻まれた沢筋がところどころ深く抉れています。
これがポットホール、Wikipediaでは“甌穴”で項目が立っている地形なのでしょう。
川から流された砂礫と渦巻く水の作用によって、少しずつ岩が丸く削られるのだとか。場所によっては岩とともに削られてしまったまん丸の石が底部で観察されることもあるそうです。
ここのポットホールはそこまでの奇物は無いにしても、沢と緑が美しい光景でありました。

ポットホールを離れて島の一周道路に戻ったら、さらに島を周回し東端の八丈島灯台を経由して南側の海岸線に到ります。
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近場まで来たので、少し一周道路を外れて最果ての集落にも立ち寄りましたが、ここはサーフィン向けの海岸と温泉があるだけの風光明媚の地。
ぐるりと巡るほどの路地すら無いので、行って戻ってくる頃には、そろそろ帰りの飛行機の時間が気になる頃合いです。

気になるとはいいましたが、急ぐとは言いません。
原付で走りつつ、眺望が良ければ足を止めてパシャリ。これの繰り返しです。
名古の展望台と呼ばれる眺望ポイントでは、青い海に突き出た緑の岸壁の向こうに遥か薄青く島影が映ります。
方角的には青ヶ島でしょう。連絡船の欠航率が高く、恐らく日本でも屈指の到達難易度の秘境でしょう。
小笠原並の日数を織り込んで、船かヘリの空席を待たねば辿り着かぬのは、曲がりなりにも日数さえ確保すれば到達可能な小笠原より困難な気がします、いずれ行きたいです。
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また前日も訪れた稀有壮大な橋の辺りは、この日も眺望良好。昨日は夕暮れでしたが、今日は順光で目眩がするほど緑が眩しいです。
ふと、昔に従軍記で読んだ“前途に広がる南洋の島の森の深さに暗澹とする”状況というのが思い出されます。
当時は想像力が及ばなかったのですが、こういう光景を前に「両の足だけで向こう側まで行け」と命ぜられたときには、美しい緑も絶望の色を持っているのかも知れない……と。
何とはなしにカメラを構えた楽園のような光景の向こうに、不意に根拠なき怖さを感じるほど、緑の密度が持つ圧倒的な力がありました。
加えて、余談ですが写真右上の八丈小島の雲。暖かく湿った海面を吹く風が島にぶつかって上昇気流となり、雲が生じて尾を引く――と、海洋島で雲ができやすい理由を説明した図解そのままの状態となっています。
写真ではわかりにくいですが、目を凝らすと風上側の山頂付近で雲が生成されて、風下側で渦巻きながら綿雲になる様子も見て取れました。自然が一番の教材とは、よく言ったものです。
閑話休題。

市街地に戻りついたら、飛行機の時間まで植物公園で時間調整。
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小高くなった展望台から八丈小島と飛行場に目を向ければ、先程までアレほど雲に覆われていた山頂が今や丸裸です。
南洋の天気は本当に変わりやすいですね。

斯様な次第で概ね島を一周回ったら、原付を返却して、レンタカー屋さんの送迎で八丈島空港へ。
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お土産品を調達したら、定刻通り出発予定のANA便で羽田にひとっ飛びです。
往路には波に乗って11時間かけた船の旅も、帰りは風に乗って1時間ほどの空の旅に。飛行機の便利さが身にしみます。


羽田に戻ったのはまだ日の高い15時過ぎ。
折角なので帰りがけの駄賃に、以前から気になっていた羽田近辺の鎮守、穴守稲荷神社に参拝。
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下町界隈の雰囲気を味わって、南の島とのギャップにビビりながら内房へと戻ってきました。


今年も7月から夏運用。空梅雨に肩透かしを食らっていますが、楽しく暑く色々と行きたいものですね。

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