月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


大きな出張の小さな旅

少々間が空いてしまいましたが、一応は元気です。
出張案件が想定以上に多忙なまま、気付けば九州の宿暮らしで3週間が経過してしまいました。

案件そのものには色々と思うところもありますが、それはそれとして素晴らしいのはホテル暮らしの快適さ。
毎朝、荷物を簡単にまとめたまま部屋を後にすれば、夜には綺麗になっているのですから感激です。
自炊ができないので食費こそ嵩んでしまいますが、最低限の荷物整理と選択以外は丸投げして暮らせるのですから、ズボラな人間には夢のような時間でした。
出張終盤には宿の方にも顔を覚えられて、殆ど顔パスに近い扱いでしたし、富豪が晩年にホテルで暮らすと言う話もなんとなく共感できるように感じました。

ちなみに夕飯は毎晩のごとく小倉の繁華巡り。アレなお店には行きませんが、飲み屋から定食屋にラーメン屋まで、色々とまわりました。
海鮮から鶏肉まで美味しいものが多くて巡り甲斐のある町でありました。夜の観光だけとは言え、なかなかどうして楽しめた出張だった気はします。


そんな訳で忙しい中でも、寸暇があれば出掛けたくなるのが人の性。ホテルで寝てるなんてもったいないとばかりに、とりあえず外に向かいます。
色々溜め気味、アニメも見なくてはいけないので掻い摘んで備忘録的に。


12日は天気も良かったので関門海峡を巡る散歩。
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10年ぶりくらいに下関駅から唐津方面に向かい、関門トンネル人道を抜けて門司港側へ向かいます。
道中で関門橋を眺めたり、海峡周辺の古社と港湾史跡を巡る小旅行です。
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最後は門司港レトロ地区の夕暮れと夜景を眺めて、ホテルに帰りました。

翌週の19日は小倉から福岡へ回り道へ抜ける旅。
小倉から数駅西へ行った戸畑駅より、洞海湾を渡し船で跨いで若松地区へ。
往時には筑豊炭田の積出港として栄華を極め、戦後早い段階で八幡製鉄所を抱える戸畑地区との間に“東洋一の大橋”が架けられた程の要衝だったそうです。
“バンド”と呼ばれる海岸通りを巡り、立ち並ぶ古い建屋を見物しながら筑豊本線の若松駅まで向かいます。
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車窓にボタ山が見える(らしい)筑豊本線を桂川駅まで。ここで篠栗線に乗り換えて福岡市内へ。
さらに香椎線に乗り換えて海の中道にある終点西戸崎駅まで向かいました。
ここからさらにこの日2回目の渡船で志賀島に至りました。
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志賀島は良くも悪くも何もない島。かの名高き金印が発見された島だそうですが、対岸に博多が見えるとは思えないほど離島然とした風情がありました。
数時間ほど海沿いの道を歩いて、冬の海水浴場からバスで引き返してこの日の小旅行を終えました。


斯様な次第で出張が一段落し、帰還指令が出たのが今週末。

直帰しては面白くないので、少しばかり“寄り道”して帰りました。
小倉より日豊本線を南下して宮崎へ。宮崎から日南線に乗り換えて大隅半島中部にある終点、志布志駅まで。
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志布志からは大隅半島をバスで横断して、鹿屋を経由し錦江湾側のフェリーターミナル、垂水まで。
垂水から鹿児島市郊外の鴨池埠頭までフェリーで渡り、この日は鹿児島市街で夕飯を摂りました。
宿泊は鹿児島駅から小一時間ほど東へ行った隼人駅近くの宿にて。翌日に駅近くの鹿児島神宮に参拝してから、鹿児島市に戻りレンタカーを確保しました。
レンタカーでは薩摩半島を錦江湾沿いに指宿方面までドライブ。
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道中の神社を巡りながら、半島最南端の長崎鼻に至ります。
開聞岳を北側から回り込みつつ、さらに神社を巡り復路に知覧を経由して鹿児島市街へ戻りました。

この晩は鹿児島市内のゲストハウスに宿泊し、天文館近くの飲み屋で焼酎と鹿児島料理を堪能。
翌朝に鹿児島市街を少しだけ巡ってから、肥薩おれんじ鉄道線に乗車です。
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海際を抜けるかつての鹿児島本線に揺られながら数時間、八代で乗り換えて熊本まで。
熊本で少しだけ城下を寄り道し、昨年の地震で被災した石垣などを見学です。
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これで熊本も少しばかり巡ったので、県都を彷徨いたことがない土地も残すところ佐賀だけになりました。
思えば、旅行を初めて10年はかかりましたね……まだまだ行きたいところは沢山です。

そんなこんなで熊本から九州新幹線に乗り込み、博多で一旦下車してお土産などを購入し、一路千葉へと帰路につきました。


3週間ぶりの関東。
特段、変わることもないと思ったのですが……やはり自炊ができることと、自宅のデスクPCの快適さは偉大でした。
ひとまずは生活パターンの復調と、荷物の解体が課題ですが、ついつい溜まったアニメを見てたら捗りませんね。

西へ流れる話

流れ流されるままに、外泊の多い昨今。今日も今日とて出張案件によりお宿にお泊りです。
ついには、スマホでやる類のゲームにも手を出してしまうほど、家にいる時間が短くなっていますが、旅行は好きなので今のところは性に合ってます。


そんな訳で先週の末から、都内で研修があったために内房を抜け出して都会の方へ。
高校時代の友人の家に泊めてもらいながら過ごして、節分だった2月3日の金曜日から徐々に行動が始まります。

夕刻、研修帰りに代々木八幡宮での節分祭に遭遇したりしながら、神奈川の実家へ移動。一旦、車を拝借して荷物を回収に内房へ向かいます。
所定の荷物を回収したら、帰りがけに木更津の海上電柱群に寄り道。いざ夜景撮影! と思ったものの、残念ながら強風と寒さに散々な結果に終わってしまい、ほうほうの体で再び実家に戻りました。

一夜明けて、若干寝坊気味に目覚めた土曜日は、寝起きの勢いのまま新幹線に乗り込み、京都へ。
京都から東海道線を東に折り返し、石山駅からバスに乗り継ぎます。
南へ向かうバスに終点まで30分程揺られて、辿り着いたのは佐久奈度神社という式内社です。
琵琶湖から瀬田川を南へ下り、大きく屈曲した土地に、遙か飛鳥時代から鎮座するという古いお社です。主祭神は瀬織津姫神、川や水の女神です。
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由緒はあまり語られてないのですが、きっと川舟にとって要衝か難所か、何か神を祀るべき理由があったのでしょう。
目と鼻の先が宇治や琵琶湖とは思えない山奥感を醸し出した土地に、ひっそりと佇む社でありました。

さて、ひとまずの目的は達したのですが、気付いてみれば寝坊もあってこの時点での時刻は15時過ぎとどこに行くにも中途半端。
宇治方面など行きたい気もしていたのですが、流石に今から行っては夕暮れです。
そんな折に地図を見て目に入ったのが、神社から川を挟んで10分程の立木観音堂でありました。
往路にもバスから参拝客が沢山居たのが目に入っていたのですが、その頃はまだ関心の外側。ところが、次の行き先に悩む段になってみれば、俄然興味が湧いてくるというものです。

フラッと入り口まで歩いてみれば、急な階段がお出迎えしてくれます。
軽い気持ちで登らざるを得ませんね!
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正直、登っている途中に何度後悔したことかわかりませんが……後から800段以上もある石段だったことを知って、道のりの長さにようやく納得するほどの過酷さでした。
とは言え、登ってみれば風情あるお寺とお茶による歓待。縁日だったのか、通常通りなのかはわかりませんが、ひっきりなしに訪れる参拝客と祈祷の鐘の音に、山間の大寺の雰囲気を味わって疲れも癒えるようでした。
本堂の裏には奥の院もあり、そちらもまた小さな祠のような建物が佇んで、わびさびを感じる光景。関西圏は少々詳しくなっていた気がしていましたが、まだまだ知らないところが沢山あるのだと実感させられる良い寄り道になりました。

立木観音から下山して、石山駅へ戻るバスと京阪電車を乗り継いで、この日最後に寄り道したのは膳所本町駅。
大津市街の東の外れくらいに位置するこの界隈で、夕暮れの街を散歩しつつダメ元の御朱印集めに勤しみました。
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最初に寄った膳所神社は神職の方も見当たらず、取り付く島のない空振りでしたが、次に訪れた和田神社は小さいながらもよく手入れされたお社。
鳥居の奥に木造の立派な門が続き、その奥には神楽殿を経て本殿が並ぶ配置で、脇にはイチョウの巨木がそびえ立ちます。
境内の敷地こそ広くはないものの侮るなかれ、その本殿は国の重文に指定されています。
御朱印を貰いがてら、神社の方に聞いたところでは目の前の道が旧東海道なのだとか何とか。この何でもない風景の中に歴史の深さが詰まっている光景こそ、関東ではなかなか無い畿内の奥深さでしょうか。
参拝を終えて改めて神社の前の道に出れば、確かに古い建物が多い気がします。
折角ですから地図を見ながら当たりをつけて、旧東海道を辿るように西へ歩きます。何件かのお寺と石坐神社を経由して、17時過ぎにJRで石山の隣駅、膳所駅に到着し、電車移動に戻りました。

この日の晩は、大学以来の友人と彼の会社の同僚と大阪で飲み会。そのまま友人の家に泊まって、飲み直しながらアニメを見て寝落ちしました。

翌日曜日は昼前まで前日の宿酔との戦い。久しぶりに日本酒を散々飲んだ後に、焼酎まで入れたのは重かったのでしょうか。
12時過ぎにようやく体が再起動し、何とか新大阪駅まで到着します。友人と昼食を摂ったら、彼と別れて再び西へ向かう新幹線に乗り込みます。
行って来たるは九州の玄関口、北九州市の小倉です。なんか、去年も来た気がしますが、仕方ないですね。
用件は月曜からなので、この日曜日は九州でフリータイム。神社巡りに精を出したいところでしたが、またしても着いたのは15時過ぎと絶妙な頃合い。行けても一つか二つだろうと考え、モノレール沿いのお社に的を絞ります。
一つ目は小倉市街から少し南に下ったところにある菅原神社。町中の小さな社でしたが、梅を神紋とする天神様だけに、既に梅の花が綻びかけていたのが目に入りました。
春はもう近いのかもしれませんね。

さらにそこからモノレールで南に下り、片野駅で降りて西へ15分ほど歩くと2社目の神社、篠崎八幡宮に至ります。
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随神門のお多福がインパクト絶大ですが、古くは奈良時代にも祈祷の記録が残ると言う古い神社です。
現在の鎮座地に遷ったのは平安末期とされていますが、北九州の八幡宮らしく神功皇后に関わる伝説があったり、鎮座地に古墳群が遺っていたりと、古くからこの界隈を人々が行き交っていたことを偲ばせる社でありました。

篠崎八幡宮に参拝し、駅に戻れば時刻は17時過ぎ。神社巡りとしては時間切れと行って間違いない頃合いでしょう。
有り余った元気をどこに投げつけるかと、思案しながら駅の広告に目をやれば「新日本三大夜景」なる不穏なワードが目に飛び込んできました。
曰く八幡駅から少し行った皿倉山から望む北九州市街の夜景は逸品なのだとか。残りの2つが奈良の若草山から望む奈良市街の夜景と、山梨は笛吹市の丘から望む甲府盆地の夜景だとかで、あまり期待できない気もしてしまったのですが……他に行くアテもないですし、足を向けてしまいます。
駅からは無料のシャトルバスとケーブルカーで楽々山頂へ。
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眼前に広がるのは期待よりはずっとキレイな北九州の夜景でした。
信じ難いほどの強風が吹付け、眼下は微妙に霞がかっている悪条件下ですが、それでも眩く輝く市街地には息を呑む美しさがありました。
条件が良ければ、八幡の製鉄所や関門海峡もくっきり見えたことでしょうが、そこまで望まずとも霞にボンヤリと光り輝く街並みも、それはそれで幻想的で悪くないと思わせる雰囲気があります。
あまりの寒さに長居こそできませんでしたが、期待していた以上の光景にすっかり良い気分になることができました。

この後、下山して小倉駅界隈に戻ったら駅近くの“一銭洋食”屋さんで夕飯を食べて宿に。月曜以降のあれこれに備える体制を整えていたら、日付が変わってしまいました。


斯様な次第で今日から出張案件。休みはあるのか、観光はできるのか、甚だ不透明ですが、強く生きましょう。

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