月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


休出と強風と生音

台風を髣髴とさせる強烈な雨風に晒された先の土曜日。
南面の我が家は例によって暴風の直撃を受けて、窓は揺れて洗われ、軒先のサンダルは飛ばされ、近所の洗濯物が目の前を通り過ぎる凄まじい有様となってしまいました。


今のボロ屋暮らしも気づけばかれこれ1年目。
強い雨風に気付くと、真っ先に雨漏りを心配する習慣が身に付いてしまいましたが、今回も真っ先に頭をよぎったのはその心配。
大急ぎでサッシを確認してほっと胸を撫で下ろしたら、次に思うのは「そういえば、今年は台風来てないな」といった、どうでもいいことです。
しかし、普段なら嵐を見ればテンションが上がる子供染みた性分の私も、この日は至って無感動……と言うより雨に憂鬱気味。
理由はいたってシンプルで、残念なことに休日出勤だからです。
雨で中止になってくれたら嬉しかったのですが、無慈悲なことに出勤の頃合いには雨風が一段落してしまい、会社に行かなければならなくなりました。
その後は結局、きっちりと夕方まで仕事があったので、この日は帰ってからコンビニでビールを買って飲むくらいしか休日的なことが出来ずに過ぎてしまいます。

致し方無いので、日曜日だけでも楽しもうと朝は早めに起きて、所用も兼ねて都内へ。
幸いにしてこの日は雨も止んで晴れ間が広がり、適度な風が心地よい夏の空模様のおでかけ日和です。
手始めに浅草での案件を済ませたら、午後からはこの日の本題があるお台場へと移動しました。

お台場といえば行こう行こうと思いつつ後回しになっていた船の科学館。現在は本館が休止中ですが、併設の南極観測船宗谷が無料で見学可能です。
本題こと、分島花音さんのライブまでの時間つぶし。折角近場まで来たので見学してきました。
お台場 (5) お台場 (12)
南極の船、海保の救難艇、灯台巡視船等々、その長い船歴の中で様々な任務を成し遂げた船ですが、また現存唯一の係留された旧帝国海軍所属艦だとかなんとか。
展示は主に南極観測船時代の装備や船室配置のものですが、度重なる改修の果てに内装や装備品も入れ替わっており、船室の配置が一部変わっているそうです。
それでも、この古風な船の内装は、話には聞いても現代の自衛艦見学ではお目にかかることのない代物があり、なかなか興味深いものでありました。
お台場 (24) お台場 (38)
また、お台場といえばガンダムも有名ですよね。実はこちらも間近で見るのは初めて。目と鼻の先のビックサイトには何年も通っているのに、灯台下暗しです。


そんなこんなで一巡りしているうちにライブも開演時刻が近づいて来たので、会場であるZeppダイバーシティ東京へ。
17時開演といいながら、まだまだ真昼とばかりに日が高いのは、流石夏至直後の夏空といったところ。心地よい天気でしたので外でライブ見たかった気もしますが……会場は地下なのでどうしようもないですね。
分島花音さんのライブは一月ほど前に行った埼玉公演以来。同じツアーということになりますが、流石に初回と千秋楽だけあって演出も雰囲気も大分違う新鮮なライブです。
セトリこそ例によって覚えてないですが、ジャズ・アレンジやアドリブの入った曲に分島さんのギター演奏などなど――ライブならではのパフォーマンスや、CDにはないジャズ(?)曲もあり、相変わらず刺激的で多幸感のあるライブでありました。
あまり、ライブの感想を述べる語彙は多く持ち合わせていないのですが……何度行っても分島花音のライブは一時足りとも退屈することなく魅入ってしまう没入感があります。
ただ、そんなライブも唯一の不満は時間が短いことでしょうか……もっともっと聴きたかったのですが、19時過ぎで終わってしまったのが非常に寂しく惜しい気持ちになりました。

今回のライブ後は、特段に知り合いもいないようだったので、そのまま家へと直行。乗り継ぎも順調で、夕飯を食べるまもなく帰り着いてしまったので、近所の開拓も兼ねて駅前の飲み屋で独り盃を重ねて週末を締めることといたしました。


斯様な次第でなんだか繁忙期のように忙しいらしい今日この頃。むこう暫く休日出勤が続きそうなのが悲しいところです。
来週も日曜しか使えない見込みですが、さて何が出来るでしょうか……。

水無月の一大支出

夏の境目に吹く温い風が、郷愁を感じさせる6月半ば。いつの頃からか夏の初めと終わりの刺激のない風が、大学時代の外飲みの記憶と繋がりひどく懐かしい気持ちにさせられます。
そしてまた、梅雨になったと言いながらも滅多に雨が降らない日々。今週末も晴れ間が続いて気温が上がり、日曜にようやく降りだす有り様。
お出かけには楽ですが、早くも水不足が懸念されているとも聞きますね。


そんなお出かけに良しの今週末ですが、残念ながら土曜日は仕事関係の案件で東京に釘付け。
色々と頭を悩まされた末、夕方になってようやく解放です。

しかしながら、解放後は秋葉原に向かい鬱憤晴らしも兼ねたお買い物の始まりです。
賞与の見込みも立ったので、満を持して長年の懸案に手を付ける次第。すなわち、自宅のメインPCの更新です。

自宅のパソコンは大学時代に組んだ自作パソコンを素体として、かれこれ8年目。メモリの増強やドライブ類の増設こそしてますが、マザーボードやCPUのような基幹部品は最初に組んだ当時のままです。
4年ほど前から、新しいモノが欲しいとは考えていたのですが、なかなか予算の手配も回らず困っていた状態でした。
もっとも……今でも必要十分な性能は発揮し、むしろよく持っているとも思いますが……それでも、いい加減に各部にガタが来てるので、ついに抜本更新に着手することとしました。
――と、勿体ぶって書いたものの、実際には部品を購入して宅配を依頼したので、部品が到着するのは明日以降のこと。
ゼロからの組み立ては久々なので、ゆっくり新調にやりましょう


PC発注の後は横浜に趣き、いつもの長野人・元寮生と飲み会です。
立ち飲み屋さんから、居酒屋を経て寿司屋で帰路へ。安心感のあるいつも通りの飲み会を経て気がつけば日曜日です。

日曜日は一転して知人の誘いがあり、文化的に上野の森美術館へ。ブータン展なるもののタダ券があるので、行ってみようとのこと。
芸術には疎いので、あまり言うことはありませんが……近代化の遅れた地域の独特の文物も興味深いです……。多くは言い難いです。

この日曜日は前日の深酒も祟ったので、美術館の後は千葉市街まで撤退してPCパーツの追加購入をして帰路へ。
千葉市街、未だあまり散策する機会に恵まれてないのですが、程よい都会ぶりでなかなかどうして過ごしやすい街だと常々感じています。
いずれ休日を割いて探索してみたいものですが……灯台下暗し、当分機会は巡ってこない気がします。


そんな訳で久しぶりに大人しめに過ごした週末。
懸案の幾つかから解放されたのですが、PC関連の出費と先の遠出により、賞与の大半がカードの返済に吸い取られる情勢。
当分はこの大人しさを継続させられる見込みです。

梅雨の恒例行事

梅雨らしい不穏な天候の6月上旬。雨に濡れた土の匂いや、湿った草花、紫陽花の群生etc……服装も身軽になり、雨対策さえ整えたら、むしろ出掛けたくなる季節です。
問題はじっとりとした空模様に迂闊に洗濯もできず、着替えのストックの目減りに頭を抱えるところでしょうか。

そんな雨模様の季節は毎年恒例のビワの実りの季節。
今年も例年通り、週末は静岡の親の実家に出向いて庭に生えたビワの収穫と夏前の枝木の剪定――と行きたかったのですが、今年はビワが不作のため、庭木の剪定任務だけになりました。
親の実家のビワの不作は私が物心ついて以来、初めての事象。木の寿命なのか、はたまた何かあったのか……事情は気になりますが、調べようもないので棚上げするより他に無し。
来年こそは実ってくれと願いつつ、容赦なく伸びた枝木を切り落としてゴミ袋サイズに寸断したら任務完了です。
昨年秋に導入した電動チェーンソーがいい仕事をします、実に捗りました。

任務が終われば、後は飲んで寝るだけ、翌日は帰るだけ。
幸いに天気にも恵まれたので、庭に椅子を出してのんびり読書などと洒落こんでみたりしてから、日曜の午後に帰路につきました。

もちろん、手ぶらで帰るほど鷹揚な事ができないのも、私の性。
ふらりと静岡市は由比駅近くにある駿河国二宮の豊積神社に参拝してきました。
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由比は畿内から見ると東海道の難所、薩埵峠を越えて最初の宿場町。日本海の親不知と対になるように、太平洋に山が食い込む薩埵峠は、今でも海際を鉄道と国道と高速道路が通る東海道きっての交通のチョークポイントです。
近年も東海道線の線路が土砂崩れに飲まれ、一週間近く不通になる事件があったほど。そんな交通の要地を間近に控えた由比の町も往古から漁村として栄えていました。
ちなみに今も、由比港名産の桜えびは駿河湾を代表する海の幸として名を馳せています。
そんな由比の町中に鎮座するのが式内社、豊積神社。祭神は浅間神社系統と同じコノハナサクヤヒメ。
境内の由緒書きもWikipediaの記述も、今ひとつ歴史について要領を得ないのですが……社殿通りなら奈良時代末期から平安時代初期に坂上田村麻呂が創建したそうです。
今や昔日の面影を数枚の石碑に忍ばせる程度の小社でしたが、港町の一角に鎮座する風情は中々のものでした。



ところで、この歳になると“答え合わせ”を強いられることも多々あること。
人生で何か積み上げられたのか? 己は何者なのか? 他者にないものは持っているのか? 色々考えてしまいます……が、その辺の考察を深めると自家中毒を起こすので、それは又の機会に。

琵琶湖と北陸道

6月、各地で梅雨入りが告げられ、いよいよ初夏から夏へと季節が転がりだした季節ですね。
羽虫の活動も活発となり、今年も少し早めながら蚊取り線香が絶やせない時期となってきました。

梅雨入りを裏付けるように不安定な空模様だったこの週末、5月初頭より続いた遠出案件の最後となる用件があり、関西の方へと赴くことになりました。

出発は土曜日。
実家を起点に安心の東海道新幹線で西へと急ぎ、降り来たるは京都の一つ手前、米原駅。ここで東海道本線に乗り換えて少し行けば、近江湖東地方の商業の要衝、近江八幡駅に到着です。
フォロワーでこの近隣の民のぼややん氏と合流し、近江八幡駅から歩いて1kmほどの旧市街へ観光に向かいます。
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近江八幡は文字通り、近江の日牟禮八幡宮の門前にある街です。琵琶湖交通により古くから人々が行き交っていた当地ですが、商人街となったのは八幡宮の創建からずっと後のこと。桃山期に八幡城が築城され、城下町が整備されてからのことだそうです。
城自体は江戸時代を迎える前に廃城されたものの、商業地として息長く残り、近代に至っても近江商人の中心地の一つとして栄えていたのだそうです。
そんな訳でお堀に端を発する運河と古い町並みが残る風情ある旧市街をぶらりと巡りました。

古い町家を改装した売店や豊小でも名高いヴォーリズ建築の洋館などなど、天気が良ければなおよしでしたが……楽しい散策です。
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当然、日牟禮八幡宮にも参拝。楼門をくぐり入れば開けた空間の向こうに格天井と勇壮な屋根の立派な拝殿が迎えてくれます。その向こうの本殿や、雑多な大絵馬が所狭しと掲げられた絵馬殿合わせて、歴史を感じさせる神社でありました。
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もっとも、今回は観光はあくまでオマケ、体面上カメラを持っていく訳にはいかないので荷物に忍ばせるコンパクトカメラしかない状況。
運河の街の記憶を小さいカメラでボチボチと残して、引き上げとなりました。

この日の晩は、ぼややん氏と別れて奈良に向かい別口の友人、ぜな氏と(愛媛)みかん氏との飲み会に。
奈良町の北側、少し入り込んだ路地裏で見つけた奈良の地酒“春鹿”を出すお店で一献です。奈良の町家を改装したらしい隠れ家的な美味しいお店、ふらりと当てどなく入ったため上品な雰囲気に少し気圧されましたが……良いお店でありました。
その後はもう1軒、奈良のお店で飲み継いでから、みかん氏の家に泊めていただきさらにもう一飲み。大学時代を思い返すようなヒドイ(肯定表現)宅飲みの果てに寝落ちして日曜日を迎えました。


翌日は復帰したら、ようよう列車に乗り込み京都から湖西線を抜けて北陸の敦賀方面へ。
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道中、山科から大津に抜ける峠を越えた辺りで梅雨らしからぬ気持ちのよい晴れ間が覗いたのは印象深い光景でしょうか。
西を向けば田園の向こうに棚引く雲が比叡山の山並みにかかり、東を向けば琵琶湖が煌めく様……好天時の湖西線の車窓は何度見ても飽きることのない光景です。
実際のところ湖西線も比叡山坂本以北、高島市などに分類される地域は乗り換え時くらいしか下車したことがない未知の領域。いずれ自転車か車か、適当な乗り物を調達してじっくり観光してみたくはあるところです。
ただし、この日は最終目的地が決まってるので、ここで降りてしまうと後始末が大変なのがネックな次第。
予定に従って今回は敦賀で途中下車といたしました。

敦賀といえば北陸道の入り口に坐ます式内大社の気比神宮。
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何年も昔に一度参拝しているのですが、みんな大好きな御朱印を授かってなかったのでまた来た次第です。
町の真ん中にあるとは思えない広々とした社を散策したら、前回はこれで引き返したのですが今回は敦賀のさらに北方、日本海の際を目指します。
道中、今は廃止となった敦賀港線の後を抜けて向かったのは金ヶ崎城跡の一角に立つ、金崎宮。
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建武中興十五社の一つに数えられる明治期創建の比較的新しい社です。
祭神はこの地で散ったという後醍醐天皇の親王2名。金ヶ崎の城は日本海沿いの道筋や航路と琵琶湖へ抜ける経路交差点。その要港を見下ろす山の上に位置し、三方を水に囲まれた要衝にして堅城と言われていました。
もちろん、幾度も落城の憂き目にあっているそうですが……それはそれ。
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敦賀港を見下ろす眺望は条件が良ければさぞ絶景なことでしょう。

金ケ崎界隈を見学した跡は、下山して敦賀港の歴史的建造物をいくらか観光して、この日の最終目的地へ。
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明治から昭和にかけて、国際旅行の手段が空路に移る前の敦賀港は、ロシア方面への玄関口として国際便に合わせた列車が東京から運行する程の隆盛を極めたとか何とか。
今も貨物航路に重要港湾としての面影を残しますが、全盛期の凄みを感じさせる重厚な建物や貴重な遺物を見学して、駅へ戻り北陸線に乗り込みました。


そんなこんなで月曜と火曜は北陸某所で案件をこなして、関東に返って来たのが今日のこと。
資格試験も待ち受けてますし、当分は関東圏で大人しくなる日々が続くハズですね……きっと。

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