月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


城下町と博物館の話

春爛漫に相応しい朗らかな季節は瞬く間に過ぎ去り、長く暑い季節を予感させる温く湿った空気が漂い始めた4月下旬。
何となく刺激の少ない微温湯の様な雰囲気、何があるわけでもないのですが不思議と外に出掛けたくなりますよね。

つまり出掛けます。天気もまずまずの曇天だった土曜日のこと。
行って来たるは我が千葉県は下総国側にある佐倉市。かつての佐倉城、後に陸軍佐倉連隊の駐屯地、今は国立歴史民俗博物館を擁する歴史と文化の香る印旛沼畔の小都市です。
IMGP8061.jpg IMGP8070.jpg
JRの佐倉駅を降りて、佐倉城と京成佐倉駅のある北方へ歩くこと10分少々。手始めに訪れたのは佐倉藩の幹部クラスの武士が居住したという武家屋敷です。
往時は城下町を見下ろす小高い丘の上に屋敷が連なっていたとか、後の世には連隊幹部の官舎も建っていたとか。そんなハイソで武断な時代の面影を、街路や地割に留めた細い小路を抜けると3棟だけ当時の建物が一般公開されています。
佐倉の武家屋敷は階級に応じて規模が規定されているそうなのですが、ここでは親切なことに大中小と代表的な屋敷が一括で見学することができます。
IMGP8066.jpg IMGP8112.jpg
今回は折もよくボランティアガイドのツアーともタイミングが合い、郷土史家の解説を聞きながらじっくり見て回ることができました。
逆に写真を撮る暇が無かったのですが……それはそれ。風情のある建屋に、それぞれの家々の設えや調度がもつ意味合いを聞きながら巡るのもいいものです。
最も印象深かったのは移動式竈の存在でしょう。この地域では竈は屋敷の一部ではなく家財道具の一つと見做され、引っ越す際には前の家主は竈を持ち去り、新しい家主が自前で持ち込ものなのだとか。
そのため、かまどの下には足がついており生活スタイルに応じて場所を変えることもできたのだそうです。
今でもガスコンロは家付きの場合と持ち込む場合がありますが……似たような感覚なのかも知れません。住む人の無くなった今でも、藁葺き屋根の維持のため竈の火は絶やさずに居られるそうです。

武家屋敷の見学を終えたら暗がり坂なる薄暗い路地を下って、麻賀多神社に参拝です。
IMGP8117.jpg IMGP8121.jpg
麻賀多神社は成田に所在する式内社に端を発するとされ、印旛沼沿岸に偏在的に分布するお社。五穀の神ワクムスビを祭神とし、佐倉の社は藩の鎮守として祀られたものだそうです。
立地の都合か、麻賀多神社で検索すると成田の総本社よりも佐倉の社の方が検索上位に来るのはご愛嬌でしょうか。
IMGP8123.jpg IMGP8136.jpg
立地こそ普通の町中の神社ですが、落ち着いた歴史を感じさせる境内のある神社でした。寛ぎきった猫が印象的です。

麻賀多神社で御朱印を頂戴したら、進路をいよいよ城址に向けましょう。
IMGP8154.jpg IMGP8156.jpg
佐倉城址は残念ながら復元建造物こそないのですが、土塁や空堀といった遺構が綺麗な公園として整備されています。
遺跡らしいのは連隊所在地の記念碑や所々の解説板とビジターハウスの展示くらい。芝生の広場や木漏れ日差す木立など、どちらかと言うとピクニックするような場所という方が適切でしょう。
IMGP8166.jpg IMGP8167.jpg
サトザクラも見頃を迎えて、晩春の新緑と合わさりのんびり歩いてるだけで楽しいような空間でありました。

斯様な次第でなんやかやと、その気になれば30分ほどの道のりを3時間ほどかけて、城内の目的地、国立歴史民俗博物館へ到着です。
民俗学を展示した第4展示室が改装されてからは初めての見学。久しぶりということもあって、改装されてない展示も含めて閉館ギリギリまで見物して、ようやくに実家へと足を向ける流れで土曜日の日中は終りを迎えました。


この日の晩は、実家へ戻ってから中学時代の友人と飲み会へ。
積み上げてきた者とそうでない者の差、人間のスキルポイント、誇れる趣味はあるのだろうか――そんな愚にもつかない様な悩みを話してた気がしますが、思い返すと黒い井戸を掘り返しそうなので、また今度。

飲むだけ飲んで実家で一泊したら、翌日は雨模様を口実に家に引き篭もり、散髪と来週以降の荷造りで終えて帰路へつきました。

神奈川の生音

九州では強烈な地震が大地を引き裂いたり、関東では強烈な風が交通をハチャメチャにしてたりしたこの週末。

色々大変なことになってますが、それはそれとして休日を謳歌したかった土曜日のこと。
この日は予定もあったので、昼前から家を出立しぶらりと内房を巡りつつ、まずは実家へ移動して車を返却。

その後、取って返すように上野に向かって、大学の友人・先輩と合流し駅前にて飲み会をすることに。
特に理由はないのですが、何となくですよね。友人連中はこの後に飲みの本会があるのですが、別件で参加できないのが悔しかったので誘ってみたとか、そんな感じです。
そんな訳で、集合15時のまだ明るいうちから開いている飲み屋さんに流れ込んで、小一時間ほど軽く飲酒です。
取り留めもないことを垂れ流しつつ、ビールを呷ったら、取って返すように神奈川方面へ。
飲むためだけに上京して小一時間で取って返す訳ですから、我ながらどうかと思わなくもないですが……欲求には正直に、仕方ないですね。

取って返して向かったのは、小田急の本線と江ノ島線の分岐点、相模大野駅。
この日の要件は高垣彩陽さんのライブです。

以前からあやひーの歌は気になっていたのですが、いよいよ手近なとこでライブがあると知っては行かない理由がなかった次第です。
フォロワーのみかんさんと合流したら、適当に準備もへったくれもなく会場へ。少しばかり周囲を見渡して、目の前の公園で行われていたイベント(?)を見物してから会場内へ。
最近は大規模な会場かオールスタンディングなライブばっかりだったので、久しぶりのホールライブってだけでもワクワクしてしまいました。
やはり落ち着いて、かつ近距離でみれるホール級のライブもそれはそれでいいものです。
セトリ自体は例によって記憶に無いですが、まだ持ち曲自体が少ない事もあってか殆どが分かる曲だったのは嬉しいところです。
内容的にも緩急つけた曲目とコンパクトなMC、手早い衣装替えと飽きさせる暇がなく、あっという間にアンコールまで来てしまったような感覚です。
特にお得意のクラシカルな曲のカバーは聴き惚れるとしか表現しようのない秀逸さ。特に“Ave Maria”の歌声にはただ度肝を抜かれるような思いでありました。
アンコールパートからはMCも多めになったのですが、コチラもまたよく“芸人”と言われるだけのことがあり話が面白い。
終始満足の行く内容で行って非常に良かったと思えるライブでありました。強いて不満点を言えば、クラシカルな楽曲に音響を設定していたせいか、賑やかな曲ではボーカルが楽器に掻き消されてしまうようなときがあったことでしょうか。
叶うことなら、もう一箇所くらい都合つけて行きたいと思えるほどでありました。

そんな大満足のライブの後はフォロワーさんの朔さんも合流して相模大野駅前の飲み屋街で飲み直してから帰宅へ。
大変良い午後を過ごすことが出来たと満足した土曜日から一転、強風に交通の麻痺して身動きもままならない日曜日を過ごして今に至りました。

春風の博物館と生音

春風吹き荒れ、部屋の前では鉢植えが飛ばされる被害が出たりした4月上旬。
過ごしやすい暖かさかと思えば、手のひらを返すように冷え込んだりと、大自然に振り回されてばかりのこの頃です。

仕事は思うことばかりなのですが、休暇を取る機会があるのはいいことでしょうか。
先の金曜日は上手いこと有給を掠め取り、外出に振り分けることに成功しました。


朝は少し余裕を持って起き抜けたこの日の目的地は、家からそれほど遠くない千葉市街の方。
通りがけに蘇我駅近くにある式内社蘇我比め神社に参拝してから、路線バスでぶらり揺られて来たるは千葉県立中央博物館です。
2016_04@4月の週末あれこれ0003 2016_04@4月の週末あれこれ0009
なんでも自然科学系の展示が充実してるとかで、一度行ってみたかったのですが中々機会が掴めず先送りになっていた施設です。
残念ながら、内部は撮影できなかったのですが……自然全般、中でも地質に関連した展示に非常に力が篭っており、面白い展示内容です。
到着したのは昼すぎだったはずなのですが、気付けば何やかやで半日近く居着いてしまい、閉館時間に追い立てられるようにでることになってしまいました。

ただし、この日はただ博物館に行くために有給とったわけではなく、この後にメインイベントたる埼玉での飲み会があります。
メンツは前職の同期たち。私以外にも何人か転職してしまったようですが、それでも顔を合わせる事があるのは有難いことです。
何なら今の職場の同僚より非公式な飲み会は多い気もしますが……仕方ないですね。
互いの近況やら何やらを交換して、結局終電近くまで飲んで過ごしていました。

翻って翌日は、夕刻から奈々さんの東京ドームライブがある日。
何はなくとも都会に繰り出し、神楽坂界隈をふらりと散策して時間潰しです。
2016_04@4月の週末あれこれ0020 2016_04@4月の週末あれこれ0022
流石、オシャレと名高き大都会の真ん中では神社も心なしかオシャレに見えますね……。
他には東京理科大学の近代科学資料館などに立ち寄ったら、ちょうどいい頃合いになったので会場近くの公園で軽く一杯やってライブへと参加になりました。

この日のライブは、古い曲をやることがコンセプトの会。聴き馴染みのない曲も多かったのが正直なところですが、そんなことは関係なし。
圧倒的な迫力ある歌声、豪華な演出、ペンライトの海、気付けば知ってる曲かなど気にすること無く魅了されて楽しむことが出来ました。
そんな訳でこの日も、終演後は終電間際まで軽く打ち上げして帰宅です。


斯様な次第で楽しんだ金土から一転して、日曜日は特に何するでもなく実家でのんびりぐったり。
非生産的な休暇を謳歌して、千葉へと帰るだけでありました。

この両極端な感じも……仕方ないことですよね。

火山島日帰り巡航

二十四節気も天候清らかなる清明に。春の嵐を思わせる強風と雨に、見頃の桜も散らされそうな昨今です。
週末こそ妙に涼しげでしたが、月曜になった途端に生温く過ごしやすい春の空気になり、春を感じさせますね。


そんな春の前哨戦のようなこの週末。
色々と思うところもあったので、金曜の朝くらいから船に乗りたい気分で色々と思案していました。
最初はシンプルに伊豆大島を想定してたのですが、どうも調べてみると天気が怪しい。
天気の良さ気な方へと選択肢を南下した果てに見つけたのが八丈島というソリューション。これで決まりかと思ったのですが、よくよく調べるとどうも船便の就航率が悪いのだとかなんとか。
折り悪く春の嵐で海況も悪く就航は確約できない状況とのこと。行けないだけならまだしも、帰れないのでは少々洒落にならない予定が入っていたので困りものです。
散々悩んだ末、夜は竹芝の桟橋に到着してから大島へ行くことを決断して、そのまま出港となりました。
IMGP7480.jpg IMGP7550_20160404212912247.jpg
そんな訳でお酒を片手に夜景を眺めて、早めに眠りについたら翌朝6時には伊豆大島は岡田港に到着です。
全く無計画で来てしまったので、何をどうすればいいかもわからず、とりあえずは直感に従って中心街の元町方面へ向かう連絡バスに乗車です。

結果的にこれは正解で、早朝営業中の温泉に行き当たり、眠気が抜けるまでお風呂と休憩所で快適にくつろぐ事が出来ました。

暫く温泉で寛いで、活動を開始したのは8時を少し回ったくらいのこと。
レンタサイクル屋さんでレンタル原付を借りて、島内一周道路を巡る行程に出発。行程は地図上で見て反時計回り。西岸を南下して東岸を北上するコースです。
IMGP7552.jpg IMGP7555.jpg
出発して、最初に立ち寄ったのは元町から徒歩圏内の火山博物館。火山性の群島である伊豆諸島、大島も例に漏れず三原山を擁する火山島です。
この火山博物館も大島の三原山をはじめ、伊豆諸島や日本、世界の火山の科学を紹介するもの。
年代表記等が開館当時(?)のままアップデートされておらず少し古臭いと感じることもありましたが、教科書的な難しい内容の展示も多く、見応えのある場所でありました。

火山博物館から少し南下すると次に眼に入るのは大宮神社。伊豆諸島は古くから人が住み、また火山島であったこともあってか古い神社の数は意外と多いものです。
この大宮神社も、式内阿治古神社に比定される社なのだとかなんとか。
IMGP7561_20160404214722d31.jpg IMGP7574_201604042147239d4.jpg
表向きは田舎の小さな神社ですが、中には入れば南の島独特の濃い緑に覆われ、鬱蒼とした凄みのある雰囲気をまとった社でありました。

神社を過ぎてもまだまだ南下。
この頃から空も時々陽が差すようになり、視界も広がってくるようになりました。高台から海を見やれば遠く利島の島影も望めます。
IMGP7596.jpg IMGP7601.jpg
そして、反対の丘側にはどうにも有名らしい“バームクーヘン”状の屋外地層標本。
火山博物館の紹介曰く、噴火時には毎回その段階に応じて3種類の噴出物が順番に噴出するため、噴火の度に特徴的な縞模様が作られていくのだとか云々。
頻度が多いので明瞭な縞模様になったということなのでしょう。天然に露出したのではなく、道路工事の際(?)に意図的に露出させたそうです。明瞭な地層模様がスケールを感じさせますね。

バームクーヘン地層の少し南には島で一番広い砂浜、その名もズバリ“砂の浜”があります。
もちろん波打ち際まで行きますよね? 火山性の砂のためなのか、関係ない偶然なのか――理由は知りませんが、よく知る静岡や茨城の砂浜とは踏んだ心地も色合いも違うのが印象的な砂浜です。
印象的ついでに、海に近づき過ぎて踝まで波を被ったのはご愛嬌でしょうか。
油断していたら、思ったよりも大きな波が来てしまい、気付いた時には足が水没していました。足元で済んだので幸いでしたが……海の事故も他人事ではないと気付かされる一件となってしまいました。
IMGP7616.jpg IMGP7619.jpg
幸か不幸か、砂の浜は海水浴場。大急ぎで靴と靴下を水洗いして、後は開き直って濡れたまま旅行続行です。

南へ南へと原付を転がした果てにあったのは波浮港と呼ばれる小さいながらも風情のある港町です。
IMGP7622.jpg IMGP7636.jpg
切り立った崖の下、隠れるような立地に寄り添うように家々が犇めく、まさに伊豆の港と言った光景です。一方で、急峻な階段を登った先にも少しばかりの市街が広がっていて、かつての繁栄と市街の広がりぶりを思わせます。

崖の上にあるかつての旅館での説明板によれば、この一帯は噴火地形を開削した良港であり、明治の頃には遠洋漁業や風待ちの中継港として殷賑を極めたのだとか。
「伊豆の踊子」のモデルとなったのも、往時のこの一帯なのだとか……だそうです。
IMGP7652.jpg IMGP7653.jpg
生憎と伊豆の踊子は読んだことがないものの、その繁栄ぶりはわかる気がするところです。
崖の下側にももう1軒の旧旅館が残っており内部を見学できます。
IMGP7688.jpg IMGP7691.jpg
昔日の姿を今に留めたような町並み、地割、狭いながらもとても良い所です。
余談ながら、昼食もここで摂るつもりだったのですが、そちらについてはアテが外れて思った以上に飯屋がない状況に難渋しました。
最終的にはたまたま見掛けた揚げたてのコロッケで小腹を満たして済ます次第。後から知ったのですが、この波浮港のコロッケ屋さん、有名店だったそうです。オフシーズンの行き掛かりで見つけたお店であり、あまり意識してませんでしたが確かに美味しかったです。

小腹を満たしたら、一周道路に舞い戻って波浮港にもう一度ご挨拶。
IMGP7716.jpg IMGP7717.jpg
深く入り込んだ良港の様が手に取るように見られます。
ここから道路は進路を東に向け、少しずつ北上を始めます。

筆島と呼ばれる海中に切り立った独特の形の火山岩礁を見やると、此処から先は暫く集落のない東岸の無人地帯に入り込んでいくことになります。
IMGP7723.jpg IMGP7736.jpg
鬱蒼とした緑の山並みと、右手に見える噴火時の避難壕が冒険感を醸し出している……気がしました。

ただ、無人の道路に挑みかかったところでは、走りだして数分で出鼻をくじかれます。
「月と砂漠ライン」なる気になる脇道を見つけてしまっては行ってみない理由がないですよね!
IMGP7742.jpg IMGP7743_20160404224219a1f.jpg
途中までは車道でしたが、3km程行った先からは徒歩での道のりに。正直に言えば天気も不穏で、足も未だにびしょびしょなので面倒くさくなってきていたのですが、ここで引き返せるほど割り切れる性格ではありませんでした。
しかし、得てしてこういうときはどうにもならないもの。行った先にあったのは五里霧中の荒野。広大な砂漠というより、煙にまかれて遭難しそうな光景でありました。
IMGP7745.jpg IMGP7748.jpg
本当であれば看板のような光景を見ることができたのかも知れませんね。
最近、五里霧中なシチュエーションによく出くわす気もしますが、これはこれで不穏な空気も悪くないものです。

どうにか雲中脱出に成功したら、気を取り直して東岸の一周道路を進みましょう。
信号も対向車も隣家もない道を無心に走る気持ちよさ、なかなか味わえるものではないですよね。
IMGP7752.jpg IMGP7759_201604042248246ad.jpg
オオシマザクラなる天然記念物の大樹など眺めつつ、順調に北上して無事に西側最南部の集落、泉津まで無事に行き当たることが出来ました。

無事に有人地帯に帰ってきたら、後は気楽に駆け抜けて島の北辺をかすめて大島空港を横目に郷土資料館まで一気に進みます。
IMGP7798.jpg IMGP7800.jpg
田舎町の定番、郷土に関する資料館は何処へ行っても興味深い代物が多く大好きです。
観光案内などとはまた違った、なかなか素人目では見つけられない、素朴で地味な地域の特色が割とわかりやすくまとまっている気がする次第です。
大島の場合はやはり火山と明日葉がメインになってしまうようですが……かつて女性が盛装するのは葬儀と新年だけだった云々――のような中々パンフレットでは触れない習俗がシレッと詳しく紹介されてたりしました。
併設の古民家の質素な感じも、波浮港の旅館との対比が捗ります。
IMGP7805.jpg IMGP7811.jpg
「隠居」と呼ばれる引退家族の住まう離れの質素さには、少々絶句してしまいましたけどね。

そんなこんなで元町の集落に戻ってきたら、ここで大事なお知らせに直面します。
この日の船便は全て岡田港発着なんだそうです。
IMGP7861.jpg IMGP7862.jpg
元町の客船ターミナルは見事にがらんどう。どうやらその日の海況にあわせて、中心部の元町と北部の岡田の2つの港を使い分けているようです。
しかたがないので、原付を返したらバスで岡田港へ向かいましょう。

岡田港についたら船の時間まで少し時間があったので周囲を散策。こちらにも岡田八幡宮なる氏神さんがいます。
大島には源為朝が流罪になってきた歴史があり、そこここに為朝縁の習俗が残されているそうです。
生憎と原付一周の間にはあまり行き会わなかったのですが、この八幡さんも為朝公が勧進したとかで、何やらそれに由来する藁束を立てる文化も残っているのだとか。
IMGP7876.jpg IMGP7881.jpg
この“いぼっちゃ”なるもの、案内板が過擦れてよく読めないのみならず、ネットで調べても今ひとつ要領を得ない強者です。
どうやら小さな祠を模したモノだそうですが……このネット全盛の時代にそんな得体のしれないモノが関東の鼻先に残ってるのですから、捨てたものじゃないですね。

斯様な次第で船の時間も来たので、この日は予算の都合から日帰りの帰還となります。
IMGP7894.jpg IMGP7896_20160404231729c5c.jpg
帰りは伊東までジェット船であっという間の船旅です。東京から一晩掛けて行ったのが嘘のような素早さ。
あまりに早く着きすぎたので、ぶらりと夕暮れの伊東を巡ってから実家へ帰ることになりました。
IMGP7901.jpg IMGP7936.jpg
伊東の古い温泉旅館、東海館。内部の見学もできる立派な建物を巡っていたら、思ったより伊東に長居してしまったのはご愛嬌でしょう。


ちなみに一転して日曜日はのんびりと何をするでもなく起きれば昼下がり。
ゆるゆると行動を開始し、最近公開された“たまゆら”を見に新宿まで行って、その足で房総へと帰宅しました。
たまゆらは今春のOVAでついに完結です。一番最初の頃は、竹原のPVにしか思えないような雰囲気アニメでしたが、気付けば登場人物の成長に合わせるかのように見てる側も物語の根幹をつかみ始め、終盤には涙なしでは見れない有り様になっている本当に不思議な作品です。
足掛け何年になるのか、OVAから始まりテレビシリーズと劇場上映OVA、最後まで見続けて本当に良かったと思える作品でした。


と、いうことで暖かくなった春先。
お財布が冷え込んでますが、頑張りましょう。

 | ホーム | 

カレンダー

« | 2016-04 | »
S M T W T F S
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

中の人について

molmol

Author:molmol
連絡先:aria_freak@ホットメール、mixi


社会的圧力に負けて働き始めた巫女好き提督。2年かけて回復したSAN値を瞬く間に失い、工場街のおんぼろアパートでサバイバルなう。

何かにつけて神頼みする近所のお稲荷様に感謝

個人的リンク

私が勝手に(無断で)貼ったリンクもあります……。 どうか、ご配慮願います。

分類……してないなぁ?

"兵站"内の探し物はこちらへ

月別ログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2Ad