月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


寒波の週末

西の方では歴史的な寒波に襲われたこの週末。
関東も雪こそ降らなかったものの、指先から瞬く間に凍えそうな寒さでした。

そんな凍てつく週末ですが、土曜は本来であれば房総の部屋の所用で、大家さんと打ち合わせのはずでした。
ところが、どうした因果か大家さんに約束をすっぽかされて、午後の予定まで見事に狂って気付けば昼下がりです。
我ながら呑気に積み上がったコミケの戦利品を消化してたのもあるでしょうが……寒さにかまけて引き篭もるとはいつ以来のことでしょうか。
これではいけないと15時を過ぎてから急遽、先週借りてきた親の車を実家へ回送する――という名目でドライブへ。
ぐるりと房総を巡ろうかと、部屋を出発して1時間程経ってかっら、今度は幼なじみから飲みの誘いです。間が悪い時というのは、本当に間が合わないものですね。
少し遅目の時間で飲みの約束を組んでから、予定を切り上げてアクアラインを突っ切り神奈川に帰還し、タッチアンドゴーです。

そんなこんなで、ドタバタしているだけの間に過ぎ去った土曜日から、寒さを引き継いだ日曜日も基本的には引きこもり気味。
どうにか重い腰を上げて隣街まで出張っても、結局は文庫本を買い出しして終りとなりました。

まぁ……たまにはそういう週末もいいですよね?

冬の上州巡航

深い理由もなく有給を取得し、2連続の3連休で迎え撃つ1月中旬。
暖冬といえど、寒いのが全ての元凶です。仕方ないのです。

世間を離れて休日を過ごした金曜日は、近所の川辺で焚き火の練習です。
昨年買った焚き火台のデビュー戦、薪を集めて平日の昼間から1人で火を焚き紅茶をすする、優雅さと寂しさの間のような時間の過ごし方をして、休日を消化していきました。


土曜日は一転して、実家の車を拝借して進路を北へ。
好天に誘われるまま、走りついたのは群馬県は安中市松井田町。俗にいう横川から碓氷峠の一帯です。
近くで大きな事故もありましたが、向かったのは別のルートの方。旧道の方の国道18号線を少しだけ登って着いたのは、信越本線の鉄道遺構です。

ここは1993年の8月17日まで、ここは日本屈指の急勾配を特急列車が行き交う交通の要衝であり、数多の専用装備が行き交い、様々な逸話が飛び交うという鉄道マニアの聖地だったそうです。
私自身はまだ幼稚園児だった頃。その最後の日の騒ぎは辛うじて知っている程度の認識ですが、それでもいつかは見に行ってみたいと思っていた場所です。
かれこれ20年来の望みでしたが、微妙な距離感やタイミングの都合で延ばし延ばしになっていた次第です。
そんな訳で念願かなってやって来たるは横軽の鉄道遺構。初っ端から象徴というべき「めがね橋」へ向かいました。
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バス停の「年度内の運行は終了しました」という力強いメッセージに群馬の洗礼を受けながらも、駐車場から徒歩で5分ほどの現地へ。
このレンガ橋は明治期に架橋された谷間を短絡するための数あるレンガ橋の中でも最大のもの。また、横軽ルートの中でも、古い方の経路の橋にあたり、「横軽」が廃止されるずっと前に廃止されている代物となります。
しかしながら、明治期の先人たちの努力の結晶は今も威容を保ち、数ある鉄道遺構の中でも最も映える姿を今に残しています。
またこの橋、上は旧線路沿いに整備された遊歩道の一部になっており、両側のトンネルも含めて自由に見学する事ができます。
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また橋の上から奥を見やれば、新線の橋も望むことが出来ます。こちらも、新線とはいえど廃止された在来線の橋…………。ただ、今も横軽最後の日以来、往時の姿を自治体によって留められているのが特異な点といえるでしょう。
再び列車が通る日がくるかもわからないまま、その機能を維持し続ける橋と線路。時に任せて朽ちることもないこの子らは一体何を思っているのでしょうか。

往時の姿と言えば、めがね橋から数キロ登った地点にある熊ノ平駅も、信号所時代の姿を遺したまま。
こちらはただ……変電施設なのか駅施設なのか、何かの建物が廃墟となっている様に時の流れを感じさせました。
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駅の傍らには、かつて駅を襲った土砂崩れにより命を失った関係者を慰める祠もあります。通りがかる人のめっきり減ったであろう土地で、それでも綺麗に整備されているのがホッとするような光景でした。

そして横軽訪問といえば、外せないのが鉄道文化むら。
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昭和期の鉄道車両や碓氷峠の歴史を証言する物品が数多保存展示されている鉄道の博物館です。
幾つもの機関車を中心に様々な車両が、運転台まで見学できる鉄道好きの天国。この日も隅から隅までふらふらと見て回りました。
写真が多すぎて整理が追いつかないのが悩みどころでしょう。

鉄道の後は、帰りがけの駄賃に妙義神社へ。上毛三山の一つ、妙義山を祀る神社です。
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険しく突き立った妙義山の斜面に構えられた社殿は急傾斜そのもの。
本殿のある最上段からは、上毛一帯に赤城山と榛名山まで一望できる絶景が広がっていました。
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そして本殿も重要文化財とやらの漆塗りの社殿。先週行った日光を彷彿とさせる華麗さを孕んだ建築を拝み、道中の無事を祈って帰路へとつきました。


そんなこんなから一転した日曜日は特に何するともなしに、ガルパン観たさに再び立川へ。
極上爆音上映の体に響くような砲撃音にすっかり魅了されて、気持ちよくなったまま1日が終わろうとしています。

日光と温泉の話

新年も一週目が終わり、成人式の3連休を迎えて平常運転が始まりだした今日この頃。
少しだけ、寒い季節が続いて……その後に年度末進行がやってきます。恐ろしいですね。

それはそれとして、この三連休もまたふらりふらりと過ごしてみた次第。
土曜日は前職の同僚たちと、御殿場にて自転車のレースに参加です。
富士スピードウェイでママチャリ耐久レースという、冷静に考えて狂気じみたお祭りに参加して2周分ほど走ってみました。
久しぶりの自転車での全力疾走。だいぶ体に堪えましたが、まだ人並みに走れることがわかっただけでもホッとしました。


本題はその翌日からのこと。
冬なので何となく温泉に入りたくなり、元寮生を誘って日光まで温泉旅行に行くことにしました。
晴天好日、絶好のお出かけ日和には特急に揺られてごゆるりと出掛けましょう。
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東武日光駅で下車したら、そのまま市街地を抜けて世界遺産「日光の社寺」の建造物群の方へ。
最初に行き当たった輪王寺は修繕工事中とやらで、随分と近代的な出で立ちでしたが、これも期間限定の珍しいものなのでしょう。
拝観料を払って本堂に入れば、仏堂の代わりに修繕途上の金堂を見学することが出来ます。
この手の建物は釘を使わず嵌め込み式の継ぎ手を使って建てる、話には聞いていましたが実際に組みかけの建物を見ると圧巻の一言です。
接合可能な継手部を予め繋いだ状態でストックされた建材が積み上がっている様は、さながらプレハブ小屋の工法を思い起こさせるようでした。
歴史の本などを読んでいると、社寺などの解体した建材を流用したなんて話を見かけることもありますが、なるほど組み立て式ならそれも可能だと、改めて納得させられるようでした。

輪王寺の次はすぐ隣りの日光東照宮へ。
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東照宮は小学校の修学旅行以来です。
当時は薄霧のなかの空いた境内を見学し広大な境内に荘厳な気配を感じたものでしたが、今回は連休の日中に行ったせいか辟易するほどの混雑ぶりです。
なんでも、今年がご鎮座400周年の記念すべき年だからなのか、はたまた申年に三猿を見ようということなのか。真相は定かではないですが、賑わっている境内もいいものです。
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ただこちらもご本殿は修復作業中。おそらくは朱塗りか漆塗りだったと思われる社殿の塗装が剥がされ、白い下地を見せていたのは面白いものが見れたと受け取るべきでしょうか。
本殿裏手の徳川家康廟までいったのですが、記憶にあったよりも境内が狭くすぐに一巡りできてしまったのは意外でした。
やはり大人になって視線が高くなったせいなのでしょうか……不思議なものですが、懐かしい気分にもなれて良い参拝でした。

東照宮に続いて訪れたのは、すぐ裏手の日光二荒山神社。輪王寺・東照宮・二荒山神社の2社1寺は、本来的には神仏混交した一つの社寺であり、世界遺産的にも一体で「日光の社寺」と指定されます。
修学旅行の記憶では東照宮しか覚えてないのですが……今回は当然ながら全部廻ります。
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立派な杉木立の中に佇む立派な社ですが、こちらも東照宮に負けない賑わいぶり。イザベラバードも絶賛した静かで荘厳な社のイメージとは少し違いましたが、神徳を感じる境内でありました。

そうこうして社寺を回っている間に空はすっかり夕暮れ模様。
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この日の宿は少し豪華に鬼怒川温泉です。日の暮れた鬼怒川温泉は何もないとしか評しようのない暗さでしたが……無事に宿にたどり着けば、気持ち良い温泉と地酒が待っていたので問題なしでしょう。

ちなみに翌日は朝寝して、昼からゆっくりと鬼怒川散策。
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夜にはわかりませんでしたが、本当に名前の通りの川沿いの温泉街なんですね。
川へと落ち込む急傾斜に貼り付くようなリゾートホテル群が印象的な光景でありました。


ちなみに今回は帰りも特急列車。少しだけ贅沢な気分を甘受しつつも、列車の都合で早々に房総へと帰着することになりました。

年末年始の東奔西走

新年明けましておめでとうございます。
年初の挨拶も年を追うごとにおざなりになっている自覚はあるのですが……如何ともし難い状況。
これが大人になるということなのでしょうか、実に嘆かわしい現状です。


それはそれとしても種々の画策の果てに一週間の休暇を獲得したこの年末年始。
コミケもこみこみでざっくりと備忘録です。
戦利品の整理も手が回らない状況には困ったものですね。


話は遡って12月は25日金曜日の夜中から。
この日は退勤後に新幹線をとっ捕まえ大阪へ一直線です。
大阪の元下宿生の部屋に向かい、23時過ぎからお酒を飲みつつ映画鑑賞して冬休みの幕開けとしました。

翌日は高槻の摂津温泉でのんびりしてから、夕方から大学院の忘年会。
大阪で呑みついでから、後輩の家で取り留めのないことを語りつつ夜を迎えました。

27日の日曜日は一転して独りで京都の町に出撃し、ふらりふらりとお散歩。
今出川駅から西へ進路を取り、白峯神宮から清明神社や首途八幡宮を経て、平野神社を経由し北野白梅町へ。
ここから嵐電でさらに西進し、有栖川駅で下車して嵐山方面へいくつかの神社を経て歩きます。
挙句は嵐山から阪急で松尾大社ヘ向かい、松尾大社と月読神社、桂川の対岸にある梅宮大社までもを巡ったのち、バスで京都駅へと戻るコースをたどりました。
都合半日近く歩き通し、久しぶりに足が痛くなるほどの散歩を味わうこととなって、満足して……それでも一日が終わりにならないのが年末進行。
金沢方面への終電に乗り込み、24時少し前の金沢へ移動です。
小雪の舞いだした北陸の夜道を抜けて、国道沿いのネカフェに向かう寒い寒い道中。なんでこんなことになったのか、なぜこんな場所に泊まったのか……そんなことを自問自答していると、最高に生きているって感じがしますよね。

28日はそのまま朝からかつての北陸線に乗って高岡に移動。
氷見線と城端線をそれぞれ往復する遊びをしてから北陸新幹線で東京へと帰り、友人の“えめろん”と飲む夜を迎えました。


かような次第で迎えたコミケ初日の29日。
例によって昼過ぎからのんびりと出張り、ARIA島とフォロワーさんへ挨拶と企業ブースでフラッと拾いものをしたら、この日の任務は完了です。
帰路がてらに大学院時代の友人と夕飯を食べ、その足のままにガルパンの映画をまたしても見てしまって帰りつきました。

コミケ2日目は地獄を見るような艦これと東方と何かその他人気ジャンルが集まった日。
この日はフォロワーさん回りと東方艦これ、それから鉄道ミリタリ島めぐりと大忙しでしたが、昼前からの参入でも十分に間に合う範囲内。
どうにかこうにか買い漁れたら、夕方は高校時代の友人との忘年会への流れでありました。

そうこうしてる間にコミケ3日目、大晦日もまた昼から出張ってふらりと創作や評論島巡り。
この日もフォロワーさん巡りもしましたが、最終的にはフォロワーのつぼっちさんとふらりと巡って帰路へ。
新宿から小田急を経由して、親の実家のある静岡へ直行です。


そんな訳で新年は静岡で。
三が日は親戚のちびっ子に振り回されたりしているうちに過ぎ去ったのでご愛嬌と言えるでしょう。


雑な羅列となってしまいましたが……本年も元気に頑張りましょう。

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