月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


王国帰還の週末

6月も残り数日、2015年も半分が過ぎようとしています。光陰矢の如し、恐ろしいものです。
関東定住を再開して最初の週末、かつての埼玉生活がそうであったように、またしても金曜頃から実家近隣に舞い戻り飲み会の日々です。

金曜は定時上がりで逃げ出すように住処から隣町に戻り、高校時代の友人と一杯。
私とは違う、色々と知恵を使った生き方をしている彼と、人生観について語ってるうちに夜はいい時間になるものです。


翌土曜日は午後から活動を開始して、向かったのは今一度の代々木公園の最寄り、原宿駅。
3ヶ月ほど前に堀江由衣さんのライブで訪れましたが、今度は田村ゆかりさんのライブです!
去年の2月以来、およそ1年と半年ぶりのゆかり王国への入城となります。
ツイッターに流れるツアー毎の王国民の楽しそうな反応を見ていれば、フォロワーのアリソンからのチケ余りの誘いを断る理由などありませんでした。

そんな訳で原宿駅でアリソンとヘク猫と合流し、代々木公園で時間調整をして、直前にはアッシーとも合流しつつ会場の代々木第一体育館へ。
セトリはいつもどおり割愛……と言うより、久々すぎて曲名の分からない曲ばかりでしたが、そんな事はお構いなしなほどの楽しさです。
久しぶりに光る棒を振ったり、叫んだり、ゆかりさんのMCに笑ったりと楽しいひと時を過ごす事が出来ました。
そしてライブ後は渋谷に移動し、終電まで4人でビールで飲み会。
ライブ観て、終わりに飲む……本当に良い生活です。

ただし、この週末は埼玉の頃とは違い日曜日は所用もあったので、午後には千葉の住処に帰還することに。
夕飯まで実家で……とは、なかなかどうして距離が難しい相談です。
週末の帰宅時間はこれからの調整でしょう。

新拠点設営の話

巷ではキングレコードスーパーライブが大盛況だったと聞くこの週末。
ライブに現を抜かすこともままならない私は、ようやっと本配属先の新居への移動を完了しました。

今度の住まいは諸般の事情により、世紀の社員寮には入れず近場のボロアパート。
綺麗な設備とも広い部屋とも言い難く、しかも通勤もバス利用必須な上に車社会なので渋滞不可避。
到底、お世辞にも良い物件とは言えない代物です。
頑張って良いところを探すとすれば、見晴らしが良いことぐらいでしょうか……正直に言えば、機会さえあれば正規の寮へ移りたいところです。

ただ、文句は幾らでも出るにしても、何はさておき心機一転。
海も近い憧れの房総暮らし。よくよく楽しんでやっていきたい次第です。

とりあえずは、職場に慣れて……出勤リズムを整えることからでしょうか。

紫陽花と護衛艦

ついに研修も終わり配属先が決まりました。関東は千葉県某所の勤務です。概ね上総国の範囲です。
辛うじて首都圏を名乗れる領域でしょうか……住処の問題は一安心ですね。

そんな訳で先の週末は2年と2ヶ月ちょっとに及んだ関西圏の生活に別れを告げ、関東に舞い戻る仕事となりました。
いざ離れるとなると、なかなかどうして名残惜しいもの。
土曜は最後の日々を満喫するために、少しだけ遠回りし大阪から奈良を抜けて京都へと移動しました。
道中、折角なので寄って来たるは藤森神社なる伏見の古社です。
往古、伏見稲荷の社地に座していたと言われる由緒正しき神社ですが、今は少しばかり南の墨染の地に遷座しています。
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遷座したとは言っても伝承の時代のこと。住宅街の只中の京都にしては決して大きくない神社ですが、青々とした鎮守の森が雰囲気ある良い神社です。
また勝負事の神社でもあるとかで、境内には競馬の絵をあしらった絵馬なども見られて面白い。そして、そんな神社で御朱印を頂戴したら、さらには折よく開催していたあじさい祭なるものも鑑賞です。
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内容自体は何の事はないアジサイ園ですが……季節もよく密度もなかなか。
お世辞にも広いとは言えない園地ですが、久々に色々と眺めて風情を感じることが出来ました。

この土曜日はこの後に京都は梅小路の公園で列車を眺めてから、フォロワーの38さんとお酒を飲んで新幹線に乗り関東へ。
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何だかんだでいつもと同じような呆気無いお別れとなってしまいましたが、これからはもう理由がないと関西に来ることがないかと思うと寂しくもあります。
特に理由もなく生駒山を眺め、奈良盆地を原付きで駆け抜け、社寺を探して回ることもない……そう思うと、奈良も関西圏もだいぶ気に入ってたんだなと、改めて思います。
また財布に余裕ができたら行きたいなと願うばかりです。


翌日、日曜日は打って変わって実家から列車に揺られて横須賀へ。
護衛艦が一般公開になっているという噂を耳にしたら、ついつい行ってしまいます。
こうやって気楽にイベント事に触れられるのは、関東圏の便利さの極みですよね。
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横須賀で待ち受けていたのは、最大級の護衛艦いずもです。
俗にヘリ空母……もといヘリ搭載型護衛艦とやらですね。見所はもちろん、大型のエレベーターでしょうか。
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何度見ても、そのスケールの大きさには呆れるばかりです。本当に……艦船は大きい、とても良いです。
百人近く載せられるエレベーターに運動場のような飛行甲板。
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隣に停泊する護衛艦も飛行甲板上からは見下ろす様な目線になってしまいますから、本当に驚きです。
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そして開閉する舷側の搭載用(?)扉も驚きの大きさ。ヘリがそのまま入ってしまうサイズでしょうか……災害派遣時は輸送船も同然の使われ方も納得の規模感です。
去り際には飛行するヘリとのご対面も果たし、短時間ながら中々に楽しい艦船見学となりました。
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最後に帰り際に寄ったヴェルニー記念館の蒸気ハンマーを見物して帰宅。
この蒸気ハンマーも横須賀造船所にて100年来使われ、平成の時代まで現役だったのだとか。
単純でパワフルな機械ほど寿命が長いと、深く実感します。無骨な蒸気時代の装置は本当に格好いいです。

ちなみにこの後は、中学時代の友人連中とお酒を飲んでから、本社研修のため都内へ。
何泊か都心で過ごした後、ついに今日になって帰宅し……今度は本配属地に転勤です、引っ越しです。

郷愁の阪奈巡り

研修も佳境に差し掛かり、飲み会が増えてきた6月上旬。
関西は既に梅雨入りだとかで、軌を一にするかのように雨が降り始めた今日このごろです。


水木金と会社の飲み会が連なり、へべれけの後遺症で朝を迎えてしまった土曜日。
流石に朝から身動きは取れず、青息吐息のまま昼過ぎまでお家で大人しくです。
再起動を果たしたのは14時を過ぎた頃合い。ここから腹癒せにと海遊館までジンベイザメ見物に向かい、返す刀で後回しになっていた“境界の彼方”の劇場版未来篇を観に行きました。
境界の彼方、TV版は全体的に面白かったのですが終盤がよくわからなかったというのが正直な感想。
未来篇はその続編ということで、TV版終盤のよくわからないは解消されないものの、良い具合に物語の続きが描かれて、なんとなくもやもやは解消されたかなという印象です。
そして何より、久しぶりに観た奈良の風景をえらく懐かしく感じてしまった次第です。

この土曜日は、このまま銭湯に入ってるうちにいい時間となり、就寝と相成ったのですが……思い立ったが吉日とは古人の格言。
あくる日曜日は、突き動かされるように関西本線に揺られて奈良盆地に再来です。
行って来たるは桜井線の小さな長柄駅です。ちなみに「ながら」と読みます。最初「ながえ」と読んでちょっと恥ずかしかったのはご愛嬌です。
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長柄駅の周囲は古い街道沿いの集落です。良く言えば風情のある―-言ってしまえば、少しばかり辛気臭い雰囲気。
今にも降り出しそうな梅雨時の曇天と相まって、境界の彼方の劇中なら妖魔に包囲されてしまいそうなイイ感じが出ています。

そんなこの界隈を通り抜けて向かったのは、いつかも来た大和神社です。
天神たる天照大御神に対して地祇たる倭大国魂を祀り、記紀にも名を残す由緒正しき古社です。
前回は土砂降りなこともあって、殆どロクに参拝も出来ずに見て帰ってしまいましたから、今度はちゃんと参拝します。
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Wikipediaに曰く、往古は伊勢神宮に匹敵する勢力を誇ったのだそうですが、真偽の程は計り知れません。
今は艦内神社として勧進した縁のある戦艦大和が推しといった様子でしょうか。
古い集落の古い神社、規模こそ大きくも小さくもない、この近辺では普通な規模でしたが知名度以上に風情のある神社でありました。

風情のある神社といえど、周囲にこれしかないのではどうしようもないのもまた現実。
1kmほど東側に山の辺の道が通っているので、そちらに行ってみるのも一興でしたが、今回は桜井線に乗車しもう一つ古い集落を訪れてみることにしました。
折よく来た奈良行きの桜井線に乗り込んで、長柄から天理を挟んで一駅、櫟本駅で下車です。ちなみにこちらは「いちのもと」と読みます。私は読めませんでした。
さらに余談としてと、この駅舎もかなり古いものなのだとか。
かつては古くから開けていた奈良盆地を、奈良から桜井、八木と抜けて大阪に至る重要路線であったという桜井線。
はたまた櫟本の集落も、街道の要衝として神話の時代から人が住んでいたと言い、戦前まではその駅前には相応の市街が形成されていたそうです。
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往年の反映は狭い街路や古い商店に面影を残すばかりの駅前周辺ですが、神社がいくつか点在しちょっとした散策にはうってつけの雰囲気です。
はじめに寄ったのは櫟本駅から北に少し行った楢神社なる神社。あまり由来はわかりませんが街場の小さな社といった風情でありました。

次に向かったのは駅の東方に鎮座する和爾下神社。古墳の上に建ち、古代氏族の氏神であったと伝えられる式内社です。
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古い神社らしく境内地と民間地の境が曖昧な参道を少し東に進み、古墳と思われる小高い丘を登った先に社殿はあります。
曇天のもと、薄暗い鎮守の森は一種独特な雰囲気を放ち、久しぶりに少し怖いと思ってしまったこの神社。周囲に人影は無く、樹状ではぐるりとカラスが鳴き叫び、オカルト話なら間違いなく何か出てくる空気でしたが、幸いに何事も無く参拝です。
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朽ちかけたベンチもいい味出してますが、境内は綺麗に掃き清められており崇敬の篤さも伺えます。
惜しむらくは社務所が空いて無く、御朱印を頂戴できなかったことでしょうか。開いてるのかも窺い知れなかったので、またの機会を見つけて訪れてみたいところです。

最後に立ち寄ったのは櫟本から南に下った在原神社です。江戸期までは在原寺なるお寺であったのだとか。
さらに遡ると在原業平の屋敷があり、菩提を弔ってお寺になったとの伝承があるのだとか。
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正直に言えば、もう少し大きな神社を期待していたので、少し残念でしたが思わぬ文学の痕跡に触れられたのは面白いこと。
在原業平といえば古典にも記された色男、縁結びを祈願して撤退といたしました。

この後は再び桜井線に乗り込み、橿原市街に位置する畝傍駅から近鉄の大和八木駅に移動して帰路へと付きました。


さて、ちなみに今週が終われば、いよいよ配属発表があります。
怖いですね。

阪神地域の神社巡りの話

あっという間に1年も半分近くが過ぎ去り、夏を感じさせる空が日常になり始めた6月頭。
新人研修も終盤を迎え、思うところは色々ですが……よしなに生きていきましょう。

そんな訳で、都会暮らしも慣れてきたこの週末は、折角の関西生活延長戦。
夏を思わせる陽光に誘われて、思いつくがままに奈良にいた頃に取りこぼした神社や水族館に行ってみることにしました。

土曜日に最初に向かったのは、神戸は中心街の三宮から西へ数駅行った長田区の辺り。日本書紀にも名を残す神功皇后以来の古社、長田神社です。
長田の駅を降りてから、商店街を抜けた先にその社はあります。
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特段に大きい訳でも無い神社ですが、門前町の雰囲気から連なる街場の神社らしい雰囲気がなかなかいい感じです。
コンデジしか持ってなかったのが、痛恨事でしょうか……天気も相まって陽気な印象を受けました。

長田神社の次は、山陽電車に揺られてさらに西の方へ。
明石海峡大橋の袂の町、垂水の駅にて下車です。
行ってきたのは海神社。“海”と書いて「わたつみ」と読むそうです。こちらも長田神社と同様の創建神話を持つ古い社です。
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垂水の一帯は山が海に突き出た地形をしており、駅の周辺も歩いて数分で海に至る距離です。
海神社はその垂水駅と漁港の間の、ほとんど海を望むような所に鎮座しており、まさに海神のための社といった風情。
周囲は開発され、鎮守の森もほとんどありませんが、海を望む大鳥居に崇敬の篤さと歴史を感じました。

海神社を後にしたら、思うところもあって海沿いに塩屋駅まで歩いてみることに。
海沿いの道だけに景色もいいかと期待していたのですが、結論としては柵が高くそれほどでもなかったのが正直なところ。
垂水の一帯は、古くから風光明媚な交通の要衝として、万葉集にも名を残しているのですが、もう余り面影はないようです。
ただ、JRと山陽電車と国道が、海際の狭い平地を寄り添うように走っているさまは、今も昔も変わらぬ人通りの多さを思わせました。

そんなこんなで塩屋駅まで歩いてきたら、そのまま余勢をかって須磨海浜公園駅へと向かい須磨海浜水族園に行ってみることに。
神戸市立の水族館ということで、兵庫に越してきたときから一度行ってみたかった次第です。
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姫路市立以来の水族館、触れるプールはありませんでしたが、深海コーナーもあり見応え充分です。
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特にイワシだかアジだかの群れを展示した水槽は、常に群れが水槽の窓いっぱいに広がり圧巻の一言でありました。

水族館に閉園時間まで滞在したあとは、目の前の須磨海岸を少しだけ散策して大阪は難波へ。
夜からはフォロワーのAliceさんとお酒を飲みに行きました。
彼の教えてくれた美味しい中華料理屋さんで、近況の話など諸々と深夜まで話して仮宿へと戻る流れでありました。


そんなこんなで、あくる日曜日の朝はとりあえず“這いよれニャル子さん”の劇場版を観るために、再び大阪は梅田へ。
この気軽に大阪へ出る感じ、都会万歳です。
元下宿生と合流して見たニャル子さんについては……「ファンディスクだった」といったところが感想でしょうか。
嫌いではないですが、劇場で見るほどでは……? といったところです。

その後は元下宿生が、大阪へ来て何年も経つのに“太陽の塔”を見たことがないというので、万博公園へ行くことに。
私はバイトやら国立民族学博物館やらと、何度もみてるのですが、天気も良いので公園散歩は望むところです。
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念願の巨大構造部を拝み、ついでなので私もまだ行ったことなかった日本庭園を鑑賞して、日曜の昼下がりを満喫です。
本当ならこのままお酒と行きたいとこですが……この日は夕方から元下宿生の推しのアイドルのイベントが有るのだとか。

頃合いを見計らって次の予定のある元下宿生と別れたら、私はそのままふらりと大阪の都心へ戻り大阪城の南東、森ノ宮へ。
森之宮神社の御朱印を貰ったら、ここから帰路がてらに御朱印を集めつつ城東・城南の踏破です。
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玉造稲荷神社は、森之宮神社から南西に行った辺りかつての大阪城の三の丸に位置に鎮座する神社です。
豊臣氏から江戸時代まで大阪城の守護として重視された神社なのだとか。
玉造の地名は往古の勾玉作りに由来するそうですが、神社自体はそこまで古くなく逸話も織豊期以降のものばかり。
それでも、豊臣秀頼ゆかりの文物があったりと、歴史のロマンを感じます。

玉造稲荷神社から、さらに南へ下ると今度は三光神社に行き当たります。
こちらは宰相山と呼ばれる小高い丘に鎮座し、大阪の陣では真田丸があったのだとか。
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中風除けをご利益とし、大阪城より遥かに古くから鎮座していたそうですが、今ではすっかり真田幸村ゆかりの神社といった様子。
真偽の程は定かではありませんが、大阪城からの抜け穴なんてものまで遺されていたりします。
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抜け道云々はとにかくも、歩いてみると往時の大阪城の大きさが実感できるようで、その呆れるような広さに驚きを感じます。
それは何万人もの兵士が立て籠もって争える訳だと感心するばかりです。

三光神社のあとは、進路を西に取り小一時間ほど歩き続けて心斎橋筋まで。
身近ではなかった職住混在した下町らしい雰囲気を感じながら歩き至り、見慣れた繁華街を経て仮宿に戻りました。


かような次第で立地をフル活用な今日このごろ。
余談ですが、唯一最大の悩みは仮宿から線路が近すぎて、朝の寝覚めが悪いことでしょうか。

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