月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


繁忙期の報告

3月も終わりを迎えようとしています。桜の花もほころび始め、すっかり春の陽気が近づいてきた今日このごろ。
先日は無事に大学院を修了し、修士の学位を取ることも出来ました。

また、その前には東北旅行にも行き、久々にぐるりと東北を鈍行列車で回っていました。

……が、迫り来る現実。内定先の準備やら引っ越しやらで、呑気に日記書いている場合ではない状況。
今しばらく、落ち着くまでどうにもならなそうです。

ご多忙備忘録

諸々ありましたが、春のような陽気と恐るべき寒波が繰り広げられる3月上旬。

引っ越しやら研究室の引っ越しやらで忙しい最中ですが、合間を見計らって家族で九州旅行に行ってきました。
写真を沢山取ったのですが……手が回らない状況。

このまま、社会人……げに恐ろしい話ですね。

京都東山の御朱印探しの話

逃げてしまった2月を追えず、去ると言われる3月を向かえた日曜日。
高原トレッキングの翌日にして生憎の雨模様と、悪条件が重なった状況でしたが、この土日を逃しては機会がないと京都へ強行軍を敢行してきました。

本来であれば、色々と巡りたいところではあったのですが雨が機動力を奪う状況では、不本意ながら御朱印集めを主眼に行動です。
個人的に、御朱印集めはあくまで旅行の余録。目的化してまで集めたくはなかったのですが、この辺りだけは巡っておきたいとの想いに突き動かされた感覚です。
2015_02@京都東山雨中散策0005 2015_02@京都東山雨中散策0007
初めに参拝したのは、神宮丸太町駅から歩いて10分ほどの平安神宮。
桓武帝を祀った明治期創建の社ですが、折角の神宮格。かつて、東方永夜抄にも背景として出てきた聖地だけに、是非とも訪れたかった場所でした。
広大な境内は、一面の砂利敷。お世辞にも雨天には歩きやすいとはいえない足元でしたが、社の壮麗さを目の当たりにし満足して撤収です。

平安神宮の後は、針路を南に向けて神宮通を下ります。
2つ目に訪れたのは粟田神社なる八坂さんの裏にある坂の上の社。
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室町期以来の京の七口の一つ、粟田口に鎮座したため、かつては旅の神様と崇敬された神社なのだとか。
Wikipedia曰く、東北のねぶた祭の原形になったお祭りもある社とのこと。次はそのような機会を狙って訪れたいものです。

粟田さんからは正攻法で東山を抜けて八坂神社へ。
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アクセスの良い東山にあったせいか、いつでも行けると油断した挙句、奈良に来て2年。卒業間際にしてようやっと訪れることが出来ました。
南の楼門と舞殿が改修工事中だったのはご愛嬌です。

八坂様の次に目指したのは、東大路を挟んで鴨川側の路地の一角にある安井金比羅宮さん。
狭くゴミゴミとした路地の一角に、シレッと立派な社があるのが京都らしくて実に良いです。
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こちらの神社は縁切り縁結びのご利益があるとのこと。曰く、悪縁を絶ち良縁を結ぶのだとか。
悪縁はないのですが、良縁は是非とも願いたいですね……が、この日は雨も強く落ち着いて参拝してる余裕がなかったのが正直なところ。
ここへ来る途中、風に煽られて傘が壊れてしまったのが追い打ちです。ただ、それでめげてはここまで来た甲斐がないというもの。

金毘羅さんの次はゑびすさんに参拝です。
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こちらも鴨川近くにある小さな社。小さいながらも神職さんが常駐し、絶えず参拝客がいたあたりに、古都の風格を感じました。

そして、最後に訪れたのは清水坂のたもとに近い若宮八幡宮社。別名を陶器神社とか。
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こちらもゑびす様に輪を掛けて小さな神社ですが、歴史は古くかつては八坂さんにも匹敵する権勢を誇ったのだとか。
今では見る影もない様ですが、室町期の重要な文物を今に伝えているとWikipediaには書かれています。
残念ながら宝物庫の類も無く、貴重品を拝むことはかないませんでしたが、周囲には“陶器神社”の別名に違わぬ陶業店の多さに歴史を感じることは出来ました。


そんなこんなで雨に見舞われながら東山を巡った日曜日。
陶器神社を出た頃には17時を回ってしまったので、大人しく帰ることにして、夜は学校で引き継ぎのための後始末をして過ごしました。
日曜まで研究室といえば聞こえはいいでしょうか……曜日も日程もグズグズの生活、そろそろ修正が必要です。

高原のすすめ

雨水も過ぎて暖かくなったなどと、脳天気なことを抜かしていたら、揺り返しのように気温が下がってしまった今日このごろ。
それでも修論が無事に終わり、残り少ない学生生活を満喫するため、無理をおしてでもやり残したことを回収して行きたい頃合いです。

すなわち、卒業旅行と称して大学院の飲み仲間と温泉旅行です。
近鉄電車を乗り継いで下車したのは三重県と奈良県の県境近くの街、名張です。
ここから目的地まではバスで向かうのですが、少しばかり時間があったので駅前で寄り道することに。
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宇流冨志禰神社に参拝です。“うるふしね”と読むそうです、難読ですね……。
主祭神は宇奈根命なる神様、式内社だそうですが兵乱で記録が失われているので詳しいことは不明なのだそうです。
訪れた時は朝方近く人も少なめでしたが、落ち着いた雰囲気の境内が良い感じです。
摂社に祀られた錆びの浮く鉄兜が、歴史と崇敬の厚さを思わせます。
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御朱印をお願いしたところ、白袴の巫女さんが応対してくれたのが印象深いところでした。

名張駅に戻って、バスの待合室でしばらく待機したら、曽爾村行きのバスに乗り込み、いざこのお出かけの目的地です。
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すれ違いも難儀する細い道が断続的に差し込まれる香落渓を、眼を見張るような速度でバスは抜けて、40分少々で日本の秘境に到着です。
バスを降りれば、目の前に広がるのは平和なのんのんびより村の如き素敵な光景。
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曽爾村は奈良県と三重県の県境にある奈良県の村。周囲を山々に囲まれた高原集落ですが、古くは日本における漆塗り発祥の地とも言われ、古事記にも名を残す歴史ある土地です。

そんな歴史ある村も、今やトレッカーのための観光地。私達もバス停から曽爾高原へ向けて、徒歩行軍を開始です。
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整備された東海自然歩道を南東へ歩けば、一面のすすきの平原が迎えてくれました。
この日は幸いに天気もよく、すこしばかり風が強いですが寒くも暑くもない、なかなかのトレッキング日和。
枯れすすきの原の広漠とした光景が映える名勝地でありました。
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ちなみに写真からは伝わりにくいですが、高原を覆う斜面はなかなかの急角度。転べば這い上がれないこと請け合いの尾根筋にも、遊歩道が整備され、おっかなかびっくりと抜けていくのも一興でありました。

高原トレッキングの後は、麓の温泉へ。
2015_02@曽爾村観光0213
日も高いうちから露天風呂を満喫し、地ビールを飲んで、17時過ぎの終バスで寮へと帰路につきました。


そして、寮に帰ったら道中で買った“名張乙女”なる地酒で2次会へ。
米の香りと味が濃い美味しい酒を飲んでいるうちに、2月は逃げて3月になってしまいました。
時が過ぎるのはほんとうに早いです。

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社会的圧力に負けて働き始めた巫女好き提督。2年かけて回復したSAN値を瞬く間に失い、工場街のおんぼろアパートでサバイバルなう。

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