月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


日雇い労働と写真機無しの散策

すっかり秋めいてきたと思ったら、もう9月も終わりそうですね。
残る学生生活もおよそ半年ほど。この事実に愕然です……。

残る期間を有効に活用するためにも、色んな物に糸目をつけずにやっていきたい所存ですが、何をするにも先立つモノが無ければ首が回らない次第。
そんな訳で、先の週末はまた日雇いのバイトなどして日銭の補充に勤しんでいました。
なかなか面白い経験も出来たのですが、証拠の残るような形で公にはできないので残念なところ。

そんな日銭稼ぎの帰り、少しばかり時間が余ったので思うところもあり夕暮れ時の奈良町へ行ってみることに。
つい先週も行ったばかりですが、やはり落ち着いた町並みが実にいいものです。
今回はバイトのこともあったので、久しぶりにカメラ無しで歩いていたのですが、こういうのもたまにはいいものですね。
写真を撮る必要がないので、あっちこっちに動きまわる必然性もなくなり、一点に集中できた気がします。
特に1年ぶりに来た“格子の家”など、床板の傷跡を辿っていくだけで、時間がいくらでも溶けていきそうでした。
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もっとも、最後は携帯カメラを取り出したりしてしまうのですが……。

式内社と南都の巡航

南信に北海道にと遠出の連続で消耗し、次の休日くらいは大人しくしているかな……と思いながらぐったりしていた学会帰りでしたが、秋分の日も起きて外を見遣れば目が覚めるほどの快晴です。
秋晴れの空が私を呼んでる気がしたので、そのまま突き動かされるようにお出掛けしてしまいました。


特に目星もないまま、気付けば原付きにまたがり163号線を木津川方面へ。
ふと目についた鳥居で止まってみたら、のっけから未知の式内社を発見です。
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相楽郡唯一の式内社に比定されたのみで、詳しい伝承はないというのがまた奈良らしいところ。
古いお祭りが残っており、京都府の無形文化財に指定されているのだとか。
また社殿も中世の有り様を残している文化財だとか、ふとしたところに大したものがあるのですから畿内はやはり凄いです。

そこでふと思い出したのが、大阪と名古屋を繋ぐ国道163号線と奈良と京都を繋ぐ国道24号線の交差点近くにある岡田国神社の存在。
ちょうど近くまで来ているので、行かない理由がありません。
思い立ったら即実行。鳥居の向こうに独特の橋があるのがなんとも違和感です。
参道がJR奈良線を越えるための橋なのですが、必要にして十分な非常に経済的な構造だったのが印象深いものでした。
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もっとも境内はいたって普通のきれいな神社です。
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丘の中腹にあるようで景色は良好。おそらく、線路が出来る前は田畑を見渡す斜面の境内まで、階段でもたどりながら参拝したのでしょう。

岡田国神社を後にしたら、次いで進路を奈良方面にとり県道754号線を進みます。
本来であれば国道24号線の方が定番なのですが、バイパス化されているため原付で走るのは少々不安なうえ、旧道の方が面白いと思った次第。
24号線から分岐してまもなく坂道に差し掛かり、そこそこ登ってきたなと思ったところで目に入ったのが「弊羅坂神社」の石碑。
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急いで原付を止めて境内に入ってみれば、何の変哲もない小さな社がそこにはありました。
いつも通り、参拝して周囲を見て回り撤退。周囲には少し古い建物も多く、恐らくは古くからの集落のある土地なのでしょうか。
帰ってから調べてわかったことですが、この県道754号線の弊羅坂神社一帯は往古には奈良街道と呼ばれた、古事記にも名を残す程の古道なのだとか。
この神社もまた記紀に残る四道将軍の神話において、北へ向かう将軍が通った際に出会い、畿内での謀反を報せた少女を祀っているとか……思った以上に由緒があって逆に驚いてしまいました。

件の神社に続いては、奈良市街に入って以前に御朱印をもらいそこねた漢国神社に参拝。
市街の隙間に隠れるようにある境内は、狭く壁に囲まれていながら、ところ狭しと祠や木々が密集して、ちょっとした箱庭のよう。
独特な雰囲気を湛えており、お気に入りの神社の一つと言っても過言ではないでしょう。
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そんなこんなで猿沢池まで辿り着いたら、折角ここまで来たのだからと奈良町観光へ。
普段は後回しにしてしまうため、大概のお店が閉まった後になってしまう奈良町ですが、今回はしっかりと日中の訪問です。
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以前からずっと気になっていた奈良町資料館も見物することが出来ました。

また、初めて行って面白かったのが“奈良町からくりおもちゃ館”。
江戸時代のおもちゃの再現品を扱った資料館ですが、ただ置かれているのではなく実際に遊んでみることが出来る施設です。
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手作りなせいか、カラクリという程、凝った技工の詰まった玩具はなかった印象ですが、それでも常駐のスタッフが遊び方を解説してくれることもあり、非常に面白いです。
主な客層は小学生くらいとその親といったところですが、なんとはなしに触ってみれば意外とハマってしまう魅力があり、気付けば6畳間2つほどの小さい施設に1時間近く居座ってしまいました。



そんなこんなで、本来であればお部屋で模型作りでもと思ってたのに、気付けば奈良をふらりふらり。
疲労回復とは何なのでしょうね……。
からくりおもちゃ館は時折、展示を変えているそうなのでまた行ってみたいところです。

道都の学会行旅

南信旅行の翌日から始まる北海道行きの話。あくまで旅行ではなく、純然たる学業の一貫です。
その証拠に学会発表もこなしましたし、諸々のありがたい話も聴講しました。


しかしながら、学会内は撮影禁止ですし、そもそも日記のネタにすることでもないので、学会の合間に訪れた観光地についてをダイジェスト的に諸々。


まずは何はさておき、学会の会場ともなった道都札幌の北海道大学構内。
正門入ってすぐに売店も兼ねた総合案内所がある事に度肝を抜かれます。観光客が来ること前提とは、私の知ってる大学とは根本からなにか違います。北大恐るべしです。
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北大で訪れたのは、理系区画と文系区画の合間にある総合博物館。レンガ造りの重厚な建物です。
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内部の展示は北大の歴史から、北大で手掛ける科学技術や考古学、博物学などの展示。古生物の化石の展示が非常に見応えがありました。
また、かつては医学部にて実用されていた皮膚病や外傷の病態を模した蝋人形も、また人生観を揺るがすような逸品です。
撮影技術の進歩した現在では、使用される機会が減ったために博物館に移されたというものの、精巧に作られたその病態の有り様と真摯な解説は、普段は目を背けてしまう何かを考えさせられる重い展示でありました。


景色といえば、札幌の西の町外れにある藻岩山展望台。
ちょっとした手違いで学会の懇親会に参加できず、独りでロープウェイを使って登りました。
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色んな意味で寒かったですが、景色は良好。この日は日中、雨が降ったり止んだりの不安定な天気だったのですが、それが幸いしてか夜景はクリアに映え札幌らしい碁盤の目もよく映える光景が広がっておりました。

西の町外れには藻岩山以外にもう一つ、円山という山がありその麓には北海道の一宮、北海道神宮があります。
こちらは学会が終わってから、一息入れるための日暮れの散歩で参拝。
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北海道という立地上、当然ながら創建は明治期と比較的最近ですが、原生林を背後に抱え荘厳な雰囲気が漂います。
札幌の開拓が始まった頃、入植の成功を祈り地域の氏神となるため勧進されたのが始まりと言いますから、歴史は浅くとも重みは十二分なのです。
夕刻の終業の時間にかち合ったようで、掃除や片付けに勤しむ巫女さんを眺めることが出来たのは僥倖そのものでありました。

ちなみに北海道神宮に参拝した日は、そのまま学会には帰らず市街散歩へ。
札幌の地酒、千歳鶴の酒造直営店に行って色々とお酒を仕入れてみたり、蟹で有名な市場に行って冷やかしてみたりと、札幌を満喫してみました。
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他には札幌から少し抜けだして、快速電車で30分ほどの小樽まで。
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運河とか重厚な歴史的建造物とかも良いものですが……今回のメインは市街から少し離れた小樽市立博物館。
数年前に訪れたときには、冬季だったために封鎖されていた国鉄車両の屋外展示を見ることが出来ました!
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博物館のある小樽市の手宮地区は、北海道で最初に鉄路が敷かれた土地。それを反映してか、今でも鉄道関連の展示が充実しています。
特に本州ではお目にかかる機会の少ない豪雪地帯の車両や開拓鉄道の展示は、前回見損ねただけに是が非でも見てみたかった次第。
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稼働している転車台も上野の尾久の車両基地で見て以来のものを実見することが出来ましたし、機関車類も多様なものが有りました。
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重厚な黒い除雪車両に至っては、初めて実物を見ることができました。
こんな鉄の塊を機関車で無理くり押して雪を除けたのですから……昔の人は偉大というか強引というか。今の列車では軽いから真似できないというのも頷ける迫力がありました。

余談ながら、この北海道最古の路線は既に廃線となっていますが、手宮線跡として街を横断する遊歩道のように整備されています。
今回はルートの都合上、歩き損ねましたがいずれ縦断してみたいですね。
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札幌郊外で外してはいけない羊ヶ丘展望台のクラーク像も見てきました。
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非常に牧歌的な雰囲気の光景が広がり、快晴の空と手入れされた芝生が相まって非常に絵になる光景でありました。

一方で意外と興味深かったのが札幌の市街から豊平川を数キロほど遡って至るさけ科学館。
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文字通り、北海道の川を遡上する鮭に関する資料館です。
お世辞にも大きいとは言えない施設ながら、基本的なサケの情報から各成長段階の実物、さらには世界各地の鮭だけを集めた簡易水族館など、その内容は想像以上に充実してます。
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最初はクラーク像の帰りの余興という認識だったのですが、期待以上の内容に予定が狂うほど長居してしまいました。


最後に、定番の観光地にも当然ながらふらっと立ち寄ってみたりしています。
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実は時計塔を見るのも初めてならば、北海道庁旧庁舎も庁舎内に入ったのは初めてのこと。
がっかりなどと巷で噂ですが、思ったほどのがっかり感もなく「なるほどね」というより他にありませんでしたが……百聞は一見に如かず、とても勉強になりました。


斯様な次第でどさくさ紛れに、なんだかんだでかなり観光してしまいましたが、ちゃんと義務は果たしています。
ご安心ください。
裏ではスーツを忘れたり、キャリーケースの鍵を忘れたり、鳥の糞の直撃を受けたりと、少々トラウマインシデントもありましたが……その辺りの事故は、ツイッターでネタにして割と受けたので良しとして、帰路につきました。


関西に帰着後はその足のままツイッターのフォロワーさんの家に直行し、イカを食べる会をしてから終電で寮へ。
当然のごとく、翌日は体が動かず夕方まで研究室に行くことが出来ませんでしたが……同僚も似たり寄ったりの有り様だったので問題ないでしょう。

伊那路の表敬訪問の話

秋の日は釣瓶落としといいますが、夏から秋への転換もまた釣瓶落としの如き有り様。
あっという間に秋の気配が辺りを覆い、田畑は実りの季節を謳歌し、商店には秋のお酒や野菜や果物が並び、季節感が容赦なく時の流れを知らしめてきます。

色々と忙しく過ごしていたため、遅くなってしまいましたが話は遡って先週のこと。
去る9月13~15日の3連休は、学部時代の友人“長野人”の実家にお呼ばれしたので南信観光に行ってきました。


13日の土曜日は、朝も早めに起きて大阪の元下宿生と合流したら、豊橋から風光明媚な秘境路線と名高き飯田線に乗り込み、晴天のもとをいざ北進です。
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行って来たるは南信・伊那谷の景勝地と名高き天竜峡。
飯田線と並行するように流れる天竜川が、中央アルプスの残滓を乗り越え太平洋側へ至る合間に切り拓いた美しき渓谷が連なります。
天竜峡駅からはすぐ目の前が渓谷地帯。川下りも出来れば紅葉の鮮やかさも有名ですが、そんなことしなくても周囲を散策するだけでも十分に満喫できます。
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秋口の深い緑が晩夏の空によく映えます。

天竜峡観光後は遅れて関東から来た“長野人”、“元寮生”と合流して長野人のお宅へ。
立地は端的に言えば“のんのんびより村”。山間の田畑に囲まれた小集落です。「こういうところの人はどうやって暮らしてるんだろう?」という積年の疑問が氷解するようでした。
荷物を置いて、温泉に行ってから彼の家でご両親も含めて飲み会をする流れと相成り、この夜は更けていきました。

あくる日曜は長野人邸の車を拝借して駒ヶ根へ。目指すはもちろん駒ケ岳です。
駒ケ岳ロープウェイ乗り場へ向かう連絡バスの乗り場まで向ったものの、バスのりばの駐車場はあえなく満車で、致し方なく臨時駐車場となっていたスキー場まで強制連行。
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ここからバス乗り場までのシャトルバスに乗って、バスを1時間半ほど待ってようやくロープウェイ乗り場行きのバスへ乗車です。
流石は3連休の中日といったところでしょうか……えげつない混みようです。

余談ながら、何故にロープウェイ乗り場までの連絡バスに乗って云々と妙にまどろっこしいことをするのかと、到着するまで疑問だったのですが、この後にバスに乗って疑問は氷解しました。
乗り込んだロープウェイ乗り場行きのバスは、殆どすれ違うこともままならない山道を終点まで30分ほどかけて進みます。
一般車が無秩序に入れば収拾つかなくなるのは火を見るより明らかな程の隘路の連続。バスですら無線ですれ違いのポイントを調整しながら慎重に運行する程でした。
チョロい山だと侮っていたのが申し訳なくなるほどです。

そんなこんなで着いたロープウェイ乗り場がこの広場。こちらでもまたロープウェイに乗るまで2時間待ちです。
幸いにも整理券方式のため、券を受け取ったら乗り込む時間までは周辺で自由に過ごすことが出来ます。
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乗り場近辺もまた高度1000m超の高原地帯。風光明媚な散策路や滝もあるので、2時間ほどであればなんとか散歩や昼食で時間を潰すことが出来ましたが……同じような暇つぶし民が多数居て、景勝地周辺はさながら難民キャンプだったのはご愛嬌でしょうか。

そうこうして待ちに待ったロープウェイに乗り込んだら、終点側の駅までの時間はわずか5分強。
もっとも、その間に1000m近く高度を上げ、終点の千畳敷カールは標高2600m。駅としても国内最高峰にあたります。
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ここから頂上までは、さらに遊歩道を横切って登山道を数時間歩まなくては行けないのですが、残念ながら今回は時間も装備も不十分な状況。
遊歩道入口の社で無事を祈っても、巡るのは千畳敷カール内の遊歩道だけにしておきます。
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カールとは氷河が大地を抉って作り上げた底の広い谷状の地形のこと。この千畳敷カールは国内でも有数の典型的な氷河地形にして、おそらく最も気軽に見物に行ける代物。
広大な高原地帯は幻想郷の如き有りさまで絶景そのものです。
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雲の切れ間からは伊那谷を挟んで、もう一つの日本の屋根たる南アルプスの山並みも遠望することが出来ました。
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そんなこんなで実はこちらでもロープウェイの順番待ちに2時間ほどの自由時間。
散策に1時間半ほどを費やし、残りの時間は駅近くの売店で買った温かい食べ物を片手に眼下を行き交うロープウェイを眺めながら過ごすことになりました。
ちなみに、この2600m級の気候、気温は15度を余裕で下回り長袖の上着でも無いことには身動きも取れなくなる程でした。
斯様な次第で、再びロープウェイとバスを乗り継いで駒ヶ根まで戻ったら、既に日も傾き始める時刻。
予定では他にも行きたいところがあったのですが、こればっかりはどうにもなりません。
そんな訳で、この日はこのまま夕食の流れに。場所は飯田市街の焼肉屋さん、煙を吸い込むようなモダンな装備もないシンプルなガス式のグリルを使い、店中に油と煙が充満する古風なお店です。
内装のカレンダーが1年経って無いはずなのに真っ黒に汚れている辺りに、年季を感じさせる代物でした。
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このお店では何でも名物だという、妙に原形を留めたモツなどを食べながら小1時間ほど。
その後、徒歩圏内の温泉で一服してから長野人邸に戻りお酒の時間と相成りました。

あくる15日の月曜日は、翌日以降の予定もあるので早めに帰路へつくことに。
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元下宿生の都合もあったので、少し奮発して特急伊那路に乗って往路に数時間かけた鉄路を半分強の時間で駆け抜けて関西へと帰って行きました。


当然、帰宅後は翌日に迫った学会のための荷造りです。
若干、疲れて居たために色々とやらかしが有りましたが……それはまた別の話です。

丹波路と酒精の休暇

学会が目の前に迫ってますが、スライドを思いっきりダメ出しされてちょっと辛い、今日この頃。
中秋の名月が眩しく輝くいい夜も、月見酒などと洒落込む暇なくスライド作りです。
それもこれも、先の週末を豪遊した代価なのでしょうが……。

斯様な次第で、色々と未来に支払いをツケて楽しんできた土日の話です。


今回も例によって、元下宿生と大阪で合流し、夏季の18きっぷ最後の週末を利用して、鈍行列車の旅。
福知山線を北へ辿り、城下町福知山で山陰本線・舞鶴線の直通列車に乗り込み、最初に来たのは日本海唯一の軍港で名高き東舞鶴です。
観光案内所で地図を入手したら、何はさておき東舞鶴市街を縦断して、舞鶴の観光地がギュッと集まった沿岸部へ向かいます。
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最初に出迎えるのは、近代的港町のお約束、赤レンガ倉庫です。
見慣れているようでも、やっぱりオシャレでとてもいいもの。最も東側の赤レンガ倉庫は、そのものズバリのレンガ博物館となっています。
内部の撮影はできませんでしたが、古代オリエントの日干しレンガから始まる世界のレンガ事情から日本のレンガ受容の歴史まで――お世辞にも大きいとは言えない建物からは想像しなかったほどの充実の展示内容でした。

ちなみに赤レンガ倉庫は博物館以外にも何棟もあります。
あるものはイベントホールに、あるものはお土産物店にと、なかなかの有効活用ぶり。
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特にお土産物店の棟は、ちょっとした資料館も兼ねており舞鶴市街の旧態を紹介する展示などもちらほら。
かつて機回しに活用された機関車なども置いてありました。

余談ながら赤レンガ倉庫の前には小さな芝生の広場があり、ちょっとした屋台が営業していました。
そして、その向こうはもうすぐに海、目の前の岸壁には護衛艦が停泊しています。
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そんな最高の立地と、程々の天気でお昼時のこと。これはもう、ここでごはんを食べるしか無いでしょう。
カレーとハイネケンと肉じゃがコロッケ。ちなみに肉じゃが発祥の地は、この舞鶴という説もあるのだとか。
有名な東郷平八郎とシチューと肉じゃがの逸話があったのが、ここでの事なのだとか……。逸話自体が眉唾ものだとも言いますが、何はともあれ肉じゃがコロッケ、非常に美味でありました。

そういう次第で昼食の後は、遠巻きではなく間近で護衛艦を見るため海自の北吸岸壁へ。
ここ舞鶴地方隊では、毎週末に岸壁を一般公開し護衛艦を近くまで寄って見学することが出来るのです。
週によっては内部の公開までしているようですが、今週は残念ながら外側だけ。それでも久しぶりの艦船見学、なかなかテンションが上ります。
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この日、停泊していたのは護衛艦のあたごとふゆづき、それに補給艦のましゅうと多用途支援艦ひうち、幾つかの小型船艇でした。
基地見学といえば、展示品もさることながら周囲に置かれている小道具も興味深いところ。
物品運搬用(?)のリアカーの言い知れぬシュールな感じなど、大好きです。
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他にも艦これ提督に対応した地味に可愛い島風のイラストがあったりとか……。
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全く関係ないですが、小型船艇の時にアンバランスな武装の感じなども、独特の魅力があっていいですよね。


艦艇見学を終えたら、その足のまま今度は海軍記念館も見学する事に。こちらも同じく自衛隊施設内であり、土日のみの一般公開です。
自衛官候補生なのか、やたらガタイの良い若者の団体とかち合ってしまい、少々窮屈な思いをしながらの見学となってしまいましたが、それはご愛嬌。
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海軍記念館に続いては、さらにバスを乗り継いで舞鶴引揚記念館も見学です。
戦後の舞鶴港は、シベリア抑留者をはじめとした大陸方面からの引揚者の玄関口だった歴史があります。
こちらの展示はそれらに関するもの。シベリアでの苦難や帰国までの困難を主とした展示は、兵隊さん関連の展示とはまた違った意味で胸に迫るものがありました。
この引揚記念館、少々他の施設類とは距離があり交通の便も悪いので割愛することも考えていたのですが……結果的には最も印象的な見学地でありました。

ところで、この海軍記念館から引揚記念館へと向かう頃合いから、徐々に雲行きが悪化し、引揚記念館を出て駅に戻る頃には見事な土砂降りとなっていました。
土曜日の晩は舞鶴から福知山に戻り、山陰本線を乗り継いで城崎温泉に泊まるプランだったのですが、「これはヤバイかも」と思っていたら案の定、山陰本線遅延のお知らせです。
紙の時刻表でもあれば、また知恵の絞り様もあったのでしょうが、迂回路もろくに無い地形とスマホだけではどうにもままならぬ状況。
早々に白旗を揚げて、18きっぷから特急利用に切り替え、どうにか夕飯やお風呂に間に合う時間には辿り着いたものの……それでも、当初の目論見よりはだいぶ遅い到着となってしまいました。
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そんな訳で苦労して辿り着いた城崎温泉は感慨もひとしお。
夜の早いお店は既に閉まっていましたが、それでも夜の温泉街の風情をそれなりに満喫し、外湯や飲み屋で楽しんでこの日の晩を過ごすことが出来ました。


明くる日曜日は、昨夜とは打って変わって気持ちのよい晴れ模様。
前日の飲み過ぎで見事に寝坊しましたが、そんなこともどうでも良くなる天気です。
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手始めに朝からやってる温泉で朝風呂してから、前日にもらった温泉卵の無料券を使いに近くのジェラートのお店へ。
生卵を受け取り、元湯に漬けること12分。トロッと半熟の非常に美味しい温泉卵の出来上がりです。
お酒の残った朝の風呂あがりに塩気の効いた温泉卵、極上の味わいですね。
温泉卵が出来るまでの間に、お茶やらジェラートやらを買食いし、見事に無料券の策略にハマってしまいましたがそれも致し方なしです。
温泉卵で一息ついたら、おみやげの購入がてらに日中の温泉街を散策しながら駅まで。
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柳の並木も夜とはまた違った風情がありました。

駅まで戻ったら昼食を調達して、列車に乗り込み進路を再び福知山方面へ。
途中の豊岡駅から北近畿タンゴ鉄道宮津線に乗り換えて、日本海に沿って奥丹後を東へと進みます。
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かつては国鉄だったという北近畿タンゴ鉄道線、今やすっかり風情のある地方私鉄となり、夏空と相まってその車窓は本当に旅情を満たす良いものでありました。

そんなこんなで来たの日本三景が一つ、天橋立です。
天橋立といえば股の下から覗く遠景が名高いですが、近くに寄っても松並木が美しい名勝地です。
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天橋立は、地形としては阿蘇海と呼ばれる湾を塞ぐように伸びる砂州です。南の端、天橋立駅の目の前辺りで切れ目があり、阿蘇海を若狭湾と連結しています。
北側の付け根は古来の丹後国の中心地であり、古典文学の時代からこの細長い砂州を貫く道があったのだとか。
今も南端の切れ目には対岸と結ぶ橋がかかり、徒歩や自転車で全長を散策することが出来ます。
我々も当然、現地でレンタサイクルを調達して名高き松並木をサイクリングです。

ちなみに、私は全く知らなかったのですが、南端近くは海水浴場にもなっているのだとか……。白い砂浜が眩しいです。
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他にも天橋立の中には歌碑や社などが道中に点在しています。特に存在感を放つのが、この錆びついた砲身。
てっきり三景艦にちなんで軍艦松島のものかと思いきや、大正期に奉納された軍艦春日のものなのだとか。
潮風ばかりの劣悪な環境に見えましたが、今も砲腔内のライフリングが残っており驚きでありました。
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そうこうして30分ほどかけて天橋立を渡りきったら、自転車を北側のとこに返却して、徒歩でまずは丹後の一宮籠神社に参拝です。
籠神社は元伊勢、すなわち伊勢神宮以前にアマテラスを祀っていたという伝承も残る由緒ある社。現存する日本最古の家系図もあるのだとか。
その歴史の長さを誇るように社殿も立派な神社でした。
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また籠神社の裏手数百mのところには、奥宮にあたる真名井神社という小さな社もあります。
こちらは奥宮と称されるだけあり、古代祭祀の磐座もある神秘的な雰囲気をまとっておりました。
惜しむらくは撮影禁止なこと。拝殿の直後にには真新しい柵まであり、磐座や史蹟に近付けないようになっていたのですが、Wikipediaを見ると柵もなければ真近に近寄った写真もあるので、最近になって何かあったのだろうと勘ぐってしまうのですが……あまり深くは考えないようにします。

神社のあとは裏山にあたる傘松公園へ登るリフトに乗車です。
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リフトです。ケーブルカーとかロープウェイではなく、スキー場とかにありそうなアレで登ります。開放感があって気持ちいいです。
そして終点につけば、かの名高き股のぞきの展望台に到着です。
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逆さに見ると天にかかった橋とも、空へと翔び立つ龍とも言う光景ですが、想像力の乏しい私には難しいものでした。
ただ、股のぞきなどせずとも掛け値なしの絶景です。流石は日本三景と感嘆の言葉が自然に漏れるようでありました。

余談ながら傘松公園は山の中腹にあたり、頂上ではありません。
頂上にはリフトの終点からさらにバスに乗って少し行った先にあるお寺の境内を辿って行くのだとか。
今回は時間の都合もあり、割愛しましたがいずれ余裕があれば行ってみたいものです。

では、今回はというと帰路は天橋立の両端を結ぶ観光船で、海から松並木を眺めながら戻ることに。
船の時間まで海岸で浜風でも浴びながら一服です。
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面白いのはこの地域の堤防が異様に低いこと。どう見ても1mも無さそうな防波堤があるきりで、すぐに民家となっています。
内海のさらに内側と、日本海の荒波から隔絶された水面とはいえ、高潮でも来たら一発なのではと心配になってしまいます。
観光客的には見通しも良く寛ぐのに適しており、とても嬉しいのですがね。

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帰路の船でもやはり麦酒。お酒を買っていたら、船の時間がギリギリになってしまったのはご愛嬌です。

駅側に戻ってきたら、列車の時間まで駅前の食堂でお夕飯。
海沿いだけに海鮮が名物らしく、特に貝類が一押しの模様。流石に牡蠣には手が出ませんでしたが、代わりにあさり丼をいただきました。
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帰路は宮津を経由してタンゴ鉄道の宮福線で福知山へ。そこから福知山線に乗り換え、来た道をたどる様に帰宅いたしました。


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ところで帰って荷物を開けて愕然。バックが重いと思ったら、随分と地酒を買っていました……。
寄るとこ寄るとこで少しずつ買ったので、あんまり自覚がなかった模様。嗚呼、恐ろしいです。

進捗どうですか

進捗ダメです。
長いようで短かった様な8月が終わり、いつの間にやら辺りの空気にも初秋の風情も定着して、すっかり長月です。
一月前は河口湖にいたことを思うと、随分と遠い昔のようにも感じますが、コミケからもう2週間近く立つとはにわかに信じ難いものです。

そんなこんなで9月もまた予定は盛り沢山なのですが、目前に控えた学会その他諸々でにっちもさっちもなかなか回らない状況です。
こんなことになるとはつゆとも知らず、脳天気に週末の予定を埋めてしまったのが仇となり……鬼のようにやること山積みの平日を迎えてます。

頑張って生きましょう。

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