月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


歴史の教科書を追う週末

空梅雨の影響か否か、天気予報がまるでさっぱりアテにならない6月下旬。
雨の予報が晴れに変わり、晴れのつもりが雨になり……とても予定が立てられません。

そんな訳で立たない予定を押して、お出かけすることに心を決めたこの週末。
土曜日は留学生や後輩と連れ立って、奈良盆地の東南にあたる三輪山を登山することに。
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三輪山は大神神社の神体山でもあるため、入山の管理は比較的厳しめ。
狭井神社が登山口も兼ねており、住所やら何やらを記入したら、ちょっとした注意事項の説明を受けて、入山料を支払い、入山証を兼ねたタスキを受け取って初めて出発準備完了です。
残念ながら、山中は境内地であるため撮影禁止とのこと。
小1時間ほどの道のりでしたが、落葉樹林のなかを古代祭祀の跡を横目に進む山道はなかなか楽しいものでした。

三輪山の後は、車で10分ほど行ったところにある橿原のJA直売店で野菜を買いだしてから、大和三山の耳成山へ。
大和三山の歴史的意義を留学生に説明するのに四苦八苦しながら登ってみると……着いた先にあったのは水準点!
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展望台の一つでもあれば、もう少し格好はついたのですが……どうにもならない世の中ですね。
しかし、この見事な円錐形の美しさ。盆地の平野にポンと聳え立つ有り様は、確かになにか特殊なものを感じさせる存在感が有ります。
また、麓の公園からは畝傍山や天香久山も見えますし、古代の藤原京に思いを馳せるには悪くない場所でありました。
少々、留学生に対して勘違いの入った解説をしてしまったのが、今回の反省点でしたが……相応に興味を持ってもらえたのは嬉しいところです。


そんなこんなでいい具合に登山して、気持ちの良かった土曜日から、一夜明けた日曜日。
当初は、天気予報が雨と言ってたので、惰眠を貪ろうと決め込んでいたのですが、昼過ぎにふと外を見れば何を間違えたか相応にいい天気。

時間は少々遅くなってしまいましたが、突き動かすような衝動には逆らえませんね。
原付きにまたがり国道168号線を南へ。行って来たるは往古、天皇に祀られたと伝わる風神の一つ、龍田大社です。
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延喜式に名神大社として名を残す有力な神社は、今でも大きな境内を綺麗に保っています。
来週あたりは夏越の祓や風神の大祭やらで色々とあるそうですが、今週はその準備とやらも済んだのか、閑散そのもの。
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境内でお茶でも飲みながら、静かな雰囲気を満喫と洒落込むことが出来ました。

帰路は平群谷地域をふらりふらりと寄り道しながら大学の寮へ。
平群谷の一帯は、古くは豪族平群氏や聖徳太子、長屋王など教科書に名を残す名門が本拠としたという奈良県内でも一廉の歴史を誇る地域。
盆地から見た場合、法隆寺などのある低めの丘一つ向こう側に当たり、生駒山や信貴山等の山脈の手前にあたる特殊な立地。
その立地のせいか、有力者も集まれば今でも延喜式内社が多数残る、歴史深い土地となっています。
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例えば、紀氏神社は紀伊国の名門貴族の氏神なのだとか……。
由来書にシレッと具体的な字名が出てきたり、玉垣の出資者を見ると苗字が偏ってたりするあたり、未だに古来からの“氏神"の機能を残しているのかと思うと、歴史の深さに恐れ入ってしまいます。

もう一つの式内社、楢本神社も同様。
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今でも祭り事が出来るような素朴な板張りの社殿が残るのは、流石と言わざるを得ません。

他にも平群氏を祀る平群神社なる式内社もあったのですが、何故かカメラが故障しており撮影できずじまい。
とにかく歴史の深さに恐れ入るドライブとあいなりました。
もっとも、道程自体は往復でも1時間強といったところ。思ったよりも近かったので味をしめて、もう少し足を伸ばして大和郡山や法隆寺まで行ってもいいかと思わせる程度の距離感でした。

なかなか忙しく、それも許されないのでしょが……次の機会を伺いましょう。

亜熱帯の島の話

梅雨時のはずが一向、雨の少ない今年の6月の奈良。
梅雨前線がどこに居るかと思えば、はるか南洋の方に未だ停滞しているのだとか。
半袖で過ごしやすい気候の日々が続き、快適ではあるのですがそろそろ渇水が怖くなってくる頃合いですね。

ところで、就活も無事に終わり修士論文作業に移行し始めた今日このごろですが、社会人に逆戻りする前にどうしてもやっておきたいことが一つ。
日本の領地でありながら、飛行機も無く片道2日、船便の都合で往復は6日を費やす南洋の島があります。
就職したら、どう転んでも海外より行きにくいと思い(主に財政面での)万難を排して、小笠原諸島に行ってくることにしました。

今回の同行者はフォロワーのぼややんさん。
東京港の竹芝桟橋で待ち合わせして、諸手続きを経たら、小笠原へ向かう唯一の定期船“おがさわら丸”乗船です。
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素晴らしい天気にワクワクしながら、いざ目指す南洋の離島に向けて出港したの先週の木曜日、6月13日のことでした。

この日は西側で発生した台風の出来損ないのような低気圧に翻弄され、やたらめったらと揺れる船旅。
天気には恵まれ、生まれて初めての海面に沈む夕日を眺めたりしながらも、その実情は波に翻弄されてほとんどグロッキーな有り様。
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外甲板で宴会に興じる強者もいましたが、ほとんどが船内でおとなしくしている状況です。
せっかくの夕日もギャラリーは数えるばかり。かく言う私も、歯を食いしばって夕日を拝んだはいいものの、そのままほぼダウンしてしまいました。

そして起きて外を見遣れば、この天候! どんより曇り空どころか、海霧で視界不良という容赦の無さ。
小笠原諸島は最大の島、父島の二見港が目の前なのですが今ひとつ見えないくらいです。
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余談ながら、この日は港内に輸送艦“しもきた”が停泊中。硫黄島関連なのでしょうか、甲板上には陸自の車両などが満載でした。
おがさわら丸の入港の時に目前ですれ違ったのですが、舷側にいた乗組員さんに手を降ったところ、振り返してくれたのは嬉しかったですね。
この日は天気こそ悪かったものの、海況は穏やかで前日の二日酔いもすっかり治り、無事に二見港に接舷して到着とあいなります。
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ここで昼食を摂ったら、予め予約していた隣接する南島のガイドツアーのために当該の漁船へ移動です。

南島は父島から狭い水路を挟んで1kmもない至近の小島。無人で全島が天然記念物に指定されています。
美しい光景と特異な沈水カルスト地形がイチオシの観光地ながら、専任のガイドの同行なしには上陸が許されない様な厳格に自然が守られた土地です。

そんな訳で小舟で二見港から海を渡り、沈水カルストの入江に停泊です。
ここから上陸なのですが、その手法はまさかの岩場にアンカーを打って引き寄せた挙句、飛び移る荒業。
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平地は少し内陸にあるので、上陸したら立ち止まる暇もなくひたすらよじ登ります。実にワイルド。
しかも石灰性の岩場は、雨の侵食により切り立った剣先のように鋭く尖っています。
幸いに手が切れる程の鋭利さはないものの、間違えて踏まれたりした日にはちょっと考えたくない事になりそうです。

しかしながら、流石は南洋の島。曇天でも海の綺麗さはピカイチです。
水底のエイまでよく見通せる透明度には、思わず息を呑んでしまいました。
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または内陸部のヒラベソカタマイマイの半化石群なども。
この半化石のカタツムリたちは有史時代にはまだ生存していたのだとか、この島にしかいなかった固有種だったのだとか。はたまた別の島には未だカタツムリの固有種が遺るのだとか……ガイドさんには逐次、歴史から生態系まで種々の解説までしていただき、興味深いの一言に尽きる次第。
波打ち際のカニの話と、モグラのごとく穴を掘りウミガメの卵まで食べてしまう強いカニの話まで。
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この島での活動の制限や、天気のことなどなど……折よくツアーも私と連れの二人だけの参加だったため、無人島情緒を味わいながらオーダーメイドな解説を伺うことが出来て非常に良い探訪となりました。
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また父島への帰路には、爆撃により航行不能になって挫傷した大戦期の輸送船も見学。
錆朽ちて機関部を露出するほど哀れな姿となっていますが、それでも台風の多いこの島で70年以上形を保っているのは驚くべきことでしょう。
遠くに現代の輸送艦が居るのも、なんだか因果なようでとても気に入ります。

父島に帰還したら、この日は他に予定もないのでこのまま宿にチェックイン。
荷物を整理したら、近隣を散歩です。私達が宿泊したのは父島の中心街である大村地区から歩いて小1時間ほどの扇浦地区。
数軒の宿屋とビーチがあるだけの本当に小さな集落です。
しかしながら歴史を紐解くと、どうも大村よりも古くからある地域な模様。小笠原諸島を発見したとの伝説が残る小笠原貞頼を祀った神社などがあったりします。
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そんなこんなで周囲を散歩し、夜の海で遊んでいるうちに夜は更けていきました。
対岸の灯りが大村地区、その左に浮かぶしもきたの舷灯の明るさには度肝を抜かれました。


W杯日本代表の初戦と重なった小笠原二日目の朝は、天気の好転に期待をかけたものの、生憎の曇天2日目。
むしろ海霧が濃密になって、よりやばい感じです。
海に繰り出すのも今ひとつだったので、レンタル原付きを借りてこの日は島内一周に割り当てることに。
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雲中にそそり立つJAXAの電波望遠鏡など、無用に迫力があって怪獣と対決も辞さない存在感が有りますよね。
しかしながら、世の中そうそううまくいくものでもない様子。
父島南部の小港海岸まで至ったところで、ついに雨が降り出す憂き目にあいます。
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哀愁ただよう無人の海岸も、これはこれで個人的には風情があっていいのですが、碧い空と蒼い海を待ち望んでいた人には辛い光景なのであります。

致し方無いので、このまま雨天の間隙をついて大村地区に戻り、ビジターセンターの資料展示を見学したりして過ごす次第。
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もっとも、島が島だけに資料館等の雨を避けて楽しめる施設の数などたかが知れているのが現実。
余った時間は喫茶店に入って、雨止みに一縷の望みを託してのんびりと午後の時間を送るしか無いのです。
南の島の喫茶店で雨宿り。字面だけ見れば、大変にオシャレでバカンス感あふれる、非常にハイソな時間の使い方。
事実、パッションフルーツのパウンドケーキと小笠原産の珈琲は実に美味で、言い知れぬ焦燥感も押し流される快適な時間の使い方だと思えました。

そうこうしているうちに、いい加減に夕飯を意識する時間になって要約雨も小康状態に。
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折角なので目についた大村地区の裏手にある大神山神社に参拝して、宿に戻ることとなりました。
明治以降に日本領となった小笠原に古風な神社などある道理はなく、この神社も明治以降の勧進。
しかしながら、集落から最も目につく山の中腹にある立地は、まさに神の居ます場所にふさわしいもの。雨の雰囲気もあってなかなかに神聖な境内の空気を醸し出しておりました。

余談ながらこの雨季の小笠原の余録として、シロアリの大発生が有りました。
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ちょうど繁殖期に重なってしまったようで、日没後の数時間だけピンポイントで羽アリの大量発生。
街灯や玄関の灯りに群がって雲霞のごとくです。さらにはシロアリを狙って、カエルまで灯りのもとに大発生。
油断すると室内に入ってくるので、屋内の明かりを消して人間様は隠れるように様子を伺う有り様です。
のんびりとお酒でも飲みながら災禍が去るの待とうかと思えど、途中で飽きてしまい外に飛び出してカメラを構えて、大自然を満喫してしまった次第。なかなかに刺激的で面白い夜を過ごす事が出来ました。


さて、悲しきかな翌日もやはり霧は濃く、青空は遥か遠く……過ごしやすい気温であったので、この日の午前は戦跡ツアーに参加です。
南島ツアーの経験から、少人数制のツアーを探して目をつけたのは最大4名という極めて小規模なガイドツアー。
事実上の個人的にガイドを依頼するような体ですね。夜明山の父島要塞遺構を見学です。
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ガイドさんから長靴を貸していただいたら、あろうことかこの天候のまま亜熱帯の森へ。
藪漕いで云々どころではない、とんだジャングルクルーズの始まりです。
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手始めに海軍の食料庫だったという掩体壕へ。
入り口こそ、何の事はないちょっと大きめの防空壕なのですが、なかに踏み入れば車も走れるのではないかという極めて広い空間がそこにはありました。
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鉄の格子扉や大型の碍子も現存し、ここが軍事的に意味を持った人工の構造物だったことがありありと伝わるような、そんな雰囲気です。
他にも原形をとどめた遺構物が数多この亜熱帯の林の中に。四一式山砲など、当時から博物館クラスの骨董品だと思っていたのですが、どうやら現役だったようです。
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他にもガイドさんイチオシの、野ざらしのまま放置されて袋の形のまま固まってしまったセメントの山なんてものも。
何らかの事情で集積されたまま、工事が中断してしまったのだろうとか……今も昔も麻袋の形や積み方は変わらないんだと、ちょっと感心してしまいます。
海軍式の高角砲は、未だに十全な形を留めトーチカの中から海を睨んでいるのが、また歴史の凄みを感じさせます。
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またここで教わった話ですが、どうもこの亜熱帯林は父島が要塞だった時代には存在しなかったものなのだとか。
ちゃんと地盤は整備され、今の様子から想像されるようなジャングルのなかに隠された秘匿陣地ではなく、整備された道と整備された足場のもとに広がる近代的な要塞だったとのこと。
その関係もあってか、父島には手付かずの自然のような太い木もなく、今の林も大半がその後の放置で自然に還ったために生じたものだとか。
全くそうは思わせない鬱蒼とした木々の密度に、また亜熱帯の自然の強さを思い知らされる思いです。

ちなみに海軍式もあれば陸軍式の高射砲も当然有ります。
こちらもトーチカから海を睨んだ姿のまま現存。俯仰を調整する歯車の歯が残っている程の保存度には驚愕するばかり。
砲自体は博物館や写真で見ることがあっても、この様に実働状態を遺すのは小笠原ならでわでしょう。
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放置されたレール資材も含めて、なかなか知ることの出来ない陣地や装備の距離感や規模感を体で感じることが出来たような気がします。

斯様な次第で戦跡ツアーを終えたものの、天気は生憎なままだったことから、この後はウミガメの保護に取り組む「海洋センター」なる施設と、水族館のある水産センターを続けて見物することに。
ウミガメは保護にも力を入れている反面、今でも食材として活用されているのがこの小笠原の特徴。
昼食で寄った島寿司屋さんの大将の言では、もともとはハワイ方面から全身残らず使って煮込んだものを食べる方法が伝えられたのだとか。
しかしながらいつの間にか、日本らしく刺し身にして喰らう文化が出来てしまったりなんなりと。
味は鶏肉に似ているのですが、独特の臭みがあるのが爬虫類らしいところ。処理の仕方や食べる部位によっては臭みがなくなるそうですが、通の人に言わせればそれではカメを食べた気がしないとかなんとか。
もはや保護の為に、本場ハワイや同じくカメ食の文化があったフランスでは、もう食べることが出来ないのだとか。一方、日本では未だに食べるのは、もう「美味しいのだから仕方ない」とのお言葉、実に日本人らしく頼もしい限りです。
そんな話を念頭に見る子ガメの入った水槽は残念ながら「養殖中の生け簀」としか言い様がないですね。
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一方の水族館、規模は小さいながらも無料で入ることが出来、小笠原の固有種を真近に見れるとなかなかにお得感のある施設でありました。

そんなこんなで、色々と巡って終えたこの晩は、夜の森を探索するガイドツアーにも参加です。
目的はオガサワラオオコウモリと夜光きのこのグリーンペペ探し。残念ながらカメラでは移すことが出来ませんでしたが、リュウゼツランにぶら下がる巨大なコウモリや、真っ暗闇に淡く緑が光るグリーンペペ。いずれも見ることが叶い、非常に興味深くありました。
また、この夜の探索は曇天も相まって、本当に掛け値なしの真っ暗闇。何かの歌詞に「この手のひらも見えないくらい」の暗闇という表現がありましたが、まさにそういう状況です。
勘の鈍い私では、背後どころか目の前に立たれても、全く気付き様がない程です。度胸試しに夜の森と思っていましたが、ガイドさん無しで挑むのはとても無理だと思い知らされてしまいました。


さて、小笠原もついに最終日となってしまった水曜日ですが……天候はまぁお察しでしょう。
大村地区の北側にある三日月山に登り、西の海上を遠望しても遥か遠くにようやく青空の様なそうでないようなものが見れる程度。
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余談ながら、大村地区にも要塞跡が残っています。全島が要塞化されていた証左でしょう。

この日も演習後の休憩なのか、二見港内に自衛艦が停泊しているのが見えました。
掃海艇や掃海艦の類な用で、大型の船に小型の船が接舷している様子や、概要にも順番待ちの船が遊弋している様子が見て取れました。
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そんなこんなの日なので、この日は特にどこに行くでもなく風光明媚な場所を求めて、原付きを借り北へ南へうろつきまわり、ついに帰りの時刻が来てしまった次第。

後ろ髪を(主に青空を見逃したことによって)引かれながら、船へと乗り込みます。
合言葉は「島の子に生まれたい人生だった」でしょうか……。
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船室に荷物をおいて外甲板に上がってみると、なんとお見送りの太鼓が出ているではありませんか。
「航海の安全と、島での再会を祈って」の太鼓なのだとか……そんなことをされては、もう一度来てみたいと思わざるを得ません。
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出港後も二見港内のうちは漁船やクルーザーが並走してくる盛大なお見送り芸を披露。
本当に素晴らしいですね……これほどの待遇は全く予期してないものでありました。

太鼓のご利益があってかどうか、帰路の航海はベタ凪の中を平穏無事に竹芝桟橋へ。
東京着後は町田にてフォロワーのヘク猫や朔さんと一献捧げてから、奈良へと帰ることとなりました。


斯様な次第で非常に楽しい日々を送ることが出来たのですが……「万難を排して」しまった代償は如何とも大き過ぎた次第。
具体的には、日々の出費のバッファとしていた預貯金が殆どそっくり無くなってしまった次第。
今までの金欠とは深刻度の違う状況です。
バイトは当然再開したいですし、節制は今まで以上に。
何かしらの臨時収入でもない限りはライブはおろか、コミケでの身の振り方まで視野に入れて行動しないとならないでしょう……。
致し方ないことですが、ちょっと調子に乗りすぎてしまったかもしれませんね。

民族学再探訪の話

初夏だ梅雨だと言っているうちに、ふと空を見やればモクモクと入道雲が立つようなそんな季節。
先の土曜日は、去年も訪れた空自の奈良基地の一般公開の日。
寮の友人たちと行く約束をしていたのですが、生憎と午前中の霧雨に阻まれて作戦中止の憂き目にあってしまいます。
アテを喪失したこの日は、午前を二度寝に、午後をゲームに費やして、有意義に動き出したのは17時を過ぎてから。
午後から雨も上がり、夏空が旅情を誘う有り様だったのですが、この日の夕方は奈良基地に行き損ねた友人たちと、映画を見ながらお酒を飲んで過ごすこととなりました。


そんな訳で、夏空に誘われて出かけたい衝動に駆られた日曜日は、気持ちの赴くままに電車に乗っていざ出発です。
近鉄と地下鉄とモノレールを乗り継いで、やってきてしまったのは万博記念公園。
よくよく思い出すと去年もほぼ同じ時期に来ています。この季節にはなにか引力でもあるのでしょうか。
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万博記念公園駅で下車したら、自然文化園なる植物園も兼ねた公園を、博物館の入場券を購入して通り抜けます。
事実上、当該チケットで自然文化園も遊べるのですから、なかなかお得なシステムですよね。
夏らしい陽光に緑が目麗しい園内をまっすぐに通り抜けて、まずはとりあえず博物館を目指します。
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約一年ぶりの国立民族学博物館。前回は途中で時間切れとなってしまったので、今回はそのリベンジです。

この日は時間に余裕を持ってきたので、のんびり見ることができると考えながら入館しましたが、そんなの勘違いだったと気付くまでは10分と要らないことでした。
展示の前半を見始めてから一向に前に進めないので、意を決して前回見逃したコーナーまでは一気に流し見して、企画展コーナーまで高速移動。
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現在の企画展は日本の玩具について。ブリキ玩具とかすごろくとかカルタとかです。
特に明治大正期のすごろくコーナーの展示は、丁稚奉公から社長に至る少年実業双六やら、少女雑誌の付録の云々やら。
特に登校関連の双六に「ひとりぼっち」なるコマがあったことの破壊力はなかなかですね……この頃から煽りとしての威力があったとは言葉になりません。
他には中国や日本などアジア系の展示いろいろと。
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日本関連の展示は一部、千葉の国立歴史民俗博物館と被るような印象でしょうか。

また余談ながらm畑作関連の展示が、私の故郷を題材にしてたりと、意外な世間の繋がりを恐れ入ったりします。
余裕を持って入り、見学も半分飛ばしていたはずですが、気付けば結局、閉館時間ギリギリまで粘っている自分がいました――が、実に見応えのあるいいものでした。

帰路は折角なので、自然文化園に少し寄り道。
本来は博物館と同じく17時閉園なのですが、この日はたまたま夜まで空いている日だったそうで、しばらく芝生のベンチでぼんやりと黄昏れていました。
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夏雲のもとでボール遊びに興じる家族連れなど眺めながら、平和を感じ入って小一時間。
日も傾き、少し空気も冷たくなってきたので撤退することと致しました。


どうでもいいことながら、帰りがてらに夕飯の思案をしていたら寿司を教唆されたので、妙に食べたくなってしまったこの晩。
流石にちゃんとしたのを買うのは予算が許さないので「くーねるまるた」を参考に、スーパーで半額の刺し身とすし酢を買って、漬け丼を自作した次第。
刺し身を醤油につけて、酢飯に乗っけて食べるだけ。マンガレシピを参考にしても意外とどうにかなるものですね。
写真を撮り忘れましたが、癖になる美味しさでありました。

葡萄酒と生音

梅雨を前にして、早々に夏日となったこの週末。
長袖が要らない季節かと思った途端、「容赦無い」と言った形容詞が似合うような陽射しですから、自然は手厳しい。
今年もそろそろ夏の準備が必要ですね。


夏といえば海とか川とか、水辺が恋しい季節。
内定先のお呼び出しで休日より一足早く関東に戻る事ができたので、金曜は一人でふらりと水族館に行って来ました。
行って来たるは葛西臨海水族園。都が経営してるらしく、入園料が700円とお手頃なのが嬉しいです。
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入園して最初に眼に入るのは、鮎や鯵とサメが同じ水槽にいる類の群れを楽しむ水槽。
危うくすると、これだけで1時間ぐらい楽しめてしまうので水族館は危険なところです。

他にも人の背丈と張り合えるような大型の魚もいたり。
ゆったりとした巨大魚の泳ぎぶりも、なかなかどうして癒やしですよね。
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大きいといえばマグロの回遊水槽も大した迫力です。
なかなかどうして、流し撮りに挑戦したのですが上手く行かなかったのが惜しまれるところです。
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その他にも、藻場を再現した波のある水槽でたゆたう魚や、クラゲなどなど……久しぶりでしたが、やはり水族館は楽しいと再確認です。
金曜だというのに、暇そうなカップルが沢山いたのは不思議でしたが……気にしたら負けです。

水族館の後は、折角なので臨海公園で臨海してから帰路へ。
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日が傾きだした東京湾を眺めるのも乙なものですが、足元が就活用の靴なのであくまで眺めるだけです。
余談ながら、隣では制服に通学カバンとどう見ても学校帰りの装備のまま、ビーサンで水遊びに興じる女子高生という、マンガのような光景が繰り広げらていました。
都会は実に恐ろしい――もとい凄いところです。


ちなみに海辺で遊んだ日は、そのまま健全に飲みにも行かずに実家へ。
折角なので綺麗で大きな画面でのアニメを堪能して一夜を明かし、翌朝は中央線を乗り継いで一路、山梨へ向かいました。
なお、この日の同行者は7名ほどのライブや学祭の繋がりの方々。イベンターらしく時間通りには半分ほどしか集まらないあたり、安定感は絶大です。

この日に来たるは、中央本線にて笹子トンネルを抜けて甲府盆地に入った直後の停車駅、勝沼ぶどう郷駅です。
この駅は盆地の東縁にあたり、全体では東西を走るこの鉄路も峠越えの坂道に備えて大きく曲線を描き、駅の辺りでは傾斜地を南北に走っています。
そんな立地の眺望抜群な駅に立ち、向かいの丘を望むとこの日の目的地、勝沼ぶどうの丘が目に入ります。
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駅からぶどうの丘までは、標識を頼りにぶどう畑が続く初夏の農道をのんびりと移動です。
この日も幸いに好天に恵まれて、少々暑いながらも良好なおでかけ日和。

谷を一つ越えて丘を登れば、一気に観光地らしくなります。
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丘には宿や温泉、ワインやお土産のお店にレストランやBBQ場など、「ワイン畑でダメ人間する」たmの一連の施設が揃っています。
その中でもお気に入りはこの西の甲府盆地を見下ろす眺望抜群のバルコニー。これを見つけた時が、この日の根城とキマった瞬間でした。

ただし、この段階では未だ燃料がないので、とりあえずはワイン売り場で燃料探し。
ワインカーヴなる洞窟状の倉庫に、ワインが陳列されほぼ全てのワインが試飲可能な状態です。
しかも試飲は完全なセルフサービス方式。専用の容器を買えば、一日飲み放題なのですからお酒に強い人なら、ここだけで半日楽しめてしまうかもしれません。
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容器自体も少々値段が張りますが、金属製の立派な代物。試飲込だと考えたら、妥当どころかお買い得すぎる値段設定に見えます。
ただし、今回は眺望もセットで楽しみに来たので、暫く適当にワインの感想を述べ合ったら、意見の一致したものをチョイスしてちゃんと購入です。
タダ酒で粘るような真似をするには、社会人の比率が高すぎました。

そんなわけで机上にお酒と持参した肴を並べたら、日も高いうちから意気揚々と宴会となった次第。
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誰か曰く「天国はここにあった」とは、まさにこの様な状態のこと。

最終的には日が傾きはじめ、お店が閉まるまで居座ってしまいました。実に楽しかったです。
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この晩は、隣の駅の温泉宿に一泊。
当然ながら、宿で二次会をする運びになり、日本酒とかその他まで飛び出して夜更けまで飲んだり煽ったり。次の日の朝は最悪の目覚めだったところまでがお約束です。

しかし、この若干二日酔いの日曜日ですが、いつまでも死体でいるわけには行きません。
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不調な体を鞭打ってフォロワーさんの車に積み込まれ、辿り着いたのは富士急ハイランド。
水樹奈々さんのライブがあるので来てしまいました。
あくまで、ワイン旅行のついでと言い張りますが、それでもこの日のライブ会場はなんと富士急ハイランド脇の屋外!
山梨で、河口湖近くで、屋外とか、否が応にもテンションは上がってしまいます。
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そんな訳でちょっとずつ元気が戻ってきたら、富士急ハイランドをでたり入ったりしながら、開場時間までふらふらします。
この近隣でライブをやる場合には定番なのですが、今回のライブのチケットを提示するとハイランドは入場無料となります。
フォロワーの一部は別料金を払ってアトラクションに挑戦したりしてましたが、私のんびり過ごしたい派。富士山でも眺めて、人生を問いなおしてしまいましょう。

そんなこんなで最後の締めくくりのライブは、晴天の屋外という最高に気持ち良い環境で奈々さんの歌声を堪能し、実に楽しいものでありました。


なお、帰路は関西まで一直線の夜行バスを活用。
同族ばかりの狭い席で、どうにか京都まで辿り着いたときにはほとんど体力の限界です。
月曜日の午前中を寝て過ごしてしまい、午後からとはいえ学校に行けたので、ちょっと自分の体力に自信を持ってしまいました。

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社会的圧力に負けて働き始めた巫女好き提督。2年かけて回復したSAN値を瞬く間に失い、工場街のおんぼろアパートでサバイバルなう。

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