月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


原付回送の話

関東では桜の木々も花盛りを過ぎて、そろそろ葉桜が恐ろしくなってくる3月下旬。
花見は4月に入ってからと思っていたのですが、今のうちにやっておかないと間に合わなさそうな気配。
日程さえ立てこんでなければ、ぜひとものお酒だったのですが……なかなかままならないのが苦しいところです。


そんな立て込んだ日程の一つが、奈良への引越しも間近となったのでその下準備。
具体的には車に積んで運ぶ訳にはいかない原動機付自転車を関西まで運ぶこと。
ありがたいことにツイッタのフォロワーのぼややんさんが、当座の保管場所を提供してくださったので、実家からそこまで運搬し、後日回収することになりました。

そんなこんなで、先日のうちに静岡まで運んでおいた続きです。
前日は友人と色々と飲んでいたのですが、そのまま電車で静岡まで移動し一泊して出立したのは23日の朝8時頃のことです。
この日はひたすら東海道をなぞるように旧国道1号線を西へ西へ。
浜松を過ぎて豊橋を経由し、名古屋市南部を抜けて桑名まで至った頃には夕暮れどきです。
文字にすると大したことではありませんが、200km近くを50ccでのんびり走っていると思った以上に疲れてきます。
特に肩のあたりが……肩こりを通り越して何故か”ヒリヒリ”した感覚を感じてきてしまうほど。

しかしながら日も傾いて桑名で一泊しようと思ったものの、沿道沿いには適当な宿が見つからない状況。
そのまま惰性で進んでしまったのは国道258号線「美濃街道」です。
原付の出力を考えると鈴鹿等の峠越えは避けたい次第。もう少しマシであろう関が原を抜けるルートに行くためには、桑名より北の岐阜県大垣を経由しなくてはいけません。
桑名で宿を探すより大垣へ向かう道すがらに上手くロードサイドのネットカフェで一泊と目論んで居たのですが、これがなかなかどうして甘い判断でありました。

進めど進めど見える明かりはガソリンスタンドかパチンコ屋。よくて飯屋ですが夜を明かせそうなところは一向に見当たりません。
みるみるうちに日は沈み、空が暗くなると共に道も郊外から田園地帯に至ってしまい、道の外は遠くに街明かりを見るばかりの暗闇となる有様。
車の往来も徐々に減っていき、気温も下がってきて、暗い道をひたすら独りで走り続ける状態です。
こうなってくると、なかなかどうして心細いもの。携帯電話も通じれば、街灯も決しって遠くないとわかっているのですが、なんとなく立ち止まって辺りを確認する余裕も失われてきます。
自動車で走っていると実感がわきませんが、昔の人が夜の旅を避けたがった気持ちがなんとなくわかったような気がしなくもないような……。

結果的には走りに走って大垣まで着いてしまい、市街地のネットカフェに入って一泊です。
1日ぶりのはずですが、文明の利器に触ってホッとしてしまうあたり、自分はまだまだ軟弱だと自戒せずに入られませんでした。

そんなこんなで少々無理な長距離移動をしてしまった23日に対して、24日の移動距離は半分にも満たないごく近距離。
朝は6時過ぎに起床して、ネットカフェの朝食バイキング(!)で腹ごしらえをしたら出発です。
国道21号を辿って抜けるは、近畿と東海道・東山道を隔てる鈴鹿山地の北側。かつては不破の関や中山道が通った交通の要衝です。

道中に南宮大社なる美濃国一宮があったので、回送の安全を祈願して寄り道。
生憎と時間が早すぎたせいか社務所はおろか、境内を掃除する巫女さんすらいなかったのが残念でしたが、朱塗りの立派な社殿に参拝し、朝から少し元気が出た気分です。
この後、関ヶ原の峠に登るに従って恐ろしく温度が下がり、春装備では手足の先から凍えるような気分を味合わされましたが……なんとか無事に米原まで抜けることが出来ました。
IMGP0844.jpg IMGP0850.jpg
米原を抜けた後は、時間調整のために旧豊郷小で一休み。
旧中山道から琵琶湖東の田園地帯を抜けて、ぼややんさんの提供してくださった仮置き場所へと無事に到着となりました。

到着後はしばし彼の車で滋賀観光。
IMGP0852.jpg IMGP0855.jpg
信長の名城、安土城跡と安土城考古博物館を見学です。
IMGP0860.jpg IMGP0862.jpg
特に安土城考古博物館は安土城に限らず、滋賀近隣の考古資料を展示してあり、非常に興味深い内容でありました。


ぼやさんと別れた後は一路、京都に向かい夕暮れ時の伏見稲荷大社を観光することに。
日が傾き出した15時過ぎに到着したのですが、意外や意外にこれから参拝という方は私以外にも多くて混雑気味。
そもそもこの時間帯に来た事自体が、初めてだったのですが露店まで出てる賑わいで、こういうのもいいものかと思ってみたりです。
IMGP0901.jpg IMGP0914.jpg
そんな訳で境内をわざとゆっくり巡って意図的に薄暗くなるまで待機。
黄昏時の参道には、古びた街灯が言い知れぬ雰囲気を醸しだしており、期待通りの空気感。
この頃には携帯の住人以外には物好きが数人いるばかりの静けさを取り戻しており、なおさらいい雰囲気でありました。
ちなみに、下山してみると境内のライトアップと常夜灯で本社近隣はこの時間でも華やか。
三脚を立てて夜景を撮る人も居り、未だに賑わっておりました。


日曜日の帰路は大阪駅からの夜行バス。
最終便を選択したので0時前までぽっかり時間が空いてしまいましたが、大阪住みの友人やブシロードライブへの遠征で来ていた知人を捕まえて、駅前で飲み会をして過ごしました。


斯様な次第で無事に運んだこの週末。
月曜と火曜には小学校時代の友人との飲み会もあり、これで関東のうちに会っておきたい友人たちも粗方は会ったかなといったところ。
そもそも予習しなくていいのかという疑問もありますが……なんとかなるでしょう!

壮行諸事の話

近年稀に見るどころか、観測史上レベルで急速に桜が咲き始めていると聞く今日この頃。
急に過ごしやすい気候が定着してきたと思ったら、花粉も猛威をふるい始めるのですからたまったものじゃないのです。

未だ花見に行こうとするには蕾が硬いままですが、荷造りやなんやと作業をするには嬉しい限りです。
そんな中で万事遅々として進まない感があるなかでも、着実にこなしてしまうのがお酒を飲むお仕事。
具体的には友人方との壮行会等々と称した春の飲み会の連続した数日でありました。


初日は水曜日。
ついったやミクシィ以前からのネットの友人ハルジオン兄貴のお宅にて手料理での軽めな飲み会です。
イベントやらアレなアニメやらとは一線を画した創作や映画にも造形の深い御方、普段はあまり縁のない話題を交えながら、楽しく酒を酌み交わすことが出来ました。


なんだかんだで話題も盛り上がり、気がつけば終電の時間となってしまったのでこの日は帰宅。
明けて木曜日は日中こそ特に予定もなく作業をこなしていたのですが、夕方からは横浜に移動です。
学校の麓にあたる駅から最寄りのラーメン屋で長野人と合流して腹ごしらえをしたら、そのまま彼の家にてビールの流れ。
途中で後輩や下宿生もやってきて、安定のアニメを見ながら益体もない事を話して過ごす夜でありました。


この日は深酒する前に妙な速さで寝落ちしてしまい、なんとか正午前には起床することが出来た金曜日。
深夜からは再び長野人邸で飲むと決まっていたのですが、そこまで時間が出来てしまった平日の昼下がりです。
有給とって特にやることがない下宿生と連れ立って、どこかに行こうという話になり、そのまま朝霞駐屯地の陸自広報センターに行くことになりました。

以前にガールズアンドパンツァーを彼に勧めてみたところ、何故かハマってしまい以来ミリタリなことをネットで調べてイロイロと勉強しているのだとか。
戦車に興味があるなら、私も行ったことないし丁度いい機会だと、割と軽いノリで現代兵器の見学です。
IMGP0803.jpg IMGP0830.jpg
私自身、艦艇や航空機は見る機会があったのですが戦車や自走砲を間近で見る機会はなかなか無かったところ。
昨年の夏に総火演にて動いてる姿を初めて見物しましたが、目の前で見上げるような事はなかったので、戦車の想像以上の威圧感には驚くばかりでありました。
エースコンバットのようなゲームやらアニメやらでは当たって砕ける的のような扱いの戦車ですが、こうやって実物を見ると、確かに陸戦の王者と言われるだけのことはあると納得です。
戦車が存在するだけで歩兵は安心感が違うという誰かの言葉がわかった気がします。

ただこういう展示、兵器の頼もしさだけを知るのもいいですが折角の実物大の砲弾なども置いてある機会ですこと。
これが自分に向かって来たらということも忘れてはいけないと言うのが私の信条。
掠っただけでも四肢が千切れ鼓膜は破れ肺は焼かれ……etc。凄く痛そう恐ろしそうなのです。

そんなこんなで一頻り見学を終えたら、今度は何するよ? そうだ、夜の海を見に行こう! の流れ。
そのまま江ノ島まで行ってしまったのは、我ながらちょっと行程に無駄がありすぎたかもしれませんが、集合時刻までは時間が有り余ってたので致し方なし。
鎌倉から江ノ電に揺られて、日没頃に江ノ島に至り、コンビニでビールを買ったらふらりふらりと人気も灯りもめっきり減った江ノ島を再奥の磯場まで。
この日は夕方から曇天で月明かりもまともに差さず、本土側の街明かりから太平洋の明かり一つない暗闇まで、グラデーションのように変化する様が何とも言えぬ迫力があって面白いものでありました。

斯様な次第で夜の海を満喫したら、学校近くのスーパー銭湯で一風呂浴びてから長野人邸へ。
この日は某先輩も交えて、どうでもいいゲス話から人生設計まで……広く深く徹夜で語り合ったり、新社会人を脅したりしながら過ごして土曜日を迎えました。


徹夜で迎えた土曜日は意外と元気なもので、朝のうちには実家に帰還しそのまま仮眠。
午後から再起動して原付に乗ったら、気合と心意気を入れて静岡の父の実家へ向けて出発と致しました。
具体的には国道246号線を御殿場方面へ抜けて、裾野から富士山南麓の十里木高原を経由して富士市へ。
ここから今は県道となった旧国道1号線をなぞり、日没頃に海越しの富士山の眺望で名高い薩埵峠を越えて目的地たる静岡に到着です。

行程はおおよそ7時間、原付で行くには少々長距離が過ぎた感がありますが、やって出来ないことではないと確認。
乗ってきた原付は静岡に留置し、今度日を置いて更に西を目指す予定です。
最終目的地は転居先の奈良県。業者に回送を依頼すると、それだけで1週間くらい旅行出来てしまいそうな額なので、それだったらと自力でと思った次第でありました。

ちなみにこの日は彼岸の入り。
親戚も静岡に来ており、夜は当然のごとく親戚連中との酒席です。
今後のことについて「一か八かだね!」と煽られながらも、彼らの友人知人の例など示唆に富む話を聞くことが出来ました。


なんだかんだで気付けば勉強もせずに飲んでばかりの日々ですが、友人たちと話しても就職やら絶賛就活中やらと、それぞれの進路が動き始めていることを改めて思い知らされた気がします。
類は友を呼ぶせいか人生の一回休みをしている者が多い気がしますが、親戚に聞いてもストレートで社会に出てない人が多いとか何とか。
時代の流れなのか、なんなのか……この先を考えて動くのも必要だと、肝に銘じる機会となったように感じました。

実行できるかは……別問題ですが。

失業北陸旅行・北上の日

3月になり、正式に退職して約1週間。
紛うことなき無職です、どこにも所属していません。職業欄に無職と書かなくてはいけません。
最初の数日は部屋の整理やらで忙しく、気分も有給の延長のようでどうということ無いはずでしたが、日が経つに連れて徐々に現実が重くなります。
収入のあてもなく、特に義務的にやることが無い状態で日が過ぎていくと、言い知れぬ不安に襲われます。
実は社壊人に慣れていたのかと、枠から外れて気付く現実に戦々恐々です。
早く4月が来てほしいものです。


そんな不安を紛らわすためではありませんが、この週末は少々外にお出かけです。
諸般の都合で父親も連続した有給を取れたので、実家の車にて北陸まで行って来ました。

北上の日・南下の日内陸の日


出発は木曜日の朝方のこと。
関越道から上信越道を抜けて、北陸道を南下し目指すはざっくり”能登半島”。
スタート時点では、距離感覚を侮ってしまい「能登半島の入り口まで着けばどうにかなるだろう」と思って出発したのですが、見通しの甘さは似たもの親子。
車でチョロっと数時間の距離かと思いながら、富山を過ぎた辺りで改めて能登半島の北端、禄剛崎までの距離を確認したら軽く100km以上はあるじゃありませんか。
思ったより遠いねと驚き、まずは宿を確保しなくてはと、目的地を輪島市街に決定です。
IMGP7405.jpg IMGP7407.jpg
そもそも、宿も決めずに車で行く事自体が、オカシイ気もしますが……そこはそれ。
国道160号で能登半島の海っペリをなぞるように七尾市まで向かい、市街の道の駅で昼食がてらに休憩。
折角なのでと能登島を寄り道してから、国道249号方面へ車を走らせます。
ただひたすら走らせます。道の駅での休憩以外はあまり観光もしていないまさにドライブ。
冬の日本海沿いの景色と、どう見ても過剰品質な高規格道路で、走ってるだけでも結構、楽しいです。

斯様な次第で能登島から本土に戻ると、道路はのと鉄道と並走する区間に差し掛かります。
自動車の旅もそれなりに快調ではあるのですが、いかんせん根は鉄道好きの人、気にならない理由がありません。
加えて、この近場の西岸駅は先日見たばかりの精神摩耗アニメ”花咲くいろは”に出てきた湯乃鷺駅のモデル。
IMGP7419.jpg IMGP7421.jpg
寄って見るしかありません。駅舎の中がアレな感じってとこまで予想通りです。
駅舎の外観はこれでもかというほど鄙びたローカル線仕様。褪せた色合いといい、シンプルな構造といい絵になります。
2面2線のホームもなるほど、アニメのままの絵に描いたようなローカル線。
有り合わせの市販の鉄道模型を組み合わせるだけでも、造作もなく情景をジオラマに出来るんじゃないかと思えるほどステレオタイプ的な駅がそこにはありました。
IMGP7426.jpg IMGP7428.jpg
ちゃっかり本来の『西岸駅』の駅名票以外に『湯乃鷺駅』の駅名票まで。
設置されてから既に2年近く経っているせいなのか、いい具合に錆びが浮き始めているのが、逆に臨場感を与えてくれます。
湯涌温泉に置かれた北鉄バスの偽バス停といい……紛らわしいまでちゃんと作りこまれてるのが驚きです。

久しぶりのローカル線のホームにすっかり楽しくなってきたのですが、折角ならこのまま列車が来てくれればなお嬉しいところ。
本数が少ないのは十分承知の上ですが、ダメ元で時刻表を確認してみるとなんと5分ほどで列車が来る様子。
しかも我々の目的地と同じ下り方向!
これは僥倖、車は父に回送してもらい終点の穴水駅まで乗ってしまおうと思って、列車を待っていたら、やって来たのは妙に爽やかなカラーリングの車体。
IMGP7432.jpg IMGP7439.jpg
花いろ劇場版の公開に合わせたラッピング列車がやってきてしまいました。
下調べも皆無で時間も見ずに駅に行き、一発でこれを引き当てるとは、もはや運命の導きと称してもはばかる必要のないレベル。
幸運と呼べるのか否かは保留としても、選択肢はないのでこれに乗車。車内も案の定、花いろ一色だったのは言うまでもありませんでした。
ちなみに本来の作中と同じカラーリングは青と黒と白。穴水駅で無事に巡り合うことができました。

穴水駅でドライブ復帰後はそのまま県道1号にて輪島に一直線。
IMGP7456.jpg IMGP7454.jpg
輪島市街に着いたら最初にやるのは宿探し。かつてのと鉄道の終着駅だった場所に今は道の駅が建っています。
線路跡は既にほとんど無く、面影を留めるのは道の駅のデザインとバスターミナルの存在、裏手のホーム跡くらいなものです。駅名票の「シベリア」の文字がなんともブラックなユーモアにしか見えません。
そんな道の駅の中に、宿探しの定番、観光案内所も入居しています。

ここで奥能登の情報収集がてらに、民宿探しを受付の方に丸投げ。程なくして無事に決定したので宿のチェックインです。
荷物を部屋においたら、日没まではまだ小一時間の余裕があったので再び車に乗って、輪島郊外の高名な棚田を見物です。
IMGP7464.jpg IMGP7470.jpg
能登の棚田でも最も有名な白米千枚田。日本海に面した斜面に小さな田んぼを何段も重ねた景勝地です--が今回訪れたのは田んぼの水張り前の微妙な季節。
昨年の刈入れから、一冬寝かされたままの何もしていない田んぼが広がるばかりのオフシーズンでありました。
見栄えという意味ではお世辞にも良いとはいえない季節でしたが、逆に言えば余計なものもなく田んぼの構造がよく見学できる時期。
近寄ってみると、本当に水溜りのような小さい田んぼがあったり、田を支える土手が思いの外大きかったりと、色んな物が見えてきます。
何より驚いたのは、この棚田には海からの防備がまるで無いこと。イネ科は塩害に強いとか、水田は塩害になりにくいとか聞きますが、こんなに海風に吹きっ晒しで問題ないのかと、心配になってしまうほど。
この辺りの海岸線を走っていると、全体的に海から道や町が近いように感じていましたが、その最たる例のよう。
昔から機能してるのですからきっと問題無いのでしょうが、なんとも言えない荒涼感を感じてしまいます。
IMGP7478.jpg IMGP7489.jpg
そんなこんなで輪島に戻って一泊。朝は朝市を観光してから、輪島を後に出発と致しました。


南下の日→

失業北陸旅行・南下の日

←北上の日内陸の日→


輪島の朝市観光を満喫したら、再び沿岸沿いに能登半島を北上。
IMGP7496.jpg IMGP7544.jpg
平忠盛の子孫を称する地域の豪農、時国家の屋敷や、能登半島の岸壁を見物しながら目指したのは、半島最北端の禄剛崎です。
目指す突端は小高い丘の上。最寄りの狼煙集落という小さな漁村に車を停めて、坂道を5分ほど登れば到着です。
IMGP7550.jpg IMGP7551.jpg
驚くべき何も無さ! 灯台がぽつねんと立ち、ちょっとした広場があるだけ。
この最果て感を漂わせる素っ気なさはなかなかです。
次はもっと雪の多い季節に来れば、それはきっと宗谷岬以上に「大変なとこに来てしまった」という感慨を味わえてしまいそうな予感でありました。

この後は、更に海辺をぐるりと一周巡り南下の方向へ。
IMGP7561.jpg IMGP7571.jpg
須須神社なる源義経ゆかりの社に寄り道したりしつつ、宗玄酒造なる酒蔵で地酒の購入をしたりしつつ、珠洲市近辺から内陸の高規格道路で一気に南へ下りました。

南下して最初に寄ったのはヤセの断崖なるとんでもない岸壁。
IMGP7574.jpg IMGP7577.jpg
小説の舞台になったりそたそうですが、生憎と作品を知らないのでその点は割愛。
ただ、この一面の枯れ草とその向こうの断崖。吹き付ける風の強さに、海岸の木々が不自然な方向に曲がっているのが印象的な光景でした。

そして、能登半島で最後によったのは能登国一宮の氣多大社。
祭神はオオナムジ、出雲大社の祭神オオクニヌシと同一とみなされる神様ですが、ここでは出雲から能登に入り開拓して鎮座したとの由緒。
IMGP7591.jpg IMGP7593.jpg
社叢が禁足地であったり、一部でパワースポット扱いだったりしますが、私として巫女さんがいることが重大事項です。
能登一体は歴史の古い地域だけに、輪島の氏神様や道中の須須神社など種々の神社があり何社かめぐったのですが、生憎とどこも神職不在のところばかり。
これだけ神社があれば巫女さんも沢山いるかと見込んでたのですが、あてが外れてようやくと言った次第です。
ちなみに広々とした境内は平日ということもあってか、静かな雰囲気に包まれた落ち着いたところでありました。


氣多大社に参拝後は、夕暮れの時間も近くなっていたので、そのまま金沢に向かい再び観光案内所で宿を確保して一泊することに。
この数日は日没後も過ごしやすい気温の日が続いたので、古い町並みの残る茶屋街までフラリと夜の散歩に行くことに。
IMGP7608.jpg IMGP7611.jpg
古風な街路に提灯が輝く趣ある空間、格子窓の内側からは華やかな芸姑さんによる遊びの音色が響いてくるのですが……残念ながら庶民は外から伺うだけの世界。
せめて写真暗いと思いましたが、三脚のない状況では夜景も上手く行かず、世知辛い世の中です。


←北上の日内陸の日→

失業北陸旅行・内陸の日

←南下の日

金沢で一夜を明かした次の日は、奇しくも花咲くいろはの劇場版が石川県内限定で先行上映される日。
どうしたものか、友人知人が何人か金沢入りし始めていたのですが、そんなこと全く知らなかった私はついったのTLに驚愕しつつ、北陸観光一本です。

朝一で行ったのは金沢の中心部近くにある武家屋敷群。
こちらも歴史的景観の残る地区ですが、茶屋街とは全く違った土壁に囲われた引き締まった空気。
雪から土壁を保護するために掛けられている筵のようなものが冬の風物詩だそうで、のっぺりとした土壁にアクセントを加えて、なんだか一層格好良く見えます。
IMGP7628.jpg IMGP7637.jpg
また一部の屋敷は内部を見学できたり資料館になっていたりもしています。
武家屋敷群の外れには下級武士の一軒家、足軽資料館なるものも。
IMGP7647.jpg IMGP7651.jpg
上級武士とは打って変わったえらく庶民的な雰囲気もさることながら、何故か花いろのポスターが貼ってあったのも砕けた雰囲気。
階級が歴史の異物となった時代でも、やっぱり何か違うんでしょかね? 不思議なものです。

武家屋敷の次はお土産物の購入も兼ねて、再びひがし茶屋街へ。
IMGP7656.jpg IMGP7663.jpg
昼の茶屋街は当然ながら夜とは違った雰囲気。夜の趣ある感じも好きですが、観光地然とした賑わった空気も嫌いじゃないです。
昼のほうが心置きなく路地裏散策もできますし、迷子の顔してうろついても不審な目で見られることもないですし、気楽なことは良いことです。

一頻り巡るところを巡ったら金沢市街を離れて、加賀・越前の寺社仏閣巡りへ。
道中に金沢カレーなるご当地グルメを食べてから、最初に寄ったのは白山比め神社。
IMGP7671.jpg IMGP7690.jpg
霊峰白山を祀る全国の白山神社の総本社。
白山は富士山や立山と並ぶ霊験あらたかな名峰、開けた処にでると雪をかぶった見事な山容が拝めるのですが、何故かその遥拝所に起源を持つというこの神社からは境内の林が視界を遮って見ることが出来なかったり。
ちなみにこの神社、加賀国一宮であり、白山の祭神ククリヒメが縁結びの神でもあることから、縁結びとしても名高いのだとか。
そろそろ、真剣にお嫁さん下さいと拝んでおきたい年頃ですし、神頼みにも熱がこもってしまいます。

続いてはお隣福井県の古刹、永平寺。
IMGP7700.jpg IMGP7687.jpg
あまりお寺には詳しくない私でも名前くらいなら聞いたことのある名刹があったのは、本当に市街から離れた山の中。
門前町以外の集落は近くにない隔離された土地で、今も若い僧が実際に仏道修行に励んでいるのだとか。
参拝に訪れた時も観光客の合間を縫うように修行僧が行き交い、伽藍の清掃や何かの作業に励んでいる様子が伺えました。
加えて、本堂の前を通るときは神社の神職同様に必ず一礼するのですが、その所作が格好いいことに感心です。颯爽と荷物を携えたまま、片手で一礼。真似できたら、なんか粋な感じがします。

3ヶ所目に向かったのは平泉寺白山神社。
先の白山比め神社や岐阜県側の白山神社と並ぶ白山信仰の中心拠点だった社の一つです。
IMGP7722.jpg IMGP7728.jpg
平泉寺の名の通り、廃仏毀釈以前はお寺として白山を祀っていた箇所だったのだとか。
室町時代までは多数の僧兵を擁する一大勢力であったのですが、加賀の一向一揆に一度攻め滅ぼされてからは、かつての勢いを失ってしまったという諸行無常の地です。
雪かきも最低限といった境内は、ワビサビの世界というやつでしょうか。ある意味、趣があっていいのです。
またこの近くには往事の繁栄を発掘結果から紹介する資料館もあって、割と興味深いものがありました。


そんなこんなで寺社仏閣巡りも粗方終えたら、折角近くまで来たのでと最後の仕上げに福井県立恐竜博物館へ。
IMGP7761.jpg IMGP7743.jpg
福井県は地層の関係か恐竜の化石が大量に見つかる土地柄、恐竜博物館にも力が入っており、質・量ともに世界レベルと言われてるのだとか。
多数の全身骨格に、珍しい皮膚付きの化石や、復元された恐竜のロボットまで。
小さい頃に「恐竜図鑑」で見た写真と同じ有名化石もあればここ数年の研究成果を反映した最新の展示まで。
これを目的に来ても十分に楽しめたと思えるほど、充実の展示であります。
到着したのが遅くなってしまい、全部をゆっくり見て回る前に閉館時間になってしまったのが残念な限り。機会があれば、またぜひとも訪れたいところです。
また、もう一点残念だったのは展示の一区画が新しい化石の展示準備のため入れなかったことですが、この区画も特に囲いがあるわけではなく、通行止めの看板には「舞台裏展示中」とモノは言いようなコメント付き。
IMGP7751.jpg IMGP7759.jpg
準備中の仮組みの化石がカバーしてあったりする様は確かにこれはこれで面白いのかもしれません。


斯様な次第で見て回ったら、流石にそろそろ帰路につく時間。
帰りは九頭竜湖の方から街道を経由して東海北陸自動車道と中央道で関東へ。
幸いに道も順調だったので、日付が変わる前には実家に帰り着くことができ、この旅も終わりを迎えることとなりました。

←南下の日

そんなこんなでニートなのに呑気に旅行したりして、罪悪感がないわけではないのですがそれはそれ。
自動車での行き当たりばったり旅行も悪くないものだと思える3日間でありました。
ただやはり寝てれば移動できる鉄道よりは……お酒も飲めずつかれたのが正直な処。
黄砂がひどかった日曜日は、殆どグッタリしているうちに終わってしまったのが反省点でしょう。

埼玉撤収のこと

急に気温が穏やかになってきたと思ったら、いつのまにやら3月。
年明けたばかりと思っていましたが、時の移ろいは早いものです。

そんな早い時の流れに紛れて、ちらりと先日も触れましたがこの4月より大学院に行くことにいたしました。
その関係で、今週末は会社を去り埼玉を脱出する作業でありました。

金曜日は同期と最後の飲み会を催し、続く土日を利用して片付けと引越し作業。
この3月中は実家に留まり、来月改めて新天地へ移り住む予定です。

そんな訳で今月はまるまる無職。
このどうしようもない頼りない感覚……参ってしまいますね。

 | ホーム | 

カレンダー

« | 2013-03 | »
S M T W T F S
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -

中の人について

molmol

Author:molmol
連絡先:aria_freak@ホットメール、mixi


社会的圧力に負けて働き始めた巫女好き提督。2年かけて回復したSAN値を瞬く間に失い、工場街のおんぼろアパートでサバイバルなう。

何かにつけて神頼みする近所のお稲荷様に感謝

個人的リンク

私が勝手に(無断で)貼ったリンクもあります……。 どうか、ご配慮願います。

分類……してないなぁ?

"兵站"内の探し物はこちらへ

月別ログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2Ad