月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


転居なう

例年より何日か遅れの桜の開花情報も流れ始めて、やっとこ春っぽい日が戻ってきた3月末。
油断してたら3月もあと1日強を残すだけです、恐ろしい。

そんな訳で、去る27日の日曜日から順次引越し作業をしておりました。
業者を使わず、車に荷物を積み込んでえっちらおっちらと運びます。
大した家具もないので、同時並行でホームセンターから家具を買いだしたりしつつ……最大のお荷物はPC程度の軽量な引越しです。
とは言っても、流石に実家の車に荷物の全てを詰め込めるわけでもなく、火曜日にも出直して追加の荷物やら自転車やらを運びこみ。
一段落着いたら、だいたいこんな具合です。
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メタルラック大好きです、ハイ。

ロフトスペースの関係で大型の本棚が持ち込めないのが残念なところ。
背の低い本棚か、はたまたケースでも買うのか、どうするのかは今後の検討課題です。
そんな訳で住民票やらも埼玉県に移動。
趣味も兼ねて新居周辺の地誌なんかも調べたのですが、びっくりですね。
標高4m程度の湿地帯に、江戸時代初期の誰かが草や何やを敷いて道を切り開いのが歴史の始まりだとか。
そのため、全体的に平坦で水害には弱い地域だとか……少し自転車で走っただけでも驚くほど道が平らで走りやすくびっくりしました。
コレなら、チャリでの行動範囲も一気に広がりそうです。
都市部でも平気で坂道があり、港街横浜ですら少し海から離れれば標高10mは固い神奈川とは全く性質の異なる地形です。
ちなみに街そのものは宿場町でもあったらしく、戦後ようやく人が住み着いた様な地元よりは、良くも悪くも歴史を感じさせる建物や道が多く感じました。


もっともネットはもう暫く通じないようですし、研修先との位置関係もあるのでもう暫くは自宅で生活の予定。
この日記も自宅からです。
さいたまのお家は居るのかいないのかよくわからない状態にしておく心づもりです。
唯一の問題はメインPCは引っ越してしまって無いことですが……ノートPC様がいらっしゃるので無問題。
研究室から引き上げて以来、居間でのネットにお留守番役にと、場所を選ばないノートさんの無双状態です。


それはそれとして、時間つぶしに念願のロロナのアトリエをやっているのですが……クーデリアさん、かわいいですね。
危うくロリコンの仲間入りをしちゃいそうで怖いです。

卒業式

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中止になった卒業式に替えての学位授与式があったのは24日水曜日。
続けてその次の日は、イベンターたちと野音に集まり追い出しコンパ。
不意打ちのサプライズで、お手製のネタ的な卒業式をやってもらいました。

25日は陽も傾きだした16時過ぎに学校の野音と呼ばれる広場に集合。
この日は追い出しコンパを兼ねたイベントということで、他大の方達にも声をかけての大所帯で開催です。
地震の影響でイベントの自粛ラッシュもあり、私自身も久しぶりのイベントです。

やったことは先日の先輩の誕生会と似た様なノリ。
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夜まで野音でサイリウムを投げたり、ヲタ芸したり、お酒飲んだりしながら騒ぎまわり、21時頃から横浜の居酒屋に移動です。
居酒屋では3時間ほど、ビンゴをしたりしながらのイベントやらなんやらのネタで雑談。
ちなみにビンゴ大会は抱き枕を引き当てました。
これで一人暮らしも寂しくありませんね!!

その後はおなじみのカラオケに移動。
初めてやったときは面食らっていたものの、もはや見慣れてしまった椅子運び出し作業からスタート。
ナチュラルな動作で中央に運動できる広場を作ったら、DJ機材をつないで簡単な打ちイベ状態です。
途中からDJをカラオケに戻したのですが、基本的にやってることは同じ。
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午前6時まで打ち続けた嵐のあとが不自然なテーブル配置に遺されていました。


入学した頃はサークル活動なんてろくにやってなかっただけに、まさかこんな盛大な形で追い出されるとは夢にも思いませんでした。
企画してくれた先輩や幹事、参加者には本当に感謝です。ありがとうございました。
そして、残念ながらこれで大学生として参加できるイベントは最後。
土日のイベントなら普通に参加できると思うのですが、平日の突発イベに参戦することは叶わなくなるかと思うと寂しい限りです。
学科の知り合い達は大半が留年や進学で学校に残ることと比べると、本当に名残惜しいです。
出来る事なら、留年の一つもやっておけばよかったかと考えてしまいますね。


入学した頃は旅行したりアニメ見るくらいだったはずなのが、気付けばこんな次第です。
大学の最初の頃は、学科の友人やネットの繋がりと遊びながら、たまに旅行やコミケに行く程度だったはず。
それはそれで見たこともなかった風景や出来事に巡りあい、多くの出会いもあって本当に楽しいと、それだけで満足する予定でした。
しかし、ひょんな拍子に水樹奈々さんのライブイベントに行って以来、すっかりその魅力にハマってしまったのがすべての始まりでしょうか。
あとはなし崩し的に色んなライブに行き、友人を引き込み、挙句には学内の同好の士との繋がりまで見つけて、今ではすっかり趣味の柱の一つにまでなってしまいました。
この繋がりもまた多くの出会いや、旅行と絡めた遠征。
ネットとリア友の垣根が曖昧になるような交流もあり、見える世界が変わってしまいました。
たった4年、ライブイベなんて2年に過ぎないのに、本当に将来どんな出会いがあるかは予想もつかないですね。


残念ながらこれで学生廃業。
同時に暇人の看板も降ろさなければいけないでしょうが、どうにか時間をやりくりして今後ともイベントや旅行は続けていくつもりです。
スカイプやツイッターもあるので、今後もこの手の知り合いとは付き合いが続くことだと信じてます。
ネットに出る機会や頻度も減ってしまうかも知れませんが、どうかこれから先も宜しくお願いします。

謎の引越し準備

電力不足の影響で近所のJRが運休したり減便されたりと振り回されてる3月第3週。
計画停電とやらで次々と町が暗闇に沈められるなかでも、我が家の近辺は何故か計画停電の網からは漏れている状況。
近所に米軍基地があるから? なんて始めは冗談で言っていたネタが段々と真実味を帯びてくる今日この頃です。

そんな日々の中ですが「こんなご時勢ですが」を接頭辞につければ何でも言えてしまう気がしたりしなかったり。
例えばこんなご時勢ですが、PS3を購入してみたり。
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別に毎日地震のニュースで飽きたからとか、ネタと酔狂で買ったとか言う訳では無いです、はい。
もちろん財布に余裕があるわけでもありません。

今度、一人暮らしをするにあたって幾つか家電を揃えなくてはいけないので、その一環としての配備です。
現状、手持ちのテレビはPCに組み込んだアナログチューナーだったのですが、折良くというか言うべきか否か先週の金曜あたりに録画機能が故障してしまいました。
そこで新しく買う必要が出てきたのですが、どうせ地デジテレビを買うなら録画できた方が良いよね! という論法にてレコーダーの代わりとしてトルネ同梱版を選んだ次第です。
現状では画面はないので、PC用モニタに繋いで使う予定。アニメを録って見る程度の使用しか想定していないので、これで必要十分でしょう。

そんな訳で土曜放送予定のおちんこで録画試運転の予定。
あとはLAN経由でPC内の音楽ファイルを開く機能も感動的だったのですが、こちらはワンルームに移ったら使う予定が無くなりそうな予感。
とりあえず今の家に居るうちに色々と試してみたいところです。


余談ながら、先日ある予定だった内定先の入社説明会。
鉄道の混乱等々で延期となってしまったのですが、その後の続報がない状況。
友人達からは「内定取り消(ry」と脅されてますが、流石にそこまで軟弱な会社ではないと信じてます。
しかし規模は決して大きくない会社だけに……モラトリアム延長を密かに期待してたりなかったり。
これ以上は迂闊なこと言うと天罰が下るので、お口にモザイクです。

地震前後のこと

少々、更新が滞ってしまった間に大きな地震がありましたね。
まず、どうにか私やその身内では大きな被害がなかったので、そのご報告から。

忘れないうちにこの頃のことを大雑把に。
去る11日金曜日はちょろっと津久井の方にある相模湖までドライブに行ってました。
具体的には甲州街道小原宿の本陣見物。
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神奈川県下に残る唯一の宿場本陣だということで、一度見学してみたかった次第です。
ふわっと見学したのち、牧場峠を回るドライブをしてから相模原市街を経由して帰路に。

地震に遭遇したのはちょうどその道中のこと。
偶然、信号待ちしている状態で車が妙に揺れる揺れる。
初めは何かすれ違った車の風に煽られたのかと思ってましたが、妙に揺れが収まらない。
気付けば街全体が揺れてる。しかもなかなか終わらないじゃありませんか。
ふと前を見たら信号が消えていることに気付いて、漸く事態の重大さに気付いたのが正直なところです。
しかし、この時点では東北で深刻なことになってるとは知る由もなし……。
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停電した町では、何故か遮断機だけは一丁前に稼動中。
到底、電車が動いてるとは思えない以上、踏切が開くのを待っていては日が暮れると判断して、カーナビの地図を見ながら迂回路巡りです。
アニソンをたれ流して不安を打ち消しながら道を探し、ときに年度末の道路補修工事に泣かされながら、どうにか倍の時間程度をかけて帰宅です。

その後は特に何もなくお家で大人しくしていた次第。
段々落ち着いてきた土曜の夜から、横浜の友人宅に集まっていたことくらいでしょうか。

こんな時期に何ですがパソコンのTVチューナーが壊れました、地震とは全く関係の無い事象でしたが、これが一番痛い。

卒業北東行旅・その1

寒の戻りとか言う奴でしょうか、ほんの一時だけ暖かくなったと思ったら真冬に逆戻りしてしまった3月初め。
世間では色々とあったようですが、1週間弱の間だけ浮世から隔離されていたの全く把握していない次第。
イベンター生活で枯渇した資金を掻き集めて、意地と惰性で長期休み恒例の旅行に行ってた訳です、はい。

おそらくは最後となってしまうかもしれない、お気楽と気ままを主成分に財布と相談しながら進路を決める貧乏旅行。
今回の方向は冬なので北! 防寒対策に力を入れて、着替えと電源、少しの洗面用具を持ったら、いざ出発です。


寒いので北に行こうと、我ながらちょっとわからない理論を展開しつつ、3/1の早朝の東北本線に乗り込み北進開始です。
宇都宮から郡山を抜けて、福島を通過し先日も訪れた仙台も今回は中継地点。
小牛田、一ノ関を過ぎて花巻で釜石線にお乗換え。
幸か不幸か通学時間にぶつかり、学生さんの驚きの黒ストッキング率に少しだけ高揚した気分で釜石へ。
山田線に乗り換えたら、この日の目的地の岩手県宮古市に到着です。
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本州最東端の街だそうです。ちなみに北端は大間、南端は串本、西端は下関。串本と下関はいったことあります。
初日は移動だけで16時間ほどを費やしてしまったので、そのまま予約していた宿に入りお休み。
流石に今回は寒い地方に行くので、警戒して予め宿を手配してました。

一夜明けて3/2は朝の7時頃からまったりと行動開始。
魚菜市場という所に行こうと思ったのですが、あいにくの定休日だったのでとりあえずは駅前に移動です。
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駅待合室の大漁旗がいい味出してますが、近くにあったポスターにツッコんではいけないと思います。

当初の予定では、ここ宮古に引き篭もってるアリソンさんが車を出してくれるというので、好意に甘えて駅で合流する手筈となっていたのですが……。
前日のうちからツイッター上で寝坊フラグを立ててた彼、見事に回収してくれました。
約束の時間になったところでメールも電話も反応がない。
寝坊と遅刻はイベンターたちの十八番なので慣れっこでしたが、イベンター強制自粛中の彼でもその習性だけは抜け切れなかった模様です。

イベントに行けなくても体はイベンター……なんて戯言は置いといても、起きるのを待ってるにはちょっと暇すぎる駅前。
仕方ないので先に行ってるとだけメールして、路線バスに乗り込み、お先に観光です。
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景勝地、浄土ヶ浜。実のところ全く知らなかったのですが、宮古の観光地として調べてみると真っ先に出てくるので真っ先に行ってみることにしました。
基本って大事だと最近つくづく思います。
沿岸が遊歩道になっているので、てこてこと歩いて散策しましょう。

冬場の平日に三陸までくる酔狂もそんなに多くなかったようで、朝っぱらから散策してる観光客は私一人。
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この寂しい雰囲気、恐山を思わせるものがありますが、それ以上に人がおらず、なかなか癖になります。
曇っているため、写真映りは今ひとつですが、白い岩の目に付く海辺は確かに良い光景でした。
夏は海水浴場になるようですが、人がいないこの雰囲気の方がきっと私好みでしょう。

浄土ヶ浜まで来ても遊歩道まだ続く。行って戻ってでは芸もないので進んでみましょう。
遊歩道は浄土ヶ浜近くのレストハウス裏から森へと続き、少々薄気味悪いトンネルへ。
前日に「明かりのないトンネルには霊が溜まりやすい」なんて話を読んでいたので、ちょっと嫌な感じもしましたが病は気からです。
一思いにトンネルを抜けると、道は再び入江に行き当たります。
ところどころに船を停泊する場所や、作業小屋のようなものが見られる海岸沿いの道をさらに先へ。
岩場が海に突き出して作り出す複雑な海岸線は、先の見通しが悪くてワクワクしますね。
もう一度だけ、海に飛び出した岩を繰り抜いて作ったトンネルをくぐると、眼に入るったのは大きな橋と海を望む墓場でした。
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海岸沿いの道はここで終りを告げ、内陸へ。選択肢もないので惰性で突き進むと、すぐ裏側には集落がありました。
漁村特有の入り組んだ道を勘と山当てでぐるりと一周して何とかスタート地点にゴール。
この散策の途中で、アリソンからの連絡もあったのでゴールで合流してもらうことにしました。

さて、合流して車を確保したので次の目的地は少し郊外。潮吹き穴というところ。
名前に惹かれたから選んだなんて言うのは公の秘密です。
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よくわかりませんが、とりあえず風当たりが厳しい地形。
浄土ヶ浜とは別の方向性ですが、やはり荒涼とした感じです。
潮吹き穴そのものはその名のとおり、海岸沿いの穴から潮が吹き出してました。
良くも悪くもそれだけといいますか……穴そのものより周りの景色が良かったので満足です。
余談になりますが、海岸線でよく見かける背の低い針葉樹ってなんて言う植物なんでしょうね。
過酷な環境でも頑張って這いつくばって生きているようで、結構好きな植物です。

潮吹き穴を眺めてもドライブはまだまだ続きます。
北に向かってしばらく進み、内陸部に進路を向けてたどり着いたのは岩泉の龍泉洞。
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改修工事中……。
ちょっと間が悪かったですね。ついでにこのタイミングでデジカメも故障。
故障自体はメモリーカードを換えたら直ったので問題ないのですが、何なんでしょうね。
浄土ヶ浜で無縁仏にカメラを向けたのが祟ったのでしょうか。
もっとも、お陰さまで資料館の方には無料で入れましたし、係員の方からお土産も頂いたので、悪くはなかったのかもしれませんが。
ちなみに資料館こと龍泉新洞科学館もまた龍泉洞に隣接したひとつの立派な洞窟。
分かりやすい解説付きで、これ単体でも十分に来た甲斐はあったと思えるものでした。

宮古へ戻る途中で昼食のラーメンを食べて、電器屋でメモリーカードを購入して道の駅でマッタリ。
物産コーナーで土産物等々の雑談をしながら、列車の時間まで調節。
地元民がいると、土産物コーナーの商品も色んな余談が聞けて面白いですね。

そんな訳で15時過ぎまでグダグダしたら、三陸鉄道に乗車して青森へ向けて出発です。
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まずは北リアス線で琥珀の町、久慈へ。
"不思議の国の北リアス"のキャッチコピーはちょっとよく解らないですが……一度、観光してみたい町です。
しかし、今回はそのまま八戸線に乗継ぎ。
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寒そうな三陸の海沿いを走る国鉄型の気動車。
北東北のロマンをそのまま現実にしたような列車、素直に乗れて良かったです。

八戸線の終点八戸駅から青森までは、青い森鉄道に乗車。ちょうど、去年の12月に東北本線から変身したばかりの区間ですね。
到着後はそのまま青森駅の待合室で急行はまなすの到着を待つことで、初日と二日目の旅は終りを告げました。


その2→

卒業北東行旅・その2

その1より続けます。

青森駅にてこの日の宿も兼ねた夜行急行はまなすに乗車。
客車列車自体、なかなか乗る機会がないのでテンション上がっちゃいますが、それに加えての夜行列車。そして北海道の札幌行き。
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決して寝心地の良い列車じゃないのですが、はまなすも大好きです。
前回、北海道に向かったときは自由席を利用したのですが今回は念を入れて指定席。
もっとも平日ということもあってか車内はガラガラ、二人分の席を使って悠々と寝たまま起きれば札幌です。

外に出てみたら、あら吹雪いてる……。
しかし今回の目的地は札幌よりさらに北に設定してあるので、この時点では問題なし。
軽く散策したいなと思っていましたが潔く諦めて、駅舎内で次の列車を待ちます。
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函館本線の赤い列車に乗り込み、しばらく移動していると、電車は真っ白ですが外は晴れ模様に。
この列車の終点の滝川駅で一旦下車したら、ちょっと小細工するために新たな切符を購入です。

購入したのは特急券と乗車券。
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本来であれば全線"北海道&東日本パス"を利用したかったのですが、鈍行だけではダイヤの都合で明るい時間帯に目的地に到着しない事が発覚。
苦肉の策ですが、最低限の部分だけ特急列車ですっ飛ばすことにしました。

そんな訳で深川駅から再び鈍行列車に乗り、旭川駅に到着。
ここから宗谷本線に乗り換えて、ただひたすらに半日間、雪原を進む作業の始まりです。
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まずは快速列車で名寄駅まで。ここまでは北海道らしい光景こそ広がりますが、まだまだ普通のローカル線。

ここから先が本番で、今回の旅の最大の目的、稚内行き普通列車の旅の始まりです。
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いきなり、車内に沿線自治体の広報誌受けがあることにちょっと虚を突かれました。

そして、こんなホームだけの駅や貨車を改造した様な待合室のみの駅。
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駅周辺の設備からして格が違いました……。

そして駅もさる事ながら風景も本当に興味深いです。
よく話しに聞く地平線こそ見られませんでしたが、見渡すかぎり続くなだらかな地形とそれを覆う雪景色。
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見果てぬ雄大さは本当にスゴイの一言に尽きます。
また、駅のある集落も唐突に雪原にポコポコと家が現れるような印象を受けました。
山間部の路線ならば谷間や盆地、沿岸部なら入江など、普段知っている土地では集落は地形に従って存在しているのですが、ここでは本当に脈絡もなく現れているように見えます。
もちろん、私が知らないだけでこの雪景色の下に合理的な理由が隠れているのかもしれませんが、それがわからない身としては本当に興味深く感じました。
近代以降に開拓された土地ならではの光景なのかも知れません。
加えて建っている家々もどこか本州や都市部のそれとは何となく違う雰囲気。
何が違うのかよくわかりませんが、ふと写真で見た南極の基地を思い浮かべるような不思議な感じがありました。

そして幌延近隣で無事に北緯45度のラインも越え、列車交換も兼ねた一休み。
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この時間を使って駅舎探査。電光掲示板を使わない昔ながらの次列車案内がいい味出してます。

この幌延からさらに小一時間。
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ついにこの日の目的地、JR最北端の駅稚内に到着です。
我ながらよくやるわの一言……頑張ったなぁ。

流石は最北の駅前、凍てついてます。
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若干、吹雪いていて面食らったのですが、折角冬に北の果まで来たのですからこのくらいの方が来た甲斐があったというものです。

一旦、この日の宿に荷物を置いたら、夕食探しを兼ねて軽く市街散策。
風が吹いたり止んだりする程度のノリで、吹雪いたり凪いだり、ちょっとした地吹雪体感ツアーですね。
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そんな訳で町を歩けば最初に町外れの丘の上の神社を発見。
見つけてしまった以上は、まずはこちらに参拝。
ついでに丘の上なので、町並みも一望できます。
北の果とは言えれっきとした港もある宗谷地域の拠点、家も立ち並び小都市の風格です。

麓に降りて、駅前の商店街で夕食のラーメン。
ついでにスーパーで翌日のご飯を購入です。
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その後は線路を挟んで海側の北市場でお土産を購入して、宿に帰還。
一息ついて、ほぼまる一日移動していた3日目が終りを迎えました。

←その1その3→

卒業北東行旅・その3

その2より一夜明けた3/4のこと。

朝はゆるくまったりと7時に起床。
そのまま軽く朝食を採ったら、駅前のバスターミナルから朝イチの宗谷岬行バスに乗車です。
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若干どころではなく視界が悪い横薙ぎの吹雪ですが、バスは物ともせず定刻通りに走ります。
市街散策でも思いましたが、氷結路面でも何事も無いかの如く車を動かす地元民は凄いです。

1時間近くバスに揺られ、2つほどの集落を過ぎ、海辺の国道を駆け抜けた先がかの憧れの最北端の地、宗谷岬です。
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-3.0度です、寒いわけです。

そして当然のごとく、この季節のましてや平日の朝イチでは誰も居ない。
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お土産物屋すらやってないのはちょっと残念でしたが、やはりこのくらいの方が最果て感があってロマンですよね。
寂しくなんて無いんですから!

それはそれとして折り返しのバスが来るまでの30分ほどが観光時間です。
"最北端の地"で記念撮影をしたら、その岬を見下ろす高台まで行ってみましょう。
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旧日本海軍の北辺監視用の望楼と、灯台があります。
特にこの望楼は道内でも屈指の古さを誇る建造物だそうで、風雪が容赦なく吹きつける高台にあって100年以上、岬を見守り続けている姿は本当に格好いいです。
それにしても、この北辺で海軍の兵士たちは何を思いながら守りに就いていたことでしょうか。

一応、どんな景色かも見てやりたいと、望楼に登って眼下の光景を何枚か。
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左側が岬と駐車場、右側の遠くに見えるのは最寄りの大岬集落です。意外と近くに集落があるのが驚きです。
ここから天気の良い日には海を挟んで異国が見えるのかと思うと、感慨深いです。

そんなこんなしているうちにバスの時間も近くなったので折り返して、稚内駅前に引き返します。
札幌方面へ向う列車の時刻も迫っていたので、駅で"稚内牛乳"を購入して乗車です。
この稚内牛乳、凄く濃厚でバターのようなものまで浮かんでいる代物。搾りたてという奴なのでしょうか、美味しかったです。
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そして帰りも列車は雪原を進み、名寄で乗り換えて旭川に至ります。

ふらっと出来心で旭川から富良野線を経由しつつこの日の宿泊予定地、札幌へ。
これでこの旅行の最大の目的は達成されました。
あとは何をしても全ておまけですが、折角ここまで来たのですからもう1日くらいは滞在です。

と、言うことでこの日は久しぶりにネットカフェに宿泊。
大都会札幌であればわざわざ宿を確保せずとも、無事に何とかなり幾日ぶりかのインターネット環境です。
普通の宿の寝心地のよさも確かに捨てがたいのですが、移動しながら気分でルートを決める私のやり方では、やっぱりネット環境が使えるネカフェの方が何かと勝手いい次第。
フェリーと夜行とどっちがいいかとか、明日はどこを観光するかとか――あれこれと楽しい悩みを繰り広げながら、寝ることに致しました。

←その2その4→

卒業北東行旅・その4

その3より、一夜明けた3/5のこと。

宿泊したネットカフェが時計台の近くだったので、駅に向かう前に寄り道。
俗に実物を見てガッカリする名所の代名詞みたいな扱いですが、言うほど悪く無いと思います。
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その後、エキナカの喫茶店で朝食をとって函館本線に乗り小樽駅へ。
あまり関心も予備知識もない街でしたが、札幌からの直通電車が沢山あったのが決め手。
今回利用したフリーきっぷのチラシにも写真が使われてましたしね!

そんな訳でまずは小樽駅前の観光案内所で市街地図をもらい、荷物をコインロッカーに預けて適当に出発。
駅前の大通りを暫く歩けば運河に行き当たります。。
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運河沿いに工場や倉庫が建ち、船が並ぶ光景。
運河――というよりも水運の町ってどうしてこう、どこに行っても良い雰囲気の街になるのでしょう。
ここもまた絵になる光景です。

地図を見ると運河沿いに倉庫群が並び、西端には博物館があるということで、まずはそちらへ歩いてみましょう。
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明治期から残る木骨石造りの倉庫は、永い風雪にも耐えてきた風格があります。
驚いたことにはこれらの歴史的倉庫も未だ現役な雰囲気で、隣にトラックが停まっている光景もあったりなかったり。

そして行き着く博物館。
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てっきり倉庫や運河の展示かと思ったら、鉄道関連が主たる様子です。
何でもこの小樽~札幌に鉄道が敷かれたのは、京浜と阪神に続いて日本で三番目だったのだとか。
もとはアイヌとの交易地だった事に始まり、札幌の外港や北前船の交易地、内陸の炭鉱からの積出港と交通の要衝としての役目を果たし、ひいては道内の商業と金融の中心都市となった歴史を誇る町。
鉄道もまた運河や倉庫群と並ぶその繁栄の証しとして、博物館には外せない展示なのだとか。

そんな訳で博物館の外には転車台を始めとした鉄道の屋外展示もあったのですが、こちらは残念ながら冬季閉鎖中。
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またそれとは別にすぐ裏手に続縄文文化の壁画が残る洞窟もあったのですが、こちらも冬季閉鎖中。
世知辛い世の中です……。

続いて今度は運河近くの旧日本郵船小樽支店を見学。
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この日は土曜日でしたが、比較的早い時間だったの私が来たときには誰もいない。
そこにひょっこりと若いのが一人で入ったものですから、案内人のおじさんが普段は触れないことまで解説していただけるとのこと。
お言葉に甘えてお話を聞くことにすると、工学系の学生ということで、建物の歴史や意匠に限らず、面白い構造や当時の建物の運用などなど――明治期の文化から技術にいたるまで博物館より詳しく興味深い貴重な話を沢山聞かせていただきました。
この建物は明治の建築当初からほとんど手を加えられてないとかで、特に1階部分は玄関や柱どころか扉やシャッターの様な可動部に到るまで当時のままなのだとか。
実際に触って動かさせて頂いたのですが、本当に古さを感じさせない滑らかさで驚きました。
当時の職人の丁寧な仕事ぶりと品質の高さには、技術者志望として感服するばかりです。

また2階部分は日露戦争当時の外交会議に使われたとかで、その当時の様子などの展示となっておりました。
そんな訳で少々長居してしまいましたが、面白いものが見れたので大満足の見学を終えたら、次は駅前の通りを挟んで東側へ。

とりあえず先程の博物館の別館、運河館の見学から。運河の展示が無かったのは運河沿いに別館があったためでした。
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北前船とか、先述の続縄文遺跡の展示もあり、鉄道に興味のない方はこちらだけ見ても十分かもしれません……。

博物館を後にしたら、運河を離れて市街地の観光街に移動。
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歴史と趣を感じさせる建物の中身は港町ならではの海産物を扱うお店や土産物屋です。

つくづく思いますが、こういった明治期の重厚で西洋かぶれな石造りの建物は古くなっても古さを感じさせない何かがありますよね。
少し錆びた感じの建物も悪くはないのですが、こういう重みのある様子も魅力的です。
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ってことで、昼食はそのなかの一件でサーモン丼。カニ専門店と書いてあったのですが、あいにくとカニが苦手なのはご愛嬌です。

またこの港町小樽はまた"坂の町"でもあります。
市街地も海沿いから少し内陸に入ると、丘が迫って生活道路のあちこちに急な坂道があります。
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そんな丘の一つに水天宮という神社があるので、観光街を一巡りしたところでちょっと行ってみることに。

実は今回の旅、一度も巫女さんの居る神社に行ってないんですよね。これは巫女分を補給せねばと、雪を掻き分け、坂道に足を滑らせながら丘の頂上を目指します。
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辿り着いた先には雪に閉ざされた境内が!
この除雪されてない様子……どこかで似たようなものを見た気もしますが、とりあえず雪掻きに励む巫女さんなんて幻想でした。
ちょっとだけ気落ちしましたが、丘から眺める港町の光景は雪化粧が映えて綺麗なもの。頑張って登ってきた分の価値はあったかなと思いつつ、下山することにしました。

この頃合いから段々と日も傾いてきたので、フワフワとちょっと駆け足に歴史的建造物を巡回。
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日銀の小樽支店を見学して、アーケード街を散策。地獄坂と船見坂という有名(らしい)坂を見に行った頃には日没の時間を過ぎていて周囲は既に薄暗くなりつつありました。
加えて雪も降りだしてきたので、この辺が潮時かと観光をきりえあげて小樽駅に撤収。
今にして思えば夜景見物も良かったのかも知れませんが、失念していたので後の祭り。
そのまま札幌方面へ向う列車に乗り、途中の桑園駅で下車して駅近くのスーパー銭湯で雪見風呂と洒落込みながら、帰りの急行はまなすの時間を待つ事にしました。

←その3その5→

卒業北東行旅・その5

さて、お風呂に使ってほっと一息着いたその4の続き。

ここから急行はまなすに乗ったら一気に横浜めがけて南下することに。
前日に学校の友人から「鍋しよーぜ」との連絡があったので、それに間に合うように移動する次第。
実のところ、まだフリーきっぷの期限は1日分残っていたのですが、宿泊費がそろそろ底を突き始めていたこと。
さらに「鍋と聞いて飲み物買ってきた」とか言いながら颯爽と北海道限定のお酒を出してみたいな~と、本当にどうでもいいことを思い付いてしまったことが、この方針の決定打。
あまった1日分は房総の方でも行こうかと目算しながら、いざ移動開始です。

そんな訳で3/5の2200時札幌発の急行はまなすで出発です。
さすがに土曜日発の便だけあって指定席も窓際は全滅する程度に混雑気味。
のんびり広々と寝れませんでしたが、そこは我慢我慢です。
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途中、函館駅で機関車の交換。北斗星仕様のディーゼルから青函トンネル向けの電気機関車に変更する作業を見物です。
いつか、函館も下車して観光してみたいものです、本当に。

列車は6時少し前に定刻通り青森到着。
ここから青い森鉄道の0611時青森発八戸行きに乗り換え。
乗り込んだのは蟹田から来た骨董品の気動車で、おそらくはそのまま八戸線の運行に使われると思われる風情ある列車です。
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列車は夜明け前後の陸奥湾を眺めながら、まったりと移動。明るい時間帯にこの区間を乗ったのは初めてだったので、海が見えるなんて知らず新鮮でした。

八戸着は0820時。乗り継ぎの次の列車は0847時なので20分強の合間に駅そばで朝食。
お腹を満たしたら、青い森鉄道からIGRいわて銀河鉄道直通の盛岡行で出発です。
ここからは普通の電車区間。列車の座席がロングシートになってしまいちょっと残念。
普段の乗車ならなんとも思わないのですが、何時間もかかる長距離移動になるとやはり堪えます。
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1057時に盛岡に到着し、1106時発の一ノ関行、一ノ関から小牛田行、小牛田から仙台行と乗り継いで仙台についたのが1423時。
ここまでは長くても10分程度の乗り継ぎしか無かったので驚異的速さです。

仙台では次の列車が1502時と30分ほどの乗り継ぎ時間があったので色々補給。
飲み物と軽食をとり、駅前のとらのあなで車窓が暗くなってからの暇つぶしを確保です。
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這いよれニャル子さんの2巻を購入したら、福島行の列車の時間が来たので出発進行。
ここから再び、ボックス席の列車に変わったので車窓を眺めて移動だいぶ楽になります。
福島駅に1623時に着き、1628時の黒磯行に移動。
黒磯駅で宇都宮行に乗り換える頃には、日没の時刻をだいぶ過ぎて辺りは真っ暗。
車窓も見れないのでラノベを読みながら、宇都宮で最後の乗り換え。新宿湘南ラインの大船行に乗車です。

長距離を一思いに駆け抜ける列車が減っているように思える昨今ですが、大都市圏だけは例外。
栃木県の宇都宮からたっぷり2時間半かけて神奈川県の大船まで行ってくれます。
途中駅であり目的地の横浜に下車したのは2147時のこと。


前日の22時出発から23時間と47分。在来線による時短旅行の限界に挑むような長駆は無事に終りを告げました。
ここからは相鉄とバスを乗り継いで、鍋をやる友人の家に。
札幌駅の土産物屋で買ったサッポロクラシックを持って突撃し、無事に目的を果たすことが出来ました。


斯様な次第で行って帰って一夜明けて、若干お酒の残る重い頭を気合で起こしてみると、外は土砂降りの有様。
しばらくすると雪に変わり、所謂"春の大雪"に行き当たってしまって関東周遊は断念せざるを得なくなってしまいました……。

そんなこんなで、半ば駆け足で北端まで往復してきた今回の旅行。
未踏の地三陸と冬場の北海道に挑んでこれたのですから、卒業旅行としては悪くない具合でありました。
そして今回のお土産は概ねこんな感じ。
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北海道で見かけた秋刀魚の何かと、定番とも言える六花亭のお菓子。
あとは稚内限定に一本釣りされた日本酒が一本と、三陸鉄道のワイン。
この他に友人のうちに置き去りにした"小樽の女"という日本酒とビールがありました。

当然のことながら三鉄のワインは鉄道むすめのラベルを見た瞬間にとりあえず買ってしまいました。
この他にも今回はなぜかこの手のあざといチラシや商品を見かける機会が多かった気がします。
おなじみの鉄道むすめは置いておくとして……こんな具合。
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宮古駅の目を引くポスター。目を引くという意味だけでは十分に効果的でしょう。

このバスのフリーきっぷは宗谷本線のどこかの駅で見かけたのですが、結構魅力的。
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リトルベリーズとゆめびりかのそれは、つい思わずこのデザインを用いた商品がないかと探してしまったのですが見つからずじまい。
特にリトルベリーズの方は北海道っぽい果物なので、見つけていたらきっと買っていたでしょう。


こんな次第でふらふらと出来るのも次はいつになることか。
とりあえず今後の必要経費以外は、今回の旅行で使い切った状態です……4月まであと20日弱、せめてお金の掛からないお出かけくらいはしたいですね。

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