月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


日光家族旅行の話

恙無くも延々と続く出張の日々。もはやどこが地元かもあやふやになる長月序盤です。
9月最初の週末も例によって出張から帰れば、内房の自宅にはタッチ・アンド・ゴーでお出かけです。

一旦、実家に帰り家族を車に乗せたら、北東方向に針路を取って一路、群馬県へ。
最近就職により群馬県某市に引っ越した下の妹をピックアップしたら、向かった先は栃木県の日光です。

日光へは去年の冬頃にも行った気もするのですが、今回は家族旅行。父親の希望もあったので、特に異論を挟むこともないでしょう。
土曜日はおなじみの東照宮や輪王寺がある一帯に車を停めて観光です。

輪王寺は未だに修復中で外側を工事用の屋根で覆われています。
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前回はパスした大猷院は江戸幕府三代将軍徳川家光の墓所。拝殿は金閣寺や中尊寺金色堂に匹敵する金箔を多用した建築なのだとか。
内部まで入ることが可能なのは大猷院のみであるそうで……主たる観光ルートからは外れてますが、意外と面白い施設でありました。

またおなじみの二荒山神社と東照宮にも当然参拝。
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東照宮は閉門ギリギリの参拝となってしまい、少々慌ただしい拝観でしたが薬師堂内の鳴竜も観ることができて前回以上に修学旅行感がありました。

東照宮参拝後は、この日のお宿へ。
お宿は奥日光湯元温泉なる日光の更なる奥地にあるので、かの有名なるいろは坂から中禅寺湖畔を経由して向かいます。
道中、中禅寺湖では霧に包まれた幻想的な夕暮れにも遭遇。真正面から撮れる場所まで探してる余裕はありませんでしたが、それでも、何だか不思議な光景を観ることができました。
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中禅寺湖から戦場ヶ原を経て、湯ノ湖の湖畔にある温泉宿に着いた頃にはすっかり日も暮れて、夜の帳が下りきる頃合い。
折角なので夕飯前に湖畔まで出れば、晴れ上がった空に月が煌々と輝き、鑑のような水面に山並みの影を落とす見事な景色を演出していました。

斯様な次第で、この日の夕飯後は「親の金で高いお酒を飲む」回に。栃木の種々の地酒を呑み比べて、気持ちよく寝てしまいました。


翌朝は若干の二日酔いを気合で押し流しながらの出発。来た道を戻るようにしながら、逐次寄り道をする計画です。

一つ目の寄り道先は湯ノ湖から下ってすぐにある日光三名瀑の一つ、湯の滝です。
湯ノ湖から流れ落ちる故に湯の滝だそうで、実際に温泉も流入しているそうですが別段温かい訳ではないのだとかなんとか。
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滝沿いに遊歩道も整備され、下からの偉容も上からの迫力も拝むことができます。
急峻な崖から落ちるというよりは、急な坂を下る急流と言った印象の滝。随所で上がる水しぶきが綺麗な光景でありました。

続いて訪れたるは湯の滝直下の戦場ヶ原。小学校の修学旅行でバスの車内から眺めて以来の見学ですが、当時ココを見た記憶はあんまりないので、実質初めてでしょう。
「戦場ヶ原です」と妙に所在を強調した駐車場の看板に案内されて、展望台から湿原を一望します。
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トレッキングコースもあるので、歩いて巡ることもできるのですが、今回はあくまで家族旅行。足腰に優しくあるため眺めるだけでおしまいです。

続く竜頭の滝も同じ川の流れからの景観です。
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滝の最下部にある大岩を竜の頭に見立てたとも、あるいは別の見方があったとも……名称の由来が諸説ある竜頭の滝ですが、なかなかどうしてキレイな光景です。
滝壺に煌めく虹が映えますが、紅葉の季節になればなおきれいなことなのでしょう。

竜頭の滝を経れば川は中禅寺湖に注ぎ込み、車道も川沿いから湖畔沿いの道に変わります。
北に男体山を観ながらしばらく走れば男体山の登山口、二荒山神社中宮祠に至ります。
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背後に男体山を配し、正面に中禅寺湖の水面を見据えた景勝地に鎮座する中宮祠は、通常の神社としての機能だけでなく男体山山頂に鎮座する奥宮への登拝者管理も担っています。
社務所では登拝者の記名や登山道に関する情報提供、登拝記録が行われております。さらに併設する宝物館では山頂で発掘された千余年に及ぶ山岳信仰の遺物も展示されていて、一種古風なビジターセンターといった雰囲気を醸し出していました。

中宮祠から湖畔沿いに更に進んで行くと、日光方面への分岐を過ぎて大使館別荘の並ぶ景勝地の一角、立木観音に至ります。
その名の通り、日光開山の祖にして男体山に初登頂したと伝わる僧侶、勝道上人が“一本の立木から彫り上げたとされる観音像”を本尊とするお寺です。
実際のところはもう少し後の時代の仏像と考えられるそうですが、細かいことは無粋なのでしょう。拝観料を払えば、本尊を直接拝見することができますが、素朴な作りで随分と大きな仏像です。
仏像の技巧はよくわかりませんが、これほど大きな立木があり、それを削って仏像にしたのか……とその労力を想像すれば恐れ入るより他にありませんでした。
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立木観音の見学を終えたら、最後は華厳の滝と隣接する栃木県自然博物館を巡って、帰路へ。

日足トンネルを経由して、渡良瀬川沿いに群馬県にて妹を降ろして終わりとなりました。
私の方もまた例によって出張があるので、そのまま別れて東京駅方面へ。旅行から出張先に直行ですから忙しないですね。


そういう次第で帰らないままの宿暮らし。コインランドリーの活用が捗ってしまいます。

晩夏の閑日

世間の一部では今日までがお盆休みだそうですが、6連休からの木金出勤となった私には普通の週末に過ぎなかったこの週末。
先週までの活動から一転して、土曜日に飲み会の予定が入った以外は特段の行き先もなし。久しぶりの「完全に暇な週末」となりました。

そんな訳で昼まで寝太郎を決め込んで11時頃起きた土曜日は、そのまま都内に買い出しへ。
カメラ用の種々の用品やアウトドアグッズの調達を行いつつ、フラフラと隣街に向かい飲み会をして実家へと帰りました。

日曜日もはたまた特に予定がないため昼前まで布団に潜り込んで惰眠を貪り、起動したのは昼食時のこと。
2日連続でこういう過ごし方をするのも大概久しぶりです。
流石にこのまま何もしないというのも気が済まないので、昼過ぎからのっそりと外に出て目指したるは小田急江ノ島線の大和駅。
駅から東方に10分少々歩いていくと、とある神社に行き当たります。
この大和の鎮守、深見神社は延喜式の式内社にも列せられる由緒正しき古社。新興住宅が並び、小田急と相鉄が交差する郊外都市然とした町に似合わず、かなりの歴史を備えています。
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由緒書曰く、深見の地名は和名類聚抄にも記載がある古い地名であり、当時は神社の周囲のみならず境川の下流域一帯を指した広域地名だったのだとか。
往古にはこの近辺まで相模湾の入江が繋がり、深見の地から船出したという伝承もあるそうですが……その辺の逸話は眉に唾して読んでおきましょう。
いずれにしろ、神奈川県内では屈指の古さを誇る町と社。相模国の式内社リストにも名前が上がっていたのですが、実家から近すぎるために機会はいつでもあると先延ばしになっていた参拝を、ようやく達成しました。
残る式内社は松田の寒田神社だけですが……これはいつになることやら。

深見神社の参拝後は大和駅に戻ろうとしたのですが、その道すがら、駅前の文化施設の看板に気になるものがあったので、少し寄り道です。
“エントランス”や“店舗”の文字と並んで、シレッと書かれた「大和天満宮」の文字。例大祭を告知する立て看板も近くにあったので、遠くないところに鎮座するのだろうと暫く探したところ、なんと文化施設の2階の一角、屋上庭園とも言える箇所にありました。
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周囲を新造のコンクリートに囲まれた灰色の社。風情の欠片もないと言えばそれまでですが、ここまで灰色に囲まれると一周回って総石造りに似た荘厳な印象を受けてしまうから不思議なものです。
奈良や平安の頃、社寺の権威が歴史の重みや大自然の威厳ではなく、贅と技術の粋を尽くした建造物の偉容によって担保されていた時代を思わせる力強さがある……とまで言ってしまうと過言かもしれませんが、これもまた悪くない気がしました。
ちなみに天満宮でも御朱印を頂戴。あまり期待してなかったのですが、見かけ以上に手入れされ地域で大切にされているようです。


大和から実家に帰ったあとは、荷物を整えて、この日もまた出張があるので早めに内房に帰還して、さらに出張先へと移動。
あわただしきこと、この上なしです。

鮮魚の週末

週末を全力疾走している間に、気付けば夏運用真っ盛りの8月に突入。

そんな季節の巡りとは一切関わりなく、終わりの見えない出張案件はまだまだ続きます。
そろそろ出張先に移住した方がいいのではとも感じますが、終わりが見えないので不意に終わる可能性も捨てきれないのが険しいところです。


そんな訳でデスクトップPCが着実に埃に埋もれはじめている状況。日記も出先で書くので、まさに備忘録にならざるを得ないのですが……言い訳として上等な部類に入りますでしょうか。

金曜日に出張先から帰った翌日、先の土曜日はいつも通りに都内に出て、高校時代の友人と久しぶりに新作の出た「劇場版リリカルなのは」を観に行きました。
劇場版A'sを見たのは何年前だったでしょうか……Vivid Strikeはなのはにカウントしてもいいのでしょうか……何はさておき、もはや少女だったなのはさんなど記憶の彼方ですが、久々に見たそれはやはりいつも通りといった印象です。
ストーリーにシレっと紛れ込む絶大な権力体系は脇に置いて、迫力の魔砲撃アクションや要所で炸裂する登場人物の戦闘狂ぶり、何食わぬ顔で成される外道な闘い方、久しぶりに大きな画面で見れて大いに満足です。
前後編だったそうで、良いとこで終わってしまったのは残念ですが、その分だけ次回作が楽しみです。


映画の後は少し秋葉原で買い物をしてから友人と別れ、フォロワーの朔さん、ずーこさんと海鮮と日本酒のおいしいお店で飲み会。
途中からヘク猫も合流し、終電ぎりぎりまで飲んで実家へと帰りました。


一転して、日曜日は健康的にお外でアクティビティ。大学の先輩に連れられて、横浜は本牧の海釣り公園で青魚を狙ってきました。
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サビキ釣りなど大学で友人に連れられて以来です。
海釣り公園の立地は過酷な海上桟道。風も日差しも遮るものはない立地で、天日干しでも作ったら捗りそうな環境です。
幸いに曇天で風も穏やかなため、命拾いしましたが……海釣りって過酷ですね。

先輩から道具を借りて、簡単なレクチャーを受けながら釣り糸を垂れること半日ほど。
釣果は小さいイワシが2匹に小あじも2匹。実質初めてとしては悪くない成果だと思います。
釣りの後は先輩邸で魚を捌いて、軽く宅飲みをして解散となりました。


そうこうして月曜からは再び出張先運用。
来週は少し大きなイベントがあるので、大荷物を手配しての出社です。
出張先に直行直帰も辞さない体勢で……うまく誤魔化しきれるといいのですが

群馬を知るために

空梅雨のまま台風を意識する盛夏を迎えた今日このごろ。
JR東日本のあちこちの駅で「お前はまだ夏のグンマを知らない」と妙に煽りの入ったポスターが掲げられ、今年も何故か群馬県がフィーチャーされるシーズンになりました。

しかして考えてみれば、伊香保や草津の温泉に行き、横軽の急坂も見に行っていますが、未だに上野国一宮にも参拝できていない状況。
いい機会ですし、ちょっと群馬観光に行こうと思い立ったが吉日です。
折よく、有休を分捕る隙もみつけたので、金・土の泊りがけで遊びに行くことにしました。


内房から総武本線と高崎線を乗り継いで、高崎へ至り上信電鉄上信線に乗り換えて小一時間。
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一足飛びに一宮である貫前神社の最寄り駅、上州一ノ宮駅に向かいます。
風情ある駅舎に迎えられて、ここから歩いて10分ほどのところに目指す社はありました。

上野国一之宮貫前神社は堤防のように聳える鳥居を越えると、降った先に拝殿がある特殊な形態です。
謂れは色々とあるようですが、よくわからないのが正直なところ。
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由緒書きに曰く、元はもっと近隣の川の上流にある霊山に鎮座していた神様が下り来たものなのだとかなんとか。
近辺には古墳もあるそうで、古くから人々が住んだ土地の社ではありそうですが……どうにも暑さで、それどころではなかったのが残念なところです。

無事に御朱印もいただいたら、行き掛けの駄賃に上信電鉄の終点、下仁田駅まで追加の乗り鉄。
本当は行って帰るだけのつもりだったのですが、駅前の観光案内板で文化財指定された神社の存在が目についたので、少しばかり待ちを散歩してみることにしました。
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駅前から目的の神社までは町の目抜き通りだったようで、細い路地ながら左右に古いお店やお店の跡が並び立ちます。
「撞球場」や古風なパチンコ屋さん、古風な食堂などなど……往時の賑わいを感じさせるその様子は、どこか町全体がセピア色をしているのではと思わせる何かを湛えていました。
そんな通りを抜けて5分少々でしょうか、目的の諏訪神社は町場の小さな氏神様といった境内です。
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しかしながら近寄って社殿を見れば文化財指定も納得の見事な彫刻ぶり。本殿の壁面まで彫刻が施され、そのどれもが立体的な彫込をされています。
巧技を評するほど彫刻に詳しくはないですが、そんな素人にも一目で豪華とわかる存在感です。
町並みといい、豪華な神社といい、おそらくは製糸業が盛んだった時代の名残なのでしょう。
町の歴史資料館にも寄りたかったのですが、駅から少し距離のある町外れだったので見送ってしまったのが惜しまれるところです。

駅前の食堂で下仁田かつ丼なるソースカツ丼の一種で腹拵えして、折り返しの列車に乗車。
後から知ったのですが、下仁田の一帯は地質学的にも非常に特殊で面白い土地だったのだとか。そちらの方面を展示した資料館もあったそうですし、次は下仁田そのものを主眼においた観光もいいかもしれません。

それはさておいても列車は富岡製糸場の最寄り駅を過ぎ去り、高崎の郊外に差し掛かります。すると、ぼんやり前展望を眺めていれば駅の近くに大きな鳥居が目に入ってしまいます。とりあえず途中下車をするしかないですね。
降りたのは山名駅なるこれまた少し風情のある駅舎の駅です。
上信電鉄はどの駅も古びたローカル線の雰囲気を残していて趣深いです。
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ここから鳥居の方へ向かうと目についたのは線路の下を潜る参道。跨線橋や踏切は見たことありましたが、アンダーパスは初めてです。
色んな参道があるものだと感心しながら、社殿側に目をやればこちらは至って普通の神社な雰囲気です。
鎌倉時代に創建されたと伝わる山名八幡宮は、近隣では安産祈願のお宮として名を馳せているのだそうです。
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安産に縁はないのですが何はさておいて石段を上がって拝殿で参拝。
御朱印を貰おうと社務所に入ってみると、またしても驚き。社務所が小洒落た雰囲気の電灯や調度で彩られています。
神職の方の趣味なのか、町おこしか何かなのか……よくわからないところですが、参道といいなんとも不思議な神社でありました。

ちなみにこの近隣もまた古くから人が住んでいることが確かな由緒ある土地。
時間の都合で行きませんでしたが、この山名駅から少しばかり歩いた先には飛鳥時代の石碑が現存し一般公開されているのだそうです。
当時の僧侶が母親の墓碑として建てたもので、近傍の古墳の被葬者と対応すると考えられているのだとか。当時の家族関係や系図や、上代日本語そのものの文献として、学術上非常に価値がある代物なのだそうです。
この近辺には同じような日本屈指の古碑が他にも2つ現存しているそうですし、いずれまとめて見学に行ってみたいものです。

高崎駅に戻ったのは17時を少し過ぎたくらいのこと。宿に入るには少し早すぎる気がしたので、乗り潰しも兼ねて信越線を横川駅まで一往復して、1時間ほど過ごしてからチェックインして高崎の夜に飲みに出かけました。


翌朝、土曜日は少しだけ早起き。私が酔いどれていた夜半の間に高崎入りした元寮生と合流し、上越線で北上します。
水上駅で一度乗り換えて降り立ったのは“モグラ駅”と名高い土合駅です。
下り線のホームが地下深くにあることで一部で有名なこの駅、谷川岳登山の玄関口でもあり朝一番の列車で至れば意外と利用客がいることに気付きます。
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噂の長大階段もインパクト十分。先行する利用者の背中があるので気持ちは軽いですが、これに独りぼっちで降り立った日には、なるほど心が折れるかもしれません。
そしてまた階段ばかりが有名で知らなかったのですが、地上に上がった後の通路もなかなかに凄みのある雰囲気を備えています。
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他のお客さんの背中が遠くなり、友人と2人で物静かで古けたブロック塀の通路を進んでいると、曲がり角からゾンビが姿を現すのでは――と思わせるような退廃感が醸し出されているようでした。

さて、いくら物好きといえど、モグラ駅を見るためだけにわざわざ土合駅まで来た訳ではありません。
地上にでたら、この日の真の目的地、谷川岳を目指して行動開始です。
駅舎を出て夏の陽光を浴びれば、先程までの静かな緊張感は吹き飛び、一挙にアクティブでアウトドアな気分です。
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先程、おっかなびっくり通り抜けた回廊の下を陽気に潜ってロープウェイ乗り場から、一挙に標高1300m級の高みに登ります。
ここから道程およそ3km、標高差600mの行程を谷川岳目指して歩きましょう。
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目指す山頂は遠近感が狂うほど間近に見えますが、ここから標準で片道2時間半。慌てず騒がず着実に、です。

初めて見る“避難小屋”を経由して、初めての本格的な岩場を歩みます。
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夏山の暑さと、想像以上に急峻な傾斜にへばりながらも頑張ります。

1時間半ほど歩いて進めば、徐々に木々の背が低くなり見晴らしが良くなります。
振り返って見れば尾根筋を登っている実感が湧いてきて、今までの苦労が報われたような気持ち良さがあります。
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横に見える切り立った尾根筋は、名も知らぬ谷川連峰の上級者向けの山々。雲が稜線に巻き付く姿は幻想的の一言で済ますには、あまりに変幻自在で見飽きない魅力がありました。

途中から雪解け水で泥濘みだした登山道を辿って、源流にあたる草木も絶えた雪渓を迂回したら、いよいよ頂上は目前です。
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最後のチェックポイントである肩の小屋で一休みしたら、雲が増えてきましたが山頂目指してアタックです。
雲に巻かれた尾根筋の小径を慎重に歩んだ先が目的地です。
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無事にどうにか、五里霧中ながらも山頂に到達することができました。

山頂では休憩がてらに昼食を取りつつ、雲が切れ間を見せるのを待ち構えます。
お茶でも飲んでぐったりしながら、望むこと20分ほどで幸運にも青空が顔を出し、朝日岳も姿を表します。
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青い空と白い雲と青い山並み、目に優しい色合いの絶景が拝めて、もう思い残すことはないでしょう。
人が苦しい思いをしても山を目指す気持ちがまた一つわかってしまいました。

またこういった高山は当然ながら自然の宝庫でもあります。
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警戒心の足りない気がする昆虫が、目と鼻の先で好き放題するのですから見ていて飽きることがありません。
トンボとこんな近くでにらめっこができるなんて、なかなかある機会ではないと思います。

山頂で30分ほど高山を満喫したら、今度は下山の番です。
遠足は帰るまでが遠足、登山は登りより下りのほうが危険が多いと言いますが、岩場の多い谷川岳では下りの滑落が何より恐ろしいです。無理はせず、必要なら手をついてゆっくりと下ります。
肩の小屋から雪渓を巻いて、避難小屋の屋根が見えた辺りで雨が降り出してきました。
山の天気は変わりやすいとか、雷鳴が聞こえたら気をつけろとか、色々と言われますが、正しくな状況。慌てず騒がず先日買ったレインウェアを着ようとしたら、何たることかバックパックの底で持ってきたシャンプーが爆発し、レインウェアの一部が妙なぬめり気を放っていました。
テンションだだ下がりですが処置しようもなし。デビュー早々にとんだ目にあっているウェアを着込み、雨に濡れて滑りやすさが増した道程を、先程以上に慎重に下ります。
想定より少しばかり遅くなってしまいましたが、無事になんとかロープウェイ乗り場に到着したら、ようやく一安心といったところです。
水場でレインウェアを洗って、撥水性が失われていることにげんなりしながらも、あとの処置は帰ってからと割り切り、麓へ向かいましょう。
ロープウェイとバスを乗り継いで水上駅まで戻ってきた頃には、空はすっかり晴れ上がり遠くに入道雲が顔を覗かせる夏空です。
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水上温泉の日帰り湯で一息ついてビールを飲んだら、ようやく一心地ついて無事な帰還と達成感に浸ることができました。
日が暮れるまで休憩室でだらけきっていたら、雨が追いついてきてしまい駅に戻るのも躊躇うほどの土砂降りになったのはご愛嬌でしょう。
飲み屋に立ち寄る気持ちを折られ、ホスピタリティ溢れる温泉の職員さんの勧めに従って、休憩室で地酒を飲みながら雨が収まるのを待ち帰路へと就きました。


高崎からグリーン車に乗り込んで飲みなおしつつ、家に帰り着いたのは日付が変わった頃。
倒れるように寝入って、今日は朝から荷物の片付けと手入れで日曜を磨り潰して過ごしました。
昨日の今日で余韻に浸っているからでしょうか、レインウェアを洗い直したりバックパックを乾かしたりしていれば、不思議と充実感があったのが印象的です。

そうこうしているうちに夜になり……明日からはまた出張業務、自宅の荷物置き場化が捗って困りますね。

南の島で山歩きの話

出張続きですっかり家が物置と化している昨今。
この度の週末も例に漏れず、出張から帰宅したら自宅に一泊だけ挟んでまたお出かけ。

今週は月曜日に有給を取って、土曜の夜から八丈島に行ってきました。


行き掛けに色々な事情が重なって広角レンズと偏光フィルターを買ったりしましたが、それ以外は恙無く準備完了。
小笠原や大島と同じく、八丈島も竹芝桟橋から貨客船に乗り込みます。
22時半出港の橘丸でいざ向かいましょう。
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月明かりに照らされた東京湾のコンテナ埠頭を横目に、しばらく潮風を浴びたら、羽田空港を過ぎたあたりで艦内に戻り就寝といたしました。

橘丸は八丈島に至る前に御蔵島、三宅島も経由します。
明け方から着岸と出港を繰り返して微妙に眠りを醒まされましたが、起き上がるまでには至らずうつらうつらとしてれば、船は八丈島に到着です。
天気は良好、八丈富士がお出迎えしてくれました。
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上陸後、最初に向かったのはレンタカー屋さん。八丈島ではお義理程度の路線バスしかないため、実質的な交通手段は自前で用意する必要があります。
自転車でも良かったのですが、距離を稼いで色々と回りたかったので原付を調達。ちょうど、通勤でも使っているTodayがあったので、これに決めて島内巡りに出発です。

原付確保後、最初に向かったのは八丈島歴史民俗資料館。名前の通り、八丈島の歴史と民俗資料を展示した施設です。
八丈島は東西2つの山に挟まれた比較的低い一帯に主たる集落が広がる構造。低いと言っても峠があり、南北それぞれに港とあ町並みが広がります。
資料館は南側の港から坂を上がった高台に位置し、ちょうど西側の八丈富士の山を見据えるように立っていました。
入り口から何やら趣ある建物だと思っていたら、案内の方曰く元は東京都の八丈支庁が入っていた建物だったのだとか。よく見ると、入り口ちに重要文化財の銘板も打ってあります。
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また、昭和初期に建てられた頃は島内随一の建物でもあり、サンゴの競りなどもこの建屋内で行われたのだとかなんとか。
庁舎時代の正面玄関には廃サンゴが埋められているそうで、言われてよく見るとコンクリートがところどころ明るい色しています。
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この他にも私の地元からきた流人がいる話や、目の前に聳える八丈富士の頂上が見える日は珍しいのだとか、色々と教えていただきながら、しばらく見学です。
三宅島と八丈島の間は黒潮が流れている影響で、航行が三宅島以北より大変なのだとか。また、その潮流の影響で植生や文化において、他の伊豆諸島よりも八丈島の方が南方系の影響が色濃いのだとか。
外にはこれまた南洋由来という高床式の倉庫の移築品もあります。これも以北の島々では見られないモノなのだそうですが……天気のいい日には遥か向こうに見える島々より、水平線の向こう側にある南西の島々との共通点が生じるほどの見えない障壁、潮流の威力を思い知らされます。
他にも流刑地としての歴史を踏まえ、宇喜多秀家はじめ多様な流人の来歴などなど、興味深い展示が盛りだくさんの資料館でありました。

資料館に続いては、そのすぐ近く、島の優婆夷宝明神社を参拝。「うばいほうめいじんじゃ」と読むそうですが……まぁ読めませんね。
由緒書き曰く式内社なのだとか。創建は不明ながら、それ自体はよくあること。オオクニヌシ(?)の后とその子が祀られており、伝承によってはその后と子の間にできた子(!)が八丈島の始祖なのだとかなんとか……なんか聞いたことのありそうな始祖伝承ですが、これも南方の影響なのでしょうか。
何はさておき平安時代初期には既に鎮座していたことになるのですから、日本の一部としての歴史の長さを教えられる気分です。
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本殿が珍しい石造りなことで有名なのだそうですが、拝殿の方はごく普通の木造建築。
普段は人がいないそうなのですが、夏祭りの準備中だったのか偶然にも神職さんが居合わせたので、御朱印をもらうことができました。

続いて坂を下って八重根港地区を経由し、南原の千畳敷海岸に到ります。
千畳敷と呼ばれる地は色々なところにありますが、八丈島のそれも大概の例に近くだだっ広い岩場。
向こうにお椀をひっくり返したような八丈小島が浮かび、丘側に目を向ければ八丈富士が聳える雄大な光景です。
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地形の由来自体は噴火の際に流れ出た溶岩が固まってできたものなのだとか。
もっとも島全体が火山でできたとも言えてしまうのですが……。
溶岩地形らしいダイナミックな凹凸も然ることながら、その隙間から覗く海の透明さも強烈な光景でありました。

海岸線を確認したら、次は満を持して八丈富士の山頂を目指す番です。
中腹、5合目程度の高さまでは車道が整備され、さらにぐるりと山腹を周回する道路も開通しています。
その一角に牛を放牧したふれあい牧場なる場所があり、ここが事実上最も山頂に近い補給ポイントになります。
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そんな訳で牛とふれあいつつ水分の補給やトイレを済ませたら、原付きで数分の距離の登山道入り口まで向かい、徒歩行の始まりです。

八丈富士はその名の示す通り、富士山と似た山容を誇る八丈島の最高峰。
標高は約850mですが、富士山同様に山の中央部は巨大なカルデラとなっており、その外縁部はお鉢巡りと称して一周散策することができます。
このことを想定してちゃんとトレッキング装備も完備、意気揚々と登山道に乗り込んだのですが……遠目からも容易に想像できるように、その道程はひたすら単調な上り坂。ちょっと行けばもう十分な気持ちになってきます。
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登れど登れど、代わり映えのしない道のりに目が回りだした頃合いで、ようやくのことカルデラ外縁部に到達。お鉢巡りの道との交差点で一息つく事ができました。

息を整えてお鉢巡りの道に目をやれば、それはまさにカルデラの外縁部。草しか生えぬ険しい岩場に続く一本の道を辿れば、軽い冒険気分が味わえます。
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山の内側に目をやれば、図鑑に載ってそうなカルデラ地形。真ん中には鬱蒼とした森が広がり、何やら異世界でも広がっていそうな凄みがあります。

右を見れば絶壁とカルデラ、左を見れば休憩者の向こうに町並みと海、文句のつけようのない絶景です。
さらに歩めば徐々に雲が出てきて、気付けば町並みは白く覆われ、緑と白と茶色だけが支配する幻想的な尾根道に変化。山の天気は変わりやすいといいますが、海洋島ではなおさらにそうなのでしょう。
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霧に巻かれるかと心配しながらも、どうにかそれは杞憂に済んで無事に頂上へ。
さらに少し進んだあたりで、断崖を眺めながら昼食がてらの小休止をとりました。
お鉢巡りの道は登山道よりも足場は悪く急斜面も多くて歩きにくいものの、全体的な傾斜は緩く足場や景色も変化に富んでいるため、精神的にはむしろ楽なくらい。
神秘的な雲の渦巻くカルデラを見下ろしつつ、尾根筋の岩道を満喫して一周楽しみました。

ちなみにこの断崖下のカルデラ内も散策路が設けられています。
尾根道とは打って変わった鬱蒼として歩きにくい森の中の道のりなのですが、内部に浅間神社が祀られているときいては見に行かざるを得ません。
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恐竜でも出てきそうな森に、言い知れぬ重圧を感じながらも傾斜を下って10分ほどの道のり。
密林の中に不意に現れる雰囲気満点の祠が、目指していた浅間神社でありました。
何かの風習でしょうか、丸い石に願いが描き込まれたものが多数奉納されていたのが興味深いです。
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また鎮座地の周囲をよく確認すると、背後は巨大な陥没地帯。おそらくはこの大穴に神性を見出して祀ったのかと思いますが、詳しいことはよくわからないなりに、お参りだけ済ませて撤収としました。

下山は選択肢もないので来た道を戻るように再び単調な坂道を往きます。
足にだいぶキましたが、どうにか原付きのもとにたどり着いたら、軽く汗を拭って原付ツーリングの再開です。
山腹を周回する道を抜けて八丈富士のある島の西側を一周し、北側から中央の市街地で島を横断。続いて島の東側、通称三原山を最高峰とした一帯にアプローチします。
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八重根港地区から先程は進路を西に向けた辺りで、今度は東側へ。
途中、流刑されたと伝承に遺る源為朝を祀った神社に参拝し、遥か壮大な橋を登ります。
登った先から振り返れば、雄大なる緑の急傾斜に寄り添うように、一本の白亜のスロープが引かれているのがよく見えます。
文明の偉大さと言うべきか、人類の強引さというべきか……なんとも稀有壮大な自然征服事業に感嘆の息が漏れそうでありました。
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こんな坂道を抜けて目指した先は、八丈島のもう一つの名物、温泉です。
島内には幾つかの町営温泉が設置されているのですが、その中でも見晴らしが良いとされる“やすらぎの湯”までやってきた次第です。
お風呂は露天風呂でこそ無いものの、大窓から海が一望できる絶好のロケーション。シンプルな設備ながら、タオルの販売もあるので、手ぶらでも困らない仕様です。
山登りの汗を流して、休憩室で一息つけば今日一日の目的がほとんど達成された気分になりました。

――が、ここで終わらないのが私の悪癖。
温泉へ向かう途中「黒砂入口」なる気になる看板が印象に残ってしまい、風呂上がりの宿へ向かう行程でついつい寄り道してしまいました。
最初は大した道のりでも無かろうと高を括って挑んだのですが……これが思いの外、本格的な散策路。
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やっとの思いで森を抜けて海岸に出たと思ったら、その先に待っていたのは崩落している前途です。
その気になれば行けなくもない程度ですが、傾斜の向こうは断崖を経ての海。見るからに崩れそうな砂地で無茶をするような無謀さは、流石に持ち合わせがありませんでした。
よくよく見やれば崩れ落ちたガードレールや道標の残骸が砂の傾斜に取り残されています。
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諸行無常を感じる光景にしばし呆然とした後、ここでも来た道を引き返して夕陽の見える拓けた海岸線で一息。
沈みゆく太陽を眺めながら、ひとまずは宿へ向かうことにいたしました。


この日の宿は船が到着した底土港から歩いてすぐのところ。個室もあるそうですが、ドミトリー形式の部屋を選んで宿泊です。
宿のすぐ外の木にハンモックが吊るしてあるのもイチオシのポイント。
宿の方に教わった郷土料理屋さんで、島焼酎を舐めながら島寿司や地魚料理、明日葉料理を堪能して、戻ったらビール片手に月明かりのもとでハンモックです。
ようやく“南の島でバカンス”らしいことをしながら、良い加減な時間で眠りにつきました。


月曜の朝はいつもの癖か7時過ぎに起床して行動開始。
この日も素晴らしい好天ですが、八丈富士の山頂は生憎と雲の中。どうも富士山頂が見えるのは本当に条件が良いときだけなようです。

前日は島の西半分を巡ったので、この日は東半分の観光に向かいます。
流石に東側の最高峰を目指す時間と体力はありませんでしたが、代わりに「ポットホール」と呼ばれる水流によって岩場が丸く削られた地形を見に行くことにしました。

宿のある北側の港から東側へ向かう道に原付の進路を定めれば、程なくして道は集落を離れて濃厚な緑へ向かって登り始めます。
つづら折りの坂道を20分ほど進めば、最初の眺望ポイント、登龍峠の展望台へ到着です。
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深い海の青と濃厚な緑、白い綿雲とグラデーションを描く蒼穹、まさしく南の島な光景には思わず息を飲んでしまいました。
このとき、広角レンズで覗いた世界には少々自信があります。島に来てよかったと心底思うことが出来ました。
また、しばらくすると黄色い船が港へ入ってくるのにも気付きます。日曜は私が乗っていた橘丸が、この日もほぼ定刻で底土港に入港です。
南の島の朝を告げるイベントですね。

登龍峠はその名の通り、峠です。ココを抜けると上り坂は一転して下り坂に。安全運転に注意しながらズルズルと下っていけば、しばらくして「ポットホール」を指し示す分岐の表示が目に入ります。
舗装状況の一気に悪化した林道を進んで、さらに10分弱行くと唐突に“車両進入禁止”の表示に直面! ここからは荷物を整理して、歩きの体勢で進入します。
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ほんの少しだけ歩けば文句のつけようのない行き止まりに直面しました。
あとで別のツアーの自然ガイドさんに聞いたところ、老朽化による橋の付替え工事中なのだとか。都市部では考えられないような呑気なスケジューリングですが……それもまた島時間でしょう。
どうにも処置なしかと思ったのですが、ここから沢筋を辿るように朽ちかけた散策路が残っている様子。手ぶらで帰る気は毛頭ないので行くだけ行ってみることにしました。
どこまで進んでいいのかと、おっかなびっくり森の獣道を踏み分けて行くこと5分ほど。
対岸にも道があるなと気付き始めた頃合いで、沢に落ち込むように道が消失し、対岸の道も同じように沢の前で消失している地点がありました。
十中八九、そこが渡河点であり、越えていけば工事中の橋のたもと辺りに戻るのだろうと予想がつきます。
そのまま最後まで行きたいのが本音でしたが……渡ったが最後、来た道を戻って原付を回収しないといけないので、今回は我慢です。
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おっかなびっくり進んだ道も、戻りは勝手が知れているので速いもの。サクサクと進みがてら、川の様子を観察です。
見やればなるほど、岩に刻まれた沢筋がところどころ深く抉れています。
これがポットホール、Wikipediaでは“甌穴”で項目が立っている地形なのでしょう。
川から流された砂礫と渦巻く水の作用によって、少しずつ岩が丸く削られるのだとか。場所によっては岩とともに削られてしまったまん丸の石が底部で観察されることもあるそうです。
ここのポットホールはそこまでの奇物は無いにしても、沢と緑が美しい光景でありました。

ポットホールを離れて島の一周道路に戻ったら、さらに島を周回し東端の八丈島灯台を経由して南側の海岸線に到ります。
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近場まで来たので、少し一周道路を外れて最果ての集落にも立ち寄りましたが、ここはサーフィン向けの海岸と温泉があるだけの風光明媚の地。
ぐるりと巡るほどの路地すら無いので、行って戻ってくる頃には、そろそろ帰りの飛行機の時間が気になる頃合いです。

気になるとはいいましたが、急ぐとは言いません。
原付で走りつつ、眺望が良ければ足を止めてパシャリ。これの繰り返しです。
名古の展望台と呼ばれる眺望ポイントでは、青い海に突き出た緑の岸壁の向こうに遥か薄青く島影が映ります。
方角的には青ヶ島でしょう。連絡船の欠航率が高く、恐らく日本でも屈指の到達難易度の秘境でしょう。
小笠原並の日数を織り込んで、船かヘリの空席を待たねば辿り着かぬのは、曲がりなりにも日数さえ確保すれば到達可能な小笠原より困難な気がします、いずれ行きたいです。
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また前日も訪れた稀有壮大な橋の辺りは、この日も眺望良好。昨日は夕暮れでしたが、今日は順光で目眩がするほど緑が眩しいです。
ふと、昔に従軍記で読んだ“前途に広がる南洋の島の森の深さに暗澹とする”状況というのが思い出されます。
当時は想像力が及ばなかったのですが、こういう光景を前に「両の足だけで向こう側まで行け」と命ぜられたときには、美しい緑も絶望の色を持っているのかも知れない……と。
何とはなしにカメラを構えた楽園のような光景の向こうに、不意に根拠なき怖さを感じるほど、緑の密度が持つ圧倒的な力がありました。
加えて、余談ですが写真右上の八丈小島の雲。暖かく湿った海面を吹く風が島にぶつかって上昇気流となり、雲が生じて尾を引く――と、海洋島で雲ができやすい理由を説明した図解そのままの状態となっています。
写真ではわかりにくいですが、目を凝らすと風上側の山頂付近で雲が生成されて、風下側で渦巻きながら綿雲になる様子も見て取れました。自然が一番の教材とは、よく言ったものです。
閑話休題。

市街地に戻りついたら、飛行機の時間まで植物公園で時間調整。
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小高くなった展望台から八丈小島と飛行場に目を向ければ、先程までアレほど雲に覆われていた山頂が今や丸裸です。
南洋の天気は本当に変わりやすいですね。

斯様な次第で概ね島を一周回ったら、原付を返却して、レンタカー屋さんの送迎で八丈島空港へ。
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お土産品を調達したら、定刻通り出発予定のANA便で羽田にひとっ飛びです。
往路には波に乗って11時間かけた船の旅も、帰りは風に乗って1時間ほどの空の旅に。飛行機の便利さが身にしみます。


羽田に戻ったのはまだ日の高い15時過ぎ。
折角なので帰りがけの駄賃に、以前から気になっていた羽田近辺の鎮守、穴守稲荷神社に参拝。
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下町界隈の雰囲気を味わって、南の島とのギャップにビビりながら内房へと戻ってきました。


今年も7月から夏運用。空梅雨に肩透かしを食らっていますが、楽しく暑く色々と行きたいものですね。

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