FC2ブログ

月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


竹富島のんのん紀行

色々と思うところが山積みの昨今の就業状況のなか、心の深いところを抉ってきた「のんのんびより」の劇場版にアテられてのた8月末のことです。
そこから最短の空いている休日といえば、この敬老の日の3連休でありました。

そういう次第で、実は映画をみた翌日にはうわ言のように石垣行きの航空券を探し回っていたりします。
無事に宿泊先も確保して、あとは急な休出と台風さえやり過ごせれば……と、祈り過ごして迎えたこの週末。
仕事は放り投げ、台風も南に逸れて、無事に沖縄行きの条件が揃ったので、喜び勇んで飛んで行ってしまいました。

そんな訳で、過酷な状況なので掻い摘んだ沖縄竹富島の聖地巡礼(?)備忘録です。


飛行機は11時過ぎに羽田を発って、14時半頃に到着する便。早速、石垣空港の看板で、劇場版のカットを回収です。
2018_09@沖縄竹富島006 2018_09@沖縄竹富島015
空港から市街地までは少々距離があるので、バスで移動します。
15時頃に市街地の離島フェリーターミナルに到着したら、まずはたまたま石垣島に来ていたフォロワーの粟蟹さんと合流です。
流れるように、昼からせんべろ酒場へ飲みに入り、到着早々の空きっ腹に泡盛を流し込んでできあがりました。

その後、17時半の船でなんとか本来の目的地、竹富島に渡航です。
2018_09@沖縄竹富島020 2018_09@沖縄竹富島032
あの夢にまで見て渇望した……と、言うには既に気分はほろ酔い。天気も曇り気味でしたので、まずは無事に宿に到着することに意識は傾注されていました。

無事に宿を見つけ出し、チェックインも済ませたら、最初のハードルはクリアです。
今回泊まったのは集落の一角にあるゲストハウス。綺麗な設備と南国情緒溢れる共用スペースが魅力的なお宿に、2連泊です。
宿の方が夕暮れ時に浜辺に連れて行ってくれるとのことだったので、まったりと待機して移動。
日没のコンドイビーチで、夕暮れを肴にビールを一杯引っ掛けました。
2018_09@沖縄竹富島040 2018_09@沖縄竹富島063
ビーチのあとは、近くの居酒屋で夕飯を食べてから、宿に戻って“ゆんたく”の時間です。
“ゆんたく”とは、沖縄言葉で“おしゃべり”の意味だそうですが、言ってしまえば飲み会の時間です。
泡盛を片手に宿のスタッフも交えて、取り留めもない話を23時過ぎまで楽しみました。
ちなみに、実のところあまり記憶に無いのですが……私はかなり酔っていたそうで、翌日に「だいぶ面白かった」と言われてしまいました。

そんなしこたま飲んだ訳ですから、翌朝は当然のようにお酒が残っています。
なかなか起きられず10時過ぎまで、朝寝坊してしまってから、ようやく島の散策に出発です。
もっとも、食事処が開店し始める11時頃までは空腹と二日酔いであまり元気がなかったのが正直なところ。
レンタサイクルを借りたはいいものの、遠出する気力もなく集落内をぐるぐるしながら食事処の開店を待つ有様です。
開店直後を狙って早めの昼ごはんを摂取したら、ようやく判断力と元気を取り戻したような状態でした。
2018_09@沖縄竹富島099 2018_09@沖縄竹富島085
それはそれとして、元気が戻ったらひとまずは“のんのんびより”の作中に出てきた宿と学校はとりあえず見に行きます。
毎度おなじみの間抜けな感想、「アニメと一緒だ!!」を発して満足したら、あまり深入りせずに次へ向かいます。

キービジュアルにも登場し、もともと島内でも屈指の有名スポットと言えるのが、西表島の方へと突き出たコンクリートの桟橋、西桟橋です。
夕日がきれいに見えるスポットとしても有名なのだとか。
2018_09@沖縄竹富島124 2018_09@沖縄竹富島126
西桟橋から海辺を伝うようにしばらく行くと、前日に日没を見に来たコンドイビーチへと至ります。
パッと見た感じでは、島内唯一の遊泳可能なビーチな様子です。
エメラルドグリーンの海と白い砂浜が眩しく、サンゴ礁で波も穏やか。9月といえど、海水浴に興じる人がたくさん見られました。

さらに海沿いに進んでいくと、星砂が取れるというカイジ浜にたどり着きます。
こちらの浜は遊泳禁止なのですが、それでも浜辺で水と戯れたり、星砂を探したりと、思い思いに楽しむ人の姿が見受けられました。
ただ、作中では歩きでここまで来ているのですが、実際に行ってみると、なかなかどうして距離があります。
作中でも、私の日程でも丸一日あるのでなんとかなるのですが……散々歩き回った後に連れてくるにはなかなかタフな場所でありました。
2018_09@沖縄竹富島134 2018_09@沖縄竹富島156
主要な浜辺を巡ったら、集落に戻って町並み散策です。
集落の中心近くにちょっとした高台があり、その頂上部には“なごみの塔”という謎の展望台的な建物があります。
本土復帰頃の時期に、建てられたもので昔は上まで登って町並みを見渡すことができたのだとか。
今も基台部分までは行くことができます。登って見やれば、赤瓦と石垣、白い道の古き良き沖縄の町並みが一望できました。

またなごみの塔から少し歩いた集落のハズレには、喜宝院という“日本最南端のお寺”があります。
併設する蒐集館には、かつての住職が集めたという民俗資料が、所狭しと展示されています。
藁算という藁の編み物で数字を示す伝統的な方法や、カイダ文字という八重山独特の象形文字の実物も展示されていました。
百聞は一見に如かずの言葉通り、話としては知っていても不思議に思っていたものが、現物を目の前にすると納得できてしまうのですから、不思議なものです。
2018_09@沖縄竹富島160 2018_09@沖縄竹富島182
そんなこんなでぐるりと主だった観光地を巡ってしまったら、実はネタ切れの状況です。
この時点でまだ15時過ぎのこと。二日酔いあがりで、お酒を飲むにはまだ早い気分。代わりに二度目の昼食を食べるため、作中にも登場したカフェで休憩することにしました。
カフェはなごみの塔の向かい側。2階部分がお店になっています。
ここで沖縄名物のタコライスとパインジュースでしばらく時間を潰したら、もう一巡りだけ集落を歩いて宿に戻ってしまうことにしました。

宿でビールを購入し、何をするでもなく南の島の風を味わいながら、他の宿泊客と駄弁って過ごします。
普段は時間いっぱいまで歩き回るか、さもなくば飲み屋に行ってしまうのですが……たまにはこういう過ごし方も良いものですよね。
余談ながら、現実的なもう一つの事情として現金の枯渇もありましたが……。
うっかり、十分な現金を用意せずに島に来てしまったものの、島唯一のATMである郵便局は日祝休業です。手持ちが数千円しか無い状況では、景気よくカフェでビールとはいけませんでした。
2018_09@沖縄竹富島206 2018_09@沖縄竹富島218
閑話休題。
この日も夕暮れ時になれば、コンドイビーチへ行って黄昏観望です。
浜辺にはサバニ船という沖縄の伝統的な船が停泊中。さらには浜辺で三線を練習する方もいて、この日のコンドイビーチは狙って飾り立てたかのような沖縄感を醸し出していました。
まったりとした空気ときれいな空、海に浮かぶ小舟に、三線のBGM、何も不足のない夕暮れを過ごすことができました。

この日も浜から戻ったら、夕飯を食べに出てから“ゆんたく”です。
メンツは変わっても、楽しく話すことができたのはありがたい限りですが、お酒が少なかったせいか「今日はおとなしい」と言われてしまったのは……なんと応えればよかったのか、わかりません。
また、この“ゆんたく”で「のんのんびより」の話をしたところ、スタッフの方も作品をご存知だったのに驚かされてしまいました。
曰く、劇場版の存在も、竹富島がモデルなことも知らなかったけど、知り合いでこのアニメが大好きな人がいるので、たまたま名前だけ知っていた――とのこと。それもまた、よく覚えているなと思うところですが、意外なところで何がつながるかわからないのですから、面白いです。

この晩は星が綺麗だとのことで、“ゆんたく”の後にひっそりと星を見に行くことに。
集落を外れて街灯がないところに行けば、あっという間に真っ暗闇です。見上げれば当然、満天の星空です。
2018_09@沖縄竹富島247 2018_09@沖縄竹富島256
折角なので、西桟橋へも繰り出してみましたが、夜の海に天の川まで見える星空。
同宿の人と呆然と語り合いながら、しばらく過ごしてしまいました。


この後もかなり遅くまで飲み語らって、起きた竹富島滞在の最終日。
何の因果か、この日が一番の快晴です。抜ける青と透き通る海、境界を彩る夏の雲! 帰らなければいけないことが泣けてくるほどの好天でした。
2018_09@沖縄竹富島271 2018_09@沖縄竹富島286
そうはいっても、予定は変えられないのが悲しい会社員の定めです。
最後に島の数少ない売店でアイスキャンディーを買って、食べながら港へ向かい、後ろ髪を強烈に引かれながら石垣島へと戻りました。


石垣島へ戻ってみると、その景色は間違いなく都会のそれです。
活気もあり、商店が多々あり、下手をすれば私の住処よりも栄えているように見えます。
そんな石垣の市街地から、空港まではバスで30分強。安全を見て石垣島に戻りましたが、飛行機の時間まではしばらく余裕があります。
本当は車でも借りて観光をしたいところですが、そこまでは余裕が無いので、お土産物を物色したり、地ビールを堪能したりして過ごしながら、時間を調整して空港へと向かいました。
2018_09@沖縄竹富島315 2018_09@沖縄竹富島321
最後に飛行機から眺める景色も見事な快晴です。せめてもう1日、有休が取れていたら……と涙しながら、美しいサンゴ礁の景色を心に留めて、羽田へと戻りました。




ちなみに羽田に到着したはいいものの、ゲリラ豪雨の直撃により空港機能が休止してしまい30分ほど機内で待機する羽目になってしまいました。
まるで、私の帰りたくない未練が乗り移ったかのような所業です。
諸々積み重なって1時間ほど遅れての到着となってしまいました。

きっと夕日も見れたことでしょう、海も町並みも陰影が濃い方が絵的に映えたでしょう。
未練を連ねれば際限なく、宿やツイッターで見た秋休みを取れる人を妬ましく思ってしまうばかり。
最後の最後で、心にダメージを負ってしまった感もありますね。
ただ、珍しく時間的にかなりの余裕を持って動いた今回の旅行。過ごした時間は間違いなく楽しかったです。

いずれ、もっと有効にこういう旅を楽しむため、時間的に余裕のある、すなわち休みの取れる職場に移らねばならない――そんな妙な決心をしながら、日記を書いて今に至りました。
リゾートバイトのような生き方の人とも巡り会いましたし、短い割には、色んな生き方を考える旅行にもなった気がしました。
こういう経験も面白いものですよね。

伊勢と台風の半月会

異例の西進する台風が、本州を通り抜けていった7月最後の週末。
各地でイベントが中止され、交通機関が止まり、前例のあまりないという事象の推移に固唾を飲んでいた頃……ツイッターの旧友とも言うべき半月クラスタ達は、あろう事か台風の進路の真下でオフ会を開いていました。
伊勢で半月オフを開催すると、天候が荒れると誰ともなしに以前から言われてましたが、いよいよもって極まってきたようですね。

伊勢での半月オフ自体は去年も開催していたのですが、私は所用により参加できなかったため、今年が久しぶりの伊勢訪問
です。
前回の訪問は2013年、まだ大学院に居た頃のこと……思えば遠くへ来てしまったものです。


そんな訳で、会社の飲み会でしこたま飲まされた金曜日。
当初の予定では、終電で東京まで出て土曜日に備えたかったのですが、うっかり横になったが最後、目が覚めたのは終電が遥か過去になった時間でした。

仕方なしに始発で出立して、東京から新幹線と近鉄特急を乗り継ぎ、約5年ぶりの宇治山田駅に降り立ちました。
移動中に朔さんと合流した後は、駅近くの喫茶店にて和泉冴氏、わため氏、雫氏、さわさわ氏と、今回の半月オフ参加者の過半数と無事に合流です。
oise(30).jpg oise(35).jpg
とりあえず、特に理由もないですが外宮に参拝しておきましょう。
ちなみに今回は冴氏と雫氏が車を出してくれたので、2台に分乗して移動しました。
もうママチャリでロードバイクを追いかけたりなんてしません!

大いに行程の無駄感はありますが、外宮に参拝した後は再び宇治山田駅へ戻ります。
昼飯代わりに、駅の裏手にある「半分の月がのぼる空」の聖地、まんぷく食堂でからあげ丼をいただきましょう。
oise(38).jpg oise(40).jpg
からあげ丼も5年ぶりですが、店構えから味わいまで、変わらない良さを体現しているようで本当に安心します。
一方で食べる側は……傍らにビール瓶が置いてあるようになってしまい、あまり褒められない変化ですね。
節制を思い出さなければいけません。

からあげ丼の後は、もう一つの重大な聖地、砲台山こと虎尾山の山頂へ向かいます。
oise(50).jpg oise(53).jpg
心なしか、以前よりも鬱蒼とした藪の中を抜ければ、見慣れた光景。
懐かしい思い出が蘇るようですが、実際問題としては虫の脅威の方が重大な問題です。
それも含めて、大事な思い出とも言えますが……今回もバッチリ、蚊に刺されてしまいました。

砲台山からは続いて、伊勢神宮の内宮を参拝します。
oise(65).jpg oise(71).jpg
こちらも既に幾度となく参拝した光景。多くを語ることはないでしょう。

天照大御神に旅の安全を祈ったら、門前のおはらい町へ赤福氷を食べに向かいます。
台風が近いといえど、流石は土曜日。おはらい町はなかなかの人出で賑わっていました。
oise(75).jpg oise(87).jpg
そういう訳で幾年ぶりの赤福氷。前回食べたときは、タイムアタックをする羽目になってしまいましたが、今回はゆっくり落ち着いて食べれました。
同行者曰く「ゆっくり食べる赤福氷はこんなに美味しいなんて……」と。

斯様な次第で赤福氷を味わい、夜のための地酒も購入したら、いよいよこの日のお宿へ向かって移動開始です。
伊勢道路を抜けて、小一時間ほどのドライブ。目指すは志摩市の海辺の方です。
案内板に従って小道に入り、駐車場に車を停めて100mほど歩いた先の渡し船乗り場へ。
宿の手配した渡船に乗り込み、既に対岸に見えている目的の島まで、5分ほどの小航海です。
oise(98).jpg oise(108).jpg
辿り着いたのは渡鹿野島という志摩の的矢湾に浮かぶ小さな島です。
この日の宿は、海辺に位置する島唯一の温泉がある旅館です。

海の見える大きな畳の部屋に風を感じられる露天風呂、宴会場での夕食と、なかなか泊まることのない高級な宿の雰囲気にテンションも鰻登りです。
oise(112).jpg oise(115).jpg
気になるところといえば、宴会場の案内板に記された名前が、どれを見ても一筋縄ではいかなそうなことだけでしょうか。
特に「お誕生日お祝いミステリー」はなかなかに名前だけでもミステリアスですよね。

それはそれとして、部屋に荷物を置いたら、少しばかり時間もあるので島を散策です。
oise(126).jpg oise(139).jpg
渡鹿野島はかつては“売春島”とも呼ばれた曰く付きの島。離島であることも相まって、あからさまな売買が行われていたのだそうです。
元来が熊野灘の風待ち湊だった歴史もあるそうで、古い港に付きものな花街の名残があるのは然るべきなのでしょうが、それにしても極端な事例と言えましょう。

しかしながらも幸か不幸か、今となってはすっかり寂れて――もとい、浄化されてしまい、かつての置き屋や飲み屋が並ぶ町並みもすっかり静まり返っています。
聞くところによれば、多少はまだ往時の商売の残滓が残っているそうですが、敢えて見つけ出すことでもないでしょう。
ただ、離島独特の細く入り組んだ路地と、花街の残骸の組み合わさった独特の凄みは、言い知れぬ雰囲気を醸し出しています。
oise(161).jpg oise(163).jpg
大手を振った観光地ではないものの、物好きな人にはウケそうなシチュエーション……と言ってしまうと、怒られてしまいますね。

そんなこんなで、島の市街をぐるりと回ったら、宿に戻ってひとっ風呂。
台風が近付いて風が強くなるなか、露天風呂で海風と開放的な湯船で温泉を満喫したら、いよいよ夕飯の時間です。
滑り込みで後から合流したヘク猫も交えて、宴会場で豪華な料理をいただきましょう。
面白い中居さんの語る島の昔話など聞きながら、熊野灘の海鮮や手の混んだ料理を味わっていれば、時間はあっという間に経ってしまいました。
oise(184).jpg oise(195).jpg
部屋に戻って、トランプで遊びながら飲み直していれば、さらに夜は更けていきます。
テレビをつければ、昼間でうろうろしていた宇治山田駅に台風中継が入り、嵐の様子を実況しています。
それほどまでかと、外を見やれば目の前の街灯が揺れ動くほどの大嵐ぶりでしたから、絶句してしまいますね。
雨は真横に叩きつけるように降り、波が防波堤を舐めたまま風に煽られて霧吹きのように霧散していきます。
この写真を撮った少し後に、台風が伊勢に上陸と発表されたので、まさに中心近くの暴風雨を目撃したことになるでしょう。最近は台風が直撃するタイミングで他所に居る機会も多かったので、これほどの嵐を目のあたりにするのは久しぶりの経験でした。

ちなみに、この暴風雨では渡し船も欠航です。
我々も島に閉じ込められる形になっていますが、一番の被害者は遅れてくる予定だった最後の参加者、キャプたん氏です。
今回の半月オフの主催者でありながら、やむを得ない事情で出遅れてしまい、大急ぎで宿に向かっていたはずなのですが……敢え無くタイムオーバーとなってしまった次第です。
彼はこの後、何を思ったのか一人でラブホに泊まって大はしゃぎして、ツイッターでバズるのですが……。

閑話休題。
島に辿り着いたメンツは、離島に閉じ込められたシチュエーションにはしゃぎながら、日付が変わる頃まで飲み明かし、一人また一人と寝落ちして朝を迎えました。


日曜の朝は“台風一過”と言うには今一つすっきりしないながらも、なんとか船は出る程度には回復した状況で起床です。
滅多にないようなちゃんとした朝食で、前日の酔いを覚ましたら、荷物をまとめて宿を撤収です。

にわか雨に曝されながらも渡し船で本土に戻ります。
oise(201).jpg oise(211).jpg
駐車場に辿り着いた頃には青空が広がるのですから、本当に不安定な空模様です。
しばらく、荷物の積み込みなどをして待っていれば、キャプたんも24時間遅れで合流し、ようやく全員集合です。

この日のアクティビティは雫氏の伝手で借りた海辺の土地で、バーベキューをやること。
渡鹿野島対岸の駐車場から車で15分ほど走り、台風の余波に荒れる海が見える浜の近くで、肉を焼きました。
oise(217).jpg oise(246).jpg
余録として、浜まで降りてのお酒も少々。半月クラスタお約束の文字列も浜に書き込んで、楽しく昼を過ごしました。

終いはおはらい町へ戻って、再び赤福氷を食べる会。2日目は再びタイムアタックです。
2名ほど1分を切る速度で吸い込んでしまうのですから、唖然とするばかりでした。
oise(252).jpg oise(261).jpg
赤福氷を食べ終えた頃には、時計の表示は17時を過ぎる頃合いに。名残惜しいですが、帰りの時間が気になる頃合いになってしまいました。

帰路も近鉄特急と新幹線を連携する最速ルートで、家路を急ぎます。
それでも東京駅を出たのは22時過ぎ、自宅に帰える頃には日付が変わってしまいましたが、これは全部内房が遠いのが悪いのです……。


そんなこんなで、久しぶりの伊勢にて楽しい週末を過ごすことができました。
月曜日は午前半休をとって、精神と体調を整えてから出勤です。
なんとか気合を入れて、会社に行くことができた自分を褒め称えたい気分ですね。

突貫石見訪問

忙しさも板について、諦観の念が強くなりはじめた今日このごろ。
耐えるか、逃げ出すか……動悸に苛まれながら、ただそれだけを考えていれば、平日は過ぎていってしまいます。

そんな日々の中でふと話題にのぼったのが、フォロワーのしろかえる氏がそろそろ引越すとの話題です。
仕事の都合で島根県内を転々とする彼ですが、引っ越しの度に口実を作って遊びに行くのが恒例と化していました。
ところが現住地に越してきてからは、既に1年ほどが経つのに未だ遊びに行けていません。
彼の住まう島根の西端、益田市など、こんな口実でもなければ一生行くことも無いことでしょうに……! 急いでいかなければなりません。


そういう次第で早急に都合をつけて、電車の時間を調査。ギリギリ1泊2日でも行って帰れそうなので、今週末は急遽島根まで遊びに行くことにしました。

朝一番に家を出て、新幹線で西へ一路。新山口駅で山口線の特急に乗り換えて、出発から7時間ほど。
しろかえる氏との待ち合わせ場所、島根県の津和野駅に到着です。
2018_05@石見観光010 2018_05@石見観光013
山陰の小京都と名高き山間の小さな町は、駅から風情があり趣ある列車が停まっています。

そんな訳で順当に駅でしろかえる氏と合流したら、駅近くの定食屋で“うずめ飯”なる郷土料理を食べてから街歩きに出発です。
2018_05@石見観光026 2018_05@石見観光031
かつては津和野藩の城下町として、また山陰と山陽を結ぶ交通の要所として栄えた津和野町。長州藩に隣接する立地のため、幕末には多くの人材を中央に送り込んだそうです。
その後、経済交通の流れが変わってしまい、開発の波に取り残されてしまったがため、今も幕末から明治期の町割りや建物が残る風情ある観光地へと変貌を遂げています。

街並みの真ん中を抜けて道なりに北西へ向かえば、その先は町を見下ろす山の斜面に境内を構えた太鼓谷稲成神社の参道です。
日本五大稲荷の一つとして、珍しく“稲成”の字を当てるイナリ神社。中腹の本殿へ向かう階段は伏見稲荷を思わせる程の立派な千本鳥居に飾られています。
2018_05@石見観光042 2018_05@石見観光052
頂上部の社殿もなかなかに立派で非常に良い雰囲気。振り返れば街並みも一望のもとに見下ろすことができます。
折よく列車が来たのですが、葉っぱの影に隠れてしまったのが惜しいところ。模型のような街並みに2両編成のディーゼルカーが映えますね。
2018_05@石見観光056 2018_05@石見観光059
麓に戻ったら、折角なので隣接する弥栄神社にも参拝。本来、こちらの方が古いなんて話もあるそうですが……風情があって良いですね。
弥栄神社から街並み歩きに戻ろうとしたタイミングで、今度はSLやまぐち号の出発に遭遇です。
駅までは遠いので、見通しの効く踏切に陣取って勇姿を拝みましょう。
2018_05@石見観光074 2018_05@石見観光077
黒煙を吐き出し、力強く駆け抜けるSLもなかなかに魅力的ですが、走った後の煙たさもまた強烈。観光で眺めるには楽しいですが……日常となれば「鉄道無煙化」が推し進められたのも仕方ないことのように感じてしまいます。

そんなこんなでフラフラしていれば、意外といい時間。町並み歩きもそろそろ十分かなと思ったところで、不意に路地裏の方から楽しげな重低音が聞こえてきます。
周囲を見やれば、どうやらお寺のような建物から音が流れてくる様子です。
葬式か縁日か……と思って見に行けば、意外な人の多さと妙に格好良いポスターが目に入ります。
2018_05@石見観光085 2018_05@石見観光088
「妙壽寺功夫」「お寺でディスコ」「Shinran's Birthday Party」「Buddhadarma and good music」……パワーワードのオンパレードで、無駄に格好いいデザイン、圧倒的な情報量。ぐうの音も出ないほどの説得力です。
何をいいたいのかわかりませんが、なんだか楽しそうであることだけはよくよく伝わり、この日一番のインパクトでした。

その後は郷土資料館を巡ったり、一押しのジェラート店へ行ったりしてから津和野を撤収。しろかえる氏の車で一気に益田市街の彼の家に向かいます。
荷物を置いたら、そのまま飲み屋さんへ。日本酒と海鮮を楽しんだら、彼の家へ戻ってアニメを垂れ流しつつアニメを眺めて夜を迎えました。


翌日は帰りの時間の都合もあるので、少しだけのお出掛け。柿本神社の総本社、高津柿本神社に参拝して御朱印を頂戴します。
2018_05@石見観光123 2018_05@石見観光119
柿本神社は歌聖柿本人麻呂を祀った神社。益田市周辺にはこの地で人麻呂が没したとの伝承が残っているそうで、その霊を慰めるために祀られているのだとかなんとか。
伝承の真偽は不明ですが、往古から栄えていたことだけは確かな土地。そういう可能性もきっとあることなのでしょう。

ふらりと神社を巡ったら駅前で昼食を摂り、少しばかり海までドライブしてから益田駅に戻り、しろかえる氏とはお別れの流れに。
来た道を戻るように山口線の特急に乗り込み、新山口経由で関東へと帰りました。


突貫行の津和野・益田旅行、普通であれば萩石見空港を使って空路で向かうのが常道なのでしょう。
あまりに突発すぎて鉄路にしてしまいましたが、益田にいたっては片道8時間半……東京基準で東北に向かえば室蘭あたりまで行けてしまいます。
飛行機ならベトナムを越えてタイかインドか……日本が広いのか、飛行機が凄いのか、思いつきにしては随分遠くへ行けて満足です。

社畜稼業とねじ込む野営の備忘録

先週の頭以来、文字通り朝から晩まで働く羽目になってしまった3月後半。

言い出せばキリがないほどの愚痴が積み重なっていますが、唯一の成果は土日の出勤だけは回避してキャンプに行ってきたことでしょう。
前日に22時まで仕事をしながら、朝は5時に起きて始発電車で高尾駅へ向かいました。
8時過ぎの高尾駅から、フォロワーの冴さんの車に拾われて、行って来たるは朝霧高原のふもとっぱらキャンプ場でした。
ここでキャプたん氏とも合流し、一泊です。

色々ありましたが……時間がないので、広々と楽しんだことだけを記しましょう。
大体、"ゆるキャン"の通りだった! といったとこです。

日曜日はその後は西湖の湖畔にある温泉でひとっ風呂浴びて、帰宅となり……月曜からは6時半出勤の日々。
控えめに言ってシンドいのですが……いつまで続くことでしょうか。

今はこれしかメモることができません。

春霞の琉球散策

先日の休日出勤の代価に振替休日を獲得した今週の月曜日。
降って湧いた3連休を有効活用するべく、久しぶりに遠くへ出掛けることにしました。

当初は一昨年に行き損ねた香港のあんこう邸を考えていたのですが、春節とシーズンが被ってしまい予算内では航空券が取れないことが判明してしまいます。
みかん氏を訪ねてソウル、あるいは中国沿岸か、国内か……と代替の目的地を検討した結果、手持ちのANAマイルで飛べる最遠方として沖縄那覇が候補に急浮上です。
この時期の沖縄は観光の閑散期とあってマイルが割安。気候も穏やかで人も少なく、海遊びをしないなら十二分に楽しめる穴場シーズンなのだとか。
これはうってつけの目的地を見つけたと、航空券と宿の手配を済ませたら、あとは当日を待つばかりです。


そういう次第で土曜日は朝から羽田空港に移動し、10時半頃の便で那覇へ向けて飛び立ちます。
少々の遅延と着陸後の諸々で、空港を出て日本最西端の駅、ゆいレールの那覇空港駅に辿り着いたのは14時過ぎくらいになりました。
2018_02@沖縄007 2018_02@沖縄012
ここから那覇市街までは、初めて乗るゆいレールで移動です。
乗る直前まで全く知らなかったのですが、ゆいレールでは通常の乗車券も券面に印字されたQRコードを改札機に読ませるシステムになっています。
磁気式でもICカードでもない初めて見るシステムですが、切符自体は一見すると普通の磁気式と変わりありません。
恥ずかしながら最初の改札では仕組みに気付くまで少し時間がかかってしまい……初っ端からちょっと躓きですね。

閑話休題。
無事にモノレールに乗り込み市中心部の県庁前駅で下車したら、駅から海の方を目指して歩くこと15分ほど。
この日の最初の目的地は琉球八社の一つにして琉球国新一宮である波上宮という神社です。
2018_02@沖縄022 2018_02@沖縄026
琉球八社とは、その起源は判然としないながらも、明治期に国家神道が定められる以前から琉球王国内に存在した、主な神社八社を総称した呼び名だそうです。
いずれも本来はその主体となるお寺があるそうですが、現状に到る経緯は複雑で今一つよくわからないのが正直なところ。
ただ少なくとも相応の由緒のある神社だそうで、特に波上宮はその規模や連続性から沖縄で唯一の官社として扱われた格式を誇ります。
社殿は海に面した低い丘の上に建つ沖縄風の立派なもの。今でこそ周囲も埋め立てられていますが、昔はより海に突き出したような地形だったそうです。名前の通り波の上のお宮と言った風情だったのでしょう。
沖縄の神社などマニアックな場所かと思っていたのですが、那覇市街に最も近いビーチも近くにあってか、ひっきりなしに観光客が参拝していく賑わいぶり。落ち着いて写真が取れないのは少し残念でしたが、無事に御朱印を頂戴することもできました。

波上宮の参拝後は昼食を摂りに寄り道などしつつ再び県庁前駅に戻り、駅前の商業ビル内にある那覇市歴史博物館へ。
この歴史博物館、ごく普通のテナントビルの4階に立地しており、同じフロアには普通のお店もテナントとして入っています。
観光客然とした格好で一般のエリアを通り抜けるのは多少気恥ずかしいところもありました。
それでも、展示面積的にも内容にもあまり期待してなかったはずが、侮るなかれです。
2018_02@沖縄062 2018_02@沖縄061
戦前の那覇市街を復元したミニチュア以外全て撮影禁止でしたが、数多の伝統的な織物の図案やその技法、代表的な衣服が展示されており、来た甲斐のある興味深い内容でした。


博物館の見学を終えたら、既にお酒を飲み始めてもいい頃合い。気温も関東基準では4月の下旬頃といった暑くもなく寒くもない程よいぬるさ。
外で飲めるお店を求めて国際通りに繰り出せば、少し入った路地ですぐに立呑屋さんを発見です。
2018_02@沖縄067 2018_02@沖縄071
オリオンビールを飲み始めたら、もう何も言うことはありません。
1000円でおつまみ1品と任意のアルコール3杯のセット。ビールと泡盛2杯で気持ちよく出来上がるのに、時間はほとんどかかりませんでした。


斯様な次第でほろ酔い気分にながらも、このまま夜を終えるにはまだ早い気分な18時過ぎ。
少しネットで調べると、波上宮へ向かう道中にあった福州園なる中国庭園で二胡の演奏会があるのだとか。庭園自体は歴史的な背景があるものでもなく、さほど興味も無かったのですが二胡の生演奏はちょっと聴いてみたい気分です。
さらに言えば庭園もライトアップされているとかで、写真を撮るにはいいかも知れないと思い立ち、行ってみることにしました。
2018_02@沖縄088 2018_02@沖縄093
何事も思い立ったが吉日ですね。ライトアップされた庭園はなかなか乙な雰囲気があります。
肝心要の二胡の演奏については……巧拙こそよくわかりませんが、酔い醒ましに夜風を浴びながら聴く音楽の気持ち良さだけで十分でしょう。
2018_02@沖縄115 2018_02@沖縄123
演奏を聴いて、その後にふらりと庭園を一周。あまり綺麗に撮れなかったのが心残りではありますが、面倒だと思わずに来た価値はありました。

酔いも醒めて気持ちよくなったところで、再び国際通りの裏通りまで舞い戻り、もう一軒。
地図で見れば無駄に数km歩いているのですが、そこはご愛嬌です。
次に見つけたお店も1000円で3杯飲めるお店ですが、面白店主に絡まれて盛り上がり調子に乗って3杯以上飲んでしまいました。
何故か他のお客さんのお土産という"千葉県産"落花生を貰ったりしながら、今度こそいい時間まで飲み語り、気持ちよくこの日の宿へと辿り着きました


日曜日は朝早めに起床してレンタカーを調達し、ドライブに向かう日。

本島を南北に繋ぐいくつかの国道を北上し、手始めに本島中部、宜野湾市の普天満宮へ向かいます。
普天満宮も前日の波上宮と同じく琉球八社の一つ。往古、後背の洞窟に神々を祀ったのが始まりと伝わる古社だそうです。
2018_02@沖縄143b2018_02@沖縄144
Wikipediaによれば、波上宮と並んで琉球処分後にあっても信仰と勢力を維持した数少ない神社なのだとかなんとか。
朝早すぎたために洞窟の見学はできませんでしたが、御朱印は無事に頂戴できました。
素朴な雰囲気の社は日本と変わらないように感じます。


普天満宮の次は車で15分ほどの距離にある中村家住宅を見学。こちらは国の重要文化財に指定されています。
王国時代の家屋の形態を今に残す貴重な建物なのだとか。
2018_02@沖縄153 2018_02@沖縄160
受付から風避けの石垣を抜ければ、赤瓦の上にシーサーを頂いたまさに沖縄といった古民家が出迎えてくれます。
内部も見学することができるのですが、夏を考慮した風通しの良い造りは爽快そのものです。
前日に続く初夏の陽気と程よく通り抜ける温い風、観光客の少ない静けさも合わさって、いつまでも寛いでいられそうな穏やかな時間を満喫できました。
2018_02@沖縄175 2018_02@沖縄193
ちなみに案内板曰く、このような赤瓦作りは王国時代には士族だけのものだったのだとか。そのため、庶民にも普及したのは明治以降のことだそうです。
この建物も建造は王国時代ですが、瓦葺きについては明治以降の造作だとか。沖縄といえば赤瓦に白漆喰のイメージでしたが……意外と知らないものですね。
また、帰路には売店でお茶と茶菓子のサービスもあります。運転と見学の後にホッと一息できますね。


中村家住宅の主"中村家"は案内書に曰く、遡るとかつて中城城に護佐丸という武将(官人)が入城した際に、付き従って移り住んだ家柄なのだとか。
その中城城の城址は中村家住宅から車で5分ほどの距離。今やグスク群の一つとして世界遺産にも登録されています。
本来、行き先候補には挙がってなかったのですが、それほど近くにあるのなら寄らない手はないでしょう。
世界遺産だけあって、駐車場も広く行けばすぐに分かるのがありがたいところです。広大な城内は発掘調査と並行して遺構が修復され、公園として整備されつつある印象です。
2018_02@沖縄236 2018_02@沖縄244
このお城は幕末期、黒船来航のペリー提督も訪問して、その石積みの流麗さを賞賛したのだとか。海を見下ろす丘の上、尾根に沿って広がる見るからに堅牢な城壁は、確かに見事でありました。
一方で南国らしく植物の方もその成長の勢いは盛んです。整備の間に合ってない場所では城壁を歪めて木の根が張り巡らされる様も見受けられ、これはまたこれでロマンあふれる光景でありました。


中城城跡の見学を終えたら、ここからは一気に国道を北上して本島北部の本部半島を目指します。
道中、不意の集中豪雨に見舞われてヒヤリとする場面もありましたが、どうにか辿り着いたのは本部半島の海洋博公園にある水族館、かの有名な美ら海水族館です。
以前から、沖縄に行くなら外せないと考えていましたが、ようやく念願かなって機会が巡ってきた次第です。
2018_02@沖縄264 2018_02@沖縄303
道草のし過ぎで水族館着は昼過ぎの一番混雑しそうな時間帯。加えて日曜ということもあり、まともに見て回れない水槽もある程の混雑具合です。
それでも、一番肝心な巨大水槽とジンベイザメの遊泳は遠目に見ても圧巻の迫力です。
この他、琉球海溝近隣を題材にした深海コーナーではカイロウドウケツやコトクラゲなど初めて見る生き物も見ることができました。
2018_02@沖縄326 2018_02@沖縄330
特にカイロウドウケツは、その精緻な構造を話には聞いていたものの、実物を見るのは初めてのこと。ライトに照らされた白磁の網目は見事というより他にありませんでした。

またこの海洋博公園、名前の通りかつて開催された"海洋博覧会"の名残として整備された公園です。
そのため水族館以外にも植物園や古民家園など、園内には文化施設が点在しています。
2018_02@沖縄370 2018_02@沖縄386
特に古民家園は琉球諸島の様々な階層や地域の民家を復元しており、先に訪れた中村家住宅と同じように興味をそそります。
赤瓦の普及前の茅葺屋根と竹壁の家などは、沖縄というよりもっと南の異国の島を思わせる風情があり、沖縄の文化の奥深さを
感じることができました。

また海洋文化館は太平洋地域のカヌーを中心に、種々の文物が展示されていて、こちらも面白い。
2018_02@沖縄395 2018_02@沖縄404
テーマが地味なせいか人も少なく穴場といった風情でしたが、スターナビゲーションに用いる木製の海図や、カヌーの実物に、建造する道具類まで置いてあります。
他ではそうそうお目にかかれない代物が目白押しであり、思った以上に長時間滞在してしまう程でした。


文化館の見学を終えて、時間を確認すれば既に16時をゆうに過ぎている状況。海洋博公園でだいぶ長居をしてしまいました。
レンタカーの返却の都合もあるので、帰路は寄り道せずに高速道路を使って一気に那覇市街へ帰還です。
車を返したら、この日も国際通りの裏通りへ繰り出して泡盛を堪能しつつ、残りの夜を過ごすことにしましょう。
前日が安居酒屋巡りだったのに対して、この日は観光客然とした名物料理の多い居酒屋へ。
一軒目ではラフテーやチャンプルーなど「沖縄っぽい」ものを食べて過ごし、二軒目には島唄の生演奏があるお店でのんびりしながら寝る時間を迎えることとなりました。


振休で休みとなった月曜日、沖縄最終日はゆいレールに乗って朝一番に首里城へ向かいます。
2018_02@沖縄446 2018_02@沖縄466
首里城は言わずと知れた琉球王国の首府。復元された各施設は世界遺産にも指定されています。
高校の修学旅行で訪れた頃には、既に復元を終えていたはずなのですが、当時は都合もあって訪れないまま帰ってしまい、ここを見学するのは初めてです。
朱塗りの派手な正殿を朝一番の空いているタイミングで眺めることができたのは、何よりの幸運でしょう。

首里城を見学したら、そのすぐ裏手にある瑞泉酒造も見学。戦前から泡盛の醸造を手がける歴史あるメーカーです。
2018_02@沖縄511 2018_02@沖縄515
一通りの行程を映像で視聴し、実際の機材を拝見して……朝から試飲コーナー! 出来立ての新酒から、熟成された古酒、加水する前の原酒まで味見することができます。
特に泡盛の原酒はアルコール53度となかなかに強烈なお酒。法律上「泡盛」とは表記できないため、品名が「原料用アルコール」となっているのもまた強烈でありました。

また首里城の南側の斜面には、金城町の石畳と呼ばれる古風な街路が伸びています。王国時代の地割の面影を残す趣深い区画です。
2018_02@沖縄547 2018_02@沖縄549
折角なので朝食もそんな路地の喫茶店でいただきます。
那覇市街を一望する木陰のテラスで飲むコーヒーは、優雅というより他にないシチュエーション。普段の柄ではない、陽気にやられてたまには洒落込んでみたくなってしまいました。

朝食後は坂を下るようにふらりふらりと街路をお散歩。
2018_02@沖縄556 2018_02@沖縄593
ノスタルジックな光景に誘われるまま巡っているうち、首里城まで戻るのも億劫なところまで彷徨い込んでしまいます。
仕方ないので、Google地図を頼りにゆいレールのおもろまち駅まで二駅分ほど歩いてしまいました。


おもろまち駅からは再びゆいレールで県庁前駅まで戻り、今度はここからバスに揺られて少し南の郊外、小禄地区へ。
飛行機の時間もあるので、最後に訪れることにしたのは那覇市街を見渡せる丘にある旧海軍司令部壕と呼ばれる施設です。
2018_02@沖縄615 2018_02@沖縄616
沖縄戦の際、沖縄に残置された海軍の陸上兵力は、陸軍と連携しこの小禄一帯に陣地を構えて立て篭りました。
司令部壕はその名の通り、司令部が設置され、そして最後には玉砕を迎えた地下壕です。
遺構は現在も公園として整備保存され、地下壕としては珍しく内部を見学することが可能です。
2018_02@沖縄639 2018_02@沖縄651
通路や通信室、司令官室など……広大な地下壕は全てではないものの、かなりの範囲を見学可能です。
生存者の証言に基づいたイラスト付きの解説板も置かれ、狭く暗い壕の中では過ごした苦難の日々に思いを馳せることができるようになっています。
沖縄戦の戦争遺構としては比較的マイナーな部類な気もしますが、実物を見て初めてわかる距離感や雰囲気もあり、歴史を学ぶ良い機会となりました。

見学後は売店の方の案内のお陰でタイミングよくバスに乗ることができ、そのままゆいレールに乗り継いで空港方面へ。
2泊3日の沖縄旅もお終いです。
最後にお土産を買い込んで、羽田行きの便で関東へと帰ることになりました。


全体的に天気に恵まれなかった沖縄旅行。去年の晴男ぶりの反動でしょうか。
それでも致命的な悪天候には遭遇せず、むしろのんびりと歩き回ることができたのは良かったといえるかもしれません。

しかし、これで去年貯め込んだANAのマイルはほぼ全放出の状態。安易に飛行機に乗るのはもう難しいので、しばらくは遠出はできないかもしれません。
暖かくなってきましたし、ハイキングとかキャンプとか、そちら方面に注力したいですね。

 | ホーム |  »»

カレンダー

« | 2018-09 | »
S M T W T F S
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

中の人について

molmol

Author:molmol
連絡先:aria_freak@ホットメール、mixi


社会的圧力に負けて働き始めた巫女好き提督。2年かけて回復したSAN値を瞬く間に失い、工場街のおんぼろアパートでサバイバルなう。

何かにつけて神頼みする近所のお稲荷様に感謝

個人的リンク

私が勝手に(無断で)貼ったリンクもあります……。 どうか、ご配慮願います。

分類……してないなぁ?

"兵站"内の探し物はこちらへ

月別ログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2Ad