月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


立山連峰横断の話

資格試験に追い立てられて、思うところが多々ある今日この頃。
その向こうには出張案件の影もちらつき、遠出もままならぬ日々が続く予感が重なります。
色々と投げ出したい衝動に駆られた果て、思いつくがままに宿を予約し高いところへ挑んでしまいました。


土曜日、朝は5時に起きて電車に乗り込み千葉駅から特急へと乗り換えます。
6:38発のあずさ3号、またの名を千葉あずさ。首都圏の東縁千葉駅から新宿を経由して長野の北辺、南小谷駅まで走り抜ける狂気じみた長距離特急です。
以前から乗ってみたかったのですが、この機に使わない手はないことでしょう。
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今回は経路の都合上、途中の信濃大町駅で下車しなくてはならなかったのですが、それでも随分と楽ちんでした。
いずれ、南小谷駅までも行きたいですね。

信濃大町駅からは路線バスに乗り込み、立山黒部アルペンルートの長野側の玄関口、扇沢駅へ向かいます。
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既に小雨がちらつく不穏な天気のなかですが、ここから関電トンネルトロリーバスに乗り込み黒部ダムを目指します。

車内で流れるトンネル打通の歴史案内に耳を傾けながらバスに揺られていれば、噂の黒部ダムには比較的すぐ到着。
途中、赤沢岳の下辺りで富山県に入ってしまいます。
アルペンルートというと富山長野をつなぐ山岳路線といったイメージですが、長野県部分はほんの一瞬しか無いも同然なのですね。
それはそれとして黒部ダムは何度見ても圧倒的な大きさです。
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もっとも、降ったり止んだりの天気に、オフシーズンで観光放水も無し。偉大なるダムの大きさに感銘を受けつつも、雨の合間を縫ってダムを渡り次の乗り物へ急ぎます。

次は黒部湖から黒部平まで、ケーブルカーであっと言う間です。
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黒部湖と長野県境の赤沢岳を望む小さな平地。雲に覆われた山並が雄大です。
展望台から逆側、アルペンルートの進行方向を見やれば、立山連峰の岩肌に張り付くような大観峰駅も望めます。
一体全体、誰が何を思ってこんなところに駅を拵えてしまったのでしょうか……狂気を感じる険しい立地です。
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この頃から風も強くなり、ロープウェイ内では散々に煽られ揺れる有様。
ふらふらしながら大観峰駅に至る頃には、雲も私を出迎えに降りてきて、外は真っ白な霧の世界に陥っていました。
斯様な状況で狭い駅構内に長居も無用と、次いで乗ったは立山トンネルトロリーバス。
連峰主峰、雄山の直下をくぐり抜けて、アルペンルートの最高点、標高2400mの室堂に到着です。
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室堂の駅はアルペンルートのハイライトであり、雄山登山の玄関口でもあって充実の設備です。
建屋内で一式揃い、直結のホテルもある大規模なもの。最上階には、かつて雄山山頂にあった江戸時代の雄山神社峰本社の社殿も展示してあります。

しかして、この日の私の宿も、この室堂駅から歩いて10分ほどのところにあるのですが……。
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びっくりするほどの視界不良と土砂降り、さらに足元は一面の銀世界。6月でも冬のようとは聞いていましたが、よもやこれ程までとは思いもよらぬ有様です。
しばらくは駅の建屋内で様子をうかがっていたのですが、最終的には意を決して宿へ向かい踏み出すしかありませんでした。
雪原に目印のごとく連なるポールを頼りに、横殴りの大粒の雨に耐えながら歩くこと10分ほど。
この旅のハイライトと言っても過言ではないほどの鮮烈な経験です。
道はあっているのだろうか、距離は後どれ程なのだろうか……いろんな不安が去来しながら歩み、宿の影が見えたときには心から安堵しました。
本当に、この時ばかりは冬山の恐ろしさの片鱗を味わった気分です。

そんな訳でいまだかつて無い苦労をして辿り着いたのは「日本一高所にある温泉」みくりが池温泉です。
室堂平、みくりが池の傍に佇む山小屋兼温泉宿といった風情のお宿です。
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名前の通り、温泉です。散々寒い目にあいましたが、温泉に浸って一息ついたらビールを飲んで、もう幸せのできあがりです。
場所柄、素泊まりの選択肢はなく1泊2食付ですが、夕飯も朝食も非常に美味で文句のつけようがありませんでした。

晩御飯後は宿泊客は早々に就寝の体制です。
登山といえば明け方からの活動が多いからでしょうか、21時を過ぎればすっかり静かになってしまいます。
かくいう私も早めに寝たのですが……ふとトイレに見を醒まして窓を見やれば、月が明るいです。
すわ、これは満点の星空かと外に飛び出せば、煌々と輝く満月が東南の空に登っているではないですか。
その明るさときたら、私の影が地面に映し出されるほど。天体観測には支障をきたすレベルですが、これはこれでまた風情があります。
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西側には遠くどこかの町の夜景が望見されます。確信はもてませんが、方角的には富山か高岡でしょうか。
眠気と寒さをこらえながらも、しばし夜の散策と撮影に勤しんでから、再び布団に帰りました。


翌朝は室堂平に日が昇る明け方5時過ぎに起床です。
東側に立山を控えるココでは、地平線上の日の出から実際の日の出まで1時間ほどの時差があります。
ただし、空が黄昏色に染まるのは地平線における日の出の時間帯のこと。単純な話ですがすっかり失念していたため、起きて外を見たら青空が広がっていたときは、何が起こったかと一瞬悩んでしまいました。

閑話休題、朝食を取ったら2日目の行程にいざ出発です。
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あわよくば雄山の山頂も狙えるかと思っていましたが、外に出て少し散策すれば、それがいかに無謀であるかが理解できます。
澄んだ空気のせいか、ちょっと行けばたどり着いてしまいそうなほどにはっきりと見えるその頂も、道程は一面真っ白な雪化粧です。
服装だけならいざしらず、足元の装備が心許ない状況でこれに挑むのは身の程知らずにも程があるというものでしょう。
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しばらく室堂平の雪原散策を楽しんだら、ふと大観峰駅まで引き返して赤沢岳の山並みを拝むアイデアが降って湧いてきました。
思いついたら、居ても立ってもいられないのが性分。室堂駅から往復のきっぷを追加購入して、今一度の大観峰駅です。
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目論見通り、そこには澄んだ空気でくっきりと姿を表す青々とした奥立山連峰の山並みがありました。
土曜日はそれどころではなかった立山側の急傾斜も落ち着いて眺めることができます。
改めて見ても、ここに駅を作ったのは狂気と言わざるをえないでしょう……。

大観峰から再び室堂駅に戻ったら、続いて“雪の大谷”も見物です。
毎年、4月の半ば頃に立山の風物詩として報じられる、あの雪の谷間をバスが走り抜ける道。写真や映像ではしばしば目にしますが、本場では6月でもお目にかかれるとは知りませんでした。
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特に今年は雪が多いとかで、例年よりも高い壁が拝めます。加えて前日の雨で綺麗になった雪面と、雪の白がよく映える青空、6月には望むべくもない好条件が揃ったとかで、なんと運がよいことかと日頃の行いを自画自賛したくなります。

しばらく雪の大谷を散策して飽いたら、いよいよもって室堂を後にして下りの行程へうつります。
ギリギリまで最高点に居たい思いもありますが、寄り道もきっと楽しいはずと、悩んだ末にだいぶ後ろ髪を引かれながら、富山方面へ向かう路線バスに乗り込みました。

乗り込んだと言っても終点まで直行せず、途中の弥陀ヶ原でバスを降りて散策へ。
初夏になれば湿原が広がり、素晴らしい眺望が――とパンフレットには書いてあったのですが、どうやら初夏というには早かった模様。バスを降りても湿原ではなく雪原が広がる様には、早まったことをしたかと焦りの念が生じます。
しかしながら、湿原はなくとももう一つの目的地へは行くことができる様子です。
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立山は室堂平から南西側に、大地が大きくえぐれた立山カルデラと呼ばれる一帯があります。
これを一望できる展望台があるとのことで、是非とも見たいと散策に挑む次第です。
昨日に続いての、ポールだけが頼りの雪中行軍。雪山を舐めているとの誹りは免れない気もしますが、大学時代だったらもっと気楽なスニーカーで突っ込んでいたレベルの道程でしょう。
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15分ほど登れば道が途切れて、急な斜面に行き当たります。
この巨大な谷間こそが立山カルデラ。日本海屈指の暴れ川、常願寺川の源流にして終わりなき砂防工事が続く大崩落の現場です。
少し目線を上げれば白山まで望見できる好条件のもと、雪渓と青山と青空が織りなす雄大な景色に息を呑むばかりで、先程の焦りも何処かへと飛んでいってしまいました。

立山カルデラを眺めながら一息入れたら、続行のバスで終点美女平まで下ります。
途中、日本一の落差を誇る大瀑布、称名滝の前でバスが徐行してくれるイベントなどを挟みつつも、終点へ。
美女平まで下れば雪はすっかり姿を消してしまいました。
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美女平からはケーブルカーに乗り換えればアルペンルートの終点、立山駅に至るのですが……ここまで来て寄り道しない手は一切ないでしょう。
一山登り終えて帰路を急ぐ人波から外れ、探勝歩道へと足を踏み入れます。
高所の雪山とは一点、そこは初夏の高原の森林です。こちらの方が今の季節らしい風景でしょうか。人も少なく実に快適です。
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この一帯は立山杉の産地だとかで、巨大な杉の木が方々に聳え立っています。
豪雪地帯なせいか、奇妙な曲がり方をした木も散見され、不思議な森に迷い込んだかのような感覚に陥りながらも、思いがけず緑を満喫する機会となりました。

駅に戻ったら、いよいよもって観念して最後の乗り物、ケーブルカーで麓の立山駅にいたり、アルペンルートの行程は完遂と相成りました。
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山小屋風の駅では冬山装備のレンタルも行っているようで……こちらに先に来ていれば、あるいは雄山に挑めたのかもしれませんが、過ぎてしまっては詮無きことです。

ここからは富山地方鉄道に乗りかえて、順次富山駅へ向かいます。
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もちろん、直行とは言わず途中の岩峅寺駅で途中下車。この駅も含め、富山地方鉄道は驚くほどに風情ある田舎のローカル線です。
なかでもこの岩峅寺駅は立派な外観ながらも歴史を感じる趣に、映画“点の記”でもロケ地にされたのだとかなんとか。
静かに放っとくのが勿体無いほど、田舎の良い部分を絵にしたような光景の駅です。

しかし、駅が格好いいだけで下車するほど、時間に余裕がある訳ではないので、この駅で下車したのもちゃんと理由があります。
駅から歩いて10分ほど、駅のある岩峅集落の外れに鎮座する雄山神社の前立社壇に参拝です。
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雄山神社は立山の主峰雄山の山頂を峰本社とする越中国一宮、その里宮にあたる社がこの前立社壇になります。
本来であれば峰本社も参拝したかったのですが、先の雪山状況に加えて、そもそもが夏季7~9月しか参拝受付していないのだとか。どちらにしても訪れようがなかったそうですから、里宮だけの参拝になってしまったのは仕方ないことでしょう。

次は山頂への参拝を祈願したら、駅へ戻り、今度こそ富山駅へと向かいました。

締めに富山駅ビル内の居酒屋さんで地酒を飲みつつ指定券を取った北陸新幹線を待って、帰路へ。
1泊2日の行程にしては、思った以上に要素を詰め込んだ充実した旅は3度目の北陸新幹線で締めて終りとなりました。


斯様な次第で非常に楽しんだのは良いのですが、山歩きは全身運動……せっかく復調してきたのに、また全身筋肉痛です。
運動不足がたたっているのでしょうか、世話ない話です。

週末の西国迷走帰路

お馴染み、連休を塗りつぶす出張案件も無事に終わりを告げた土曜の朝。
見事に寝坊して、起きたら宿のチェックアウトぎりぎりな時間。慌てて荷物をまとめたら、来た列車に乗り込んで山口県とおさらばです。

もちろん、そのまま関東に帰る気など毛頭ないので途中下車先を適当に選定して山陽新幹線のきっぷを確保したら、いよいよ初夏らしい週末が始まります。
今回、目に止まったのは岡山県の倉敷。かの美観地区で名高い街ですが、実は今まで行ったことが無かったことに気付いてしまいました。
この機会です、寄り道先としては持って来いですよね。

新倉敷から山陽本線で少しばかり行けば、美観地区のある倉敷駅に到着です。
駅から10分ほど、街中を歩けば建物に歴史的な古めかしさが漂い始めて、目的の界隈に着いたことを教えてくれました。
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白い漆喰の壁と黒ずんだ木造部の引き締まったモノトーンが美しい光景です。これで晴れていれば文句はなかったのですが……。
天気ばかりは詮無きもの、ひとまず案内地図を確認し、街のすぐ脇にある阿智神社へと向かうことにしました。
曰く、古来この一帯は内海であり神社のある小高い丘こそが、当時は島として航路の目印となり入植民にも神聖視されたのだとかなんとか。
“阿智”の地名の方が由緒は古く、倉敷の地名は町が形作られ、蔵が立ち並ぶようになってからの呼称なのだそうです。
爾来、隆起と堆積により倉敷の町が規模を増す中、この一帯を見守る鎮護として、また参道から町並みを一望できる景勝地として今も参拝客が絶えない神社となっています。
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丘をまわり込むように裏参道から入り込んで、阿智神社に参拝。久しぶりに御朱印も頂きました。
境内地は立派の一言。本殿の裏からは丘一帯に連なる鎮守の森や、そこかしこに紛れる岩座群があり、本殿の前側は文明的な木造の大灯籠に能舞台。多様な文物の配置に信仰の篤さと歴史の深さが伺えます。
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特に絵馬殿は町を見下ろす絶好のロケーション。休憩用の椅子もあり、歩き疲れた観光客や寛ぎに来た地元民もいて程よい賑わいを感じさせます。
観光地らしい明るさと歴史の奥深さを兼ね備えた神社でありました。

神社の参拝を満喫したら、町並みを見下ろす石段を伝って美観地区へ戻りましょう。
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かの有名な水路からは少し距離がありますが、神社の下の界隈も古い門前町の風情があり趣深いです。
ここからは町並みを適当に散策。酒屋さんで試飲したり、地ビールを飲んだりしながらふらりふらりと水路方面を目指します。
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道中、倉敷紡績の記念館や倉敷考古館を見学。
倉敷紡績の方は名前の通り、クラボウの歴史と町の発展を絡めて紹介する企業博物館。工場や付随する設備の発展や、往年の書類などを見ることができ興味深かったです。
一方の考古館は水路際にある建物自体が古風で魅惑的な考古博物館。岡山県下で発掘された縄文から平安期の遺物が展示されていました。
小さく古風な博物館であり解説などは控えめでしたが、なかなか見ることのない発掘ままの銅矛なども置かれていて、こちらも面白い資料館でありました。

そうこうしているうちに、観光写真などでもよく見かける水路に到着。
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この日はGWの終盤ということもあり、何やら催し物が行われていたようで、花嫁姿の方が船で周囲をぐるりと巡っていました。
周囲には観光客が鈴なり、風情と言うには賑やかすぎますが、それでも新緑の並木と水路の取り合わせは実に良い景色です。
新幹線の時間の都合もあったので、花嫁船見物も途中で切り上げざるを得ませんでしたが……後ろ髪引かれる思い。
狭いからすぐ見終わるなどと噂に聞いていたのですが、とんでもない。とても半日では見て回りきれず、もう一度来なければと心に誓って、倉敷の町を後にすることになりました。


斯様な次第で岡山から再び新幹線に乗り、次に降りたのは新大阪駅。地下鉄に乗り換えて新世界に向かい、友人の元下宿生やその友人連中と合流です。
特に何がある訳でもないですが、串カツ屋で飲み会などしながら過ごして大阪の夜を更けさせました。

明けて日曜日は連休最終日ですが、私にとっては普通の日曜日。
朝食を食べたら、そのまま帰るのはまだ足りないので奈良へ向かいます。
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天気が良かったので、そのまま若草山に登頂。実は表側から若草山に登ったのは初めて。
以前に裏側のドライブウェイから山頂に回ったことはあるのですが、一重目の芝生にきたことはありませんでした。
こんなに景色が良いと知っていれば、もう少し早く来ても良かったかもしれません。

若草山でこの日もビールを飲んだりして過ごしたら、下山して昼から日本酒バーでちょい飲みし、いよいよもって関東へ。
京都から新幹線に乗ったものの、考えるまでもなく席は満席。しかたなしに東京駅まで立ち続けて、内房へと到りました。


そういう次第で、連休明けのダメージが少ないこの週明け。
振替休日のストックがたくさんあるので、使わないといけません。遠くに行きたいですよね。

清らかなる水辺の週末

今年も初夏の陽気とともに月が変わって大型連休の華やぐ4月末と5月頭が到来です。
去年に続いて、出張案件やら諸々の事情が重なり見事に消し飛ぶ予定ではありますが……それでもどうにか間隙をついて引き寄せた休日くらいはフル活用したいところ。
土曜日こそ、社用で流れましたが日曜と月曜は頑張って楽しみます。


手始めに4月最終日の30日(日)は10年来の念願叶ってARIAのイベントに参加です。
学生時代のコンサートイベから始まり、先年の10周年コンサートや劇場版の舞台挨拶まで……種々の用事から抽選漏れまで、多種多様な理由が重なって参加できなかったARIA関連のイベント群、ついにようやく参加できる日がやってきた次第です。
チケットを配分してくれた朔・ヘク猫コンビにはいくら感謝しても足りないことでしょう。

そんな訳で、この日曜日は昼から新橋に件の2人と合流し、竹芝の会場にてイベント参加です。
初めて聞くショーロ・クラブの生演奏は言葉にならない感激だったという他ないです。
ARIAの声優陣による朗読劇もARIAの世界そのまま。無いはずの映像が自然と頭に思い浮かぶような一時は、声優の技量と待ち望んだ世界の再来に深く感じ入る事ができる時間となりました。
余韻に浸ったまま、夜の部にも出席する2人を待って、初めての東京タワーで時間つぶしをしつつ再合流して一杯。
幸せな一時の情報交換をしながら過ごす最高に楽しい一夜を味わって、終電まで粘りながら実家へと帰りました。


斯様な素晴らしきイベントを味わった翌日の月曜日は、会社カレンダーではメーデーとなる月曜日。
実際には出張異動日に指定され、中国地方は山口県まで出張らなければ行けないのですが、ただ行くだけでは面白くないというもの。
少しくらいの寄り道は約得ですよね?

新幹線を新岩国駅で降りて、乗り換え連絡通路少し歩けば、錦川鉄道の清流新岩国駅に至ります。
特に他意はないですが、初夏の陽気と清流沿いに走るローカル線、最高の組み合わせだと思ったら居てもたっても居られなくなってしまいました。
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清流新岩国駅からして、新幹線停車駅に隣接するとは思えない風格ながら、そこから列車に乗り込めば期待通りの光景が広がります。
陽光が新緑を照らし出す渓谷、川底が透けて見えるほど澄んだ水、どうやって開削したのかも不思議なほどの急斜面に貼り付く鉄路――思い描く清流のローカル線です。

夢に観るが如き光景を目の当たりにしながら小一時間ほど揺られれば、終点の錦町駅に到着。
この錦川鉄道清流線はかつて、国鉄の岩日線と呼ばれたそうで、全線開通することもないままに廃止の憂き目にあって今に至るのだとか。
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今も錦町駅から線路の終わりを見やれば、いつでも引き伸ばせるかのように道が続いており、未成線のままにあるトンネルも遺っているのだとWikipediaには載っています。
そんな線路の果ての田舎町、一足早い夏の訪れを感じさせる雰囲気を味わいながら、折り返しの電車が動き出すまでしばしの散策です。

曲になりにもローカル線の最果て。お世辞にも活気があるとは言えずとも、かつて街があったことは確信できる風情がそこにはあります。
少しばかり歩けば地酒の酒蔵にも遭遇。おみやげに一本とも思ったのですが、直売所があるのか確信が持てなかったのが難点でしょうか。
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さらに少し行けば、八幡宮もあります。
初夏の神社というシチュエーション、なにがどうと前提があるわけではないのですが……不思議と何か物語が始まりそうなワクワク感がありますよね。
巫女さんはおろか、神職さんも見当たらなかったのですが、誰もいない境内もそれはそれで趣あるというもの。
寂れた遊具や、戦前の絵馬も見受けられ、古くは歴史と活気に満ちた神社であったことを感じさせます。
願わくば、また再びの賑わいを――とも思いますが、やはり、こう……エロゲとかラノベのプロローグを感じさせてしまうので、もう少し年相応の健全な精神を取り戻したいです。
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斯様な次第で30分強ほどほっつき歩いて、折り返しの列車に乗るため駅へと戻ります。
チェーン店のない古典的な商店街、意外と「時代に取り残された」と形容されるような昭和の街並みも、今の“ファスト風土”的風景と五十歩百歩な全国変わらぬ光景な気がする今日この頃ですが、それで「もかつての日本ではありふれた光景」というやつでしょうか。
平成の都市郊外育ちの私としては、新鮮で特殊な風景に変わりなく興味深くあることが出来ました。

この後は折り返しの列車で岩国に至り、山陽本線で出張先へ。


短い連休は終わりを告げて、休出週間の始まりです……がんばるぞい。

近江桜巡航

諸々の仕事が立て込んでしまい記載が遅れてしまいましたが、私は元気です。
先の週末、4/15-16の土日は幼馴染の“えめろん”氏、“番長”氏と誘い合わせて、数年来の豊郷小学校旧校舎群を探訪してきました。


事の発端はえめろん氏が「豊郷小に行きたい!!」と言い出したこと。諸人の予定をすり合わせた結果、この週末しか無いとわかり、多少の無理を押しても強行軍してしまった次第です。

具体的には徹夜ドライブが効く歳でもないので、朝は早めに家を出て静岡で友人を拾いつつ半日かけて豊郷へ向かいます。
途中、愛知県内での雨模様に先行きを案じさせられましたが、滋賀県に着いてみれば思いの外の晴れ模様。暖かい春の陽気にすっかり気分も緩んで観光です。
勝手知ったると思い込んでいる豊郷小も何やかやで3年ぶりでしょうか、前回はおそらく原付を回送して訪れたときのはずなのでだいぶ期間が空いてしまったと言えましょう。
細々と雰囲気の変わっているところもありますが、大枠は昔のまま。新鮮なイベント場所というよりも、変わらない安心感を感じるべき場所になってきていますから、時の移ろいには恐れ入る限りです。
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そんな訳で、折角ですから時のうつろいを超越した悠久の古社、近隣の阿自岐神社にも参拝しましょう。
折よく春祭りの準備もしていたので、大太鼓や臨時の木橋なども見学です。
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拝殿に張られた幕は白と黒が基調の落ち着いた代物。
お葬式などでよく使われる鯨幕、本質的には清浄なものなので慶事でも利用されるとは聞いていましたが、実際の例を見るのは初めての経験。本当に使われる文化圏もあるのだと、感心してしまいました。

豊郷小近隣の観光後は、豊郷探訪時の定番らしく酒蔵方面へ。
友人連中がお酒選びに勤しむ合間に、少しだけ抜け出してこれまた春まつりの準備中であった愛知神社に参拝です。
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多く語ることはありませんが、こちらも大太鼓を準備中。この界隈では春祭りに大太鼓が必須なのでしょうか……?
文化の細かいことは存じ上げませんが興味深い傾向です。
だからといって深掘りする気もありませんが……何か機会があったら詳しそうな人に聞いてみたいところです。

酒蔵を後にしたらこの日の宿がある彦根口の方へ。宿にチェックインして車を置いたら、ココからは徒歩で彦根城を目指しましょう。
概ね4km程、歩いても十分たどり着く距離なので桜並木など満喫しながら向かいました。
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道中のざっくりとした交通案内などに笑いつつも、行って来たるは彦根城のお濠の桜です。
話は少しだけ遡って豊郷小にて。観光中に偶然にも観光案内所で勤務中だった友人のぼややん氏に遭遇して、彦根城の桜の綺麗さをレクチャーされた次第です。
オススメの夜桜スポットも教わったので、これは行かない理由がないと、有飯代わりの飲み会を経て向かった先で目にしたのは、お濠の水鏡に浮かび上がる満開の桜でありました。
これはもう文句のつけようのない絶景と言えましょう。これを教えてくれたぼややん氏には感謝の念が絶えません。
あまりの良さに宿への帰路はその話で持ちきりだったのは言うまでもないことでしょう。
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あまりの良さに日曜の日中に再訪してしまう程です。
夜桜ほどのインパクトはないまでも、なかなかどうして昼の満開の桜も良いものです。
ぐるりとお城の周囲を巡って昼の彦根も軽く観光。
座敷船の試運転にも遭遇し、その船と橋の絶妙なサイズ感に舌を巻いたのが、特筆に値することでしょうか。
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本来であれば午後までのんびりしたいところでしたが、あいにくとこの日は車での観光。加えて、この日は夜までに出張先に前乗りしなくてはいけないこともあり、正午前には撤収する必要がありました。
後ろ髪を惹かれる思いながらも、、仕事が相手ではどうにもならず城下で軽食を取って東へと戻っていくことになりました。


そういう次第で帰路はその足のままに北関東の某所へ。水曜日まで出張案件に対応して帰ってきたのが先程になります。
慌ただしい限りである……。

大きな出張の小さな旅・おかわり

またしても、少々日記の間が空いてしまいました。
長丁場の出張が重なり、もはや外泊している日の方が圧倒的に多くなってしまった今年の第1四半期。
幸いに前回ほど汲々の日程ではなかったので、土日には少しばかり遠くまでお出かけすることができたのが救いでしょうか。


最初の週末、遡って3月の11日は朝から早起きをして博多港の国際旅客ターミナルに行きました。
何故か準備良く持ってきていたパスポート片手に乗り込んだのは釜山港行きの高速船。
先日、就職で本国に帰ってしまったフォロワーのみかん氏を訪ねて、初めての韓国入りをしてきました。

釜山港の国際旅客ターミナルでみかん氏と早々に合流してしまえば、もはや状況は「日本語が得意な現地民」という最強のお気楽モードです。
至れり尽くせりのエスコートには感謝の念が絶えません。
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主な目的が彼と飲むことでもあったため、釜山ではざっくりと下調べもなくぶっつけの観光。
チャガルチ市場なる伝統市場の見学や、臨時首都記念館を見てまわります。
臨時首都記念館は朝鮮戦争時代、韓国政府がソウルを追われて釜山に首都を置いていた時代の大統領官邸だった場所なのだとか。
官邸内の様子や戦時下の生活、往時の街の様子が展示してあります。異国の戦時中に関する博物館、言及される悲劇や英雄譚の視点に共通するところ、或いは感性の違いを感じさせられるところ、色々と視点が違って勉強になりました。
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記念館のあとは中華街などを巡りつつ釜山駅から高速鉄道に乗り込みます。
大陸らしい両端に動力車を備えた列車に揺られて小一時間ほど、ソウルと釜山の中間点あたりにある街、大田(デジョン)にて下車しました。
大田駅からはタクシーで韓国の町並みを通り過ぎて、みかん邸へ到ります。案内のみならず、宿の提供までしてもらって頭が上がらないですね。
そんなこんなで、みかん邸に着いたのが20時頃のこと。ようやく、この日の夕飯にありつく訳ですが、韓国といえばクッパか焼肉か……と思っていたところ、提案されたのはまさかのフライドチキンです。
曰く「こっちではチキンにビールでサッカー見たり宴会したりする」そうな。宅配ピザに近い感覚なのでしょうか……? 後で知ったところでは、韓国はやたらとフライドチキン屋の多い国だったのだとか。やはり現地民の提案には唯々諾々と従うべきですね。
“二人前”で頼んだら山盛りのチキンと、付け合せ大根の酢漬けが出てきたときは少々面食らいましたが、なかなかどうしてカリッと揚がった美味しいチキンを食べることができ、良い経験になりました。

翌日は昼下がりの船で帰国の予定だったので、午前中から高速鉄道で釜山に戻り、そのまま特に寄り道せずフェリーターミナルへ。
2017_03@韓国行程260 2017_03@韓国行程280
ときどき、クジラにぶつかる高速船。帰れなくなったらどうしようかと、少しハラハラものでしたが無事定刻に出港して到着。
最初の週末は無事に終わりました。


次の週すなわち先の週末3/18は出張も終了し、後は関東に帰るのみの状況。
3連休を有効活用して少しばかり遠出と思っていたのですが、よくよく予定を確認すると20日は分島花音のライブがあるので東京に帰らなければ行けません。
程々の距離でと考えていれば、これまた諸般の事情が重なって日曜の夕方には静岡の親の実家に顔を出す必要が出てしまいました。

諸々の縛りが生じてしまっては致し方なしです。小倉基準で日帰り程度の距離を巡って引き返すことに決めて、目についた行き先が佐賀県です。
実は佐賀県、吉野ヶ里遺跡などを少しは観光しているものの、ほとんど通り過ぎたことしか無く街場に降りた経験もありません。
佐賀市街は幕末の雄藩「薩長土肥」の“肥”こと鍋島藩の所在地にして、郊外には一宮の與止日女神社も控える歴史スポット。そこから列車で1時間ほどの唐津も海城唐津城や石炭の積出港の歴史を擁する古い街。
魅力は十分ながら、絶妙な距離感で放ったらかしになっていましたが、この機を逃さない手はないでしょう。

そういった思考の果てに、朝から特急を乗り継いで鹿児島本線から長崎本線を一気に進んだ土曜の朝。九州の特急は本当に便利ですね、値段もたかが知れているので、ついつい活用してしまいます。
佐賀駅からはレンタサイクルを調達したら、まずは駅の北側へまっすぐ30分ほどのとこ、肥前一宮の與止日女神社を参拝です。

與止日女神社は佐賀市の西を流れ有明海へ注ぐ嘉瀬川の畔に位置し、近隣には肥前国庁跡も立地する古代の中心地に鎮座する歴史ある社。
名前の通り、水の女神を祀るそうです。
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訪れたこの日は偶々、“ひゃあらんさん祭り”なる水難除けのお祭りの日。境内の下の川辺では、仮設の神棚を立てて神職さんが何やら神事の準備をしていました。
また境内では子供太鼓の奉納が行われていたのですが、迫力のある見事な演奏は足を止めて魅入る見事さ。後で神社の方に教えていただいたところでは、指導者が全国的に有名な方のチームだったそうで……田舎神事と侮るべからずですね。
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川の上には、少し気の早いする鯉のぼりも吊るされ春の気配を感じるサイクリングとなりました。


佐賀の城下に戻ってきたら、余勢をかって與賀神社や佐嘉神社など市街地の神社を巡って、歴史探訪と御朱印集めをこなしながら、列車の時間を待ちます。
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およそ1時間に1本の唐津線を捕まえたら、一時間ほどかけてこの日の二つ目の目的地唐津へ。
車窓から見える唐津炭田の遺構にテンションを上げつつ、駅に着いたらここでもまずはレンタサイクルを確保です。

余談ながら、どうも「ユーリonICE」というアニメの聖地だったようで、この日はアニメファンと思われる人を多数見かけることになりました。
私はこのアニメを見てなかったので頓着してなかったのですが、妹やフォロワーさんがやたらと反応していたのが、印象的でありました。
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それはそれとして、私がしたいのは御朱印集めと歴史ある町並み探索。
まずは城下市街に鎮座する唐津神社と、郊外に鎮座する松浦郡の古社鏡神社を参拝したら最初期の目的は達成です。
後は日没までにどれだけ回れるかの勝負でしょう。唐津城は残念ながら改装中でしたが、玄界灘はいつもと変わらぬ風景を提供してくれます。
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もう少し天気が良ければ文句なしだったのですが……こればかりは詮無きことですね。

他には石炭の積出港時代の名残、旧唐津銀行本店も見学です。
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古い貿易港らしい立派な銀行の建屋は東京駅なども設計した辰野金吾の作品です。全く知らなかったのですが、辰野金吾は唐津出身の人だったのだとか。
意外なところで意外なことを学ぶ機会がありますから、やはり旅は面白いですね。

最後に自転車を返して、この日の宿泊地へ。
筑肥線に揺られて松浦川に差し掛かったとき、思わず予定をひっくり返して列車を降り、川辺に走るような光景に出くわしました。
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流れの穏やかな川が黄昏空を映して見せる幻想的な光景。田んぼや干潟で見る水鏡は知っていましたが……川でも見ることができるとは知りませんでした。

夜の帳が下りるまで川辺に佇んでしまいましたが、この日の夜は気を取り直して日帰り温泉で一服してから唐津郊外のネカフェで一泊。


翌朝は早朝の列車に揺られて北九州市はスペースワールド駅まで舞い戻って途中下車。
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制限時間いっぱいまで、この界隈にある旧官営八幡製鉄所の高炉や北九州市立いのちのたび博物館を見学して、静岡へと向かいました。


斯様な次第でだいぶ慌ただしい三連休、最終日は午後から東海道線に揺られて都内に赴き、分島花音のライブ参加です。
分島花音のパフォーマンス、曲の良さも然ることながら、ライブごとに加わるアレンジや独特な歌い方、チェロの生演奏と魅力満載で毎回、幸せな気持ちにさせてもらえます。
今回のライブでは趣向を変えてMCも多めでしたが、これもまた絶妙なグダグダ感が楽しいこと。
毎度のごとく、セトリは割愛ですが……気づけば予定もわからないまま7月の東京公演のチケットを買ってしまうほど、悩みも憂いも溶け出す楽しいライブでありました。


ちなみにライブ後の平日はまたしても泊りがけの出張。
今日ようやく帰ってきたのですが、今度は資格試験が間近に迫っています。もうしばらく気が休まらなさそうで参ってしまいますね。

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