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月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


北陸家族旅行

晴天に恵まれた3月第2週。父親のたっての希望もあって、この週末は金沢へ家族旅行と先方から決まっていました。
父親曰く「自分の足で歩き回るうちに、あっちこち見て回りたい」のだとか。
親孝行という大義名分、乗っとかない手はないですよね。


そんな訳で金曜日から有給を取得して、北陸観光へ繰り出していた両親と下の妹を追いかける形で、土曜の朝から北陸へ出発です。
安心と信頼の北陸新幹線で金沢駅まで向かったら、ここで北陸鉄道浅野川線に乗り換えて、金沢の郊外にある内灘駅を目指します。
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金沢市街の混雑を避けながらレンタカーで移動している家族との合流が可能となり、かつ私も未乗車の路線を乗り潰せる。
一石二鳥の機動で、無事に落ち合うことができました。

合流後は地元の有名チェーン店らしい“8番らーめん”で昼食を食べてから、白山比め神社へ。
ここはかつて一度参拝したことがあるのですが、母親と妹が行ってないのでは外せない目的地でしょう。
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二度目の参拝となりますが、加賀一の宮の風格を感じる立派な社殿でありました。
昨年夏はこの神社の奥宮に当たる白山山頂に登拝しましたし、その報告も兼ねた気持ちでお参りいたしました。

白山比め神社の次は、北に車で5分ほど走った位置に鎮座する金剱宮も参拝です。
関係性は複雑でうまく説明できないのですが、白山の有力な摂社に当たる神社なのだとか。
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その名もあってか、金運にご利益があるとか何とか。仕事の安穏を祈って、御朱印をいただきました。

白山方面の神社を巡ったら、金沢市街へと戻り、ひがし茶屋街近くのコインパーキングに車を停めて散策です。
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人も多く賑わっていますが、なかなかどうして風情がありますね。アンティークな看板がいい味出してます。

一般公開している元芸者遊びのお店も見学です。
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工夫をこらした設えなどを見学し、必要とされる教養の深さに慄きながら見て回りました。

ちなみに、このひがし茶屋街の裏手にも宇多須神社という社があります。
もともと“卯辰”すなわち東南を守る城下の守護神として、藩祖を祀った神社なのだとか。
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今でこそ町外れの小さな神社な雰囲気ですが、丁寧に整備され歴史と崇敬を感じる社でした。
ただ、拝殿の下に忍者が隠れていたのは……なかなか謎ですね。

神社のあとは、ひがし茶屋街を一本裏側の路地から戻ります。
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表側の路地とはまた一味違った生活感のある古風さです。
古色蒼然とした佇まいのお店など、少々ワクワクしてしまいますね。

大通りと橋を挟んで向こう側は、料亭が連なる主計町です。
こちらも風情のある通りですが、さらにその裏手には久保市乙剣宮が鎮座しています。
由緒書に曰く、延喜式にも記載された金沢屈指の古社なのだとか。市場が置かれ、現在の金沢に連なる町の原型になったとかなんとか……真偽の程は定かではないですね。
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しかし、かつて商家が集積した尾張町からこの神社の裏の路地を抜けて、主計町に遊びに繰り出したのだと聞くと、少し歴史が身近に感じるようなロマンがあります。

主計町をふらりと巡ったら、金沢の中心街である香林坊近くに予約したホテルへチェックイン。荷物を整理してから、金沢城の外郭、玉泉院丸庭園を見学です。
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この庭園、日没後はライトアップも見学する事ができます。
夕食前と夕食後、2回見物に向かい美しい庭園を堪能いたしました。

余談ながらこの日の夕飯は父親抜きで金沢の繁華街の飲み屋で済ませました。
下の妹と遠慮なく地酒を飲んだのがポイントでしょう。
父親の方は、こちらに住んでいるご友人と飲んだのだとかで、ずいぶん遅くに上機嫌でホテルへ戻ってきました。


気を取り直して、翌朝は金沢城周辺をグルっと散策します。
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尾山神社、尾崎神社と城址周辺の神社を巡ってから、本命の兼六園へ。
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とは言っても、あまり天気も冴えないので無理に写真は取らず、のんびりと散策と見物に専念です。
両親が心ゆくまで庭園を満喫した後は、再び兼六園の外へ。

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金沢城内の学問所に祀られた菅原道真公の祭祀を受け継いだ金澤神社、三輪神社の氏子が移住の際に分祀したと伝わる金沢最古の神社、石浦神社の2社を参拝して、お城周りはほぼ一周となりました。

この後は、土産物店巡りもあるため余裕を持って金沢駅へ。
昼食を食べてから土産物屋さんで買い物を済ませて、関東への帰路につきました。


帰宅途上、東京駅で家族と別れた段階で千葉に住む友人の”総統代行”に誘われて、千葉で夕飯のため寄り道することに。
幕張界隈の大規模商業施設群を少し巡ってから、自宅へ帰ることになりました。

さて、また……週明けからお仕事ですね……。
今週は過酷になることが既に規定されている状況、来週末も特段の予定がない有様。
未来に光明が見えない状況ですが……死なない程度に乗り切りましょう。

関西新年会巡り

口先ばかりが転職を望み、一向に一歩を踏み出せないまま日々が空費されていく今日このごろ。
何かせねばと焦燥感が募る日々に業を煮やして、ついに一念発起の神頼みを決めたのが先週の半ばのことでした。

アテにしたのは京都でも有数の縁切り神社、安井金比羅宮です。
数年前にもそうとは知らずに参拝し、御朱印を頂戴している社ですが、改めて新たな世界へ踏み出せるよう――神頼みに向かうことに、心が定まりました。

そうと決まれば関西周辺の友人に飲みやお出掛けの誘いをかけるのも、自然な流れですよね。
何人か、会う人のアテもできたら、土曜の朝から新幹線に乗り込んで、京都へ一直線で向かいました。


そんな訳で土曜の昼頃には京都へ到着です。
地下鉄烏丸線から阪急線を経由して、河原町から祇園を下って、最大の目的地であった安井金比羅宮へ参拝です。
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しっかりと本殿で参拝したところで、フォロワーの一条高雪さんと合流です。
合流後は彼の“良い部署との縁がありますように”との願いも合わせて、願掛けの岩を潜り、絵馬を書いて、おみくじも引いて、お守りを頂戴する――と、ほぼフルメニューをこなして、参拝完了です。
これで物事が動き出せばよいのですが……「天は自ら助くるものを助く」ともいいますからね、安心してないで、何とかしないといけませんね。

安井金比羅宮のあとは、その流れのまま東山界隈を散策することに。
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昼ごはん代わりに、少し洒落た喫茶店でサンドウィッチを食べたら、歩いてすぐの高台寺を見物することにしました。
高台寺は豊臣秀吉の没後、奥方である北政所が秀吉の菩提を弔うために建立したという有力寺院です。
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その境内には伏見城から移築したという建築物も数多く残り、安土桃山文化の精華を今に伝える貴重な文化財が詰まった寺院でもあります。
広々とした境内に点在する古の茶室や、ねね(北政所)の墓所である霊屋に枯山水の庭園など、見どころは沢山あります。
巡覧コースの最後には、抹茶を嗜める茶屋もあり、庭を眺めながら一息つくこともできました。

祇園や東山の混雑からも少しだけ解放された穴場的環境も相まって、サラッと流し見で済ますつもりが、すっかりのんびり滞在です。
京都らしい京都の光景を満喫しながら、気付けば1時間以上過ごしてしまいました。

もう一箇所くらい観光できるかと思っていたのですが、見事に時間切れです。
次の要件もあったため、一条さんとは最寄りの河原町駅で別れて、私は京都駅へと向かいました。

その後、京都駅では大学院時代の友達と合流です。
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かつて、大学院の裏の畑で一緒に飲んでいた仲間たちです。多くを語ることはないでしょう。
立ち飲み屋を何軒かハシゴした果に行き着いた屋台村で、腰を据えて飲み会です。
何故か焚き火コーナーがあったので、火遊びして過ごしていたら、ちびっ子に絡まれてしまい、親御さんとも一緒に飲む流れに。
聞けば、京都でエイサーを踊っている団体の方々なのだとか。「いちゃりばちょーでー」を合言葉に、閉店まで妙に盛り上がって過ごすことができました。
まさに旅は道連れ、世は情けですね。
調子に乗って、思ったよりも飲みすぎてしまったのは……いつものことです。


そんな訳で、ぐでんぐでんに飲みすぎて、少々出足が遅れてしまった日曜日ですが……一応、何とか予定の列車に乗り込むことに成功です。
フォロワーのぼややん氏とも合流して、この日は少し遠くまで足を伸ばし、滋賀県は琵琶湖の湖北地方を観光です。

最初に向かったのは北国街道の宿場町の最寄り駅、木ノ本駅です。
賤ヶ岳の戦いの古戦場や木之本地蔵院、“七本槍”という銘酒を手がける富田酒造が名所だとか。
今でこそ無人の小社と化しているものの、式内社も鎮座しており、古からの交通の要衝であったことは間違いない町です。
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そんな訳で、まずは日本三大地蔵とやらにも数えられる木之本地蔵院に参拝です。
古刹ぶりを感じさせる重厚な木製の本堂を巡り、歴史の重みを感じながら寺内を巡ります。

特に驚いたのが、本尊である地蔵尊の足元を巡ることができる「ご戒壇めぐり」なる施設です。
文字通り、ご戒壇を……本堂の下の真っ暗闇を手探りで巡り、暗闇の中で己を省みながら、地蔵仏との結縁をはかります。
その暗闇ぶりを侮るなかれ、己の手元どころか自分が目を開いてるのかどうかも不安になるほどの暗さです。
自分の存在もあやふやに感じる真の暗闇の中、壁を伝う手触りだけで出口を目指す道のりにあっては、結縁をはかるどころか、ともすれば不安に飲まれそうな心を叱咤して、前へ進むことだけで精一杯の状況に陥ってしまいました。
ある意味では、非常に己を省みる機会となったのは間違いないでしょう。出口の明かりを目にしたときに感じた救いなど、ある種の神秘体験と言っても良いかも知れません。
非常に良い経験をすることができました。
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そんな鮮烈な体験も交えながらも、全体としては古い町並みを行ったり来たりしながら過ごすのがメインとなります。
蕎麦屋さんで昼食をとり、式内社である意富布良神社に参拝して、古書店などを巡りながらしばらく過ごして、撤収となりました。

木之本を後にして、次に向かったのは北陸線を南に数駅下った長浜です。
木之本から一転して、同じく北国街道の有力な宿場町ながら、観光開発が進み賑わう町並みが広がります。
雪をかぶった伊吹山がキレイなのも特筆に値するでしょう。
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はじめに豊国神社に参拝してから、長浜八幡宮にも参拝です。長浜八幡宮では御朱印もいただくことができました。
その後はこちらの街でも、町並みを巡ります。
長浜には8年ほど前、まだ私が大学生として就活をしていた頃に、一度だけ訪れたことがあります。
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流石に8年も経つと、見覚えがある場所も初めて見る場所もでてきますね。
当時はまだお金も気分的な余裕も、十分ではなかった時代ですし……久しぶりに余裕を持って巡る街は非常に新鮮で楽しいものでした。

街巡りの後はぼややん氏と少しおしゃれ目なカフェでお酒を嗜んでから帰る流れに。
私は大津に宿を取っていたので、そのまま北陸線から琵琶湖線を乗り継いで、宿へと向かいました。
この日の宿は飲み屋も併設したおしゃれな場所だったのですが、幸か不幸か非常に満腹な状態での到着です。
フリースペースに持参した本を広げて、お茶を飲みながらのんびりと夜を過ごすことになりました。


そんな訳で比較的、健康的に朝を迎えた祝日の月曜日は、ひとまず京都に戻って山陰本線の花園駅で下車します。

以前から一度、訪れてみたいと思っていた京都屈指の古社、木嶋坐天照御魂神社(木島神社)に参拝です。
蚕ノ社の通称で知られるこの神社は、京都が都として拓かれる以前。未だ古代氏族の秦氏が開拓に勤しんでいた時代に創建されたと考えられる非常に古い神社です。
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何よりの特徴は泉の上に置かれた三柱鳥居と呼ばれる3方に鳥居の形をした特殊な鳥居です。
その意図は諸説ありながらも、明確には不明なのだとか何とか。ただ、有名とあっては一度見てみたかった次第です。
かつてはこの袂から水が湧き、境内の池を満たしていたそうです。
宅地開発で泉は枯れてしまったとの説明でしたが、在りし日の様を思い浮かべるだけでも神聖な気持ちになれる気がしました。


そんなこんなで、木島神社を参拝したら、次の約束もあるので名残惜しいですが京都は撤収です。
新幹線で東京へワープし、大学の友人連中と合流して新年会を催すことになりました。
最初は大江戸温泉物語でグダグダする予定だったのですが、想像を絶する混雑状況に即座に予定を変更します。
品川へ向かい、銭湯で一風呂浴びてから飲み屋で日本酒を傾ける流れとなりました。

この日は終電からはだいぶ余裕のあるタイミングでの撤収です。
流石にいい大人になってしまいましたね……気持ちよく飲んで、今後の予定を考えたりして、楽しい休日が終りを迎えてしまいました。


斯様な次第で迎えた火曜日。
いよいよ、新年運行も終りを迎え、平常運転をはじめるべき頃合いです。
一段落したら……と言い続けていては、いつまでも先送りになってしまいます。
神頼みも済んだことですから、長時間労働を是正するためにも動き出さねばなりませんね。

年始の山陰夜行

三が日を終えた1月3日からの回顧録。

それは、東海道線に揺られて静岡から横浜へ向かったところから始まります。
横浜駅へついてからは、実家にも自宅にも帰らず、再び下り方面の東海道線ホームへあがり、ある列車を待ちました。

列車が来たのは夜も大概の22時半頃。やってきたの寝台特急サンライズ出雲号です。
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そういう次第で、初めての寝台席に乗車し、この日の晩は松江へ向かって旅立つことになりました。
夜行列車としてはムーンライトながらやえちご、急行はまなすの経験もありますし、サンライズ自体ものびのびシートで高松まで行った経験があります。
しかしながら、自分でも意外なことにちゃんとした寝台車に乗るのはこれが初めての経験です。
新年最初の旅行が初めての寝台車、なかなかどうして幸先が良いことではないですしょうか。

そんな訳で、うきうきで車内を見物した後は、室内灯を消して暗闇の中から夜の車窓を眺めつつ過ごします。
夜景だけでなく、夜空の星も列車の車窓から眺めることができるのは新鮮な光景でもあります。
地上の光が流れる中、天空に変わらず輝く星の綺麗さは、不思議と魅入ってしまうものがありました。
もっとも、静岡を過ぎ、安倍川を渡った頃には車窓にも飽きてきてしまうので、見逃していた秋アニメを少しばかりスマホで見てから就寝です。
目が醒めれば冬晴れの空のもとに、伯耆富士こと大山が聳えているのですから、夜行列車は素晴らしいです。
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朝方の松江駅へ到着したら、ひとまずは駅近くのおしゃれな喫茶店で一服。
この日はフォロワーのしろかえる氏と合流する約束となっていましたが、彼が来るのは午後になるとのことなので、午前中は1人でフラフラと散歩です。

駅近く、大橋川のたもとに鎮座する式内社、売布神社の参拝から街歩きが始まります。
松江の市街を北へ進み、国宝の松江城を見物。城内の松江神社と、小泉八雲所縁の城山稲荷神社に参拝して、御朱印を頂戴しました。
その後、城のすぐ外側にある松江歴史館とその分館、ホーランエンヤ伝承館を見学したくらいで、しろかえる氏が到着です。
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合流後は、蕎麦屋さんで昼食を摂ってから、再び観光の続きです。
武家屋敷風の町並みが続く松江城の北縁を散策し、武家屋敷や小泉八雲旧居、小泉八雲資料館を見学して過ごしました。

夕暮れが近づき、日が傾いてきたら宍道湖近くの宿へ移動です。
宍道湖と言えば夕日が有名ですが、この日は残念なことに午後から西の方はどんより曇り空。あまりきれいな夕暮れにもならなかったので、そのまま少しばかり湖畔を歩いて、飲みに行くことになりました。

しろかえる氏選定のおいしい居酒屋は、料理もさることながら雰囲気もざっくばらんで楽しいところです。
なぜか隣席の客とも仲良く談笑しながらの楽しいひと時を過ごしてしまい、調子に乗ってもう一軒、バーのようなお店まで回ってしまいました。
すっかり気持ちよく出来上がり、部屋に戻ってからも不思議なテンションでアニメを見て夜更かししてしまったのは、ご愛嬌でしょうか。


そんな訳で起き抜けは快調とは行かなかった翌朝ですが、どうにか起動してからは少しばかりドライブです。
宍道湖畔の須衛都久神社を参拝してから、しろかえる氏の車で松江市内を東へ向かい、島根半島の東端、美保関まで向かいました。
美保関は古来から海上交通の要衝として栄えた歴史ある港町であり、恵比寿様の総本社にあたる美保神社を擁する門前町でもあります。
美保湾に面した入江の奥、山が海に沈む狭間にその小さな町並みが連なり、海岸通りから一本入った青石畳通りに至っては往年の雰囲気を今に伝えるタイムカプセルのような雰囲気を醸し出しています。
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何よりも驚いたのが、道々の家に屋号と由緒が記されていること。
北前船の寄港地だけに、はるか遠方から移住した者、遠方と貿易していた者、或いは漁師や神社にまつわる職人、由緒ある宿屋など……歴史の重みを感じる雰囲気は非常に良いものがありました。
時間の都合で、少々駆け足になってしまったのが勿体無いほどの町並み、いずれ時間を作ってゆっくり歩いてみたく思います。

美保神社にもしっかりと参拝したら、この日は19時過ぎまでに東京に戻らねばならない用事があったため、撤収行程に入らなければなりません。
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折角なので、境水道大橋を越えて境港市の水木しげるロードで昼食を摂ってから、弓ヶ浜半島を南下して米子駅にてしろかえる氏とお別れといたしました。

米子からはオーソドックスに特急と新幹線を乗り継いで、東京へ。
誤算だったのは、年末年始の連休最終日近くということもあり、新幹線は呆れるほどの混雑ぶりだったことでしょう。
岡山からなら乗れるかと高を括っていたのですが、そうは問屋も卸さず自由席は立ち乗りすら許されない超満員との放送です。
仕方なしに、案内に従って指定席側のデッキに立ってしまったのが最後、東京まで自由席へ向かう機会を失してしまい、終始立ちっぱなしで乗り続ける事になってしまいました。
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そんな苦労の果てに待っていたのは、半月クラスタの面々との焼き肉による新年会です。
こちらも酔ったテンションで不思議なキーワードを連発しながら、終電ギリギリまで盛り上がる楽しみ方をして過ごすことができました。
うっかり勢い余って、隣街で足止めを食らってしまい、タクシーで実家に戻ったのも仕方のないことでしょう。


そんなこんなで連休の最終日となってしまった1月6日は……流石に反動も大きく、ひたすらに実家で写真整理してすごしました。

この後の週明けの辛かったことは、今更に言及するまでもないですね。
出社が辛くない……せめて、休みの中頃から不意に出勤を思い出して、心臓が痛くなることのない職場が欲しいものです。
それでも、なんとか日記を書きつつ、4日間の出勤はこなしての現状。人間、簡単には壊れないものだと感心しながら、生きる日々です。

年末の四国弾丸縁取旅行・西半周分

東半周分の続きから。

高知で一夜を明かした次の日は、朝からバスに乗って高知県西部へ向かいます。
土佐くろしお鉄道中村線を乗り継いで、土佐の小京都、中村からは路線バスに乗り換えです。
バスに揺られること1時間ほど、公共交通では東京からもっとも遠い町の一つ、土佐清水市の足摺岬に行きました。

この日は好天にも恵まれて、四国は気持ちの良いお出かけ日和です。
日差しが強すぎて逆光になってしまったはご愛嬌でしょうか。
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また初めて知ったのですが、この足摺岬の一体は那智勝浦と並ぶ補陀落渡海の名所だったのだとか。
その名残なのでしょうか、岬の根本にはお遍路の霊場の一つ、金剛福寺が今もあります。

また、この足摺岬からバスで土佐清水の中心市街に戻る途中には、幕末に英語通訳として活躍したジョン万次郎の生誕地もあります。
小さく静かながらも、混みいった路地が魅力的な漁村です。いずれ車で訪れて、観光してみたいと感じました。

しかし、今回はそこまでのんびりする気はありません。目指すべき町がまだ残っています。
バスを中村駅の少し手前で降りて、不破八幡宮の御朱印を頂いたら、駅まで歩いてさらに西へ向かう列車に乗り込みます。
辿り着いたのは高知の西の果て、宿毛市です。豊後水道に面した港を擁する町であり、対岸の九州佐伯へ通じるフェリーもあるかつての交通の要衝です。
西へ大きく港が開けた町のため、夕日がイチオシなのだとか。駅についてから、この日は条件がバッチリなことに気付いてしまいました。
もっとも、駅から夕日が見えそうなポイントまでは30分ほどかかる距離。何だかんだと言いつつも時間は日没間近で、どうしたものかと思案していると、偶然にも一台のタクシーが通りがかったので、そのまま飛び乗ってしまいました。
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そんな次第で行った結果は思った以上の大当たり! 条件が良い場合だけ、海面の蜃気楼に似た現象により夕日がダルマ型になるのだそうですが、まさにその日に行き当たることができました。
加えて言えば、水平線に直接日が沈むのをまじまじと見るのも初めての経験かもしれません。
惜しむらくはカメラの望遠が足りなかったことでしょうか……次の機会が巡ってくれば良いのですが。

夕日の後は歩いてホテルへ向かい、荷物を整理して市街地へ。
市街地と言っても、年末の田舎町では稼働率は推して知るべしでしょう。辛うじて開いていた飲み屋で少々腹拵えをしたら、ホテルに戻って翌朝に備えました。


翌朝は8時頃の路線バスに乗車して、宿毛から愛南町という愛媛県の西南端の町をを経由して宇和島へ。
この日は全国的な寒波が押し寄せ、四国の南でも凍えるような寒さでした。
関西では雪が降っているなどと他人事のように聞いていれば、バスも峠越えの最中に積雪を見る羽目になるのですから驚きです。
現地の方曰く、四国山地は雪が降るとか……理屈は知っていても意外でした。
それでも四国の中でも指折りの僻遠の町並みや、美しい宇和海の海岸線を眺めながら、伊達家の城下町へと向かうバス旅も楽しいものです。

そんな宇和島と言えば百名城にも数えられる宇和島城が有名ですが、あまりの寒さと曇天になんとなく気乗りしない気分です。
御朱印を頂戴したら、道後温泉に入ろうと言う気持ちで頭はいっぱいです。
駅の裏手に大規模な社を構える和霊神社と、町の南端に鎮座する宇和津彦神社を参拝したら、撤収することにしてしまいました。

宇和島からは松山までは予土線を走る特急宇和海号で1時間少々です。意外と近く、驚いてしまいます。
松山から市電に乗り換えて、しばらく行けば念願の温泉、道後温泉です。
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瀟洒な駅から降り立ったら、温泉の前に式内社に列せられる由緒ある温泉の神社、伊佐爾波神社に参拝です。
あわせて、町外れに鎮座する藩主や徳川家康を祀った松山神社も参拝してから、ようやくお楽しみの温泉へ行きました。
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そう、温泉ってやはり良いですよね。
さらに隣には地ビールやさんもあるのですから、文句のつけようがないシチュエーションです。
少し肌寒い気温が良いアクセントとなり……予定していた電車を1本見送ってしまうほど楽しく飲んでしまいました。

しかしながら、翌日はコミケ初日に当たる日。流石にお土産その他を抱えて直接乗り込むわけにも行きません。
何とか東京方面へたどり着く最終の特急に乗り込み、後ろ髪引かれながら東京へと戻りました。


そういう次第で、ようやくコミケの備忘録も書けますね。
いつになるかあやしいですが。

年末の四国弾丸縁取旅行・東半周分

改めまして、新年明けましておめでとうございます。
今年の目標は、労働環境の改善です。がんばりましょう。

それはそれとして、迫りくる現実から逃れるため、全力疾走してしまった年末年始。
西へ東へ大忙しで、日記にするのもひと手間なほど、久しぶりに張り切ってしまいました。

端的にまとめると、
・12/22-24:クリスマスキャンプ@朝霧高原
・12/25-28:四国一周旅行
・12/29-31:コミケ+忘年会
・12/31-1:分島花音年越しライブ
・1/1-3:静岡帰省
・1/3-5:島根松江観光
・1/6:特になし
となります。
流石に後半には体力の限界を感じてしまいますね。

そんな訳で、ひとまずは四国に行ったときの備忘録です。
律儀に書いていっては手が回らないので、写真は少なめに掻い摘んで……最近、こんなパターンばかりですね。


出発はキャンプから戻り、一夜明けた25日のクリスマスです。
締切はコミケのある29日と決まっているので、悠長に18きっぷなど使わずお金の力で突っ走ります。

東海道新幹線を一気に西へ駆け抜け、岡山駅からマリンライナーへと乗り換え、あっという間の昼過ぎには高松へ至ります。
もっとも、高松はすぐに行ける通過点。うどんを食べたら、徳島行きの特急に乗り換えてさらに四国の奥地へ。
特急うずしお号に揺られて来たるは、幾年ぶりかの徳島です。
前回は車で友人を訪ねていきましたが、今回は1人で特に当て所なく来てしまいました。
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駅も意外と近代的でいいですね。

徳島では特段の行くアテもないので、ひとまずは御朱印集めをすることにしましょう。
眉山の麓に鎮座する天神社を手始めに頂戴したら、駅前の住宅街に戻って事代主神社にも参拝です。
何れも町中の神社といったこじんまりとした様子でしたが、特に天神社の神職さんが美人だったのが印象的でした。

その後、少しばかり時間が空いたので、徳島から鳴門へ通じる鳴門線を特に理由もなく一往復。
完全に乗りつぶし記録を重ねるためだけですが……思った以上に行った先に何もなかったのでは、どうしようもないのです。

その後は徳島に戻って、少し市の中心部から外れた金比羅神社に参拝です。
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合わせて、山の裏側にある忌部神社にもお参りし、徳島周辺の主要な神社をまわることができました。

この日の晩は徳島駅近くのホテルで、お酒も程々に就寝し翌朝は日の出前に起床です。
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徳島から四国東岸を辿る牟岐線に乗って、室戸岬を目指す旅に出発です。

海辺の列車に揺られて、途中の海部駅からは阿佐海岸鉄道というローカル線に乗り換えです。
阿佐海岸鉄道の車内は、目の醒めそうなデコレーション列車になっていたのですから、驚きです。
駅数にしてわずか3駅、四国の果てで10分程度の往復を繰り返す日々。なかなか哲学的ですね。

そんな阿佐鉄道の驚くほどなにもない終点、甲浦駅からはバスに乗って1時間ほどで室戸岬に至ります。
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生憎の天候でしたが、地の果ての雰囲気を満喫し、1時間ほど過ごしてから、さらに四国を巡るため高知県の奈半利方面へ向かうバスに乗り継いで、ごめん・なはり線の終点駅、奈半利駅を目指しました。
道中は台風銀座と言われる高知の海岸線、漁港の防波堤も異様に高いものが使われています。軒の数が他の地域よりも数段多かったりと、雨の多い地域らしい独特の作りが興味深い車窓でありました。

奈半利駅では列車の乗り継ぎの都合で1時間ほどの待ち時間が発生です。
この奈半利の界隈も、かつては絹の生産で有名を馳せた古い街なのだとか。今でこそ絹の製造はしていないものの、藤村製糸という会社の記念館では、往古の反映を忍ばせる写真が数多く展示されておりました。

奈半利から列車に乗って、途中の土佐一宮駅で途中下車し、土佐神社にも当然参拝です。
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ここは土佐国一宮に列せられる由緒ある社です。
雨模様による湿り気もあってか、非常に趣のある神社でありました。

その後は土佐市街にたどり着き、土佐八幡宮に参拝しつつ、夕飯と銭湯を巡って夜を迎えました。


何だかんだで2泊で四国を半周です。やればできてしまうものです。
本当は続きもまとめて書き残したいのですが、集中力が続かないので西半分編としましょう。
この散漫さも……年齢なのでしょうか。

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社会的圧力に負けて働き始めた巫女好き提督。2年かけて回復したSAN値を瞬く間に失い、工場街のおんぼろアパートでサバイバルなう。

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