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月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


行ったぜ、東北!

1年でも最も冷え込む2月の初旬。今年も例によって、強めの寒波が到来し、北海道では氷点下30℃を記録したとかなんとか。
関東でも小雪が舞い散った建国記念日の3連休は、寒波に乗じて青森観光へと行ってまいりました。


土曜の朝は、東京駅から東北新幹線で一気に新青森駅へ。
諸般の事情で……具体的には指定券が取れなかったせいで、優雅にグリーン車を使ってしまいました。
己の業の深さに慄きながら、新青森駅でフォロワーの朔さんと合流したら、駅ビルで昼食をとっていざ観光です。
雪の奥羽本線に揺られ、最初に向かったのはマンガ「ふらいんぐうぃっち」の聖地、津軽の中心都市弘前です。
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冬の弘前に来るのは初めてのことでしょうか。
雪化粧された町並みは、少々関東育ちには歩きにくいですが……それを差っ引いてもキレイですね。
手始めに「ふらいんぐうぃっち」の作中で、登場人物の一人、犬養さんが住んでいる設定の三上ビルを現認してから、街歩きをはじめました。

雪に覆われた弘前城址は、木々の黒さが際立つモノクロの世界です。
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凍てついた堀端が何よりも美しい光景でしょうか。少しだけ溶けた隙間が、水鏡となって空を映していた様は実に絵になりました。

一方、「ふらいんぐうぃっち」中の喫茶店、コンクルシオのモデルとなった藤田記念庭園は、冬季の無料開放期間中です。
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何故か豚汁も無料配布していたのが印象的。庭園内にはかまくらも設置され、内部でのんびりとくつろぐこともできました。

もちろん、豚汁だけでは飽き足らず、コンクルシオ――もとい大正浪漫喫茶でもお茶をいただきます。
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焼きリンゴとオリジナルコーヒーのセット、雪の庭園を眺めながらいただけば、だいぶ優雅なひと時を過ごせました。

喫茶の後は再び弘前城址公園へ。本丸から望む雄大な岩木山が何よりも印象的です。
刻一刻と変化する雲の様子と、適度に降り積もり凹凸を強調する雪、昼下がりの斜光と相まって、ずっと見入ってしまいそうな光景でありました。
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ちなみにそんな冬季の弘前城址では、夜になると雪灯篭に明かりが灯るイベントをしています。
ふらいんぐうぃっちの雪灯篭もあったのは少し意外ですが……これ以外にも色んな絵や石像があります。
今回は時間の都合で訪れていませんが、夜は夜できっとキレイなことでしょう。

弘前城址を一頻り巡ったら、この日は次の目的地もあるため、五能線を乗り継いで鰺ヶ沢駅へ移動です。
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雪のローカル線の駅、これも風情ですね。

駅から送迎バスで5分足らずの移動。この日の宿“鰺ヶ沢温泉 水軍の宿”に到着です。
温泉と海鮮の宿、雪も降り積もって素晴らしいシチュエーションです。今年も無事に雪見温泉の実績を解除できました。
加えて、今回は珍しく夕飯も宿の中でいただきます。コース料理はボリューム満点、美味しい地酒も飲めて居酒屋とは違った落ち着いた満足感があります。
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さらに夕飯と温泉の後には、雪が見えるラウンジで今再び、安らぎのひと時を満喫します。
とりとめもないことを語りながらお酒を呑み、部屋に戻ってからも「三者三葉のかまくらが崩落する話」を探したり、今期のアニメ「かぐや様は告らせたい」の3話EDを繰り返し観たりして過ごせば、ほど良い塩梅で眠りにつく事ができました。

ちなみに翌朝の朝食も、もちろん豪勢です。
珍しく二日酔いにもならなかったので、朝からお腹いっぱい食べて、心地よい朝を迎えることができました。
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たまにはこういう宿泊体験も良いものですね。


宿をあとにしたら、列車の時間まで少しばかり鰺ヶ沢の町を散策します。
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藩政時代には弘前の外港として繁栄したという港町です。今も漁港として津軽有数の存在感がありますが……そうは言っても、冬の日本海沿いの町。
その光景はなんとも涼しげです。特に川まで凍ってしまった光景は、関東育ちにとっては新鮮にして強烈な印象を与えられます。
さらに海辺に行けば、もっと殺風景です。
夏場は海水浴場となるらしい砂浜も凍りつき、地面はまるでコンクリートのように固まっています。
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さらに波打ち際の柵に至っては、波が柵を洗うたびに凍りついてあたかも樹氷のようになっている始末です。
さらには携帯を確認しようと手袋を外せば、急速に手が痛くなってくる状況。数年来、幸か不幸か経験してなかった、本物の北国の寒さを味わうことができました。

そんなこんなで列車の時間も来たので、鰺ヶ沢駅へ戻り、ここからは一気に青森県を西から東へ。
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津軽から反対側、南部太平洋側の八戸まで移動し、さらに再び進路を西へ。
長距離バスに揺られて、内陸部の十和田湖へと向かいました。

今回の旅行の企画として、温泉に入ることと寒そうなとこに行くことが、2本の柱になっていました。
青森で寒そうなところと言えば、やはり日本海側と八甲田山でしょう。十和田湖は八甲田山の南側、内陸部なこともあり寒さも積雪量も県内有数です。
目的地の選定として、鰺ヶ沢のあとが十和田湖担ったのは必然の流れでした。
ただ、夏季であれば弘前から直接十和田湖へ抜けるルートがあったのですが、冬季運休であることを見落としていたのだけは誤算でしょうか。
宿を取ってから運休に気づき、当初の目論見では弘前経由で向かうつもりだったのが、八戸まで大きく回り込む羽目になったのは、我ながら少し無駄の多い行程かなと感じています。

ただ、そのお陰で出会えたのが、この奥入瀬渓谷の見事な氷瀑です。
八戸から十和田湖へ向かうバス、おいらせ号の十和田湖方面へ向かう便では休憩がてらにこの氷瀑の近くで観光停車します。
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バスを降りて、少しだけ歩けば真冬の奥入瀬渓谷を手軽に散策できるのですから、実に嬉しい配慮です。
また、観光停車以外にもこのバス、道中の車窓案内が朴訥とした語り口で淡々と豆知識を提示してくれて、一聴の価値ありです。
単なる移動時間かと思っていたら、予期せず退屈しない道中になってしまい、やはり何事も行ってみるものだと感じる道程でした。

そんなこんなで、八戸駅から2時間ほどの行程で辿り着いたのは十和田湖畔のホテル十和田荘です。
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雪見のできる広縁があるのがイチオシの温泉宿です。
外は真っ白で、少々吹雪気味。鼻水まで凍りそうな寒さで、既に目的の7割は達した気分ですが、これで終わりでは流石にもったいないですよね。
ひとまず、地図で見つけた最寄りの神社、十和田神社に参拝です。
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十和田神社は名前の通り、十和田湖の湖畔、湖に突き出した半島状の土地に鎮座している神社です。
縁起は判然としないものの、湖を祀った水神的な要素のある神社なのだとか何とか。
かつては冬季は閉鎖されていたそうですが、観光開発されてからは冬でも社務所が開いている……との情報を得ての参拝です。
ところが実際に言ってみれば、参道は雪掻きもされて風情ある佇まいだったのですが、本殿の直下で見事に通行止めです。
時間が遅かったこともあってか、社務所も開いておらず、御朱印集め的には空振りです。
ただ、薄闇の中の静謐な境内は非常に荘厳な雰囲気を醸し出していました。これを堪能できただけでも、来たかいは十分にあったと言えるでしょう。

神社の次はこの日のメインイベント、十和田湖冬物語なるイベントの見物です。
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これは十和田湖の湖畔の広場で2月に行われる屋台やステージ、冬花火に雪像と、まさに冬を物語るイベントです。
屋台村では地酒やビールに郷土料理を楽しめ、毎晩打ち上がるという真冬の花火も空気が澄んで美しいです。
ただ、当然ながら強烈に寒いのが玉に瑕でしょうか。うっかり外で食べようとすると、料理もあっという間に冷たくなり、箸を持つ手はかじかんで動かなくなり、にっちもさっちも行かない状況に陥ります。
屋台に併設された小屋の中で食べるのが正解なのですが、週末の人出に対しては少々手狭なように感じたのが残念だったでしょうか。
それでも、熱燗にせんべい汁、ヒメマスの塩焼きや十和田バラ焼きを味わい、ご当地アイドルのライブにも遭遇できて、楽しい冬の外遊びとなりました。

冬花火を見送ったら、宿で温泉に入り冷え切った体を温めてから部屋でもう一杯。
この日もアニメを見たりしているうちに程よく日付が変わり、眠りにつきました。


青森3日目の朝も、幸いにして二日酔いを免れたので、朝食を食べたらふらりと十和田湖畔を散策です。
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前日に頂戴しそこねた御朱印を参道入口のもう一つの社務所で頂戴し、その後は湖畔から湖を見物です。
青空と氷が織りなす青みがかった白と黒の世界です。静かな朝の湖を研ぎ澄ましたような冷たい空気が覆い、峻厳とでもいった表現が似合いそうな光景でした。
ずっと眺めていたいほどキレイなのですが、しばらくすれば手足の先からジンジンと痛くなってくるので、長居はできないのが難しいところですね。

湖も眺めて満足したら、帰りのバス便の時間が近付いたのでホテルに戻ります。
バスに乗って八戸駅へ向かい、帰りの新幹線の切符を確保したら、少し時間もあるので八戸線で本八戸駅まで行き最後の観光です。
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八戸市街で昼食をとりつつ、おがみ神社と長者山新羅神社に参拝し、それぞれ御朱印を頂戴しました。
また、どうでもよいことですが、この八戸散策の最中、雪が積り、路面が凍りつくほどの気温のはずなのに、十和田湖から戻ってきたばかりのせいか、終始暖かく感じてしまうじぶんがいました。
手袋を外しても、手が痛くならない……ネックウォーマーは手放せないくせに、その程度のことでも感激するほど温かいと思うのですから、人間の感覚なんて相対的なものだとつくづく実感しました。

また、可能であれば市街にあるもう一社、三八城神社にも行きたかったのですが、こちらは列車の時間の都合で参拝できなかったことだけが残念です。

そんな次第で八戸市街を巡ってから、再び八戸線に乗って八戸駅に戻り駅前でお土産とお酒を調達。
名残惜しいですが、新幹線の指定席に記された時間になったら、東京へ戻ることになりました。


斯様な次第で3連休の2泊3日の青森旅行。久々に真冬を満喫する体験となり満足です。
今年の冬は堪能したので、次の旅は温かいところでのんびり過ごす方向にシフトしたいですね。

その前に、安心して旅ができる立ち位置を固めたいところですが……着実に来年度の業務が降り積もりだして、なかなかどうして投げ出したさと責任感の天秤が振れるばかりです。

秋のみちのく自動車巡航

先週に引き続き無理を押しての3連休決行日程。
カレンダー上のお休みでありながら“決行”となってしまう時点で、大いに疑問符ですが、容赦ない事実は如何ともし難いです。
休出せざるを得ない同僚を目の当たりにして、当座の苦境を乗り切っても先はないと、確信は深まるばかりです。


しかし、それはそれとしても決行してしまった以上は後に引けないので、東北に飛び出してきました。
不本意ながら、時間がないので掻い摘んで、日記にしましょう。

土曜の朝は東北新幹線を北上して、一ノ関から久しぶりの東北本線へ乗り換え。
岩手県の平泉駅で最初の下車をいたしました。
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向かったのは世界遺産として名高い中尊寺です。
金色堂が有名ですが、それ以外にも境内には立派な杉並木や風情あるお堂が立ち並び、思った以上に見応えのある境内でした。
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もちろん、有名な金色堂も見学し、さらにはお寺の鎮守となる白山神社にも参拝です。

中尊寺の次は、同じく世界遺産に登録されている毛越寺も見学します。
中尊寺が平泉の北辺にあるのに対して、こちらは西の外れに位置。もっとも、町自体が程々のサイズですので、歩いても20分ほどで行くことができます。
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奥州藤原氏4代のうち、初代清衡が建立した中尊寺に対して2代目基衡が建立したのが毛越寺になります。
一度は堂宇が灰燼に帰すものの、今も平安式の面影を残す庭園が見事なお寺でありました。

平泉をぐるりと巡ったら、続いては約束があるので花巻へ移動します。
ここで、宮古在住のフォロワー、アリソン氏と何故か花巻空港に飛来するフォロワーのみかん氏と合流です。
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花巻駅で無事に合流したら、ここからはアリソン氏の車で移動する番になります。
花巻神社と鳥谷崎神社で御朱印を頂いてから、盛岡の町へ。
この日の宿にチェックインし、車と荷物を預けたら、3人で盛岡の繁華街へと繰り出しました。

盛岡の町は流石に県庁所在地だけあり、人通りも多く都会です。
美味しそうな選択肢も多々ありますが、地ビールとクラフトビールのお店でまずは一息。
続いて、二次会向きのカフェ風なお店でもう一杯と続き、18時過ぎから22時頃まで夜の街を満喫して寝床に着きました。


日曜日はアリソン氏の車でひたすらドライブする日です。
盛岡を出発して、まずは西の方へ。
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初めに向かったのは山を越えて秋田県の田沢湖です。
日本一の水深を誇る火山性の湖、水の透明度もかなりのものなのだとか。
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湖畔には浮木神社、御座石神社と、神社が2社鎮座しているので、ぐるりと湖畔をめぐりながら御朱印集めです。
神社もさることながら、覗き込んだ湖水が噂に違わぬ透明度なのが驚くばかりでしょうか。
エメラルドブルーの水面と、切り立った形がそのまま目の当たりにできてしまう岩場。まるで沈んだら浮かべないのではと想像してしまうほど、透き通った色合いをしていました。

田沢湖を一周したら、そのまま北上して山の中へと分け入り、山間の道をたどって秋田と岩手の県境の山、八幡平へと向かいました。
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何やかや行っても付いた頃にはそれなりの時間です。
あまり遠くまでは散策せず、高原の風情を味わう方向でふらふらと巡りましょう。
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山頂直下の駐車場から山頂までは、片道30分ほどの距離なのだとか。
時間があれば山頂まで行きたかったのですが、思いの外距離があり到着したのは16時頃のこと。
その後のことも考えると、見送らざるを得なかったのだけが心残りでしょうか。

この後は諸々の都合もあるため、ひたすら岩手県をひたすら東へ。
内陸側の県境から太平洋岸の町、宮古市まで、ほぼ東西全長を夕方の間に横断してしまいました。
やればできてしまうものなんですね……。
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この日の晩も、到着後は3人で飲み会の流れ。盛岡ほど繁華ではないですが、宮古の町も飲み屋街はあります。
遅い時間だったせいか、数軒は既に満席でしたが、なんとか座れるお店を見つけて三陸の海鮮を堪能して過ごすことができました。


連休最終日の月曜日は、基本的に帰るだけの方向性です。
ただ、宮古と盛岡を結ぶ山田線は、9時台の列車の次は14時台と超がつくほどの閑散路線。もう少し手頃な時間の列車があれば宮古観光もできたのでしょうが、14時台では流石に遅すぎてどうにもなりません。
起床して早々に9時台の列車に乗り込み、ひとまず盛岡まで戻ることになりました。
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盛岡に到着後は、折よく開催していたミュージックフェスタを見物し、音楽を肴に露店の地ビールでしばらく過ごしてから、お土産を揃えて帰路につくことにいたしました。


そんなこんなで終わってしまった9月の3連休2連続。いよいよもって研修課題も大詰めの時期に入るため、当面は遠出する予定がありません。
予定がないだけで……行かないとは言ってないですが、どうにも見通しが不透明です。
研修課題も一段落したら、身の振り方も考えたいですし、次の遠出はいつどこになるか……。
死なない程度にどうにかしたいものです。

山形横断家族旅行

一段落したと思った研修が再び生活を蝕む脅威と化し始めた9月第一週目。
数日も誤魔化しが効かないとは、本当にたまったものではないですね……。

しかし、それはそれとして捨て置いても、家族旅行には行かなければなりません。
金曜は退勤後に迅速に荷造りを済ませて、神田のカプセルホテルへ前乗し、土曜の朝に備えました。


そんな訳で朝8時頃に東京発の山形新幹線で家族と合流したら、山形駅までは列車に揺られるばかりです。
山形駅にて駅レンタカーを借り受けたら、いざ2泊3日の山形旅行に出発です。

カーナビに導かれるままに、山形駅から西の方へ。
最初に向かったのは修験道の建築様式を今に残す岩根沢三山神社神社です。
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本来は山伏のための寺院だったという神社。出羽三山への登山口の役目も果たし、往年には隆盛を極めたと言います。
廃仏毀釈の余波により、今では山の中の立派な神社といった雰囲気です。
それでも往年を忍ばせる立派な建物は目を見張るものがあります。
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本殿の祭壇や、天井が高く柱の太い炊事場など、昇殿料を払っても観る価値のある建築でありました。

岩根沢三山神社のあとは、道中の口之宮湯殿山神社を経由しつつ、湯殿山神社へ。
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自家用車は国道から外れて専用の有料道路にを進み、仙人沢と呼ばれる地点まで行くことができます。
ここで、大きな鳥居に出迎えられて、車は駐車場へ。
徒歩か、シャトルバスでさらに山間へと分け入ることになります。
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ただし、バスを降りた先からは撮影禁止、御神体も他言無用の秘密の霊域です。
一見の価値ある非常に良い神社だったとしか、言えないでしょう……。


湯殿山神社から下ったら、次に立ち寄ったのは湯殿山瀧水寺大日坊というお寺です。
こちらは今でこそ、小さなお寺になってしまいますが、廃仏毀釈以前には湯殿山の本山として隆盛を極めたのだそうです。
伝来の法灯を絶やさぬため、出羽三山の主だった箇所が神社へと転換した後も、お寺として維持することを選んだのだとか。
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この大日坊、歴代の寺宝や即身仏も興味深いですが、住職の解説もまた特徴的です。
少々、話が散らばって長すぎるきらいもありますが、あまり神社の由緒書では語られない神仏習合の“仏”側の視点で歴史が語られます。
悪口や下世話な冗談も少々混じりるので、万人にオススメとは言い難いのですが、個人的には面白い話を聞けて良い経験となりました。

ただ、大日坊ですっかり時間を喰ってしまったため、この後の予定がズレてしまったのは、困った点でしょうか。
大急ぎで国道を駆け抜け、この日の宿のある羽黒山の宿坊街へと向いました。
宿坊とは本来、僧侶や参拝者を受け入れる寺院に付帯した宿泊施設です。富士山や武蔵御岳などなど、修験道の盛んな山で多く見られる印象があります。
しかし、昨今では一般の観光客も受け入れるようになっていますし、さらに羽黒山の場合には神社へと転換していることから寺院の付帯としての意義も薄れていると言えましょう。
それでも朝には祈祷が行われたり、食事は精進料理だったりと、相応の形態を遺しているあたりは、今でも普通の観光用の宿とは一線を画する存在です。
この土曜の晩は、そんな宿坊に一泊です。
広い部屋と大きな風呂に、質素ながらも手間のかかった美味しい精進料理。どんなところかと思っていましたが、居心地の良い宿でありました。
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また余録として、羽黒山の出羽三山神社では夜間に五重塔のライトアップを実施中でした。
折角なので見物です。夜の闇に浮かび上がる五重塔は荘厳な光景でありました。


一夜明けて日曜日は、朝ご飯を食べてから、手始めに羽黒山の出羽三山神社本殿を目指すことにします。
羽黒山はその名の示すとおり、ちょっとした山となっています。
宿坊街のあたりに境内の入口があるものの、本殿はここから2千段以上ある石段を登った先に位置します。徒歩で大凡1時間、軽トレッキングと言って良い行程ですね。
一応は車道も整備されているのでバスや車でアクセスすることもできるのですが、折角ですから伝統ある石段と杉並木の光景を体験したいところです。
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そういう次第で、六根清浄と呟きながら行って帰って往復2時間ほどの行程です。
想定以上の急坂に難儀し、途中のお茶屋さんで休憩を挟んだりしながらも、無事に山頂の本殿まで行くことができました。
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月山、羽黒山、湯殿山の三山の神々を祀った神社は、丹塗りの立派な社殿が非常に立派でした。
また何よりも、その名高き石段の風情が、歩いていて楽しい神社でありました。

羽黒山を下山した後は、この旅行一番の駆け足行程の始まりです。
山裾を下って庄内平野へ降り、そのまま広々とした田園のなかを一路、鶴岡の市街地へ。
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下の妹の希望で、致道博物館を見学して回りました。
博物館の後は隣接する鶴岡城内の荘内神社を参拝です。
ご朱印も頂戴したら、市街地で昼食を食べて、今度は庄内平野北部の酒田へ向かいます。
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酒田では最上川水運の拠点、山居倉庫を見物。倉庫裏手の並木道が、大人の休日倶楽部のCMにも取り上げられた景勝地なのだとか。
確かに風情のある光景でありました。

そして、さらにここから最上川と沿うように国道を東へ向かい、山を越えて新庄側へ。
さらに車を走らせて、この日の宿のある銀山温泉まで……実質的に山形県を東西に横断してしまいました。

そういう次第で到着したのは夕刻になってしまいましたが、大正ロマンと名高き銀山温泉の夜景を満喫です。
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宿自体は諸々の都合で、温泉街から歩いて5分ほどのところでしたが、その分広々とした構造で部屋も近代的です。
いずれは温泉街側にも泊まってみたいですが、今回は深山幽谷に忽然と現れる大正ロマンの町並みを見ただけで満足でした。
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ちなみに夜景の光景が有名ながらも、朝の銀山温泉もこれはこれで風情がある光景です。
複雑な大正建築の技巧を見物でき、夜とは別の顔を味わった気分でした。


有休を取って休みとした月曜日は、山形旅行の最終日です。
朝の温泉街観光を済ませたら、一気に南下して山形市方面へ。最後の主だった観光地は山寺立石寺です。
その名の通り、山の上方に貼り付くように堂宇が並び、芭蕉の句にも歌われた名刹です。
また悪縁断ちのご利益もあるとかで……いろいろと思うところがあったりなかったりです。
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まずは麓の本堂に参拝し、道中の安全などを祈願します。
その後は入山料を支払って、石段を一気に登りましょう。
目指すべきは山の上の方にちらりと見えた眺望良好な五大堂と、山かげながら最上部にあたる奥の院です。
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まず先に参った五大堂からは、先程までいた山寺の麓の町並みを一望することができます。
谷底を挟んだ反対側の斜面にも町並みが広がっている様が、なかなかに幻想的で良い光景です。
一方、来た道を見返せば、道中にも段々にお堂が連なり、なんとも現実感の薄い不思議な景色が広がっていました。
名刹と呼ばれるのも納得の風景、坂道に建物が並ぶ光景はどうしてこうもワクワクしてしまうのでしょうか。
ワクワクついでに奥の院の写真を撮り忘れてしまったのも、ご愛嬌でしょう。

悪縁断ちも念入りに祈願して、信心深い心持ちのうえで下山といたしました。

立石寺のあとは帰りの新幹線の都合もあるため、少し早めですが山形駅へ戻ることになります。
途中、最後に近くを通りがかった鳥海月山両所宮を参拝して、最後の観光といたしました。
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もっとも、両所宮に着いたタイミングでにわか雨に見舞われてしまい、あまりちゃんと境内を見学できなかったのだけは残念な点でしょうか。
時間の都合もあったので致し方ないことですが、いずれまたゆっくりと参拝したいところです。


斯様な次第で、山形駅へ車を返し、お土産を物色したら、後ろ髪を引かれながらも帰りの新幹線に乗車です。
楽しかった3日間もあっという間に終わり、現実に帰ってきてしまうのがしんどい限りです。
帰ってきてもしんどくない現実を作りたいところですが……解決には気の長い対応が必要そうですね。

ところで、今回の出羽三山ですが、羽黒山と湯殿山は参拝したものの、実は主峰月山には登拝していません。
山頂に奥宮を擁する月山神社、登山道も整備されて比較的気持ちの良い道のりだそうです。
当面の“登りたい山”リストに、また一つ名前が挙がってしまいましたね。
いつ行けることか……予想も付きませんが、いずれ行きたいものです。

北海道の鉄路横断の話

強烈な寒波に襲われたという今週末。
零下20℃に及ぶ凍てつく寒さが北海道を襲い、豪雪地帯新潟でもすら雪で電車が止まる有様だったとか何とか。
幸か不幸か別件の軛により遠出をせずに済ましてしまったので、平穏な関東で他人事のように眺めることしかありませんでした。

そういう次第なので、今週の日記事項はないのですが、話は遡って先週の3連休周辺の回想録に。
正月休みの後半戦、都合よく飛行機のチケットも取れたので北海道へ雪見に行ってきました。


1/4は朝から羽田空港に向かい、釧路便で北海道へひとっ飛び。あっという間に北の大地です。

釧路たんちょう空港からバスに揺られて釧路駅前へ。駅近くのホテルにチェックインして、荷物を預け終えたら既に15時過ぎです。
北の大地の日没は16時過ぎと少し早め、暗くなるまで1時間と少々しかないですが、何はともあれ観光に繰り出しましょう。
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釧路は道東南部、太平洋に面した河口に港を構える町です。
かつては後背に釧路炭鉱を構えていたそうで、今も化学系の工場などが立地しているそうですが、どちらかと言うと観光と漁業の町でしょう。

何はさておき、まずは駅前で拾った観光地図に神社を見つけたので、御朱印を頂戴に参拝することに。
向かったのは釧路国一宮、厳島神社です。
駅から釧路川を挟んだ川向こう、明治以来の市街地が広がる元町界隈の町外れに聳える小高い丘に鎮座しています。
“釧路国”とは明治初期に律令国に倣って北海道に設置された令制国の一つ。各国に一宮を称する神社が設定されたのもこの頃のことでしょう。
江戸期の創建だそうですが、名に違わぬ賑わいのある神社です。
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神社の脇の斜面は公園となり、港を一望する展望台もあります。
薄雪の積もり、凍てつくように澄んだ空気と、どことなく背の低くのっぺりとした建物群。北国に来たなと実感する光景です。

また釧路は夕日の町としても観光を推しているのだとか何とか。澄んだ空気と南西側に海を臨んだ地形が夕日鑑賞向きなのでしょう。
日没は16時過ぎのこと、御朱印を貰ったら大急ぎで夕日スポットの幣舞橋へ向かいます。
幣舞橋は市街中心の釧路川を越える一番海側の橋。町の開闢以来、掛け替えられながらもずっとそこにある橋だそうで、夕日がよく見えるオススメスポットとして観光ガイドにも紹介されています。
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実際には季節が冬至に近すぎたせいか、日没は海ではなく陸地の方になってしまいます。
それでも、その夕暮れ空の美しさは夕日の街を標榜するに十分なほど。更には不完全ながらも“太陽柱”と呼ばれる夕日から光の柱が昇る気象現象にも遭遇することができました。
Wikipedia曰く、風の少ない冬の日に空気中の氷が一方向に配向して太陽光を反射することで観測されるのだとか。
まさに条件としては悪くなかったようです。非常に良いものを見れました。

この後はまだお酒を飲むには時期尚早に感じたので石川啄木の記念館となっている旧釧路新聞社へ。
石川啄木は2ヶ月と少しだけ、この地で仕事をしていたそうで、その当時の足取りと釧路新聞社の活動が紹介されています。
2ヶ月ちょっと働いただけで記念館になるのですから……文豪は凄いと、少し複雑な気分にもなりますね。
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その後は飲み屋さんで地酒と海の幸、地元料理を堪能し、翌朝は8時過ぎの電車で釧路を後にすることになりました。
ここからは「釧路→網走→旭川→新函館北斗→東京」の通しの乗車券を購入し、途中下車がてらの寄り道観光となります。

この日は釧網本線をひたすら北上して終点の網走へ。
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車窓は釧路湿原から原生林を抜ける山越えへと変化し、斜里町の付近からは右手にオホーツク海を臨むことができます。

数時間の列車旅で辿り着いた真っ白い町並みが網走です。
網走と言えば名高き網走監獄! 本来の網走刑務所は市街地に立地するのですが、観光地としての監獄博物館は明治期の建屋を郊外の山の上に移設してあります。
丁度よいバス便が無かったので是非もなくタクシーを利用して向かうことにしました。
タクシーの運ちゃん曰く、この日の外気温は氷点下2℃。この季節にしては“暖かい”そうです。実際、日記を書いてる今週は氷点下10℃を下回っているのだとか……見てみたかったような、命拾いしたような……どちらでしょうか。
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監獄博物館に到着したら、見学の前にまずは併設の食堂で腹ごしらえ。
折角なので現代の刑務所飯を再現したメニューを頂きます。思った以上に質素な見た目ですが、曲がりなりにも公的機関の食事、健康的な味付けというべきでしょうか。不味くはなかったです。

腹ごしらえが済んだら、この旅一番の目的地と言っても過言ではない監獄博物館の見学です。
威風堂々とした往年の門から入館します。
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館内には戦前の貴重な刑務所関連建屋が立ち並び、幾つかは資料館として、またいくつかは蝋人形による展示となっています。
自給自足のための農機具小屋の展示や、道路開拓に繰り出された時代のタコ部屋の原型となる簡易宿舎、あるいは看守の長屋に監視塔まで移設されています。
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監獄の暖房は熱が効率よく均等に巡るよう、煙突の形に気を遣っていることなど、なかなか興味深い展示の数々も。
北方まで来た甲斐のある充実の展示内容でありました。

監獄の後は再びタクシーをお願いして、更に山の高いところにある北方民族博物館を見学。その名の通り、北緯45度程度より上に分布する諸民族の民俗資料を集めた博物館です。
トナカイやアザラシなど似たような獣を狩猟の対象とし、脂を食材として珍重したり毛皮を交易の輸出品としたりといった共通点。あるいは各民族独特の楽器や信仰、住宅の様子を紹介しています。
無料で学芸員の方に案内してもらうこともでき、こちらも非常に見応えのある展示を堪能することができました。
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そんなこんなでこの日も日没を過ぎたら撤収の頃合い。無謀にも帰りは徒歩を選択してしまい、凍てついた夜道を小一時間掛けて下山する羽目に。
たまには……そういう経験も悪くないのかもしれませんが、あまり何度もやることではないと自覚するものです。
下山後、ホテルを目指している途中で遭遇したのが、写真の旧網走刑務所正門。今はお寺の山門となっているのですが、受付の遺構やどことなくいかつい門構えが独特な雰囲気を出していますよね。

この日もチェックイン後は、夜の街に飲みへ飛び出して過ごしました。


翌朝は凍てつくオホーツク海を遠望する河口港を眺めながら、後背の丘に鎮座する網走神社に参拝。
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網走が漁港として拓かれた時代に勧進された弁財天の祠に端を発する網走一番の神社です。
雪と氷に閉ざされたモノクロ気味の神社ですが、巫女さんも居られて御朱印もいただくことができました。

神社のあとは再び市街に下って網走川を渡り、対岸のモヨロ貝塚を目指します。
橋の上から岸辺を見やれば、休眠状態の捕鯨船も確認できます。往年はこれで北洋に繰り出し、商業捕鯨に精を出していたことなのでしょう。
他にも知床半島などの山並みや、防波堤の向こうの荒れるオホーツク海も望むことができましたが、流石に写真にするには遠すぎる光景でありました。
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そんな訳で訪れたモヨロ貝塚は、しかしながら雪の下。この雪の下にオホーツク文化を世に知らしめ、弥生時代の代表格とされた登呂遺跡と並んで、戦後真っ先に発掘調査の対象となった遺跡があると思うと、それはそれでロマンかもしれません。
ちなみに石碑のすぐ背後には、貝塚に関する資料館もあり発掘された遺品や発掘の経緯の展示もあり、ちゃんと勉強になるので安心です。

モヨロ貝塚に続いて網走郷土博物館も見学。こちらはより広汎に郷土史や自然についての展示が見られます。
特に網走開拓の経緯は、このような寒冷な土地になぜ和人が住み着いたのかがわかりやすく展示されていて、興味深かったです。
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そして博物館巡りを終えたら、ラーメンで腹ごしらえして網走駅へ向かい特急に乗って次の町へと向かうことにします。
網走の町、季節と交通手段の都合もあって絶景と噂の能取岬や流氷博物館には寄れませんでしたし、次は夏に訪れたいなと思いつつ、列車は旭川へ向かって走り始めました。

特急は石北線を快調に駆け抜けて、気付けば北見山地も越えた旭川側へ。
到着が見えてくると、ふと寄り道したくなるのが人の性でしょうか。特急では旭川の一つ前、上川駅への到着を告げる車内放送にて、後続の鈍行旭川行きの存在が告げられます。
大急ぎでその列車の旭川到着時刻を調べると17時過ぎと、十分に問題のない時間帯。上川駅に到着し、雪に埋もれた単行のディーゼルカーを見たら即決です。
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荷物をまとめて特急を飛び降り、雪煙あげて走り去る特急を見送ったら、鈍行列車に乗り換えてガタリゴトリとゆったり旭川駅まで久しぶりの寒い旅を味わいました。

宿の都合で次に下車したのは旭川の一つ手前、旭川四条駅。町外れに位置する駅ですが、旭川駅までも歩いて20分ほどの距離であり、宿はちょうどその中間くらいになります。
都会的な高架駅が雪にまみれながら、国鉄型のディーゼルカーを受け入れる様は、少し不思議な光景に感じますが、こちらではきっと日常なのでしょう。
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町に繰り出せば、海岸沿いの釧路や網走よりも余程厳しい寒さと深い雪が出迎えてきます。
宿の人に紹介された飲み屋で地元料理を堪能し、その後はもう一つ教えられた日本酒バーで隣席の客と盛り上がりながら日付が変わるまで酒盃を重ねて夜を過ごしました。
記憶も曖昧なまま宿に戻ったら、翌日はひどい肩こりに悩まされたのも、致し方ないことでしょう。


北海道4日目の1/7は体調不良を抱えながらも、函館を目指さなければならない日。
是非もないので、ひたすら鈍行列車に揺られていることにします。
旭川から函館本線を乗り継いで、まずは札幌のすぐ南の白石駅を目指します。
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道中は雪も多く、雪煙を巻き上げる列車や除雪風景を眺めることができ、雪国感が旅情を掻き立てます。
白石からは千歳線に乗り換えて室蘭本線方面へ下り、そのまま長万部方面に列車を乗り継ぎ。
苫小牧の辺りから太平洋岸に出て、雪が急に少なくなったことが印象的でした。
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列車は定刻通りに乗り継ぎが進み、長万部で最後の乗り換えをする頃にはすっかり夕暮れ空です。
乗り継ぎに時間があったので、海まで向かって雄大な噴火湾と白い砂浜をぼんやりと眺めて、最後に深呼吸。日没後ももう2時間以上は列車に揺られて、函館に着いたのは19時半くらいのことです。
都合10時間弱、久しぶりに「たくさん、列車に乗れた」と自認できる乗り鉄ができました。

斯様な次第で函館についた頃には周囲は真っ暗。ずっと列車に乗っていたので、肩こりと頭痛も酷いまま。
このまま宿で寝ても良いテンションではあったのですが、しかし本能は函館山に登らない道理も無いとまた、訴えてきます。
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宿に荷物を投げたら、夕飯で体力回復を図ってから急ぎ足で函館山ロープウェイへ。
終発ギリギリに駆け込んで、展望台に上がれば……無理を押して来た甲斐はある光景です。冬の澄んだ空気に、百万ドルの夜景が煌めき、言葉を失います。
寒さに震えながらも下りの終発まで写真を撮り夜景を眺めて過ごし、感激して宿に戻ります。この日は流石にお酒は飲まずに宿ではそのまま就寝としました。


北海道最終日は函館から新幹線で帰るのみ。時間と都合もあったので、函館朝市と青函連絡船摩周丸の見学くらいで撤収となります。
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摩周丸は青森の八甲田丸と対をなす青函連絡航路の記念船です。船内は往時の青函航路の賑わいや、連絡船のアレコレを紹介した展示が並びます。
特に歴代の青函航路のポスターは今見ても旅情を誘う逸品ぞろい。これを眺めるだけでも十分に価値があるものでありました。


そんなこんなで帰路は11時前の新幹線で東京へ。
終電にはかなり余裕をもたせた日程なのは、この後最後にもう一イベントあるからです。

向かったのはZeppダイバーシティ東京。年末にも行った分島花音さんのライブに再び参加です。
多くを語ることはないですが、なんとも言えない寸劇にどう反応すべきか悩みながらも、いつもの最高の歌声と演奏に心は幸せで満ちてしまいます。
連休の最後、出勤に備えて心を強くするには最高のイベントになり、なんとかお家へ帰る勇気を掴んで内房へと帰っていきました。


バタバタと慌ただしく過ごした年末年始、その後も新年会に出張と休まる暇のないままここに至っています。
ようやく平常活動かと思いきや、今度は社内試験が待ち受けて今月中は遠出ができなそうな予感。
ままならぬときは本当にどうにもならないものですね……。

越後日本酒鉄道紀行

長丁場の出張でホテル暮らしが板についてきた2017年上半期終盤。
もうすぐ6月も終わりです、1年の半分が過ぎ去ろうとしていますが、冗談ではなく外泊した日の方が多くなってしまいそうです。

そんな外泊年間の一環、先週も延々と出張先で過ごしてどうにか金曜日に一時帰宅。
日曜の夜から再び出張先とあって、ねじ込んだのが土日の新潟旅行です。
土曜の朝に出立して一泊二日、そのまま都内で飲み会をはさみつつ帰宅を省いて出張先に直行する、我ながら大概にアクロバットな行程です。

そういう次第で行って来たるは新潟の企画列車「越乃shu*kura」への乗車案件。友人えめろん氏の熱望に押されるまま、初めてのジョイフルトレイン体験となってきました。


しかして、旅の始まりは北陸新幹線の上越妙高駅から。
名前に惹かれるものはありましたが、まさか降り立つ日が来ようとは思いもよりませんでした。

越乃shukuraはここからえちごトキめき鉄道を直江津へと向かい、信越本線経由で長岡にいたり上越線と飯山線を経て十日町まで向かおう旅程となります。
ただ、少しばかり早く着いてしまったので、駅前の観光から旅はスタート。
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開業して少し経つとは言え、駅前はまだまだ開発途上といった風景が広がります。

注目すべきは駅降りてロータリー挟んですぐにある釜蓋遺跡。弥生時代の比較的大きな遺跡群の一角だそうです。
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「日本一新幹線の駅に近い遺跡」のウリ文句は、なんとも言い難いセンスですが……資料館の展示は日本海沿いから到来する北陸系と関川沿いに下り来る信州系の文化の交差点としての、上越地域一帯を紹介しており興味深いものでした。
米どころ新潟というともう少し北の方、新潟市や魚沼市をイメージしますが、弥生時代には当時の土木技術的な都合からこの妙高一帯の扇状地こそが稲作の適地だったのだとかなんとか。

閑話休題、束の間の歴史のお勉強から舞い戻って、えめろん氏と合流したら「越乃shu*kura」に乗車です。
汎用性お化けのごとく全国で魔改造される国鉄急行型気動車キハ48系を素体にした特別列車。
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1号車と3号車は指定席ですが、真ん中2号車は小洒落た立ち飲み屋さんのような風情。酒類の販売もあるので、車窓を眺めながら立ち飲みが楽しめます。
何を思ったのかえめろん氏、手配した切符は食事も振る舞われる少しグレードの高い方の代物。
場違い感に恐縮しきりなまま上越妙高駅を出発した10時過ぎから、食事とお酒を振る舞われて、朝から貴族な気分です。
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出された食事もお酒ももちろん美味しかったのですが、一息ついたら立ち飲みコーナーの方へ。
ジャズの生演奏や酒蔵による試飲イベントも催され、こちらの方も軽い感じで楽しめます。

日本海や新潟の田園風景を眺めながらのひととき。
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終点の十日町駅に着いたのは12時半頃、都合2時間半の鉄道旅を終えた頃には、すっかり酔っ払ってしまったのも仕方のないことですね。
お出迎えの横断幕に少し気恥ずかしさを感じながら、下車したらほくほく線に乗り換え。
ここから信越本線、弥彦線を経由して弥彦神社に足を向けました。

彌彦神社も旅程を手配したえめろん氏の要望。
私は何年か前に参拝しているのですが、大きな神社ですし何度も行ってみるのも悪くないですよね。
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参道の復路にて昼飯がてらに立ち寄った蕎麦屋さんの庭園が、なかなか見事だったことが一番印象的な事柄でした。

この後は新潟の街に向かい、かの有名なぽんしゅ館に寄ったりしつつ一泊。
翌日は、図らずも新潟駅からSLばんえつ物語号を追いかける形で新津に向かいつつ1日が始まりました。
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新津においてはSLと最新鋭の電気機関車のご対面にも遭遇。なかなか面白い……不思議な光景です。

新津にきた目的は新潟市新津鉄道資料館を見学すること。
越後地域の鉄道の結節点であり、今も国内有数の車両工場を擁する鉄道の街、新津の往年の繁栄を伝える資料館です。
鉄道の資料館なのに駅から少し距離があるのはご愛嬌。新津駅前の資料館サテライトにて自転車を借りることができるので安心です。
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展示内容は上越線、信越線、磐越線を中心とした新津・新潟にまつわるものが主。
またかつて所在した国鉄の職員養成校で用いられた教材や、機関車の水位計などのようななぜ単体で置いてしまったのか解しかねるようなピンポイントの鉄道部品も見受けられました。
また、屋外には新潟に関わった鉄道車両の静態展示もあります。
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この日は偶然にも新潟色の115系の搬入を行っていたようで、クレーンで宙を舞う鉄道車両を拝むことができました。
こういうのを見るのもまた運がいいと言えるのでしょうか。作業だけでも意外と見飽きないものです。

資料館のあとは新潟駅に舞い戻り、昼食を取りつつ駅から歩いて10分程の蒲原神社へ御朱印を頂戴に。
下調べをしていなかったので、現地の由緒書きで知ったのですが式内社“青海社”の流れを汲む由緒ある神社なのだとかなんとか。
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別段に大きな神社ではないのですが、お祭りの規模は新潟県内でも有数のものなのだそうです。
参道を跨ぐように渡り廊下が配置された独特な形態の神楽殿が印象的です。
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何か謂れがあるのかと気になるところですが、この様式の由緒能書きは特に見当たりませんでした。


そんなこんなで御朱印も確保したら、あとは関東に帰るのみ。
引退が噂される二階建て新幹線E4系を選んで乗車し、初上越新幹線で都内へ舞い戻りました。

――で、終わらないのが根無し草の性。
えめろん氏と別れた後、田村ゆかりさんのFCイベント関連で上京していたアリソン氏と合流。
関係するフォロワーのアッシーさん、ヘク猫、さらには元寮生も合流して飲み会の運びとなりました。

当夜中には出張先に出向かなければならない都合上、遅くまでいることは出来ませんでしたが、ギリギリいっぱいまで飲みながら粘って楽しいひと時を過ごし……多少の二日酔いは気合で乗り切る羽目となった月曜日でありました。


そんな次第でまだまだ続く出張生活。終わりは見えないので、仮宿と旅先の往復が続くかもしれません。
自宅なんていらなかったのでは……?

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