月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


立山連峰横断の話

資格試験に追い立てられて、思うところが多々ある今日この頃。
その向こうには出張案件の影もちらつき、遠出もままならぬ日々が続く予感が重なります。
色々と投げ出したい衝動に駆られた果て、思いつくがままに宿を予約し高いところへ挑んでしまいました。


土曜日、朝は5時に起きて電車に乗り込み千葉駅から特急へと乗り換えます。
6:38発のあずさ3号、またの名を千葉あずさ。首都圏の東縁千葉駅から新宿を経由して長野の北辺、南小谷駅まで走り抜ける狂気じみた長距離特急です。
以前から乗ってみたかったのですが、この機に使わない手はないことでしょう。
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今回は経路の都合上、途中の信濃大町駅で下車しなくてはならなかったのですが、それでも随分と楽ちんでした。
いずれ、南小谷駅までも行きたいですね。

信濃大町駅からは路線バスに乗り込み、立山黒部アルペンルートの長野側の玄関口、扇沢駅へ向かいます。
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既に小雨がちらつく不穏な天気のなかですが、ここから関電トンネルトロリーバスに乗り込み黒部ダムを目指します。

車内で流れるトンネル打通の歴史案内に耳を傾けながらバスに揺られていれば、噂の黒部ダムには比較的すぐ到着。
途中、赤沢岳の下辺りで富山県に入ってしまいます。
アルペンルートというと富山長野をつなぐ山岳路線といったイメージですが、長野県部分はほんの一瞬しか無いも同然なのですね。
それはそれとして黒部ダムは何度見ても圧倒的な大きさです。
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もっとも、降ったり止んだりの天気に、オフシーズンで観光放水も無し。偉大なるダムの大きさに感銘を受けつつも、雨の合間を縫ってダムを渡り次の乗り物へ急ぎます。

次は黒部湖から黒部平まで、ケーブルカーであっと言う間です。
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黒部湖と長野県境の赤沢岳を望む小さな平地。雲に覆われた山並が雄大です。
展望台から逆側、アルペンルートの進行方向を見やれば、立山連峰の岩肌に張り付くような大観峰駅も望めます。
一体全体、誰が何を思ってこんなところに駅を拵えてしまったのでしょうか……狂気を感じる険しい立地です。
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この頃から風も強くなり、ロープウェイ内では散々に煽られ揺れる有様。
ふらふらしながら大観峰駅に至る頃には、雲も私を出迎えに降りてきて、外は真っ白な霧の世界に陥っていました。
斯様な状況で狭い駅構内に長居も無用と、次いで乗ったは立山トンネルトロリーバス。
連峰主峰、雄山の直下をくぐり抜けて、アルペンルートの最高点、標高2400mの室堂に到着です。
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室堂の駅はアルペンルートのハイライトであり、雄山登山の玄関口でもあって充実の設備です。
建屋内で一式揃い、直結のホテルもある大規模なもの。最上階には、かつて雄山山頂にあった江戸時代の雄山神社峰本社の社殿も展示してあります。

しかして、この日の私の宿も、この室堂駅から歩いて10分ほどのところにあるのですが……。
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びっくりするほどの視界不良と土砂降り、さらに足元は一面の銀世界。6月でも冬のようとは聞いていましたが、よもやこれ程までとは思いもよらぬ有様です。
しばらくは駅の建屋内で様子をうかがっていたのですが、最終的には意を決して宿へ向かい踏み出すしかありませんでした。
雪原に目印のごとく連なるポールを頼りに、横殴りの大粒の雨に耐えながら歩くこと10分ほど。
この旅のハイライトと言っても過言ではないほどの鮮烈な経験です。
道はあっているのだろうか、距離は後どれ程なのだろうか……いろんな不安が去来しながら歩み、宿の影が見えたときには心から安堵しました。
本当に、この時ばかりは冬山の恐ろしさの片鱗を味わった気分です。

そんな訳でいまだかつて無い苦労をして辿り着いたのは「日本一高所にある温泉」みくりが池温泉です。
室堂平、みくりが池の傍に佇む山小屋兼温泉宿といった風情のお宿です。
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名前の通り、温泉です。散々寒い目にあいましたが、温泉に浸って一息ついたらビールを飲んで、もう幸せのできあがりです。
場所柄、素泊まりの選択肢はなく1泊2食付ですが、夕飯も朝食も非常に美味で文句のつけようがありませんでした。

晩御飯後は宿泊客は早々に就寝の体制です。
登山といえば明け方からの活動が多いからでしょうか、21時を過ぎればすっかり静かになってしまいます。
かくいう私も早めに寝たのですが……ふとトイレに見を醒まして窓を見やれば、月が明るいです。
すわ、これは満点の星空かと外に飛び出せば、煌々と輝く満月が東南の空に登っているではないですか。
その明るさときたら、私の影が地面に映し出されるほど。天体観測には支障をきたすレベルですが、これはこれでまた風情があります。
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西側には遠くどこかの町の夜景が望見されます。確信はもてませんが、方角的には富山か高岡でしょうか。
眠気と寒さをこらえながらも、しばし夜の散策と撮影に勤しんでから、再び布団に帰りました。


翌朝は室堂平に日が昇る明け方5時過ぎに起床です。
東側に立山を控えるココでは、地平線上の日の出から実際の日の出まで1時間ほどの時差があります。
ただし、空が黄昏色に染まるのは地平線における日の出の時間帯のこと。単純な話ですがすっかり失念していたため、起きて外を見たら青空が広がっていたときは、何が起こったかと一瞬悩んでしまいました。

閑話休題、朝食を取ったら2日目の行程にいざ出発です。
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あわよくば雄山の山頂も狙えるかと思っていましたが、外に出て少し散策すれば、それがいかに無謀であるかが理解できます。
澄んだ空気のせいか、ちょっと行けばたどり着いてしまいそうなほどにはっきりと見えるその頂も、道程は一面真っ白な雪化粧です。
服装だけならいざしらず、足元の装備が心許ない状況でこれに挑むのは身の程知らずにも程があるというものでしょう。
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しばらく室堂平の雪原散策を楽しんだら、ふと大観峰駅まで引き返して赤沢岳の山並みを拝むアイデアが降って湧いてきました。
思いついたら、居ても立ってもいられないのが性分。室堂駅から往復のきっぷを追加購入して、今一度の大観峰駅です。
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目論見通り、そこには澄んだ空気でくっきりと姿を表す青々とした奥立山連峰の山並みがありました。
土曜日はそれどころではなかった立山側の急傾斜も落ち着いて眺めることができます。
改めて見ても、ここに駅を作ったのは狂気と言わざるをえないでしょう……。

大観峰から再び室堂駅に戻ったら、続いて“雪の大谷”も見物です。
毎年、4月の半ば頃に立山の風物詩として報じられる、あの雪の谷間をバスが走り抜ける道。写真や映像ではしばしば目にしますが、本場では6月でもお目にかかれるとは知りませんでした。
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特に今年は雪が多いとかで、例年よりも高い壁が拝めます。加えて前日の雨で綺麗になった雪面と、雪の白がよく映える青空、6月には望むべくもない好条件が揃ったとかで、なんと運がよいことかと日頃の行いを自画自賛したくなります。

しばらく雪の大谷を散策して飽いたら、いよいよもって室堂を後にして下りの行程へうつります。
ギリギリまで最高点に居たい思いもありますが、寄り道もきっと楽しいはずと、悩んだ末にだいぶ後ろ髪を引かれながら、富山方面へ向かう路線バスに乗り込みました。

乗り込んだと言っても終点まで直行せず、途中の弥陀ヶ原でバスを降りて散策へ。
初夏になれば湿原が広がり、素晴らしい眺望が――とパンフレットには書いてあったのですが、どうやら初夏というには早かった模様。バスを降りても湿原ではなく雪原が広がる様には、早まったことをしたかと焦りの念が生じます。
しかしながら、湿原はなくとももう一つの目的地へは行くことができる様子です。
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立山は室堂平から南西側に、大地が大きくえぐれた立山カルデラと呼ばれる一帯があります。
これを一望できる展望台があるとのことで、是非とも見たいと散策に挑む次第です。
昨日に続いての、ポールだけが頼りの雪中行軍。雪山を舐めているとの誹りは免れない気もしますが、大学時代だったらもっと気楽なスニーカーで突っ込んでいたレベルの道程でしょう。
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15分ほど登れば道が途切れて、急な斜面に行き当たります。
この巨大な谷間こそが立山カルデラ。日本海屈指の暴れ川、常願寺川の源流にして終わりなき砂防工事が続く大崩落の現場です。
少し目線を上げれば白山まで望見できる好条件のもと、雪渓と青山と青空が織りなす雄大な景色に息を呑むばかりで、先程の焦りも何処かへと飛んでいってしまいました。

立山カルデラを眺めながら一息入れたら、続行のバスで終点美女平まで下ります。
途中、日本一の落差を誇る大瀑布、称名滝の前でバスが徐行してくれるイベントなどを挟みつつも、終点へ。
美女平まで下れば雪はすっかり姿を消してしまいました。
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美女平からはケーブルカーに乗り換えればアルペンルートの終点、立山駅に至るのですが……ここまで来て寄り道しない手は一切ないでしょう。
一山登り終えて帰路を急ぐ人波から外れ、探勝歩道へと足を踏み入れます。
高所の雪山とは一点、そこは初夏の高原の森林です。こちらの方が今の季節らしい風景でしょうか。人も少なく実に快適です。
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この一帯は立山杉の産地だとかで、巨大な杉の木が方々に聳え立っています。
豪雪地帯なせいか、奇妙な曲がり方をした木も散見され、不思議な森に迷い込んだかのような感覚に陥りながらも、思いがけず緑を満喫する機会となりました。

駅に戻ったら、いよいよもって観念して最後の乗り物、ケーブルカーで麓の立山駅にいたり、アルペンルートの行程は完遂と相成りました。
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山小屋風の駅では冬山装備のレンタルも行っているようで……こちらに先に来ていれば、あるいは雄山に挑めたのかもしれませんが、過ぎてしまっては詮無きことです。

ここからは富山地方鉄道に乗りかえて、順次富山駅へ向かいます。
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もちろん、直行とは言わず途中の岩峅寺駅で途中下車。この駅も含め、富山地方鉄道は驚くほどに風情ある田舎のローカル線です。
なかでもこの岩峅寺駅は立派な外観ながらも歴史を感じる趣に、映画“点の記”でもロケ地にされたのだとかなんとか。
静かに放っとくのが勿体無いほど、田舎の良い部分を絵にしたような光景の駅です。

しかし、駅が格好いいだけで下車するほど、時間に余裕がある訳ではないので、この駅で下車したのもちゃんと理由があります。
駅から歩いて10分ほど、駅のある岩峅集落の外れに鎮座する雄山神社の前立社壇に参拝です。
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雄山神社は立山の主峰雄山の山頂を峰本社とする越中国一宮、その里宮にあたる社がこの前立社壇になります。
本来であれば峰本社も参拝したかったのですが、先の雪山状況に加えて、そもそもが夏季7~9月しか参拝受付していないのだとか。どちらにしても訪れようがなかったそうですから、里宮だけの参拝になってしまったのは仕方ないことでしょう。

次は山頂への参拝を祈願したら、駅へ戻り、今度こそ富山駅へと向かいました。

締めに富山駅ビル内の居酒屋さんで地酒を飲みつつ指定券を取った北陸新幹線を待って、帰路へ。
1泊2日の行程にしては、思った以上に要素を詰め込んだ充実した旅は3度目の北陸新幹線で締めて終りとなりました。


斯様な次第で非常に楽しんだのは良いのですが、山歩きは全身運動……せっかく復調してきたのに、また全身筋肉痛です。
運動不足がたたっているのでしょうか、世話ない話です。

ひとり遠足と生音

梅雨も間近に迫り、晴れ間の貴重さに若干の焦りを感じる6月頭。
もうすぐ1年も半分を過ぎようとしています、信じがたい速さです……って毎年言っていますね。
幸いにまだ“気付いたら年末”と言うほどには時計の針は加速していないのが救いでしょうか。


幸いにも好天に恵まれた先の週末。
予定らしい予定もなく開放感を味わえるかと思いきや、土壇場で土曜も日曜も夕方から譲れない予定が入ってしまい、思うがままに出掛ける訳にはいかない仕様です。
予定自体は詮無きことですが、日中くらいは外をフラフラと回りたいところです。

そんな訳で土曜日は起き抜けから内房線の下り方面に乗り込み、房総沿岸をガタガタと進みます。
館山から千倉を抜けて安房鴨川の少し手前、太海駅にて下車します。
房総の田舎町を感じさせる独特の青みがかった駅に降り立ち、青空のもと漁港の方へ歩めばすぐに波太の漁港です。
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つげ義春の「ねじ式」のモデルになったと言われる漁港を横目に、海沿いの道を進めば、この日の主たる目的地はすぐそこです。

向かったのは手漕ぎ渡船で渡れる房総半島最大の自然島、仁右衛門島。島名の由来は、島の所有者にして唯一の住民の名前をとったものだとか。
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天気が良いから島に行きたい、そこに理由はいらないと思います。
漁港側の突堤でしばらく船を待って、折よく現れた渡船に乗り込み向こう側に渡りました。

入島料兼渡船代は島側の売店にて支払い。知ってはいましたが、なかなかいい値段がします。
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売店と休憩所の建物は、島唯一のコンクリート建築でしょうか。奥ゆかしく表現すれば、年季の入った趣深い味わいを醸し出していました。
しかしながらも、晴天下の外房の漁港と小島です。景色の悪くない理由はないでしょう。
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本土側を向いた展望台からは、透き通る海水を湛えた小さな漁港と、それに寄り添う家並みが一望できます。
水深が浅いのか、人の手の多いに入った港にありながら、その水底が透けて見えることには驚くばかりです。
他にも島唯一のそれと思われる古民家も公開中。一体全体どういう立場の人間だったのかと不思議に思うほど立派な家が、城壁じみた塀に囲まれた中に建てられていました。

島の裏手、海を望む側には祠も祀らています。源頼朝が潜伏したという岩屋は眉唾にしても、おそらくは古くから祀られてきたものがあることでしょう。
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すぐ外の磯は奇岩が連なる景勝地。あまりの透明感にテンションが上がり、うっかり靴を海没させたのはご愛嬌です。

斯様な次第で復路の渡船で漁港側に戻り、駅へ向かいつつ漁港散策も。
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初夏の浜と町並みも絵になりますよね、多分。

島のあとは安房鴨川駅まで移動して、鴨川シーワールドへ行きました。
実は鴨川シーワールドに行くのは初めてのこと。比較的近場にありながら、なんだかんだと機会が巡ってこなかったので、行くのが後回しになっていた状況です。
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水族館自体も1年ぶりくらいかもしれません……久しぶりですが、やっぱり面白いですね。
鴨シーの目玉といえばシャチやイルカのショーだったのですが、この日は残念なことに既に全演目終了のこと。、
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それでも、ショーの後の寛いだイルカや、常設の水槽見学だけでも十分に楽しむことができました。

閉館時間まで鴨シーで粘ったら、この日の締めは関東に遊びに来ている友人のえめろん氏と合流すること。
外房線経由で千葉駅まで向かい、恙無くランデブーを果たしたら、千葉駅近くの繁華街で軽く飲んで私の家で一泊と相成りました。


鴨川観光に費やした土曜日に引き続き、日曜日も良好な天気に祝福されたお出かけ日和。
えめろん氏はこの日、幕張で開催されたレッドブル・エアレース見物に行くとやらで、朝から早めに起きて出立です。

釣られる形で飲み会あけにしては比較的早くに家を出たこの日は、夕方から都内で用事があるので必然的に目的地も都内方面となります。
どこに行こうかと思案しながら東京駅に着いたら、上野動物園に行く案が降って湧いたので決まりです。
幾度か門前までは行っておきながら、毎回別の用件に引きずられて入園を延期していた因縁の動物園、ついにようやくフレンズになれますね……。
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ひとまずミーハーなので、パンダを見てから楽しみ方を考えましょう。
かの名高きパンダさん、近くで見るためには並ばなければならないのですが、離れて望遠するだけならほとんどノータイムで観覧可能です。

目的を達して満足したら、園内をフラフラしつつ足元で蠢く物体が目に留まります。
よくよく見やれば随分と大きなクモを引き摺る狩りバチさんがいらっしゃるじゃないですか。
聞くところによると、狩りバチは麻酔で昏睡させたクモを巣穴に運び込み、幼虫の生き餌にするのだとか。ファーブル昆虫記に記されているそうですが、実際にその現場に立ち会うのは初めてのことです。
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しばらく観察しているとなるほど然り。時折、餌から離れて周囲を哨戒しつつ道の脇の小さな穴へと進んでいきます。
最後にはズルリとクモを巣穴に引き摺り込んでお仕事終了。恐らくは、卵を産み付けて巣穴にフタをするのでしょうが、そこまで見届ける程の暇はなかったのが残念なところです。

その他に特筆すべき印象に残った動物といえば、檻の中でサービス精神旺盛のシロテテナガザルでしょうか。
ガラス越しにヒトを睥睨し、数多のカメラの注目を浴びる様はカリスマを感じるレベルです。
定期的に見栄えのするポーズをするあたり、言い知れぬ賢さも感じてしまいます。
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コアリクイもまたその悪魔的可愛らしさは素晴らしいの一言。凶悪な爪を隠し持っているのもご愛嬌でしょう。
ぬいぐるみにしたくなるような、いい感じに丸みを帯びたフォルムで木に登るさまは見飽きることのない光景でした。

動かないことで一部で有名だったはずのハシビロコウさんはすっかり野生を失って落ち着き無く動いてくれます。
羽を広げて白目を剥いたときなどは、言葉にならないインパクトがありました。全体的に言えば「聞いていた話と違う!」という感想が一番しっくり来るでしょう。
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アルマジロの疾走もなかなかコミカルで良かったです。


この日もなんやかやと動物園で遊んでいるうちに、気付けば時間は閉館1時間前。ギリギリまで留まりたいところではあったのですが、この日の本題はこの後です。
品川ステラボールに移動して、中島愛さんの復帰ライブに参加しなくてはなりません。
大急ぎで開場へと向かい、素知らぬ顔で入場して4,5年ぶりのまめぐライブの始まりを待ち受けました。
セトリは毎度のごとく省きますが、3年ぶりの復帰ライブだけあり、曲目自体は聞いたことがある“懐かしい”曲ばかり。
過去3枚分のアルバムを概ね年代順に並べたような内容で、待ち望んでいたライブがそこにはあったような気がしました。
「天使になりたい」やラグリン関係の楽曲、アンコールでは「金色」も流れて、思い残すことはもうない……と思わせておいてのさらにダブルアンコールにおける「ノスタルジア」。
一番好きな曲を最後の最後で歌われて、息が止まるかと思うほどの感激でした。
MCではまたアルバムを出して、ツアーもしたいとの言葉もあり、その時を心待ちにして生きていけるような気がするライブでありました。


そんなこんなで、充実した遠足から、懐かしくなるようなライブを経て過ぎ去ったこの週末。
一息ついたところで、今度は資格の実技試験が待っているので、強く生きなければなりません……。

初夏山挑戦の話

気温の乱高下が続く5月末、日中は暑くとも夜風はまだまだ涼しいです。

出張に塗りつぶされた平日を切り抜け、どうにか自宅に戻った金曜日。午後から半休を取って、アウトドア用品の買い出しやら「夜は短し歩けよ乙女」の映画を見に行ったりやらと、久しぶりの文化的生活を満喫しながら生活を日常軌道に戻します。

明けて土曜日も、引き続きふらりふらりと都内へ。この日はフォロワーのヘク猫氏、朔氏と池袋に集合し、期間限定のARIAカフェに行きました。
多く語るところではありませんが、なかなかに楽しい一時。ARIAイベントから、ヴェネチア探訪に続いてのARIAカフェ、今年は空前のARIAイヤーとなり幸せな限りです。
もちろん、件のメンツですからカフェの後には軽くお酒も飲んでから帰路につきました。


しかして迎えた日曜日、金曜日に配備したアウトドア用品を引っさげて朝から電車を乗り継ぎ西武線の飯能駅へ。
ここで元寮生と合流したら、バスに揺られて名栗地区へ向かい、ここから満を持して棒ノ折山の登山に挑戦です。

経路は飯能からバスで名栗湖方面に向かい、白沢谷登山口から岩茸石を経由して往復するもの。検索すればハイキングマップや登山記が山ほど出てくる著名ルートなようです。

昨年は7月の金時山で、丸腰登山の限界に直面してから約1年、装備を整えて余裕を持った大人の登山に成長しました。
バス停から名栗湖を横目に白沢谷の登山口へ。
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ここから西武鉄道の提供するハイキングマップを頼りに沢登りをしつつ山頂に向かいます。

白沢谷の登山道は初っ端からなかなかに強烈な急傾斜。“山登りって坂多いな”とかマヌケなことを抜かしながら歩いていけ、このルートの一押しポイント、沢筋の道に到ります。
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一般的にはあまり不慣れな人がやるべきではないとされる沢登りですが、ここでは人通りも多くよく踏み慣らされた道筋が示され、子供連れだって見かける程の安心感があります。
もちろん、十分な注意は必要でしょうが、それでも初心者の体験版としてはうってつけな雰囲気。湿った岩場や沢の横断はちょっとした冒険気分を味わえました。

小規模な鎖場を抜けて、沢の果てを過ぎたら再び坂道に戻り、尾根筋へ向かって一息に駆け上っていきます。
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岩茸石と呼ばれる奇岩に辿り着けば、ここで尾根沿いの登山道とも合流して、後は山頂まで尾根筋を登るだけです。
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崩れかけた木製の階段や木の根道に辟易しつつも、ここまで来れば気分的にはもう一息といったところです。

徐々に目指す先が明るくなり、最後に木々が途切れたら目指すべき山頂に到達です。
行程にしてバス停からおよそ2時間半、初めてながら標準的なペースで到着する事ができました。
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昼食はそのまま山頂で。山頂でお湯を沸かしてカップ麺、手垢のつくほどやり尽くされた最高に美味しいカップ麺の食べ方ですよね、多分。

一緒に持ってきたコーヒー、紅茶で一服しながら、しばし風景を堪能して下山へ。
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下りは尾根筋の道を選択。転げるように下りますが、膝や腿への負荷は登りより過酷なそうですね……若さで押し切ってしまった感があるので、次はもう少し慎重に余裕を持って下れるようにしたいです。

下山後は登山口から歩いてすぐのさわらびの湯という温泉で一息。
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休憩所でビールを飲みながらバスを待って、飯能へと帰還しました。


ちなみに飯能といえば山登りアニメの「ヤマノススメ」の舞台。棒ノ折山も含めて、方々で今もコラボが続いています。
少し前のアニメのはずですが、今でもイベントがあるとかないとか……と聞きます。
私は観てないのですが、行く先々で遭遇してしまうので、そろそろ観るべき頃合いかと悩み始めている今日この頃です。

水の都の観光紀行

初めてARIAを読んだのは高校生の頃。アニメ化されたタイミングで書店で平積みにされていたのを何気なく手に取った記憶があります。
それ以来、その素敵な世界観と入り組んだ町並みの描写、優しい物語に心奪われ、本を買いグッズを買いずっと追いかけていました。
アニメも原作も大団円を迎えた後も、ずっと大事な作品として心に残り続けて長い時間が経ちました。
一昨年くらいから、アニメ化10周年と称して劇場版新作の公開や新規のイベントの開催、原作の“完全版”の刊行など、諸々の活動が再び始まり「あの頃のファンが小金を持つ年頃になったから、収穫に来た」などと嘯きながらも、結局はまた貢いでしまう今日この頃。
先日もようやくARIA関連のイベントに初めて参加しショーロ・クラブの生演奏を堪能したりしていましたが、いよいよもって機は熟したと言えるでしょう。

出張案件で失われた先の連休分の代休を確保し、何やかやで独身貴族の果てに小金も貯まってきた5月半ば。
海外旅行にも徐々に慣れてきて、ようやく遠出する度胸も備わってきましたし、一念発起して念願だった聖地ヴェネチアに渡航するなら今を置いて他にない程の好機が到来しました!


初めての渡欧に、いつにも増して準備は入念に。ガイドブックで予習をしたり、同じ土地に3泊もする余裕をもたせた日程を組んだり、種々の予備品も多めに揃えたりと、未だかつて無いほど慎重な手配を重ねて、いざ出発です。
成田空港からアブダビ経由のエティハド航空を利用して、ヴェネチア・マルコ・ポーロ国際空港へ約20時間の道程です。
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途中、窓のない“窓際席”を割り当てられたり、アブダビで預け荷物だけ足止めを喰らいイタリアに届かなかったりと、多少のトラブルは有りましたが、体とカメラは無事に目的地に到着です。

空港からはヴェネチアへ向かう路線バス、水上バス、水上タクシーが利用可能。水上バスとタクシー、乗り場が殆ど同じで若干紛らわしいですが、値段が段違いなので間違えないように注意して乗りましょう。
ヴェネチア内での目的地により路線が違うようですが、駅方面へ向かう水上バスはマイナー路線なようで乗船したのは私一人です。
小船を独占して大きな澪標に守られた航路を進むこと40分ほど、数え切れないほどの水上タクシーに追い抜かれながらも、いざ憧れの水の都に到ります。
そう、入り組んだ水路に迷宮めいた路地と密集する住居群、ずっと憧れていた街に到着です。
「サンタ・ルチア駅の近くで降ろして」と伝えたものの、降ろしてもらったバス停からサンタ・ルチア駅の方向が杳として知れません。不本意ながらもgoogle mapに頼りながら駅へ向かい、紙の地図や水上バスのきっぷ調達に向かいます。
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無事に駅にて必要な品々の調達を済ませたら、紙の地図頼りに街歩きの始まりです。
到着早々に出くわすは日用品を積み込んだ小船さん。車両の進入ができないこの街で、日常の足も荷役も船が主力になるとは聞いていましたが、到着早々にもう遭遇です。
時差ボケも眠気もふっ飛ばして、テンションは初っ端から最高潮。折角、72時間も滞在時間を確保したのですから「急ぐ旅ではない」を合言葉に、贅沢に非効率にARIAらしく巡ります。

小道を抜けて広場を巡り、地図と勘を頼りに行き当たりばったりな博物館巡り。道中にはもちろん写真を撮るのですが、大体どこを切り取っても絵になるのが凄いですよね……。
あれこれと順序も何もなく巡ったので、どこで何に遭遇したのかも曖昧なレベルです。
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強いて重要な箇所といえばボーヴォロ階段でしょうか。ARIAの作中で幾度となく登場し、特に魔女ベファーナの話や劇場版の終盤でのシーンが印象的でしょうか。どちらもアテナさんに絡む話です、とても大事です。
一部の観光サイトでは閉鎖中との情報になっているのですが、私の訪れた2017年5月は公開中。入場料こそかかりますが、中からの眺望も満喫することができました。

他にも階段と水路が建物に突き刺さった何気なくもワクワクするような路地から、ドゥカーレ宮殿と牢獄を結ぶ“ため息橋”の中からの眺望まで、内も外も溜め息ものの景色ばかりです。
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印象としては、どこのお店も雑な英語が通じ人当たりも治安も良好、多様でいて小金を持ってそうな通行人の多さから、あたかも一帯全体がテーマパークかのように感じました。

そんなこんなで適当に散策を続けてサンマルコ広場に至れば、水浸しの光景に遭遇してしまいます。
ヴェネチアの晩春の風物詩といえば、季節風による高潮“アクア・アルタ”。現地にとっては建物を傷め交通を阻害する厄介な現象ですが、それはそれ。
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すっかり終わった頃合いかと思っていたのですが、ごくごく小規模なそれが偶然にも発生していたようです。
夕方にはすっかり水が引いていたので、ほんの数時間ばかりの束の間の余韻でしょうか。
青空に水鏡が映えるサンマルコ広場は、まさにARIAの世界のように素敵な光景でした。

他にもこの72時間の滞在、世界中どこにでもあると聞く中華料理屋のエキゾチックな風格から、水路に杭を施工する重機船。
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路地に翻る洗濯物に、救急車ならぬ救急ボート。
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広場でサッカーに興じる現地の子供の賑わいもあれば、閑静な緑の回廊のような光景も。
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夜も素敵に色付いて、絵になる情景。
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毎日、朝から晩まで歩き回っても、一向に飽きないほど素敵な景色に数多遭遇することができました。


素敵な風景巡り以外にも、行き会った先々では、初日にサンマルコ広場周辺の博物館群にてヴェネチア共和国時代から収集された美術品や考古品の見学。
2日目にはガラスで有名なムラーノ島でのガラス博物館の見学に、ヴェネチア各所にパビリオンが設けられた芸術祭“ビエンナーレ”の展示物の見物。
3日目も海軍博物館、ユダヤ博物館、自然史博物館での見学と、種々の見学施設も巡って見るべきものも見て回っています。
特に自然史博物館は足跡化石や先カンブリア紀の古生物の化石、前世紀の探検家の収集した民俗資料から“博物学”が隆盛だった時代の標本類まで。この街が文化芸術的な方向だけでなく、科学的な好奇心まで満たしてくれることを教えてくれる充実の展示軍に出迎えられ、言葉にならない感激がありました。


また余談ながら、宿泊地はヴェネチア本島から離れてリベルタ橋を渡ったイタリア本土のメストレ地区にとってありました。
往復はイタリア国鉄で片道2駅10分ほど。本数も多く、かなり遅い時間まで電車が走っているので気楽なものです。
初日だけ、間違えて一駅手前で降りてしまい……少し焦る羽目になりましたが、それはご愛嬌。
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事前情報として、メストレ地区はヴェネチアとは雰囲気が違うと聞いていましたが、なるほど少し緊迫感のある風景です。
ただ、ホテルは親切で清潔。駅からの道中も見掛けの印象ほど物騒なわけではなく、夜に酔って宿に向かっても問題ありませんでした。
本来的には夜道を1人で歩く時点で、あまり褒められたことではないのかも知れませんが、ずっと祝祭都市にいるよりも返って面白かったのかもしれません。
後から知ったところでは、メストレ駅からメストレ地区の中心市街を経由してヴェネチアへ向かう路面電車もあった様子。ガイドブックにも観光地図にも載ってなかったので見落としてましたが、次があれば乗ってみたいところです。


そういう次第で脈絡なく過ごした3日間。常に移動が前提の私にしては、異例の旅のやり方でしたがヴェネチアですから仕方ありません。
4日目、帰りの日も名残惜しさにメストレから直行のバスではなく、一旦ヴェネチア島に入ってから空港行きのバスに乗車して街を後にします。
後から思えば、ブラーノ島などまだまだ行き足りない箇所も多いのですが、次の機会に繋ぐ希望が残ったと思えば前向きにもなれると言うものでしょう。
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来た道を戻るようにアブダビ経由で成田空港に戻ったのは今週の火曜日のこと。
ちなみに復路は荷物がちゃんと届きました。
その後はたまたま休みが重なったフォロワーの憂月さんと合流し、東京下町でもつ焼きとビールの会。帰国早々に日本的な怠惰を味わいつつ、日常へと復帰することになりました。


旅行が好きになってから、いつかは、そのうちは、と考え続けて10年あまり。多くの行動派の友人に先を越され、ときには「早く行けばいいじゃん」と背中を煽られながら時間が過ぎて、ようやくに念願が叶った3日間でした。
これで一つ、大きな目的地が達成されてしまい、この先暫くは次の目的地選定に頭を痛めそうですが……それ以上に、日常に復帰するのがまず第一の課題です。
大変だ。

週末の西国迷走帰路

お馴染み、連休を塗りつぶす出張案件も無事に終わりを告げた土曜の朝。
見事に寝坊して、起きたら宿のチェックアウトぎりぎりな時間。慌てて荷物をまとめたら、来た列車に乗り込んで山口県とおさらばです。

もちろん、そのまま関東に帰る気など毛頭ないので途中下車先を適当に選定して山陽新幹線のきっぷを確保したら、いよいよ初夏らしい週末が始まります。
今回、目に止まったのは岡山県の倉敷。かの美観地区で名高い街ですが、実は今まで行ったことが無かったことに気付いてしまいました。
この機会です、寄り道先としては持って来いですよね。

新倉敷から山陽本線で少しばかり行けば、美観地区のある倉敷駅に到着です。
駅から10分ほど、街中を歩けば建物に歴史的な古めかしさが漂い始めて、目的の界隈に着いたことを教えてくれました。
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白い漆喰の壁と黒ずんだ木造部の引き締まったモノトーンが美しい光景です。これで晴れていれば文句はなかったのですが……。
天気ばかりは詮無きもの、ひとまず案内地図を確認し、街のすぐ脇にある阿智神社へと向かうことにしました。
曰く、古来この一帯は内海であり神社のある小高い丘こそが、当時は島として航路の目印となり入植民にも神聖視されたのだとかなんとか。
“阿智”の地名の方が由緒は古く、倉敷の地名は町が形作られ、蔵が立ち並ぶようになってからの呼称なのだそうです。
爾来、隆起と堆積により倉敷の町が規模を増す中、この一帯を見守る鎮護として、また参道から町並みを一望できる景勝地として今も参拝客が絶えない神社となっています。
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丘をまわり込むように裏参道から入り込んで、阿智神社に参拝。久しぶりに御朱印も頂きました。
境内地は立派の一言。本殿の裏からは丘一帯に連なる鎮守の森や、そこかしこに紛れる岩座群があり、本殿の前側は文明的な木造の大灯籠に能舞台。多様な文物の配置に信仰の篤さと歴史の深さが伺えます。
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特に絵馬殿は町を見下ろす絶好のロケーション。休憩用の椅子もあり、歩き疲れた観光客や寛ぎに来た地元民もいて程よい賑わいを感じさせます。
観光地らしい明るさと歴史の奥深さを兼ね備えた神社でありました。

神社の参拝を満喫したら、町並みを見下ろす石段を伝って美観地区へ戻りましょう。
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かの有名な水路からは少し距離がありますが、神社の下の界隈も古い門前町の風情があり趣深いです。
ここからは町並みを適当に散策。酒屋さんで試飲したり、地ビールを飲んだりしながらふらりふらりと水路方面を目指します。
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道中、倉敷紡績の記念館や倉敷考古館を見学。
倉敷紡績の方は名前の通り、クラボウの歴史と町の発展を絡めて紹介する企業博物館。工場や付随する設備の発展や、往年の書類などを見ることができ興味深かったです。
一方の考古館は水路際にある建物自体が古風で魅惑的な考古博物館。岡山県下で発掘された縄文から平安期の遺物が展示されていました。
小さく古風な博物館であり解説などは控えめでしたが、なかなか見ることのない発掘ままの銅矛なども置かれていて、こちらも面白い資料館でありました。

そうこうしているうちに、観光写真などでもよく見かける水路に到着。
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この日はGWの終盤ということもあり、何やら催し物が行われていたようで、花嫁姿の方が船で周囲をぐるりと巡っていました。
周囲には観光客が鈴なり、風情と言うには賑やかすぎますが、それでも新緑の並木と水路の取り合わせは実に良い景色です。
新幹線の時間の都合もあったので、花嫁船見物も途中で切り上げざるを得ませんでしたが……後ろ髪引かれる思い。
狭いからすぐ見終わるなどと噂に聞いていたのですが、とんでもない。とても半日では見て回りきれず、もう一度来なければと心に誓って、倉敷の町を後にすることになりました。


斯様な次第で岡山から再び新幹線に乗り、次に降りたのは新大阪駅。地下鉄に乗り換えて新世界に向かい、友人の元下宿生やその友人連中と合流です。
特に何がある訳でもないですが、串カツ屋で飲み会などしながら過ごして大阪の夜を更けさせました。

明けて日曜日は連休最終日ですが、私にとっては普通の日曜日。
朝食を食べたら、そのまま帰るのはまだ足りないので奈良へ向かいます。
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天気が良かったので、そのまま若草山に登頂。実は表側から若草山に登ったのは初めて。
以前に裏側のドライブウェイから山頂に回ったことはあるのですが、一重目の芝生にきたことはありませんでした。
こんなに景色が良いと知っていれば、もう少し早く来ても良かったかもしれません。

若草山でこの日もビールを飲んだりして過ごしたら、下山して昼から日本酒バーでちょい飲みし、いよいよもって関東へ。
京都から新幹線に乗ったものの、考えるまでもなく席は満席。しかたなしに東京駅まで立ち続けて、内房へと到りました。


そういう次第で、連休明けのダメージが少ないこの週明け。
振替休日のストックがたくさんあるので、使わないといけません。遠くに行きたいですよね。

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