月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


終電深酒と三つ峠の話

日曜日、月曜日と立て続けに大きな地震が日本列島を襲った6月中頃。
梅雨の合間を縫いながら、残業の合間を辛うじて生き延びる日々。終わりを望みながらも、どこまでも続きます。

週末の始まりは出張案件を済ませて、少し早めに解放された金曜日から。
大学時代の友人の“元下宿生”と、彼の元職場の同僚の3名で飲み会をすることになり、渋谷へと向かうことで始まります。
元同僚氏とは以前にも一緒に飲んだこともあり、渋谷の焼き鳥屋さんに拠点を決めてからは、仕事の話に始まってアニメの話まで、適当にグダっているうちに終電の時間が迫ってしまいます。
仕方ないので終電を見逃して、最も家が近い元同僚氏の部屋に泊めていただきながら、飲み直して土曜日を迎えることになりました。


土曜日はひとまずは実家に帰りつつ、荷造りを済ませて再び東京方面へ。
日中は資格試験があったので、これを大過なくこなしつつ、秋葉原で時間調整です。
この日の本題は夜から行われた前職の同僚の結婚式の二次会への出席です。

前職の同期連中とは数年に一度程度は顔を合わすものの、それ以外の職場の面々と会うのは退職の挨拶以来です。
久しぶりに再会する者や、私の退職後に入った面々とも適当に話しながら二次会をつつがなく過ごして、流れはそのまま三次会へ。
近い年代の方々を集めた三次会、一緒に飲んでいると、どうも参加者の半数弱は退職済みらしいというのですから、けったいな話です。
退職して言うのもアレですが、別段そこまで悪い会社でもないと思うのですが……世の中、そんなものなのかもしれません。

終電ギリギリまで飲むつもりが、気づけば話が盛り上がってしまい隣街までしかたどり着かない時間になってしまいました。
仕方なしに、後ろ髪を引かれながらも列車に乗れば、思った以上の深酒にうっかりぐっすりです。
気付けば隣街から数駅先まで来てしまっています。泣きながらタクシー代を支払って、どうにかこうにか実家へと帰り着きました。


そんなこんなで無理してでも実家に帰ってきたのは、日曜日に大事な予定があるためです。
深酒深夜帰宅の翌朝という惨状に鞭打って、朝は7時頃には起床して中央線と富士急線を乗り継ぎ河口湖方面へと向かいました。

富士吉田の少し手前、三つ峠駅で下車したら、先に車で来ていた友人のえめろん氏と合流です。
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レトロを通り越して、時が止まってしまったような駅前広場でえめろん車に拾われたら、コンビニで補給していざ出発です。

三つ峠の駅から西に車で15分ほど。桂川の谷間に広がる町並みを外れて、御坂山塊の入り口に位置する三つ峠の登山道入り口まで、ほんの一瞬のドライブです。
登山道入り口に車を停めて荷物を整理したら、この日の目的地三つ峠の山頂目指して歩き始めましょう。
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駅前では晴天だった空も、三つ峠のたもとでは薄っすらと曇り気味。地形の関係でしょうか、数キロしか離れてなくとも山裾にだけ雲がまとわりつくように広がっていました。
曇りの影響下、登山道の森林地帯もほんのり湿り気味。森が香り立ち気持ち良いものの、足下がぬかるみ気味なのは困りものでした。

三つ峠駅から登る三ツ峠山は行程3kmほどの間に高低差約1000mの強烈な上り坂。沢筋を伝うように最短経路に言い訳程度のつづら折りで取り付けたような道のりを一気に駆け上がることになります。
なぜこんなルートを……とも思いましたが、江戸期には修験道の参詣道だったそうなので、多少の過酷さは納得です。
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道中に点在する仏像などの宗教的遺物を眺めながら、青息吐息で登っていけば、行程の半分以上を過ぎた頃にようやく傾斜が一段落します。
代わりに崩落仕掛けた沢を横切るハメになるのはご愛嬌でしょうか。
気付けば雲を越えたのか、晴れ間が広がり気持ちの良い光景に出会せたのが救いと言えましょう。

ロッククライミングの名所という壮大な屏風岩を大きく迂回したら、山頂はもう目前です。
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屏風岩の脇から階段を上がるようにして15分程で、三つ峠の山頂に至りました。

三つ峠の山頂は御坂山塊でも屈指の高い峰。周囲をぐるりと見渡せば富士吉田の町の向こうに富士山がそびえ、西へ目をやれば山塊の向こうに甲府盆地とうっすらとした八ヶ岳連峰まで目に入ります。
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この日は立ち上る雲が山を伝うような空模様。山頂は雲に覆われるときもあれば、不意に視界が開けて富士山がくっきりと見えるタイミングまで。目まぐるしく眺望が変化し、時には雲海のように幻想的な光景も見せてくれました。

絶え間なく変わる光景は見飽きないでいることができるのですが、そうも行かないのが時間の都合というもの。
三つ峠の周囲はいくつかのピークが点在する領域です。最高峰の開運山が一般的に三つ峠と呼称されていますが、実際には近くにある木無山、御巣鷹山と合わせて“三つ峠”と呼ぶのだとかなんとか。
諸説あるために正確なことは不明ですが、少なくとも歩いて10分ほどの範囲にいくつもの頂上が存在するのは事実です。
折角なので制しておかない手はないですよね。
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電波塔の聳える森に囲まれた山が御巣鷹山。銘板もなくただ地図上の頂上一帯を電波の送信設備が占領している状態です。
地元の近所の雑木林みたいと思ってしまったのは内緒にしときましょう。
一方の木無山もピークとしてはパッとしない場所のためか、銘板こそあるものの稜線上の小高い部分といった印象なのが正直なところでした。

何はともあれ、3頂上を制したので、山小屋近くの広場でコーヒーブレイクをしたら、後は下山あるのみです。
来た道を戻るように下れば、再び雲の中へ。本当に頂上付近だけが晴れていたのだと感嘆しながら、薄霧の中を抜けて行きました。
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帰路は少し余裕があったので、仏像群の見物なども。これほどの数をどうやって山の上まで運んだのか……昔の宗教家は本当に偉大ですね。


達磨石の登山道口まで戻ったら、最後は駅との中間地点にある日帰り入浴施設で一服です。
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ちなみに三ツ峠も「ヤマノススメ」の作中に登場した山。駅や頂上付近の山小屋、そしてこの入浴施設にも立て看板が設置されています。
関東日帰り圏のちょっと有名な山はほとんどこの作品の足跡がある気がしますね。

風呂上がりに富士山駅までドライブして、駅ビルで早めの夕飯を食べて、えめろん氏とはお別れ。
帰路は富士急線から中央線と総武線を経由して、内房の自宅へと直行することになりました。


斯様な次第で、金土と終電乗り継ぎに失敗をしてから、日曜には山に登ったこの週末。
色んな都合が絡み合ってチグハグな過ごし方になってしまいましたが、それぞれのイベントは面白かったので良しとしましょう。
6月半ばといえば最も祝日から遠い季節。私は月曜に通常通り出勤したのですが、ツイッターを眺めていると有給取得勢がゴロゴロいるのに気付いてしまいます。
異動前は現場さえなければ簡単に休めたのに……と考えてしまいます。
今更詮無いことだと、辛い気持ちを押し殺して働くしか無いのですが、なかなかやる気にならないのは仕方のないことですよね。

香港的週末放浪

とにかく忙しいので、細かいことはすっ飛ばして本題に行きましょう。

諸々ブチ切れてしまい、バニラエアで香港行きのチケットを確保したのが運の尽きですね。
2016年の11月、フォロワーのあんこう氏を訪ねて軽率に香港へ飛んでから、早1年半が経ってしまいました。
あの時、去り際に放った「新居が決まったらまた遊びに行くわ」という約束、回収できないまま月日が経ってしまいましたが、この度ようやく有言実行の日が到来です。


有給を取得し、金曜日の朝から飛び立てば、15時頃に香港国際空港に到着です。
この日の日中は単独行動なので、即座に地下鉄に乗り込んで行動開始します。

手始めに向かったのは香港島の東側、筲箕灣から少しだけ歩いた先にある香港海防博物館です。
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明代から現代に至るまでの海防の歴史を展示した博物館です。
建物自体が英国時代の堡塁を流用した構造で、丘の上に建つ少し天井の低い丸みを帯びた建屋が魅力的です。
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ちなみに展示内容は、立地が立地だけに主敵の殆どが日本です。
明清代には倭寇が最大の脅威、ポルトガルと英国が海辺を脅かす時代を挟んだと思ったら、再び英国と日本が睨み合う時代にひとっ飛びといった内容になっています。
それでも、往古の海防政策や英国の香港での苦労話も散見され、実に興味深い内容ではありました。

博物館の後は小腹も空いたので、適当な食堂で小腹を満たしておきましょう。
即席麺を戻して甘口カレーと和えたような“家庭的”な味の一品、美味しいのは間違いないのですが……エキゾチックさが足りないと言うべきか、ある種香港らしいと言うべきか……。
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小腹を満たしたら、一転して夕飯の時間。あんこう氏に加えて、香港人のフォロワーであるMOKさんとも合流して、夕食会の流れです。
少し高めの中華料理店でビールを挟みつつ、お腹いっぱいになるまで担々麺や炒飯を味わったら、夜もいい時間になってしまいました。

帰りがけに屋外でビールを飲めるパブで軽くいっぱい引っ掛けてから、この日の宿となるあんこう氏のお宅へ向かいます。
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香港郊外の高層マンションの一室、観光客的にはなかなか縁のないマニアックな場所に潜り込んだら、日本と変わらないような宅飲みをして、アニメを見て夜を更けさせていきました。


ゆるゆると起きる羽目になった土曜日は、あんこう氏の所用に付き従ってローカルな朝飯やから郵便局へと“土曜日らしい”雑務で幕開けです。
一揃いの雑務が済んだら、ローカルなミニバスに乗りこんで郊外からさらに町外れの西貢地区へと向かいました。
西貢地区は香港の町外れ、国際都市香港のイメージからは想像もつかない海と山に囲まれた自然豊かな地域です。
ビーチや海鮮を求めて、香港人が余暇を過ごしにやってくるような土地。なかなかどうして、現地民帯同ならではのチョイスです。
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西貢の浜からはあちこちへの渡し船が運行されており、香港島の向こうに浮かぶ島々を巡ることができます。
なかにはユネスコのジオパークにも指定されており、火山地形が点在しているような島もあるだとか。
お出かけ日和の晴れ間の下、適当に声をかけられた船に乗って、南の島へ漕ぎ出すのも面白いですよね。
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よくわからないまま、上陸した橋咀洲と呼ばれる島で、思いの外にキレイな海に感激したり、そのまま島を縦断するハイキングコースへうっかり踏み出したり……気ままに過ごしていれば良い時間になってしまいます。

渡し船で西貢へ戻ったら町並みをぐるりと巡りながら昼食探し。
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船がひしめく海を眺めながらフィッシュ・アンド・チップスを食べて、次の観光地へと移動することにしました。

2つ目の観光地は無難に香港文化博物館です。
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ブルース・リーを始めとした、香港ゆかりの文化人や、富豪の集めた文化財が展示されています。
ブルース・リーくらいしか見るものはないかと思っていたのですが、意外と見どころも多く、思いのほか長居してしまったのはよくある事象でしょう。

最後に、文化博物館から電車で一本の中国本土国境へも寄り道。特段の用事はないのですが、陸上国境に興味があった次第です。
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なんとなく本土側へ入国し、軽くぶらついてから夕飯を食べて再度、香港へ。
本当に何しに行ったのかと言う風情ですが、こういう気安さで国境を超えるのも香港らしい経験ということにしておきましょう。

この後はまたあんこう邸に戻り、前日に引き続いて宅飲みで夜を明かしていきました。


日曜日は香港最終日、帰国の必要がある日ですが飛行機は夕方の便なので、午前中は少しばかり遊びに出かける余裕があります。
そういう次第で向かったのは、空港があるのと同じランタオ島のゴンピン360というアジア屈指の頂戴ロープウェイです。
ランタオ島の南側、天壇大仏や伝統的漁村のある一帯へアクセスできる観光ロープウェイです。
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乗り場はいたって普通のロープウェイですが、驚くべきはその行先です。
海を渡って山を超え、もう一つ山を超えても、行き着く先は更に遥か彼方です。
片道20分強、アジア屈指は伊達ではない長丁場。空中散歩とはまさにこのことだと思わせる光景を眺めながら、ロープウェイの旅を味わいます。
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海の方に目をやれば、珠江の河口を挟んでマカオへ繋ぐ計画だという高速道路も望見できます。
海を渡る高速道路と海底トンネルの組み合わせ、実質アクアラインですね。

そんなこんなで終点のゴンピンに到着したら、天壇大仏を見物です。
本当は漁村のある大澳地区まで足を伸ばしたいのですが、時間の都合もあるので妥協せざるを得ません。
いずれ、行ってみても良いかもしれませんね。
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天壇大仏は世界最大の屋外大仏。建立開眼は1993年と比較的最近ですが、面白い観光スポットなことには間違いないでしょう。
造形が心なしか奈良や鎌倉の大仏と似ているのは、きっと文化が近いせいのハズです。
深いことは考えずにお参りして、周囲のお寺やお店も散策です。
最後に飲茶店で昼食を摂ったら、ロープウェイで引き返して空港へ向かう流れになりました。


無事に空港まで着いたら、あんこう氏と別れて、名残惜しくも出国の時間です。
残念ながら日本へ帰らなくてはいけません……。

重い足取りのまま飛行機に乗り込み、成田へと到って楽しかった週末は終りを迎えました。

そういう次第で諸々体力気力財力と、使い切ってしまった面もあり、当面は遠出の予定がない週末が続く予定です。
次の3連休は7月の海の日、無事に(精神が)生きていられるか……心配ですが、なんとかなるといいですね。

突貫石見訪問

忙しさも板について、諦観の念が強くなりはじめた今日このごろ。
耐えるか、逃げ出すか……動悸に苛まれながら、ただそれだけを考えていれば、平日は過ぎていってしまいます。

そんな日々の中でふと話題にのぼったのが、フォロワーのしろかえる氏がそろそろ引越すとの話題です。
仕事の都合で島根県内を転々とする彼ですが、引っ越しの度に口実を作って遊びに行くのが恒例と化していました。
ところが現住地に越してきてからは、既に1年ほどが経つのに未だ遊びに行けていません。
彼の住まう島根の西端、益田市など、こんな口実でもなければ一生行くことも無いことでしょうに……! 急いでいかなければなりません。


そういう次第で早急に都合をつけて、電車の時間を調査。ギリギリ1泊2日でも行って帰れそうなので、今週末は急遽島根まで遊びに行くことにしました。

朝一番に家を出て、新幹線で西へ一路。新山口駅で山口線の特急に乗り換えて、出発から7時間ほど。
しろかえる氏との待ち合わせ場所、島根県の津和野駅に到着です。
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山陰の小京都と名高き山間の小さな町は、駅から風情があり趣ある列車が停まっています。

そんな訳で順当に駅でしろかえる氏と合流したら、駅近くの定食屋で“うずめ飯”なる郷土料理を食べてから街歩きに出発です。
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かつては津和野藩の城下町として、また山陰と山陽を結ぶ交通の要所として栄えた津和野町。長州藩に隣接する立地のため、幕末には多くの人材を中央に送り込んだそうです。
その後、経済交通の流れが変わってしまい、開発の波に取り残されてしまったがため、今も幕末から明治期の町割りや建物が残る風情ある観光地へと変貌を遂げています。

街並みの真ん中を抜けて道なりに北西へ向かえば、その先は町を見下ろす山の斜面に境内を構えた太鼓谷稲成神社の参道です。
日本五大稲荷の一つとして、珍しく“稲成”の字を当てるイナリ神社。中腹の本殿へ向かう階段は伏見稲荷を思わせる程の立派な千本鳥居に飾られています。
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頂上部の社殿もなかなかに立派で非常に良い雰囲気。振り返れば街並みも一望のもとに見下ろすことができます。
折よく列車が来たのですが、葉っぱの影に隠れてしまったのが惜しいところ。模型のような街並みに2両編成のディーゼルカーが映えますね。
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麓に戻ったら、折角なので隣接する弥栄神社にも参拝。本来、こちらの方が古いなんて話もあるそうですが……風情があって良いですね。
弥栄神社から街並み歩きに戻ろうとしたタイミングで、今度はSLやまぐち号の出発に遭遇です。
駅までは遠いので、見通しの効く踏切に陣取って勇姿を拝みましょう。
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黒煙を吐き出し、力強く駆け抜けるSLもなかなかに魅力的ですが、走った後の煙たさもまた強烈。観光で眺めるには楽しいですが……日常となれば「鉄道無煙化」が推し進められたのも仕方ないことのように感じてしまいます。

そんなこんなでフラフラしていれば、意外といい時間。町並み歩きもそろそろ十分かなと思ったところで、不意に路地裏の方から楽しげな重低音が聞こえてきます。
周囲を見やれば、どうやらお寺のような建物から音が流れてくる様子です。
葬式か縁日か……と思って見に行けば、意外な人の多さと妙に格好良いポスターが目に入ります。
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「妙壽寺功夫」「お寺でディスコ」「Shinran's Birthday Party」「Buddhadarma and good music」……パワーワードのオンパレードで、無駄に格好いいデザイン、圧倒的な情報量。ぐうの音も出ないほどの説得力です。
何をいいたいのかわかりませんが、なんだか楽しそうであることだけはよくよく伝わり、この日一番のインパクトでした。

その後は郷土資料館を巡ったり、一押しのジェラート店へ行ったりしてから津和野を撤収。しろかえる氏の車で一気に益田市街の彼の家に向かいます。
荷物を置いたら、そのまま飲み屋さんへ。日本酒と海鮮を楽しんだら、彼の家へ戻ってアニメを垂れ流しつつアニメを眺めて夜を迎えました。


翌日は帰りの時間の都合もあるので、少しだけのお出掛け。柿本神社の総本社、高津柿本神社に参拝して御朱印を頂戴します。
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柿本神社は歌聖柿本人麻呂を祀った神社。益田市周辺にはこの地で人麻呂が没したとの伝承が残っているそうで、その霊を慰めるために祀られているのだとかなんとか。
伝承の真偽は不明ですが、往古から栄えていたことだけは確かな土地。そういう可能性もきっとあることなのでしょう。

ふらりと神社を巡ったら駅前で昼食を摂り、少しばかり海までドライブしてから益田駅に戻り、しろかえる氏とはお別れの流れに。
来た道を戻るように山口線の特急に乗り込み、新山口経由で関東へと帰りました。


突貫行の津和野・益田旅行、普通であれば萩石見空港を使って空路で向かうのが常道なのでしょう。
あまりに突発すぎて鉄路にしてしまいましたが、益田にいたっては片道8時間半……東京基準で東北に向かえば室蘭あたりまで行けてしまいます。
飛行機ならベトナムを越えてタイかインドか……日本が広いのか、飛行機が凄いのか、思いつきにしては随分遠くへ行けて満足です。

奥多摩野営の話

1年で最も過酷な連休明けの1週間をどうにか生き延びて迎えた5月2週目。
この週末はかねてより計画していた奥多摩キャンプを敢行です。

大学時代の友人を誘い、荷物を整えたら車を転がして、レッツドライブ!


まずは親の車を失敬して拝島駅にて友人連中と合流です。
荷物と友人でパンパンの車でスーパーとホームセンターの買い出しを済ませたら、多摩川を遡上すること小一時間。
奥多摩湖から少しだけ裏の沢筋に入った水根沢キャンプ場が今回の宿営地となります。

気さくで少し大雑把なオーナー夫妻の運営する、沢筋の小ぢんまりとしたキャンプ場。到着早々、ワイヤー1本で構成された見てるだけで不安になる荷物運搬リフトが登場し、ワクワクが止まりません。
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沢へ降りる下り坂には貼り付くように手作り感溢れるロッジが点在し、独特な雰囲気を醸し出しています。
そして、テント場のすぐ脇は心洗われるような美しい渓流です。気が向いたらすぐおりれるのも素晴らしいところですね。
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そういう次第で早々に設営しましょう。久しぶりにハンモックも登場です。

ここまで準備が整ったら、後はお酒片手に遊ぶだけでしょうか。
沢にビール缶をそれっぽく配置して記念撮影をしたりして遊びます。
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このキャンプ場は昨今には珍しく直火もOK。石組の竃を作って焼き網でキノコとかお肉とか焼いたりしてやれば、それだけでビールが捗ってしまいます。
スキレットでアヒージョを作ったり、エビを焼いてみたりと好き放題やっていると、不意にオーナーさんから「たけのこ掘りに行かないか」とのお誘いが舞いこんできました。
どういう文脈なのか今ひとつわかりませんが、面白そうなのでふたつ返事で着いていくことに。
つるはし片手に裏の山に登り、芽生えたばかりのたけのこを探したら、根本を少しだけ掘り返してつるはしでもぎ取ってやりましょう。
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収穫したたけのこはアルミホイルで包んで焚火へ投げ込んで柔らかくなるまで加熱……。
採れたて焼き立てのホクホクしたたけのこは、スライスして醤油につけただけでも最高に美味。こんな楽しみ方があったなんて、知りませんでした……。

そんなこんなで宴は日が沈んでも続きます。
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懐中電灯の光を頼りに焚火を楽しみ、肉をバラして酒が進みます。

ふと気が向いて満天の星空を堪能したりしながら過ごしていれば、時刻はいつの間にやら日付が変わりそうな頃合いまで。
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テントの中で“ノイ”というカードゲームに興じて、もう一杯呑んだら各自眠りについていきました。

翌朝は友人の1人、元下宿生が先行して帰る必要があったので、早起きして朝から彼を連れて奥多摩駅まで一往復。
その後はテントに戻って二度寝を味わい、気がついたら8時半を過ぎてしまいました。
キャンプに行くと早起きになる……そんなのは気のせいだってことですね。
朝食を食べてからテントを撤収したら、頃合いを見てキャンプ場を離脱です。
去り際、オーナーさんから飲み物を差し入れていただきました。何から何までホスピタリティ溢れた対応で、ありがたい限りです。
また機会があれば訪れたいところです。
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キャンプ場からは奥多摩周遊道路をぐるりと巡って、月夜見山を経由して秋川渓谷側へ。
数馬地区の蛇の目温泉で今週の温泉です。
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東京都で唯一、秘湯を守る会に登録されている温泉宿。母屋は重要文化財指定もされている歴史ある温泉です。
露天ではないですが広めの窓の向こうから目一杯の新緑が飛び込み、山の緑を満喫できる良い温泉です。
昼食を摂れる食堂も併設されており、広々とした畳敷きの上に趣あるテーブルを配置したモダンな雰囲気が、また旅情をそそります。
都心から2時間ほどの距離でこの風情。バスでも来れるそうなので、そのうちうっかりとのんびりしに来ても良いかもしれません。


そんなこんなで風情を満喫しながら蕎麦を手繰ったら、帰路の時間です。
秋川沿いに下って徐々に都会に戻り、拝島駅で現実に直面しながら解散となりました。

新緑を満喫する良いキャンプで過ごした週末。リフレッシュした――と言いたいところですが、帰宅してしまえば、現実に打ちのめされて動悸が止まらくなるのですから、労働はやはり絶対悪なのでしょう。
今週も強く乗り切って、次の週末を楽しみにしましょう。

「賭博師は祈らない」を追って

久しぶりにGWが真っ当な連休となった2018年。異動して初めての好事と言えるかもしれません。
テンションが上ってしまい、うっかりと足元を見て高騰する国際線の航空券を掴んでしまいました。

当初の渡航候補はモロッコは世界遺産都市フェズ。初めてのアフリカ大陸か?! とワクワクしながら航空券を検索したのですが、残念ながら日程が噛み合わずに断念せざるを得ない結論に。
次に思い描いたのは東洋と西洋の交差点トルコはイスタンブール……でしたが、これもなかなかどうして手頃な航空券がありません。

なんとはなしにタイムリミットが迫る中で思い起こすのはとある格言です。
「第三善を戦場に送れ。次善は遅れる。最善はついに完成しない」とは、イギリスに防空レーダー網を気付いた技術者の言葉です。
予算内で飛べる興味深い都市は――と検索エンジンを叩けば、ヒットしたのが何の因果かイギリスはロンドンのヒースロー空港行きのチケットでした。

奇しくも去年から「賭博師は祈らない」が個人的大ヒット中。作中に描かれたロンドンにバースと、むしろなぜ思い付かなかったのかと不思議なほどです。
これは行くしかない流れでしょうと、即断即決して手配してしまいました。
航空券の手配は一大事ですね。


斯様な次第で迎えた連休初日の28日は秋葉原で大学の友人連中と昼酒をキメてから、その足で大阪へ。
そう、今回の便は久しぶりの関空発着便です……これが安かったんです、仕方なかったのです。
夕方から大学院時代の友人と合流して、夜が深まるまで積もる話を散らしながら飲み明かして、天王寺の宿で一泊。
翌朝は少しばかりお酒が残る頭で関空へと向かい、タイ国際航空のバンコク便に乗って外つ国へと飛び立ちました。

飛び来るタイはバンコクのスワンナプーム国際空港。ここでロンドン・ヒースロー便まで約9時間の乗り継ぎです。
折角なので小1時間ほど入管に並んで入国し、お外を観光としましょう。
バンコク市街まではアクセス鉄道で30分ほど。本数もそれなりに走っているので、安心して遊びに行けます。
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空港アクセス鉄道の終点Phaya Thai駅近くに、在来線が見えるレストランを見つけたのでシンハーで一杯。
フライドライスは美味しかったのですが、本場のトムヤンクンは酸味と辛味とパクチーの強烈な味わいにアテられて完食できなかったのが心残りでしょうか。
程々に満喫したら、空港に戻って有料ラウンジに課金してシャワーを浴びてシャツでも汗ばむ真夏の如き熱気を流します。
一息着いたらいよいよロンドン便に乗り込む時間になりました。
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10余時間の空の旅は最初だけ映画を見たものの、その後はひたすら眠って体調を整え、目覚めた頃にはイングランド上空を飛んでいる具合になりました。


さて、ほぼ丸1日以上かけて辿り着いた憧れの英国、入国審査を抜けて地下鉄に揺られロンドン市街に到着したのは午前11時の少し前と行った頃合いでありました。
到着して最初の感想は「寒い!!」の一言でしょう。高緯度地域とは言え、暖流の加護の下、比較的温暖なはずと認識していた西欧一帯。
降り立ってみれば降りしきる雨に強い風、吐く息は白く凍える冬の有様です。
現地民と思しき方々も寒そうにしていたことから、季節外れの寒さと認識できたことだけが救いでしょうか。
春先装備の私にとっては、外に長居する心も折れて、まずは朝食の確保も兼ねてカフェに入るより他にありませんでした。
ローストビーフのサンドイッチとミルクティー。観光客然としたチョイスながら、最高に救いを感じるひとときとなりました。
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ティータイムで一息入れて正気と元気を取り戻したら、いざこの日の第一目的地にしてロンドンでの最優先目標、大英博物館へ向かいましょう。
路地を1ブロックほど専有する、中国の博物館もかくやと言わんばかりの大行列に並んで20分ほど待ったら、いよいよ世界最大級の博物館を見物です。
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英国紳士が数百年掛けて世界中から掠奪した世界の至宝の数々です。
かの名高きロゼッタ・ストーンもその収蔵品の一つです。
3つの言語で書かれた石碑と認識していたので、もう少し大きいものかと思っていたら、随分と可愛らしいサイズですから驚いてしまいます。
こういうのも現地に行って実物を見てこそ知れる面白さでしょうか。
アジアから中近東、アフリカに到るまで世界中の古代遺産が目白押し。「教科書に写真が載ってた」と言いたくなるようなものが沢山ありました。
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また18世紀“発展と好奇心の時代”をモチーフにした展示スペースもありました。ちょうど、「賭博師は(略)」の時代だなと関心しながら見物します。
この時代の博物学的な展示手法は、東京駅前にあるオシャレ博物館の展示手法にも通じるレトロ感を醸し出しています。
まさに博物館が博物学をしていた時代だったのでしょう。
なんやかやと17時近くまで4時間近く居着いてしまい、他の観光スポットに寄る暇もないまま夕飯時を迎えてしまいました。

仕方ないので、一旦は宿に荷物を置きに行ったものの、外は流石に高緯度地域だけあってまだまだ明るいです。
気付けば博物館でワクワクしている間に、外は天気も回復してきてキレイな夕日が期待できる空模様になっていますしね。
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ビールを飲むにはまだ気分が乗らないので、夕景・夜景巡りに繰り出そうとテムズ川沿いへ向かい、無為に時間を潰して日が沈むのを待つことに致しました。
呑気に過ごしすぎて日没を見送った頃には時刻は21時過ぎ。一周回って夕飯を食うには手遅れな頃合いと感じ、宿のバーコーナーでビールを舐めて、この日は就寝となりました。


イギリス2日目の朝は宿に近いロンドン・パディントン駅から、名物の遅延する長距離列車に乗って少しお出掛けです。
向かうは西へ特急で1時間半ほどに位置するバースの街です。
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バース行きの切符を手配したのは良いものの、電光掲示板を見ても今ひとつどれに乗れば良いのかわからなかったのはご愛嬌。
しばらく眺めてようやく、下段に停車駅が書かれていることに気付いたのですから、勘もだいぶ悪くなったものですね……。

この日は好転に恵まれ、車窓には長閑な郊外の光景が広がります。
さながら“世界の車窓から”のような風景を楽しみながら、あっという間の1時間半で下車駅、バース・スパ駅へ到着です。
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バースははるかケルトの時代から温泉が湧出する土地として知られたイギリス有数の観光地です。
ローマ時代の温泉の遺構や、温泉が再開発された18世紀の歴史的街並みが合わさって、街全体が世界遺産にも指定されているイギリス屈指の歴史都市でもあります。

もっとも、ここを行き先に選定したのは「賭博師は祈らない」の影響の方。作中では3巻の舞台となり、18世紀のこの街を舞台に陰謀と賭博が横行します。
作中に登場した建造物や地形がそのままと言っていい状態で現存するのですから、これはもう立派な聖地巡礼ですね。

最初に向かったのは観光の目玉であり、地名の由来ともなったローマ時代の温泉。そのままズバリの世界遺産ローマン・スパです。
現在の大浴場を囲うデッキは近代にローマ風を意識して建設されたもの。ローマ時代には遥かに高いドームで覆われていたのだそうです。
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ローマ時代の温泉施設はローマの衰退に伴って地中に埋もれてしまい、発掘されたのは17世紀頃のこと。
開放的に見える現代の大浴場も、往年には地上にあったそうですが現代では半地下と言った方が適切な水準にあります。
そんな地の下にはローマ時代の浴場遺構が今も埋もれており、一部は博物館として整備され見学することができます。
精緻なレンガ積みや排水路、壮麗な石工の神殿跡や故人が忍ばれる墓碑に呪いのタブレットまで。ローマ時代の息遣いを感じられる展示が多数並び、見応え充分な展示です。
流暢な日本語の音声ガイダンスも無料で貸与されるので、その気になればいつまでも古代ローマのロマンに思いを馳せることができてしまいます。
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閑話休題。ローマ文明の偉大さに本題を見落としそうになってしまいますが、一応の目的は聖地巡礼です。
18世紀頃には再興され開発された温泉のいくつかが現役の入浴施設として再利用されていました。
作中でも度々登場し物語の転換点となる展開が繰り広げられたキングスバスは、本来は源泉が湧く場所でありローマの時代には聖なる泉でもあったとかなんとか。
解説や情報が混乱しているため、この遺構がまさしくキングスバスなのか、今ひとつ自身が持てませんが……英国貴族はここで湯浴みをしてた……そう観るだけでもロマンというものです。

ローマンスパから市中へ戻れば、昼食を挟んで街並み散策へ。
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舞踏会や賭場の舞台となり町の再開発の象徴とされた“アッセンブリールーム”は、今も同名のままファッション博物館として現役です。
往年の栄華を見学できるそうですが、少々時間の都合もあってパスしたのは惜しいことでしょうか。

貴族のための集合住宅、ロイヤルクレセントも観光地の一つ。半円状に街路を囲った長大で壮麗な住宅はちょっと何を思って設計したのか謎ですね。
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今でも現役だそうで、1号室以外は住人がいるのだとか。この辺の建物の耐久性の高さは冷涼で地震の少ない土地柄ならではといったとこでしょうか。

ちなみに1号室は18世紀貴族の生活を垣間見ることのできる博物館として整備されています。
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優雅な生活を再現した調度品の数々から、往時を忍ばせる風俗画まで数多く展示されていて、これも興味深いです。
半地下の部分には最上級に裕福な家庭に置かれるという家政婦長の職位の部屋や、女中の寝所も兼ねた台所まで往時を再現して展示されています。
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解説に曰く、当時の貴族のなかには本来の領地の屋敷とは別に、都市部においては集合住宅を保有して居住していた者もいたのだとかなんとか。
あまり想像できない概念ですが、文化が違えばそういうものなのでしょう。
集合住宅と言えど、広く快適そうな空間には驚くばかりです。

他にもバースの街は往年の街並みが随所に遺り、散策するには魅力は十分でしょう。
写真は取り忘れてしまいましたが、作中に登場した地名もしっかりと抑えて聖地巡礼もバッチリです。
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エイボン川の水面でしばらく一息入れたら、夕飯時も近いので撤収することにします。

ロンドン近郊列車をぼんやりと眺めながら復路の特急列車でロンドンに帰着。
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フィッシュ・アンド・チップスで一杯キメてから、宿に戻ってもうしばらくビールを舐めて、夜が更けるのを眺めていきました。


イギリス3日目はロンドンらしい観光をする日にすることに。
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名前くらいは聞いたことのあるウェストミンスター寺院に、現在修復工事中のビッグベンとガイドブックでとりあえず観る光景を消化します。

また、イギリスと言えば大英帝国。19世紀末には七つの海に覇を唱えた海洋世界帝国です。
そんな訳で帝国戦争博物館も見学します。
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WW1前夜の世界情勢から、現代にかけての軍事に関する展示が所狭しと並べられ、ミリオタなら一度は見学したい展示揃いです。
個人的な趣味としては特にWW1の展示が非常に興味深い限りです。
沢山写真は撮りましたが、あまり好き好んで公開すべき類のものではないかなと、思うところもあるので割愛します。

帝国戦争博物館の後は30分ほど街を練り歩いて、その分館に位置づけられる軽巡洋艦ベルファストを見学します。
テムズ川に停泊するWW2時代の武勲艦。アズールレーンで最強メイドさんとして一躍人気ものになってしまいましたし、いいタイミングですね。
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WW2におけるイギリスの主要な作戦に参加した後、朝鮮戦争でも艦砲射撃を実施。その後も訓練艦として任務を全うして、今もテムズ川で英国海軍の栄光を伝える偉大なる艦艇です。
そもそも外洋航行用の船が川を航行できるというのが、日本では考えにくい概念ですが……テムズ川は可航河川、流石ですね。
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艦内も比較的自由に見学でき、弾薬庫のハンモックや機関室、挙げ句は砲塔内部まで見学できてしまいます。
英国式海軍食堂があまり美味しそうに見えない色使いなのは、何とも流石だなと言った印象ですが……そんな日もありましょう。

戦争博物館とベルファスト、想定よりも興味深い展示が多く長居してしまい、気付いたときには16時を回っていたのは驚きです。
最後の本命、ロンドン塔も見学したかったのですが閉館はなんと17時半とのこと。受付でチケットを買おうとしたところ「あと1時間で閉まる、2~3時間はかかるからやめておけ」との何とも親切で大きなお世話な忠告を受けてしまいました。
押し切っても良かったのですが、入館料も29ポンドとなかなかいい額だったので、素直に従って外観からだけ見学することにしました。
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「賭博師は(略)」の作中では、まだ博物館ではなく動物園として一般に開放されていた時代。19世紀に動物類はロンドン動物園に移されてしまったそうですが、当時を偲ぶ遺構は収蔵されているそうなので、やはり行くべきだったかも知れませんね。

代わりに余った時間でタワーブリッチの内部を見学です。
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19世紀末の偉大なる建造物にして、巨大なる現役の跳ね橋です。
今では跳ね橋の機構そのものは電動化されているのですが、その建造当時の蒸気機関は現在でも稼働状態にあって見学することができます。
見るものを圧する鋼鉄の力、有無を言わせぬ蒸気機関の魅力を堪能することができるので、この見学も悪くないかもしれません。

タワー・ブリッジ見学を済ませたら、最後の夜は「賭博師は(略)」の1巻の舞台となったイーストエンド方面へと足を伸ばします。
ロンドン旧市街とも言うべきシティ地区の東の外れ、言うなれば下町といった風情の地区ですが昨今は再開発が進んですっかり新進の町並みになってしまい、ガイドブックでもイチオシの観光スポットになっているこの一帯。
それでもふらりと歩いてまわれば……なぜかどこでもドアがあったのは、未だに理解が追いつきません。
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ちょっと薄汚い石畳の路地と酒場、暗い時代の面影を感じるようですが、いたって陽気に酒が酌み交わされていたので現代は本当に治安がいいですね。

帰りは少し回り道をしてキングス・クロス駅やパディントン駅の裏手の運河を巡りながら宿に戻りました。
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欧州は運河の文化の地域。大陸だけでなくイギリスでも内陸に運河が張り巡らされているとは物の本で知っていましたが、実際に目の当たりにすると、やはり物珍しい感じがします。
船でできた本屋や飲み屋、船上居留民の実在も確認して、世界の広さを思い知らされます。


そんなこんなで4日目最終日はイングリッシュ・ブレックファーストを食べたら、そのまま後ろ髪を引かれながらもヒースロー空港へ。
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来た道を戻るように、バンコク経由で関空へと帰りました。

関空から少し寄り道して、大阪城公園にてフォロワーのAliceさんと餃子フェスでちょい飲み。
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新幹線に乗って静岡の親の実家で残りの連休を過ごして、過酷な連休明けを迎えることになりました。


連休明けからフル稼働で元気にお仕事……信じ難い社畜根性にやはり馴染めないものを感じて今に至ります。

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