月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


大井川の連泊野営

衰えを見せぬ寒波の猛威が北陸を蹂躙する2月半ば。
比較的穏当な天候が続く太平洋岸でも、気温の低さだけは如何ともし難く、日々の通勤が辛い限りです。

そんな寒さに翻弄される今冬にも関わらず、「ゆるキャン」の人気のせいか、冬キャンプがツイッター上で流行っている印象。
元来、アウトドア適性の高い半月クラスタにいたっては、目を離せば誰かがキャンプしているくらいです。

そういう次第で今週の3連休は、フォロワーの朔氏の誘いに乗っかる形で大井川沿いでキャンプをすることになりました。
主催曰く「5人でソロキャンプする」とのこと。一言で矛盾している気もしますが……気にしてはいけません。


出発の土曜日は朝から実家で車を借りて、朔氏を拾ったら東名高速を一気に西へ。

大井川を越えた島田金谷ICで高速を降りたら、一旦は下流側の島田市街へ向かいスーパーにて食材の買い出します。

ついでなので近場の大井神社にも参拝。大井神社はその名の如く、大井川を神格として祀る国史見在社。島田駅から大井川へ向かう旧道沿いに鎮座しています。
歴史は古く、貞観年間の記録にも名が残るそうですが、資料の欠落があったのか延喜式神名帳には記載がないのだとか。
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暴れ川を祀る神社として流域に同名の神社や、旧社地との伝承が残る土地も多いそうです。
現在の境内地は江戸時代になってから宿場町の発展に合わせて遷座したそうで、立地としては町中の社と行った印象。
それでも江戸時代の常夜灯や立派な社務所など、古くから発展していた町らしい趣がありました。

買い出しと寄り道を終えたら、県道を大井川沿いに一気に北上して、今回の宿営地であるくのわき親水公園キャンプ場に向かいます。
先行して来ていたキャプたん氏とも現地で合流し、しばらく待てばわため氏も到着して、この日の参加者は全員集合。
天気が不穏になってきたので、早々に設営してキャンプの始まりです。
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何はともあれ、火を点けるところから始まります。今回はキャンプ場の薪を利用したのですが、非常に燃えが良いので着火が捗りました。
よく燃えすぎて熾火にならないのが難点ですが、そこは適当に大きな木を拾って何とかしよう――そう思い始めた頃合いで、降り出したるは生憎の雨。

じわじわ強くなる雨のために、陽が傾き始めた頃には焚火をしているどころの状態ではなくなってしまいます。
仕方ないので、キャプたん氏のタープに居候することに。
また同じ頃に、近場に住んでいるというフォロワーの十五夜さんの来訪もありました。数年前のコミケ以来の対面でしたが、元気そうで嬉しい限り。雨の中ですがしばらく雑談をしたりと楽しいひとときを過ごし、お土産を頂戴しました。
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夕方から夜へ時計の針が進んだら、いよいよもってタープキャンプの本番です。
キャプたん自慢の薪ストーブとの組み合わせは、程よく熱を溜めこんで雨の下でも快適そのもの。
スープを拵えたり熱燗を作ったりしながら夜を過ごし、雨にも関わらずハイテンションではしゃいで雪がちらつきはじめる頃に就寝と致しました。


翌朝は多少冷え込みながらも気持ちのよい快晴。猛烈な風が吹いて叩き起こされます。この風が後で惨事をもたらすのですが、このときはまだ知る由もなく、うるさいと思うくらい。
空気も澄んで山の上のハングライダーの離陸場までくっきり見えるほどの気持ちのよい朝です。
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強風を掻い潜ってお湯を沸かし、即席ご飯で朝ごはんをしたら行動開始です。

行動開始と行っても、このキャンプ場にもう一泊する前提での話。少し下流の川根温泉に行き、ついでにさらに下流のホームセンターとコンビニで追加物資の買い出しをするだけです。
前日の夜中に関東を発っていた和泉冴氏がキャンプ場に到着するのを待って、温泉へ向けて出発です。
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私の車に5人を詰め込んで、ゆらり揺られて10分少々で道の駅の温泉へ。この道の駅の温泉、真正面に大井川鉄道の鉄橋を見据える位置に立地し、露天風呂や休憩室から川を渡る列車を眺めることができます。
ドライブにも程よい距離であり、奥大井の寸又峡と合わせて人気のドライブコースとして有名な場所なのだそうです。
我々も露天風呂と鉄橋を渡るSLを堪能して、小一時間ほど滞在。売店で川根茶のTバックまで買って、すっかり観光客です。

温泉後には買い出しを経由して昼過ぎにはキャンプ場に帰還。
しかし、何も知らずに帰ってみるとテント周辺の様子が少しおかしいです。
タープが消えていたり、ものが散らばった様子があり、何よりも尋常ではなく風が強いです。
車から降りてみると、そこには言葉を失う程の惨状が広がっているじゃありませんか……。
タープは吹き飛び、薪ストーブや各人の机は飛び散らかり、テントもペグが抜けてズレ動いてます!
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風が強いとは認識していたのですが、多少強めにペグを打てば大丈夫――その油断がまさに命取りな結果です。
何というべきか、また一つ……経験を積んでしまいました。
結局、散らばった品々を片付けていたら、殆ど一から再設営する有様です。
復興まで数時間を費やす羽目になり、幾つか備品が行方不明になってしまいましたが、致命的な喪失がなかったのが不幸中の幸いと言えましょう。

復興が一段落したら、気を取り直してキャンプ場から歩いて10分弱の吊橋を見物しに行くことに。今度は風にやられないよう大事なものは車に避難させてから、お出かけします。
キャンプ場から河岸段丘を上がってすぐに掛かる久野脇橋は、対岸の塩郷駅を結ぶ大井川で一番長い吊橋です。
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ひと1人が歩くにちょうど良い幅の木の板しか無い、なかなかスリルに満ちた吊橋。風が強いのでおっかなさも増量中ですが、開放感あふれる空中散歩気分は大好きです。
タイミングよく折り返しの蒸気機関車も来たので、橋の上から川辺を走る列車を見物します。
最近は方々でSLの勇姿を見ることができますが、年季の入った国鉄型の客車はやっぱり絵になりますね。
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キャンプ場に戻ったら、強風に怯えつつ火を起こして夕飯の作製へ移行です。

まずは以前からやってみたかったアヒージョ作りに挑戦。スキレットにオリーブ油を注ぎ、ニンニクと唐辛子で味付けして、適当に食材を油に浸します。
火力が調整できず、素揚げに近い状態になってしまいましたが誤差の範囲でしょう。美味しくできて、幸先よく夜が始まりました。

この日の晩は風があるものの雨は降らなかったので、各自が自前の熱源で料理するソロキャンスタイル。
鍋を作ったり、熱燗したり、みかんを焼いたりして夜を過ごします。
途中、わため氏の知り合いのすまふりーさんの訪問などがありつつ、絶妙な距離感の宴は日付が変わる時間帯まで。
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途中、風に煽られた椅子が焚火に突っ込んでしまい、穴を空けてしまう事故もありましたが……満天の星空の下、赤々と燃える炎が綺麗な夜になりました。


星空を見送って寝たはずの夜が明けて、放射冷却による極寒を覚悟して迎えた月曜の朝。
存外に暖かいことに不審感を抱きながら外を見ると、なんとそこには想像もしなかった白い世界が待っていました。
静岡県で雪が降るなど、それだけでも大事なのに……いわんや積雪など予想できるはずもありません。
唖然としながらも、何はさておき朝食で温まるより他にナシ。
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まずはお湯を沸かして紅茶を淹れ、カップ麺を啜りながら余った食材を食べてしまう準備です。
想定外の事態に、道はどうなっているかと心配していましたが、目玉焼きとベーコンを始末したくらいで雪も溶けはじめて、撤収作業に取り掛かる頃にはすっかり溶けてしまいました。
予想外の雪といえど、所詮は静岡の雪。尾根筋から太陽が顔を出す頃にはすっかり普段通りに戻ってしまい、何の問題もありませんでした。


この撤収の段階できゃぷタン氏は予定も合って先に離脱。
残りの4人は片付けが終わり次第、各自の車を連ねてこの日も温泉です。
前日の川根温泉より下流まで行ってから脇道に入り、島田市の田代の郷温泉で一服。川根温泉も露天風呂が開放的でしたが、こちらも天井がない文字通りの露天風呂。やはりこういう開放的なお風呂は気持ちが良いです。
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お風呂の後は、近くまで来てるということで「ゆるキャン」の聖地巡礼をすることに。
一つは作中で志摩りんが静岡遠征をした際に立ち寄った“茶菓きみくら”なる掛川の製茶業者さんの直営店。1階は少しオシャレな直営売店ですが、2階は高級な喫茶店となっています。
本来であれば喫茶店で一服したい機運だったのですが、三連休の昼下がりはふらりと入るにはタイミングが悪すぎました。
順番待ちだけでも両の手を超えるほどの人数が居り、到底少し待って入れるとは思えない状況のため、諦めて下のお店でどら焼きだけ買ってお終いです。
次の目的地へ向かうことにします。

最後の目的地は御前崎。随分と昔にも一度来たことはありますが、これまた作中で志摩りんの静岡遠征時に海を見るために訪れた聖地です。
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到着した頃には既に夕暮れ近く。灯台の開放時間は終わっていましたが、それでも高台から見る斜陽の海は本当にきれいで訪れた甲斐のある光景でした。


斯様な次第で、御前崎にて残りの面々ともお別れ。
最後は朔氏を乗せて、週末恒例の東名渋滞に難渋しつつ神奈川経由で内房へと帰りました。

降雨、風害、積雪とついでに厄介まで、あらゆる冬の災厄に見舞われた今回の連泊キャンプ。散々な目にあったとも言えますが、それでも間違いなく楽しかったです。
これからは暖かくなってアウトドアが捗る季節。タープの効能も実感したので、キャンプ装備の充実もしたいですし……あるいはそろそろハイキングにも行きたい気分。
行きたい先は増えるばかりです。

お伊豆と雪山の話

気付けば2月。記録的な寒波に見舞われ、外へ出る足も竦んでしまう今日この頃。
首都圏でも今年2度目の雪が降り、北陸では記録的な豪雪になったとか。

そろそろ寒いところを彷徨くのも飽きてきたので、この週末は温泉で温まろうと画策してみました。
向かったのは近場の未乗車区間たる伊豆箱根鉄道の修善寺方面です。


東海道本線を下りに揺られて、最初に降り立ったのは伊豆箱根鉄道駿豆線の始発駅、三島……ではなく、伊豆半島から西へ少し行き過ぎた沼津駅。
駅で大学の友人“元下宿生”と合流したら、駅から海沿いに南下するバスに乗りこみます。

海辺をのんびり走るバスで30分ほど。降り立ったのは、あわしまマリンパークの最寄りのバス停。
こんもりと綺麗な形をした目前の島へ、不穏なデザインの渡し船で向かえば、目的地に到着です。
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あわしまマリンパークは駿河湾上の小島、淡島全体を観光地として整備した珍しい形態のテーマパークです。
水族館やカエル館が目玉の施設ですが、他にも海軍遺構や神社にホテルと盛り沢山な色々があるそうです。
「ラブライブ! サンシャイン」の舞台になったとかで、随分とコラボしていたりファンらしき人が見受けられたりしましたが、私はラブライブ! 自体を見ていないので何とも…………。

メインの水族館は地形の制約や歴史の古さもあってか、展示は比較的控えめな規模感です。
しかしながら、水族館のアレコレにも言及した手書きの解説や、タカアシガニやヌタウナギに触れるふれあいコーナーは、大規模な水族館では却ってお目にかかれない奇抜な内容で興味深いです。
またイルカのプールもこれまた湾の一部を網で仕切っただけの随分と開放的な構造。
折角なのでイルカショーも見物しましたが、アットホームなノリであっさり始まりあっさり終わる不思議な面白さがありました。
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ところで、このマリンパーク。オリジナルのキャラクターもいるのですが、これが何を思ったか“雌雄同体”なのだとか。
ウミウシの擬人化だからだそうですが……そう言われて見ると、どちらにも見える絶妙なラインのキャラデザなのが、何とも小憎い可愛らしさです。

閑話休題。
水族館のあとはその裏手。淡島の頂上へ向かう階段を登って淡嶋神社に参拝です。
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祭神は弁財天。由緒書を確認し損ねてしまったのですが、海に縁のある神様ですから湾内の小島に祀られても何も不思議ではないでしょう。
時期によっては参拝客で賑わうそうですが、今回は人気の殆ど無い静かな雰囲気。社の裏手から富士山が良く見えるとのことでしたが、残念なことに立入禁止となっていたので見ることは叶いませんでした。

淡島神社から下山したら、島の最後にカエル館も見学。名前の通り多種多様なカエルが展示されています。
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展示とは言え、飼育のために土もあれば草も岩場もある環境。数ある水槽の中には擬態上手なカエルが姿を隠してしまい、容易に姿を確認できない水槽も1つや2つではありません。
ほとんどの時間をカエル探しに費やし、葉っぱの裏や木の陰にどうにか見つけ出すこともあれば、真正面に堂々としているのを何故か見落としてしまうことまで。
最後まで見つけられなかった水槽も幾つかありましたが、自然の生み出した隠れ上手の見事さを体感し、かなり楽しむことができました。
散々擬態に悩まされたあとですと、最後に見るアルビノのカエルの存在感もまた格別。自然界では長生きできない理由も納得してしまいます。

淡島から本土に戻ったら、今度はタクシーに乗って10分ほどの移動。一山越えた伊豆長岡にて一泊です。
素泊まりの温泉宿と、珍しいビールを多数揃えたオシャレ飲み屋で夜を過ごして日曜を迎えました。


日曜日は昼前に友人たちと合流する予定ですが、朝は10時前に宿をチェックアウトして少し寄り道から。
伊豆の国パノラマパークのロープウェイに乗って、朝の絶景を見物しましょう。
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ロープウェイで登るのは標高452mの伊豆葛城山。数字で言えばさほど高くはないのですが、海まで遮る山がほとんど無いので眺望は抜群です。
山頂では朝から怠惰なビールを決め込みつつ、その大パノラマを鑑賞します。
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駿河湾から富士山、丹那一帯の山並みまでを望むことができました。

葛城山からはロープウェイと徒歩で伊豆長岡駅ヘ向かい、伊豆箱根鉄道駿豆線で終点の修善寺駅へ。
ここで大学の友人をさらに2人追加して、だるま山高原レストハウスへ向かうバスに乗車です。
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予定通りのバス停に着いたら、レストハウスで軽く昼食をとってから今回の一番の目的、金冠山へのハイキングに出発です。

だるま山高原レストハウスから金冠山へのハイキングコースは、尾根沿いの防火帯を歩く比較的平坦な初心者向きのコース。富士山のよく見える頂上目指して、歩きやすい道を1時間と少しで往復する中高年にも人気なお手軽コース……のはずでした。
が、踏み込んで早々のこの雪景色です!
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温暖な伊豆だから大丈夫だろうと油断していましたが、先日の積雪は侮りがたいものがあったようです。
木のない防火帯だけが白い帯と化してますが、森の中も当然真っ白です。
幸いにして深い雪という訳ではなく、先人の踏みしめた跡もあるので危険な状況ではなかったですが……低山と言えど冬山に油断は禁物ですね。
予期せぬ雪中行軍の練習となってしまいましたが、これもいい経験。青空と白い雪の対比が美しい光景です。
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なんだかんだと言いつつも、若さに任せて標準的なコースタイムで頂上に至れば、そこから見えるのは圧巻のパノラマです。
南東に連なる伊豆の山並から、西の戸田漁港、北西の富士山やその向こうの南アルプスまで見渡せます。
猛烈に風が強く、落ち着いて写真も取れなかったことだけが残念なところ。
景色は良くとも、遮るもののない頂上の暴風を受けて、立っているのもやっとの状態に陥ってしまったのでは、早々に下山するより他になしです。
帰路は流石に雪中行軍を避けて、並行する一般道を経由してレストハウスに戻り、バスにて修善寺温泉へと下りました。

修善寺温泉では温泉街の日枝神社にて御朱印を頂戴してから、日帰り湯にて一服します。
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冷え切った体が温まり、山中では無自覚だった疲れが出てくるような心地よい疲労感を満喫してから、近くの飲み屋さんで旅の締めと致しました。


もちろん、「帰るまでが遠足」との標語もあるくらい帰路も大切な行程。
二次会を三島から東海道本線のグリーン車で開催し、飲んだくれるままに東京で乗り継いで帰ります。
帰り着いたときには、とうの昔に日付が変わっていたのも仕方のないことでしょう。翌日ちゃんと出勤しただけでも御の字です。

茅ヶ崎野営

週明けに関東を見舞った大雪以来、寒波が居座って凍てつくような日々を送る羽目になった1月の4週目。
社内試験のノイローゼになりそうな運用に心身を削られながらも、どうにか生き残ってやり過ごし……この週末は満を持しての今冬2回目となる冬キャンプを実施しました。


行ってきたのは茅ヶ崎市にある柳島キャンプ場。海辺の松林にある町場のキャンプ場です。
実家の近くで高校の友人“総統代行”とフォロワーの朔氏と合流し、荷物を整えたら圏央道を南下してすぐ。
早々に荷物を降ろしたら、買い出しも済ませて昼過ぎからまったりと野営が始まります。
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今回も何故か1人1火種活動が捗ります。1人、七輪を投入する猛者がいたのはご愛嬌でしょうか。
嵩張りますし、着火までの手間も大概なのですが、一旦安定してしまえばその炭火による火力の安定感は焚き火の比ではありません。
図らずも文明の利器の偉大さを思い知る気分でしょうか。

ビールと焼肉に始まって、ゆるキャンを見習った坦々餃子鍋と日本酒の組み合わせへ。
さらにはオイルサーディンを炭火で炙って、醤油とニンニクでいただいて22時の消灯時間まで淡々と杯を傾けて夜を過ごします。
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余録として、当然いつもの高温活動も行います。周囲に転がる松の枯れ枝を使えば、面白いほど簡単に燃え上がって昇温も捗ってしまいます。
スチール缶と組み合わせた簡易的な炉を拵えれば、念願のガラスの軟化点までもあっさりと到達してしまいました。
未だかつてない程の温度に容易に到達してしまいますから、松の燃えやすさには驚くばかりでしょうか。「松明」として用いられるだけのことはあるんですね、今後も活用していきたいところです。

スローペースなお酒のせいか、量を飲んだ割には悪影響も少ないままに就寝して、翌朝はキャンプ場の裏の海岸から日の出を眺めて朝を迎えます。
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南東の空から昇る朝日は洋上ではなく三浦半島か房総半島の上から姿を表します。
驚いたのは遥か東方に聳えるはずの筑波山のシルエットまで確認できることこんなに遠くまで見通せるとは思いもよらないことです。(※2/8:方角を調べ直したら房総半島の山らしいです。見た目がそっくりで驚くばかりです……。)
加えて、房総半島の南端部は水平線上に浮かび上がって、いわゆる蜃気楼というべき状態に。蜃気楼なんて話には聞いていても、本物を拝むのは初めての経験です。
いいものを観てしまいました。たまには早起きもするものです。

蜃気楼と朝日を眺めた後は、夜明けを過ぎても下がり続ける気温に難儀しながら朝食を摂って、チェックアウトの時間となります。

帰りがけに近くに鎮座する鶴嶺八幡宮に参拝です。
源氏が関東地方に進出した当初に勧請したと伝わる由緒正しき八幡宮です。
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境内はそこかしこにラミネートされたお守りやおみくじの案内が掲示された、少し俗っぽい町の小さな社と行った風情。
しかしながら、旧東海道から境内まで約1kmほどの距離を真っ直ぐに伸びる参道と、一部で保存された松並木に、その歴史の深さと過去の隆盛ぶりを偲ばせる凄みがありました。
ちゃんと御朱印も頂戴して、無事に帰路へ。


今回の冬キャンプ、火勢をつけすぎて備品のいくつかに穴を開けてしまったのだけが痛恨事でしょうか。
そんな日もありますよね……。
今週は社内試験でナーバスさが続く日々。早く終わってほしいものですが、ままならない。

北海道の鉄路横断の話

強烈な寒波に襲われたという今週末。
零下20℃に及ぶ凍てつく寒さが北海道を襲い、豪雪地帯新潟でもすら雪で電車が止まる有様だったとか何とか。
幸か不幸か別件の軛により遠出をせずに済ましてしまったので、平穏な関東で他人事のように眺めることしかありませんでした。

そういう次第なので、今週の日記事項はないのですが、話は遡って先週の3連休周辺の回想録に。
正月休みの後半戦、都合よく飛行機のチケットも取れたので北海道へ雪見に行ってきました。


1/4は朝から羽田空港に向かい、釧路便で北海道へひとっ飛び。あっという間に北の大地です。

釧路たんちょう空港からバスに揺られて釧路駅前へ。駅近くのホテルにチェックインして、荷物を預け終えたら既に15時過ぎです。
北の大地の日没は16時過ぎと少し早め、暗くなるまで1時間と少々しかないですが、何はともあれ観光に繰り出しましょう。
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釧路は道東南部、太平洋に面した河口に港を構える町です。
かつては後背に釧路炭鉱を構えていたそうで、今も化学系の工場などが立地しているそうですが、どちらかと言うと観光と漁業の町でしょう。

何はさておき、まずは駅前で拾った観光地図に神社を見つけたので、御朱印を頂戴に参拝することに。
向かったのは釧路国一宮、厳島神社です。
駅から釧路川を挟んだ川向こう、明治以来の市街地が広がる元町界隈の町外れに聳える小高い丘に鎮座しています。
“釧路国”とは明治初期に律令国に倣って北海道に設置された令制国の一つ。各国に一宮を称する神社が設定されたのもこの頃のことでしょう。
江戸期の創建だそうですが、名に違わぬ賑わいのある神社です。
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神社の脇の斜面は公園となり、港を一望する展望台もあります。
薄雪の積もり、凍てつくように澄んだ空気と、どことなく背の低くのっぺりとした建物群。北国に来たなと実感する光景です。

また釧路は夕日の町としても観光を推しているのだとか何とか。澄んだ空気と南西側に海を臨んだ地形が夕日鑑賞向きなのでしょう。
日没は16時過ぎのこと、御朱印を貰ったら大急ぎで夕日スポットの幣舞橋へ向かいます。
幣舞橋は市街中心の釧路川を越える一番海側の橋。町の開闢以来、掛け替えられながらもずっとそこにある橋だそうで、夕日がよく見えるオススメスポットとして観光ガイドにも紹介されています。
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実際には季節が冬至に近すぎたせいか、日没は海ではなく陸地の方になってしまいます。
それでも、その夕暮れ空の美しさは夕日の街を標榜するに十分なほど。更には不完全ながらも“太陽柱”と呼ばれる夕日から光の柱が昇る気象現象にも遭遇することができました。
Wikipedia曰く、風の少ない冬の日に空気中の氷が一方向に配向して太陽光を反射することで観測されるのだとか。
まさに条件としては悪くなかったようです。非常に良いものを見れました。

この後はまだお酒を飲むには時期尚早に感じたので石川啄木の記念館となっている旧釧路新聞社へ。
石川啄木は2ヶ月と少しだけ、この地で仕事をしていたそうで、その当時の足取りと釧路新聞社の活動が紹介されています。
2ヶ月ちょっと働いただけで記念館になるのですから……文豪は凄いと、少し複雑な気分にもなりますね。
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その後は飲み屋さんで地酒と海の幸、地元料理を堪能し、翌朝は8時過ぎの電車で釧路を後にすることになりました。
ここからは「釧路→網走→旭川→新函館北斗→東京」の通しの乗車券を購入し、途中下車がてらの寄り道観光となります。

この日は釧網本線をひたすら北上して終点の網走へ。
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車窓は釧路湿原から原生林を抜ける山越えへと変化し、斜里町の付近からは右手にオホーツク海を臨むことができます。

数時間の列車旅で辿り着いた真っ白い町並みが網走です。
網走と言えば名高き網走監獄! 本来の網走刑務所は市街地に立地するのですが、観光地としての監獄博物館は明治期の建屋を郊外の山の上に移設してあります。
丁度よいバス便が無かったので是非もなくタクシーを利用して向かうことにしました。
タクシーの運ちゃん曰く、この日の外気温は氷点下2℃。この季節にしては“暖かい”そうです。実際、日記を書いてる今週は氷点下10℃を下回っているのだとか……見てみたかったような、命拾いしたような……どちらでしょうか。
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監獄博物館に到着したら、見学の前にまずは併設の食堂で腹ごしらえ。
折角なので現代の刑務所飯を再現したメニューを頂きます。思った以上に質素な見た目ですが、曲がりなりにも公的機関の食事、健康的な味付けというべきでしょうか。不味くはなかったです。

腹ごしらえが済んだら、この旅一番の目的地と言っても過言ではない監獄博物館の見学です。
威風堂々とした往年の門から入館します。
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館内には戦前の貴重な刑務所関連建屋が立ち並び、幾つかは資料館として、またいくつかは蝋人形による展示となっています。
自給自足のための農機具小屋の展示や、道路開拓に繰り出された時代のタコ部屋の原型となる簡易宿舎、あるいは看守の長屋に監視塔まで移設されています。
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監獄の暖房は熱が効率よく均等に巡るよう、煙突の形に気を遣っていることなど、なかなか興味深い展示の数々も。
北方まで来た甲斐のある充実の展示内容でありました。

監獄の後は再びタクシーをお願いして、更に山の高いところにある北方民族博物館を見学。その名の通り、北緯45度程度より上に分布する諸民族の民俗資料を集めた博物館です。
トナカイやアザラシなど似たような獣を狩猟の対象とし、脂を食材として珍重したり毛皮を交易の輸出品としたりといった共通点。あるいは各民族独特の楽器や信仰、住宅の様子を紹介しています。
無料で学芸員の方に案内してもらうこともでき、こちらも非常に見応えのある展示を堪能することができました。
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そんなこんなでこの日も日没を過ぎたら撤収の頃合い。無謀にも帰りは徒歩を選択してしまい、凍てついた夜道を小一時間掛けて下山する羽目に。
たまには……そういう経験も悪くないのかもしれませんが、あまり何度もやることではないと自覚するものです。
下山後、ホテルを目指している途中で遭遇したのが、写真の旧網走刑務所正門。今はお寺の山門となっているのですが、受付の遺構やどことなくいかつい門構えが独特な雰囲気を出していますよね。

この日もチェックイン後は、夜の街に飲みへ飛び出して過ごしました。


翌朝は凍てつくオホーツク海を遠望する河口港を眺めながら、後背の丘に鎮座する網走神社に参拝。
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網走が漁港として拓かれた時代に勧進された弁財天の祠に端を発する網走一番の神社です。
雪と氷に閉ざされたモノクロ気味の神社ですが、巫女さんも居られて御朱印もいただくことができました。

神社のあとは再び市街に下って網走川を渡り、対岸のモヨロ貝塚を目指します。
橋の上から岸辺を見やれば、休眠状態の捕鯨船も確認できます。往年はこれで北洋に繰り出し、商業捕鯨に精を出していたことなのでしょう。
他にも知床半島などの山並みや、防波堤の向こうの荒れるオホーツク海も望むことができましたが、流石に写真にするには遠すぎる光景でありました。
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そんな訳で訪れたモヨロ貝塚は、しかしながら雪の下。この雪の下にオホーツク文化を世に知らしめ、弥生時代の代表格とされた登呂遺跡と並んで、戦後真っ先に発掘調査の対象となった遺跡があると思うと、それはそれでロマンかもしれません。
ちなみに石碑のすぐ背後には、貝塚に関する資料館もあり発掘された遺品や発掘の経緯の展示もあり、ちゃんと勉強になるので安心です。

モヨロ貝塚に続いて網走郷土博物館も見学。こちらはより広汎に郷土史や自然についての展示が見られます。
特に網走開拓の経緯は、このような寒冷な土地になぜ和人が住み着いたのかがわかりやすく展示されていて、興味深かったです。
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そして博物館巡りを終えたら、ラーメンで腹ごしらえして網走駅へ向かい特急に乗って次の町へと向かうことにします。
網走の町、季節と交通手段の都合もあって絶景と噂の能取岬や流氷博物館には寄れませんでしたし、次は夏に訪れたいなと思いつつ、列車は旭川へ向かって走り始めました。

特急は石北線を快調に駆け抜けて、気付けば北見山地も越えた旭川側へ。
到着が見えてくると、ふと寄り道したくなるのが人の性でしょうか。特急では旭川の一つ前、上川駅への到着を告げる車内放送にて、後続の鈍行旭川行きの存在が告げられます。
大急ぎでその列車の旭川到着時刻を調べると17時過ぎと、十分に問題のない時間帯。上川駅に到着し、雪に埋もれた単行のディーゼルカーを見たら即決です。
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荷物をまとめて特急を飛び降り、雪煙あげて走り去る特急を見送ったら、鈍行列車に乗り換えてガタリゴトリとゆったり旭川駅まで久しぶりの寒い旅を味わいました。

宿の都合で次に下車したのは旭川の一つ手前、旭川四条駅。町外れに位置する駅ですが、旭川駅までも歩いて20分ほどの距離であり、宿はちょうどその中間くらいになります。
都会的な高架駅が雪にまみれながら、国鉄型のディーゼルカーを受け入れる様は、少し不思議な光景に感じますが、こちらではきっと日常なのでしょう。
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町に繰り出せば、海岸沿いの釧路や網走よりも余程厳しい寒さと深い雪が出迎えてきます。
宿の人に紹介された飲み屋で地元料理を堪能し、その後はもう一つ教えられた日本酒バーで隣席の客と盛り上がりながら日付が変わるまで酒盃を重ねて夜を過ごしました。
記憶も曖昧なまま宿に戻ったら、翌日はひどい肩こりに悩まされたのも、致し方ないことでしょう。


北海道4日目の1/7は体調不良を抱えながらも、函館を目指さなければならない日。
是非もないので、ひたすら鈍行列車に揺られていることにします。
旭川から函館本線を乗り継いで、まずは札幌のすぐ南の白石駅を目指します。
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道中は雪も多く、雪煙を巻き上げる列車や除雪風景を眺めることができ、雪国感が旅情を掻き立てます。
白石からは千歳線に乗り換えて室蘭本線方面へ下り、そのまま長万部方面に列車を乗り継ぎ。
苫小牧の辺りから太平洋岸に出て、雪が急に少なくなったことが印象的でした。
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列車は定刻通りに乗り継ぎが進み、長万部で最後の乗り換えをする頃にはすっかり夕暮れ空です。
乗り継ぎに時間があったので、海まで向かって雄大な噴火湾と白い砂浜をぼんやりと眺めて、最後に深呼吸。日没後ももう2時間以上は列車に揺られて、函館に着いたのは19時半くらいのことです。
都合10時間弱、久しぶりに「たくさん、列車に乗れた」と自認できる乗り鉄ができました。

斯様な次第で函館についた頃には周囲は真っ暗。ずっと列車に乗っていたので、肩こりと頭痛も酷いまま。
このまま宿で寝ても良いテンションではあったのですが、しかし本能は函館山に登らない道理も無いとまた、訴えてきます。
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宿に荷物を投げたら、夕飯で体力回復を図ってから急ぎ足で函館山ロープウェイへ。
終発ギリギリに駆け込んで、展望台に上がれば……無理を押して来た甲斐はある光景です。冬の澄んだ空気に、百万ドルの夜景が煌めき、言葉を失います。
寒さに震えながらも下りの終発まで写真を撮り夜景を眺めて過ごし、感激して宿に戻ります。この日は流石にお酒は飲まずに宿ではそのまま就寝としました。


北海道最終日は函館から新幹線で帰るのみ。時間と都合もあったので、函館朝市と青函連絡船摩周丸の見学くらいで撤収となります。
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摩周丸は青森の八甲田丸と対をなす青函連絡航路の記念船です。船内は往時の青函航路の賑わいや、連絡船のアレコレを紹介した展示が並びます。
特に歴代の青函航路のポスターは今見ても旅情を誘う逸品ぞろい。これを眺めるだけでも十分に価値があるものでありました。


そんなこんなで帰路は11時前の新幹線で東京へ。
終電にはかなり余裕をもたせた日程なのは、この後最後にもう一イベントあるからです。

向かったのはZeppダイバーシティ東京。年末にも行った分島花音さんのライブに再び参加です。
多くを語ることはないですが、なんとも言えない寸劇にどう反応すべきか悩みながらも、いつもの最高の歌声と演奏に心は幸せで満ちてしまいます。
連休の最後、出勤に備えて心を強くするには最高のイベントになり、なんとかお家へ帰る勇気を掴んで内房へと帰っていきました。


バタバタと慌ただしく過ごした年末年始、その後も新年会に出張と休まる暇のないままここに至っています。
ようやく平常活動かと思いきや、今度は社内試験が待ち受けて今月中は遠出ができなそうな予感。
ままならぬときは本当にどうにもならないものですね……。

年末年始の回想録

少し遅くなってしまいましたが、新年初投稿です。
喪中のため、おめでとうとは言えませんが本年もどうぞよろしくお願いいたします。

年明けから旅行に新年会、出張と夜の忙しいコンボが続き、ようやくパソコンの前に落ち着いて座れる状況になった次第です。


そういう次第で話は昨年に遡って、冬休み前日の28日の夜にあった大学の友人連中の忘年会から。
定時ダッシュも敢え無く二次会からの合流となった飲み会では、後追いのペースでガバガバと酒を投げ込みます。終電の時間帯にはすっかり出来上がっている有様です。最終的には元寮生の家に転がり込んで「三者三葉」を見ながら寝る始末と、とんだ幕開けの冬休みになりました。

明けて29日は色々起こるコミケ初日。
元寮生の家で8時過ぎに目覚めても、慌てず騒がず優雅に朝食を摂ってからの有明行きです。
着いた頃には12時を過ぎている出遅れ感ですが、この日はフォロワーさんのサークル巡りが主目的。差し入れ代わりのベトナム土産をばら撒きながら、ついでに東方と艦これの島を巡って、目的は達成です。

事が済んだらフォロワーの和泉冴氏と昼食に繰り出し、その足のまま企業ブースを巡って有明から撤収。
大学院時代の友人と会うため場所を新宿に移して、この日もまた終電近くまで飲み会となりました。


流石に一回は実家に帰ってから顔を出したコミケ2日目。
習慣と化して来てしまいましたが、実際のところは前日も会った和泉冴氏のサークル以外には特段に用事もない日程です。
行き掛けの駄賃にとガルパン島を巡ったりしつつも、残りは先日にキャンプをした半月クラスタの面々と雑談でもして過ごすうちに、いい時間になってしまいました。

そしてこの日もまた夜は忘年会。高校時代の友人連中との恒例行事です。
都内の友人の家に集まって、酒を飲みながら一年の反省をスライド発表し夜は更けていきました。


大晦日のコミケ最終日は一転して忙しい日。創作に鉄道・ミリタリー、評論のサークルまで配置されて、行きたいところは山盛りです。
計画的に巡って……というほどの気迫と若さは足りないですが、適当に各島を巡ってお買い物を進めます。
段々、写真関連の本を買うことが多くなり、本格的に趣味が写真にシフトしたのかなと自己分析しつつ巡り終えたら、つぼっちーず氏と合流の算段に。
彼の大学の友人も集まるということで、割り込むような形になってしまいましたが、これもまた何かの縁でしょう。
久しぶりに15時前には有明を離れて、山手線の西側に向かい焼肉となりました。
ちなみにこの焼肉、驚くべきことにノンアルコールでひたすら肉を食べる会。酒のない焼肉など何年ぶりでしょうか……一周回って新鮮な経験になってしまいましたが、たまにはいいものですね。

お酒もないので、お腹いっぱいに食べたら、そこそこの時間で良い感じになります。
私の方はこの後に分島花音さんのライブが控えていたので、ここでつぼっちーず氏一行とはお別れ。彼らは銭湯で一服してから、大洗へ初日の出を観に行ったそうです。そういうドライブもまた面白そうですが、今回は分島花音さん優先です。
焼肉屋さんから吉祥寺のライブ会場へと向かい、茅原実里以来の大晦日ライブに参加となりました。
会場はこじんまりとしてカフェのような雰囲気。立って騒ぐような雰囲気ではなく、落ち着いてお茶でも飲みながら楽曲に耳を傾ける様子でした。もちろん、お酒を飲みましたが……静かに分島さんの楽曲に心躍らせながら酒坏を傾けることができました。
セトリこそ割愛しますが、新曲や既存曲のアレンジ、カバー曲(?)にも触れて楽しい時間を過ごしました。

ちなみにカウントダウンイベントもあったのですが、こちらは残念ながらチケットの確保に失敗。心残りではありますが、処置なしです。
代わりに電車のあるうちに実家に戻って、地元の神社に二年参りして新年を迎えました。


古来より「1年の計は元旦にあり」と言われるほど重要な新年の朝。
2018年の元旦は朝イチで静岡へ向かう計画からスタートです。順調に行けば初日の出を電車内で拝みながら、親の実家に至る計画でした。
実際は見事に寝坊して、優雅に昼前到着の無理のない日程に計画変更です。
すっかり明るくなってから新幹線に飛び乗ったら、自由席は満席のため静岡まで立ち席で移動と相成りました。
非常に示唆的ですね……今年一年、無理しない感じで行こうとして、思わぬところで苦労しそうな……既にそうなっているような……。
頑張って生きようと思います。

元旦の静岡では親の実家で親戚のちびっ子に付き合って、ボール遊びに早駆けにとめったにやらない全身運動を全力全開です。
カメラも勝手に玩具にされて慌てるばかりですが、なんだかんだで楽しいですから子供は好きですね。
翌日見事に筋肉痛になったことを除けば、でしょうが。
ちなみに筋肉痛を抱えた2日は、無理を押して浜北の方まで足を伸ばし、昨年の大河で注目された井伊谷周辺の寺社巡り。もともと地域では有名な寺社だけに、タイミングによっては駐車場も満杯になるほどの盛況ぶりです。
こんなに賑わう寺社でも、いままで知らなかったのですから己の知識の狭さを思い知らされる思いでした。

なんやかんやと動いてはいましたが総じて見ればのんびりな三が日を静岡で過ごしたら、3日には再び神奈川へ。
年末年始の諸行事はこれにて一段落でありました。


所謂正月休み、会社カレンダーの公休日は3日終了。しかし、今年は曜日の配置が絶好だったので4,5日にも有休を確保済みです。
冬休みの後半戦は北海道へと旅行に行ったのですが、これはまた別のページの日記とします。

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