月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


空軍博物館の話

引き続き海外出張中。車社会の郊外宿泊、車のない身としては身動き一つとれず、いつ以来かと思うような引き籠りが捗ってしまいます。
歩いていけば、全く出先がない訳ではないのですが……幹線道路の路肩をすり抜けて遠出するのは、流石に面白くない意味で度胸試しになってしまいそうで気乗りしません。

そんな状況では、過ごす当てもないと困ってしまうのが週末の身の振り方。
どうしたものかと案じていたのですが、降ってきたのが魅惑的なアメリカ空軍の空軍博物館ツアーでした。
宿のある町から車で2時間半ほどの距離と“アメリカ基準では”遠くない場所にあるそうなので、折角の機会ですから行くことにしました。


国立空軍博物館はライト兄弟が活動の拠点を置いていた町、デイトンの郊外に位置するライト・パターソン空軍基地に隣接しています。
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館内はライト兄弟の初飛行からアメリカ陸軍航空隊の草創とWW1、2での活躍、朝鮮戦争、ベトナム戦争、冷戦、湾岸戦争、宇宙開発と米空軍が関わった活動とそれにまつわる数多の飛行機を年代順に展示しています。
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ライトフライヤーの復元品からWW1や戦間期に活躍した複葉機の数々は、なかなかお目にかかる機会のない貴重な代物。
100年近く前のものまで、状態よく保存されているのには驚くばかりです。
WW2の飛行機も西部戦線のものから、日本人も縁の深い太平洋戦線の機体まで幅広く展示されています。

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東京奇襲を敢行したドーリットルのB-25爆撃機や日本軍機の紫電。
先日観た映画で大活躍していた英国のハリケーン戦闘機に、長崎に原爆を落としたB-29“ボックスカー”も展示されています。
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ただし、あくまで陸軍航空隊の系譜をひく空軍の博物館のため、太平洋戦線の展示でありながら空母艦載機には言及がないのがポイント。言い知れぬ微妙な縦割りを感じさせます。

WW2を過ぎて朝鮮戦争前後のジェット機黎明の展示を過ぎれば、見慣れたシルエットの近代的な航空機群の展示になります。
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目玉の巨大爆撃機B-52や一部で大人気のタンクキラーことA-10。写真は撮り忘れてしまいましたが「積めないのはトイレだけだ」と言われたA-1攻撃機もいました。
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一度、実物を見てみたかったAC-130も展示中。ネットなどで「機体の片側に火砲を集中配備し、旋回しながら滅多撃ちにする」と空恐ろしいながらも、今一つ分かりにくいことが書いてあり気になっていたのですが……実物を見たら思った以上に文字通りでビビってしまいます。
F-117の独特のシルエットに関しては言うこともないでしょう。

宇宙や研究開発の建屋では宇宙開発にまつわるロケットやミサイルの展示の数々も。アポロ15号の着陸船の実物は、下部の焦げ跡まで見学できて見ごたえ抜群です。
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また研究開発としては、過去の失敗作の数々も展示されています。研究開発が決して単純な一本道ではないことを端的に教えてくれるいい展示ですが、なかでも空飛ぶ円盤は……こんな博物館の中でも異彩を放っています。
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他にも過去の大統領機なども展示されていて、写真だけでは納めきれないほど見ごたえに溢れた博物館でした。流石はアメリカの国立博物館です。
ちなみに館の外は見事な快晴、星条旗が映える一面の芝生でした。


帰路にはなぜか韓国料理屋で夕飯を食べて宿に戻ります。ちなみに日本料理屋、中華料理屋にも既に行ってます。
どこの飯でも喰えるつもりでいましたが、流石に2週間もアメリカにいると、東洋の味付けには妙に安心します。
ただ、これは個人的な感覚なのですが、生半可な日本料理では言い知れぬ違和感に気付いてしまい妙に気になってしまいます。
かえって、中華料理とか韓国料理くらいの距離感の方が“なんか知ってる味”程度の雑な認識のため、違和感少なく落ち着く気がしました。

ところで、いつ帰れるのかまだわかってないです。頑張りましょう。

米国の窓辺

特段に何があった訳でもないのですが、アメリカ出張開始から既に5日が経過しました。

もっとも、あくまで出張であるため平日は宿と工場の往復ばかり。外に出るのは飯時くらいなものでしょう。
さらに付け加えれば、指定の宿が町の郊外にあるため、車がなくては食事にも事欠く環境です。
平日は同行の同僚達と出張コーディネーターの車で移動するため困ることはありませんが、休日になると途端に車社会の不便さが牙を向いてきます。
どこに行こうと思い立っても、歩道のない幹線道路をしばらく歩かないと何もない状況では、安全面からも安易な外出は推奨されません。
そんな状況では片言の英語でハンバーガーやステーキを食べて回る日々。休日もまだ遠出がままならないので観光には手が回ってないのが正直なところです。

とは言え、食事にも行けば買い出しもあるので、多少は出掛ける機会もあるというもの。観光地ではないため、まさにテレビや映画で見るようなアメリカの田舎町の風景を目の当たりにします。
宿の周囲の幅広で真っ直ぐな道に郊外型のチェーン店が連なる光景を起点に、ある方向へ向かえば碁盤の目のような街並みのダウンタウンに、あるいは町の外に向かえば広がる森かコーン畑がどこまでも続く空間に。
平野部でありながら人家も商店も禄にない空間がズラッと続くなど、日本では北海道くらいでしか見ない光景です。知識としては知っていても、実際に目の当たりにすると、そのスケール感に改めて驚かされます。
自動車が普及する以前ともなれば、隣町まで行くだけでも大仕事だったことでしょう。往年の駅馬車や鉄道の重要性、自動車の登場によるインパクトを考えさせられます。

広い国だけあって大きな車で旅行している連中を見かけることもちらほら。
来週くらいには、もう少しどこか観光らしいことをしてみたいものです。

蘇州上海巡行の話

出張案件にようやく終わりの目処が立ってきた9月半ば。確信は持てずとも、締め時が見えてきたのは嬉しいことです。
去年の今頃は、ちょうどシルバーウィークの長期連休になり1週間ほどの連休でした。
しかし、今年は祝日の配置が合わず3連休が一つだけ。出張なので休暇をフル活用できず……せめて、もう少し長い休みが欲しい、そう考えていたところに降って沸いた有給取得のチャンスが到来です。

チャンスと言っても1日だけ、3連休が4連休に化けた程度ですが、有効活用しない手はないでしょう。
初めはベトナム辺りに行ってみたいと色々検討していたのですが、上手い航空券が取れなかったので、なんやかやと検討しているうちに上海に飛ぶことになりました。

そういう次第で上海と、その郊外にある「東洋のヴェニス」蘇州に行ってきました。


出発は15日の金曜日のこと。その数日前まで、天気予報が台風直撃の進路予想を示していたのですが、蓋を開ければ台風は少し沖縄よりに進路を変えています。
今年の圧倒的な天気運に感謝しながら、成田空港より中国国際航空の上海経由重慶便に搭乗し、初めての中国本土へと向かうことになりました。

飛行機は台風を避けてか、通常の西へ向かう航路を避けて少し針路を北寄りへ。福井の辺りから日本海に出て韓国上空を経由し、仁川国際空港の辺りから黄海を山東半島の方へ横断します。
山東半島付近からは中国大陸の沿岸沿いに南下して、少々遅延しながらも上海浦東空港に到着となりました。
飛行中、黄海上では眼下に文字通り黄色い(泥水のような)海が広がり、雲の影が島影かと勘違いするほどくっきりと見て取れました。
“Yellow Sea”は本当に黄色いのかと、いくら頭では知っていても現実で見ると驚きを隠せんません。1人感激して写真まで撮るのですから、世話ない話ですね。
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上海浦東空港に到着したら、手始めに上海地下鉄のICカードを調達し……調達しただけで使わず、長距離バス乗り場に向かいます。
中国での最初の関門は蘇州行きのバスチケットの調達です。
空港本体と違いあまり案内が親切ではないバス乗り場で、手書きのメモを頼りに何とかチケットを購入し、手荷物検査をパスして待合室にたどり着いたときには、どれほど安心したことでしょうか。
何はさておき、無事にバスの改札も済ませて初めての海外長距離バスに揺られ始めたら、もう残りの行程はどうにかなる気分です。渋滞しがちな高速道路から見下ろす大都会上海の郊外を眺めながら、うつらうつらとしているうちに蘇州駅まで着いてしまいました。
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共産圏の駅らしく大仰な駅舎に迎えられて駅前広場に降り立ったら、最初にすべきは帰路の切符の購入。予めC-tripなるサイトで予約をしていたので、受け取るだけではありますが、窓口が並ぶそうなので先手を打って確保しておきましょう。
長距離列車の切符購入にもパスポートが必要なので、自販機が使えず手間が掛かります。バスと同じく身振り手振りとメモでチケットを確保したら、ようやく当座の憂いは解消した状況です。

地図を頼りに地下鉄に乗って宿に向かい、無事にチェックインしたら、もう怖いものはないので観光に繰り出します。
この日の宿は「平江路」と呼ばれる旧市街保存地区の一角にある古民家を改装したゲストハウス。
柳の並木と石畳、運河が魅惑的な街並みに溶け込む、古風な出で立ちの建物に泊まることができます。
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観光地のど真ん中、素晴らしい景観と立地は文句のつけようがありません。不要な荷物を宿に置いて、夕飯探しがてらに夜の街に繰り出します。

蘇州は春秋戦国時代には呉が都を置いていたという歴史の極めて古い街。後にも隋代に開削された大運河の経由地となり、水運に恵まれて「東洋のヴェニス」と称される水運・商業都市として発展しました。
近代以降も上海郊外の立地にあって、工場やオフィスの立ち並ぶ江蘇省屈指の大都会の地位にある街ですが、旧城内には近代化以前の運河や街並みが残り、連綿と歴史を紡いでいます。
平江路もそんな旧市街の一つ。石畳の街路から隣の水路に目をやれば、水面にランタンの映ったエキゾチックな光景が目に入ります。
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観光用の小舟も浮かび、素晴らしい風情です。
少しだけ心配していた治安や雰囲気も、観光地だけあってか落ち着いていてフレンドリーなので一安心。気兼ねなくカメラを取り出して、夜景撮影できました。
ちなみに夕飯は適当な飯屋に入り込んで、菜っ葉の炒めご飯で済まし、川辺のお茶屋さんで夜を過ごしてオシマイ。1人でBarに入る度胸と財布が無かったのはご愛嬌です。


翌朝、土曜日の朝からが観光の本番。朝方の落ち着いた平江路の風情に迎えられて、ふらふらと街歩きに出発です。
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柳と石畳の街路、生活感のある運河、散策向きの街並みを抜けて向かうのは中国四代庭園の一つ、世界遺産にも指定されている留園です。
平江路から歩いて10分ほどの距離、観光地から外れた旧市街をすり抜けてすぐに、広大な中国庭園が広がります。
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蘇州には数多の中国庭園があり、観光ガイドでも真っ先に記載される観光の目玉。個人的には、庭園鑑賞が目的なのに観光客が多くて落ち着かず、入場料も安くないので、重要視する対象ではありませんが……そうは言っても無視できるものでもありません。
ここまで来てまで省略するのは勿体無い――程度の認識でしたが、それでも流石は名高き庭園です。
人が多く写真を撮るどころではないのですが、橋、池、岩、建屋、見事なものばかりで思ったよりも長居してしまいました。かえって、潔くカメラを諦めてのんびりできたので、人が多くて良かったと言えるかもしれません。

中国庭園への認識が改まったので、勢いに任せて街を歩きつつ有名な庭園を巡ります。
留園から北西にしばらく歩けば蘇州民俗資料館を併設する獅子林に行き着きます。
この庭園は、その林立する独特な形の岩が獅子の如き姿に映ったことから、その名がついたのだとか。
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奇岩奇勝の面白い庭園です。

獅子林の近隣は他にも蘇州博物館や蘇州庭園博物館、4大庭園の一つ拙政園もある観光の中心エリア。
蘇州博物館は1時間待ちに近い行列なので省略して、庭園博物館で予習をしてから拙政園に入ります。

拙政園は蘇州内でも最大の庭園だそうで、確かにその広大さを感じるのですが、比例して観光客の数も莫大です。
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人人人、どこを向いても、少し入り込んだ場所に行っても必ず誰かいるのは呆れるばかりですが……よく考えれば晴天の土曜日に一番有名な観光地にいるのですから、むしろ当然のことと言えましょう。
池や堀を巡らした庭園そのものは、来てよかったと言える見事さでした。

拙政園から西へ向かって大通りを歩くと、行き当たるのが大きな仏塔が目につく報恩寺というお寺。蘇州最古だそうで、三国時代にその原形が建立されたとされているほどの古拙です。
仏塔は南宋時代に建てられたものだそうですから、日本で言えば室町時代頃でしょう。
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観光地を少し離れたお寺は人も少なく落ち着いた雰囲気。境内にはちょっとした庭園やお茶屋さんもあり、歩き疲れて一息入れるには名高い庭園の周辺より良いかもしれません。
ちなみにお茶を注文したら、グラスに茶葉ごと入った状態でやってきます。暫らくすると煎じられた茶葉が沈んで飲み頃になるのですが、そんなこととはつゆ知らずに苦心惨憺して飲んでしまい……とんだ無知を晒してしまいました。
お湯は自由に追加できるので、2杯目からは多分正しく飲めたと思います。

報恩寺の近くから地下鉄に乗って、次に向かったのは山塘街と呼ばれるもう一つの旧市街保存地区。
平江路が旧城内だったのに対して、こちらは地図を見るには旧城外だった様子ですが……今ひとつ確信が持てません。城外と言えど、大運河から城内に通じる水路沿いであり、街路を辿れば古の王の墳墓がある虎丘に通じる一帯なので、往時には町の入口として賑わったのでしょう。
今も蘇州駅から地下鉄が通じ、駅から町に入るとこには観光地然としたキャラクターまで立っていて、蘇州随一の観光街といった風情です。
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土曜の夕方だけに、その混雑ぶりは推して知るべしといった有様でしょう。真っ直ぐ歩くのもままならず、何かお祭りかテーマパークに来たような印象を受けます。
山塘街の町外れまで行って大運河の大きな水路も見物。今でこそ、この辺りでは航行船舶がないようですが、往時には天津から杭州へ通じる水運の拠点だったのだとか。
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見栄えとしては細い水路の方が映えますが、安定した物流に必要なのは味気ないほどの大きな水路です。

ところで、観光サイト曰く山塘街の本番は昼よりも日没後の夜景なのだとか。
日暮れも過ぎて夕飯時なので、時間つぶしも兼ねて街を歩き、適当な“饂飩”屋さんで夕食。余談ながら中国で言う饂飩、つまりワンタンスープのようなものは、この後も小腹が減ったらとりあえず食べる安牌と化してました。
閑話休題、すっかり日も落ちて暗くなってから観光街を見下ろす橋に立てば、その光景は確かに華麗です。
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軒先から吊り下がるランタンと行き交う観光船、街路の明かりと観光客が見事な情景を織り成していました。
橋の上も当然のごとく人集りで、落ち着いて眺める……なんて具合にはいかないのですが、待った甲斐は大いにある光景でありました。

ただ、写真映えとしては山塘街ですが、居心地としては平江路の落ち着いた雰囲気の方が好みでしょう。
しばらく街の雰囲気を堪能したら、宿のある平江路に戻ることにしました。
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平江路の水路を望む日本風寿司屋(?)にて、妙に甘いビール風のお酒を舐めながら夜風にあたって、この日はお終い。



日曜日は蘇州駅から上海行きの高速列車に乗って、“魔都”上海へと向かいました。
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手荷物検査をしてから駅の待合に入り、出発15分前から改札。高速列車は定刻通りに上海へ向け出発し、あっという間の30分ほどで到着です。

上海駅からは空港で買っておいたICカードの出番。地下鉄を乗り継いで、手始めに荷物を預かってもらいに宿へと向かいました。
ところがこの宿に向かう途中、予約サイトの地図と実際の宿の場所が食い違い、見事にあり得べからざる場所へと迷い込んでしまうハメになります。
最終的には住所を頼りに正しい位置を地図から見つけ出して事なきを得たのですが、一時はネットの接続も怪しくなる不運が重なり、あまり長居したくない雰囲気の路地で右往左往する事態にも陥ってしまいました。
今回の旅行で一番緊張した時間です。やはり、紙の地図と事前の調査は抜かりなくやらなくてはいけませんね。

そんなこんなではありましたが無事に宿に荷物を預けたら、上海の一番“らしい”一帯、外灘へ向かいます。
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外灘エリアは本来の上海の城外、清末から民国期にかけて列強諸国の租界が設定された地域です。
その名残で今も数多の西洋建築が立ち並び、上海の紹介では必ず目にするような光景が広がります。
裏路地にも欧風の建物が並び楽しげな雰囲気がありますが、何と言っても目にしておきたいのは岸辺でしょう。対岸に高層ビル群が立ち並ぶかの有名な風景です。
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振り返れば岸辺沿いにも往年の技術とデザインの粋を集めた一級の建築が並び、まさに上海と言った風情。撮影の背景としてもうってつけなのでしょう、結婚式向けと思しきカップルや何かのファッションモデルであろう美男美女を撮っている集団が、幾組も見受けられました。

何はさておき、この光景を見れたので上海での目的は概ね達成と言っても過言ではありません。とはいえ、残りを消化試合にしては流石に勿体無いところ。岸辺沿いに歩みを進め、古来からの上海城内であったという豫園エリアに向かいます。
豫園は明代に造営されたという古い庭園。周辺は豫園商城とよばれる商店街が形成されています。
また周囲の路地を巡れば古い町並みにも出会えるそうですが……今回は庭園と町の神様“城隍廟”を主な目的に設定して散策です。

豫園一帯の入り口は既にあからさまなショッピングエリア。中には様々なお店が詰まっており、日曜とあってか観光客でごった返していました。
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庭園の方もやはり蘇州と変わらず数多の人出。呑気に写真を撮っているどころではなかったのですが、やはり庭園そのものは負けず劣らず見応えのある佳景でありました。
加えて、庭園内で催されていた景徳鎮の陶器(?)でできた楽器による演奏イベントにも遭遇。打楽器だけでなく、二胡や笛まで陶器でできているのですから驚きです。
最初、遠くから音色だけ聴こえていたときには、陶器の楽器などとは全く想像しなかったほど違和感のない音色。どんなふうに作られているのか間近で見たくなるような見事な音色の楽器と、本場の中国音楽の演奏に良い時間を過ごすことが出来ました。
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ちなみにこの日の昼食は商城内のフードコートにて調達。異国のフードコートなど初めての経験でしたが、雰囲気は日本と同様です。
ただ置いてあるものは当然のごとく中華料理が主体。食べかすをトレイや机上に平気で積み上げる文化の違いも垣間見れて、面白い経験になりました。

昼食後は豫園に隣接する上海の町の守護神を祀った道教寺院、城隍廟に参拝。廟内も参拝客で賑わい活気のある雰囲気です。
廟内には守護神だけでなく道教の諸神も祀られており、それぞれの神像が安置されていました。
ちなみに神像の前には神名を記した位牌(?)も置かれ、神名からご利益も推察できる親切仕様。特段の解説こそないですが、あれこれと名前を読み下しながら像を見て回るだけでも楽しい場所です。
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余談ながら、この寺院の主祭神は町の守護神のはずですが、一番大きな神像は漢の名将霍光の像。
解説板曰く、霍光の方が古くから祀られており、上海の原型となる町に多大な貢献をなした人物が後から城隍として祀られるようになったのだとか。町に歴史ありですね。

城隍廟から出たら、地下鉄に乗り込んで今度は対岸のオフィス街へ。上海タワーこと東方明珠電視塔のたもとへやってきました。
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上海タワー、登っても良かったのですが受付で見ると待機列は1時間待ちとのこと! 流石にそこまでして登る気はなかったので、本来の目的であるタワービル内の上海城市歴史資料館見学だけ行くことにしました。
この資料館、観光ガイドで見てもわかりにくいのですが上海タワー直下のビル内にあり、タワーの展望台に登ると、降りてきた際に無料で見ることができます。
また、資料館だけの入場券存在し、この場合は入り口から直でビルに向かう専用ルートへ案内されて入ることができます。
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展示内容は上海の原型となった明代の農村の様子から始まり、開港と租界の形成による町の発展をジオラマや蝋人形を交えて紹介しています。
数多くの精巧なジオラマや模型が展示され、見応えは十二分。ここだけでも数時間は居れそうな充実の展示内容です。
時間に余裕があるなら上海タワーにも登っておきたいところでしたが、ここだけでも手間かけて来た甲斐は十分にありました。

そんな訳で資料館で過ごしているうちに、外はすっかり黄昏時。岸辺に舞い戻って夜景鑑賞の時間です。
外端を望む側からの光景は川面に町あかりが反射して、ライトアップされた洋館の立ち並ぶ様と合わさって幻想的な様相です。
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観光隧道を経て外灘側からオフィス街を見やれば、こちらも行き交う観光客越しに輝かしいビル群が聳え立ち、まさに未来都市の様相。
どちらから見ても息を呑むような光景を、存分に堪能する事ができました。
夜景鑑賞後は近隣の飯屋で夕飯を摂って、宿に帰還。テラスから夜景を眺めつつビールを舐めて眠りにつきました。

そんなこんなで最終日となった月曜日。飛行機は夕方の便だったのですが、無闇に遠出する度胸もないので、市街にある施設に滞在時間の大半を費やすことにします。
朝食の調達に苦労して、同宿のハルビンから来たという青年に助けられたりしながら、向かった先は上海博物館。
上海博物館は中国三大博物館にも数えられるという中国有数の博物館。青銅器のコレクションを始め、書画や印章、少数民族の産品、玉類等など、種々の美術工芸品が収蔵されています。
4階建ての広大な博物館、半日を割り当てれば十分かと思っていたのですが、豈図らんや多様で興味深い代物が目白押しで終りが見えません。
結局、空港へ向かうタイムリミットのギリギリまで博物館内に齧り付いて過ごし、代わりに昼食を食べる時間が消滅する有様でした。
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余談ながら、そんなタイムリミットと戦いながらの空港行きには、折角なので上海リニアを活用。値段が地下鉄の数倍するのですが、乗らずに帰るてもないと奮発して行きました。
ただし乗り心地は普通の特急列車と大差なし。ダイヤの都合もあってか時速も300km/h止まりであったのが少し残念でしたが、初めてのリニアモーターカーもいい経験となりました。


しかして、無事に空港にたどり着きチェックインと出国もこなせたら、後は日本への帰りの離陸を待つばかり。
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帰路の飛行機は黄昏空の下、針路をまっすぐ東に保って九州を横断し、四国の沖合から成田へと飛んでいきました。


なんだかんだで初めて私用で海外に出たのはちょうど1年前のこと。
それから1年で台灣、香港、マカオ、韓国、イタリア、中国本土と、6つの国と地域に行ってしまいました。
もうそろそろ航空券的に手頃な行き先はネタ切れ気味でしょうが、パスポートのスタンプが増えていくのが楽しくなってきています。

水の都の観光紀行

初めてARIAを読んだのは高校生の頃。アニメ化されたタイミングで書店で平積みにされていたのを何気なく手に取った記憶があります。
それ以来、その素敵な世界観と入り組んだ町並みの描写、優しい物語に心奪われ、本を買いグッズを買いずっと追いかけていました。
アニメも原作も大団円を迎えた後も、ずっと大事な作品として心に残り続けて長い時間が経ちました。
一昨年くらいから、アニメ化10周年と称して劇場版新作の公開や新規のイベントの開催、原作の“完全版”の刊行など、諸々の活動が再び始まり「あの頃のファンが小金を持つ年頃になったから、収穫に来た」などと嘯きながらも、結局はまた貢いでしまう今日この頃。
先日もようやくARIA関連のイベントに初めて参加しショーロ・クラブの生演奏を堪能したりしていましたが、いよいよもって機は熟したと言えるでしょう。

出張案件で失われた先の連休分の代休を確保し、何やかやで独身貴族の果てに小金も貯まってきた5月半ば。
海外旅行にも徐々に慣れてきて、ようやく遠出する度胸も備わってきましたし、一念発起して念願だった聖地ヴェネチアに渡航するなら今を置いて他にない程の好機が到来しました!


初めての渡欧に、いつにも増して準備は入念に。ガイドブックで予習をしたり、同じ土地に3泊もする余裕をもたせた日程を組んだり、種々の予備品も多めに揃えたりと、未だかつて無いほど慎重な手配を重ねて、いざ出発です。
成田空港からアブダビ経由のエティハド航空を利用して、ヴェネチア・マルコ・ポーロ国際空港へ約20時間の道程です。
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途中、窓のない“窓際席”を割り当てられたり、アブダビで預け荷物だけ足止めを喰らいイタリアに届かなかったりと、多少のトラブルは有りましたが、体とカメラは無事に目的地に到着です。

空港からはヴェネチアへ向かう路線バス、水上バス、水上タクシーが利用可能。水上バスとタクシー、乗り場が殆ど同じで若干紛らわしいですが、値段が段違いなので間違えないように注意して乗りましょう。
ヴェネチア内での目的地により路線が違うようですが、駅方面へ向かう水上バスはマイナー路線なようで乗船したのは私一人です。
小船を独占して大きな澪標に守られた航路を進むこと40分ほど、数え切れないほどの水上タクシーに追い抜かれながらも、いざ憧れの水の都に到ります。
そう、入り組んだ水路に迷宮めいた路地と密集する住居群、ずっと憧れていた街に到着です。
「サンタ・ルチア駅の近くで降ろして」と伝えたものの、降ろしてもらったバス停からサンタ・ルチア駅の方向が杳として知れません。不本意ながらもgoogle mapに頼りながら駅へ向かい、紙の地図や水上バスのきっぷ調達に向かいます。
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無事に駅にて必要な品々の調達を済ませたら、紙の地図頼りに街歩きの始まりです。
到着早々に出くわすは日用品を積み込んだ小船さん。車両の進入ができないこの街で、日常の足も荷役も船が主力になるとは聞いていましたが、到着早々にもう遭遇です。
時差ボケも眠気もふっ飛ばして、テンションは初っ端から最高潮。折角、72時間も滞在時間を確保したのですから「急ぐ旅ではない」を合言葉に、贅沢に非効率にARIAらしく巡ります。

小道を抜けて広場を巡り、地図と勘を頼りに行き当たりばったりな博物館巡り。道中にはもちろん写真を撮るのですが、大体どこを切り取っても絵になるのが凄いですよね……。
あれこれと順序も何もなく巡ったので、どこで何に遭遇したのかも曖昧なレベルです。
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強いて重要な箇所といえばボーヴォロ階段でしょうか。ARIAの作中で幾度となく登場し、特に魔女ベファーナの話や劇場版の終盤でのシーンが印象的でしょうか。どちらもアテナさんに絡む話です、とても大事です。
一部の観光サイトでは閉鎖中との情報になっているのですが、私の訪れた2017年5月は公開中。入場料こそかかりますが、中からの眺望も満喫することができました。

他にも階段と水路が建物に突き刺さった何気なくもワクワクするような路地から、ドゥカーレ宮殿と牢獄を結ぶ“ため息橋”の中からの眺望まで、内も外も溜め息ものの景色ばかりです。
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印象としては、どこのお店も雑な英語が通じ人当たりも治安も良好、多様でいて小金を持ってそうな通行人の多さから、あたかも一帯全体がテーマパークかのように感じました。

そんなこんなで適当に散策を続けてサンマルコ広場に至れば、水浸しの光景に遭遇してしまいます。
ヴェネチアの晩春の風物詩といえば、季節風による高潮“アクア・アルタ”。現地にとっては建物を傷め交通を阻害する厄介な現象ですが、それはそれ。
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すっかり終わった頃合いかと思っていたのですが、ごくごく小規模なそれが偶然にも発生していたようです。
夕方にはすっかり水が引いていたので、ほんの数時間ばかりの束の間の余韻でしょうか。
青空に水鏡が映えるサンマルコ広場は、まさにARIAの世界のように素敵な光景でした。

他にもこの72時間の滞在、世界中どこにでもあると聞く中華料理屋のエキゾチックな風格から、水路に杭を施工する重機船。
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路地に翻る洗濯物に、救急車ならぬ救急ボート。
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広場でサッカーに興じる現地の子供の賑わいもあれば、閑静な緑の回廊のような光景も。
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夜も素敵に色付いて、絵になる情景。
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毎日、朝から晩まで歩き回っても、一向に飽きないほど素敵な景色に数多遭遇することができました。


素敵な風景巡り以外にも、行き会った先々では、初日にサンマルコ広場周辺の博物館群にてヴェネチア共和国時代から収集された美術品や考古品の見学。
2日目にはガラスで有名なムラーノ島でのガラス博物館の見学に、ヴェネチア各所にパビリオンが設けられた芸術祭“ビエンナーレ”の展示物の見物。
3日目も海軍博物館、ユダヤ博物館、自然史博物館での見学と、種々の見学施設も巡って見るべきものも見て回っています。
特に自然史博物館は足跡化石や先カンブリア紀の古生物の化石、前世紀の探検家の収集した民俗資料から“博物学”が隆盛だった時代の標本類まで。この街が文化芸術的な方向だけでなく、科学的な好奇心まで満たしてくれることを教えてくれる充実の展示軍に出迎えられ、言葉にならない感激がありました。


また余談ながら、宿泊地はヴェネチア本島から離れてリベルタ橋を渡ったイタリア本土のメストレ地区にとってありました。
往復はイタリア国鉄で片道2駅10分ほど。本数も多く、かなり遅い時間まで電車が走っているので気楽なものです。
初日だけ、間違えて一駅手前で降りてしまい……少し焦る羽目になりましたが、それはご愛嬌。
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事前情報として、メストレ地区はヴェネチアとは雰囲気が違うと聞いていましたが、なるほど少し緊迫感のある風景です。
ただ、ホテルは親切で清潔。駅からの道中も見掛けの印象ほど物騒なわけではなく、夜に酔って宿に向かっても問題ありませんでした。
本来的には夜道を1人で歩く時点で、あまり褒められたことではないのかも知れませんが、ずっと祝祭都市にいるよりも返って面白かったのかもしれません。
後から知ったところでは、メストレ駅からメストレ地区の中心市街を経由してヴェネチアへ向かう路面電車もあった様子。ガイドブックにも観光地図にも載ってなかったので見落としてましたが、次があれば乗ってみたいところです。


そういう次第で脈絡なく過ごした3日間。常に移動が前提の私にしては、異例の旅のやり方でしたがヴェネチアですから仕方ありません。
4日目、帰りの日も名残惜しさにメストレから直行のバスではなく、一旦ヴェネチア島に入ってから空港行きのバスに乗車して街を後にします。
後から思えば、ブラーノ島などまだまだ行き足りない箇所も多いのですが、次の機会に繋ぐ希望が残ったと思えば前向きにもなれると言うものでしょう。
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来た道を戻るようにアブダビ経由で成田空港に戻ったのは今週の火曜日のこと。
ちなみに復路は荷物がちゃんと届きました。
その後はたまたま休みが重なったフォロワーの憂月さんと合流し、東京下町でもつ焼きとビールの会。帰国早々に日本的な怠惰を味わいつつ、日常へと復帰することになりました。


旅行が好きになってから、いつかは、そのうちは、と考え続けて10年あまり。多くの行動派の友人に先を越され、ときには「早く行けばいいじゃん」と背中を煽られながら時間が過ぎて、ようやくに念願が叶った3日間でした。
これで一つ、大きな目的地が達成されてしまい、この先暫くは次の目的地選定に頭を痛めそうですが……それ以上に、日常に復帰するのがまず第一の課題です。
大変だ。

香港狂騒曲

11月も気付けば半ば。年の瀬も迫り、忘年会の算段が必要な季節ですね。
この時期になると、普段はあまり会わない人と、会う機会ができるのが嬉しいものです。

普段会わないといえば、遠方にいる友人知人も会いにいくのが手間というもの。
その最たるものはやはり海外の相手でしょうか。なかなかどうして、海外まで行くとなると時間も手間もバカになりません。
ところでまだ一ヶ月ほど前ですが、フォロワーのあんこう氏が香港に転勤してしまいました。

まだ一ヶ月……“久しぶりに会う”というには大した期間でもないですが、ちょうど折よく連休が確保できたので、行き先の選定としては申し分がないでしょう。
そんな次第で、ちょっと香港の方に行ってきました。


始まりは金曜の深夜から。飛行機の時間の都合から、始発の高速バスでもチェックインに間に合わないので、前乗りで空港泊です。
関西空港に野宿して以来の外寝ですね。羽田は四六時中飛行機が飛び交い、終夜営業の飲食店等もあるので思ったよりも人がいます。
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展望台にあがって煌めく空港灯や飛行機を眺めていたら、寝床の獲得競争に遅れを取ってしまったのは痛恨事でした。
それでも、夜の羽田がこんなに面白いと知っただけでも儲けものでしょうか。

3時間ばかりの仮眠を取って搭乗手続きと出国審査を済ませたら、朝ごはんを確保して6時半過ぎに離陸していざ南西方面へ。
寝不足が効いて、飛行機内で爆睡して気付いたらもう到着です。未だかつてないほど“マシ”な飛行体験ができました。
香港国際空港に降り立ったら、あんこう氏と合流して市街地行きのバスに乗り込み、大陸側の繁華街がある九龍地区へ向かいます。
道中から既に音に聞こえし高層ビル群が出迎えてくれて、すっかり田舎の景色に毒されている私はワクワクしてきます。
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市街について街路に降り立てば「映画で見たことがある!」と言いたくなる看板群。聞くところによると、近年は随分と控えめになってしまったそうですが、なかなかどうしてエキゾチックな光景です。

九龍地区の中心部、尖沙咀界隈で昼食を摂ったら、対岸の香港島へフェリーで移動。
このフェリー航路は前世紀から運行されている歴史ある航路なのだとかなんとか。
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夜景で名高きビクトリア・ハーバーの摩天楼を望みながら、船はせっせと海を越えて行きます。
今回は香港に行くこと自体が目的だったので、着いてしまえば何をするかも考えてなかったのが正直なところ。
とりあえず定番どころを……と香港島に足を向けたつもりでしたが、フェリーを降り立つと目の前に「海事博物館」なる興味深い文字列が。
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行きますよね、博物館大好きですから。
古代中国の船の歴史から、中世期の東南アジア貿易や鄭和の冒険、近世の西欧人の来航と中華王朝の対応に、香港の発展、最後は現代の海運技術まで、適当に入ったにしては随分と見応えのある展示内容で面白かったです。
気が向いたら行って見るものですね。

海事博物館の見学を終えたら、香港島の中心街を抜けてビクトリア・ピークへ向かうトラム乗り場を目指しました。
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目的は当然、百万ドルの夜景で名高いビクトリア・ピークだったのですが、ピーク・トラムそのものも侮るなかれ。
香港で最初の公共交通機関だそうで、今も古い車両が活躍している古風なケーブルカーなのだとかなんとか。
若干期待して麓側の乗り場まで向かったのですが……そこは油断していた土曜日。
乗り場に着くと、そこはネズミの国のアトラクションもかくやと言わんばかり大行列ぶり。「ちょっと待とう」では聞かなそうな回転の悪さも見て取れて、早々に乗車を見切らざるを得ない有様でありました。

仕方ないので、中心街のバスターミナルまで戻って山頂行きのバスを探し、2階建てバスに揺られて小一時間。
存外に地形の険しい香港一帯、山頂はケーブルカーで行けてしまうほど目前に見えているのですが、バスは裏側まで回って車道をのたくたとアプローチします。
高級住宅街やハイソなホテル(?)を経由しながら、辿り着いたときにはもう夜景がきれいな時間帯になってしまっていました。
噂に違わぬ壮麗さ……多少、ハードな行程になってしまいましたが、納得できる光景でありました。
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ただ、人が押し寄せてごった返している観光地に来てしまったのは、久しぶりの経験。日本の観光地はどこに行っても大概空いてますからね……。
人種問わず、押すな引くなの混雑ぶりにはちょっと辟易としてしまいました。
当然ながら下りのピークトラムも見た瞬間に諦める混雑ぶり。かと言って、またバスに揺られるのも、なかなかハードネス。
乗り物が使えないとなれば、人間やることは一つしかないですよね。何事も足腰で解決が一番です。
ピークトラム開通以前からの古道が、今も現代的に舗装されつつ残っているので、そこを下れば軽い気持ちで市街に戻れる算段です。
案内曰く下って1時間ほど。バスを待って、乗ってることを考えたらほとんど同じくらいですし、景色も良くて一挙両得でありました。
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もっとも、舗装された下り坂など足腰への負荷では最悪な部類。市街に着いた頃にはほとほと歩き疲れた有様で、喉も乾いてビールビールと呻きながら街を練り歩く存在に成り下がってしまいます。
メディアで見慣れたネオン看板の本物を眺めながら、夕飯を食べて飲み屋に行き、やっと一息入れることができました。

ちなみに今回の宿は九龍地区の一角にある雑居摩天楼の一室を使ったゲストハウス。香港ではこの形態の安宿が多いのですが、今回のところは共用スペースから摩天楼が望める立地でした。
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こういう都会的なゴミゴミとしたビルの一室から、雑然とした街並みを見下ろして過ごすの……昔から漠然と憧れていた都会像だったのですが、まさか思わぬ拍子に最高の形態で機会が巡るとは思っても見ませんでした。
向かいのビルにぶら下がる洗濯物や、窓越しに垣間見れるそれぞれの生活に、街路を行く人々、吹き込む秋風、最高でした。


あくる日曜日は朝飯を食べてから、手始めに香港歴史博物館の見学へ。充実の展示ですが、なんと無料です!
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展示内容は名前のごとく……を通り越して、有史以前も以前の地球科学、古生物学な時代から始まります。歴史と言えば……歴史でしょうか、自然史って言葉もありますしね。
その後は史前の人々の生活や百越人の歴史、漢族の入植……と続いて、ようやく我々の思い描く“香港の歴史”、交易都市としての発展やアヘン戦争などの動乱、英国による植民地時代等の展示を経て、香港一帯の文化民俗の展示と至ります。
無料と言いながらも半日はいれそうな充実の展示ぶり。やっぱり博物館は面白いですね。とりあえず行って見るものです。

展示見学を終えたら、その足のまま今度はフェリーターミナルへ移動します。
ここでまた出境手続きをして、ジェットフォイルに乗り込んだ一路向かうは珠江口の西岸、かつてのポルトガル植民地マカオです。
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マカオ到着後早々、バスを間違えて中国本土との国境沿いまで行くハプニングもありましたが、それ以外は万事恙無し。
香港と比べると、より台湾に似てるというのがマカオ市街の最初の印象でした。

マカオというとカジノ都市のイメージがあるのですが、あんこう氏曰く魅惑の娯楽群だけがマカオではないとのこと。
Wikipediaやガイドブックを見ても、なるほど確かに世界遺産となった歴史地区やポルトガル領時代の古い町並みがあったりすると載っています。
そんな話を土曜にしてから、軽い気持ちで来れるのですから、本当に香港とマカオは近いものです。
いくら事実上は内湾と言えど、所詮は広い意味での河口を挟んで向かい側……むしろ川一つ越えるのにジェットフォイルでも1時間かかるのが大陸のスケール感なのかと驚く解釈もできます。

閑話休題。
斯様な次第ですので、私の趣味もあって当然、歴史市街の散策です。
台湾でも見たことある雑然とした鉄格子の据えられた高層住宅から、南欧的なちょっとオシャレなビルまで。多彩な顔を見せる街路を、ニュアンスとグーグルマップを頼りに練り歩きます。
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かつてはイエズス会の東南アジア随一の拠点が置かれたという聖ポール天主堂跡まで来た頃には、すっかり日も傾いた時間になってしまったのが惜しいところです。
それでも、多分歴史地区的な領域の一部を歩いたことになると思いますので、良しとしましょう。
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閉館時間が差し迫っていたので、少し急ぎ足で天主堂横のマカオ博物館を見学して、大砲台跡を見学したら夕暮れのマカオ市街を砲台跡から眺める頃合いになってしまいました。
奥の摩天楼と手前の歴史市街、「遠くが大きく、近くが小さく」あたかも“耳をすませば”のワンシーンのような遠近感の狂う光景は、少し魅入ってしまう魅力があります。
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一転して夜の歴史地区に降りても、どことなく親近感のわく観光地感が居心地の良い雰囲気を醸し出してて楽しいです。
マカオはいずれ、もう少し時間をとってゆっくりと巡りたいかもしれません。
ただ一つだけ難儀したのは、市街の案内表記の大半が繁体字とポルトガル語の併記だったこと。繁体字さえ判れば何とかなると侮っていたのですが……意外と英語の表記も読んでいたのだと、自分の無意識の言語処理を自覚させられる経験になりました。

そんなこんなで帰りは香港島側へ向かうジェットフォイルで夜の海を越えて帰還。
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路面電車とビクトリア・ハーバーを渡るフェリーに乗って、かのもう一つの著名な夜景を眺めながら宿の方へと戻っていきました。


さて、土日を過ごして、月曜は有休。流石にあんこう氏は会社なので帰りは一人で空港を目指します。

平日の朝の街、日本と同じように通勤客が人波を作るなか、流れに逆らって脳天気に下り方向の駅を目指して移動です。
この日はネットが使えないので、頼れるのは街角の案内板と事前に確認した地図の記憶。途中2回ほど迷子になりかけましたが、存分に余裕を持った時間で行動開始したので、無事に目的の時間までには駅に到着です。
活動の中心にしていた尖沙咀一帯から北西の方、何やら開発中と思しき工事群が方々で目についた沿岸の九龍駅です。
駅のショッピングモールで朝ごはんを食べたら、バスより少し割高ですが折角の機会ですから空港行きの高速鉄道に乗って空港へ向かいましょう。
快適な列車の旅は本当に偉大ですね。
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車内ではフリーWi-Fiが使え、駅は清潔でホームドアまで完備。
味気ないと言えば味気ないのですが、土日と慣れない異国で歩き回っていた身としては、ホッとするほど落ち着く空間でした。

そうこうして戻ってきた香港国際空港。お土産を買って、残った現金を日本円に戻したら楽しかった国際都市に別れを告げる時間です。
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帰路の飛行機はちゃんと夜寝て、昼帯のフライトなので眠気は皆無。
席が窓際だったのと、本を多めに持ってきていたお陰で退屈こそ免れたのですが……揺れる狭い機内で4時間近く大人しくしているのはやはり大変ですね。
しかもトイレ行きたさとも戦わなければならないのですから、よりハードというもの。

香港出境直前まで、次はどの国に行こうかとアレコレ思いを巡らせていたはずが、成田に帰った頃には「次は国内かな」と思い直す程には疲れ切ってしまいました。
やはりもう少し若くて無理の効く頃に、こういうLCC旅はしとくべきだったのかもしれませんね。


何はさておき、久しぶりにちゃんと旅行したこの週末。大満足で出勤したら、果たして今月末の長期出張を通達されてしまいました。
旅に出ると休出させられるのでしょうか? 試験諸々もあるので、しばらく遠出は難しそうです。

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