月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


香港的週末放浪

とにかく忙しいので、細かいことはすっ飛ばして本題に行きましょう。

諸々ブチ切れてしまい、バニラエアで香港行きのチケットを確保したのが運の尽きですね。
2016年の11月、フォロワーのあんこう氏を訪ねて軽率に香港へ飛んでから、早1年半が経ってしまいました。
あの時、去り際に放った「新居が決まったらまた遊びに行くわ」という約束、回収できないまま月日が経ってしまいましたが、この度ようやく有言実行の日が到来です。


有給を取得し、金曜日の朝から飛び立てば、15時頃に香港国際空港に到着です。
この日の日中は単独行動なので、即座に地下鉄に乗り込んで行動開始します。

手始めに向かったのは香港島の東側、筲箕灣から少しだけ歩いた先にある香港海防博物館です。
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明代から現代に至るまでの海防の歴史を展示した博物館です。
建物自体が英国時代の堡塁を流用した構造で、丘の上に建つ少し天井の低い丸みを帯びた建屋が魅力的です。
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ちなみに展示内容は、立地が立地だけに主敵の殆どが日本です。
明清代には倭寇が最大の脅威、ポルトガルと英国が海辺を脅かす時代を挟んだと思ったら、再び英国と日本が睨み合う時代にひとっ飛びといった内容になっています。
それでも、往古の海防政策や英国の香港での苦労話も散見され、実に興味深い内容ではありました。

博物館の後は小腹も空いたので、適当な食堂で小腹を満たしておきましょう。
即席麺を戻して甘口カレーと和えたような“家庭的”な味の一品、美味しいのは間違いないのですが……エキゾチックさが足りないと言うべきか、ある種香港らしいと言うべきか……。
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小腹を満たしたら、一転して夕飯の時間。あんこう氏に加えて、香港人のフォロワーであるMOKさんとも合流して、夕食会の流れです。
少し高めの中華料理店でビールを挟みつつ、お腹いっぱいになるまで担々麺や炒飯を味わったら、夜もいい時間になってしまいました。

帰りがけに屋外でビールを飲めるパブで軽くいっぱい引っ掛けてから、この日の宿となるあんこう氏のお宅へ向かいます。
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香港郊外の高層マンションの一室、観光客的にはなかなか縁のないマニアックな場所に潜り込んだら、日本と変わらないような宅飲みをして、アニメを見て夜を更けさせていきました。


ゆるゆると起きる羽目になった土曜日は、あんこう氏の所用に付き従ってローカルな朝飯やから郵便局へと“土曜日らしい”雑務で幕開けです。
一揃いの雑務が済んだら、ローカルなミニバスに乗りこんで郊外からさらに町外れの西貢地区へと向かいました。
西貢地区は香港の町外れ、国際都市香港のイメージからは想像もつかない海と山に囲まれた自然豊かな地域です。
ビーチや海鮮を求めて、香港人が余暇を過ごしにやってくるような土地。なかなかどうして、現地民帯同ならではのチョイスです。
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西貢の浜からはあちこちへの渡し船が運行されており、香港島の向こうに浮かぶ島々を巡ることができます。
なかにはユネスコのジオパークにも指定されており、火山地形が点在しているような島もあるだとか。
お出かけ日和の晴れ間の下、適当に声をかけられた船に乗って、南の島へ漕ぎ出すのも面白いですよね。
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よくわからないまま、上陸した橋咀洲と呼ばれる島で、思いの外にキレイな海に感激したり、そのまま島を縦断するハイキングコースへうっかり踏み出したり……気ままに過ごしていれば良い時間になってしまいます。

渡し船で西貢へ戻ったら町並みをぐるりと巡りながら昼食探し。
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船がひしめく海を眺めながらフィッシュ・アンド・チップスを食べて、次の観光地へと移動することにしました。

2つ目の観光地は無難に香港文化博物館です。
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ブルース・リーを始めとした、香港ゆかりの文化人や、富豪の集めた文化財が展示されています。
ブルース・リーくらいしか見るものはないかと思っていたのですが、意外と見どころも多く、思いのほか長居してしまったのはよくある事象でしょう。

最後に、文化博物館から電車で一本の中国本土国境へも寄り道。特段の用事はないのですが、陸上国境に興味があった次第です。
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なんとなく本土側へ入国し、軽くぶらついてから夕飯を食べて再度、香港へ。
本当に何しに行ったのかと言う風情ですが、こういう気安さで国境を超えるのも香港らしい経験ということにしておきましょう。

この後はまたあんこう邸に戻り、前日に引き続いて宅飲みで夜を明かしていきました。


日曜日は香港最終日、帰国の必要がある日ですが飛行機は夕方の便なので、午前中は少しばかり遊びに出かける余裕があります。
そういう次第で向かったのは、空港があるのと同じランタオ島のゴンピン360というアジア屈指の頂戴ロープウェイです。
ランタオ島の南側、天壇大仏や伝統的漁村のある一帯へアクセスできる観光ロープウェイです。
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乗り場はいたって普通のロープウェイですが、驚くべきはその行先です。
海を渡って山を超え、もう一つ山を超えても、行き着く先は更に遥か彼方です。
片道20分強、アジア屈指は伊達ではない長丁場。空中散歩とはまさにこのことだと思わせる光景を眺めながら、ロープウェイの旅を味わいます。
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海の方に目をやれば、珠江の河口を挟んでマカオへ繋ぐ計画だという高速道路も望見できます。
海を渡る高速道路と海底トンネルの組み合わせ、実質アクアラインですね。

そんなこんなで終点のゴンピンに到着したら、天壇大仏を見物です。
本当は漁村のある大澳地区まで足を伸ばしたいのですが、時間の都合もあるので妥協せざるを得ません。
いずれ、行ってみても良いかもしれませんね。
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天壇大仏は世界最大の屋外大仏。建立開眼は1993年と比較的最近ですが、面白い観光スポットなことには間違いないでしょう。
造形が心なしか奈良や鎌倉の大仏と似ているのは、きっと文化が近いせいのハズです。
深いことは考えずにお参りして、周囲のお寺やお店も散策です。
最後に飲茶店で昼食を摂ったら、ロープウェイで引き返して空港へ向かう流れになりました。


無事に空港まで着いたら、あんこう氏と別れて、名残惜しくも出国の時間です。
残念ながら日本へ帰らなくてはいけません……。

重い足取りのまま飛行機に乗り込み、成田へと到って楽しかった週末は終りを迎えました。

そういう次第で諸々体力気力財力と、使い切ってしまった面もあり、当面は遠出の予定がない週末が続く予定です。
次の3連休は7月の海の日、無事に(精神が)生きていられるか……心配ですが、なんとかなるといいですね。

「賭博師は祈らない」を追って

久しぶりにGWが真っ当な連休となった2018年。異動して初めての好事と言えるかもしれません。
テンションが上ってしまい、うっかりと足元を見て高騰する国際線の航空券を掴んでしまいました。

当初の渡航候補はモロッコは世界遺産都市フェズ。初めてのアフリカ大陸か?! とワクワクしながら航空券を検索したのですが、残念ながら日程が噛み合わずに断念せざるを得ない結論に。
次に思い描いたのは東洋と西洋の交差点トルコはイスタンブール……でしたが、これもなかなかどうして手頃な航空券がありません。

なんとはなしにタイムリミットが迫る中で思い起こすのはとある格言です。
「第三善を戦場に送れ。次善は遅れる。最善はついに完成しない」とは、イギリスに防空レーダー網を気付いた技術者の言葉です。
予算内で飛べる興味深い都市は――と検索エンジンを叩けば、ヒットしたのが何の因果かイギリスはロンドンのヒースロー空港行きのチケットでした。

奇しくも去年から「賭博師は祈らない」が個人的大ヒット中。作中に描かれたロンドンにバースと、むしろなぜ思い付かなかったのかと不思議なほどです。
これは行くしかない流れでしょうと、即断即決して手配してしまいました。
航空券の手配は一大事ですね。


斯様な次第で迎えた連休初日の28日は秋葉原で大学の友人連中と昼酒をキメてから、その足で大阪へ。
そう、今回の便は久しぶりの関空発着便です……これが安かったんです、仕方なかったのです。
夕方から大学院時代の友人と合流して、夜が深まるまで積もる話を散らしながら飲み明かして、天王寺の宿で一泊。
翌朝は少しばかりお酒が残る頭で関空へと向かい、タイ国際航空のバンコク便に乗って外つ国へと飛び立ちました。

飛び来るタイはバンコクのスワンナプーム国際空港。ここでロンドン・ヒースロー便まで約9時間の乗り継ぎです。
折角なので小1時間ほど入管に並んで入国し、お外を観光としましょう。
バンコク市街まではアクセス鉄道で30分ほど。本数もそれなりに走っているので、安心して遊びに行けます。
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空港アクセス鉄道の終点Phaya Thai駅近くに、在来線が見えるレストランを見つけたのでシンハーで一杯。
フライドライスは美味しかったのですが、本場のトムヤンクンは酸味と辛味とパクチーの強烈な味わいにアテられて完食できなかったのが心残りでしょうか。
程々に満喫したら、空港に戻って有料ラウンジに課金してシャワーを浴びてシャツでも汗ばむ真夏の如き熱気を流します。
一息着いたらいよいよロンドン便に乗り込む時間になりました。
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10余時間の空の旅は最初だけ映画を見たものの、その後はひたすら眠って体調を整え、目覚めた頃にはイングランド上空を飛んでいる具合になりました。


さて、ほぼ丸1日以上かけて辿り着いた憧れの英国、入国審査を抜けて地下鉄に揺られロンドン市街に到着したのは午前11時の少し前と行った頃合いでありました。
到着して最初の感想は「寒い!!」の一言でしょう。高緯度地域とは言え、暖流の加護の下、比較的温暖なはずと認識していた西欧一帯。
降り立ってみれば降りしきる雨に強い風、吐く息は白く凍える冬の有様です。
現地民と思しき方々も寒そうにしていたことから、季節外れの寒さと認識できたことだけが救いでしょうか。
春先装備の私にとっては、外に長居する心も折れて、まずは朝食の確保も兼ねてカフェに入るより他にありませんでした。
ローストビーフのサンドイッチとミルクティー。観光客然としたチョイスながら、最高に救いを感じるひとときとなりました。
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ティータイムで一息入れて正気と元気を取り戻したら、いざこの日の第一目的地にしてロンドンでの最優先目標、大英博物館へ向かいましょう。
路地を1ブロックほど専有する、中国の博物館もかくやと言わんばかりの大行列に並んで20分ほど待ったら、いよいよ世界最大級の博物館を見物です。
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英国紳士が数百年掛けて世界中から掠奪した世界の至宝の数々です。
かの名高きロゼッタ・ストーンもその収蔵品の一つです。
3つの言語で書かれた石碑と認識していたので、もう少し大きいものかと思っていたら、随分と可愛らしいサイズですから驚いてしまいます。
こういうのも現地に行って実物を見てこそ知れる面白さでしょうか。
アジアから中近東、アフリカに到るまで世界中の古代遺産が目白押し。「教科書に写真が載ってた」と言いたくなるようなものが沢山ありました。
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また18世紀“発展と好奇心の時代”をモチーフにした展示スペースもありました。ちょうど、「賭博師は(略)」の時代だなと関心しながら見物します。
この時代の博物学的な展示手法は、東京駅前にあるオシャレ博物館の展示手法にも通じるレトロ感を醸し出しています。
まさに博物館が博物学をしていた時代だったのでしょう。
なんやかやと17時近くまで4時間近く居着いてしまい、他の観光スポットに寄る暇もないまま夕飯時を迎えてしまいました。

仕方ないので、一旦は宿に荷物を置きに行ったものの、外は流石に高緯度地域だけあってまだまだ明るいです。
気付けば博物館でワクワクしている間に、外は天気も回復してきてキレイな夕日が期待できる空模様になっていますしね。
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ビールを飲むにはまだ気分が乗らないので、夕景・夜景巡りに繰り出そうとテムズ川沿いへ向かい、無為に時間を潰して日が沈むのを待つことに致しました。
呑気に過ごしすぎて日没を見送った頃には時刻は21時過ぎ。一周回って夕飯を食うには手遅れな頃合いと感じ、宿のバーコーナーでビールを舐めて、この日は就寝となりました。


イギリス2日目の朝は宿に近いロンドン・パディントン駅から、名物の遅延する長距離列車に乗って少しお出掛けです。
向かうは西へ特急で1時間半ほどに位置するバースの街です。
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バース行きの切符を手配したのは良いものの、電光掲示板を見ても今ひとつどれに乗れば良いのかわからなかったのはご愛嬌。
しばらく眺めてようやく、下段に停車駅が書かれていることに気付いたのですから、勘もだいぶ悪くなったものですね……。

この日は好転に恵まれ、車窓には長閑な郊外の光景が広がります。
さながら“世界の車窓から”のような風景を楽しみながら、あっという間の1時間半で下車駅、バース・スパ駅へ到着です。
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バースははるかケルトの時代から温泉が湧出する土地として知られたイギリス有数の観光地です。
ローマ時代の温泉の遺構や、温泉が再開発された18世紀の歴史的街並みが合わさって、街全体が世界遺産にも指定されているイギリス屈指の歴史都市でもあります。

もっとも、ここを行き先に選定したのは「賭博師は祈らない」の影響の方。作中では3巻の舞台となり、18世紀のこの街を舞台に陰謀と賭博が横行します。
作中に登場した建造物や地形がそのままと言っていい状態で現存するのですから、これはもう立派な聖地巡礼ですね。

最初に向かったのは観光の目玉であり、地名の由来ともなったローマ時代の温泉。そのままズバリの世界遺産ローマン・スパです。
現在の大浴場を囲うデッキは近代にローマ風を意識して建設されたもの。ローマ時代には遥かに高いドームで覆われていたのだそうです。
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ローマ時代の温泉施設はローマの衰退に伴って地中に埋もれてしまい、発掘されたのは17世紀頃のこと。
開放的に見える現代の大浴場も、往年には地上にあったそうですが現代では半地下と言った方が適切な水準にあります。
そんな地の下にはローマ時代の浴場遺構が今も埋もれており、一部は博物館として整備され見学することができます。
精緻なレンガ積みや排水路、壮麗な石工の神殿跡や故人が忍ばれる墓碑に呪いのタブレットまで。ローマ時代の息遣いを感じられる展示が多数並び、見応え充分な展示です。
流暢な日本語の音声ガイダンスも無料で貸与されるので、その気になればいつまでも古代ローマのロマンに思いを馳せることができてしまいます。
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閑話休題。ローマ文明の偉大さに本題を見落としそうになってしまいますが、一応の目的は聖地巡礼です。
18世紀頃には再興され開発された温泉のいくつかが現役の入浴施設として再利用されていました。
作中でも度々登場し物語の転換点となる展開が繰り広げられたキングスバスは、本来は源泉が湧く場所でありローマの時代には聖なる泉でもあったとかなんとか。
解説や情報が混乱しているため、この遺構がまさしくキングスバスなのか、今ひとつ自身が持てませんが……英国貴族はここで湯浴みをしてた……そう観るだけでもロマンというものです。

ローマンスパから市中へ戻れば、昼食を挟んで街並み散策へ。
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舞踏会や賭場の舞台となり町の再開発の象徴とされた“アッセンブリールーム”は、今も同名のままファッション博物館として現役です。
往年の栄華を見学できるそうですが、少々時間の都合もあってパスしたのは惜しいことでしょうか。

貴族のための集合住宅、ロイヤルクレセントも観光地の一つ。半円状に街路を囲った長大で壮麗な住宅はちょっと何を思って設計したのか謎ですね。
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今でも現役だそうで、1号室以外は住人がいるのだとか。この辺の建物の耐久性の高さは冷涼で地震の少ない土地柄ならではといったとこでしょうか。

ちなみに1号室は18世紀貴族の生活を垣間見ることのできる博物館として整備されています。
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優雅な生活を再現した調度品の数々から、往時を忍ばせる風俗画まで数多く展示されていて、これも興味深いです。
半地下の部分には最上級に裕福な家庭に置かれるという家政婦長の職位の部屋や、女中の寝所も兼ねた台所まで往時を再現して展示されています。
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解説に曰く、当時の貴族のなかには本来の領地の屋敷とは別に、都市部においては集合住宅を保有して居住していた者もいたのだとかなんとか。
あまり想像できない概念ですが、文化が違えばそういうものなのでしょう。
集合住宅と言えど、広く快適そうな空間には驚くばかりです。

他にもバースの街は往年の街並みが随所に遺り、散策するには魅力は十分でしょう。
写真は取り忘れてしまいましたが、作中に登場した地名もしっかりと抑えて聖地巡礼もバッチリです。
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エイボン川の水面でしばらく一息入れたら、夕飯時も近いので撤収することにします。

ロンドン近郊列車をぼんやりと眺めながら復路の特急列車でロンドンに帰着。
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フィッシュ・アンド・チップスで一杯キメてから、宿に戻ってもうしばらくビールを舐めて、夜が更けるのを眺めていきました。


イギリス3日目はロンドンらしい観光をする日にすることに。
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名前くらいは聞いたことのあるウェストミンスター寺院に、現在修復工事中のビッグベンとガイドブックでとりあえず観る光景を消化します。

また、イギリスと言えば大英帝国。19世紀末には七つの海に覇を唱えた海洋世界帝国です。
そんな訳で帝国戦争博物館も見学します。
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WW1前夜の世界情勢から、現代にかけての軍事に関する展示が所狭しと並べられ、ミリオタなら一度は見学したい展示揃いです。
個人的な趣味としては特にWW1の展示が非常に興味深い限りです。
沢山写真は撮りましたが、あまり好き好んで公開すべき類のものではないかなと、思うところもあるので割愛します。

帝国戦争博物館の後は30分ほど街を練り歩いて、その分館に位置づけられる軽巡洋艦ベルファストを見学します。
テムズ川に停泊するWW2時代の武勲艦。アズールレーンで最強メイドさんとして一躍人気ものになってしまいましたし、いいタイミングですね。
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WW2におけるイギリスの主要な作戦に参加した後、朝鮮戦争でも艦砲射撃を実施。その後も訓練艦として任務を全うして、今もテムズ川で英国海軍の栄光を伝える偉大なる艦艇です。
そもそも外洋航行用の船が川を航行できるというのが、日本では考えにくい概念ですが……テムズ川は可航河川、流石ですね。
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艦内も比較的自由に見学でき、弾薬庫のハンモックや機関室、挙げ句は砲塔内部まで見学できてしまいます。
英国式海軍食堂があまり美味しそうに見えない色使いなのは、何とも流石だなと言った印象ですが……そんな日もありましょう。

戦争博物館とベルファスト、想定よりも興味深い展示が多く長居してしまい、気付いたときには16時を回っていたのは驚きです。
最後の本命、ロンドン塔も見学したかったのですが閉館はなんと17時半とのこと。受付でチケットを買おうとしたところ「あと1時間で閉まる、2~3時間はかかるからやめておけ」との何とも親切で大きなお世話な忠告を受けてしまいました。
押し切っても良かったのですが、入館料も29ポンドとなかなかいい額だったので、素直に従って外観からだけ見学することにしました。
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「賭博師は(略)」の作中では、まだ博物館ではなく動物園として一般に開放されていた時代。19世紀に動物類はロンドン動物園に移されてしまったそうですが、当時を偲ぶ遺構は収蔵されているそうなので、やはり行くべきだったかも知れませんね。

代わりに余った時間でタワーブリッチの内部を見学です。
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19世紀末の偉大なる建造物にして、巨大なる現役の跳ね橋です。
今では跳ね橋の機構そのものは電動化されているのですが、その建造当時の蒸気機関は現在でも稼働状態にあって見学することができます。
見るものを圧する鋼鉄の力、有無を言わせぬ蒸気機関の魅力を堪能することができるので、この見学も悪くないかもしれません。

タワー・ブリッジ見学を済ませたら、最後の夜は「賭博師は(略)」の1巻の舞台となったイーストエンド方面へと足を伸ばします。
ロンドン旧市街とも言うべきシティ地区の東の外れ、言うなれば下町といった風情の地区ですが昨今は再開発が進んですっかり新進の町並みになってしまい、ガイドブックでもイチオシの観光スポットになっているこの一帯。
それでもふらりと歩いてまわれば……なぜかどこでもドアがあったのは、未だに理解が追いつきません。
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ちょっと薄汚い石畳の路地と酒場、暗い時代の面影を感じるようですが、いたって陽気に酒が酌み交わされていたので現代は本当に治安がいいですね。

帰りは少し回り道をしてキングス・クロス駅やパディントン駅の裏手の運河を巡りながら宿に戻りました。
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欧州は運河の文化の地域。大陸だけでなくイギリスでも内陸に運河が張り巡らされているとは物の本で知っていましたが、実際に目の当たりにすると、やはり物珍しい感じがします。
船でできた本屋や飲み屋、船上居留民の実在も確認して、世界の広さを思い知らされます。


そんなこんなで4日目最終日はイングリッシュ・ブレックファーストを食べたら、そのまま後ろ髪を引かれながらもヒースロー空港へ。
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来た道を戻るように、バンコク経由で関空へと帰りました。

関空から少し寄り道して、大阪城公園にてフォロワーのAliceさんと餃子フェスでちょい飲み。
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新幹線に乗って静岡の親の実家で残りの連休を過ごして、過酷な連休明けを迎えることになりました。


連休明けからフル稼働で元気にお仕事……信じ難い社畜根性にやはり馴染めないものを感じて今に至ります。

越南遊興の話

出張やら何やらが重なって、日記にや何やらも後回しになる今日このごろ。
話は遡って、色んなことが一段落し、しばらく自宅に滞在していた11月初めの話。文化の日の3連休が好都合を積み重ねて4連休にしてしまったので、少し遠くまで行ってきました。

以前よりフォロワーの朔さんと「アオザイが見てみたいね」って話をしていたところに、降って湧いたこの4連休チャンス。
あっという間に飛行機の手配も済んで、あれよあれよと話がまとまり11月3日文化の日に飛んで行ったるは首都ハノイです。

今回は友人同行の都合もあって、宿泊先も少し安全に中級のホテル。
ハノイ、ノイバイ空港から市街地への移動もホテル手配の送迎車で楽々と済ませてしまいます。
そんな訳で、チェックインを終えたら、ウェルカムドリンクと簡単なハノイ市街の過ごし方レクチャーでベトナム旅行の始まりです。
レクチャー内容は端的に言えば「迂闊にタクシーに乗るな。無思慮にツアー会社を選ぶな」といった海外旅行のイロハみたいな内容が大半だったのですが、興味深かったのが“車道の渡り方”。
そもそも、そんな内容がある時点で新しい概念なのですが、大雑把に言えば「バイクは途切れないから、少ないと思ったタイミングでゆっくり堂々と歩け。焦って立ち止まったり駆けたりするとかえって危ないぞ」と言ったとこ。
開き直っていると言えば、そうとも取れますが、郷に入っては郷に従え。うっかり駆け出さないよう心に誓って、夕飯を探しに飛び出しました。
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ホテルが所在するのはバックパッカー向けの宿なども点在するハノイ旧市街の路地の一角。周囲には外国人向けの安飯屋や宿、旅行店が点在し雑然としながらも安心感のある空気を醸し出してます。
この旧市街は近場に仏領インドシナ時代に建てられた教会なども所在する歴史深い地域。曰く1000年以上、ベトナムの各王朝が首都を置いた街の街区を引き継ぐのだとか何とか。
立ち並ぶ建物こそ後世のものですが、入り組んだ街区などは古から大きく変わってないのかもしれません。
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ところで、到着したのは13時過ぎですが空港からの移動やらチェックインの手続きやらを済ませていたら外に飛び出したのは16時近くのこと。
あまりのんびり観光もできないのですが、夕飯を食べ始めるには少しばかり早い時間。折角なので歩いて10分ほどの距離にある「ベトナム女性博物館」を見学することにしました。
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女性博物館はその名の通り、女性の博物館。ベトナムを構成する各民族の婚姻から出産育児に関する習俗、紛争時代の女性の活躍や、平穏な時代の民族衣装とか祭祀の文物が展示されています。
水の女神を祀るお酒の祭壇や、ベトナム戦後を代表する衣装、アオザイの時代とによる変遷などは色んな意味で見応えのある展示でありました。

女性博物館をぐるりと巡って外に出れば17時を過ぎた頃合い。夕飯を探しに巡るにはいい時間帯ですね。
活気のある市街を気ままに歩きながら、ひとまずはホテルのフロントのお姉さんに教わったお店を目指します。
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そのお店とは、夕飯が出る類ではなく“Cafe Ginag”なる喫茶店。カフェオレのミルクの代わりにコンデンスミルクと卵白をつかった「エッグコーヒー」なるベトナムコーヒーを最初に出したお店なのだとか。
出てきたのはコーヒーの上にドンと白いものが乗ったとっても甘い食べ物。ティラミスを食べてるような不思議な味わいでしたが、美味しかったので良いものを知った気分でした。

デザートのようなコーヒーを飲んで一息ついたら、夜の市街地で今度こそ夕食の時間。
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バックパッカー向けの店が立ち並ぶ一角で、フォーを食べながらビールを傾けて、ようやく東南アジアらしい一息がつけました。

また、宿への帰路では各所の祠や寺院の前での路上演芸にも遭遇します。
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何やら祭壇のようなものを設えて、歌ったり演奏したり踊ったり……ちょうど秋ですし、何か秋祭りのような祭祀があるのか、はたまた年がら年中やっているパフォーマンスの一環なのか……その辺の事情まではわかりませんが、通りがかりに聞く現地歌謡や民族楽器の音色は旅情を掻き立てるすばらしさがありました。


明けて土曜日は、予約しておいた日帰りハロン湾ツアーに参加するため、朝からホテル前に迎えに来たバスに乗り込んで一路東方のハロン湾方面へ。
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「Tuan chau国際マリーナ」まで着いたら、ここで他のバスの乗客とも合流し、クルーズ船に乗り換えです。
比較的整備の行き届いたキレイな船で一安心。これで風光明媚というハロン湾に漕ぎ出し……ふらいんぐうぃっちの聖地巡礼ができます!
ハロン湾はふらいんぐうぃっちの作中、“お姉ちゃん”が不穏な薬で世界中を白黒にしたり何やら無茶な交渉で現地民から船を借り受けたりと、自由人ぶりを存分に発揮した舞台。
我々はそこまで自由人ではないですが、曇天の空のもとでも存分に楽しませてもらいます。
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基本的にはあくまでクルーズ、食事でもしながら湾内を巡るのですが、アトラクションとして水上居民のバンブーボートによる洞窟探検も。
竹編みの籠を漆喰のようなもので水密処理し、木組みで座席を付けた底浅の船に乗り、現地民の手漕ぎで漁村周辺の洞窟を巡りました。
船が揺れるわ、同乗する別グループもあるわで、おちおちカメラを外に出すことも憚れる状況でしたが、景色としては絶景そのもの。非常に楽しい時間。乗降に利用した何もない水上に唐突に現れる桟橋も含めて、非常に面白いものを見ることができました。
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その後は再びクルーズ船にて、別の島に向かい鍾乳洞を見学。種々の生き物や人間に見える鍾乳石などを眺めながら洞窟を通り抜けて、船に戻りアフタヌーンティーを味わいながら国際マリーナへと舞い戻ってきました。
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本土に再上陸した頃にはすっかり日も傾き気味。バスに揺られてハノイに帰還した頃には21時半を過ぎており、もはや近場の飯屋で夕飯を食べて寝ることしかできない有様でしたが……充実した土曜日に感じました。


ベトナム3日目の日曜日は、一転してハノイ市街を観光する日です。
ひとまずは官庁街にして博物館類も集積するディエン・ビエン・フー通りの方面へ進みます。
幸先よく踏切でベトナム国鉄とも遭遇です。
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列車が過ぎ去ってから線路を見れば、驚くべきことにそこには路地が広がります。
「世界の車窓から」などで見たことはある線路が生活の場となっている光景、実在するのは知っていても、まさかこれほど不意に目の前に現れるとは思ってもみませんでした。
エキゾチックな光景、テンション上がりますよね。

踏切の先をしばらく歩けば、建国の祖ホーチミンの廟に行き当たります。
この日は工事中のため、側面には青い足場が設置中。滅多に見れない珍しい光景と認識しましょう。
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裏手では廟を守護する儀仗兵の交代風景にも遭遇です。白い軍服で颯爽と行進していますが、待機中は楽しげにふざけているのも見てしまいました。

ホーチミン廟の裏手からは文化財として名高き一柱寺に至ります。
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そう言えばベトナムも仏教徒がいる国なんだっけ……なんて、マヌケなことを思いながらも、お寺に参拝したら、その足のままさらに隣接するホーチミン博物館へ。
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建国の祖にして革命の闘士、ホーおじさんの来歴とベトナムの活動を表現する博物館。入ってすぐの後光を背負い、雲を棚引かせる仏像的ホーチミン像が印象的です。
展示内容的には少々抽象的ながらも、仏印時代の地下活動から始まる革命運動の資料が年代を追って展示され、ベトナム政府的な世界の見方を知る良い勉強になりました。

ホーチミン廟界隈から少し街を歩いて昼食を食べたら、続いては軍事博物館へ。
ベトナムと言えば歴史時代の中華帝国の脅威に始まり、近代以降もフランス、日本、アメリカ、中国と並居る強国の侵攻を経験し常に頑強に抵抗してきた武闘派の地域です。
軍事博物館もその凄みを遺憾なく発揮し、古代中国風の武装から始まって、各国の鹵獲兵器や手作りの罠に蛮刀、火器(!)、そしてソ連から支援された正規軍兵器と、バリエーション豊かな装備品を展示してありました。
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見たものを伝えようとすると、それだけで何十枚もの写真が必要そうな充実の展示ぶり。
ランドマークとなる阮朝時代以来の旗塔や、外に展示されたソ連製軍用機とアメリカのA-1スカイレーダーさんだけでも資料館が成り立ちそうな程ですが、これが前座にすぎない充実ぶりに感嘆しながら、長々と居座ってしまいました。

ちなみに軍事博物館の隣は世界遺産のタンロン遺跡です。かつては歴代王朝が首都を置き、現政権下でも長く国防拠点が置かれていた土地なのだとか。
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床下には過去の王朝の遺構が眠っているとも言われるそうですが、今回訪れた印象は一言「アオザイ!」といったところでしょう。
何故か大学生~大学院生と思われる着飾った男女が大量に跋扈し、そこここで記念撮影をしています。
角帽姿の人や学位記らしきものを掲げてる人も居たので、恐らくは学位授与式やそれに類するイベントの後だと思うのですが……卒業には時期が合わず、本当のところはわからないです。
ただ一つだけ言えるのは、日本で言う晴れ着感覚でアオザイを着た女性陣が遺跡中で記念撮影している状況、到底落ち着いて遺跡見学などできる訳がありませんでした。
これはこれで非常に良い光景ではあるのですが……叶うなら時期を改めて見学に来たいところでありました。

タンロン遺跡の見学を終えた頃にはこの日も17時を過ぎた良い時間に。訪れた箇所こそ少ないですが、いずれも半日は見ていられる充実の展示内容で、満足感の高い日中を過ごして夜を迎えます。
日の暮れた旧市街に舞い戻ったら、この日も道端では屋外演劇やら、路上演奏やらに遭遇できます。
京劇に似た衣装の伝統演劇は、言葉こそわからないもののド派手な装束が既に面白いうえに、大仰な動作で悲喜のニュアンスもなんとなく伝わってきて見ごたえがあります。
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また、さらに歩けば見事なバンド演奏に行き当たりました。
ボンゴのようなドラムとギターに、サックスかバイオリンの演奏のパフォーマンスは、軽快な音楽が都会の喧騒やぬるい空気と混じり合って最高に居心地の良い空間を演出します。
いつまでも居たいような空間。気付けば近くの露店に腰掛けて、瓶ビールを注文。クラッシュアイスを入れたグラスに注ぐスタイルで、エビせんをアテに、文字通り“腰を据えて”演奏見物の体勢です。
結局この夜は23時過ぎの夜市解散の時間まで、この路傍の飲み屋で演奏見物。途中、他のお店のお客がボーカルで乗り込み、カラオケ大会を初めたりと、雑で面白い展開も挟みながら、心いくまで「東南アジアの夜」を満喫することができました。
恐らく、お酒を飲むシチュエーションとしては人生屈指の美味しい状況だったと言えるでしょう……また、いつの日か、やりたいものです。


悲しいことに帰国しなければいけない月曜日は、最後の締めにとホテルのフロントのお姉さんイチオシの“ココナッツコーヒー”を飲みに行くことに。
ココナッツコーヒーはその名の通り、ココナッツをコーヒーフロートのようにコーヒーに乗せた代物。
よく冷えたココナッツは甘いアイスのような味わいで、コーヒーの苦味とよく合い、非常に美味しい逸品です。
街場のカフェで美味しいコーヒーを飲む(食べる?)午前、これもまた贅沢です。
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その後はお土産物屋を求めて、ふらりと街を歩いてからホテルに戻り、車を手配してもらって空港へと帰国の途に就きました。

余談ながら、この後がちょっとした運試し。結論から言えば何も問題なかったのですが、カメラの持ち出しにだいぶ緊張する羽目になってしまいました。
と、言うのも、実はベトナムでは入国時に税関検査に“高額な電子機器の持ち込み”を申告する必要があります。
デジタルカメラとかノートパソコンは代表的な申請対象であり……つまりバッチリ持ち込んでいるのに、うっかり申告せずに入国していた次第です。
ベトナムでは出国時の手荷物検査が持ち出し側の税関検査も兼ねており、万が一にも指摘されると罰金や没収の可能性まである状況。
個人使用の場合には申告不要とする解説もありますし、厳密に言えば今や世界中の人間が所有する携帯電話も申告対象。
観光政策的にも、現実的な検査量から言っても、余程不穏なことがない限りは一々チェックしない訳ですが、目立つ代物だけに少々気がかりな出国検査を味わう羽目になってしまいました。
次回からはもう少し安全側に振って挑みたいと思いつつも、出国さえしてしまえばこちらのもの。後は堂々と北へ飛び立ち、羽田に帰還することができました。


そんなこんなで久しぶりのちゃんとした旅行。ブラブラと街をめぐり、カメラを振り回すのは本当に楽しいです。
……が、気付いたら忘年会や冬の行軍を考慮に入れないといけない時期。また、あまり遠出ができない季節が来る前に、次は紅葉とか観に行きたいところです。

空軍博物館の話

引き続き海外出張中。車社会の郊外宿泊、車のない身としては身動き一つとれず、いつ以来かと思うような引き籠りが捗ってしまいます。
歩いていけば、全く出先がない訳ではないのですが……幹線道路の路肩をすり抜けて遠出するのは、流石に面白くない意味で度胸試しになってしまいそうで気乗りしません。

そんな状況では、過ごす当てもないと困ってしまうのが週末の身の振り方。
どうしたものかと案じていたのですが、降ってきたのが魅惑的なアメリカ空軍の空軍博物館ツアーでした。
宿のある町から車で2時間半ほどの距離と“アメリカ基準では”遠くない場所にあるそうなので、折角の機会ですから行くことにしました。


国立空軍博物館はライト兄弟が活動の拠点を置いていた町、デイトンの郊外に位置するライト・パターソン空軍基地に隣接しています。
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館内はライト兄弟の初飛行からアメリカ陸軍航空隊の草創とWW1、2での活躍、朝鮮戦争、ベトナム戦争、冷戦、湾岸戦争、宇宙開発と米空軍が関わった活動とそれにまつわる数多の飛行機を年代順に展示しています。
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ライトフライヤーの復元品からWW1や戦間期に活躍した複葉機の数々は、なかなかお目にかかる機会のない貴重な代物。
100年近く前のものまで、状態よく保存されているのには驚くばかりです。
WW2の飛行機も西部戦線のものから、日本人も縁の深い太平洋戦線の機体まで幅広く展示されています。

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東京奇襲を敢行したドーリットルのB-25爆撃機や日本軍機の紫電。
先日観た映画で大活躍していた英国のハリケーン戦闘機に、長崎に原爆を落としたB-29“ボックスカー”も展示されています。
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ただし、あくまで陸軍航空隊の系譜をひく空軍の博物館のため、太平洋戦線の展示でありながら空母艦載機には言及がないのがポイント。言い知れぬ微妙な縦割りを感じさせます。

WW2を過ぎて朝鮮戦争前後のジェット機黎明の展示を過ぎれば、見慣れたシルエットの近代的な航空機群の展示になります。
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目玉の巨大爆撃機B-52や一部で大人気のタンクキラーことA-10。写真は撮り忘れてしまいましたが「積めないのはトイレだけだ」と言われたA-1攻撃機もいました。
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一度、実物を見てみたかったAC-130も展示中。ネットなどで「機体の片側に火砲を集中配備し、旋回しながら滅多撃ちにする」と空恐ろしいながらも、今一つ分かりにくいことが書いてあり気になっていたのですが……実物を見たら思った以上に文字通りでビビってしまいます。
F-117の独特のシルエットに関しては言うこともないでしょう。

宇宙や研究開発の建屋では宇宙開発にまつわるロケットやミサイルの展示の数々も。アポロ15号の着陸船の実物は、下部の焦げ跡まで見学できて見ごたえ抜群です。
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また研究開発としては、過去の失敗作の数々も展示されています。研究開発が決して単純な一本道ではないことを端的に教えてくれるいい展示ですが、なかでも空飛ぶ円盤は……こんな博物館の中でも異彩を放っています。
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他にも過去の大統領機なども展示されていて、写真だけでは納めきれないほど見ごたえに溢れた博物館でした。流石はアメリカの国立博物館です。
ちなみに館の外は見事な快晴、星条旗が映える一面の芝生でした。


帰路にはなぜか韓国料理屋で夕飯を食べて宿に戻ります。ちなみに日本料理屋、中華料理屋にも既に行ってます。
どこの飯でも喰えるつもりでいましたが、流石に2週間もアメリカにいると、東洋の味付けには妙に安心します。
ただ、これは個人的な感覚なのですが、生半可な日本料理では言い知れぬ違和感に気付いてしまい妙に気になってしまいます。
かえって、中華料理とか韓国料理くらいの距離感の方が“なんか知ってる味”程度の雑な認識のため、違和感少なく落ち着く気がしました。

ところで、いつ帰れるのかまだわかってないです。頑張りましょう。

米国の窓辺

特段に何があった訳でもないのですが、アメリカ出張開始から既に5日が経過しました。

もっとも、あくまで出張であるため平日は宿と工場の往復ばかり。外に出るのは飯時くらいなものでしょう。
さらに付け加えれば、指定の宿が町の郊外にあるため、車がなくては食事にも事欠く環境です。
平日は同行の同僚達と出張コーディネーターの車で移動するため困ることはありませんが、休日になると途端に車社会の不便さが牙を向いてきます。
どこに行こうと思い立っても、歩道のない幹線道路をしばらく歩かないと何もない状況では、安全面からも安易な外出は推奨されません。
そんな状況では片言の英語でハンバーガーやステーキを食べて回る日々。休日もまだ遠出がままならないので観光には手が回ってないのが正直なところです。

とは言え、食事にも行けば買い出しもあるので、多少は出掛ける機会もあるというもの。観光地ではないため、まさにテレビや映画で見るようなアメリカの田舎町の風景を目の当たりにします。
宿の周囲の幅広で真っ直ぐな道に郊外型のチェーン店が連なる光景を起点に、ある方向へ向かえば碁盤の目のような街並みのダウンタウンに、あるいは町の外に向かえば広がる森かコーン畑がどこまでも続く空間に。
平野部でありながら人家も商店も禄にない空間がズラッと続くなど、日本では北海道くらいでしか見ない光景です。知識としては知っていても、実際に目の当たりにすると、そのスケール感に改めて驚かされます。
自動車が普及する以前ともなれば、隣町まで行くだけでも大仕事だったことでしょう。往年の駅馬車や鉄道の重要性、自動車の登場によるインパクトを考えさせられます。

広い国だけあって大きな車で旅行している連中を見かけることもちらほら。
来週くらいには、もう少しどこか観光らしいことをしてみたいものです。

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