FC2ブログ

月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


雨季うきの赤道越え・遺跡観光編

ようやく書けるインドネシア観光の後半戦の日記です。
ジョグジャカルタ市街を観光した翌日は、チャーターした車で郊外の世界遺産巡りです。


予約した車でホテルを朝の7時に出発し、自己紹介がてらの雑談を交えながら車は町の外側へと走っていきます。
ちなみにガイドさんは拙いながらも日本語ができる方です。
色々と日本語で話題を振ってくれてありがたかったのですが、問題は我々の方。雑談が得意ではないので、うまいこと盛り上がる受け答えができなかったのが、少々申し訳ない気持ちになってしまいました。
そうは言ってる間も車は着実に目的地へ向けて進み、気付けば1時間ほどで最初の目的地、ボロブドゥール寺院に到着です。

ボロブドゥール寺院は8世紀頃のジャワにあったシャイレーンドラ朝が建造した仏教寺院群。
王朝の衰退と火山の噴火で地中に埋もれていたものが、19世紀に発見され復興整備されて今に至ります。
2019_03@インドネシアツアー221 2019_03@インドネシアツアー224
特に思い入れのある場所でもないですが、世界遺産にも指定された有名な石像寺院群……ジョグジャカルタまで来て、見ずに帰る手はない場所ですね。
現在、周辺は国立公園として整理され、外国人の場合は現地民のガイドをつけるルールになっているのだとか何とか。
案内人を車でのガイドさんから公園のガイドにバトンタッチして、遺跡巡覧の始まりです。

ちなみにこちらのガイドさんも日本語のできる方。日本語話者の多さにこちらの方が驚かされてしまいます。
ガイドさんの説明は一昔前のオヤジギャグのような妙なセンスの冗談を交えながらも、わかりやすく親切丁寧な内容です。
天気も良好で雨季の観光としては、非常に良いタイミングでした。
特に興味深かったのは菩提樹の葉っぱの話でしょう。東南アジアの仏塔、ストゥーパの丸みを帯びた独特の形状は、この木の葉の先端側の形に由来するのだそうです。
言われてから、仏塔を見れば、確かによく似ています。
2019_03@インドネシアツアー244 2019_03@インドネシアツアー245
またこの寺院、階段ピラミッド状の構造をしているのですが、その最下層は建築当初よりも後の時代に拡張されたものなのだとかなんとか。
その証拠として、石垣の内側に建築当初の外壁だった部分に刻まれた精巧なレリーフが隠されています。
現在は意図的に基壇を切り崩した一角だけが、建築初期の壁面を見学できる箇所となっています。
ちなみに増築したのも遺跡が埋もれる前の時代。おそらくは傾斜が急すぎた為に、崩れそうになったのを補強したのだろうとのことです。
昔も今も、やらかすことは似ているものですね。

そんな感じで、階段ピラミッドを徐々に登りつつ、回廊を巡って遺跡の説明を受けていきます。
仏教説話をモチーフとしたレリーフの前では、日本でも有名な逸話を中心に掻い摘んでレリーフに描かれた内容を教えてもらいます。
ただし、レリーフの原本になったと考えられる書物は失われて久しく、厳密には未解明の内容が描かれたレリーフもあるのだとか。
2019_03@インドネシアツアー260 2019_03@インドネシアツアー272
また、悟りを開いた後に達するという無色界を模した最上段は、下段から一転してレリーフの無いスッキリとした領域です。
青空の下にストゥーパが立ち並び、まるで別世界のような荘厳な雰囲気がありました。

もっとも、荘厳と言えどもあくまで有名な観光地の範疇です。
あからさまに海外からの観光客だけでなく、現地の遠足と思しき子供の集団や、楽しげにピースサインして記念撮影に興じる仏僧まで。
種々雑多な人々が楽しげに、あるいは興味深げに遺跡を闊歩している光景は、宗教の聖地というよりはある種の遊園地のようでもありました。

ちなみに最上段のストゥーパ群から周囲に視線を移すと、今も噴煙をあげる雄大なムラピ山と、その膝下に広がるジャングルが望めます。
2019_03@インドネシアツアー276 2019_03@インドネシアツアー290
四周をぐるりと緑に囲われた様子は、この遺跡がジャングルの只中にあるのだと実感させられます。
往古にはこの遺跡自体も同じ緑の下にあったのでしょう。どうやって見つけたのやらと不思議に感じます。

ボロブドゥール遺跡はこの寺院を見学したら、公園内をぶらりと歩いて出口へ向かうばかりです。
南国の蝶や、遺跡上空を旋回する観光用軽飛行機を眺めながら、出口に辿り着けば、現地ガイドとはお別れです。
外で待機していた車のガイドさんと再び合流して、ボロブドゥールに付帯する小寺院の見学です。

1つ目はパオン寺院と呼ばれる内部が空洞の不思議なお寺です。
2019_03@インドネシアツアー309 2019_03@インドネシアツアー318
周囲は石畳も整備され、散策すれば居心地の良さそうな小集落を形成していますが、寺院自体はぽつねんとお堂だけが周囲から孤立したように建っていました。
周囲とのあまりの脈絡の無さ、そして内部にあるは空洞ばかりの異様な雰囲気、決して大きくはないハズですが強い存在感を感じてしまう寺院でありました。

続く2つ目の寺院は、こちらはちゃんと仏像が安置されたムンドゥッ寺院です。
周囲も公園として整備され、周辺で発掘された関連寺院の残骸も展示されるなど、パオン寺院と比較すれば遺跡らしい雰囲気のある寺院でしょう。
2019_03@インドネシアツアー330 2019_03@インドネシアツアー337
しかし、こちらの遺跡で印象的だったのは寺院以上に、その隣に生えた巨木です。
10人以上の人間が木陰に立っても、一切狭さを感じさせない圧倒的な大きさです。
加えて、その枝から垂れ下がる気根と、日本ではまずお目にかかることのない幹の太さが、遠近感を狂わせてきます。
最初に目にしたときには、そのずんぐりムックリな姿から巨木と認識できず、逆に人間の大きさに違和感を抱いてしまいました。
これも、ある種南国らしい光景と言えましょう。青い空と白い雲が映える光景でした。


ボロブドゥールを含めて3寺院を巡ったら、この一帯の観光はこれで一区切りです。
車はこの後、ジョグジャカルタ市街へと戻り、銀細工のお店と昼食のレストランを経由して、ジャコウネコのコーヒー“コピ・ルアック”のお店へと向かいました。
2019_03@インドネシアツアー357 2019_03@インドネシアツアー360
コピ・ルアックはコーヒー豆を食べたジャコウネコの糞を洗浄して回収した豆から作られる独特の香気をもったコーヒー。高級品として名高いジャワ島の特産品の一つです。
ちなみに件のジャコウネコは絶滅危惧種とされる希少な食肉目の動物ですが、コーヒー農場では糞が回収できる程度には出没しているのだとか。
また、お店でも展示用にケージに飼われていましたが……こちらの飼育個体からは糞を回収しないのだそうです。
なぜそんな非効率な作業をするのか、そもそも檻に閉じ込めて良いものなのか……色々と疑問が湧き出てきますが、あまり深く考えても詮無きことでしょう。

それはそれとして、お店の方曰くこのコーヒーのインドネシア式の淹れ方は、粉をカップに入れてお湯を注ぎ、粉が沈降するのを待ってからいただくのだとか。
現地式の飲み方で出されたコーヒーと、付け合せの黒砂糖を頂戴しながら、製法や味わいについてのセールストークを聞かされれば、手ぶらで帰れる訳がありませんね。
前の日はのらりくらりと抵抗しましたが、どこかで買おうとは思っていた代物でもあります。
折角なのでお土産用に粉をいくらか購入して、追加で振る舞われた2杯目のコーヒーを堪能したら、お店を発ちましょう。

コーヒー屋さんの次はお待ちかねの2つ目の世界遺産、プランバナン寺院群へと向かいました。
プランバナン寺院群はヒンドゥー教の寺院群。中心として公園整備されたプランバナン寺院を筆頭に、周辺には公園の内外を問わず大小様々なヒンドゥー教寺院の遺跡が残っているそうです。
2019_03@インドネシアツアー377 2019_03@インドネシアツアー416
遺跡群は16世紀の地震で崩壊後、そのパーツが建材として利用されたりしている状況だったのが、20世紀から修復が開始されて現在の状況に至っているのだとか。
プランバナン寺院の周囲にも修復を待つ小寺院だったものの残骸が、所狭しと立ち並んでいました。
2019_03@インドネシアツアー419 2019_03@インドネシアツアー429
こちらの寺院では専属の現地ガイドは特に無く、車のガイドさんがそのまま案内人となってくれます。
多くの石像が修復以前の時代に盗難され、現存するのは最も大きい中央のシヴァ神の像だけであることや、寺院の石組みは溝を掘って嵌め込む精緻な作りになっていることなどを教えていただきました。
しょうもないところでは、寺院の突端にはもう一つの“シン”である避雷針があることも、重要な豆知識ですね。
どこでそんなダジャレを仕入れてきたのか……そっちの方が余程興味深いのですが、聞き損ねてしまったのが惜しいところです。

プランバナン寺院を一通り見学したら、公園内に隣接する仏教寺院(!)のランブン寺院も見学です。
建造当時は仏教とヒンドゥー教が共存していたそうで、このように同時代の2つの宗教の遺跡が歩ける距離に混在しているのだとか。
どちらも多神教の宗教とは言え、はるか昔にそれほど寛容な文化が存在したことには驚かされます。
2019_03@インドネシアツアー459 2019_03@インドネシアツアー460
ただこちらの遺跡は10年ほど前のジャワ島中部地震の影響で、残念ながら少々無残な状態のままとなっています。
ネット上で古い時代の写真を探すと、復元されていた時代のものが見つかるだけに、残念ではありますが……それでも、精巧な石造りの寺院は見に来た甲斐のある光景でした。

そんなこんなで2つの世界遺産の寺院を巡ったら、時間もいい具合に夕方となったので車は終点のジョグジャカルタ空港へと向かいました。
空港で車を降りて、ガイドさんと別れたら後は飛行機の時間までお買い物タイムですね。
空港に隣接する駅まで走って、列車を撮影する一幕を挟みつつ、お土産を物色して搭乗時刻まで過ごしました。
2019_03@インドネシアツアー480 2019_03@インドネシアツアー487
余談ながら、搭乗時は折り悪くスコールの真っ只中です。
搭乗ゲートもないこの空港、濡れながら飛行機まで歩くのかと覚悟を決めていたのですが、相手は流石に現地の航空会社です。
対応も手慣れたもので、何食わぬ顔で搭乗者全員に傘を貸し出し、タラップの袂で回収する実に合理的な運用を見せつけられてしまいました。
お揃いの傘をさしてぞろぞろ歩く姿は、少し可笑しみもありますが、熱帯圏ならではの光景と思えば貴重な体験と言えましょう。


この夕暮れの便でジャカルタに戻り、この日は空港内のホテルで一泊。
翌日の早朝に成田行きの便へ乗り込んで、日本に戻る行程となりました。


日本への帰国は15時半頃のこと。
ここで宅配便の回収がある朔さんと別れ、帰路につくことになるのですが、手ぶらで帰るにはまだ日が高い状況です。
どうしたものかと思案しながら電車に揺られていると、絶妙なタイミングでヘク猫氏の「飲みに繰り出す」とのツイートを捕捉です。
そのまま、一緒にどうかと誘って、少々日本酒を嗜んでから内房へと帰る流れになりました。


そして月曜からは再び、過酷な年度末進行です。
どうにかこうにか、乗り切ったというべきか……乗り切ってないというべきか、ひとまず3月最後の週末を迎えることはできて現在に至ります。

雨季うきの赤道越え・市街地観光編

3月も佳境に入り、年度末進行がいよいよ容赦のない牙を剥く今日この頃。
呆れるほどに忙しい中でも、意地と根性で春分の日の飛び石連休を確保です。
4連休を錬成して、それなりに遠くへ行くことにしました。


そんな訳で「そろそろ赤道を越えても良い頃だ」と、行き先を南半球中心に選定します。
南半球と行ってもあまり遠いとのは困難ですので、概ね東南アジアからオセアニアにかけての地帯、具体的にはインドネシア周辺が第一候補です。
その中でも、当初はジャカルタやバリ島が候補に上がっていたのですが、最終的に目をつけたのインドネシアの歴史都市ジョグジャカルタです。
今なお、スルタンが知事として王宮に君臨し、周辺にはボロブドゥール仏教寺院群や、プランバナン寺院群のような世界遺産も点在する歴史と学生と観光の街です。
目指すべき旅行先としては、まさにうってつけですね。

そんな訳で3泊4日のジョグジャカルタ観光。久々にいろいろと書きたいことがあるのですが、時間がないので前後編になりそうです。
とりあえず、前半の2日間、特に市街地を巡った2日目の雑感録です。


出発前日の20日から蒲田に前泊して、21日は10時頃の羽田発のフライトで出国です。
フォロワーの朔さんと合流し、無事に出国手続きを済ませて、離陸から7時間程。気づけば赤道を越えて南半球の大都会、ジャカルタに到着です。

ジャカルタからはジョグジャカルタ行きの飛行機へ2時間の乗り継ぎになります。
国際線から国内線への乗り継ぎのため、入国審査に手荷物受取、税関通過と国内線のチェックインまで、2時間でクリアすべき動作が山積みです。
入国審査の待機列でヤキモキさせられる羽目になりましたが、どうにか搭乗時間には余裕を持って搭乗ゲートに到着することができました。

ジャカルタからジョグジャカルタまでは乗ってしまえば1時間ほど。同じジャワ島内ですし、大した近さです。
そんなこんなで、今回の目的地たるジョグジャカルタに着いたのは現地時刻で20時過ぎのこと。時差が2時間あるので、実質12時間の長旅となってしまいました。
2019_03@インドネシアツアー015 2019_03@インドネシアツアー016
降り立ったジョグジャカルタ空港は、まさかの搭乗ゲートもない開放空間です。
真夏のような熱気にアテられながら、建屋脇の誘導路を歩いて到着ロビーに向かいます。
どこまでがセキュリティゾーンで、どこからが公共のロビーなのか今ひとつわかりませんが……無事に荷物を回収し、両替も済ませることができたので、良しとしましょう。
ホテルに依頼していた車に乗り込んで、この日はもうホテルに直行といたしました。

この日のホテルはジョグジャカルタ中心部に近い外国人向けホテルの立ち並ぶ一角のもの。
奮発して、少しだけランクは高めにしてみたので、ロビーも回廊も草花で溢れるおしゃれな空間に迷い込むことができました。
2019_03@インドネシアツアー023 2019_03@インドネシアツアー032
なかなか素敵なホテルの一角のレストランコーナーでこの日は夕飯。とりあえずナシゴレンとビールで乾杯です。
ちなみにジャワ島はイスラム圏なので、基本的にアルコールは推奨されていません。
旅行中も外国人向けの宿屋周辺以外では、ほぼアルコールを見かけることがありませんでした。


軽く飲んだら、旅の疲れもあってすっかり寝込んでしまい、旅行は2日目を迎えます。
宿のルールに「ドリアン持ち込み禁止」が含まれていることに気づいてしまい、困惑です。
現地でもドリアンはかなりパワーのあるもの扱いなんですね……。
2019_03@インドネシアツアー047 2019_03@インドネシアツアー053
昨日に続いておしゃれレストランで朝食を摂ったら、この日はノープランの街歩き。
1日使い切る予定ですので、先も急がず気楽な限りです。天気も良好で一安心して、出発しました。

もちろん、ノープランと言っても、全く行くアテが無いわけではありません。
地図を頼りに目指したのは、今もスルタンが住まうという王宮“クラトン”です。
今も住んでいるとは言え、かなりの領域を一般公開に供しているそうで、ジョグジャカルタを代表する観光地でもあります。
2019_03@インドネシアツアー065 2019_03@インドネシアツアー068
慣れない町の歩道を無理くりに歩き、ベトナムでの経験を生かした勘と度胸で横断歩道を渡って、歩くこと30分ほど。
広々とした公園に行き当たれば、その真正面が目指すべき王宮でありました。
2019_03@インドネシアツアー081 2019_03@インドネシアツアー084
「ようやく」と言いたくなるほどの行程でしたが、本当の始まりは実はここからです。
この正面と思しき玄関は観光客向けの入り口ではありません。
仕方なしに地図を頼って王宮の周りを巡っていくものの、歩けど歩けど出会すのは出口ばかりで入口が見つかりません。
困ったものだと困惑しているうちに、親切な現地民に身振り手振りで道を指し示されて、ようやく殆ど真裏に位置する入り口を見つけて、中を見学することができました。

中では王宮に仕える方々が何やら詠唱か音楽かの実施中です。
読経のように聞こえるのですが、コーランの一説なのか、あるいは何か別の詩経なのか……残念ながら私にはわかりませんでした。
2019_03@インドネシアツアー092 2019_03@インドネシアツアー095
入り口の音楽(?)をしばらく眺めたら、その後は王宮内見学です。
もっとも、王宮ないと言っても基本的には屋外を巡り歩く形となります。
2019_03@インドネシアツアー102 2019_03@インドネシアツアー116
内部を見学できるのは一部の小屋に展示された宝物や、王宮に関する資料館くらいでしょう。
説明文もインドネシア語が主体ですので、何を意味するのか今ひとつ掴めなかったのが残念でした。
とは言え、常夏の国の建築物群、ふらふらと眺め歩いているだけでも、意外と退屈しないものです。
なんだかんだと数時間は内部を彷徨いて過ごしてしまいました。

ところで、こういう観光地でやってはいけないことの一つに、安易に客引きについていくというのがあります。
特に日本人に日本語で話しかけてくる類は、あまり歓迎すべきではない相手なので無視するか、逃げるのが上策とされています。
普段であれば、あまりこの手のミスは侵さないものなのですが……疲れていたのか、血迷ってしまったのか、やらかしてしまいました。
クラトンの出口でフレンドリーに声を掛けてきたおばちゃん、男2人連れと油断して受け答えしてしまったのが運の尽きです。
あれよあれよとなんとなく連れてこられたのは、王宮に仕える人々が住まうという区画です。
3000人近く住んでいるのだとか、料理人や警備員などの仕事があるのだと聞きながら、誘導されたのはコーヒーショップでした。
2019_03@インドネシアツアー135 2019_03@インドネシアツアー121
路地裏の趣のあるコーヒーショップでは、ジャコウネコの糞から作るインドネシア特産の特殊なコーヒーを取り扱っていました。
いつの間にかバトンタッチした店のおばちゃんは、真剣に製法の説明をしてくれた後にお菓子までくれる大攻勢です。
絵に描いたようなカモられ方をしてしまったなと自覚しましたが、時すでに遅しでしょう。手ぶらで帰るわけには行かなそうです。
言い訳代わりにコーヒーを一杯だけ注文し、雑談がてらにお土産用のコーヒー粉を勧めてくるおばちゃんに苦笑しながら撤収することになりました。
幸いにボッタクリ価格の店で無かったので、案内無しでは入らないような路地に行けた分、楽しい経験と言い張れますが……油断大敵と肝に銘じる体験となりました。

コーヒーショップの後は王宮を回り込むように市街散策です。
2019_03@インドネシアツアー146 2019_03@インドネシアツアー148
道中、どう見てもド派手な自動車のような外装をした自転車に遭遇したりしつつ……市街で方角を見失い、右往左往です。

後で気づいたのですが、迷子になったのはおおよそ昼頃のこと。春分の日近くに赤道直下で、お昼です。太陽が文字通り真上にあり、影は足元真下にしかできません。
普段、何気なく過ごしているようで、どれほど影の差す向きを基準に生きていたのかと、実感する機会となりました。
スマホがなければどうなっていたことか……怖いような、楽しみなような経験です。

それでも、どうにか王宮近くのレストランで昼食を摂れたら、次の目的地であるフレデブルグ要塞博物館へ到着することができました。
2019_03@インドネシアツアー157 2019_03@インドネシアツアー159
要塞博物館は、インドネシアの独立の歴史をジオラマと当時の品々で紹介した博物館です。
もう少し要塞要素があるのかと期待していましたが、それはそれ。それでもジオラマで再現された重要な会議や戦闘に、英語の説明板がつき、興味深く見学することができました。
かつての蘭領東インド、WW2では日本とも浅からぬ因縁があるだけに、彼ら視線での経験を知ることができるのはとてもよいものでありました。

ただし、ジオラマ見学から建屋の外に出てみれば、空は怪しげな曇模様です。至近距離で雷も鳴り始めて、これはスコールというやつでは? などと期待していたら、あっという間に雨脚が強まり、迂闊に歩けぬ有様になってしまいました。
インドネシアの雨季は一般に11月~3月の間なのだとか。それでも午前中は晴れることが多く、午後になると強烈な夕立になるのが雨季の特徴だそうです。
2019_03@インドネシアツアー170 2019_03@インドネシアツアー176
まさに教科書的な雨季のスコールを喰らわされたような状況ですね。
最初の1時間ほどは、処置なしとして博物館の軒先で雨宿りをしながら、ぼんやり過ごします。
こういう足止めも南国では一興。慌てる観光客や潔く諦める現地民を眺めながらぼんやり過ごせば、それはそれで旅情がありました。
もちろん、永久にここにいるわけにも行かないので、雨の小康状態を突いて、次は古い市場が残る地区へと移動です。
ベトナムや中国でも見たような、布製品を中心に様々な商品が所狭しと並べられた市場を、ぐるりと見物したら夕方も近くなってきたので撤退することにいたしました。

来た道を戻るように、再び歩いて30分ほど掛けてホテルのある界隈へ。
別段、散策した訳でも思い入れがある訳でも無いはずですが、外国人の多い界隈へ戻ってくると一息ついたような気分になってしまいました。
おそらくは似たような観光客が多くなり、なんとなく仲間がいる気分になるからなのでしょう、多分。

ホテルに戻って、街歩き装備を切り離し、一息入れたら夕飯――もとい、呑みの時間です。
ホテル外のバーに繰り出して、ベトナム以来の熱帯ビール体験を楽しみました。
2019_03@インドネシアツアー190 2019_03@インドネシアツアー193
選んだ店は大通りに面した開放的なお店です。夕闇に映える看板がひときわ素敵でしょう。
加えて、料理を注文すると、何故か店員さんが近隣の店舗から注文の品を持ってくるのも興味深いところです。
料理によってやってくる店が違いますから、この一帯で結託しているのかもしれません。

またその店員さん方も、オフシーズンもあってか、他に客が居ないので非常に暇そうな雰囲気です。
好き放題、音楽を流したりご飯を食べたりするのは全然構わないのですが……謎のミーティングが白熱し始め、話しかける雰囲気でなくなってしまったときは、流石に辟易してしまいました。
2019_03@インドネシアツアー195 2019_03@インドネシアツアー211
なんやかやで河岸を変えて2軒目でもビールを呑んだり、スコールで宿への帰路を妨げられてたりしつつ、22時頃に宿に戻り、就寝となりました。

生ぬるい空気の中で飲む冷えたビールは無限に飲めると思っていましたが、なかなかどうして、格別でした。
しこたま飲んだハズなのに、二日酔いにならなかったのも美味しく飲めた証左でしょう。


斯様な次第で迎えた2日目は、ガイドをチャーターしての世界遺産巡りですが――続きは後日に書きます。

香港的週末放浪

とにかく忙しいので、細かいことはすっ飛ばして本題に行きましょう。

諸々ブチ切れてしまい、バニラエアで香港行きのチケットを確保したのが運の尽きですね。
2016年の11月、フォロワーのあんこう氏を訪ねて軽率に香港へ飛んでから、早1年半が経ってしまいました。
あの時、去り際に放った「新居が決まったらまた遊びに行くわ」という約束、回収できないまま月日が経ってしまいましたが、この度ようやく有言実行の日が到来です。


有給を取得し、金曜日の朝から飛び立てば、15時頃に香港国際空港に到着です。
この日の日中は単独行動なので、即座に地下鉄に乗り込んで行動開始します。

手始めに向かったのは香港島の東側、筲箕灣から少しだけ歩いた先にある香港海防博物館です。
2018_06@香港旅行016 2018_06@香港旅行019
明代から現代に至るまでの海防の歴史を展示した博物館です。
建物自体が英国時代の堡塁を流用した構造で、丘の上に建つ少し天井の低い丸みを帯びた建屋が魅力的です。
2018_06@香港旅行0232018_06@香港旅行032
ちなみに展示内容は、立地が立地だけに主敵の殆どが日本です。
明清代には倭寇が最大の脅威、ポルトガルと英国が海辺を脅かす時代を挟んだと思ったら、再び英国と日本が睨み合う時代にひとっ飛びといった内容になっています。
それでも、往古の海防政策や英国の香港での苦労話も散見され、実に興味深い内容ではありました。

博物館の後は小腹も空いたので、適当な食堂で小腹を満たしておきましょう。
即席麺を戻して甘口カレーと和えたような“家庭的”な味の一品、美味しいのは間違いないのですが……エキゾチックさが足りないと言うべきか、ある種香港らしいと言うべきか……。
2018_06@香港旅行034 2018_06@香港旅行036
小腹を満たしたら、一転して夕飯の時間。あんこう氏に加えて、香港人のフォロワーであるMOKさんとも合流して、夕食会の流れです。
少し高めの中華料理店でビールを挟みつつ、お腹いっぱいになるまで担々麺や炒飯を味わったら、夜もいい時間になってしまいました。

帰りがけに屋外でビールを飲めるパブで軽くいっぱい引っ掛けてから、この日の宿となるあんこう氏のお宅へ向かいます。
2018_06@香港旅行045 2018_06@香港旅行083
香港郊外の高層マンションの一室、観光客的にはなかなか縁のないマニアックな場所に潜り込んだら、日本と変わらないような宅飲みをして、アニメを見て夜を更けさせていきました。


ゆるゆると起きる羽目になった土曜日は、あんこう氏の所用に付き従ってローカルな朝飯やから郵便局へと“土曜日らしい”雑務で幕開けです。
一揃いの雑務が済んだら、ローカルなミニバスに乗りこんで郊外からさらに町外れの西貢地区へと向かいました。
西貢地区は香港の町外れ、国際都市香港のイメージからは想像もつかない海と山に囲まれた自然豊かな地域です。
ビーチや海鮮を求めて、香港人が余暇を過ごしにやってくるような土地。なかなかどうして、現地民帯同ならではのチョイスです。
2018_06@香港旅行113 2018_06@香港旅行125
西貢の浜からはあちこちへの渡し船が運行されており、香港島の向こうに浮かぶ島々を巡ることができます。
なかにはユネスコのジオパークにも指定されており、火山地形が点在しているような島もあるだとか。
お出かけ日和の晴れ間の下、適当に声をかけられた船に乗って、南の島へ漕ぎ出すのも面白いですよね。
2018_06@香港旅行166 2018_06@香港旅行172
よくわからないまま、上陸した橋咀洲と呼ばれる島で、思いの外にキレイな海に感激したり、そのまま島を縦断するハイキングコースへうっかり踏み出したり……気ままに過ごしていれば良い時間になってしまいます。

渡し船で西貢へ戻ったら町並みをぐるりと巡りながら昼食探し。
2018_06@香港旅行205 2018_06@香港旅行209
船がひしめく海を眺めながらフィッシュ・アンド・チップスを食べて、次の観光地へと移動することにしました。

2つ目の観光地は無難に香港文化博物館です。
2018_06@香港旅行218 2018_06@香港旅行220
ブルース・リーを始めとした、香港ゆかりの文化人や、富豪の集めた文化財が展示されています。
ブルース・リーくらいしか見るものはないかと思っていたのですが、意外と見どころも多く、思いのほか長居してしまったのはよくある事象でしょう。

最後に、文化博物館から電車で一本の中国本土国境へも寄り道。特段の用事はないのですが、陸上国境に興味があった次第です。
2018_06@香港旅行223 2018_06@香港旅行225
なんとなく本土側へ入国し、軽くぶらついてから夕飯を食べて再度、香港へ。
本当に何しに行ったのかと言う風情ですが、こういう気安さで国境を超えるのも香港らしい経験ということにしておきましょう。

この後はまたあんこう邸に戻り、前日に引き続いて宅飲みで夜を明かしていきました。


日曜日は香港最終日、帰国の必要がある日ですが飛行機は夕方の便なので、午前中は少しばかり遊びに出かける余裕があります。
そういう次第で向かったのは、空港があるのと同じランタオ島のゴンピン360というアジア屈指の頂戴ロープウェイです。
ランタオ島の南側、天壇大仏や伝統的漁村のある一帯へアクセスできる観光ロープウェイです。
2018_06@香港旅行259 2018_06@香港旅行261
乗り場はいたって普通のロープウェイですが、驚くべきはその行先です。
海を渡って山を超え、もう一つ山を超えても、行き着く先は更に遥か彼方です。
片道20分強、アジア屈指は伊達ではない長丁場。空中散歩とはまさにこのことだと思わせる光景を眺めながら、ロープウェイの旅を味わいます。
2018_06@香港旅行272 2018_06@香港旅行273
海の方に目をやれば、珠江の河口を挟んでマカオへ繋ぐ計画だという高速道路も望見できます。
海を渡る高速道路と海底トンネルの組み合わせ、実質アクアラインですね。

そんなこんなで終点のゴンピンに到着したら、天壇大仏を見物です。
本当は漁村のある大澳地区まで足を伸ばしたいのですが、時間の都合もあるので妥協せざるを得ません。
いずれ、行ってみても良いかもしれませんね。
2018_06@香港旅行280 2018_06@香港旅行285
天壇大仏は世界最大の屋外大仏。建立開眼は1993年と比較的最近ですが、面白い観光スポットなことには間違いないでしょう。
造形が心なしか奈良や鎌倉の大仏と似ているのは、きっと文化が近いせいのハズです。
深いことは考えずにお参りして、周囲のお寺やお店も散策です。
最後に飲茶店で昼食を摂ったら、ロープウェイで引き返して空港へ向かう流れになりました。


無事に空港まで着いたら、あんこう氏と別れて、名残惜しくも出国の時間です。
残念ながら日本へ帰らなくてはいけません……。

重い足取りのまま飛行機に乗り込み、成田へと到って楽しかった週末は終りを迎えました。

そういう次第で諸々体力気力財力と、使い切ってしまった面もあり、当面は遠出の予定がない週末が続く予定です。
次の3連休は7月の海の日、無事に(精神が)生きていられるか……心配ですが、なんとかなるといいですね。

「賭博師は祈らない」を追って

久しぶりにGWが真っ当な連休となった2018年。異動して初めての好事と言えるかもしれません。
テンションが上ってしまい、うっかりと足元を見て高騰する国際線の航空券を掴んでしまいました。

当初の渡航候補はモロッコは世界遺産都市フェズ。初めてのアフリカ大陸か?! とワクワクしながら航空券を検索したのですが、残念ながら日程が噛み合わずに断念せざるを得ない結論に。
次に思い描いたのは東洋と西洋の交差点トルコはイスタンブール……でしたが、これもなかなかどうして手頃な航空券がありません。

なんとはなしにタイムリミットが迫る中で思い起こすのはとある格言です。
「第三善を戦場に送れ。次善は遅れる。最善はついに完成しない」とは、イギリスに防空レーダー網を気付いた技術者の言葉です。
予算内で飛べる興味深い都市は――と検索エンジンを叩けば、ヒットしたのが何の因果かイギリスはロンドンのヒースロー空港行きのチケットでした。

奇しくも去年から「賭博師は祈らない」が個人的大ヒット中。作中に描かれたロンドンにバースと、むしろなぜ思い付かなかったのかと不思議なほどです。
これは行くしかない流れでしょうと、即断即決して手配してしまいました。
航空券の手配は一大事ですね。


斯様な次第で迎えた連休初日の28日は秋葉原で大学の友人連中と昼酒をキメてから、その足で大阪へ。
そう、今回の便は久しぶりの関空発着便です……これが安かったんです、仕方なかったのです。
夕方から大学院時代の友人と合流して、夜が深まるまで積もる話を散らしながら飲み明かして、天王寺の宿で一泊。
翌朝は少しばかりお酒が残る頭で関空へと向かい、タイ国際航空のバンコク便に乗って外つ国へと飛び立ちました。

飛び来るタイはバンコクのスワンナプーム国際空港。ここでロンドン・ヒースロー便まで約9時間の乗り継ぎです。
折角なので小1時間ほど入管に並んで入国し、お外を観光としましょう。
バンコク市街まではアクセス鉄道で30分ほど。本数もそれなりに走っているので、安心して遊びに行けます。
2018_05@ロンドン等々045 2018_05@ロンドン等々055
空港アクセス鉄道の終点Phaya Thai駅近くに、在来線が見えるレストランを見つけたのでシンハーで一杯。
フライドライスは美味しかったのですが、本場のトムヤンクンは酸味と辛味とパクチーの強烈な味わいにアテられて完食できなかったのが心残りでしょうか。
程々に満喫したら、空港に戻って有料ラウンジに課金してシャワーを浴びてシャツでも汗ばむ真夏の如き熱気を流します。
一息着いたらいよいよロンドン便に乗り込む時間になりました。
2018_05@ロンドン等々073 2018_05@ロンドン等々080
10余時間の空の旅は最初だけ映画を見たものの、その後はひたすら眠って体調を整え、目覚めた頃にはイングランド上空を飛んでいる具合になりました。


さて、ほぼ丸1日以上かけて辿り着いた憧れの英国、入国審査を抜けて地下鉄に揺られロンドン市街に到着したのは午前11時の少し前と行った頃合いでありました。
到着して最初の感想は「寒い!!」の一言でしょう。高緯度地域とは言え、暖流の加護の下、比較的温暖なはずと認識していた西欧一帯。
降り立ってみれば降りしきる雨に強い風、吐く息は白く凍える冬の有様です。
現地民と思しき方々も寒そうにしていたことから、季節外れの寒さと認識できたことだけが救いでしょうか。
春先装備の私にとっては、外に長居する心も折れて、まずは朝食の確保も兼ねてカフェに入るより他にありませんでした。
ローストビーフのサンドイッチとミルクティー。観光客然としたチョイスながら、最高に救いを感じるひとときとなりました。
2018_05@ロンドン等々083 2018_05@ロンドン等々084
ティータイムで一息入れて正気と元気を取り戻したら、いざこの日の第一目的地にしてロンドンでの最優先目標、大英博物館へ向かいましょう。
路地を1ブロックほど専有する、中国の博物館もかくやと言わんばかりの大行列に並んで20分ほど待ったら、いよいよ世界最大級の博物館を見物です。
2018_05@ロンドン等々086 2018_05@ロンドン等々089
英国紳士が数百年掛けて世界中から掠奪した世界の至宝の数々です。
かの名高きロゼッタ・ストーンもその収蔵品の一つです。
3つの言語で書かれた石碑と認識していたので、もう少し大きいものかと思っていたら、随分と可愛らしいサイズですから驚いてしまいます。
こういうのも現地に行って実物を見てこそ知れる面白さでしょうか。
アジアから中近東、アフリカに到るまで世界中の古代遺産が目白押し。「教科書に写真が載ってた」と言いたくなるようなものが沢山ありました。
2018_05@ロンドン等々115 2018_05@ロンドン等々202
また18世紀“発展と好奇心の時代”をモチーフにした展示スペースもありました。ちょうど、「賭博師は(略)」の時代だなと関心しながら見物します。
この時代の博物学的な展示手法は、東京駅前にあるオシャレ博物館の展示手法にも通じるレトロ感を醸し出しています。
まさに博物館が博物学をしていた時代だったのでしょう。
なんやかやと17時近くまで4時間近く居着いてしまい、他の観光スポットに寄る暇もないまま夕飯時を迎えてしまいました。

仕方ないので、一旦は宿に荷物を置きに行ったものの、外は流石に高緯度地域だけあってまだまだ明るいです。
気付けば博物館でワクワクしている間に、外は天気も回復してきてキレイな夕日が期待できる空模様になっていますしね。
2018_05@ロンドン等々273 2018_05@ロンドン等々287
ビールを飲むにはまだ気分が乗らないので、夕景・夜景巡りに繰り出そうとテムズ川沿いへ向かい、無為に時間を潰して日が沈むのを待つことに致しました。
呑気に過ごしすぎて日没を見送った頃には時刻は21時過ぎ。一周回って夕飯を食うには手遅れな頃合いと感じ、宿のバーコーナーでビールを舐めて、この日は就寝となりました。


イギリス2日目の朝は宿に近いロンドン・パディントン駅から、名物の遅延する長距離列車に乗って少しお出掛けです。
向かうは西へ特急で1時間半ほどに位置するバースの街です。
2018_05@ロンドン等々308 2018_05@ロンドン等々313
バース行きの切符を手配したのは良いものの、電光掲示板を見ても今ひとつどれに乗れば良いのかわからなかったのはご愛嬌。
しばらく眺めてようやく、下段に停車駅が書かれていることに気付いたのですから、勘もだいぶ悪くなったものですね……。

この日は好転に恵まれ、車窓には長閑な郊外の光景が広がります。
さながら“世界の車窓から”のような風景を楽しみながら、あっという間の1時間半で下車駅、バース・スパ駅へ到着です。
2018_05@ロンドン等々321 2018_05@ロンドン等々329
バースははるかケルトの時代から温泉が湧出する土地として知られたイギリス有数の観光地です。
ローマ時代の温泉の遺構や、温泉が再開発された18世紀の歴史的街並みが合わさって、街全体が世界遺産にも指定されているイギリス屈指の歴史都市でもあります。

もっとも、ここを行き先に選定したのは「賭博師は祈らない」の影響の方。作中では3巻の舞台となり、18世紀のこの街を舞台に陰謀と賭博が横行します。
作中に登場した建造物や地形がそのままと言っていい状態で現存するのですから、これはもう立派な聖地巡礼ですね。

最初に向かったのは観光の目玉であり、地名の由来ともなったローマ時代の温泉。そのままズバリの世界遺産ローマン・スパです。
現在の大浴場を囲うデッキは近代にローマ風を意識して建設されたもの。ローマ時代には遥かに高いドームで覆われていたのだそうです。
2018_05@ロンドン等々356 2018_05@ロンドン等々445
ローマ時代の温泉施設はローマの衰退に伴って地中に埋もれてしまい、発掘されたのは17世紀頃のこと。
開放的に見える現代の大浴場も、往年には地上にあったそうですが現代では半地下と言った方が適切な水準にあります。
そんな地の下にはローマ時代の浴場遺構が今も埋もれており、一部は博物館として整備され見学することができます。
精緻なレンガ積みや排水路、壮麗な石工の神殿跡や故人が忍ばれる墓碑に呪いのタブレットまで。ローマ時代の息遣いを感じられる展示が多数並び、見応え充分な展示です。
流暢な日本語の音声ガイダンスも無料で貸与されるので、その気になればいつまでも古代ローマのロマンに思いを馳せることができてしまいます。
2018_05@ロンドン等々466 2018_05@ロンドン等々483
閑話休題。ローマ文明の偉大さに本題を見落としそうになってしまいますが、一応の目的は聖地巡礼です。
18世紀頃には再興され開発された温泉のいくつかが現役の入浴施設として再利用されていました。
作中でも度々登場し物語の転換点となる展開が繰り広げられたキングスバスは、本来は源泉が湧く場所でありローマの時代には聖なる泉でもあったとかなんとか。
解説や情報が混乱しているため、この遺構がまさしくキングスバスなのか、今ひとつ自身が持てませんが……英国貴族はここで湯浴みをしてた……そう観るだけでもロマンというものです。

ローマンスパから市中へ戻れば、昼食を挟んで街並み散策へ。
2018_05@ロンドン等々519 2018_05@ロンドン等々523
舞踏会や賭場の舞台となり町の再開発の象徴とされた“アッセンブリールーム”は、今も同名のままファッション博物館として現役です。
往年の栄華を見学できるそうですが、少々時間の都合もあってパスしたのは惜しいことでしょうか。

貴族のための集合住宅、ロイヤルクレセントも観光地の一つ。半円状に街路を囲った長大で壮麗な住宅はちょっと何を思って設計したのか謎ですね。
2018_05@ロンドン等々534_stitch
今でも現役だそうで、1号室以外は住人がいるのだとか。この辺の建物の耐久性の高さは冷涼で地震の少ない土地柄ならではといったとこでしょうか。

ちなみに1号室は18世紀貴族の生活を垣間見ることのできる博物館として整備されています。
2018_05@ロンドン等々541 2018_05@ロンドン等々549
優雅な生活を再現した調度品の数々から、往時を忍ばせる風俗画まで数多く展示されていて、これも興味深いです。
半地下の部分には最上級に裕福な家庭に置かれるという家政婦長の職位の部屋や、女中の寝所も兼ねた台所まで往時を再現して展示されています。
2018_05@ロンドン等々558 2018_05@ロンドン等々565
解説に曰く、当時の貴族のなかには本来の領地の屋敷とは別に、都市部においては集合住宅を保有して居住していた者もいたのだとかなんとか。
あまり想像できない概念ですが、文化が違えばそういうものなのでしょう。
集合住宅と言えど、広く快適そうな空間には驚くばかりです。

他にもバースの街は往年の街並みが随所に遺り、散策するには魅力は十分でしょう。
写真は取り忘れてしまいましたが、作中に登場した地名もしっかりと抑えて聖地巡礼もバッチリです。
2018_05@ロンドン等々591 2018_05@ロンドン等々647
エイボン川の水面でしばらく一息入れたら、夕飯時も近いので撤収することにします。

ロンドン近郊列車をぼんやりと眺めながら復路の特急列車でロンドンに帰着。
2018_05@ロンドン等々670 2018_05@ロンドン等々674
フィッシュ・アンド・チップスで一杯キメてから、宿に戻ってもうしばらくビールを舐めて、夜が更けるのを眺めていきました。


イギリス3日目はロンドンらしい観光をする日にすることに。
2018_05@ロンドン等々682 2018_05@ロンドン等々705
名前くらいは聞いたことのあるウェストミンスター寺院に、現在修復工事中のビッグベンとガイドブックでとりあえず観る光景を消化します。

また、イギリスと言えば大英帝国。19世紀末には七つの海に覇を唱えた海洋世界帝国です。
そんな訳で帝国戦争博物館も見学します。
2018_05@ロンドン等々725 2018_05@ロンドン等々732
WW1前夜の世界情勢から、現代にかけての軍事に関する展示が所狭しと並べられ、ミリオタなら一度は見学したい展示揃いです。
個人的な趣味としては特にWW1の展示が非常に興味深い限りです。
沢山写真は撮りましたが、あまり好き好んで公開すべき類のものではないかなと、思うところもあるので割愛します。

帝国戦争博物館の後は30分ほど街を練り歩いて、その分館に位置づけられる軽巡洋艦ベルファストを見学します。
テムズ川に停泊するWW2時代の武勲艦。アズールレーンで最強メイドさんとして一躍人気ものになってしまいましたし、いいタイミングですね。
2018_05@ロンドン等々830 2018_05@ロンドン等々835
WW2におけるイギリスの主要な作戦に参加した後、朝鮮戦争でも艦砲射撃を実施。その後も訓練艦として任務を全うして、今もテムズ川で英国海軍の栄光を伝える偉大なる艦艇です。
そもそも外洋航行用の船が川を航行できるというのが、日本では考えにくい概念ですが……テムズ川は可航河川、流石ですね。
2018_05@ロンドン等々908 2018_05@ロンドン等々954
艦内も比較的自由に見学でき、弾薬庫のハンモックや機関室、挙げ句は砲塔内部まで見学できてしまいます。
英国式海軍食堂があまり美味しそうに見えない色使いなのは、何とも流石だなと言った印象ですが……そんな日もありましょう。

戦争博物館とベルファスト、想定よりも興味深い展示が多く長居してしまい、気付いたときには16時を回っていたのは驚きです。
最後の本命、ロンドン塔も見学したかったのですが閉館はなんと17時半とのこと。受付でチケットを買おうとしたところ「あと1時間で閉まる、2~3時間はかかるからやめておけ」との何とも親切で大きなお世話な忠告を受けてしまいました。
押し切っても良かったのですが、入館料も29ポンドとなかなかいい額だったので、素直に従って外観からだけ見学することにしました。
2018_05@ロンドン等々1069 2018_05@ロンドン等々1074
「賭博師は(略)」の作中では、まだ博物館ではなく動物園として一般に開放されていた時代。19世紀に動物類はロンドン動物園に移されてしまったそうですが、当時を偲ぶ遺構は収蔵されているそうなので、やはり行くべきだったかも知れませんね。

代わりに余った時間でタワーブリッチの内部を見学です。
2018_05@ロンドン等々1059 2018_05@ロンドン等々1093
19世紀末の偉大なる建造物にして、巨大なる現役の跳ね橋です。
今では跳ね橋の機構そのものは電動化されているのですが、その建造当時の蒸気機関は現在でも稼働状態にあって見学することができます。
見るものを圧する鋼鉄の力、有無を言わせぬ蒸気機関の魅力を堪能することができるので、この見学も悪くないかもしれません。

タワー・ブリッジ見学を済ませたら、最後の夜は「賭博師は(略)」の1巻の舞台となったイーストエンド方面へと足を伸ばします。
ロンドン旧市街とも言うべきシティ地区の東の外れ、言うなれば下町といった風情の地区ですが昨今は再開発が進んですっかり新進の町並みになってしまい、ガイドブックでもイチオシの観光スポットになっているこの一帯。
それでもふらりと歩いてまわれば……なぜかどこでもドアがあったのは、未だに理解が追いつきません。
2018_05@ロンドン等々1112 2018_05@ロンドン等々1118
ちょっと薄汚い石畳の路地と酒場、暗い時代の面影を感じるようですが、いたって陽気に酒が酌み交わされていたので現代は本当に治安がいいですね。

帰りは少し回り道をしてキングス・クロス駅やパディントン駅の裏手の運河を巡りながら宿に戻りました。
2018_05@ロンドン等々1128 2018_05@ロンドン等々1136
欧州は運河の文化の地域。大陸だけでなくイギリスでも内陸に運河が張り巡らされているとは物の本で知っていましたが、実際に目の当たりにすると、やはり物珍しい感じがします。
船でできた本屋や飲み屋、船上居留民の実在も確認して、世界の広さを思い知らされます。


そんなこんなで4日目最終日はイングリッシュ・ブレックファーストを食べたら、そのまま後ろ髪を引かれながらもヒースロー空港へ。
2018_05@ロンドン等々1140 2018_05@ロンドン等々1150
来た道を戻るように、バンコク経由で関空へと帰りました。

関空から少し寄り道して、大阪城公園にてフォロワーのAliceさんと餃子フェスでちょい飲み。
2018_05@ロンドン等々1154 2018_05@ロンドン等々1155
新幹線に乗って静岡の親の実家で残りの連休を過ごして、過酷な連休明けを迎えることになりました。


連休明けからフル稼働で元気にお仕事……信じ難い社畜根性にやはり馴染めないものを感じて今に至ります。

越南遊興の話

出張やら何やらが重なって、日記にや何やらも後回しになる今日このごろ。
話は遡って、色んなことが一段落し、しばらく自宅に滞在していた11月初めの話。文化の日の3連休が好都合を積み重ねて4連休にしてしまったので、少し遠くまで行ってきました。

以前よりフォロワーの朔さんと「アオザイが見てみたいね」って話をしていたところに、降って湧いたこの4連休チャンス。
あっという間に飛行機の手配も済んで、あれよあれよと話がまとまり11月3日文化の日に飛んで行ったるは首都ハノイです。

今回は友人同行の都合もあって、宿泊先も少し安全に中級のホテル。
ハノイ、ノイバイ空港から市街地への移動もホテル手配の送迎車で楽々と済ませてしまいます。
そんな訳で、チェックインを終えたら、ウェルカムドリンクと簡単なハノイ市街の過ごし方レクチャーでベトナム旅行の始まりです。
レクチャー内容は端的に言えば「迂闊にタクシーに乗るな。無思慮にツアー会社を選ぶな」といった海外旅行のイロハみたいな内容が大半だったのですが、興味深かったのが“車道の渡り方”。
そもそも、そんな内容がある時点で新しい概念なのですが、大雑把に言えば「バイクは途切れないから、少ないと思ったタイミングでゆっくり堂々と歩け。焦って立ち止まったり駆けたりするとかえって危ないぞ」と言ったとこ。
開き直っていると言えば、そうとも取れますが、郷に入っては郷に従え。うっかり駆け出さないよう心に誓って、夕飯を探しに飛び出しました。
2017_11@ベトナムあおざい010 2017_11@ベトナムあおざい011
ホテルが所在するのはバックパッカー向けの宿なども点在するハノイ旧市街の路地の一角。周囲には外国人向けの安飯屋や宿、旅行店が点在し雑然としながらも安心感のある空気を醸し出してます。
この旧市街は近場に仏領インドシナ時代に建てられた教会なども所在する歴史深い地域。曰く1000年以上、ベトナムの各王朝が首都を置いた街の街区を引き継ぐのだとか何とか。
立ち並ぶ建物こそ後世のものですが、入り組んだ街区などは古から大きく変わってないのかもしれません。
2017_11@ベトナムあおざい016 2017_11@ベトナムあおざい025
ところで、到着したのは13時過ぎですが空港からの移動やらチェックインの手続きやらを済ませていたら外に飛び出したのは16時近くのこと。
あまりのんびり観光もできないのですが、夕飯を食べ始めるには少しばかり早い時間。折角なので歩いて10分ほどの距離にある「ベトナム女性博物館」を見学することにしました。
2017_11@ベトナムあおざい029 2017_11@ベトナムあおざい034
女性博物館はその名の通り、女性の博物館。ベトナムを構成する各民族の婚姻から出産育児に関する習俗、紛争時代の女性の活躍や、平穏な時代の民族衣装とか祭祀の文物が展示されています。
水の女神を祀るお酒の祭壇や、ベトナム戦後を代表する衣装、アオザイの時代とによる変遷などは色んな意味で見応えのある展示でありました。

女性博物館をぐるりと巡って外に出れば17時を過ぎた頃合い。夕飯を探しに巡るにはいい時間帯ですね。
活気のある市街を気ままに歩きながら、ひとまずはホテルのフロントのお姉さんに教わったお店を目指します。
2017_11@ベトナムあおざい066 2017_11@ベトナムあおざい072
そのお店とは、夕飯が出る類ではなく“Cafe Ginag”なる喫茶店。カフェオレのミルクの代わりにコンデンスミルクと卵白をつかった「エッグコーヒー」なるベトナムコーヒーを最初に出したお店なのだとか。
出てきたのはコーヒーの上にドンと白いものが乗ったとっても甘い食べ物。ティラミスを食べてるような不思議な味わいでしたが、美味しかったので良いものを知った気分でした。

デザートのようなコーヒーを飲んで一息ついたら、夜の市街地で今度こそ夕食の時間。
2017_11@ベトナムあおざい077 2017_11@ベトナムあおざい082
バックパッカー向けの店が立ち並ぶ一角で、フォーを食べながらビールを傾けて、ようやく東南アジアらしい一息がつけました。

また、宿への帰路では各所の祠や寺院の前での路上演芸にも遭遇します。
2017_11@ベトナムあおざい091 2017_11@ベトナムあおざい110
何やら祭壇のようなものを設えて、歌ったり演奏したり踊ったり……ちょうど秋ですし、何か秋祭りのような祭祀があるのか、はたまた年がら年中やっているパフォーマンスの一環なのか……その辺の事情まではわかりませんが、通りがかりに聞く現地歌謡や民族楽器の音色は旅情を掻き立てるすばらしさがありました。


明けて土曜日は、予約しておいた日帰りハロン湾ツアーに参加するため、朝からホテル前に迎えに来たバスに乗り込んで一路東方のハロン湾方面へ。
2017_11@ベトナムあおざい130 2017_11@ベトナムあおざい140
「Tuan chau国際マリーナ」まで着いたら、ここで他のバスの乗客とも合流し、クルーズ船に乗り換えです。
比較的整備の行き届いたキレイな船で一安心。これで風光明媚というハロン湾に漕ぎ出し……ふらいんぐうぃっちの聖地巡礼ができます!
ハロン湾はふらいんぐうぃっちの作中、“お姉ちゃん”が不穏な薬で世界中を白黒にしたり何やら無茶な交渉で現地民から船を借り受けたりと、自由人ぶりを存分に発揮した舞台。
我々はそこまで自由人ではないですが、曇天の空のもとでも存分に楽しませてもらいます。
2017_11@ベトナムあおざい172 2017_11@ベトナムあおざい185
基本的にはあくまでクルーズ、食事でもしながら湾内を巡るのですが、アトラクションとして水上居民のバンブーボートによる洞窟探検も。
竹編みの籠を漆喰のようなもので水密処理し、木組みで座席を付けた底浅の船に乗り、現地民の手漕ぎで漁村周辺の洞窟を巡りました。
船が揺れるわ、同乗する別グループもあるわで、おちおちカメラを外に出すことも憚れる状況でしたが、景色としては絶景そのもの。非常に楽しい時間。乗降に利用した何もない水上に唐突に現れる桟橋も含めて、非常に面白いものを見ることができました。
2017_11@ベトナムあおざい2452017_11@ベトナムあおざい248
その後は再びクルーズ船にて、別の島に向かい鍾乳洞を見学。種々の生き物や人間に見える鍾乳石などを眺めながら洞窟を通り抜けて、船に戻りアフタヌーンティーを味わいながら国際マリーナへと舞い戻ってきました。
2017_11@ベトナムあおざい318 2017_11@ベトナムあおざい336
本土に再上陸した頃にはすっかり日も傾き気味。バスに揺られてハノイに帰還した頃には21時半を過ぎており、もはや近場の飯屋で夕飯を食べて寝ることしかできない有様でしたが……充実した土曜日に感じました。


ベトナム3日目の日曜日は、一転してハノイ市街を観光する日です。
ひとまずは官庁街にして博物館類も集積するディエン・ビエン・フー通りの方面へ進みます。
幸先よく踏切でベトナム国鉄とも遭遇です。
2017_11@ベトナムあおざい344 2017_11@ベトナムあおざい351
列車が過ぎ去ってから線路を見れば、驚くべきことにそこには路地が広がります。
「世界の車窓から」などで見たことはある線路が生活の場となっている光景、実在するのは知っていても、まさかこれほど不意に目の前に現れるとは思ってもみませんでした。
エキゾチックな光景、テンション上がりますよね。

踏切の先をしばらく歩けば、建国の祖ホーチミンの廟に行き当たります。
この日は工事中のため、側面には青い足場が設置中。滅多に見れない珍しい光景と認識しましょう。
2017_11@ベトナムあおざい360 2017_11@ベトナムあおざい368
裏手では廟を守護する儀仗兵の交代風景にも遭遇です。白い軍服で颯爽と行進していますが、待機中は楽しげにふざけているのも見てしまいました。

ホーチミン廟の裏手からは文化財として名高き一柱寺に至ります。
2017_11@ベトナムあおざい372 2017_11@ベトナムあおざい390
そう言えばベトナムも仏教徒がいる国なんだっけ……なんて、マヌケなことを思いながらも、お寺に参拝したら、その足のままさらに隣接するホーチミン博物館へ。
2017_11@ベトナムあおざい3922017_11@ベトナムあおざい393
建国の祖にして革命の闘士、ホーおじさんの来歴とベトナムの活動を表現する博物館。入ってすぐの後光を背負い、雲を棚引かせる仏像的ホーチミン像が印象的です。
展示内容的には少々抽象的ながらも、仏印時代の地下活動から始まる革命運動の資料が年代を追って展示され、ベトナム政府的な世界の見方を知る良い勉強になりました。

ホーチミン廟界隈から少し街を歩いて昼食を食べたら、続いては軍事博物館へ。
ベトナムと言えば歴史時代の中華帝国の脅威に始まり、近代以降もフランス、日本、アメリカ、中国と並居る強国の侵攻を経験し常に頑強に抵抗してきた武闘派の地域です。
軍事博物館もその凄みを遺憾なく発揮し、古代中国風の武装から始まって、各国の鹵獲兵器や手作りの罠に蛮刀、火器(!)、そしてソ連から支援された正規軍兵器と、バリエーション豊かな装備品を展示してありました。
2017_11@ベトナムあおざい434 2017_11@ベトナムあおざい486
見たものを伝えようとすると、それだけで何十枚もの写真が必要そうな充実の展示ぶり。
ランドマークとなる阮朝時代以来の旗塔や、外に展示されたソ連製軍用機とアメリカのA-1スカイレーダーさんだけでも資料館が成り立ちそうな程ですが、これが前座にすぎない充実ぶりに感嘆しながら、長々と居座ってしまいました。

ちなみに軍事博物館の隣は世界遺産のタンロン遺跡です。かつては歴代王朝が首都を置き、現政権下でも長く国防拠点が置かれていた土地なのだとか。
2017_11@ベトナムあおざい490 2017_11@ベトナムあおざい518
床下には過去の王朝の遺構が眠っているとも言われるそうですが、今回訪れた印象は一言「アオザイ!」といったところでしょう。
何故か大学生~大学院生と思われる着飾った男女が大量に跋扈し、そこここで記念撮影をしています。
角帽姿の人や学位記らしきものを掲げてる人も居たので、恐らくは学位授与式やそれに類するイベントの後だと思うのですが……卒業には時期が合わず、本当のところはわからないです。
ただ一つだけ言えるのは、日本で言う晴れ着感覚でアオザイを着た女性陣が遺跡中で記念撮影している状況、到底落ち着いて遺跡見学などできる訳がありませんでした。
これはこれで非常に良い光景ではあるのですが……叶うなら時期を改めて見学に来たいところでありました。

タンロン遺跡の見学を終えた頃にはこの日も17時を過ぎた良い時間に。訪れた箇所こそ少ないですが、いずれも半日は見ていられる充実の展示内容で、満足感の高い日中を過ごして夜を迎えます。
日の暮れた旧市街に舞い戻ったら、この日も道端では屋外演劇やら、路上演奏やらに遭遇できます。
京劇に似た衣装の伝統演劇は、言葉こそわからないもののド派手な装束が既に面白いうえに、大仰な動作で悲喜のニュアンスもなんとなく伝わってきて見ごたえがあります。
2017_11@ベトナムあおざい604 2017_11@ベトナムあおざい617
また、さらに歩けば見事なバンド演奏に行き当たりました。
ボンゴのようなドラムとギターに、サックスかバイオリンの演奏のパフォーマンスは、軽快な音楽が都会の喧騒やぬるい空気と混じり合って最高に居心地の良い空間を演出します。
いつまでも居たいような空間。気付けば近くの露店に腰掛けて、瓶ビールを注文。クラッシュアイスを入れたグラスに注ぐスタイルで、エビせんをアテに、文字通り“腰を据えて”演奏見物の体勢です。
結局この夜は23時過ぎの夜市解散の時間まで、この路傍の飲み屋で演奏見物。途中、他のお店のお客がボーカルで乗り込み、カラオケ大会を初めたりと、雑で面白い展開も挟みながら、心いくまで「東南アジアの夜」を満喫することができました。
恐らく、お酒を飲むシチュエーションとしては人生屈指の美味しい状況だったと言えるでしょう……また、いつの日か、やりたいものです。


悲しいことに帰国しなければいけない月曜日は、最後の締めにとホテルのフロントのお姉さんイチオシの“ココナッツコーヒー”を飲みに行くことに。
ココナッツコーヒーはその名の通り、ココナッツをコーヒーフロートのようにコーヒーに乗せた代物。
よく冷えたココナッツは甘いアイスのような味わいで、コーヒーの苦味とよく合い、非常に美味しい逸品です。
街場のカフェで美味しいコーヒーを飲む(食べる?)午前、これもまた贅沢です。
2017_11@ベトナムあおざい621 2017_11@ベトナムあおざい626
その後はお土産物屋を求めて、ふらりと街を歩いてからホテルに戻り、車を手配してもらって空港へと帰国の途に就きました。

余談ながら、この後がちょっとした運試し。結論から言えば何も問題なかったのですが、カメラの持ち出しにだいぶ緊張する羽目になってしまいました。
と、言うのも、実はベトナムでは入国時に税関検査に“高額な電子機器の持ち込み”を申告する必要があります。
デジタルカメラとかノートパソコンは代表的な申請対象であり……つまりバッチリ持ち込んでいるのに、うっかり申告せずに入国していた次第です。
ベトナムでは出国時の手荷物検査が持ち出し側の税関検査も兼ねており、万が一にも指摘されると罰金や没収の可能性まである状況。
個人使用の場合には申告不要とする解説もありますし、厳密に言えば今や世界中の人間が所有する携帯電話も申告対象。
観光政策的にも、現実的な検査量から言っても、余程不穏なことがない限りは一々チェックしない訳ですが、目立つ代物だけに少々気がかりな出国検査を味わう羽目になってしまいました。
次回からはもう少し安全側に振って挑みたいと思いつつも、出国さえしてしまえばこちらのもの。後は堂々と北へ飛び立ち、羽田に帰還することができました。


そんなこんなで久しぶりのちゃんとした旅行。ブラブラと街をめぐり、カメラを振り回すのは本当に楽しいです。
……が、気付いたら忘年会や冬の行軍を考慮に入れないといけない時期。また、あまり遠出ができない季節が来る前に、次は紅葉とか観に行きたいところです。

 | ホーム |  »»

カレンダー

« | 2019-04 | »
S M T W T F S
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -

中の人について

molmol

Author:molmol
連絡先:aria_freak@ホットメール、mixi


社会的圧力に負けて働き始めた巫女好き提督。2年かけて回復したSAN値を瞬く間に失い、工場街のおんぼろアパートでサバイバルなう。

何かにつけて神頼みする近所のお稲荷様に感謝

個人的リンク

私が勝手に(無断で)貼ったリンクもあります……。 どうか、ご配慮願います。

分類……してないなぁ?

"兵站"内の探し物はこちらへ

月別ログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2Ad