月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


水の都の観光紀行

初めてARIAを読んだのは高校生の頃。アニメ化されたタイミングで書店で平積みにされていたのを何気なく手に取った記憶があります。
それ以来、その素敵な世界観と入り組んだ町並みの描写、優しい物語に心奪われ、本を買いグッズを買いずっと追いかけていました。
アニメも原作も大団円を迎えた後も、ずっと大事な作品として心に残り続けて長い時間が経ちました。
一昨年くらいから、アニメ化10周年と称して劇場版新作の公開や新規のイベントの開催、原作の“完全版”の刊行など、諸々の活動が再び始まり「あの頃のファンが小金を持つ年頃になったから、収穫に来た」などと嘯きながらも、結局はまた貢いでしまう今日この頃。
先日もようやくARIA関連のイベントに初めて参加しショーロ・クラブの生演奏を堪能したりしていましたが、いよいよもって機は熟したと言えるでしょう。

出張案件で失われた先の連休分の代休を確保し、何やかやで独身貴族の果てに小金も貯まってきた5月半ば。
海外旅行にも徐々に慣れてきて、ようやく遠出する度胸も備わってきましたし、一念発起して念願だった聖地ヴェネチアに渡航するなら今を置いて他にない程の好機が到来しました!


初めての渡欧に、いつにも増して準備は入念に。ガイドブックで予習をしたり、同じ土地に3泊もする余裕をもたせた日程を組んだり、種々の予備品も多めに揃えたりと、未だかつて無いほど慎重な手配を重ねて、いざ出発です。
成田空港からアブダビ経由のエティハド航空を利用して、ヴェネチア・マルコ・ポーロ国際空港へ約20時間の道程です。
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途中、窓のない“窓際席”を割り当てられたり、アブダビで預け荷物だけ足止めを喰らいイタリアに届かなかったりと、多少のトラブルは有りましたが、体とカメラは無事に目的地に到着です。

空港からはヴェネチアへ向かう路線バス、水上バス、水上タクシーが利用可能。水上バスとタクシー、乗り場が殆ど同じで若干紛らわしいですが、値段が段違いなので間違えないように注意して乗りましょう。
ヴェネチア内での目的地により路線が違うようですが、駅方面へ向かう水上バスはマイナー路線なようで乗船したのは私一人です。
小船を独占して大きな澪標に守られた航路を進むこと40分ほど、数え切れないほどの水上タクシーに追い抜かれながらも、いざ憧れの水の都に到ります。
そう、入り組んだ水路に迷宮めいた路地と密集する住居群、ずっと憧れていた街に到着です。
「サンタ・ルチア駅の近くで降ろして」と伝えたものの、降ろしてもらったバス停からサンタ・ルチア駅の方向が杳として知れません。不本意ながらもgoogle mapに頼りながら駅へ向かい、紙の地図や水上バスのきっぷ調達に向かいます。
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無事に駅にて必要な品々の調達を済ませたら、紙の地図頼りに街歩きの始まりです。
到着早々に出くわすは日用品を積み込んだ小船さん。車両の進入ができないこの街で、日常の足も荷役も船が主力になるとは聞いていましたが、到着早々にもう遭遇です。
時差ボケも眠気もふっ飛ばして、テンションは初っ端から最高潮。折角、72時間も滞在時間を確保したのですから「急ぐ旅ではない」を合言葉に、贅沢に非効率にARIAらしく巡ります。

小道を抜けて広場を巡り、地図と勘を頼りに行き当たりばったりな博物館巡り。道中にはもちろん写真を撮るのですが、大体どこを切り取っても絵になるのが凄いですよね……。
あれこれと順序も何もなく巡ったので、どこで何に遭遇したのかも曖昧なレベルです。
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強いて重要な箇所といえばボーヴォロ階段でしょうか。ARIAの作中で幾度となく登場し、特に魔女ベファーナの話や劇場版の終盤でのシーンが印象的でしょうか。どちらもアテナさんに絡む話です、とても大事です。
一部の観光サイトでは閉鎖中との情報になっているのですが、私の訪れた2017年5月は公開中。入場料こそかかりますが、中からの眺望も満喫することができました。

他にも階段と水路が建物に突き刺さった何気なくもワクワクするような路地から、ドゥカーレ宮殿と牢獄を結ぶ“ため息橋”の中からの眺望まで、内も外も溜め息ものの景色ばかりです。
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印象としては、どこのお店も雑な英語が通じ人当たりも治安も良好、多様でいて小金を持ってそうな通行人の多さから、あたかも一帯全体がテーマパークかのように感じました。

そんなこんなで適当に散策を続けてサンマルコ広場に至れば、水浸しの光景に遭遇してしまいます。
ヴェネチアの晩春の風物詩といえば、季節風による高潮“アクア・アルタ”。現地にとっては建物を傷め交通を阻害する厄介な現象ですが、それはそれ。
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すっかり終わった頃合いかと思っていたのですが、ごくごく小規模なそれが偶然にも発生していたようです。
夕方にはすっかり水が引いていたので、ほんの数時間ばかりの束の間の余韻でしょうか。
青空に水鏡が映えるサンマルコ広場は、まさにARIAの世界のように素敵な光景でした。

他にもこの72時間の滞在、世界中どこにでもあると聞く中華料理屋のエキゾチックな風格から、水路に杭を施工する重機船。
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路地に翻る洗濯物に、救急車ならぬ救急ボート。
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広場でサッカーに興じる現地の子供の賑わいもあれば、閑静な緑の回廊のような光景も。
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夜も素敵に色付いて、絵になる情景。
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毎日、朝から晩まで歩き回っても、一向に飽きないほど素敵な景色に数多遭遇することができました。


素敵な風景巡り以外にも、行き会った先々では、初日にサンマルコ広場周辺の博物館群にてヴェネチア共和国時代から収集された美術品や考古品の見学。
2日目にはガラスで有名なムラーノ島でのガラス博物館の見学に、ヴェネチア各所にパビリオンが設けられた芸術祭“ビエンナーレ”の展示物の見物。
3日目も海軍博物館、ユダヤ博物館、自然史博物館での見学と、種々の見学施設も巡って見るべきものも見て回っています。
特に自然史博物館は足跡化石や先カンブリア紀の古生物の化石、前世紀の探検家の収集した民俗資料から“博物学”が隆盛だった時代の標本類まで。この街が文化芸術的な方向だけでなく、科学的な好奇心まで満たしてくれることを教えてくれる充実の展示軍に出迎えられ、言葉にならない感激がありました。


また余談ながら、宿泊地はヴェネチア本島から離れてリベルタ橋を渡ったイタリア本土のメストレ地区にとってありました。
往復はイタリア国鉄で片道2駅10分ほど。本数も多く、かなり遅い時間まで電車が走っているので気楽なものです。
初日だけ、間違えて一駅手前で降りてしまい……少し焦る羽目になりましたが、それはご愛嬌。
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事前情報として、メストレ地区はヴェネチアとは雰囲気が違うと聞いていましたが、なるほど少し緊迫感のある風景です。
ただ、ホテルは親切で清潔。駅からの道中も見掛けの印象ほど物騒なわけではなく、夜に酔って宿に向かっても問題ありませんでした。
本来的には夜道を1人で歩く時点で、あまり褒められたことではないのかも知れませんが、ずっと祝祭都市にいるよりも返って面白かったのかもしれません。
後から知ったところでは、メストレ駅からメストレ地区の中心市街を経由してヴェネチアへ向かう路面電車もあった様子。ガイドブックにも観光地図にも載ってなかったので見落としてましたが、次があれば乗ってみたいところです。


そういう次第で脈絡なく過ごした3日間。常に移動が前提の私にしては、異例の旅のやり方でしたがヴェネチアですから仕方ありません。
4日目、帰りの日も名残惜しさにメストレから直行のバスではなく、一旦ヴェネチア島に入ってから空港行きのバスに乗車して街を後にします。
後から思えば、ブラーノ島などまだまだ行き足りない箇所も多いのですが、次の機会に繋ぐ希望が残ったと思えば前向きにもなれると言うものでしょう。
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来た道を戻るようにアブダビ経由で成田空港に戻ったのは今週の火曜日のこと。
ちなみに復路は荷物がちゃんと届きました。
その後はたまたま休みが重なったフォロワーの憂月さんと合流し、東京下町でもつ焼きとビールの会。帰国早々に日本的な怠惰を味わいつつ、日常へと復帰することになりました。


旅行が好きになってから、いつかは、そのうちは、と考え続けて10年あまり。多くの行動派の友人に先を越され、ときには「早く行けばいいじゃん」と背中を煽られながら時間が過ぎて、ようやくに念願が叶った3日間でした。
これで一つ、大きな目的地が達成されてしまい、この先暫くは次の目的地選定に頭を痛めそうですが……それ以上に、日常に復帰するのがまず第一の課題です。
大変だ。

香港狂騒曲

11月も気付けば半ば。年の瀬も迫り、忘年会の算段が必要な季節ですね。
この時期になると、普段はあまり会わない人と、会う機会ができるのが嬉しいものです。

普段会わないといえば、遠方にいる友人知人も会いにいくのが手間というもの。
その最たるものはやはり海外の相手でしょうか。なかなかどうして、海外まで行くとなると時間も手間もバカになりません。
ところでまだ一ヶ月ほど前ですが、フォロワーのあんこう氏が香港に転勤してしまいました。

まだ一ヶ月……“久しぶりに会う”というには大した期間でもないですが、ちょうど折よく連休が確保できたので、行き先の選定としては申し分がないでしょう。
そんな次第で、ちょっと香港の方に行ってきました。


始まりは金曜の深夜から。飛行機の時間の都合から、始発の高速バスでもチェックインに間に合わないので、前乗りで空港泊です。
関西空港に野宿して以来の外寝ですね。羽田は四六時中飛行機が飛び交い、終夜営業の飲食店等もあるので思ったよりも人がいます。
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展望台にあがって煌めく空港灯や飛行機を眺めていたら、寝床の獲得競争に遅れを取ってしまったのは痛恨事でした。
それでも、夜の羽田がこんなに面白いと知っただけでも儲けものでしょうか。

3時間ばかりの仮眠を取って搭乗手続きと出国審査を済ませたら、朝ごはんを確保して6時半過ぎに離陸していざ南西方面へ。
寝不足が効いて、飛行機内で爆睡して気付いたらもう到着です。未だかつてないほど“マシ”な飛行体験ができました。
香港国際空港に降り立ったら、あんこう氏と合流して市街地行きのバスに乗り込み、大陸側の繁華街がある九龍地区へ向かいます。
道中から既に音に聞こえし高層ビル群が出迎えてくれて、すっかり田舎の景色に毒されている私はワクワクしてきます。
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市街について街路に降り立てば「映画で見たことがある!」と言いたくなる看板群。聞くところによると、近年は随分と控えめになってしまったそうですが、なかなかどうしてエキゾチックな光景です。

九龍地区の中心部、尖沙咀界隈で昼食を摂ったら、対岸の香港島へフェリーで移動。
このフェリー航路は前世紀から運行されている歴史ある航路なのだとかなんとか。
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夜景で名高きビクトリア・ハーバーの摩天楼を望みながら、船はせっせと海を越えて行きます。
今回は香港に行くこと自体が目的だったので、着いてしまえば何をするかも考えてなかったのが正直なところ。
とりあえず定番どころを……と香港島に足を向けたつもりでしたが、フェリーを降り立つと目の前に「海事博物館」なる興味深い文字列が。
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行きますよね、博物館大好きですから。
古代中国の船の歴史から、中世期の東南アジア貿易や鄭和の冒険、近世の西欧人の来航と中華王朝の対応に、香港の発展、最後は現代の海運技術まで、適当に入ったにしては随分と見応えのある展示内容で面白かったです。
気が向いたら行って見るものですね。

海事博物館の見学を終えたら、香港島の中心街を抜けてビクトリア・ピークへ向かうトラム乗り場を目指しました。
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目的は当然、百万ドルの夜景で名高いビクトリア・ピークだったのですが、ピーク・トラムそのものも侮るなかれ。
香港で最初の公共交通機関だそうで、今も古い車両が活躍している古風なケーブルカーなのだとかなんとか。
若干期待して麓側の乗り場まで向かったのですが……そこは油断していた土曜日。
乗り場に着くと、そこはネズミの国のアトラクションもかくやと言わんばかり大行列ぶり。「ちょっと待とう」では聞かなそうな回転の悪さも見て取れて、早々に乗車を見切らざるを得ない有様でありました。

仕方ないので、中心街のバスターミナルまで戻って山頂行きのバスを探し、2階建てバスに揺られて小一時間。
存外に地形の険しい香港一帯、山頂はケーブルカーで行けてしまうほど目前に見えているのですが、バスは裏側まで回って車道をのたくたとアプローチします。
高級住宅街やハイソなホテル(?)を経由しながら、辿り着いたときにはもう夜景がきれいな時間帯になってしまっていました。
噂に違わぬ壮麗さ……多少、ハードな行程になってしまいましたが、納得できる光景でありました。
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ただ、人が押し寄せてごった返している観光地に来てしまったのは、久しぶりの経験。日本の観光地はどこに行っても大概空いてますからね……。
人種問わず、押すな引くなの混雑ぶりにはちょっと辟易としてしまいました。
当然ながら下りのピークトラムも見た瞬間に諦める混雑ぶり。かと言って、またバスに揺られるのも、なかなかハードネス。
乗り物が使えないとなれば、人間やることは一つしかないですよね。何事も足腰で解決が一番です。
ピークトラム開通以前からの古道が、今も現代的に舗装されつつ残っているので、そこを下れば軽い気持ちで市街に戻れる算段です。
案内曰く下って1時間ほど。バスを待って、乗ってることを考えたらほとんど同じくらいですし、景色も良くて一挙両得でありました。
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もっとも、舗装された下り坂など足腰への負荷では最悪な部類。市街に着いた頃にはほとほと歩き疲れた有様で、喉も乾いてビールビールと呻きながら街を練り歩く存在に成り下がってしまいます。
メディアで見慣れたネオン看板の本物を眺めながら、夕飯を食べて飲み屋に行き、やっと一息入れることができました。

ちなみに今回の宿は九龍地区の一角にある雑居摩天楼の一室を使ったゲストハウス。香港ではこの形態の安宿が多いのですが、今回のところは共用スペースから摩天楼が望める立地でした。
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こういう都会的なゴミゴミとしたビルの一室から、雑然とした街並みを見下ろして過ごすの……昔から漠然と憧れていた都会像だったのですが、まさか思わぬ拍子に最高の形態で機会が巡るとは思っても見ませんでした。
向かいのビルにぶら下がる洗濯物や、窓越しに垣間見れるそれぞれの生活に、街路を行く人々、吹き込む秋風、最高でした。


あくる日曜日は朝飯を食べてから、手始めに香港歴史博物館の見学へ。充実の展示ですが、なんと無料です!
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展示内容は名前のごとく……を通り越して、有史以前も以前の地球科学、古生物学な時代から始まります。歴史と言えば……歴史でしょうか、自然史って言葉もありますしね。
その後は史前の人々の生活や百越人の歴史、漢族の入植……と続いて、ようやく我々の思い描く“香港の歴史”、交易都市としての発展やアヘン戦争などの動乱、英国による植民地時代等の展示を経て、香港一帯の文化民俗の展示と至ります。
無料と言いながらも半日はいれそうな充実の展示ぶり。やっぱり博物館は面白いですね。とりあえず行って見るものです。

展示見学を終えたら、その足のまま今度はフェリーターミナルへ移動します。
ここでまた出境手続きをして、ジェットフォイルに乗り込んだ一路向かうは珠江口の西岸、かつてのポルトガル植民地マカオです。
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マカオ到着後早々、バスを間違えて中国本土との国境沿いまで行くハプニングもありましたが、それ以外は万事恙無し。
香港と比べると、より台湾に似てるというのがマカオ市街の最初の印象でした。

マカオというとカジノ都市のイメージがあるのですが、あんこう氏曰く魅惑の娯楽群だけがマカオではないとのこと。
Wikipediaやガイドブックを見ても、なるほど確かに世界遺産となった歴史地区やポルトガル領時代の古い町並みがあったりすると載っています。
そんな話を土曜にしてから、軽い気持ちで来れるのですから、本当に香港とマカオは近いものです。
いくら事実上は内湾と言えど、所詮は広い意味での河口を挟んで向かい側……むしろ川一つ越えるのにジェットフォイルでも1時間かかるのが大陸のスケール感なのかと驚く解釈もできます。

閑話休題。
斯様な次第ですので、私の趣味もあって当然、歴史市街の散策です。
台湾でも見たことある雑然とした鉄格子の据えられた高層住宅から、南欧的なちょっとオシャレなビルまで。多彩な顔を見せる街路を、ニュアンスとグーグルマップを頼りに練り歩きます。
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かつてはイエズス会の東南アジア随一の拠点が置かれたという聖ポール天主堂跡まで来た頃には、すっかり日も傾いた時間になってしまったのが惜しいところです。
それでも、多分歴史地区的な領域の一部を歩いたことになると思いますので、良しとしましょう。
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閉館時間が差し迫っていたので、少し急ぎ足で天主堂横のマカオ博物館を見学して、大砲台跡を見学したら夕暮れのマカオ市街を砲台跡から眺める頃合いになってしまいました。
奥の摩天楼と手前の歴史市街、「遠くが大きく、近くが小さく」あたかも“耳をすませば”のワンシーンのような遠近感の狂う光景は、少し魅入ってしまう魅力があります。
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一転して夜の歴史地区に降りても、どことなく親近感のわく観光地感が居心地の良い雰囲気を醸し出してて楽しいです。
マカオはいずれ、もう少し時間をとってゆっくりと巡りたいかもしれません。
ただ一つだけ難儀したのは、市街の案内表記の大半が繁体字とポルトガル語の併記だったこと。繁体字さえ判れば何とかなると侮っていたのですが……意外と英語の表記も読んでいたのだと、自分の無意識の言語処理を自覚させられる経験になりました。

そんなこんなで帰りは香港島側へ向かうジェットフォイルで夜の海を越えて帰還。
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路面電車とビクトリア・ハーバーを渡るフェリーに乗って、かのもう一つの著名な夜景を眺めながら宿の方へと戻っていきました。


さて、土日を過ごして、月曜は有休。流石にあんこう氏は会社なので帰りは一人で空港を目指します。

平日の朝の街、日本と同じように通勤客が人波を作るなか、流れに逆らって脳天気に下り方向の駅を目指して移動です。
この日はネットが使えないので、頼れるのは街角の案内板と事前に確認した地図の記憶。途中2回ほど迷子になりかけましたが、存分に余裕を持った時間で行動開始したので、無事に目的の時間までには駅に到着です。
活動の中心にしていた尖沙咀一帯から北西の方、何やら開発中と思しき工事群が方々で目についた沿岸の九龍駅です。
駅のショッピングモールで朝ごはんを食べたら、バスより少し割高ですが折角の機会ですから空港行きの高速鉄道に乗って空港へ向かいましょう。
快適な列車の旅は本当に偉大ですね。
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車内ではフリーWi-Fiが使え、駅は清潔でホームドアまで完備。
味気ないと言えば味気ないのですが、土日と慣れない異国で歩き回っていた身としては、ホッとするほど落ち着く空間でした。

そうこうして戻ってきた香港国際空港。お土産を買って、残った現金を日本円に戻したら楽しかった国際都市に別れを告げる時間です。
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帰路の飛行機はちゃんと夜寝て、昼帯のフライトなので眠気は皆無。
席が窓際だったのと、本を多めに持ってきていたお陰で退屈こそ免れたのですが……揺れる狭い機内で4時間近く大人しくしているのはやはり大変ですね。
しかもトイレ行きたさとも戦わなければならないのですから、よりハードというもの。

香港出境直前まで、次はどの国に行こうかとアレコレ思いを巡らせていたはずが、成田に帰った頃には「次は国内かな」と思い直す程には疲れ切ってしまいました。
やはりもう少し若くて無理の効く頃に、こういうLCC旅はしとくべきだったのかもしれませんね。


何はさておき、久しぶりにちゃんと旅行したこの週末。大満足で出勤したら、果たして今月末の長期出張を通達されてしまいました。
旅に出ると休出させられるのでしょうか? 試験諸々もあるので、しばらく遠出は難しそうです。

秋雨前線からの逃避行・台湾編

河口湖キャンプから帰った翌日、20日は火曜日のこと。
世間は平日、台風も接近中……陰鬱な雨模様で、世間は全体的にテンション低めな朝。
珍しく6時前に起床して、リュックに荷物を詰めたら列車に乗りこみ、世間の空気は無視して成田に向かいました。

久しぶりの飛行機搭乗に、おっかなびっくりチェックインして出国手続きして……初めて、バックアップのない海外旅行に出発しました。


LCCの狭い座席にだいぶ疲弊しながらも、何とか台湾は高雄国際空港に到着し入国手続も済んだら、ホット一息。
地上に入ってしまえば、こちらのものです。
観光カウンターで高雄周辺の観光地図を貰ったら、あとはノリと勢いで地下鉄に乗車。
とりあえずは高雄市街を通り抜けて、地図で目についた高雄の旧市街、西子湾へ向かいました。
ずっと地下を走っていたので、列車を降りて地上へ。最初に目に入る台湾のエキゾチックな町並みで若干テンション上がりますね。
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この一帯は古くから交易港として拓かれ、一時期は台北郊外の淡水と並んで英国領事館も置かれた地域なのだとか。
今も中山大学があったり、港があったりします。
先の台風の爪痕か、埠頭に転覆した船が浮かんでいたのが少し衝撃的でしたが……。

件の英国領事館。港を見下ろす丘の上に領事官邸があり、一般公開もされているのですが、こちらも残念ながら台風の影響で閉館中。
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ぐるりと丘を回り込んで、麓側の領事館区画は見学できたのですが、裏側から丘に登る経路もご覧の有様です。
ある意味では“この時しか見れない”光景でしたが、少し残念でした。
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ちなみに見学できた区画はこんな感じ。人形とパネルで、開拓初期の清國や英国、日本やオランダの動向が紹介されていました。

西子湾地区は海際の景勝も一押しの地域。遠く高雄中心街の高層ビル群も望めます。
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運河もあって黄昏時の似合う良い雰囲気がありました。

日没後は一度、高雄駅近くの宿に荷物を預けてから、台湾名物の六合観光夜市へ。
久しぶりのお祭りな空気に呑まれて、うすらぼんやりとしていたら、迂闊にも台湾らしからぬ観光地価格で夕飯を食べる羽目になってしまいましたが……夜の賑わいを堪能できたので、勉強代ということにしておきましょう。
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知人にもオススメされた夜市近くの美麗島駅のステンドグラスも見事でした。


翌日は台鐵に乗って、高雄から台南へ。
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台南駅も戦前からの風格ある駅舎、とてもいいと思います。

台南は台湾で最も古くから開拓が始まったとされる地域。今でもそこかしこに往古の街路や祠、城址が残っています。
駅で無事に地図を確保したので、ふわりと市街を縦断し海際の最古の市街地“安平古堡”まで散歩することにしました。
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道中では旧気象台や、日本統治時代の料亭を見学したり、同郷の祠にお参りしたり、丸一日分時間を確保したので、余裕綽々で緩慢に歩みます。
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道中、偶然行き会ったので台南市街の赤崁樓も見学してみたり。本来、海寄りの安平側が本体であり、台南城はその出城に当たる市域だったのだとか。
後年、交通の変化に連れて都市の重心が東の台南側へ移り、今の市域になったそうです。
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そんなこんなで、ぶらりぶらりと路地裏まで迷い込んでいたら、直線で5km内外の道のりに結局半日ほどかけてしまいました。
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安平地区で最初に行ったのは安平樹屋なる建造物。廃屋が樹に呑まれた独特な光景が拝めます。
写真撮影が捗る奇観でありました。
安平旧市街は他にもかつての貿易業者の建物や、鄭氏政権の王城跡から路地裏や古民家まで。
観るべき観光地が多々あるので、半日かけてじっくり見物しました。
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最後は安平旧市街から歩いて15分ほどの“観夕平台”なる砂浜まで歩いて、日没を鑑賞。
天気も良好で、名に違わぬ絶景を拝むことができました。
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都合8km近くも歩いてしまったので、帰路は流石に路線バスで。
赤崁樓近くの宿へ向かい、夕飯探しがてらに夜の神農街を散策してからの、路上に席を展開した飯屋さんへ。

何故か“台南で働く娘のもとに遊びに来た、名古屋在住の台湾人”なるややっこしい属性の方と、片言の日本語で世間話しながらビールを傾ける夜になりました。
余談ですが、この日の台南は日中は30度をゆうに超える真夏のような陽気。夜になって過ごしやすくなったとは言え、まだまだ外で飲む冷たいビールが心地よい気候でありました。
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最終日3日目は12時の飛行機だったので、起きたら早々に高雄空港へ向かい、お土産の収集や出国の準備をして飛行機に備えて、台湾旅行は終りを迎えました。


そんなこんなで2泊3日と少々慌ただしい日程になってしまいましたが、久しぶりの海外でなかなか楽しい休日。
現実が……反動が……怖いですね。

2年目の台湾学会渡航

関東では雪が降り積もり、奈良でも小雪が舞い散る寒さとなった週末。
もうすぐ立春だそうですが、最近Wikipediaで読んだとこでは、二十四節気を作った古代中国では“徐々に暖かくなる季節”を貼ると設定したので、寒さが底を打つ頃が春の初めであって何ら問題ないのだとか。
「暦の上では春~云々」の決まり文句はそういう意味では不正確なそうです。


それはそれとして、日本に帰ってきて寒さに愕然としてましたが、先の平日は去年に引き続き学会のため台湾へと行っていました。

例によって関西空港で夜を明かして、朝の便で台北の桃園空港へ。ここからバスと新幹線を乗り継いで、3度目となる新竹市の国立交通大学に至ります。
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前回に引き続き、この交通大学で概ねお世話になりました。
ちなみに今回の台湾物理学会の会場は、よりによって同じ新竹市内の交通大学の隣にある国立清華大学。台湾出張と言いつつ、ほとんどこの界隈から動かなかったのはご愛嬌でしょう。
初日にいたっては、夕飯も清華大学前の学生街に繰り出して済ます方向です
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要所要所に日本語が混ざってる辺りに、台湾らしさがあって安心します。

ちなみに初日は台湾への移動以外は自由行動の日。もっとも到着自体が夕方だったので、学生街でふらふらしてオシマイです。
翌日は交通大学の方々と交流会をして、順調に予定をこなします。
3日目は後輩が1人風邪で倒れてしまいましたが、本番の学会発表もどうにかクリア。夜は幾度もお世話になっている台北の大学の学生さんと合流し、その教授さんも交えて夕食会です。
何故か日本式の居酒屋に連れて行かれ、日本のよりもコスパの良い味を堪能してしまったりしつつ、台湾の日々は過ぎていきます。
諸々を乗り越えて一段落した4日目は、午後から少し時間に余裕ができて来たので、台北勢に連れられて観光へ。
新竹の東方、台湾内陸部の町、内湾へと行きました。
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これは後で知ったのですが、内湾は古くは客家の居住地であり、日本統治時代に木材の集積所として栄えた土地だったのだとか。
日本時代の遺構は多くない印象でしたが、古い町並みが残っているのだとかでちょっとした観光地化しています。
わくわくするようなローカル線の終着駅があるだけでもポイント高いです。

客家に関する資料館では、なぜか足踏みミシンの可動品が展示されていたりします。
実物を見るだけなら、日本でもいくらでも出来ますが実際に踏んで遊べる代物となると初見かも知れません。
管理が雑なだけなのか、状態のいいものが残っているのかわかりませんが、折角の機会なのでガチャガチャと試してみましょう。
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他には、駅近くの地下道で見掛けた壁画も印象的な逸品。地元の小学生の絵らしいのですが、見事に日本の小学生と同じセンスなのが驚きです。
先日、Twitterでみた中世ノブゴロドの子供の落書きにもシンパシーを感じましたし、きっと子供の世界認識なんて時代も地域も越えて大差ないものなのでしょう。面白いものです。

客家の資料館以外では、内湾市街は“老街”と呼ばれる旧市街見所のメイン。
何とも豪華というか力のこもった“場末の遊具”的なものがあったりと、なかなか面白いです。
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内湾駅も表側から見ると随分と風情があります。
近隣学生の遠足先なのか、集団連れの学生や観光客風の方々を見掛けたのも印象的でした。
なかなか夜市や台北の観光地では見られない光景だけに、神奈川で言う高尾山や大山にも通じる「地元民のための観光地」のような雰囲気を感じました。
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日本で言えば木刀のようなお土産として全く意味のなさない木製の青龍刀を土産物店に売ってる辺りまで、同じような感覚なのでしょうか。
なかなか面白い観光地でありました。

4日目はこの後、ショッピングモールによってから宿に帰還し、夜は学会の晩餐会に出席して終りとなりました。
そして最終日はまたしても飛行機の時間までは自由時間。後輩が体調不良なので、新竹のダウンタウンを観光することになりました。
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とは言っても、新竹市内の観光地といえばお寺くらいなので、その手の施設を少しばかり回って見るばかりです。
具体的には、最初に向かったのは関帝廟。
三国志で有名な関羽を祀ったお堂は、日本の中華街でも大概ありますが、こちらでもやはり広くあるものだそうです。
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ド派手な外観も中華圏らしいですが、興味を引いたのは金紙の文化です。
中華圏の民間信仰では、あの世の人々もお金や生活物資が必要なので定期的に仕送りをしてやる必要があるのだとか。
そのため、紙のお金や家具を焚き上げて冥府に送り、死者の生活の糧にするのだとか。
漫画や小説で話は知っていましたが、実体を見るのは初めて、感心するばかりです。

関帝廟の次は都城隍廟に参拝です。
Wikipediaによると城隍とは城壁と堀のことで合わせて城塞都市を意味し、すなわち町の神を祀ったお堂となるになるのだとか。
あまり格の高い神ではないそうですが、新竹ではなかなか大事にされているようで、去年来たときも真っ先に連れて行かれた場所でありました。
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廟の前には市場も併設されており、お堂とお店の境目すら高ではないな有り様です。
中華圏らしい独特の賑やかさがあり、非常に面白かったのですが、惜しむらくは連日の食べ過ぎで買食いする余裕がお腹になかったことでしょうか。
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新竹市街の観光後は、在来線の新竹駅からローカル列車乗車して台湾新幹線の新竹駅への移動に挑戦です。
二度目の在来線でしたが、なかなか楽しめたので、よしとして残りは来た道をたどるように新幹線からバスと飛行機を乗り継いで帰国と相成りました。


そんなこんなで大分楽しんだ台湾旅行。
ところで……今週末で修論の草稿提出という一区切りがあるのですが……? 
この一週間、なんにもしてないのどうしてでしょうか。

研究業務の台湾

強烈な台風が襲うと見せかけて結局来なかったという先の7月第2週。
幸か不幸か、私はというと研究室の業務で再び台湾に行っておりました。
1月に行った時、次はいつ行くのかと黄昏れたはずでしたが……思いもかけず半年で再来とは人生わからぬものです。

出発は土砂降りの関空でしたが、着いた台北の桃園空港は呆れるほどの快晴です。
地元民曰く「extreme deadly hot」なのだとか。死ぬほど糞暑い……まさにそんな感じです。
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今回は前回とは打って変わって1人での出張。
道中の交通手段から夜の過ごし方まで、思いのままです。
とりあえず、高速バスとかタクシーとか甘えたては使わないで、公共交通機関を乗り継いで今回の要件がある新竹市まで行ってみることにしましょう。
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ただし公共交通機関とは、具体的には台湾新幹線です。
まだ慣れない土地なので守りに入ってます。

そんなこんなでこの日は新竹市の交通大でセミナーを受講です。
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夕飯は現地の学生に連れられて、鳥の丸焼きを提供するファーストフード店へ。
鶏の丸焼きと侮る無かれ、香ばしく焼かれたそれはケンタッキーも目じゃないほどの美味しさです。
食べ辛さもまた一流ですが…・・それは致し方なしです。

残念ながら今回の出張は基本的に交通大内部で完結してしまうため、市街地に繰り出すのは夕刻を過ぎてからだけ。
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ただし、日本人だけで市街地に繰り出すと相応のリスクも有るようで……。
具体的には適当に頼んだはずが、2人で4人前を食べる羽目になったりとかですね。
もっとも、なかなか美味な台湾の町場の食堂、学生にかかれば1人で2人前とか造作も無いことです。

その後は腹ごなしに夜の繁華街散歩などなど
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高層のお宮やら、本屋の推せる絵柄とかとか。
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大学近くなせいか、秋葉原顔負けの電気街もあれば、学内ではキャンプファイヤーまで。奥が深いです。
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また同じく学内といえば、暑さで茹だっている犬もいれば、オシャレでイカしたカフェまであったり。
野良犬にオープンカフェに焚き火……京大もかくやという混沌ぶりは、なかなかどうして楽しいです。

しかしながら、そんな楽しい交通大学の日々もセミナーが終われば修了です。
この後は、諸用があるので台北に移動です。
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せっかくなので在来線を使いましょう。
手違いで、鈍行のはずが快速になってしまったりと色々とありましたが、特急とは違う低運賃路線の面白さはやはりいいものです。
下車後、列車後端が更に面白そうだったことに気付きましたが、それはそれでもはや後の祭り……致し方なしでし。
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ちなみに台北到着後は一旦、訪問先の大学によってから故宮博物館へ。
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残念ながら館内は撮影禁止でしたが、特に中国4千年の歴史を反映した玉の展示コーナーは逸品の一言に尽きる代物でした。
最後は現地で出来た友人と台湾で有名なマンゴーかき氷のどか盛りのお店とか寄ったりして……。
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快晴のもと、無事に帰国と相成りました。
予定の都合上、外に観光する時間は殆どなかったのですが、それでも隙を見て出掛けたり何だりと楽しめた次第。
日本語が通じないという独特の緊張感と、それでも致命的な危険を感じない程度の治安の良さ、運試しには丁度いいくらいなのが最高に楽しい台湾旅でした。


余談ながら、帰国直後に日本橋で買い出しをして帰ろうとしたところで、大学院の友人と遭遇してしまった次第。
そのまま帰宅せずに新今宮の新世界のプールで軽く泳いでからの、串かつを食べる流れになってしまったのは全くの予定外でしょうか。
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帰国直後にこの始末ですから、我ながら無茶したなと思うところですが、これが土曜のこと。
日曜はバッチリ反動がキマって一日動けずに今に至る次第。明日は月曜日、ちゃんと学校に行けるよう祈るばかりです。

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