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月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


道志川宿営の話

4月も半ばに差し掛かり、春めいてきた今日この頃。
12月のクリスマスキャンプ以来、すっかりキャンプから遠ざかっていたこともあり、シンプルに野営がしたいとの欲求が高まってきていました。

そんな訳で、この週末は半月クラスタの朔氏、和泉冴氏と行って来たるは神奈川県は相模原市の山奥。
殆ど山梨県に位置する道志川沿いにある野呂ロッジキャンプ場へ行ってきました。


午前中は千葉の方に用事があったため、神奈川の実家へ着いたのは14時過ぎのこと。
それでも今回は近場のため、車を借り受けて出発したら、1時間ほどで到着です。

先行して現地入りし、既に焚き火でビールをしている2人を横目に、そそくさと設営します。
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都市近郊のためかテントの密度も高く、踏み固められた地面が硬かったのが少し残念でしたが、山桜が咲き残る川縁でのキャンプは気持ち良いものです。
直火ができるのもポイント高いですね。心置きなく延焼させられます。

油っ気の多い鶏皮を焼いたりするのも気兼ねなくできちゃいました。
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余った鶏皮由来の油をアルミ缶に流し込んだら、トーチになりました……思ったよりも景気良く燃えたのは驚きでしたが。

そんなこんなで、いつものごとく火遊びをしながらお酒を舐めつつ、夜が更けるに任せて過ごし日付が変わるぐらいに就寝といたしました。


翌日曜日は、8時過ぎまでテントで惰眠を貪り、ゆるゆると片付けて昼前に撤収です。
道志川沿いにさらに山梨側へ向かい、青根地区の温泉で一息入れました。
温泉の休憩スペースで昼食を食べれば、あとは全身に根が生えたように怠惰な時間です。
ごろごろと何をするでもないのに、身動き取れなくなってしまい、無意味で心地よい時間が過ぎていきました。
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あまりにも不毛だと気づくまで、ゆうに3時間ほど滞在してしまいましたが、仕方のないことでしょう。
帰路に、もう一軒、道志みち沿いのオシャレな喫茶店でお茶を飲み直してから、解散の流れとなりました。



今回は近場ということもあり、大した観光もなし。写真もあんまりなしです。
ほとんど焚き火をするためにキャンプしたようなものでしょうが、こんな回があるのもいいものですね。
時間的にも余裕を持って過ごすことができ、無事に実家に帰って夕飯を食べてから、内房へと戻ることになりました。

桜の週末

強烈な花冷えに見舞われ、場所によっては雪まで降ったと伝え聞く4月の最初の一週間。
一転して、温暖な気候のもとに晴れ間が広まった週末は、絶好のお花見日和と言っても過言はないでしょう。


特段に遠出する予定もなかった今週末ですが、何の因果か昼間っから飲む約束ができてしまったので、少し早めに起きて都内へ繰り出すことにいたしました。

東京駅まで高速バスでワープし、徒歩で京橋駅行ってから地下鉄へ。
虎ノ門で下車したら、初めての愛宕神社参拝です。
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江戸の愛宕山と言えば、かつては城下を見渡す小高い丘に当たる立地。江戸城下を見渡した古写真は、Wikipediaにも収録されていたはずです。
そんな高名な社ながら、なかなかどうして機会が巡らず来たことがなかった次第です。
はじめての参拝となりましたが、池のに桜の花が浮かぶ風雅な光景を鑑賞でき、良い機会に来れたかなと感じました。


この後は、新宿に移動して大学の友人連中と打ち合わせがてらにビールを飲んで過ごしました。
途中から河岸を変えて、都庁近くの公園で花見飲み。
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夕方近い時間帯ながら、流石に都心だけあり人が沢山いたのが印象的でした。


一方で、翌日の日曜日は高校の友人と連れ立っての新宿です。また、新宿です。
この日の目的は映画「レイドバッカーズ」を観ること。以前から映画を観るたびに予告編が挟まれ、中身が気になっていた作品でした。

内容は少々詰め込み気味かと感じる部分はあるものの、60分程のアニメとしては納得の面白さでした。
小洒落たOPに、派手目なアクション、いたいけな幼女……っと、ケレン味あるアニメに求められる内容は、バッチリ押さえられていました。
ぜひとも好評を博して、テレビシリーズ化して欲しいところですが、うまくいくことを願うばかりです。

映画の後は当然、軽くビールでも飲みながら感想を言い合って……帰路につくことになりました。


そんな次第で実に軽やかに過ごしてしまったこの週末。
いろいろと羽振りよく過ごしすぎた反動もあるので、たまには仕方のないことでしょう。
しばらくは遠出を控えて……近場で楽しみを見つけたい所存です。

ところで、全く関係のない話ですが従姉に子供が生まれたそうです。
私が独り身に全力を上げている合間にです……ままならないことですね。

華やぐ法事のこと

年度末進行が終われば、今度は年度明け進行です。
その合間を縫うように訪れた3月最後の週末。
桜が見頃を迎えて絶好の花見日和な頃合いでしたが、あいにくと華やぐ都心をすり抜け、祖母の法要のある親の実家へと行ってきました。

もっとも、なすべきことは法要を終えて、親戚連中との宴会のみです。
気楽に丸腰で訪問し、親戚のちびっ子をひたすら肩車していれば……いつの間にやら週末が終わっていたのが正直なところです。
こうやって「親戚の謎のおじさん」と化していくのだなと、我ながら感心しながら過ごしているうちに、日曜も過ぎて帰る時間になっていました。

若さにあてられた反動でしょうか、帰路はいつにも増して気が重かった気がします……それでも、生きていかないといけないのです。
新年度も、がんばりましょう。

雨季うきの赤道越え・遺跡観光編

ようやく書けるインドネシア観光の後半戦の日記です。
ジョグジャカルタ市街を観光した翌日は、チャーターした車で郊外の世界遺産巡りです。


予約した車でホテルを朝の7時に出発し、自己紹介がてらの雑談を交えながら車は町の外側へと走っていきます。
ちなみにガイドさんは拙いながらも日本語ができる方です。
色々と日本語で話題を振ってくれてありがたかったのですが、問題は我々の方。雑談が得意ではないので、うまいこと盛り上がる受け答えができなかったのが、少々申し訳ない気持ちになってしまいました。
そうは言ってる間も車は着実に目的地へ向けて進み、気付けば1時間ほどで最初の目的地、ボロブドゥール寺院に到着です。

ボロブドゥール寺院は8世紀頃のジャワにあったシャイレーンドラ朝が建造した仏教寺院群。
王朝の衰退と火山の噴火で地中に埋もれていたものが、19世紀に発見され復興整備されて今に至ります。
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特に思い入れのある場所でもないですが、世界遺産にも指定された有名な石像寺院群……ジョグジャカルタまで来て、見ずに帰る手はない場所ですね。
現在、周辺は国立公園として整理され、外国人の場合は現地民のガイドをつけるルールになっているのだとか何とか。
案内人を車でのガイドさんから公園のガイドにバトンタッチして、遺跡巡覧の始まりです。

ちなみにこちらのガイドさんも日本語のできる方。日本語話者の多さにこちらの方が驚かされてしまいます。
ガイドさんの説明は一昔前のオヤジギャグのような妙なセンスの冗談を交えながらも、わかりやすく親切丁寧な内容です。
天気も良好で雨季の観光としては、非常に良いタイミングでした。
特に興味深かったのは菩提樹の葉っぱの話でしょう。東南アジアの仏塔、ストゥーパの丸みを帯びた独特の形状は、この木の葉の先端側の形に由来するのだそうです。
言われてから、仏塔を見れば、確かによく似ています。
2019_03@インドネシアツアー244 2019_03@インドネシアツアー245
またこの寺院、階段ピラミッド状の構造をしているのですが、その最下層は建築当初よりも後の時代に拡張されたものなのだとかなんとか。
その証拠として、石垣の内側に建築当初の外壁だった部分に刻まれた精巧なレリーフが隠されています。
現在は意図的に基壇を切り崩した一角だけが、建築初期の壁面を見学できる箇所となっています。
ちなみに増築したのも遺跡が埋もれる前の時代。おそらくは傾斜が急すぎた為に、崩れそうになったのを補強したのだろうとのことです。
昔も今も、やらかすことは似ているものですね。

そんな感じで、階段ピラミッドを徐々に登りつつ、回廊を巡って遺跡の説明を受けていきます。
仏教説話をモチーフとしたレリーフの前では、日本でも有名な逸話を中心に掻い摘んでレリーフに描かれた内容を教えてもらいます。
ただし、レリーフの原本になったと考えられる書物は失われて久しく、厳密には未解明の内容が描かれたレリーフもあるのだとか。
2019_03@インドネシアツアー260 2019_03@インドネシアツアー272
また、悟りを開いた後に達するという無色界を模した最上段は、下段から一転してレリーフの無いスッキリとした領域です。
青空の下にストゥーパが立ち並び、まるで別世界のような荘厳な雰囲気がありました。

もっとも、荘厳と言えどもあくまで有名な観光地の範疇です。
あからさまに海外からの観光客だけでなく、現地の遠足と思しき子供の集団や、楽しげにピースサインして記念撮影に興じる仏僧まで。
種々雑多な人々が楽しげに、あるいは興味深げに遺跡を闊歩している光景は、宗教の聖地というよりはある種の遊園地のようでもありました。

ちなみに最上段のストゥーパ群から周囲に視線を移すと、今も噴煙をあげる雄大なムラピ山と、その膝下に広がるジャングルが望めます。
2019_03@インドネシアツアー276 2019_03@インドネシアツアー290
四周をぐるりと緑に囲われた様子は、この遺跡がジャングルの只中にあるのだと実感させられます。
往古にはこの遺跡自体も同じ緑の下にあったのでしょう。どうやって見つけたのやらと不思議に感じます。

ボロブドゥール遺跡はこの寺院を見学したら、公園内をぶらりと歩いて出口へ向かうばかりです。
南国の蝶や、遺跡上空を旋回する観光用軽飛行機を眺めながら、出口に辿り着けば、現地ガイドとはお別れです。
外で待機していた車のガイドさんと再び合流して、ボロブドゥールに付帯する小寺院の見学です。

1つ目はパオン寺院と呼ばれる内部が空洞の不思議なお寺です。
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周囲は石畳も整備され、散策すれば居心地の良さそうな小集落を形成していますが、寺院自体はぽつねんとお堂だけが周囲から孤立したように建っていました。
周囲とのあまりの脈絡の無さ、そして内部にあるは空洞ばかりの異様な雰囲気、決して大きくはないハズですが強い存在感を感じてしまう寺院でありました。

続く2つ目の寺院は、こちらはちゃんと仏像が安置されたムンドゥッ寺院です。
周囲も公園として整備され、周辺で発掘された関連寺院の残骸も展示されるなど、パオン寺院と比較すれば遺跡らしい雰囲気のある寺院でしょう。
2019_03@インドネシアツアー330 2019_03@インドネシアツアー337
しかし、こちらの遺跡で印象的だったのは寺院以上に、その隣に生えた巨木です。
10人以上の人間が木陰に立っても、一切狭さを感じさせない圧倒的な大きさです。
加えて、その枝から垂れ下がる気根と、日本ではまずお目にかかることのない幹の太さが、遠近感を狂わせてきます。
最初に目にしたときには、そのずんぐりムックリな姿から巨木と認識できず、逆に人間の大きさに違和感を抱いてしまいました。
これも、ある種南国らしい光景と言えましょう。青い空と白い雲が映える光景でした。


ボロブドゥールを含めて3寺院を巡ったら、この一帯の観光はこれで一区切りです。
車はこの後、ジョグジャカルタ市街へと戻り、銀細工のお店と昼食のレストランを経由して、ジャコウネコのコーヒー“コピ・ルアック”のお店へと向かいました。
2019_03@インドネシアツアー357 2019_03@インドネシアツアー360
コピ・ルアックはコーヒー豆を食べたジャコウネコの糞を洗浄して回収した豆から作られる独特の香気をもったコーヒー。高級品として名高いジャワ島の特産品の一つです。
ちなみに件のジャコウネコは絶滅危惧種とされる希少な食肉目の動物ですが、コーヒー農場では糞が回収できる程度には出没しているのだとか。
また、お店でも展示用にケージに飼われていましたが……こちらの飼育個体からは糞を回収しないのだそうです。
なぜそんな非効率な作業をするのか、そもそも檻に閉じ込めて良いものなのか……色々と疑問が湧き出てきますが、あまり深く考えても詮無きことでしょう。

それはそれとして、お店の方曰くこのコーヒーのインドネシア式の淹れ方は、粉をカップに入れてお湯を注ぎ、粉が沈降するのを待ってからいただくのだとか。
現地式の飲み方で出されたコーヒーと、付け合せの黒砂糖を頂戴しながら、製法や味わいについてのセールストークを聞かされれば、手ぶらで帰れる訳がありませんね。
前の日はのらりくらりと抵抗しましたが、どこかで買おうとは思っていた代物でもあります。
折角なのでお土産用に粉をいくらか購入して、追加で振る舞われた2杯目のコーヒーを堪能したら、お店を発ちましょう。

コーヒー屋さんの次はお待ちかねの2つ目の世界遺産、プランバナン寺院群へと向かいました。
プランバナン寺院群はヒンドゥー教の寺院群。中心として公園整備されたプランバナン寺院を筆頭に、周辺には公園の内外を問わず大小様々なヒンドゥー教寺院の遺跡が残っているそうです。
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遺跡群は16世紀の地震で崩壊後、そのパーツが建材として利用されたりしている状況だったのが、20世紀から修復が開始されて現在の状況に至っているのだとか。
プランバナン寺院の周囲にも修復を待つ小寺院だったものの残骸が、所狭しと立ち並んでいました。
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こちらの寺院では専属の現地ガイドは特に無く、車のガイドさんがそのまま案内人となってくれます。
多くの石像が修復以前の時代に盗難され、現存するのは最も大きい中央のシヴァ神の像だけであることや、寺院の石組みは溝を掘って嵌め込む精緻な作りになっていることなどを教えていただきました。
しょうもないところでは、寺院の突端にはもう一つの“シン”である避雷針があることも、重要な豆知識ですね。
どこでそんなダジャレを仕入れてきたのか……そっちの方が余程興味深いのですが、聞き損ねてしまったのが惜しいところです。

プランバナン寺院を一通り見学したら、公園内に隣接する仏教寺院(!)のランブン寺院も見学です。
建造当時は仏教とヒンドゥー教が共存していたそうで、このように同時代の2つの宗教の遺跡が歩ける距離に混在しているのだとか。
どちらも多神教の宗教とは言え、はるか昔にそれほど寛容な文化が存在したことには驚かされます。
2019_03@インドネシアツアー459 2019_03@インドネシアツアー460
ただこちらの遺跡は10年ほど前のジャワ島中部地震の影響で、残念ながら少々無残な状態のままとなっています。
ネット上で古い時代の写真を探すと、復元されていた時代のものが見つかるだけに、残念ではありますが……それでも、精巧な石造りの寺院は見に来た甲斐のある光景でした。

そんなこんなで2つの世界遺産の寺院を巡ったら、時間もいい具合に夕方となったので車は終点のジョグジャカルタ空港へと向かいました。
空港で車を降りて、ガイドさんと別れたら後は飛行機の時間までお買い物タイムですね。
空港に隣接する駅まで走って、列車を撮影する一幕を挟みつつ、お土産を物色して搭乗時刻まで過ごしました。
2019_03@インドネシアツアー480 2019_03@インドネシアツアー487
余談ながら、搭乗時は折り悪くスコールの真っ只中です。
搭乗ゲートもないこの空港、濡れながら飛行機まで歩くのかと覚悟を決めていたのですが、相手は流石に現地の航空会社です。
対応も手慣れたもので、何食わぬ顔で搭乗者全員に傘を貸し出し、タラップの袂で回収する実に合理的な運用を見せつけられてしまいました。
お揃いの傘をさしてぞろぞろ歩く姿は、少し可笑しみもありますが、熱帯圏ならではの光景と思えば貴重な体験と言えましょう。


この夕暮れの便でジャカルタに戻り、この日は空港内のホテルで一泊。
翌日の早朝に成田行きの便へ乗り込んで、日本に戻る行程となりました。


日本への帰国は15時半頃のこと。
ここで宅配便の回収がある朔さんと別れ、帰路につくことになるのですが、手ぶらで帰るにはまだ日が高い状況です。
どうしたものかと思案しながら電車に揺られていると、絶妙なタイミングでヘク猫氏の「飲みに繰り出す」とのツイートを捕捉です。
そのまま、一緒にどうかと誘って、少々日本酒を嗜んでから内房へと帰る流れになりました。


そして月曜からは再び、過酷な年度末進行です。
どうにかこうにか、乗り切ったというべきか……乗り切ってないというべきか、ひとまず3月最後の週末を迎えることはできて現在に至ります。

雨季うきの赤道越え・市街地観光編

3月も佳境に入り、年度末進行がいよいよ容赦のない牙を剥く今日この頃。
呆れるほどに忙しい中でも、意地と根性で春分の日の飛び石連休を確保です。
4連休を錬成して、それなりに遠くへ行くことにしました。


そんな訳で「そろそろ赤道を越えても良い頃だ」と、行き先を南半球中心に選定します。
南半球と行ってもあまり遠いとのは困難ですので、概ね東南アジアからオセアニアにかけての地帯、具体的にはインドネシア周辺が第一候補です。
その中でも、当初はジャカルタやバリ島が候補に上がっていたのですが、最終的に目をつけたのインドネシアの歴史都市ジョグジャカルタです。
今なお、スルタンが知事として王宮に君臨し、周辺にはボロブドゥール仏教寺院群や、プランバナン寺院群のような世界遺産も点在する歴史と学生と観光の街です。
目指すべき旅行先としては、まさにうってつけですね。

そんな訳で3泊4日のジョグジャカルタ観光。久々にいろいろと書きたいことがあるのですが、時間がないので前後編になりそうです。
とりあえず、前半の2日間、特に市街地を巡った2日目の雑感録です。


出発前日の20日から蒲田に前泊して、21日は10時頃の羽田発のフライトで出国です。
フォロワーの朔さんと合流し、無事に出国手続きを済ませて、離陸から7時間程。気づけば赤道を越えて南半球の大都会、ジャカルタに到着です。

ジャカルタからはジョグジャカルタ行きの飛行機へ2時間の乗り継ぎになります。
国際線から国内線への乗り継ぎのため、入国審査に手荷物受取、税関通過と国内線のチェックインまで、2時間でクリアすべき動作が山積みです。
入国審査の待機列でヤキモキさせられる羽目になりましたが、どうにか搭乗時間には余裕を持って搭乗ゲートに到着することができました。

ジャカルタからジョグジャカルタまでは乗ってしまえば1時間ほど。同じジャワ島内ですし、大した近さです。
そんなこんなで、今回の目的地たるジョグジャカルタに着いたのは現地時刻で20時過ぎのこと。時差が2時間あるので、実質12時間の長旅となってしまいました。
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降り立ったジョグジャカルタ空港は、まさかの搭乗ゲートもない開放空間です。
真夏のような熱気にアテられながら、建屋脇の誘導路を歩いて到着ロビーに向かいます。
どこまでがセキュリティゾーンで、どこからが公共のロビーなのか今ひとつわかりませんが……無事に荷物を回収し、両替も済ませることができたので、良しとしましょう。
ホテルに依頼していた車に乗り込んで、この日はもうホテルに直行といたしました。

この日のホテルはジョグジャカルタ中心部に近い外国人向けホテルの立ち並ぶ一角のもの。
奮発して、少しだけランクは高めにしてみたので、ロビーも回廊も草花で溢れるおしゃれな空間に迷い込むことができました。
2019_03@インドネシアツアー023 2019_03@インドネシアツアー032
なかなか素敵なホテルの一角のレストランコーナーでこの日は夕飯。とりあえずナシゴレンとビールで乾杯です。
ちなみにジャワ島はイスラム圏なので、基本的にアルコールは推奨されていません。
旅行中も外国人向けの宿屋周辺以外では、ほぼアルコールを見かけることがありませんでした。


軽く飲んだら、旅の疲れもあってすっかり寝込んでしまい、旅行は2日目を迎えます。
宿のルールに「ドリアン持ち込み禁止」が含まれていることに気づいてしまい、困惑です。
現地でもドリアンはかなりパワーのあるもの扱いなんですね……。
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昨日に続いておしゃれレストランで朝食を摂ったら、この日はノープランの街歩き。
1日使い切る予定ですので、先も急がず気楽な限りです。天気も良好で一安心して、出発しました。

もちろん、ノープランと言っても、全く行くアテが無いわけではありません。
地図を頼りに目指したのは、今もスルタンが住まうという王宮“クラトン”です。
今も住んでいるとは言え、かなりの領域を一般公開に供しているそうで、ジョグジャカルタを代表する観光地でもあります。
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慣れない町の歩道を無理くりに歩き、ベトナムでの経験を生かした勘と度胸で横断歩道を渡って、歩くこと30分ほど。
広々とした公園に行き当たれば、その真正面が目指すべき王宮でありました。
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「ようやく」と言いたくなるほどの行程でしたが、本当の始まりは実はここからです。
この正面と思しき玄関は観光客向けの入り口ではありません。
仕方なしに地図を頼って王宮の周りを巡っていくものの、歩けど歩けど出会すのは出口ばかりで入口が見つかりません。
困ったものだと困惑しているうちに、親切な現地民に身振り手振りで道を指し示されて、ようやく殆ど真裏に位置する入り口を見つけて、中を見学することができました。

中では王宮に仕える方々が何やら詠唱か音楽かの実施中です。
読経のように聞こえるのですが、コーランの一説なのか、あるいは何か別の詩経なのか……残念ながら私にはわかりませんでした。
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入り口の音楽(?)をしばらく眺めたら、その後は王宮内見学です。
もっとも、王宮ないと言っても基本的には屋外を巡り歩く形となります。
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内部を見学できるのは一部の小屋に展示された宝物や、王宮に関する資料館くらいでしょう。
説明文もインドネシア語が主体ですので、何を意味するのか今ひとつ掴めなかったのが残念でした。
とは言え、常夏の国の建築物群、ふらふらと眺め歩いているだけでも、意外と退屈しないものです。
なんだかんだと数時間は内部を彷徨いて過ごしてしまいました。

ところで、こういう観光地でやってはいけないことの一つに、安易に客引きについていくというのがあります。
特に日本人に日本語で話しかけてくる類は、あまり歓迎すべきではない相手なので無視するか、逃げるのが上策とされています。
普段であれば、あまりこの手のミスは侵さないものなのですが……疲れていたのか、血迷ってしまったのか、やらかしてしまいました。
クラトンの出口でフレンドリーに声を掛けてきたおばちゃん、男2人連れと油断して受け答えしてしまったのが運の尽きです。
あれよあれよとなんとなく連れてこられたのは、王宮に仕える人々が住まうという区画です。
3000人近く住んでいるのだとか、料理人や警備員などの仕事があるのだと聞きながら、誘導されたのはコーヒーショップでした。
2019_03@インドネシアツアー135 2019_03@インドネシアツアー121
路地裏の趣のあるコーヒーショップでは、ジャコウネコの糞から作るインドネシア特産の特殊なコーヒーを取り扱っていました。
いつの間にかバトンタッチした店のおばちゃんは、真剣に製法の説明をしてくれた後にお菓子までくれる大攻勢です。
絵に描いたようなカモられ方をしてしまったなと自覚しましたが、時すでに遅しでしょう。手ぶらで帰るわけには行かなそうです。
言い訳代わりにコーヒーを一杯だけ注文し、雑談がてらにお土産用のコーヒー粉を勧めてくるおばちゃんに苦笑しながら撤収することになりました。
幸いにボッタクリ価格の店で無かったので、案内無しでは入らないような路地に行けた分、楽しい経験と言い張れますが……油断大敵と肝に銘じる体験となりました。

コーヒーショップの後は王宮を回り込むように市街散策です。
2019_03@インドネシアツアー146 2019_03@インドネシアツアー148
道中、どう見てもド派手な自動車のような外装をした自転車に遭遇したりしつつ……市街で方角を見失い、右往左往です。

後で気づいたのですが、迷子になったのはおおよそ昼頃のこと。春分の日近くに赤道直下で、お昼です。太陽が文字通り真上にあり、影は足元真下にしかできません。
普段、何気なく過ごしているようで、どれほど影の差す向きを基準に生きていたのかと、実感する機会となりました。
スマホがなければどうなっていたことか……怖いような、楽しみなような経験です。

それでも、どうにか王宮近くのレストランで昼食を摂れたら、次の目的地であるフレデブルグ要塞博物館へ到着することができました。
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要塞博物館は、インドネシアの独立の歴史をジオラマと当時の品々で紹介した博物館です。
もう少し要塞要素があるのかと期待していましたが、それはそれ。それでもジオラマで再現された重要な会議や戦闘に、英語の説明板がつき、興味深く見学することができました。
かつての蘭領東インド、WW2では日本とも浅からぬ因縁があるだけに、彼ら視線での経験を知ることができるのはとてもよいものでありました。

ただし、ジオラマ見学から建屋の外に出てみれば、空は怪しげな曇模様です。至近距離で雷も鳴り始めて、これはスコールというやつでは? などと期待していたら、あっという間に雨脚が強まり、迂闊に歩けぬ有様になってしまいました。
インドネシアの雨季は一般に11月~3月の間なのだとか。それでも午前中は晴れることが多く、午後になると強烈な夕立になるのが雨季の特徴だそうです。
2019_03@インドネシアツアー170 2019_03@インドネシアツアー176
まさに教科書的な雨季のスコールを喰らわされたような状況ですね。
最初の1時間ほどは、処置なしとして博物館の軒先で雨宿りをしながら、ぼんやり過ごします。
こういう足止めも南国では一興。慌てる観光客や潔く諦める現地民を眺めながらぼんやり過ごせば、それはそれで旅情がありました。
もちろん、永久にここにいるわけにも行かないので、雨の小康状態を突いて、次は古い市場が残る地区へと移動です。
ベトナムや中国でも見たような、布製品を中心に様々な商品が所狭しと並べられた市場を、ぐるりと見物したら夕方も近くなってきたので撤退することにいたしました。

来た道を戻るように、再び歩いて30分ほど掛けてホテルのある界隈へ。
別段、散策した訳でも思い入れがある訳でも無いはずですが、外国人の多い界隈へ戻ってくると一息ついたような気分になってしまいました。
おそらくは似たような観光客が多くなり、なんとなく仲間がいる気分になるからなのでしょう、多分。

ホテルに戻って、街歩き装備を切り離し、一息入れたら夕飯――もとい、呑みの時間です。
ホテル外のバーに繰り出して、ベトナム以来の熱帯ビール体験を楽しみました。
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選んだ店は大通りに面した開放的なお店です。夕闇に映える看板がひときわ素敵でしょう。
加えて、料理を注文すると、何故か店員さんが近隣の店舗から注文の品を持ってくるのも興味深いところです。
料理によってやってくる店が違いますから、この一帯で結託しているのかもしれません。

またその店員さん方も、オフシーズンもあってか、他に客が居ないので非常に暇そうな雰囲気です。
好き放題、音楽を流したりご飯を食べたりするのは全然構わないのですが……謎のミーティングが白熱し始め、話しかける雰囲気でなくなってしまったときは、流石に辟易してしまいました。
2019_03@インドネシアツアー195 2019_03@インドネシアツアー211
なんやかやで河岸を変えて2軒目でもビールを呑んだり、スコールで宿への帰路を妨げられてたりしつつ、22時頃に宿に戻り、就寝となりました。

生ぬるい空気の中で飲む冷えたビールは無限に飲めると思っていましたが、なかなかどうして、格別でした。
しこたま飲んだハズなのに、二日酔いにならなかったのも美味しく飲めた証左でしょう。


斯様な次第で迎えた2日目は、ガイドをチャーターしての世界遺産巡りですが――続きは後日に書きます。

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