月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


下準備の週末

週末ごとに出掛けていた今日この頃。様々な予定や都合の兼ね合いから、久しぶりに特段の遠出がない週末が巡ってきました。


特段に予定がないので土曜の午前中は出張先からの移動で消失。午後から行動を開始し……隣街で知人と飲み会です。
片道で3時間の行程、午後からの活動では実家方面に向かうだけで一日が過ぎ去ってしまいますね。
久しぶりに電車に揺られるだけの休日も悪くはないのですが……。


日曜日は優雅に昼から映画鑑賞。今、一部で話題の「ダンケルク」です。
WW2西部戦線での一大撤退作戦を描いた映画、戦争映画はFury以来です。
内容は終始、淡々と緊張感に満ちた撤退戦の描写、説明は最低限と行った印象です。Wikipedia程度ですが予習した甲斐あって面白かったです。

映画の後は浅草に移動して、フォロワーの朔さん、冴さんと飲み会。朔さんチョイスのなかなか普段では入りにくい居酒屋にて、美味しいお酒を飲んで過ごしました。


平和すぎて何を日記に書けばいいのかわからない週末。最近、イベントが多すぎた弊害ですね。

蘇州上海巡行の話

出張案件にようやく終わりの目処が立ってきた9月半ば。確信は持てずとも、締め時が見えてきたのは嬉しいことです。
去年の今頃は、ちょうどシルバーウィークの長期連休になり1週間ほどの連休でした。
しかし今年は、祝日の配置が合わず3連休が一つだけ。出張なので休暇をフル活用できずとも……もう少し長い休みが欲しいなと、そう考えていたところに降って沸いた有給取得のチャンスが到来です。

チャンスと言っても1日だけ、3連休が4連休に化けた程度ですが、有効活用しない手はないでしょう。
初めはベトナム辺りに行ってみたいと色々検討していたのですが、上手い航空券が取れなかったので、なんやかやと検討しているうちに上海に飛ぶことになりました。

そういう次第で上海と、その郊外にある「東洋のヴェニス」蘇州に行ってきました。


出発は15日の金曜日のこと。その数日前まで、天気予報が台風直撃の進路予想を示していたのですが、蓋を開ければ台風は少し沖縄よりに進路を変えています。
今年の圧倒的な天気運に感謝しながら、成田空港より中国国際航空の上海経由重慶便に搭乗し、初めての中国本土へと向かうことになりました。

飛行機は台風を避けてか、通常の西へ向かう航路を避けて少し針路を北寄りへ。福井の辺りから日本海に出て韓国上空を経由し、仁川国際空港の辺りから黄海を山東半島の方へ横断します。
山東半島付近からは中国大陸の沿岸沿いに南下して、少々遅延しながらも上海浦東空港に到着となりました。
飛行中、黄海上では眼下に文字通り黄色い(泥水のような)海が広がり、雲の影が島影かと勘違いするほどくっきりと見て取れました。
“Yellow Sea”は本当に黄色いのかと、いくら頭では知っていても現実で見ると驚きを隠せんません。1人感激して写真まで撮るのですから、世話ない話ですね。
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上海浦東空港に到着したら、手始めに上海地下鉄のICカードを調達し……調達しただけで使わず、長距離バス乗り場に向かいます。
中国での最初の関門は蘇州行きのバスチケットの調達です。
空港本体と違いあまり案内が親切ではないバス乗り場で、手書きのメモを頼りに何とかチケットを購入し、手荷物検査をパスして待合室にたどり着いたときには、どれほど安心したことでしょうか。
何はさておき、無事にバスの改札も済ませて初めての海外長距離バスに揺られ始めたら、もう残りの行程はどうにかなる気分です。渋滞しがちな高速道路から見下ろす大都会上海の郊外を眺めながら、うつらうつらとしているうちに蘇州駅まで着いてしまいました。
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共産圏の駅らしく大仰な駅舎に迎えられて駅前広場に降り立ったら、最初にすべきは帰路の切符の購入。予めC-tripなるサイトで予約をしていたので、受け取るだけではありますが、窓口が並ぶそうなので先手を打って確保しておきましょう。
長距離列車の切符購入にもパスポートが必要なので、自販機が使えず手間が掛かります。バスと同じく身振り手振りとメモでチケットを確保したら、ようやく当座の憂いは解消した状況です。

地図を頼りに地下鉄に乗って宿に向かい、無事にチェックインしたら、もう怖いものはないので観光に繰り出します。
この日の宿は「平江路」と呼ばれる旧市街保存地区の一角にある古民家を改装したゲストハウス。
柳の並木と石畳、運河が魅惑的な街並みに溶け込む、古風な出で立ちの建物に泊まることができます。
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観光地のど真ん中、素晴らしい景観と立地は文句のつけようがありません。不要な荷物を宿に置いて、夕飯探しがてらに夜の街に繰り出します。

蘇州は春秋戦国時代には呉が都を置いていたという歴史の極めて古い街。後にも隋代に開削された大運河の経由地となり、水運に恵まれて「東洋のヴェニス」と称される水運・商業都市として発展しました。
近代以降も上海郊外の立地にあって、工場やオフィスの立ち並ぶ江蘇省屈指の大都会の地位にある街ですが、旧城内には近代化以前の運河や街並みが残り、連綿と歴史を紡いでいます。
平江路もそんな旧市街の一つ。石畳の街路から隣の水路に目をやれば、水面にランタンの映ったエキゾチックな光景が目に入ります。
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観光用の小舟も浮かび、素晴らしい風情です。
少しだけ心配していた治安や雰囲気も、観光地だけあってか落ち着いていてフレンドリーなので一安心。気兼ねなくカメラを取り出して、夜景撮影できました。
ちなみに夕飯は適当な飯屋に入り込んで、菜っ葉の炒めご飯で済まし、川辺のお茶屋さんで夜を過ごしてオシマイ。1人でBarに入る度胸と財布が無かったのはご愛嬌です。


翌朝、土曜日の朝からが観光の本番。朝方の落ち着いた平江路の風情に迎えられて、ふらふらと街歩きに出発です。
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柳と石畳の街路、生活感のある運河、散策向きの街並みを抜けて向かうのは中国四代庭園の一つ、世界遺産にも指定されている留園です。
平江路から歩いて10分ほどの距離、観光地から外れた旧市街をすり抜けてすぐに、広大な中国庭園が広がります。
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蘇州には数多の中国庭園があり、観光ガイドでも真っ先に記載される観光の目玉。個人的には、庭園鑑賞が目的なのに観光客が多くて落ち着かず、入場料も安くないので、重要視する対象ではありませんが……そうは言っても無視できるものでもありません。
ここまで来てまで省略するのは勿体無い――程度の認識でしたが、それでも流石は名高き庭園です。
人が多く写真を撮るどころではないのですが、橋、池、岩、建屋、見事なものばかりで思ったよりも長居してしまいました。かえって、潔くカメラを諦めてのんびりできたので、人が多くて良かったと言えるかもしれません。

中国庭園への認識が改まったので、勢いに任せて街を歩きつつ有名な庭園を巡ります。
留園から北西にしばらく歩けば蘇州民俗資料館を併設する獅子林に行き着きます。
この庭園は、その林立する独特な形の岩が獅子の如き姿に映ったことから、その名がついたのだとか。
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奇岩奇勝の面白い庭園です。

獅子林の近隣は他にも蘇州博物館や蘇州庭園博物館、4大庭園の一つ拙政園もある観光の中心エリア。
蘇州博物館は1時間待ちに近い行列なので省略して、庭園博物館で予習をしてから拙政園に入ります。

拙政園は蘇州内でも最大の庭園だそうで、確かにその広大さを感じるのですが、比例して観光客の数も莫大です。
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人人人、どこを向いても、少し入り込んだ場所に行っても必ず誰かいるのは呆れるばかりですが……よく考えれば晴天の土曜日に一番有名な観光地にいるのですから、むしろ当然のことと言えましょう。
池や堀を巡らした庭園そのものは、来てよかったと言える見事さでした。

拙政園から西へ向かって大通りを歩くと、行き当たるのが大きな仏塔が目につく報恩寺というお寺。蘇州最古だそうで、三国時代にその原形が建立されたとされているほどの古拙です。
仏塔は南宋時代に建てられたものだそうですから、日本で言えば室町時代頃でしょう。
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観光地を少し離れたお寺は人も少なく落ち着いた雰囲気。境内にはちょっとした庭園やお茶屋さんもあり、歩き疲れて一息入れるには名高い庭園の周辺より良いかもしれません。
ちなみにお茶を注文したら、グラスに茶葉ごと入った状態でやってきます。暫らくすると煎じられた茶葉が沈んで飲み頃になるのですが、そんなこととはつゆ知らずに苦心惨憺して飲んでしまい……とんだ無知を晒してしまいました。
お湯は自由に追加できるので、2杯目からは多分正しく飲めたと思います。

報恩寺の近くから地下鉄に乗って、次に向かったのは山塘街と呼ばれるもう一つの旧市街保存地区。
平江路が旧城内だったのに対して、こちらは地図を見るには旧城外だった様子ですが……今ひとつ確信が持てません。城外と言えど、大運河から城内に通じる水路沿いであり、街路を辿れば古の王の墳墓がある虎丘に通じる一帯なので、往時には町の入口として賑わったのでしょう。
今も蘇州駅から地下鉄が通じ、駅から町に入るとこには観光地然としたキャラクターまで立っていて、蘇州随一の観光街といった風情です。
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土曜の夕方だけに、その混雑ぶりは推して知るべしといった有様でしょう。真っ直ぐ歩くのもままならず、何かお祭りかテーマパークに来たような印象を受けます。
山塘街の町外れまで行って大運河の大きな水路も見物。今でこそ、この辺りでは航行船舶がないようですが、往時には天津から杭州へ通じる水運の拠点だったのだとか。
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見栄えとしては細い水路の方が映えますが、安定した物流に必要なのは味気ないほどの大きな水路です。

ところで、観光サイト曰く山塘街の本番は昼よりも日没後の夜景なのだとか。
日暮れも過ぎて夕飯時なので、時間つぶしも兼ねて街を歩き、適当な“饂飩”屋さんで夕食。余談ながら中国で言う饂飩、つまりワンタンスープのようなものは、この後も小腹が減ったらとりあえず食べる安牌と化してました。
閑話休題、すっかり日も落ちて暗くなってから観光街を見下ろす橋に立てば、その光景は確かに華麗です。
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軒先から吊り下がるランタンと行き交う観光船、街路の明かりと観光客が見事な情景を織り成していました。
橋の上も当然のごとく人集りで、落ち着いて眺める……なんて具合にはいかないのですが、待った甲斐は大いにある光景でありました。

ただ、写真映えとしては山塘街ですが、居心地としては平江路の落ち着いた雰囲気の方が好みでしょう。
しばらく街の雰囲気を堪能したら、宿のある平江路に戻ることにしました。
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平江路の水路を望む日本風寿司屋(?)にて、妙に甘いビール風のお酒を舐めながら夜風にあたって、この日はお終い。



日曜日は蘇州駅から上海行きの高速列車に乗って、“魔都”上海へと向かいました。
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手荷物検査をしてから駅の待合に入り、出発15分前から改札。高速列車は定刻通りに上海へ向け出発し、あっという間の30分ほどで到着です。

上海駅からは空港で買っておいたICカードの出番。地下鉄を乗り継いで、手始めに荷物を預かってもらいに宿へと向かいました。
ところがこの宿に向かう途中、予約サイトの地図と実際の宿の場所が食い違い、見事にあり得べからざる場所へと迷い込んでしまうハメになります。
最終的には住所を頼りに正しい位置を地図から見つけ出して事なきを得たのですが、一時はネットの接続も怪しくなる不運が重なり、あまり長居したくない雰囲気の路地で右往左往する事態にも陥ってしまいました。
今回の旅行で一番緊張した時間です。やはり、紙の地図と事前の調査は抜かりなくやらなくてはいけませんね。

そんなこんなではありましたが無事に宿に荷物を預けたら、上海の一番“らしい”一帯、外灘へ向かいます。
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外灘エリアは本来の上海の城外、清末から民国期にかけて列強諸国の租界が設定された地域です。
その名残で今も数多の西洋建築が立ち並び、上海の紹介では必ず目にするような光景が広がります。
裏路地にも欧風の建物が並び楽しげな雰囲気がありますが、何と言っても目にしておきたいのは岸辺でしょう。対岸に高層ビル群が立ち並ぶかの有名な風景です。
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振り返れば岸辺沿いにも往年の技術とデザインの粋を集めた一級の建築が並び、まさに上海と言った風情。撮影の背景としてもうってつけなのでしょう、結婚式向けと思しきカップルや何かのファッションモデルであろう美男美女を撮っている集団が、幾組も見受けられました。

何はさておき、この光景を見れたので上海での目的は概ね達成と言っても過言ではありません。とはいえ、残りを消化試合にしては流石に勿体無いところ。岸辺沿いに歩みを進め、古来からの上海城内であったという豫園エリアに向かいます。
豫園は明代に造営されたという古い庭園。周辺は豫園商城とよばれる商店街が形成されています。
また周囲の路地を巡れば古い町並みにも出会えるそうですが……今回は庭園と町の神様“城隍廟”を主な目的に設定して散策です。

豫園一帯の入り口は既にあからさまなショッピングエリア。中には様々なお店が詰まっており、日曜とあってか観光客でごった返していました。
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庭園の方もやはり蘇州と変わらず数多の人出。呑気に写真を撮っているどころではなかったのですが、やはり庭園そのものは負けず劣らず見応えのある佳景でありました。
加えて、庭園内で催されていた景徳鎮の陶器(?)でできた楽器による演奏イベントにも遭遇。打楽器だけでなく、二胡や笛まで陶器でできているのですから驚きです。
最初、遠くから音色だけ聴こえていたときには、陶器の楽器などとは全く想像しなかったほど違和感のない音色。どんなふうに作られているのか間近で見たくなるような見事な音色の楽器と、本場の中国音楽の演奏に良い時間を過ごすことが出来ました。
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ちなみにこの日の昼食は商城内のフードコートにて調達。異国のフードコートなど初めての経験でしたが、雰囲気は日本と同様です。
ただ置いてあるものは当然のごとく中華料理が主体。食べかすをトレイや机上に平気で積み上げる文化の違いも垣間見れて、面白い経験になりました。

昼食後は豫園に隣接する上海の町の守護神を祀った道教寺院、城隍廟に参拝。廟内も参拝客で賑わい活気のある雰囲気です。
廟内には守護神だけでなく道教の諸神も祀られており、それぞれの神像が安置されていました。
ちなみに神像の前には神名を記した位牌(?)も置かれ、神名からご利益も推察できる親切仕様。特段の解説こそないですが、あれこれと名前を読み下しながら像を見て回るだけでも楽しい場所です。
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余談ながら、この寺院の主祭神は町の守護神のはずですが、一番大きな神像は漢の名将霍光の像。
解説板曰く、霍光の方が古くから祀られており、上海の原型となる町に多大な貢献をなした人物が後から城隍として祀られるようになったのだとか。町に歴史ありですね。

城隍廟から出たら、地下鉄に乗り込んで今度は対岸のオフィス街へ。上海タワーこと東方明珠電視塔のたもとへやってきました。
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上海タワー、登っても良かったのですが受付で見ると待機列は1時間待ちとのこと! 流石にそこまでして登る気はなかったので、本来の目的であるタワービル内の上海城市歴史資料館見学だけ行くことにしました。
この資料館、観光ガイドで見てもわかりにくいのですが上海タワー直下のビル内にあり、タワーの展望台に登ると、降りてきた際に無料で見ることができます。
また、資料館だけの入場券存在し、この場合は入り口から直でビルに向かう専用ルートへ案内されて入ることができます。
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展示内容は上海の原型となった明代の農村の様子から始まり、開港と租界の形成による町の発展をジオラマや蝋人形を交えて紹介しています。
数多くの精巧なジオラマや模型が展示され、見応えは十二分。ここだけでも数時間は居れそうな充実の展示内容です。
時間に余裕があるなら上海タワーにも登っておきたいところでしたが、ここだけでも手間かけて来た甲斐は十分にありました。

そんな訳で資料館で過ごしているうちに、外はすっかり黄昏時。岸辺に舞い戻って夜景鑑賞の時間です。
外端を望む側からの光景は川面に町あかりが反射して、ライトアップされた洋館の立ち並ぶ様と合わさって幻想的な様相です。
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観光隧道を経て外灘側からオフィス街を見やれば、こちらも行き交う観光客越しに輝かしいビル群が聳え立ち、まさに未来都市の様相。
どちらから見ても息を呑むような光景を、存分に堪能する事ができました。
夜景鑑賞後は近隣の飯屋で夕飯を摂って、宿に帰還。テラスから夜景を眺めつつビールを舐めて眠りにつきました。

そんなこんなで最終日となった月曜日。飛行機は夕方の便だったのですが、無闇に遠出する度胸もないので、市街にある施設に滞在時間の大半を費やすことにします。
朝食の調達に苦労して、同宿のハルビンから来たという青年に助けられたりしながら、向かった先は上海博物館。
上海博物館は中国三大博物館にも数えられるという中国有数の博物館。青銅器のコレクションを始め、書画や印章、少数民族の産品、玉類等など、種々の美術工芸品が収蔵されています。
4階建ての広大な博物館、半日を割り当てれば十分かと思っていたのですが、豈図らんや多様で興味深い代物が目白押しで終りが見えません。
結局、空港へ向かうタイムリミットのギリギリまで博物館内に齧り付いて過ごし、代わりに昼食を食べる時間が消滅する有様でした。
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余談ながら、そんなタイムリミットと戦いながらの空港行きには、折角なので上海リニアを活用。値段が地下鉄の数倍するのですが、乗らずに帰るてもないと奮発して行きました。
ただし乗り心地は普通の特急列車と大差なし。ダイヤの都合もあってか時速も300km/h止まりであったのが少し残念でしたが、初めてのリニアモーターカーもいい経験となりました。


しかして、無事に空港にたどり着きチェックインと出国もこなせたら、後は日本への帰りの離陸を待つばかり。
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帰路の飛行機は黄昏空の下、針路をまっすぐ東に保って九州を横断し、四国の沖合から成田へと飛んでいきました。


なんだかんだで初めて私用で海外に出たのはちょうど1年前のこと。
それから1年で台灣、香港、マカオ、韓国、イタリア、中国本土と、6つの国と地域に行ってしまいました。
もうそろそろ航空券的に手頃な行き先はネタ切れ気味でしょうが、パスポートのスタンプが増えていくのが楽しくなってきています。

霊峰富士登拝のこと

相も変わらず慌ただしいなかで、寸暇を惜しんで旅行に出る日々。
先だって友人の“えめろん”氏が「富士山頂の御朱印が欲しい気がする」と、ざっくりとした誘いをかけてきたので、渡りに船と話を具体化していたのが8月下旬のこと。
諸々の準備が整い、登山期間の終わりも迫っていたので、ついに決行したのがこの週末のことでした。


そのような次第で土曜日は新富士駅にて、えめろん氏及び元寮生と待ち合わせをして、えめろん氏の車で富士山方面へ出発です。
途中、富士宮の浅間大社にて登山の無事を祈願し、昼食と登山物資の補充を行って、富士宮口の五合目を目指します。
2合目に相当する水ヶ塚の駐車場に車を置いて、シャトルバスに乗り換えて、九十九折の山道をしばらく揺られていれば五合目に到着です。

五合目から先は登山道、両の足だけが交通手段となります。
慎重に装備を整えて、ゆっくりと無理のないペースで登りましょう。
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もっとも、土曜日の到達目標は歩いて20分内外の六合目まで。ここの山小屋に宿泊予約をして、明朝から山頂を目指す段取りです。
かなり悠長に15時頃から登り始めても、夕食まではだいぶ余裕のある時間に到着してしまいます。
仕方ないので腹ごなしがてらに、歩いてすぐの宝永火口見物に往復です。
宝永火口は江戸時代、宝永年間に起こった記録上最後の大噴火で出来た火口。富士山の脇腹に巨大な穴を穿ち、関東一円に火山灰を降らせたと当時の書物に記録されているそうです。
静岡側から観る富士山にはアクセントのごとく付きものの宝永山ですが、間近で見るとその雄大さに度肝を抜かれます。
そのすり鉢状の窪みは澄んだ空気のもと手に取るように全容が見渡せるのですが、火口底にいる人間は豆粒の如き大きさに過ぎません。雲もまた時々刻々と姿を変えつつ、添え物のように火口内で渦巻き、あるいは山裾を這うのですから、いつまで見ても飽きない不思議な光景でした。
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しばらく火口を見学したら、山小屋に戻って翌日に備えます。
目の前に広がる青空と雲海、夜の星空と日曜の登山に期待で胸が膨らむ思いで夕飯を食べ、のんびりと夜の帳が降りるのを待ち構えました。

夜は晴れたり曇ったりの中で、月の出が迫った20時頃が一番の好条件。南の空に天の川が流れ、眼下には裾野から富士、富士宮を経て、清水辺りまでの夜景が広がります。
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一瞬の好条件を突いて空を見上げて星を撮ったり、さもなくば流れる雲を追ってボンヤリと夜景を眺めたり。風の強い富士山らしい、一時も休むことなく変化する雲の様子はどれほど見ても見飽きませんでした。

星撮りに寒さの限界を感じ、消灯時刻も迫った21時前でこの日は諸事を終えて就寝へ。
翌朝は午前5時には起きて、日の出の前には出発です。
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払暁の空もまた雲が下から照らされて、独特の陰影を描き出し美しい限りです。
目指す先は富士山頂、見飽きぬ雲の表情とは反対に登山道は本当に一様の上り坂で、先々が思いやられるほど気の遠くなる道のりでした。
だんだん薄くなる空気と険しくなる坂道。加えてこの日は登山期間の最終日とあって、山小屋も宿泊客を送り出したら店じまいの準備を初めています。
物品の販売はまだしも、トイレも閉鎖されてしまうのですから少々焦りを感じてしまうのはご愛嬌ですよね。
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余談ながら富士山の八合目より上側は、登山道や諸施設を除いて浅間大社の境内地の扱い。八合目の山小屋近くには雲海を見下ろすように境内地を示す鳥居が立ち、神域に入ったことを教えてくれます。

ちなみに危機感の方は、九合目の山小屋も閉鎖済みなことを確認して、いよいよもって具体性を帯び始めていたのですが、幸いなことに九合五勺の山小屋は未だ営業中だったので事なきを得ます。
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九合五勺、英語表記では“9.5th Station”となるそうで、なんとも直球ですが……ここに山小屋があるのはやはりこの辺に需要があるということなのでしょう。
ここを過ぎたら、いよいよ頂上に至るのみ。麓からは笠雲に見えるだろう層状の雲の向こうに、ゴールを示す鳥居が見えていました。

最後の一息を登りきり、頂上に鎮座する浅間大社奥宮に辿り着いたのは10時を少し回ったくらい。社務所もこの日で閉鎖とのことであり、見れば御朱印受付も10時までと掲示されています。
ダメ元ながら大慌てで社務所に駆け込めば、幸いにも締め切り直前、最後の呼びかけの真っ最中。どうにか無理を言わずにお願いできるギリギリのタイミングだったようです。
図らずも、今シーズン最後に御朱印を受け取った男になってしまいました。
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そういう次第で奥宮に参拝して御朱印を頂戴したら、真の最高点、剣ヶ峰へ。カルデラ一周のお鉢めぐりコースを時計回りに辿って、目指します。
歩くと言っても、お鉢めぐりは稜線歩きのようなもの。高低差も少なく、いつの間にやら笠雲も晴れて晴天下の気持ち良い高原散歩気分です。
剣ヶ峰の頂上部までは奥宮から歩いて20分弱。旧富士山測候所の目前に二等水準点と「日本最高峰」の記念碑があります。
当然ながら記念撮影に大人気のスポットです。寄ってたかって写真を撮っているので、もちろん我々も撮影します。
折角なので、普段はやらない自らも写った記念撮影までしてしまうくらい、達成感がありました。
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お鉢めぐりコースは剣ヶ峰からカルデラ沿いにさらに1時間ほど掛けて一周し、奥宮の前に戻ってきます。
途中には山梨側からの登山道のゴール、吉田口の久須志神社と山小屋群や御殿場口の登山道への分岐路があります。
久須志神社の方は案の定、着いた頃には閉鎖済み。奥宮の御朱印がもらえただけでも御の字だったと思いながら参拝し、下りの安全を祈願して富士宮口に至りました。


下山は富士宮口ではなく、お鉢めぐりを少し戻って御殿場口から。途中で宝永山経由の分岐から富士宮口の六合目に至るコースを辿る予定で進みます。
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御殿場口の道のりは雲に覆われがちな天候もあってか、富士宮口よりも荒涼とした印象を受けます。
実際、交通量も少ないのかもしれませんが、道々の山小屋も一時閉鎖ではなく廃業(休業?)している箇所が見受けられます。
なかには建物すら崩れ去り、自然の厳しさの前に文明を維持する難しさを見せつけてくるような光景もあるくらいです。

そんな御殿場口の下りの醍醐味は、六合目付近から始まる下山専用の砂地「砂走り」です。
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砂場のような足元に下り坂も相まって、名前の通り砂の上を走るように降りることができます。
このため、下りだけ御殿場口を使うなんてパターンも多いほどだとか。確かに下りやすく、砂走りに入ってしまえば今まで歩いたのが馬鹿らしくなるほど呆気なく宝永山方面の分岐まで着いてしまいました。

宝永山は宝永火口の脇、噴火で吹き飛ばされたときに残された出っ張りのような形をしている富士山の側火山です。
山と言えど、あくまで添え物のような存在。御殿場口の分岐からはほとんど高低差もなく宝永火口の縁を辿っていけば行くことが出来ます。
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しかしながら、その光景は雄大以外の何物でもない素晴らしい鷹揚さ満ちています。
砂山のようになだらかな宝永山の道もさることながら、振り返ったときに目に映る富士山と宝永火口のスケール感こそ、語彙が足りなくなるような力強さがあります。
恐らく、富士山を登っているときよりも、頂上から四方を見渡したときよりも、何より富士山の雄大さを感じるような光景な気がします。
途方もないほど巨大な砂山が、途方もないスケールで“少しだけ”削られている様を観るためだけに、もう一度ここに来てもいいと思える光景でした。
また、一応は山としての体裁もあって頂上には石柱も設置されています。天気のいい日には、またここも山中湖から御殿場にかけてを見渡すことができるそうなので、そんな機会もあればいいことでしょう。
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宝永山から富士宮口の六合目は下り側では30分ほど。降り来たって振り返れば、にわか雨が虹を伴いながらこちらに向かっている様子が見て取れます。
タッチの差で逃げ切ったと言うべきでしょうか、追いつかれてはたまらないので、急ぎ目で五合目に戻り無事に富士山頂上制覇からの下山を達成です。

降り着いたのは16時前後のこと。都合11時間ほどになる計算ですから、ほとんど半日は山を歩いてたということです。
人間って随分とタフな生き物だと、我ながら感心してしまいます。


五合目からは来た道を戻るようにバスと車を乗り継いで新富士駅近くの銭湯へ。
お風呂で一息入れてから夕飯を食べて、新富士駅にて解散。各自家路に就くことになりました。
例のごとく、私はそのまま出張先へ直行ですが……それはまた、それ。

日光家族旅行の話

恙無くも延々と続く出張の日々。もはやどこが地元かもあやふやになる長月序盤です。
9月最初の週末も例によって出張から帰れば、内房の自宅にはタッチ・アンド・ゴーでお出かけです。

一旦、実家に帰り家族を車に乗せたら、北東方向に針路を取って一路、群馬県へ。
最近就職により群馬県某市に引っ越した下の妹をピックアップしたら、向かった先は栃木県の日光です。

日光へは去年の冬頃にも行った気もするのですが、今回は家族旅行。父親の希望もあったので、特に異論を挟むこともないでしょう。
土曜日はおなじみの東照宮や輪王寺がある一帯に車を停めて観光です。

輪王寺は未だに修復中で外側を工事用の屋根で覆われています。
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前回はパスした大猷院は江戸幕府三代将軍徳川家光の墓所。拝殿は金閣寺や中尊寺金色堂に匹敵する金箔を多用した建築なのだとか。
内部まで入ることが可能なのは大猷院のみであるそうで……主たる観光ルートからは外れてますが、意外と面白い施設でありました。

またおなじみの二荒山神社と東照宮にも当然参拝。
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東照宮は閉門ギリギリの参拝となってしまい、少々慌ただしい拝観でしたが薬師堂内の鳴竜も観ることができて前回以上に修学旅行感がありました。

東照宮参拝後は、この日のお宿へ。
お宿は奥日光湯元温泉なる日光の更なる奥地にあるので、かの有名なるいろは坂から中禅寺湖畔を経由して向かいます。
道中、中禅寺湖では霧に包まれた幻想的な夕暮れにも遭遇。真正面から撮れる場所まで探してる余裕はありませんでしたが、それでも、何だか不思議な光景を観ることができました。
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中禅寺湖から戦場ヶ原を経て、湯ノ湖の湖畔にある温泉宿に着いた頃にはすっかり日も暮れて、夜の帳が下りきる頃合い。
折角なので夕飯前に湖畔まで出れば、晴れ上がった空に月が煌々と輝き、鑑のような水面に山並みの影を落とす見事な景色を演出していました。

斯様な次第で、この日の夕飯後は「親の金で高いお酒を飲む」回に。栃木の種々の地酒を呑み比べて、気持ちよく寝てしまいました。


翌朝は若干の二日酔いを気合で押し流しながらの出発。来た道を戻るようにしながら、逐次寄り道をする計画です。

一つ目の寄り道先は湯ノ湖から下ってすぐにある日光三名瀑の一つ、湯の滝です。
湯ノ湖から流れ落ちる故に湯の滝だそうで、実際に温泉も流入しているそうですが別段温かい訳ではないのだとかなんとか。
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滝沿いに遊歩道も整備され、下からの偉容も上からの迫力も拝むことができます。
急峻な崖から落ちるというよりは、急な坂を下る急流と言った印象の滝。随所で上がる水しぶきが綺麗な光景でありました。

続いて訪れたるは湯の滝直下の戦場ヶ原。小学校の修学旅行でバスの車内から眺めて以来の見学ですが、当時ココを見た記憶はあんまりないので、実質初めてでしょう。
「戦場ヶ原です」と妙に所在を強調した駐車場の看板に案内されて、展望台から湿原を一望します。
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トレッキングコースもあるので、歩いて巡ることもできるのですが、今回はあくまで家族旅行。足腰に優しくあるため眺めるだけでおしまいです。

続く竜頭の滝も同じ川の流れからの景観です。
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滝の最下部にある大岩を竜の頭に見立てたとも、あるいは別の見方があったとも……名称の由来が諸説ある竜頭の滝ですが、なかなかどうしてキレイな光景です。
滝壺に煌めく虹が映えますが、紅葉の季節になればなおきれいなことなのでしょう。

竜頭の滝を経れば川は中禅寺湖に注ぎ込み、車道も川沿いから湖畔沿いの道に変わります。
北に男体山を観ながらしばらく走れば男体山の登山口、二荒山神社中宮祠に至ります。
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背後に男体山を配し、正面に中禅寺湖の水面を見据えた景勝地に鎮座する中宮祠は、通常の神社としての機能だけでなく男体山山頂に鎮座する奥宮への登拝者管理も担っています。
社務所では登拝者の記名や登山道に関する情報提供、登拝記録が行われております。さらに併設する宝物館では山頂で発掘された千余年に及ぶ山岳信仰の遺物も展示されていて、一種古風なビジターセンターといった雰囲気を醸し出していました。

中宮祠から湖畔沿いに更に進んで行くと、日光方面への分岐を過ぎて大使館別荘の並ぶ景勝地の一角、立木観音に至ります。
その名の通り、日光開山の祖にして男体山に初登頂したと伝わる僧侶、勝道上人が“一本の立木から彫り上げたとされる観音像”を本尊とするお寺です。
実際のところはもう少し後の時代の仏像と考えられるそうですが、細かいことは無粋なのでしょう。拝観料を払えば、本尊を直接拝見することができますが、素朴な作りで随分と大きな仏像です。
仏像の技巧はよくわかりませんが、これほど大きな立木があり、それを削って仏像にしたのか……とその労力を想像すれば恐れ入るより他にありませんでした。
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立木観音の見学を終えたら、最後は華厳の滝と隣接する栃木県自然博物館を巡って、帰路へ。

日足トンネルを経由して、渡良瀬川沿いに群馬県にて妹を降ろして終わりとなりました。
私の方もまた例によって出張があるので、そのまま別れて東京駅方面へ。旅行から出張先に直行ですから忙しないですね。


そういう次第で帰らないままの宿暮らし。コインランドリーの活用が捗ってしまいます。

立山再拝の話

相も変わらぬ根無し草の今年2017年。気付いたら職場に新人が配属されていたそうですが、つい先日まで顔も知らなかったのですから重症です。
知らぬ間に馴染まれてしまっては先輩としての立場がありませんね、存在感が薄くては仕方のないことですが……。

さて、天候に今一つ恵まれなかった今夏ですが、珍しく快晴の週末となった8月最後の週末、26日と27日。
出張案件のスケジュールが久しぶりに遠出に好都合な配置となったので、気合を入れて遠出することにしました。
目的地は6月にも訪れて、息を呑むような雪景を目の当たりにした立山黒部アルペンルートです。
雪が溶けたら登りに行こうと思っていた立山、2ヶ月越しに手の届くところまで機会が巡ってきたのですから逃す手はない次第です。


今回の出発地は神奈川の実家でしたが、経路は基本的に前回と同じ。中央線のあずさ3号に乗って11時過ぎに信濃大町駅に。
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お盆休みを外しているとは言え、雪が溶けきったハイシーズンのアルペンルートです。トロリーバスのある扇沢駅行きのバスもほぼ満席となる混雑ぶり。
つい先日も乗った関電トンネルトロリーバスに乗り込んだら、あっという間に黒部ダムに到着してしまいます。
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前回と打って変わった晴天ぶり! 夏の観光放水も行われていて、まさしく観光地として知ってる黒部ダムの風情です。

特に観光放水は前回見損ねただけに、目の当たりにすると現実感のない規模に圧倒されてしまいます。
ダム直下の自然環境に配慮して噴霧状に放水するという特殊な放水口、パッと見ただけではそういう物かと思うばかりですが、直近の作業通路に人が立てば目を疑う巨大さをより実感することができます。
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遠目にはホースのお化け程度に見えた放水口の水の筋一つ一つが、実は人の背丈ほどもある事実。
巨大構造物の偉力をまざまざと感じさせられます。可能なことなら近くに寄って見てみたいですが、どうすれば良いのでしょうか。

荒々しい観光放水の一方で、黒部ダムの上面は晴天下の穏やかな休日そのもの。凪いだ湖面が深緑の水を湛えて黒い山並み、青い空との対比を彩ります。
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ダム上にはゆるキャラのきぐるみも現れて……なんか記念撮影もしていました。

黒部ダムをひとしきり観光したら、次はケーブルカーで黒部平駅。前回は雪と雨に閉ざされていましたが、季節が巡れば蝶と高山植物の宝庫です。
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黒部平駅一帯は駅施設と高山植物園から構成されています。
高山植物園はその名の通り、様々な花や蝶を観察することができるのですが、特に薄い水色と茶色に彩られた大きな蝶がよく目について気になります。
案内板曰くアサギマダラという種類なのだとか。上高地に行ったときも見かけた気がしますが、Wikipedia曰く「標高の高い山地に多く生息する」とのこと。なるほど、然りです。
他にも「写真のほか何もとらない、足跡のほか何ものこさない」と標語が書かれた看板も、文言の簡潔さが印象的です。重箱の隅なことを言えば、足跡も残さない方が良いのですが……自然観察では大事にしたい心がけですね。
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黒部平から次の大観峰駅はロープウェイで一飛び。大観峰駅、何度見ても何故そこに駅を作ろうと思ったのか不思議なほど、絶壁に張り付くその立地に驚かされます。

大観峰駅は軽く見物して通り抜けて立山トンネルトロリーバスを室堂まで行けば、この日の目的地は着いたも同然です。
夏日快晴の室堂平は絶景の一言、他に何の説明も要りません。
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みくりが池に立山の山並みが映り込む様は、パンフレットで憧れた高山の景色そのままの息を呑むばかり素晴らしさです。
このまま永遠に眺めていられそうな絶景のなかを、何者にも煩わされず歩けるのですから幸せそのものと言っても過言ではないでしょうか。
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室堂平から遊歩道を経由して、東側に雷鳥沢という広い谷へ向かいます。その谷の陰の辺り、圏谷の絶景を正面に見据えた立地に、この日泊まった雷鳥沢ヒュッテがありました。
お宿は嬉し恥ずかしの山小屋初体験。大部屋に布団を敷いて寝る雑魚寝スタイルや、充電用のコンセントがないこと、電波もあんまり入らないこと……などなどと山の宿の洗礼に最初は面食らいましたが、慣れれば面白いものですね。
立山を真正面に望める温泉があり、絶景を眺めながら一日の疲れを癒やせたときは、これだけでこの週末は報われたと言い切れるほどの贅沢を感じました。

山小屋での夕食後は茜色に染まる立山を望んでいるうちに夜に。欲を言えば少し足を伸ばして、夕陽の映える景色を撮りたかった行きたかったのですが、刻一刻と変化していく絶景を前に、部屋に戻って装備を整える時間すら惜しく感じてしまいました。
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ひとまず部屋に戻り、夜半に再び外へ出たのは星を観るため。予期してなかったのですが、右側に仄かに光る雲のようにそれは、恐らく天の川。
写してから気付いたので、驚きと興奮でテンションは高まるばかりです。肉眼では残念ながらよく見えなかったのですが、写真で知ってる光景と同じものを、自分でも撮れたことの喜びは一塩でありました。


斯様な次第で早寝早起き、21時には寝付いて5時過ぎには起床し、6時の朝食を摂ったら日曜日はいよいよもって立山目指し出発です。
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日の出後も山の陰にあたる雷鳥沢は薄暗い日陰の様相ですが、気にせず出発してキャンプ場の真ん中を経由し浄土沢の筋を目指します。

この日の登山経路はガイドマップにもあまり載っていない通称「神の道」と称される浄土沢沿いに一ノ越まで上がっていく登山道です。
地図に道筋こそ載っているものの、あまりにも案内がないので不安に思っていたのですが、現地で聞いてみると余裕をもって歩ける道になっているとの情報。
「キャンプ場を過ぎて、浄土沢の橋を渡ったら右側へ」と経路の入り口に関する説明こそ、少し心もとないですが大丈夫。この日は見通しの効く天気だったことも幸いして、迷わずに目的の道を見つけることができました。
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案内板が壊れていたことだけは……少し不安になりましたが。

立山登山の主要ルートは、室堂のバス停付近から真っ直ぐに一ノ越と呼ばれる立山と浄土山の鞍部に至り、そこから稜線沿いに頂上を目指すもの。もう一つに、雷鳥沢から別山や剣岳のある方面へ斜面を登り、稜線沿いに立山に至る経路です。
浄土沢の登山道はちょうどその中間、雷鳥沢から一ノ越方面へ谷を遡り、途中で室堂からの経路に合流するものです。雷鳥沢まで来たものの、圏谷を大回りするような稜線巡りに付き合うほどの自信がない人にうってつけな短絡ルートになります。
谷筋なので雪解けが遅いのと沢越えがあるのが難点でしょうが、この季節なら高山植物が美しく傾斜も穏やかな、まさに浄土のごとき道のりとなります。
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日陰ながらも気持ちのよい道程。何も言うことはありません。ただ、淡々とせせらぎに耳を傾けながら登るのみです。

一ノ越まで至れば日陰を脱して、高山らしい透き通った強烈な日差しが急激に差し込みます。
ここで一休みして、水分補給やトイレを済ませたら、いよいよもって立山の頂へがれ場を一直線に上がるだけです。
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見るからに急傾斜、簡単に崩れて小石が降ってくる物騒な道程ですが、ここまで来たらワクワクが止まりません。標準的には1時間ほどの道程を、標準通りに1時間ほどかけて登れば、ついに目的地の立山は雄山の山頂に鎮座する雄山神社です。
頂上付近には休憩小屋も兼ねた社務所があり、神職さんや巫女さんも駐在してお守りや御朱印から豚汁にビールまで売っています。
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真の頂上へは登拝料を払うと入ることができますが、合わせてちょっとしたお祓いもしてもらえます。
お祓いの際には神職の方から簡単な山の解説もいただけるのですが、曰く立山は日本三霊山で唯一、他の二つの山が見えるところなのだとか。
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そうは言っても、特に富士山は条件が良くないと見えず、曇り続きの今シーズンではこれほど綺麗に見えるのは珍しいとのことでした。
掛け値なしに運が良かったと言えそうです。

ちなみに立山は正確には神社のある雄山の他に、大汝山、富士ノ折立と合わせて3つの峰の総称なのだとか。
一つ目の頂には至りましたが、残り2つも稜線沿いに40分ほど辿れば行けてしまうそうです。
この絶好の日和のもと、ここで登らずに引き返す手はないですよね。慌てず無理せず、でも積極果敢に進んでいきましょう。
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立山の最高峰にあたる大汝山は標高3015m、雄山も3003mあるそうですから、これで3000m越の大台突破ですね。
大汝山の頂からは眼下に黒部ダムのダム湖、黒部湖の全容を眺めることが出来ます。
視界の左端にチマっと置かれた板のようなものが、前日に魅入ったあの偉大なる黒部ダムです。あの現実感のなかった巨大構造物が、大自然の作りだす大きさの前には豆粒にも等しい対比になってしまうのですから、声になりません。
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信じがたいものを見た思いで頂上を後にすれば、こちらの峰の直下にも休憩小屋があります。
案内板曰く物資はヘリ輸送しているのだとか。どうやって荷物を運び上げるのかと不思議に思っていましたが、答えは存外に力技なんですね。文明万歳です。

最後の峰は最も低いのに妙に険しい富士ノ折立。皆さん揃って稜線の少し広くなった場所で荷物を降ろし、手ぶらで頂上に挑んでいたので、見習ってカメラ片手に登って撮って降りてきます。
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これにて3つの峰を登り終えたので、胸を張って立山登山したと言えることでしょう。

富士ノ折立から向こうにも稜線沿いの道は当然ながら続き、雷鳥沢に戻る経路や、はたまた立山三山の別山やかの有名な剱岳へと通じる道も用意されています。
魅惑的な天気と道程ではありますが、時間も装備も体力も流石に不足気味。調子に乗って山に呑まれては元も子もないので、後ろ髪を引かれる思いながらに引き返すことにしました。
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稜線を辿って雄山神社に帰れば、いつの間にやら登山客でごった返しています。
朝食を食べてから来たのか、はたまた麓からの初バスで来たのか、これ程の人が集まるとは流石に想像していませんでした。
お盆など立錐の余地もない状況に陥ってしまうのではと心配してしまいます。

雄山神社の売店で豚汁を食べて昼食としたら、今度は登りより危ないという下り行程の始まりです。
列をなして登る登山客を尻目に、崩れやすい足場を慎重に一ノ越へと戻りました。
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一ノ越からは道が二手に別れ、一つは真っ直ぐにバス停のある室堂へ戻る主要なルート。もう一つは隣の浄土山を経由して大きく巡りながら室堂へと降りるルートです。
大回りコースこそ断念しましたが、天気も時間もまだまだ余裕のあるタイミング。休憩がてらに一ノ越で経路を再検討し、少し遠回りしてみることにしました。
浄土山は立山と異なり、上までなだらかで今ひとつ頂きのわからない形をしています。頂上と思われる場所も広々とした空間が広がり、富山大の観測施設(?)なんかも立てられているほど。先程まで居た峰々とはだいぶ印象の異なる山並みでした。
それでも振り返れば、眼前には先程まで居た立山の偉容が聳え立っています。
さっきまであそこに居たのかと思うと、不思議な感慨が湧く光景。澄んだ空気のせいか、それともその巨大さのせいなのか、妙に遠近感が狂い、つい先程に2時間掛けて歩いた道程のはずが、一っ走りすれば行けてしまいそうな気がしてしまいます。
「目の前に山があったから登った」といえば、登山好きの狂った感覚を端的に表す小話のようですが……こうやって手の届きそうな明瞭さで頂上を示されれば、その気持もわかってしまいそうな光景でした。

そんなこんなで浄土山を越えて、眼下に室堂平が見えてきたら山歩きも終りが近いです。
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整備された遊歩道に戻ってきたら、気分は下山したも同然の一安心感。改めて周囲を見渡せば、数時間前まであの峰々に居たのかと、近いような遠いような不思議な気分になります。

無事に平野にたどり着いたら、最後の仕上げに前回は雪の下に隠れていた立山室堂を見学。この立山室堂は室堂平の名前の由来ともなった現存最古の山小屋として重要文化財指定されているのだとか。
中は簡単な資料館として見学可能な施設となっており、往古の山小屋の構造や立山信仰について学ぶことができます。
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隣の室堂山荘の食堂でカレーを食べたら、下山客でごった返すバスに乗り込んで富山駅を目指すのが最後の難所でしょうか。
継ぎ目なくやってくる高速バスよりも、その乗り継ぎ先、美女平から立山駅へと下るケーブルカーが大変だったことだけを特筆しておきましょう。

無事に富山駅まで戻ったら、駅前の飲み屋さんで新幹線の時間まで富山の幸を堪能して、関東へと戻ることになりました。


月曜は幸いにも夕方からの勤務だったので、午前中はぐったりと体力回復に充てて午後に出勤。
出張先での肉体労働、頭を使わないので次の目的地探しで頭はいっぱいです。

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