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月曜備忘録

東奔西走したり、近場をさまよったり、お家でぐったりしたり……週末の所業や所感を記録する場所(旧名:兵站の鬼を目指して……)


真夏の祭典と帰省

研修課題に精神的にすり潰される8月半ば。
お盆休みといえば、最低でも5連休は欲しいところ……だったのですが、諸々の不都合が重なってしまい、金曜の休暇が吹き飛ぶ状況になってしまったのですから世話ありません。
心身ともに重圧が掛かるようで、そろそろ転職を真面目に考える時期が来ているのかもしれませんね。


ところで、そういう次第で初日を仕事でスルーする羽目になった平成最後の真夏の祭典、コミックマーケット94。
始まりは金曜の夜、定時で仕事を投げ出してから片道2時間掛けて東京に向かい、コミケ初日に参加していた大学院の友人と落ち合うところからスタートです。
出発の段階から田舎を呪い仕事を呪い、到着すれば社畜ぶりを煽られて呪いを深める出だしながらも、久しぶりに会って飲めば楽しいものです。
秋葉原のビール屋さんで、仕事の愚痴など垂れ流しながら過ごせば、終電間際での実家への帰宅となりますが、これも致し方ないことでしょう。


実家で一泊して、態勢を整えたら満を持してコミケ2日目の有明に遊びに行きました。
もっとも、この日は主に女性向けの日。12時頃にビックサイト入りして、声優島でサークル参加していた和泉冴氏とゆるキャン本を出していた軍手氏に挨拶をすれば、この日のタスクは完了です。
しばらく東館を散策し、企業ブースを確認したら、用事も済んだと撤収する段になってしまいました。

ゆりかもめで撤収後は、新橋駅で大学の後輩“こっぽら”氏と昼酒を嗜んでから、大学時代の友人連中と合流して更に飲み明かす流れに。
お好み焼き屋さんでビールをたらふく飲みながら色んな話をして、その後に日本酒バーでもう少し飲んだら、どうやって帰ったか記憶にない有様でありました。


そんなこんなであっという間に迎えるコミケ3日目、エロ本と評論と鉄道ミリタリーに創作まで集まったカオスな日。
この日は流石に行くべきところも、行きたいところも多いので、11時過ぎには到着するように朝からちゃんと起きて移動です。
途中、大井町駅で朝食を摂り、いつもどおりに11時半頃に国際展示場駅に到着します。
ところが、そこで目にしたのはビックサイトから延々と連なり、未だに回収されない長大な待機列の姿です。
普段の感覚で言えば、とうの昔に列など捌けている頃合いなのですが……どうにもならない日というのもあるものですね。
30分ほど列で足止めを喰らい、実際に入れたのは12時頃のこと。
あとから知ったことですが、今年は特に3日目の参加者が多く、列が捌けたのも12時半を過ぎていたのだとかなんとか。

それはそれとして、入ってしまえばこちらのもの。フォロワーさんや、知り合いの方に挨拶回りをして、創作島を散策して本を増やして過ごせば、終了時間も間近に迫ってしまいました。
最後にフォロワーの優月さんと合流して、ビックサイト内の飲み屋で一杯。その後は水上バスで浜松町に向かい、増上寺近くの蕎麦屋で“蕎麦屋で日本酒”と洒落込んでから、優月さんと別れて親の実家がある静岡へ向かいました。


静岡へ行ったら、ここからはお盆休みですね。
珍しく従姉2人とも夫婦で揃っているので、親族の大人は上の妹以外ほぼ勢揃いの状況です。
飲んで騒いで、ちびっこの面倒を見て……近くの川に遊びに行ったり、花火をしたりして2泊ほど過ごしました。

本当はそのまましばらく滞在したかったのですが、名残惜しいながらも14日の火曜日には終電間際の列車を乗り継いで内房へ。
今日15日は世間の夏休みモードと、出勤する自分の落差に苛まれながら過ごして、今に至ることになりました。


来年は……権利を行使するか、はたまた職場ごと変えてしまうか……いずれにしてももっと長い夏休みが欲しいところです。

10回目の河口湖の生音

照りつける太陽、真っ青な空に湧き立つ白い雲、湖畔を走る心地よい風と雲間に見える富士山。そして、不意に襲い来る夕立。
今年も8月の第一週が、毎年心から楽しみにしている夏一番の楽しみが、ついにやってきました。

前日は珍しく早めに仕事を切り上げて実家に帰り、早めに就寝して体調を整えましょう。
土曜日も早めに起きて、余裕を持っていざ出発です。
中央線河口湖行き直通列車に乗り込み、ロングシートで微睡みながら、見慣れたあの駅へ向かいましょう。
移動中の車内で、今回の同行者である朔さんと合流したら、降りるは富士急行の終点、真夏の河口湖駅です。
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毎年恒例の少し間の抜けた茅原実里さんの駅放送を聞き、改札に掲げられた横断幕と等身大パネルを目にすれば、今年も大好きな夏にやってきた実感が湧いてきます。

ひとまずは湖畔に降りてぶらりとビールを補給。
いつぞやも訪れたハーブ館で今年も一杯引っ掛けてから、近所のスーパーで夜の買い出しをして、いつものキャンプ場へ向かいます。
キャンプ場でもう一人の同行者、元寮生とも合流し、荷物を予約したコテージに置いてしまえば、準備は完了です。
いざ、1年ぶりの河口湖ステラシアターへ、長い長い富士山へ向かう登り坂を歩んで行きましょう。
道中のショッピングセンターでの昼食と買い出しも、既に半ばのお約束ですね。

いつもより少しばかり早めの15時前に開場前に到着すれば、ちょうど河口湖ライブ10回目記念の植樹祭(!)が佳境を迎えています。
告知を見た際には「植樹とはいったい……?」といった印象だったのですが、ライブMCで聞くところによれば地元有志の協力でハナミズキを植えたのだとか。
傍目に見ても結構盛り上がっていましたし、もう少し早めに見物に行っても良かったのかもしれません。
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それはそれとして、早急に物販を済ませたら、のんびりと会場前で桃を食べながら開演の時間を待ちます。
開場時間の間際になってから、にわかに風が吹き出し、土砂降りの雨にステラシアターの軒下が満員になってしまったのもご愛嬌でしょうか。


開場後、しばらく間をおいてから会場内へ。おなじみの急な石段に腰を掛ければ、1年間待ち望んだ至高のひと時の始まりです。
今回のタイトルは、またしてもカウントをリセットして“Summer Champion”。 “10th Summer Live”の副題付きです。
今回の河口湖ライブは通算10回目の記念すべき回。ステージ裏にも堂々と“10th”の文字が踊り、誰しもがどことなくテンション高めです。
童謡の「ふじの山」から始まったライブは、いつにも増してキレッキレのパフォーマンスです。
「お水オイシー」を先手を打って潰すような「お水飲んでね」のアナウンスから、落とし所も掴みどころもわからないとっちらかったMC。
みんな大好きな旗振り曲や、夏に聞きたくなる「この世界は僕らを待っていた」の熱唱もあれば、大事な曲でトチったり……。
アンコールに至っては、きっちりと楽しげに“みのりんサンバ”でキメたはずが、後追いの「今のが最後の曲でした!」で雑な締め方もやってのけてくれます。
ダブルアンコールのピュアレストノートと、恒例の花火に終演後の三本締め。
同行者連中にも「全体的になんかMCとかが雑だったけど、何だかとっても楽しかった」との感想を貰いましたが、全面的に同意です。
開放的な半屋外式ステージの効果も相まって、毎年のように最高の楽しさを感じれるひと時です。
茅原実里さんの曲はそもそも好きなのですが、このステラシアター特有の絶妙な大雑把さ加減が、さらに波長が合うのでしょう。
平成最後の夏に、最高のライブを満喫できたこと、本当に幸せなことです。

ライブの後は来た道を戻るようにキャンプ場のコテージへ。
流石に焚き火をする時間はないのですが、携帯コンロで肉を焼いてビールで打ち上げで夜を過ごしましょう。
外で食べる肉とビールはなんでこんなに美味しいのでしょうか。
消灯時間後も室内に戻って、しみじみと地酒を舐めながら、夜が更けるに任せていきました。
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一転して翌朝は、湖畔の爽やかな空気と、外で食べるカップ麺で始まります。
コーヒーを飲みながらダラダラしていれば、うっかりそのまま根付いてしまいそうになる心地よさです。
日曜のチケットがなかった年に、そのままダラダラと滞在延長してしまうこともあった気がします。
流石に今回は、後ろ髪を引かれながらも無事チェックアウト。近くの日帰り温泉に場所を変えて、再びだらだら過ごします。
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温泉の次は、2日続けてのハーブ感でビール。そのまま湖畔に移動して、昨日の飲み残しの地酒で昼飲みと、だらだらは更に続きます。
真夏といえど高原地帯の湖畔、木陰に入れば爽やかな空気と吹き抜ける風で実に過ごしやすい次第です。
日曜のライブに誘った和泉冴氏も呼びつけ……もとい、湖畔に合流して開演ギリギリまで湖畔で過ごしたら、ようやく重い腰を上げてライブ会場へと向かうことにしました。

この日の分のチケットがない元下宿生、朔氏と別れたら、ステラシアターへ駆け込むように入場です。
何名かフォロワーさんもこのライブに来ていたはずなのですが、とても挨拶するどころではなかったのだけが心残りでしょうか。

ライブ本編は前日よりは多少落ち着いていた印象。
それでも、掴みどころのないふわっとしたMCに、素晴らしいパフォーマンス……とたまにトチるご愛嬌感。
前日に続いて、楽しい限りのライブを満喫することができました。
また余談になりますが、今回は特段に、来年もその先もこのステラシアターでやりたいと、強い意思を感じるコメントが多かった気がしたのも印象深いところです。
何かあったのでしょうか、心強い限りで来年が既に楽しみです。


そんなこんなで、帰路は再び徒歩で駅へ向かいます。河口湖の湖上祭の花火を眺めながら駅へ向かい、お土産を買い拾ったら、寂しい限りですが東京方面へ向かう電車に乗るしかありません。

もっとも、内房へ帰る終電は1時間以上前に去ってしまっているので、この日は千葉駅まで戻った段階でカプセルホテルへ宿泊です。
午前半休で余裕を持って出勤したのはいいものの、午後もまともに仕事が手につかずじまい。
結局全休しても良かったのではと考えながら、日記を書く今に至りました。


思い返せばアッシー氏に誘われて、手探りのように訪れた初めての河口湖ライブから9年の月日が経っています。
あの頃は大学生で夏休み真っ盛りだったはずですが、気付けば自分も周りの人間も、夏休みすらままならない社畜に成り果てている始末です。
酒を覚えてしまったり、キャンプの装備が一式揃ってきたり、所属する組織が4回も変わっていたり、色んな事がありました。
それでも、あのときの本当に楽しかった記憶は色褪せないものがあります。
そして、その後も毎年、足を運ぶ度に楽しさが上書きされて生きていれば、「夏の河口湖」を想起するだけで心がワクワクしてくるのも不思議でもなんでもないですよね。
明確に“帰ってくる”と感じれる、夏の到来を実感する不思議な空間として、刷り込まれています。
願わくば、来年もその先も、可能な限りこの空間が続いてくれて、私も参加し続けていきたいものです。

伊勢と台風の半月会

異例の西進する台風が、本州を通り抜けていった7月最後の週末。
各地でイベントが中止され、交通機関が止まり、前例のあまりないという事象の推移に固唾を飲んでいた頃……ツイッターの旧友とも言うべき半月クラスタ達は、あろう事か台風の進路の真下でオフ会を開いていました。
伊勢で半月オフを開催すると、天候が荒れると誰ともなしに以前から言われてましたが、いよいよもって極まってきたようですね。

伊勢での半月オフ自体は去年も開催していたのですが、私は所用により参加できなかったため、今年が久しぶりの伊勢訪問
です。
前回の訪問は2013年、まだ大学院に居た頃のこと……思えば遠くへ来てしまったものです。


そんな訳で、会社の飲み会でしこたま飲まされた金曜日。
当初の予定では、終電で東京まで出て土曜日に備えたかったのですが、うっかり横になったが最後、目が覚めたのは終電が遥か過去になった時間でした。

仕方なしに始発で出立して、東京から新幹線と近鉄特急を乗り継ぎ、約5年ぶりの宇治山田駅に降り立ちました。
移動中に朔さんと合流した後は、駅近くの喫茶店にて和泉冴氏、わため氏、雫氏、さわさわ氏と、今回の半月オフ参加者の過半数と無事に合流です。
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とりあえず、特に理由もないですが外宮に参拝しておきましょう。
ちなみに今回は冴氏と雫氏が車を出してくれたので、2台に分乗して移動しました。
もうママチャリでロードバイクを追いかけたりなんてしません!

大いに行程の無駄感はありますが、外宮に参拝した後は再び宇治山田駅へ戻ります。
昼飯代わりに、駅の裏手にある「半分の月がのぼる空」の聖地、まんぷく食堂でからあげ丼をいただきましょう。
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からあげ丼も5年ぶりですが、店構えから味わいまで、変わらない良さを体現しているようで本当に安心します。
一方で食べる側は……傍らにビール瓶が置いてあるようになってしまい、あまり褒められない変化ですね。
節制を思い出さなければいけません。

からあげ丼の後は、もう一つの重大な聖地、砲台山こと虎尾山の山頂へ向かいます。
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心なしか、以前よりも鬱蒼とした藪の中を抜ければ、見慣れた光景。
懐かしい思い出が蘇るようですが、実際問題としては虫の脅威の方が重大な問題です。
それも含めて、大事な思い出とも言えますが……今回もバッチリ、蚊に刺されてしまいました。

砲台山からは続いて、伊勢神宮の内宮を参拝します。
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こちらも既に幾度となく参拝した光景。多くを語ることはないでしょう。

天照大御神に旅の安全を祈ったら、門前のおはらい町へ赤福氷を食べに向かいます。
台風が近いといえど、流石は土曜日。おはらい町はなかなかの人出で賑わっていました。
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そういう訳で幾年ぶりの赤福氷。前回食べたときは、タイムアタックをする羽目になってしまいましたが、今回はゆっくり落ち着いて食べれました。
同行者曰く「ゆっくり食べる赤福氷はこんなに美味しいなんて……」と。

斯様な次第で赤福氷を味わい、夜のための地酒も購入したら、いよいよこの日のお宿へ向かって移動開始です。
伊勢道路を抜けて、小一時間ほどのドライブ。目指すは志摩市の海辺の方です。
案内板に従って小道に入り、駐車場に車を停めて100mほど歩いた先の渡し船乗り場へ。
宿の手配した渡船に乗り込み、既に対岸に見えている目的の島まで、5分ほどの小航海です。
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辿り着いたのは渡鹿野島という志摩の的矢湾に浮かぶ小さな島です。
この日の宿は、海辺に位置する島唯一の温泉がある旅館です。

海の見える大きな畳の部屋に風を感じられる露天風呂、宴会場での夕食と、なかなか泊まることのない高級な宿の雰囲気にテンションも鰻登りです。
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気になるところといえば、宴会場の案内板に記された名前が、どれを見ても一筋縄ではいかなそうなことだけでしょうか。
特に「お誕生日お祝いミステリー」はなかなかに名前だけでもミステリアスですよね。

それはそれとして、部屋に荷物を置いたら、少しばかり時間もあるので島を散策です。
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渡鹿野島はかつては“売春島”とも呼ばれた曰く付きの島。離島であることも相まって、あからさまな売買が行われていたのだそうです。
元来が熊野灘の風待ち湊だった歴史もあるそうで、古い港に付きものな花街の名残があるのは然るべきなのでしょうが、それにしても極端な事例と言えましょう。

しかしながらも幸か不幸か、今となってはすっかり寂れて――もとい、浄化されてしまい、かつての置き屋や飲み屋が並ぶ町並みもすっかり静まり返っています。
聞くところによれば、多少はまだ往時の商売の残滓が残っているそうですが、敢えて見つけ出すことでもないでしょう。
ただ、離島独特の細く入り組んだ路地と、花街の残骸の組み合わさった独特の凄みは、言い知れぬ雰囲気を醸し出しています。
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大手を振った観光地ではないものの、物好きな人にはウケそうなシチュエーション……と言ってしまうと、怒られてしまいますね。

そんなこんなで、島の市街をぐるりと回ったら、宿に戻ってひとっ風呂。
台風が近付いて風が強くなるなか、露天風呂で海風と開放的な湯船で温泉を満喫したら、いよいよ夕飯の時間です。
滑り込みで後から合流したヘク猫も交えて、宴会場で豪華な料理をいただきましょう。
面白い中居さんの語る島の昔話など聞きながら、熊野灘の海鮮や手の混んだ料理を味わっていれば、時間はあっという間に経ってしまいました。
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部屋に戻って、トランプで遊びながら飲み直していれば、さらに夜は更けていきます。
テレビをつければ、昼間でうろうろしていた宇治山田駅に台風中継が入り、嵐の様子を実況しています。
それほどまでかと、外を見やれば目の前の街灯が揺れ動くほどの大嵐ぶりでしたから、絶句してしまいますね。
雨は真横に叩きつけるように降り、波が防波堤を舐めたまま風に煽られて霧吹きのように霧散していきます。
この写真を撮った少し後に、台風が伊勢に上陸と発表されたので、まさに中心近くの暴風雨を目撃したことになるでしょう。最近は台風が直撃するタイミングで他所に居る機会も多かったので、これほどの嵐を目のあたりにするのは久しぶりの経験でした。

ちなみに、この暴風雨では渡し船も欠航です。
我々も島に閉じ込められる形になっていますが、一番の被害者は遅れてくる予定だった最後の参加者、キャプたん氏です。
今回の半月オフの主催者でありながら、やむを得ない事情で出遅れてしまい、大急ぎで宿に向かっていたはずなのですが……敢え無くタイムオーバーとなってしまった次第です。
彼はこの後、何を思ったのか一人でラブホに泊まって大はしゃぎして、ツイッターでバズるのですが……。

閑話休題。
島に辿り着いたメンツは、離島に閉じ込められたシチュエーションにはしゃぎながら、日付が変わる頃まで飲み明かし、一人また一人と寝落ちして朝を迎えました。


日曜の朝は“台風一過”と言うには今一つすっきりしないながらも、なんとか船は出る程度には回復した状況で起床です。
滅多にないようなちゃんとした朝食で、前日の酔いを覚ましたら、荷物をまとめて宿を撤収です。

にわか雨に曝されながらも渡し船で本土に戻ります。
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駐車場に辿り着いた頃には青空が広がるのですから、本当に不安定な空模様です。
しばらく、荷物の積み込みなどをして待っていれば、キャプたんも24時間遅れで合流し、ようやく全員集合です。

この日のアクティビティは雫氏の伝手で借りた海辺の土地で、バーベキューをやること。
渡鹿野島対岸の駐車場から車で15分ほど走り、台風の余波に荒れる海が見える浜の近くで、肉を焼きました。
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余録として、浜まで降りてのお酒も少々。半月クラスタお約束の文字列も浜に書き込んで、楽しく昼を過ごしました。

終いはおはらい町へ戻って、再び赤福氷を食べる会。2日目は再びタイムアタックです。
2名ほど1分を切る速度で吸い込んでしまうのですから、唖然とするばかりでした。
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赤福氷を食べ終えた頃には、時計の表示は17時を過ぎる頃合いに。名残惜しいですが、帰りの時間が気になる頃合いになってしまいました。

帰路も近鉄特急と新幹線を連携する最速ルートで、家路を急ぎます。
それでも東京駅を出たのは22時過ぎ、自宅に帰える頃には日付が変わってしまいましたが、これは全部内房が遠いのが悪いのです……。


そんなこんなで、久しぶりの伊勢にて楽しい週末を過ごすことができました。
月曜日は午前半休をとって、精神と体調を整えてから出勤です。
なんとか気合を入れて、会社に行くことができた自分を褒め称えたい気分ですね。

繁忙過多の備忘録

殺人的な暑さに日々を振り回される7月半ば。
研修課題に一般業務に出張に……と、平日はなかなかまとまった時間が取れないのが悩みどころです。

既に先週末のこととなってしまいましたが、先の海の日の3連休は高岡に寄り道しつつ加賀白山へ登ってきました。
同行者はフォロワーの朔さん。いずれ余裕を見て日記にしたいと思いますが、ここでは非常に天気が良かったとだけ書き残して置きましょう。


そうした次第で、多忙を極めた今週のこと。
稼働日が1日少ない分が、見事に跳ね返ってしまい目の回るような日々を過ごした火曜日から木曜日に対して、金曜日は東京出張の用事があったので、午後からは少しだけ余裕がありました。
仕事上がりには東大の総合研究博物館に寄り道して、久々に文化的な時間を過ごしました。

その後は飲み屋探しを兼ねて秋葉原を彷徨いていると、不意に大学院時代の後輩から飲みの誘いが掛かってきました。
絶好の機会とはまさにこういう時のことを言うのでしょうか。大学院の後輩2人が当時博士研究員だった方も交えて、東京で飲むのだとのこと。誘われていかない理由はないですね。
東京駅で合流して、八重洲口界隈でぶらりと終電間際まで飲んで過ごして、華の金曜日を過ごしました。


一転して、土曜日は大変遺憾なことに出勤日。20時近くまで働いてしまい、甚だしい人権の喪失です。
全くもって辛く悲しいことですが……如何ともし難いのが社畜のしがらみです。辛い以外の言葉は特になしです。
あまりに辛いので、そのまま終電近い列車を乗り継いで、内房を離れて実家へ帰ってしまいました。


どうにか人権喪失の土曜日を乗り切ったら、ようやく迎えた念願の日曜日。フォロワーのヘク猫氏と香港から来たあんこう氏を交えて、この日は上野界隈で昼酒です。
殺人的な暑さの中でも、半屋外の昼飲み屋でビールや日本酒を仰ぎます。
香港へ帰るあんこう氏が離脱した後も、東京国立博物館の縄文展見物などを挟みつつ、数件を飲み歩いて夜を迎えました。
流石に19時を過ぎた頃には飲み飽きてきた面もあったので、適当な頃合で撤収することに。
日付が変わらない程度の時間で帰宅し、今に至る次第です。


本来であれば、先週の日記も書きたいところですが……来週も存分に忙しい予定です。
状況を打開したいのはやまやまですが、世の中ままならない事も多いのが悲しい現実ですね。

ひとまずは死なない程度になんとか乗り切るしか無いと、自分に言い聞かせて日々をやり過ごしましょう。

赤城山麓巡航の話

梅雨もあけてすっかり夏の風情……と思いきや、猛烈な雨が西日本を襲った七夕の週末。
関東も災害級の豪雨にはならなかったものの、どことなくどんよりとした空模様でした。


そんな天気の不安定な週末ですが、土曜は朝から両親と実家の車を転がして群馬県の赤城山方面へ。
昨年、妹が就職によりこの方面に引っ越した都合もあり、妹宅を足掛かりに群馬観光しようとなった次第です。

そんな訳で内房から外環道と東北道を経由して館林側から群馬の領域へ。
途中で妹をピックアップしたら、最初に向かったのは前橋市内の二宮赤城神社です。
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この赤城神社は二宮の名を冠する通り、上野国の二宮と推定される神社です。
赤城山を山岳信仰の対象とした赤城神社は延喜式にも名が載る古社。その後裔を名乗るのは赤城山中の大沼畔にある大洞赤城神社と、中腹にある三夜沢赤城神社、そして山麓を下った平野にあるこの二宮赤城神社と、三社鼎立して真相は歴史の闇の中です。
一説には二宮赤城神社が里宮、三夜沢赤城神社が本宮だとする解釈もあるのだとか。
真相の程はさておいても、訪れた境内は静かな雰囲気と木造の社務所が印象的な神社でありました。
天気が良ければ、赤城山がよく見えたことなのでしょうが、この日は雲の間に隠れてよく姿が見えませんでした。

二宮に参拝したら、ここからは赤城山へ向けて一気に北上します。
大胡の市街地を過ぎて、県道16号線を駆け上れば、行き着いた先が三夜沢赤城神社です。
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平野に鎮座した二宮赤城神社から一転して、山腹の鬱蒼とした緑に囲まれた起伏の多い境内が特徴のこの神社。
曇天の湿った雰囲気と相まって、より神聖な雰囲気を醸し出していました。
最近、こんな光景ばかりな気もしますが……気のせいでしょう。


2つの社を巡ったら3社目を目指して、県道16号をさらに駆け上って赤城山の外輪山を越えてカルデラ内へ。
上毛三山にも数えられる赤城山は、日本でも有数の規模を誇るカルデラを備えた火山なのだとか。
その山頂部は覚満淵や赤城大沼など、いくつかのカルデラ湖が点在しており、高原リゾートといった風情を醸し出しています。
大洞赤城神社は、そんなカルデラ湖のなかでも最大の赤城大沼の畔に鎮座する社です。
序列として奥宮なのか、はたまた後世に鎮座したのかは定かではないものの、今では赤城神社の中でも最も繁栄している社と言えるでしょう。
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丹塗りの拝殿が目麗しい神社でありました。

ちなみにカルデラ一帯を指して赤城山の山頂と認識されますが、本来の最高峰はこの赤城神社の裏手に位置する黒檜山と呼ばれる峰なのだとか。
外輪山をぐるりと巡るハイキングコースは地図を見るだけでも気持ちよさそうです。
天候が良ければ、少しくらいハイキングに……と言いたい距離感なのですが、今回は曇天に家族連れ。無理はできませんね。
周辺の観光施設をぶらりと散策する程度に収めておきましょう。
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他にも大沼でのボート遊びや、バンガロー村に、冬場はスキーと高原リゾートらしい観光施設は一式揃っています。
少し年季の入った雰囲気なのはご愛嬌でしょうか。これはこれで趣があるのですが……営業しているのか不安になる建屋も結構見かけたのは秘密です。

この日の一番の光景は大沼から歩いて10分ほどの一回り小さい覚満淵という沼地でしょう。
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霧に覆われた木道と水面、その向こうにうっすらと見える湿原の緑は、まさに山間の高原といった神秘的で心地よい雰囲気に満ちていました。

この日は赤城山観光を終えたら、西側の県道4号線の方から下山して、そのまま妹の家へ。
近くの日本料理店で夕飯を食べ、家族で妹宅にてチビチビと飲みながら夜を迎えました。


実家にいるのと大差ないグダグダ感で朝を迎えた日曜日は、そのままのんびりと過ごしてしまい、家を出たのは11時頃という怠惰ぶり。
旅先と言うには何か違う不思議な感覚を抱えながらも、この日もドライブの続きを始めます。

最初に向かったのは太田市の冠稲荷神社。Google先生の口コミいわく「厳かなテーマパーク」との紹介に惹かれて、興味本位で訪れた次第です。
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参拝した感想としては、然りまさに「厳かなテーマパーク」といった雰囲気です。
お守り授与所のファンシーな雰囲気など、なんとも言い難いものがありました。
しかしながら、文化財指定された摂社があったりと、歴史と由緒は相応にありそうな印象です。
古墳時代の毛野国以来、なんだかんだで重層的な歴史のある地域ですからね、侮りがたしです。

そんな太田市から再び北上を開始して、この日は桐生から銅街道を北上し栃木県の足尾銅山へ。
足尾銅山は小学校の修学旅行で訪れているハズですが、ほとんど記憶に無いので実質初めての観光です。
足尾の町は渓谷沿いの僅かな平地に、所狭しと住宅や工場を押し込んだような、まさに鉱山の町といった様子です。
一昨年くらいに行った神岡を思い出すような町並み、建物の密度の割にどこかひっそりと静まり返っている印象を受けるところまで同じでありました。
天気が良ければ写真を取りたかったのですが……生憎と雨が降ってきてしまったのは日頃の行いでしょうか。

そんな訳で町並み散策はすっ飛ばして、早々に足尾銅山観光へ。
足尾銅山観光はそのものズバリ、足尾銅山の坑道を見学することができる観光地です。
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内部では蝋人形による鉱山作業の紹介も行われています。
最盛期には当時の最新技術がふんだんに投入され、国内屈指の生産量を誇った銅山の繁栄を窺い知ることができました。
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反面、銅山の施設だけあって教科書にも載る鉱害事件については少々触れるといった程度の言及具合です。
当然といえば当然ですが……その関連の紹介は、銅山観光から街の目抜き通りを挟んで反対側にある足尾歴史館で見学することができます。
こちらは規模こそ小さいものの係員の方が解説をしてくれましたので、情報量は銅山観光にも負けていません。
往年の生活から鉱山の正負の影響まで、多様な資料が少々雑多に展示されていて非常に興味深い内容でした。


足尾銅山の観光を一通り巡ったら、いよいよ帰りを考える頃合いです。
両親は再び妹の家に寄ってから帰るということなので、私の方は家族と別れて一人わたらせ渓谷鉄道で帰宅することにいたします。
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足尾から一駅北側、始発駅の間藤駅まで車で送ってもらい、ここからはガタゴトと単行列車に揺られて桐生駅まで全線完乗です。
車窓に渓谷美を眺めながら1時間半ほどのローカル線の旅を経て、関東平野へと戻ることになりました。

桐生からは再びわたらせ渓谷鐵道に乗って折り返し、相老駅から東武特急に乗って押上まで一気に戻ることにいたしました。
特急料金込みでも、両毛線から東北線経由で帰るのと大差ない運賃です。東武線の運賃の安さに驚かされてしまいますね。
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最後はスカイツリーの麓で、月曜を迎え撃つため夕飯代わりの一杯を引っ掛けてから、千葉へと戻りました。


そんなこんなで月曜日……色んなことの締切や悩みのタネに囲まれてしまい、今週も厳しそうです。

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molmol

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社会的圧力に負けて働き始めた巫女好き提督。2年かけて回復したSAN値を瞬く間に失い、工場街のおんぼろアパートでサバイバルなう。

何かにつけて神頼みする近所のお稲荷様に感謝

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私が勝手に(無断で)貼ったリンクもあります……。 どうか、ご配慮願います。

分類……してないなぁ?

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